【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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Все под богом ходим.
01.不在①


 

 ボージン・アンド・バークスの店のバックヤードは店頭の飾り棚の猥雑さとはうって変わり、必要最低限の家具しかない寒々とした空間だった。天井のすぐそばに窓があるが、隣の倉庫のレンガ壁が邪魔して一日通して日差しが遮られている。さらに換気もろくにしてないおかげで酷く息苦しく感じられる。

 部屋の隅には新品のシーツが敷かれたベッドとブランケットボックスがあり、周辺には衣服と古新聞が散乱していた。埃と食べ物とで胸がムカつくような臭いが充満している。しかし肝心の下宿人はそうしたことを気にしていない様子だった。

 

「もう時間?」

「いいや」

 

 ゲラート・グリンデルバルド。年の割に元気すぎる老人は半年前に牢獄にいた頃より二十センチは身長が伸びたように見える。ロンドンの汚い空気を吸ってすくすく育ったグリンデルバルドはさも面倒臭そうに襟元をただしていた。時折痛そうにして腰を擦る姿が奇妙なまでに年相応で滑稽だった。

「飯でも一緒にどうかと思ってね」

「ああ、それはいい」

「…餌はやってるのか」

「ああ。そういえば忘れてた」

「呆れた。僕がやっとくから支度をしてくれよ」

 僕は姿をくらますキャビネット棚をあけた。空だった。今はあっちらしい。しかし、今ここで食べ物を置いたところでポッターと食べ物の位置が入れ替わるだけで彼は永遠に食べ物にありつけないのではないのか。

 

 「もう出られる」

 

 ゲラートはあっという間に小奇麗な老人に変身した。杖も使ってないのに、魔法のような早業だった。僕はポッターと朝食のいたちごっこについて考えるのをやめ、一緒に店の裏口から出た。

 現在彼の持っている杖はロンドンに来て二本目で、先日不運にも彼に喧嘩をふっかけたちゃちなチンピラのものだった。彼いわく、はじめに使っていたルーカス・ビャーグセンのものよりも使いやすいそうだ。

 というのは杖の忠誠心の問題で、ルーカスの杖はゲラートが奪ったわけではないため完全につかいこなせてなかったらしい。杖の使用感なんて僕にわかるはずもないので「へえ、よかったね」としか返事できなかった。

 ノクターン横丁からちょっと道を曲がればすぐにダイアゴン横丁だ。ダイアゴン横丁はいつもより人がいない。夏休みとはいえ、学期前にならないと子どもはあまり見かけない。それに加え、この6月にあったニュースのせいで人々は怯え、外に出るのを控えている。

 

ハリー・ポッター 未だ姿見せず

魔法省爆破に関与?生存は絶望的か

 

 

 僕らはゆうゆうと漏れ鍋に入り、ランチプレートを注文した。ここのランチは種類のわからない豆のスープと若鶏のグリル焼きという一人暮らしの料理と対して変わらないものだが、少なくともコーヒーは美味かった。

 

「中途半端な遠出は面倒だ。陸路となるとなおさらだ」

「姿あらわしは嫌いなんだ。今食ったものを戻していいのか」

「慣れればどうということはないのに。まあいいだろう」

 

 ゲラートはメガネをかけて変装まがいのことをしている。彼の若い頃の写真は街のいろんなところに貼り出され、多額の懸賞金もかけられているが、半世紀前の写真を見て彼を捕まえろというのも無理な話だ。ゲラートは自分の写真の隣に貼られたシリウス・ブラックやベラトリックス・レストレンジの写真を見て、自分のほうが美形であると冗談を飛ばしていた。見かけるたびにやるせいでもう笑えない。

 5月、ゲラートは脱獄したと大々的に報じられ、その翌月には魔法省爆破事件の容疑者にまでさせられていた。(もちろん言うまでもなくこれは濡れ衣だ。犯人の僕が言うから間違いない)今のところ世間はヴォルデモート卿復活論ではなく、グリンデルバルド再来の恐怖に怯えているわけだ。

 しかし一方でハリー・ポッターの失踪はグリンデルバルド再来論に一石を投じていた。魔法省爆破はグリンデルバルドを隠れ蓑に行われているヴォルデモート卿とその手下共の犯行だ、という説は多数派ではないものの多くの人によりまことしやかに囁かれている。

 真相はもちろん後者だ。ただしハリー・ポッターの失踪はヴォルデモート卿ではなくグリンデルバルドの、ひいては僕のしたことだ。

 

