【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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05.交渉②

 僕の魔法省勤務再開は9月1日からで、一年間の出向を終えた僕に用意されたポストはある人物のお下がりだった。必然的にオフィスも引き継がれるので、日曜だというのに荷造りの手伝いに来ている。

 

「ウラジーミル、お皿を重ねるときは注意して。順番があるのよ」

「わかってますよ。そう簡単に忘れません」

 

 ドローレス・アンブリッジは自身の引っ越しだというのに優雅に椅子に座り、大した量もない書類を延々揃えて作業をしてるふりをしていた。いつもの事なので文句を言ったりしない。むしろ懐かしさで気分がいいくらいだった。

 魔法省勤務で主として感じるのはいわばこのいらいらだ。アンブリッジの肥大化していく欲望の処理を手伝うことはレストランで客の食べ残しを片付けることに似ていたが、ながらく教職なんて体に合わないことをしていたおかげでむしろ安心する。

 他人の後始末をし続ける人生。誰も望まないがいつの間にか従事しなければいけないそれは教師なんかよりは僕の性に合ってる気がした。

 僕がいない間、彼女は不便していただろうか?新聞コラムやラジオ番組に出演しだしているあたり、魔法省内での仕事はそこまで精力的にしてなかったはずだ。

 

「不便ね、こういうとき」

「ええ。僕が杖を使えればさっさと貴方をお見送り出来るというのに」

「あら、そうやって手作業でしていると、余韻にひたれていいんでしょう?」

「…あなたがそんなことを言うのは珍しいですね」

 そもそもお前は何もしてないが。と心の中で毒づきながら皿を重ね、衝撃吸収材が敷き詰められた箱へ入れる。本も皿も文房具もそうしてどんどん箱に入れて、あとにはピンクの壁紙と備え付きの地味な家具だけか残った。

 

「ウラジーミル。私がいなくなって本当に大丈夫?あなたの大切な秘密はちゃんと守れるの?」

「ゲラートがいますから何とかなりますよ」

 

 アンブリッジはホッとしたような顔をした。らしくない。服従の呪文にかかってからヒステリック発作と常時イライラ病が完治したみたいだ。ゲラートの呪文の思わぬ副産物。

 アンブリッジの服従とファッジ信仰からの離脱はかなり時間をかけて丁寧にやった。服従の呪文から醒めるギリギリのところでファッジ派からの離脱とゲラートへの協力を呼び掛ける。それを何回もするうちに服従心と本心がまぜこぜになり、初夏には彼女は立派なゲラート信者へ改宗した。

 

「弟が…」

 アンブリッジは多分誰に向けてでもなく呟いた。

「言ってたわ。別れ際に。こういう人生の区切りは魔法がない方がきっともっと余韻にひたれるんだろうって」

「…人それぞれですよ、そんなものは」

 アンブリッジは僕の言葉に笑い、自分のハンドバッグと空間拡張呪文をかけすべての荷物がしまわれた小さなトランクを持ち、あっさりと執務室から出た。

 

「この部屋は好きにしてね。私の次の部屋はもっと良い部屋のはずですから」

「もちろん」

 

 こうして僕は新しい席に座るのだった。魔法大臣付上級次官。今までで一番高級な席に若干の居心地の悪さを感じるが、まあこれも全て僕とゲラートの野望のためだ。

 アンブリッジは何処へ?答えは簡単だ。教師不足に嘆くホグワーツはまたしても新任教師を見つけられなかった。これを機に、魔法省は教師決定権をも校長から剥奪した。

 

 僕の後釜は、ドローレス・アンブリッジ。闇の魔術に対する防衛術教師兼ホグワーツ高等監査官。

 

 お互い新しい職場になれるように努力が必要だろうが、今までの苦労を思えばきっとなんてことないさ。…さて、まずはピンクの壁紙を剥がそう。

 

 性格に難ありのアンブリッジが選出されたのは様々な利害が一致した結果だ。魔法省内での複雑な勢力争いがファッジ排斥へ作用したのだ。僕は以前ポッターに魔法省内の派閥を死喰い人派、ダンブルドア派、ファッジ派、その他と言った気がするが、実際はもう少し複雑だ。

