ロンドン市街を抜けると道は次第に凸凹していき、マルフォイ邸のあるウィルトシャー州まで来る頃にはゲラートは車内にゆれ防止呪文をかけていた。
『……元気なコマドリちゃんは巨大なイグアナと日々死闘を繰り広げているそうです。…さて次は魔法省地下9階で起きた爆発事故の話題です』
ラジオは平坦な声でニュースを読み上げていく。
『神秘部内の予言の間で起きた爆発は、所蔵していたすべての予言を破壊し尽くしました。使用された呪文、または薬品の特定には至っておりません。また省の結成した探検隊によると予言の他にも貴重な道具の数々が甚大な被害を受けており、復旧のめどは未だたたないとのことです。また、行方不明のスタージス・ポドモアさんのローブが焼け跡から発見されました』
一応僕たちに関わることなので、BDもゲラートもおしゃべりをやめて耳を傾けている。大した新情報は得られなさそうだが。
『爆発について、今回逮捕された2名の脱獄犯、そして関与が疑われている職員1名は未だ黙秘を続けており、捜査は難航しています。職員に関しては服従の呪文の使用も疑われており…』
名前の出ない職員とは誤報局のソーフィン・ロウルのことだが、やはりルシウスあたりが圧力をかけているようだ。(もしかしたら誤報局の人間かもしれないが)彼が服従の呪文にかかるなんてありえない。
『脱獄犯2名はハリー・ポッターの失踪についても何らかの事情を知っていると見て闇祓いは尋問を続けています。先日ダンブルドアの開いた会見によると、ダンブルドア自身は『闇の帝王の他、彼らを目くらましにしている者』の犯行の可能性を示唆しました。…5月にかの大悪人、ゲラート・グリンデルバルドが脱獄したことからもその可能性は捨てきれないということでしょう』
ゲラートはちら、と僕を見てどこか自慢げに言った。
「言ったろう。ダンブルドアはいつだって冷静だ。もう俺がここにいることに勘付いてる」
「彼に勝てる自信、あるのか?」
「ない。それに、真っ正面から決闘しようと思えるほど若くない。そのために無理言ってポッターを飼ってるのだから」
「ああ、じゃあ一応生きているわけだ」
「もちろん。死体と同室かもしれないなんて気味悪いだろう」
「死喰い人は確実に寄越せと言ってくるぞ。力づくで奪うかもしれない」
「強欲だな」
ゲラートはそれだけ言ってあくびでしめた。彼に力づくは確かに通用しないが、僕はそうじゃない。程々にしてほしいが、こればっかりは何回言ってもわかってもらえなかった。人の苦労も知らないで。
「心配性だねウラジーミル。骨は拾ってやるから安心しろよ」
「お前は黙って運転をしていろ」
ラジオの音声は砂が混じったように荒れていく。ニュースは終わり、リウェイン・シャフィックの番組へ代わる。彼女はハリー・ポッター、ダンブルドアバッシングにより人気を獲得した次はアズカバンの集団脱獄にあやかりシリウス・ブラックを始めとした第2世代の死喰い人のゴシップの専門家となり、地位を盤石なものとした。本当に上手くやったと思う。
ヴォルデモート復活論は、もはや魔法省すら積極的に否定するのをやめた。深部まで入られたあげく貴重な資料を破壊され、行方不明者まで出したのだ。ファッジの妄想はますます酷くなり、最近は『ダンブルドア、ヴォルデモート協調説』を提唱しているらしい。気が狂っているのは明らかだった。彼の側近はファッジをなるべく誰にもあわせないように細心の注意を払っている。
死喰い人へのバッシングは"啓発的"であり"理性的"だったため、大衆はこぞってリウェインが毎週繰り返す過去の犠牲者リストに黙祷を捧げる。次に流れる死喰い人への自首を呼びかける優しい声はいかにも"道徳的"で、僕は聞くたびに鳥肌が立つ。
演技でやってるならば大したものだが、彼女は素面で、それも本気で打ち込んでいるのだから恐ろしい。リータに足りなかったのはリウェインの分厚くねじ曲がった慈愛だった。