 あの日、ハリー・ポッターはポートキーにされた予言を握り、ボージン・アンド・バークスの棚の中に飛ばされた。そこに待っているのは輝きの手を持ったグリンデルバルドで、突然の移動と暗闇に驚くポッターを失神させ、予言をもぎ取り、縛ってまた棚に入れた。任務完了。そしてグリンデルバルドは屋敷で首を長くしているルシウスにそれを届け、あの汚いバックヤードでまたゴロゴロした。

 僕はヒーヒー言いながらホグズミード村の暖炉に戻り、抜け道をたどって部屋に戻った。校内は不気味なほどに静かだった。魔法省の地下では騎士団と死喰い人が死闘を繰り広げているはずで、ひょっとしたらマクゴナガルなんかも参戦してるかもしれない。なのに校内ときちゃまるで墓の下のような静けさだった。

 静かに研究室の鍵を開けると、パーシーが腕を組んで座ったまま寝息を立てていた。いつもは眉間にシワを寄せて厳しい顔をしているが、寝ている顔はまだまだあどけない。普段もこういった可愛げがあれば生徒たちから嫌われないのに。不器用な男だ。

 僕はキャビネット棚をそっと開けた。きちんとハリー・ポッターが収まっていた。まだ失神術が解けないのか、ぐったりと壁にもたれていた。目隠しと手錠がきつく巻かれているので暴れても抜け出すのは困難だろう。

 

「あ…ウラジーミル。戻ったのか」

「ああ。おかげさまで」

 パーシーが目を覚ましたので扉を締め、外側から鍵をかける。鎖も巻いておきたいが、それは彼を追い返したらだ。

「ちゃんと君の不在証明をしたよ」

「誰が訪ねてきた?」

「スネイプだけ」

「ふうん。妥当っちゃ妥当だが。なんて答えた?」

「暖炉の不正利用があったので事情を聞くと。暖炉の使用用途は不明。尋問中だと」

 

 こんな嘘、誰だって見破れるというものだが、この偽証は勘や空気、感情を無視した法廷の上ではそれなりの効力を持つ。嘘をついて損ということはない。法廷に呼び出されることはまず無いが。それにスネイプは死喰い人の協力者だ。騙しがいのないこと。

 そしてこの律儀な友は、僕のメモ書き通りには研究室に鍵をかけ、留守番に勤しんでくれたわけだ。持つべきものはなんとやら。

 

「棚を開けてはいないね?」

「開けてないよ」

「ありがとう。パーシー。君がいなかったら僕は何もかも成し遂げることができなかった」

「そんなこと言わないでくれ、ウラジーミル。君は素晴らしい人だよ」

 それはどうもね。

 さて、お礼も程々に彼を追い出し、棚に厳重に鎖をかけて布で覆った。そして棚に庭小人用の「防言スプレー」をしこたまふりかけてからソファの上で横になり、今頃魔法省で起きているであろう騒乱について夢想した。

 

 ポッターを追いかけてやってきた騎士団の戦力を削る。それもとびっきり残酷に。僕は招くだけ招いてガスでも流して殺そうと提案したが、何故か魔法使いは一騎打ちを好む。結局最終手段としての爆弾を仕掛けたのみで、あとは彼らに任せた。

 結果から言うと爆弾が使われたということは死喰い人たちは窮地に立たされたのだろう。エイブリー、ラバスタン、そしてロウルが逮捕されアズカバンに投獄された。(アズカバンはアズカバンで吸魂鬼の職務放棄や賄賂にまみれた人事異動により歯ぬけもいいところだ。)

 後日ルシウスに聞いたことだが、死喰い人側は逮捕者と負傷者を出す一方で騎士団員一名の捕縛に成功。スタージス・ポドモアがヴォルデモート卿に引き渡された。

 

 そして翌日、ハリー・ポッターの足跡が完全に途絶えたということで僕は目撃者としてマクゴナガル教頭と闇祓い局長スクリムジョールに直々に聴取を受けた。(ポッターが僕を訪ねたりするせいでこうした面倒ごとが降りかかった)

 幸い取調べ中の開心術、真実薬は違法であり、彼らは法の守り手だった。僕は途中まで真実を語り、暖炉の会話以降については戯言を騙った。パーシーの援護射撃はいささか過剰で僕は内心ヒヤヒヤしたものだが、現状魔法省法執行部は信用を失墜しておらず、パーシーの険しい態度はむしろ尋問官として当然であるようにみえた。

