【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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04.交渉①

 子どもたちは今頃新学期の準備に勤しみダイアゴン横丁でちょっと早めに教科書を買い揃えたり新しいローブの裾を直したりしているんだろうか。一年面倒見てきたはずの生徒たちだが、残念ながら顔と名前はほとんど覚えていない。

 なにはともあれ、夏休みの期間で僕の腕が後ろに回ることもなく、ハリー・ポッターが衰弱死しなかった事をまず喜ぼう。

 僕は本当に、運がいい。

 

「聞こえたら首を縦に振って」

 

 僕はポッターにゆっくり話しかける。ポッターは前よりも痩せこけて軽かったので椅子に座らせるのは楽だった。腰と足と腕にぐるぐる紐が巻かれて動けないようになっている。

 その横でゲラートが髭を指に絡めて巻いている。最近整えたのを気に入ってるらしい。年相応に禿げてはいるが、風格がある。

 僕の質問を聞いてポッターの首が縦に揺れた。

「体に不調は?あっても何もしてやれないけど」

 ポッターは答えなかった。

 

「君は今自分が置かれた状況を理解している?」

 

 ポッターは少し間をおいてから頷いた。まだ考える力は残っているようだ。

「よし…わかっているのなら口輪を外そうか。大声を出しても無駄だけど、うるさかったらすぐに黙らせるよ」

 ポッターはすぐにうなずく。口輪を外してやると唇をモゴモゴやってから大きく息を吸って、吐いた。

「まず…君の知りたいであろうことから教えようか。君が持ち上げたあの水晶について」

 ポッターが目隠し越しに僕を睨むのがわかる。大声を出したらどこをぶたれるか覚えているおかげでまだ罵詈雑言は出てこないが、喉につっかえてるのがありありとわかる。

「あれは君とヴォルデモートに関する予言だよ。ヴォルデモートはそれにご執心でね。無事手に入って喜んでいるんじゃないかな」

「…僕の、予言…?」ポッターは久々に話すせいかしどろもどろで滑舌も悪かった。

「あれは当事者じゃないと手に取れないからね」

「あ…あなたは…嘘をついてた、のか…」

「つきすぎてどれのことだかわからないが、僕だって好き好んで教師ごっこをしてたわけじゃない。僕は奴らに脅されてるのさ」

「脅されてる…?」

「ああ。僕も我が身が可愛くてね。夜安心して眠るために君を攫ったんだよ」

「………意味がわかりません」

「だから、僕は君とほんの少し利害が一致しているんだよ。つまり、ヴォルデモートと死喰い人が心底邪魔なんだ」

 ポッターは僕の言葉を慎重に噛み砕き、審査している。若いって心底羨ましい。ここまで弱って痛めつけられてもまだ考える体力がある。

「どうして脅されてるんですか?」

「ささやかな犯罪がバレそうなんだ」

「犯罪?」

「そう。生きてくために必要なことさ。…移民は苦労するんだよ」

「いい先生だと思っていたのに」

「どうも。さて、話題を戻そうか。困ったことに、予言によるとヴォルデモートを倒せるのは君だけらしい」

「……予言なんて…先生、そういうのを信じるような人じゃなかったじゃないですか」

「ああ、僕もそう思う。けれども…あー。偉大なる僕の師曰く…『予言だから』そうなる、と」

 ゲラートがにんまり笑って僕を見た。いちいち表情までうるさいやつだな、と言う視線を投げてやった。

「僕にとって本当に邪魔なのは君なんかじゃなくてヴォルデモートなんだ。それを斃す手段が無くなるのは困る。だから君を生かした」

「…僕に何をさせるつもりなんですか?」

「まずは今まで通りおとなしくしてもらう。そして次に、僕の話を冷静に聞いてほしい」

 