車はろくに舗装されていない馬車道をすすみ、どこまでも続く草原が車窓を流れてゆく。雨を腹に溜め込んだ曇天が頭のすぐ上まで膨らんでいる。BDが車を止めた。道が終わったらしい。進行方向には小路と、黒く聳える館が見えた。
深緑の蔦に覆われた塀沿いに歩くと、継ぎ目に黒光りする鉄門があった。僕ら三人が正面に立つとそれは霞のように消え、敷居を跨いだ後再び鉄門へ戻った。
塀伝いに随分歩いたというのに、門の先にあるのは馬鹿みたいに広い庭園で、僕らはさらに歩く羽目になる。庭はとても美しい。一切の綻びのない池のそばでシミ1つないアルビノの孔雀が羽を広げていた。
「カルチャーショックだ」
「ドレスコードは大丈夫か」
BDのつぶやきにゲラートが楽しそうに応える。もしあるとしたらBDは敷居をまたいだ途端出禁だ。玄関はひとりでに開き、僕たちを迎え入れた。ホールではマルフォイ婦人が待っており、丁寧な挨拶の後大広間へ案内してくれる。婦人は相変わらず体温を感じない美人で、ルシウス同様過剰なすまし顔で我々へのいらだちをやり過ごそうとしている。
BDは「俺はやめとく、殺人鬼ばっかの場所なんてごめんだ」と言って頑なに大広間への入室を断った。婦人が「では屋敷を案内しましょう」と切り出したのを聞いた途端にすぐにイエスと答えるあたり、はじめからそのつもりだったのだろう。
ルシウスは任務こそ達成したものの、後の監禁について追及を受けている。彼にとってここはそれを弁明する場でもあるわけだ。
「ようこそ」
広間に入ると早速ルシウスが我々を歓迎し、がらんどうのテーブルへ着くように促した。そこにはヤックスリー、レストレンジ夫妻、そしてなぜかセブルス・スネイプがいた。
あいかわらず色を混ぜすぎた絵の具のような冴えない黒い牧師服に脂ぎった髪。ここのところ暑いというのによくそんな厚着でいられるものだ。表情もたっぷり嫌を含んでおり、とりわけゲラートを警戒しているようだった。
「お前たちのボスはいないのか?」
早速ゲラートが挑発し、ベラトリックス・レストレンジがのった。
「あの方は大変お忙しい身だ。お前のような時代遅れの老い耄れに割く時間などない」
「年寄りを邪険にするもんじゃないな。まあそのほうがこっちも都合がいい」
「ああ。正直会いたくない」
ベラトリックスは僕らの態度に余計腹を立てたようだ。別に会わなくても不都合はないよと言っているのに理不尽ではないか。さて、なぜかウキウキしているヤックスリーが間に入り、話し合いが始まった。
「さて今回はまず我々が予言の奪取に成功したことについて礼を述べようか。プロップ。我が君も、少なくとも奪取までの働きには大変感心なさっていた」
ルシウスは相変わらずの高慢な態度で厭味ったらしく続ける。
「しかし何故ポッターを監禁した?ホグワーツに送り返すはずでは?」
「それは変更せざるを得なかった。この作戦は彼が一人で突っ走るにせよ、仲間と立ち向かうにせよ、予言を掴んだ時点で成功した。僕が無関係のところで起きていれば、僕は《たまたま》ポッターを見つける事ができた。しかしポッターはあろうことか僕を頼ってきた。あのまま戻せば僕の関与は明らかだろう」
「では保身のためにポッターを監禁したと?」
いいや、それは違う。例え全てが紙に書いたとおりに進んでもゲラートは適当な理由をつけてポッターを監禁した。
「保身?違うな。僕が捕まれば君たちの手は後ろに回っているぞ。君たちは勘違いしているようだが、僕はお前たちの仲間ではなく、損得で動いている」
「立派な言い訳だな」
「なあ、言い訳はもういいだろう。今後の話をしようじゃないか」
ゲラートが口を開くと、場の空気が一気に緊張する。
「ゲラート・グリンデルバルド…そもそもなぜこの男を解放した?」
「ルシウス、あんたが脅すからだ」
「おかげさまで」
緊張が高まり今にもベラトリックスが杖を抜きそうになった時、ようやくスネイプが口を開いた。
「それで、ポッターは生きているのか?」
「ああ」
彼を見てない僕の代わりにゲラートが返事をした。
「このまま監禁し続ける気か?」
「まさか。いつかは解放する」