 

 残念ながら僕の嫌疑は晴れていないのだろう。ホグワーツからは一度辞令が出て、教師はクビになった。一応希望は出していたが、人事決定権は未だにダンブルドアにある。

 姿をくらますキャビネット棚は念の為元あった物置に戻させた。ポッターはボージン・アンド・バークスの店とホグワーツの狭間を夢心地で行き来しているはずだ。その狭間にある限り、彼の居所を掴むのは魔法でも困難だろう。もう一月以上仕舞いっぱなしだが、用事もないのでしょうがない。はじめのころは時折ガタガタ床を鳴らしていたが最近はご無沙汰だ。死んだのかな。

 

 

「ひどい味だよ、ここの飯は。まだ監獄のほうが人道的だ」

「…気になってたんだが、エンマークが改良するまで何を食べてたんだ?」

「主に野鳥だ。まず虫けらや、時には俺の指の肉なんかを使って獲物をおびき寄せ…」

「あ、もういい。ありがとう」

 そんな会話を交わしていると、待ち合わせしていたBDが店の入り口からやってくるのが見えた。今日は正装でこいといったがバカみたいなストリートスタイルだった。

「よ、お二人さん」

「珍しく遅れたな」

「マグルの公道だと5分前とはいかなくてねえ」

「全く馬鹿げてる。車なんて」

「爺さんそれはどうかな?車ってのはある種のライフスタイルなわけ。若い子が服に気を使うのと同じで…」

 話が長くなりそうだったので僕はコーヒーのお代わりをもらいに立った。(店員はめったにつぎに来ない)カウンターにマグを出してふと周りを見回すと、見覚えのある顔があった。

 

「あっ…プロップ先生」

「…やあ。休暇を楽しんでいるかい」

 

 ネビル・ロングボトムと見覚えのない女性が泡の消えたバタービールを前に神妙な顔をして向かい合っていた。デートだろうか?奥手に見えるロングボトムとホグワーツの生徒でもなんでもない女性という組み合わせは珍妙だった。

「楽しんでる…とは言えません」

「ああ、それもそうだね…」

 ポッターの失踪はグリフィンドール生に大いなる混乱と失意をもたらした。日刊予言者新聞はポッターは逃げたのだと報じ、バッシングを再開した。

「久々に生徒の顔が見れてよかった。デートの邪魔をしてすまない」

「そんな!デートだなんて…」

 ネビルは暗い顔からパッと赤面し、向かいに座る女性をちらっと見てますます赤くなる。初心そのものだった。その女性もクス、と笑って「いいんです。ごきげんよう」と上品ぶって答えた。

 と、そこで打ち合わせてたかのように乱入者がはいる。BDだ。

「誰かと思えば、ジェーン!お前なんでこんなところに?」

「えっ?うわ。やだ。ブルック兄さんじゃん!なんでいるの」

 どうやらロングボトムの連れとBDは顔見知りだったらしい。親しそうに挨拶して、互いの連れを律儀に紹介しあってる。

「彼はネビル・ロングボトム。病院で知り合ってね…彼、患者さんの命の恩人なの」

「そうか。こっちはウラジーミル・プロップ。教師をクビになったばかり」

「契約が終わっただけだよ」

「はじめまして、プロップ先生。ジェーン・シンガーです」

「ああどうも。看護婦さんですか?」

「ええ。どうして?」

「天使のようだから」

「あら〜上手いこと言う!」

 シンガーという看護師はどうやらロングボトムがボードを救った時に頼りにした人物らしい。頭はよくなさそうだが明るくハキハキしている。ロングボトムにBD…ブルック・ドゥンビアのことを説明している。というか僕は彼の本名を人の口から初めて聞いた。数年来の友なのに。

「彼は母方の親戚で、まあいろいろあってそのときに助けてくれて…」

「ジェーンは妹みたいなものだから、ロングボトム?だっけ。お前も弟みたいなものだな。よろしく」

 ロングボトムは困ってた。生来のお人好しさからむりやり兄弟の契のハンドサインをやらされているのが哀れだ。

「というかヴォーヴァの生徒って言うなら未成年じゃないか。お前、犯罪だぞ」

「違うってば!患者さんを助けてくれたお礼をしてただけなの。からかうだけならあっち行っててよ」

 僕に気づくまでは二人はそんな空気ではなかったが、BDのせいで尋ねられる空気ではなくなった。元より深く突っ込む気もなかったし、何よりゲラートが待たされてイライラしてくる頃合いだ。僕はBDに咎めるような視線をやる。