 僕はゲラートと視線を交わし、その思いの外つぶらな瞳を見てから深く息を吸った。

「ヴォルデモートは殺すべきだ。奴や奴のシンパが魔法界の実権を握るのは僕としても望ましくない。犯罪のことはおいておいて、マグル生まれを許さないだとか支配するだとか、あまりに馬鹿げた妄想だと思わないか?そんなのに付き合うのはゴメンだ。だから君にはあいつを殺してもらわなきゃ困る」

「僕だってそんな未来は嫌だ。でも…こんな目にあってあなたに素直に協力すると思いますか?」

「協力なんて望んじゃいない。共通認識を持っておこうと言っているんだ。君はヴォルデモートの危険を誰よりも知っているだろう。だったら、僕みたいなチンケな悪党でも互いに倒す努力をしよう」

「でも先生の言葉は全部嘘だった」

「僕がついてたのはほんの小さな嘘だけだ。君へ語った僕の共感と、これからの魔法界への危機感は嘘じゃない。奴らがこれから何をすると思う?」

「…僕を殺して、マグル生まれを殺す。そして次はマグルを殺す」

「そして魔法界の存在がマグルにバレたとき何が起こると思う?」

「…戦争です」

「素晴らしい。僕の講義をきちんと聞いていたんだね。そう…容赦なく暴力を振るう敵がイギリス中に溢れてるとなれば動物だって牙をむく。魔法使いを殺すのに最も有効な武器は?」

「まずは銃です。ショットガンとか、猟銃とか、貫通力がある武器が望ましい。爆弾とか、毒ガスとか…そういう兵器」

「そう。闇祓いや決闘士ならともかく平凡な魔法使いだったらそれでいい。…マグルがまだ魔法使いとやり合おうって気持ちを持っていた頃、彼らは非力だった。だが今はそうじゃない」

 

 魔法のように無味無臭のうちに五感を麻痺させる毒物だとか、殺意でもって研いだ弾丸だとか、一万人を一度に殺せる爆弾だとか。

 台無しにする技術だけはとにかく発展した。エピスキー、エピスキー、僕が思うにマグルの破壊はいつか魔法使いの修繕の才能を上回る。量も、質も、何もかも、暴力においてマグルは魔法使いを上回る。

 ヴォルデモートがどんなに死の呪文を連射したって、マグルがマグル同士で殺し合った数には勝てない。年間殺人平均数。期間を限定すれば、ひょっとしたら僕でもヴォルデモートに勝てる。

 要するに、犠牲を厭わなければ数が多いほうが勝つ。良識ある魔法使いを見分ける方法はない。マグルに良識の有無は問わない。

 やつは誰にでも勝てるって思ってるのかもしれない。王は奉るものなしに王にはなれない。承認は他者なしでは得られない。

 

「先生が言うことはもっともです。魔法使いという種族全体のためにもヴォルデモートは倒さなきゃいけない。でも…貴方は?貴方はそれからどうするつもりなんです?」

「僕がマグル殺し大好きなように見える?」

「…いいえ。でも…現に僕はこんな目にあってる」

「安全措置だよ。君たちはもっと魔法がいかに暴力的かを知ったほうがいい。持たざるものがどれほどそれを恐れるかを、恐れが何を生むのかもね」

 

 過剰防衛。

 いや、僕の行為を正当化するわけではない。ただ僕や、妹を殺したあのスクイブは世界に対して過剰防衛しただけだという考え方も、できなくはない。だってそうだろう?僕たちを一瞬でイタチやネズミに変えてそのまま踏み潰せる隣人がいる。

 変身させられた人体を集めるのは骨だ。散骨されたバーティ・クラウチの遺体を集めるのに有した費用と時間は会計担当が顔をしかめるほどだった。人間と単なる有機物の違いはほとんどない。

 いつ兄が僕を気まぐれにカエルの餌にしないか気が気じゃなかった。兄の友達がうっかり僕を椅子に変えて、それを粉々に破壊するかもしれないと思うと心臓が凍る。

 魔法使いは本質的に僕らの恐怖を理解し得ない。

 