 死喰い人派の中でも反ルシウス派やら過激派やらで勢力争いが起きているし、その他なんてもっと混沌としている。派閥内の勢力争いや組織図での横のつながりを図にしようとすると紙では足りなかった。…要するに、誰の願いも叶わない状況だった。しかし闘争の中で一番の邪魔者だけは一致していた。

 

 

 

「それで…」

 

 ルシウスは味気なくて安い壁紙に張り替えられ、モダンな家具が置かれた執務室でいつも通り気取った声で僕へ問いかけた。

 

「例の小僧はどうした」

「ああ…彼は元気だよ。近々日取りが決まる」

 

 アンブリッジを推薦…というか学校にねじ込んでくれたのは彼だ。理事会の連中にはお茶の間によく登場していたおかげかそこそこ受けが良かったらしい。

「上手く行くのか?」

「彼自身は何もしないんだからどうとでもなる」

「お前はそうやって適当にしているから神秘部に来るハメになったんだろう」

「…うるさいな。事実どうとでもなったろう」

「あれのせいで騎士団はお前に完全な疑いの目を向けている」

「遅かれ早かれそうなったさ。それに安心してくれ。僕がマグルを魔法で虐待したりなんてありえないんだから、捕まるはずがないさ」

「…過去の犯罪は?」

「騎士団はマグルの鑑識以下だ。僕の犯罪はほとんど君たちの残党の仕業って処理されてるんじゃないか?」

 

 僕は引っ越しの仕上げにどこにも繋がってない黒電話をおいた。すると早速ベルがなった。

 

『おつかれ』

「ああ」

『早速悪いんだが今夜会えるか?』

「もちろん」

 

 僕は言われた住所をメモにとった。BDはいつも新しい店を探している。ブリクストンの【マッケンワイヤー雑貨店】…また新しい店だ。雑貨店と名乗っているが、きっと魔法使いの秘密のバーか何かなんだろう。

『爺さんは抜きだ。念のためな…あの人今どこで何してる?』

「ネクラースの牧場にしばらく泊まるって言ってた」

『ああ、あいつんちなら安心か。…そこらへんも含めて今夜』

 

 そう言ってBDは電話を切った。ルシウスは勝手に執務室で一番いい椅子に座って杖の先についている蛇を撫でていた。

 

「悪巧みの相談か?」

「単なる食事の約束。…で、なんの用だ」

「私はあちらでは君の監査官扱いだ。これから役所で何をするか探りを入れに来たんだよ」

「ふん。騎士団も死喰い人たちも僕ごときにご苦労なことだ」

「グリンデルバルドを張れるならそれに越したことはない。…さすが潜伏のプロだ。絶対にこちらの都合であうことはできない」

「我儘だからね」

「つい先日、フェノスカンジアから決闘士が数名渡英した。名目上スポーツ交流だがグリンデルバルドを捕まえに来た精鋭だ」

「へえ。待ちくたびれてたところだった」

 ルシウスは僕の皮肉に例の気取ったせせら笑いをする。

「複雑なのだよ、あちらは」

「メンバーのリストはあるか?」

「私よりは君のほうが手に入れやすい。魔法スポーツ部に行けばすぐだ」

「なるほど…」

 実名でわざわざ登録するかはさておき、敵はグリンデルバルトがイギリスに潜伏しているとわかったらしい。ダンブルドアの協力のおかげか?痕跡らしき痕跡はすべて消したつもりでいたがもう一度洗い出す必要があるかもしれない。また一つ仕事が増えた。

「ハリー・ポッターを掌握されてる以上話し合いで解決した風を装っても一部はお前への憎悪をつのらせたままだ。夜道を一人で歩くのはやめておいたほうがいい」

「脅し?それとも忠告?」

「両方だ」

「それじゃあご忠告をどうも。僕のケツに犬が張り付いてるのは知ってる。せいぜい噛みつかれないようにするさ」

「どうだかな。誰もがみんな私のように穏健派なわけではない」

 

 確かに、事態が動けば僕を監視する誰かー騎士団か、死喰い人か、はたまた警察かーも行動に移すかもしれない。だけど結局「ケ・セラ・セラ」なるようにしかならない。力を持たざるものは先に何があろうとも大いなる流れに翻弄される他ないのだ。

 

 

 僕は引っ越しを終えルシウスと別れ、煙突ネットワークを使って【マッケンワイヤー雑貨店】へ辿り着いた。そこは繁華街のハズレのビルの二階で、予想通り魔法使い向けのバーだった。