「はいはい悪かったよ。ほらヴォーヴァ、邪魔しないであっち行こうぜ」

「……。じゃあ、またいつか」

「あ、先生。先生はもうホグワーツには戻らないんですか?」

 ロングボトムは意外にも、寂しそうな顔で僕を引き止める。

「希望は出してるけどね。まだお呼びはかかってない」

「そうですか。あの、バタバタしてて言えなかったんですけど、僕は先生の授業、好きでした」

「ありがとう、ロングボトム」

 僕の授業が好きだなんて、今までまともな教育を受けてこなかったんだろうか。同情しながら出口付近で貧乏ゆすりをしているゲラートのもとへ駆け寄った。コーヒーのおかわりは飲みそこねた。

 

案の定ゲラートはイライラしていた。仕方あるまい。彼はおしゃべりが好きというわけではないが、かと言って禁止されても平気なほど寡黙でもないのだから。

 さて三人車に乗り込んでようやく本題だ。

 ハリー・ポッターというピースとそれを取り巻く3つの勢力について。それぞれの立場につくもの同士で話し合いの場が設けられることとなった。ルシウス、ヤックスリー、僕。そしてお客はポドモア。BDがエンジンをかけて、車はマルフォイ邸へと向かった。

 しかし僕の予想に反し、マルフォイ邸で待っていたのはセブルス・スネイプだった。

 

 

 

 

 

 プロップとブルックが立ち去って、ジェーンもネビルも一息ついた。そしてようやくバタービールに口をつける。

「なんか、ごめんね」

「ううん。楽しい人だったね」

 とはいえ、空気が和んだ。ブルックが賑やかすまで二人の間にはハリー・ポッターの行方不明、魔法省の爆破事件、アズカバンの脱獄犯にやられたと思しき患者の話など暗い話題しかなかった。

 ネビルはバタービールを豪快に飲むジェーンをじっと見た。彼女は現在22歳だが笑うと子供っぽくて自分と同じくらいに感じる。しっとりとした黒髪は病院であったときと違う結目になっていて、前より手が込んだ髪型に見えた。化粧も服装も同級生よりはるかに大人っぽい…というか大人なせいでなんだかどきどきする。

「それにしても、クリスマスから事態がここまで悪化するなんてね。どうなるんだろう、これから…」

「わからない。けれどもどこかで覚悟が必要になる気がする」

「ネビルは戦うつもりなの?」

「うん…あんまり実感がわかないけど…。僕の友達が、今生きてるか死んでるかもわからないんだ。そんなのおかしいよ。どうしたらいいのかって考えると、やっぱり戦うときが来ると思うんだ」

「君はとっても勇敢なんだね」

「や、そんなことないよ。さっきだって来るとき露天商に絡まれて、無駄に種を買っちゃった…」

 ネビルがポケットからただのハーブの種を出すとジェーンは鈴の音のように笑った。

「ハリー・ポッターってどんな子?」

「ハリーは僕と違って本当に勇敢だよ。例のあの人と戦って、生きて帰ってきたんだから。今回だってきっと…」

「待って。今回のって例のあの人のせいなの?」

「え?」

「だってさ。例のあの人の仕業なら行方不明になんてしないで、殺したぞーって宣言しない?」

「そうかな?」

「そうだよ!私も小さかったから詳しく知ってるわけじゃないけど、少なくとも前は見せしめにしてた。ましてやハリー・ポッターなら隠す必要ないと思う」

 見せしめという言葉を聞いてネビルの表情が陰るのを見て、ジェーンは慌てて付け足す。

「つまりね!彼はまだ生きてると思う」

「そうだよね。ハリーが死ぬわけない」

「そうそう。だからネビルも気を落とさないで。彼が戻ってきたとき、彼のためになるように頑張ろうよ」

「うん…そうだね。心配してるとなんにも手がつかなくて困ってたんだ」

 ジェーンはニコッと笑い、追加でパンケーキを注文した。ネビルは卵ゼリーを注文した。すべてを食べ終わり、ジェーンが会計を済ませると、二人は薬問屋へ向かい、共通の話題である薬草の活用方法や効能について話しながら店の中を見て回った。

 ネビルのはじめてのデートはこうして何も起きずに終わった。

 

 

 

 


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