「それから…ね。死ぬまで生きるだけじゃないか。今まで通りだよ」

「…信用できない。たしかに貴方は虚栄心や出世欲とは遠い人だけど…」

「おいおいおい。そんなに僕と禅問答したいのか。僕の今後の人生なんてどうでもいいだろう。君の今のほうがよっぽど心配だ。どこまで僕の話を飲み込めたか一度整理してくれ」

 僕の言葉にポッターは出かかった言葉を飲み込み、咀嚼する。

「共通認識と、貴方は言いました。話を聞く限り、ヴォルデモートに対する考え方は共有できていると思います」

「うん。それでいいんだよ。その危機に対して対抗できるのは君だけだ。だから僕は君を殺さなかった」

「…理解しました」

「ハリー・ポッター。散々言われてうんざりしているだろうけど君は選ばれし者なんだ。その重荷が君を苦しめているのはわかっているが、もう君もいい加減諦めがついたろう」

「とっくに諦めていますよ。けど…」

「君がごねるのは僕のことが気に入らないからだ。君のことを騙して監禁した僕の意見が間違っていないのがムカつくからってだけだ」

 

 僕は意固地な彼の頭を押さえつける。物理的に。脂でベタベタの髪を触ったせいで反射的にスネイプを思い出した。彼は僕を敵視したまま放っておいている。あまりにも不気味だ。

 懸念事項は山ほどある。ポッターの懐柔は氷山の一角に過ぎない。

「まあいい、よく考えてくれ。今日はとりあえず後に予約が入っていてね」

「待って。またあそこに?」

「いつもそうだろ」

 ポッターは小さく「クソ」とつぶやいた。だがどうにもならないことを知っているので黙って項垂れた。

 ゲラートが魔法であっという間にポッターを梱包し直した。便利便利羨ましい。続いてポッターの懐柔と同じくらい重要な会合へ向かわねばならない。ホラス・スラグホーン氏との会食である。彼は無類の名声好き…と言っても自らの名声ではなく、名声を持つものとの関係性をコレクションしている。

 

 僕たちがやっているのは主に政治だ。お尋ね者と日陰者のやる政治とは、上に立たせる人間の選定とお膳立てだ。

 スラグホーンの持つ人物相関図は完璧だった。僕らは航海の地図を手に入れたも同然だった。さてあとは宝島へ一直線…とは行かないのが世の常ではあるのだが。スラグホーンにとっても、僕たちの企みはうまい話にほかならなかった。

 彼には今コレクションの自慢相手がいなかった。どれだけ美しい品を持っていてもホコリを被ってちゃ意味がない。価値とは他人に認められなければ創出されない。

 その点僕は完璧な聴衆で、買い手で、同時にコレクションすべき品だ。

「どうだ?お前がうるさいから大人しくしてみたんだが」

 そう言ってゲラートは薄くなった髪を整髪剤でなでつけた。テーラードジャケットがやや年不相応なやんちゃ感を出しているというか、端的に言うと若すぎる。全体的にはマグルのデパートで買ったマグルの老人用の服なのでなんだか色褪せた50代みたいだった。魔法使いの老人から遠いところにいるが、外を歩く分には悪目立ちしなさそうだ。

「まあまあだ」

 スラグホーンには彼をプロップ家の人間として紹介する。

 ニコライ・ボリス・プロップ。彼はきちんと実在するプロップ家の人間で、生きていたら今年で98歳になるはずだ。彼は混血の魔女と結婚したので籍を外されたが、性癖なんて気にならないほどにいい人だった。僕の中ではグリンデルバルドのおとぎ話の語り手として記憶されてる。

「ニコライ。面白くもなんともない名だ」

「そういうなよ。彼はあんたの大ファンだった」

「へえ」

 

 スラグホーンはマグルのレストランのすぐ地下に開設された会員制のバーにいる。バーとレストランの経営者は同じで、レナオルドの友達のマグル生まれだった。

 高級と謳われるマグル向けレストランで働くのは、たった一人の魔法使いだ。ワンオペレーションでも魔法を使えばなんて言うことはない。彼は15年前、ほんの少し流行に敏感だっただけで求人票を見る資格すらない。素晴らしき才能がコックとして浪費されている。昼はマグルに料理を、夜は魔法使いへ酒を。