 マグルの街に魔法使い向けの店を出す時は魔法省に申請し、適切な隠密呪文がかけられているかの審査を受けなければならないはずだ。大抵の店は入り口に認可書をかけてあるがここにはない。

 

「ウラジーこっち!」

 BDはすでにジョッキを握っていた。僕が席につくとすぐにウェイターが湿気たナッツを運んできた。

「まず要件な。全てこちらの希望通りの場所を見つけた」

「ありがとう。じゃあそこで決定だな」

「じゃあ日取りも予定通り?」

「ああ」

「よしよし…で、ゲラートのおっさんは牧場なんだな」

「ああ。明後日まではあっちだ。フェノスカンジアの動きはもう聞いたよ」

「お、さっすが。だがこれは聞いたかな…グレゴロビッチにグリンデルバルド捜索隊への声がかかってる」

「グレゴロビッチ?…あの杖作りの?」

「ああ。ゲラートのおっさんと因縁でもあるのかな」

「知らないな」

 

 なぜ杖作りなんかに声がかかるのだろうか。ダンブルドアがグリンデルバルド逮捕の音頭をとってるのだとすれば必ず理由があるはずだが、さっぱり思い当たらない。本人に聞くほかなさそうだ。

 

「防犯需要の高まりで表家業も裏家業も大繁盛だ。グリンデルバルド様々、ポッター様々だ」

「それは何よりだ」

 

 BDは支払いまでしてくれた。羽振りがいいのは本当らしい。ゲラートにフクロウを送り帰宅を促した後、僕は眠りにつこうとする。どこか犬の遠吠えが聞こえた。

 

 さて、BDの繁盛とは裏腹に他の商売は軒並み調子が悪いようだった。ダイアゴン横丁は例年より目に見えて客が減り、閑散としていた。レナオルドいわく、繁盛してるのはオリバンダーの杖店と新しくできたウィーズリーの悪戯専門店くらいだという。

「参ったよ」

 ボージンが商品を磨きながらレナオルドの愚痴を聞いてるのを聞いた。…この店は壁が薄いのだ。

「古着屋の魔女がヒステリックになっちまって、積立金をおろして防犯体制をしこう!だと。自分を要人かなにかだとでも思ってんのかねえ?」

「女はいつもしょうもない事でいちいちわめく…」

「ああ。…そこであのウィーズリー兄弟よ。アイツらは多分天才なんだろうな。悪戯専門店で防犯グッズを売り始めた。それがもうバカ売れで…」

「ホグワーツ出てきたばっかりの双子だろ。あんたケツ持ちしてるのか?」

「その通り!おかげでこっちも儲かった」

「チッ…うちなんて魔法省の査察がいつ入るか…」

 僕の友達は軒並み好景気らしい。良い事だ。だが僕自身はハリー・ポッターを使った交渉に向けて仕事が山積みだし、悲しいことに一文にもならない。本職も、公務員の給料はそう簡単に上がらない。

 僕のやるべきことは何もかも金にならないなあ。損な人生。生まれる時代を間違えた。

 

 

……

 

 

「無理よ」

 

 