「グリンデルバルド。我が君がポッターに特別な関心をいだいておいでなのを知らないはずがない。それを知っていてなお、ポッターを引き渡す気はないと?」
「ああ。俺はどうしてもダンブルドアに返してもらいたいものがあってな。ポッターはその交渉に必要だ」
「ハリー・ポッターをダンブルドアに渡すつもりか?我々とて力に頼ることはしたくはないのだが…」
「俺たちはポッターのためにダンブルドアに引き渡そうとしてるわけじゃない。むしろ今まで通り協力していきたいくらいだ」
ゲラートはまるで友人に語りかけるような調子で、ポッターの監禁などたいしたことないみたいに喋る。さすが年寄りだ。僕は冷静ぶっているがかなりキレやすいので、実はスネイプのような冷静で静かな交渉相手は苦手だ。
「確かに、俺とあんたらの主はよく比較される。心配するのもわかるよ、だが何も今から敵対する必要はないだろう?今のところ社会からしちゃ俺達は等しく犯罪者で、少数派で、追われてる。共通の敵であるダンブルドアをどうにかするまで手を取り合ってもいいんじゃないか?」
「手を取り合う?ハリー・ポッターを掠め取ったお前たちを信用できるか」
ベラトリックスがここぞとばかりにテーブルを打ち鳴らした。旦那はムッツリ顔で黙り込んでいる。尻に敷かれているんだな。ヤックスリーが中立を装って、まあまあ、と言いたげに手を胸の前にあげる。
「そちらの言い分は分かった。そしてグリンデルバルド、貴方が絶対にダンブルドアと共闘しないということも。ハリー・ポッターの件については、我々がプロップに仕事を任せすぎたせいでもあると思うがどうかね」
ルシウスは眉をひくつかせる。ヤックスリーはルシウスと僕のパイプをなんとかして奪おうと必死だ。(そして僕がどちらでもいいと考えているのを知っている)なので毅然と言い返す。
「私とプロップは互いに合意し作戦を遂行したのだ。ハリー・ポッターの監禁はいわば双方の責任であり、彼の身柄もまた双方の合意のもと決定されるべきだと思うが?」
取引するならヤックスリー相手のほうがやりやすい。だがルシウスは未だに僕が魔法を使えないという事を他の死喰い人にバラしていないようだった。意外に忠義深い男だ。漏れるとしたらおそらく息子のドラコからだろう。だが漏れてない以上僕は彼を裏切るつもりはあまりない。
「個人的な意見だが、グリンデルバルドは絶対に譲らないよ。我儘さにかけてはヴォルデモート卿といい勝負だ」
「我が君を侮辱するな!」
打てば鳴るようにベラトリックスが怒る。一方でこの場にいるベラトリックス以外の死喰い人は、十五年前に逮捕を免れた面々なせいもあって僕やグリンデルバルドの挑発には淡白だった。法廷で慣れてるのかもしれない。
「俺が確約できるのは、①ハリー・ポッターを守るつもりはさらさらない。②ダンブルドアとの個人的取引にのみ使う。③その取引でダンブルドアに不利益はあれど利益はほとんどない。ということだ。やつの得られるのは弱りきったハリー・ポッターか、俺の命かくらいのものだろう。そして④あんたらは俺の取引についての日時や場所を知ることができる。つまり殺すチャンスまで得られるわけだ。聞けば聞くほど得だと思わないか?」
「そもそもその条件を信用できんと言っているのだ」
スネイプはびしりといった。ゲラートは肩をすくめ、軽い調子で返す。
「じゃあ破れぬ誓いを結ぼう。あんたでいい。手を出しな」
あんまりに軽い調子でいうので僕は耳を疑い、目を疑った。スネイプも同じだった。ゲラートをじっくり見て、差し出された手を見て、判断を促すようにルシウスを見た。
「誓うというのなら…我々も文句はないが」
「じゃあ決まりだな。ウラジーミル、頼むよ」
ゲラートの掛け声に僕は躊躇する。いちおう持っていたゲラートのお下がり、ビャーグセンの杖を取り出す前にスネイプが僕を制した。
「待て。その男はだめだ。ベラトリックス、頼めるか」
「…よろこんで」
ベラトリックスは意地の悪そうな笑みを浮かべ、ゲラートの手を握ったスネイプの手に杖を押し当てた。