 狭い世界だ。小さな間違いが致命傷になる。まだマグルの世界のほうがマシかもしれない。ここではないどこかの選択肢が広いから。

 特別予約席という札が下げられたテーブルで満足げに先に一杯やってるかもしれない。その予想はあたった。

 彼は特別扱いされてることに意味を求める。誰も特別に感じてない僕にはあつらえ向きだった。僕は待たせたことを詫び、(と言っても時間通りに来たのだが)特別に取り置きしてもらった熟成蜂蜜酒を持ってこさせ、彼に振る舞う。"ニコライ"は彼と握手し、ロシア風のジョークを飛ばす。僕はそれを冷ややかな目で見守る。

 上機嫌になった彼はいつもの自慢話を始める。ニコライは付け焼き刃のロシアジョークを飛ばす…幸い新鮮さがウケた。"ニコライ"はロシアの事情をさも知ったげに話す。大戦前の事情についてはワクワクして聞いてられたが、彼が投獄されて以降は僕がちょくちょく続きを補足したり、出来損ないのパッチワークみたいになってしまった。

 

 スラグホーンと交わす言葉の大半は僕とポッターの会話くらい意味がない。だが言葉はガラクタの山のように積み上がってある一つの文脈をなしてゆく。

 ファッジの狂気。次期大臣有力候補。各局の勢力図。手を組むべき外国の魔法省について。

 

「魔法使いの国際連携がマグルのそれより優れているのは我々はむしろ国や共同体としてではなく、個人として世界と繋がっているからだ。逆を言えば、魔法省といった組織観はマグルに大きく劣っている」

 "ニコライ"は腹の足しにもならなさそうな小さな白身魚を洗練された「粗野でいてエレガントな動き」でソースに絡めて口に運ぶ。

「ロシアでは『悪巧みはマグルに倣え』だ。我々は彼等を軽んじない」

「いや、ニコライ氏の言うとおりだ!」

 スラグホーンはすっかり"ニコライ"に魅了されてる。彼の語るシニカルな世界観とアイロニーは酒と交わると強い酩酊をもたらすらしい。スラグホーンは赤らんだ顔でグラスを空にしてますます饒舌になっていく。

「魔法省はもう煉瓦が抜けた家のようなものだ。今にも崩れそうな壁を支える役人たちは辟易してるだろう」

「ええ、僕もその一人です」

「嘆かわしいことだ!魔法使いは確かに個としては完璧に近い。だがそれが組織になると途端にめちゃくちゃになる。その点マグルは個としてはか弱いが、数が多ければ多いほど強くなる。魔法使いの総力を上回る日は近いかもしれん」

 

 もう来てるかも。と水をさすのはやめておいた。

 

「マグルは知性のある生物をコントロールする体系だった知識と方法論を長い歴史で組み上げました。そのノウハウを我々も取り入れるべきだと、強く思います。ロシアではむしろ我々がマグルの政治機構を間借りする形で秩序を保っていました。イギリスほどの人口があれば間借りせずともよい機構が作れると思います」

「イギリスの若者には、そういったパワーがあるような気がするね。…ダイアゴン横丁でよく子供を見かけますよ。あれはホグワーツの生徒?」

「そう、そう。懐かしい。私も教鞭をとっていたころはここで娑婆の飯を食べてから急行に乗ったものだ」

「ホグワーツの食事はとても美味しかったですよ」

「確かに絶品だ。だが舌というのは魔女のように気まぐれでね。…そういえばダンブルドアから教師にならないかとオファーが来ていたよ。勿論断ったが…」

「食事が恋しくなったりは?僕は早くもあの味が恋しいですよ」

「いやいや。リスクに見合わんよ…」

 スラグホーンはにっと笑って皿の上の最後の肉のかけらを口に運んだ。

 

「それに、こちらのほうがはるかにウマい」

 

 

 

 

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