 ハーマイオニーは毅然とした態度で言い放った。

「ハリーが攫われてるのよ。平然と学校に行くなんて無理だわ」

「だが君たちに何ができる。騎士団でさえ行方をつかめないんだ」

「嘘だろ」

 宥めるルーピンの低い声をロンがピシャリと遮った。

「手がかりくらい掴んでるはずだ」

「未成年の魔法使いは足手まといだ」

 ルーピンはハーマイオニーの静かな怒りを冷ややかに分析し、言い聞かすようにゆっくりと喋る。

「ハリーをさらったのは死喰い人ではない。魔法省の人間だ。匂いがつけられた君たちにできることは何もない。むしろ…学内にいる人物を探ってほしい」

「パーシーを探れっていうのか?」

「いや。パーシーじゃないよ。……今度の闇の魔術に対する防衛術の教師だ」

「また魔法省からの人なんですか」

 ハーマイオニーはがっかりしたような声で言った。

「ああ。ほぼ間違いなく、敵だろう」

「それで、その人を倒すなりなんなりすればハリーが帰ってくるとでも?」

「ハリーはじきにこちらに返される。それは間違いないんだ。ただ…」

「ただ?」

「それ以外の問題に手が回らない。魔法省はダンブルドアから学校を奪おうとしている。それに関して我々が手を出す余地がない」

「…ハリーのかわりに、僕達にそっちをやって欲しいって?」

「そうだ」

「親友の生死もわからないのにそんな…」

「じゃあやっぱり、グリンデルバルドはイギリスにいるのね」

 ハーマイオニーは目をつぶり、思案しながら言葉を続ける。

「そうだ」

「ハリーをさらったのはグリンデルバルドなの?」

「ほぼ間違いなく」

 事の深刻さにロンはいまいちピンときてないようだった。

「グリンデルバルドがなんでハリーに?あいつもハリーに倒されたっけ?」

「こんな時に茶化さないでよ!理由なんていくらでもあるわ。ダンブルドアよ」

「グリンデルバルドはダンブルドアに倒されて、ヌルメンガードに投獄されたんだ」

「あの人に匹敵する闇の魔法使いよ。ああ、ダンブルドア一人じゃとても手が足りないじゃない…」

「そのとおり。だから君たちにこそ、学内にいてほしいんだ。恐らく今後学内に部外者が入るのは難しくなる…たとえ公用でもね。魔法省はどうにかしてダンブルドアを追い出そうとしている」

「それは死喰い人の仕業なの?」

「ルシウス・マルフォイが主導しているのは間違いない。だが死喰い人の総意かは不明だ。というのもあの人の復活が暗黙の了解となった今、ダンブルドアの所在はむしろしれてる方が都合がいい。魔法省は魔法省で、例のあの人に匹敵しうる人物を投獄したり追放したりしたくはないはずだ。考えられるのは…」

「ここでもグリンデルバルドの影が…ってこと?」

 ロンの言葉にルーピンはうなずく。そして一枚のピンぼけした写真を取り出した。

「グリンデルバルドと、不可解な働きをしているマルフォイを繋ぐパイプは彼しかいない」

 

 その写真の奥の方で黒い外套を着た老人と佇んでいるのは、枯れ草色の髪にマグルの量販店のスーツを着たくたびれた男…紛れもなくウラジーミル・プロップだった。

 

「嘘だろ?」

「いえ、むしろこれで納得したわ…」

 ロンとハーマイオニーはそれぞれ複雑な顔をし、もう一度写真を覗き込む。黒い外套の人物の顔はよく写っていない。これがグリンデルバルドなのだろうか?二人は昔本で読んだ悪魔が突然現実に現れたような奇妙な感覚に包まれた。

 

「まだ騎士団の一部しか知らない情報だ。…僕らは必ず、ハリーを助ける。信じてくれ」

 

………

 

 

 その言葉を頼りに、ロンとハーマイオニーはホグワーツ急行へ乗った。監督生の仕事も下級生に任せ、コンパートメントで新聞をめくった。ニュースは憂鬱なものばかりだった。

 

【マクミラン宅へ押し込み強盗】

【変身現代の記者変死】

【ロンドン橋落ちる】

【匿名告発。政府高官マグルへの虐待発覚】

 

 そういうどうしようもない日々の中に落ちている大切な何かを探していると、時間はあっという間だった。グリフィンドール生は新入生歓迎ムードでは覆いきれない不安を抱え、拍手も笑顔もぎこちなかった。

 だが、多くの生徒たちの関心は、新しい先生に向けられていた。

 すべての新入生の組分けが終わり、ダンブルドアが立ち上がり、挨拶を述べた。

 

「新入生の諸君、ようこそホグワーツへ。魔法の学びを得る貴重な七年間のはじまりじゃ。在校生の諸君はおかえりなさい…」

 

 こないだまでプロップがつまらなさそうな顔でかけていた席には、全身ピンク色のガマガエルみたいな顔のおばさんが座っていた。

 ハーマイオニーはその顔に見覚えがあった。ハリーをバッシングしていたリウェインのラジオによく出てる"類友"だ。ファッジ政権の中で一番きな臭い女…そしてウラジーミル・プロップの元上司。

 

「こうして皆さんのお顔を見るのを楽しみにしていました」

 

 女はわざとらしいほど甘ったるい声でそう切り出した。

 

「闇の魔術に対する防衛術教授兼ホグワーツ高等監査官のドローレス・アンブリッジです。皆さんの学びの健全性を正すべく、やってまいりました。どうぞよろしく」

 


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