僕はあっさりと誓いを結ぶゲラートと、僕を拒絶したセブルス・スネイプを見た。前々から感じていたことだが、彼は僕が無能であることに勘付いているようだ。
誓いの呪文が二人の腕に絡みつき、消える。誓いは成され、二人の手がようやく離れたとき一瞬彼と目が合う。真っ黒い瞳。母親と同じ、不幸が詰まった匂いの男。心の中に湿った感情が湧き上がっていく。不快感が青粉のように僕の心を覆っていき、感情が機能不全を引き起こしていきそうだ。
「さて、親愛なる次世代の闇の帝王につたえてくれ。やり合うつもりはない。そしておそらく、俺達は戦うフィールドが違う。今のところは仲良くやろうとな。俺は豊かな老後を過ごしたいだけなのだから」
会合は僕の立てていた予定通りの時間に終わった。BDは「はえーよ」と言っていたが、彼は彼でこの屋敷の見聞は済ませただろう。忘れられがちだが、本職は錠前破りだ。人の家への侵入方法を考えるのは彼の性癖なので、マルフォイ婦人のことを抜きにしてもそこそこ満足そうにしていた。
帰り道はまた歩き、車に乗った。BDは姿くらましでとっとと帰りたがっていたのでその通りにさせてやった。僕の運転をゲラートは大いに不安がったが、魔法が使えない僕のアシはこれだけなのだから、BDよりよっぽど運転はうまい。
助手席に座ったゲラートは目をつぶり、窓から入る星星の明かりを黙って受けていた。疲れたのだろうか。僕も黙って運転し続けた。
一時間ほどして、ようやくグリンデルバルドが口を開いた。
「やはりBDの運転は酷かった」
「あいつ、泥棒の下見に僕たちを使いやがった」
「まったく善き友だよ。大切にしろ」
「ああ」
また寝てしまうかと思ったので僕は聞いておきたいことだけ聞いておくことにした。
「誓いを結んで良かったのか?」
「ああ。あっちもそっちのほうが安心するだろう。幸いなことに、死喰い人は俺にかなり怯えているようだから」
「そうじゃなくて、守れるのか?その条件」
「守れるさ。俺はダンブルドアを知り尽くしている。あいつはハリー・ポッターの命を優先するさ。三つ子の魂百までって言うだろう。やつの愚かしいまでの慧眼は愛で曇りやすいからな」
「君が今ここにいるのは彼の愛のおかげかもな。僕なら絶対捕まえてすぐ殺してるよ。危険すぎる」
「はははは!」
ゲラートは高らかに笑った。
「俺が脱獄したと聞いたときのやつの顔を見たかった。どれほど後悔したんだろうか?次会うときが本当に楽しみだ」
「僕が教師に採用されれば変身だけで事足りるのにな」
「自信がないのか?エントリーシートはきちんと書いたか?」
「全くない。が、別になれなかったらなれなかったでポッターの仕舞場所に気をつければいいだけのことさ。何より僕にはパーシーがいるからね」
「高等尋問官は引き続き設置…その役職さえ据え置けばなんとでもなると」
「それもある。だが、ポッターのいないホグワーツにはあまり価値がない。間接的にコントロールできれば充分だ」
「ふうん?でもどうする?校内にレジスタンスが結成されたりするかもしれん。俺は一度ダームストラングにそれをやられた」
「そりゃちびりそうだ。それより僕たちは優先すべきことがあるだろう。君のダンブルドアとの交渉もそうだが…」
「ああ、ヴォルデモートの不死もどきの解明だ」
「じつはもう見当がついてるんだろ?僕は歴代闇の魔法使い強さランキングではいつも君に投票していたんだぞ」
「いや。全くわからん。不死になろうと思ったこと、ないしな」
だんだんすれ違う車も増えてきて、泥で汚れた車体がそぐわないまちなかへ車は溶け込んでゆく。ロンドンにつく頃にはゲラートはもう一度寝て、僕は運転疲れでクタクタだった。魔法使いが5秒で済ませる道程を二時間半かけた。それに付き合ってくれる友がいることを嬉しく思った。
はじめてプロップくんのファンアートをかいてもらいました。Twitterでタイトルを検索すると出てくるはずです。とてもかっこいいのでぜひ検索して下さい。