【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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転がる石は止まらない

どうか途中で諦めずに聞いてほしい

君たちの人生に希望がないということを

責任の在り処はどこにもないということを

投げ出さずに人生を完走するつもりならば

"青いピルを飲みなさい"

見てみなさい、我々の痩せっぽっちの腕

まるで折れやすい枝のような腕!

 

ドメニク・カナデル『弾丸よ鏡を撃ち抜いて』

 

 

 

 シリウス・ブラック(?)にやられた腕の傷はきれいに元通りにはなっていなかった。とはいえ施術者に文句は言うまい。人前で半袖に、あるいは上裸になるのを我慢すればいいだけだ。

 ゲラートは「男には傷跡の一つあったほうがいい」というが、犬に噛まれた傷なんて毛の生えてないガキンチョじゃあるまいし。もう一つ立派な傷跡がほしいところだった。ドラゴンでもヒッポグリフでもなんでもいい。僕の頭を床にぶちまけたミートパイみたいにできるくらいのデカさなら泊がつく。

 しかし残念ながら、僕は再び犬に噛まれる覚悟をしなきゃならなかった。犬の狙いが僕をただずっと見張ってることならば目には目をだ。

 

 作戦はこうだ。僕らは三本の箒でもう何杯か飲んで連絡事項を話し合った後、僕とBDだけ暖炉を使い、二人でロンドン公衆暖炉からダイアゴン横丁までふらふら飲み歩いた。そのあとを姿くらまししてきたゲラートが僕をつけ、レナオルドがどんな大きさの生き物を殺しても問題ない完璧な場所を見つけたら捕獲する。

 二重尾行。実に初歩的だが人間相手には効く。だが犬ときたら!自分の体くらいのスペースがあればお構いなしに鼻から突っ込んでいく。汚かろうと臭かろうとだ。

 僕とBDは飲み歩いてるのに、腰をかがめて黒犬を探すゲラートはだんだんイライラしてくるだろう。魔法を使っちゃすぐ気付かれる。しかし捕まえるのは魔法じゃなきゃいけない。

 

 まったく。

 能無しの僕ときたら。

 犬一匹始末するのに往年の大魔法使いを動員するなんて。本当に嫌になる。

 僕の取り柄は魔法省でそこそこいい地位にいることくらいだ。けれども地位になんの意味があるんだろう。健康な体と寝床を保つ条件に過ぎない。本当に人生に賭けるつもりならまず全てを捨てなければならない。僕はそれを実行し続けている。

 

「なあヴォーヴァ…」

 

 BDは律儀に(?)行く先々で二杯飲んだ。酒に強いわけでもない彼はもうヘロヘロで、僕もほんの少し酒が回ってた。

 

「お前は何をしようとしてんだよ。世界中から妙な考えのやつ集めて、イギリスでさあ」

「時計の針を進めるのさ」

「いーのかよ、ゔぉ…あーいっちゃいけないあの人とか、ダンブルドアとか」

「よくはないさ。けど、彼らは進路に落ちてる石みたいなもんさ。本当の困難はもっと違う…」

 

 僕はいい気分だった。酒を飲んで気が大きくなってるのはわかってる。でも珍しく、それを表現したいと思った。BDと肩を組み、僕らはひそひそ話の体型になる。

 

「困難っていうのは…自分の中にあるんだよ。自己啓発じゃない。

 

相対的な自由

相対的な平和

相対的な健康

 

規範の打破。これが最も難しい。きっかけづくりは何よりも重要だよ」

「つまり?」

「ああつまり、いきなり今ここでクソを放り出すのは無理ってことだ」

 

 BDは爆笑する。僕らアウトサイダーも客の雰囲気に完全に混ざる。

「脳にある、規範という名の檻さ。僕たちはどう生きるべき?隣人を愛せ、罪を告白しなさい。魔法は悪いことには使っちゃいけません。…ははは!そういうことを白紙に戻すってことさ。

人間は、想像以上に今持ってるものを…枷になってるはずの煩わしいものも…捨てるのを怖がっちまう。

理解し難いよ、本当に。僕は人と話すたび、宇宙でひとりぼっちのエイリアンの気持ちだ…」

「ヴォーヴァ、俺は魔法使いだがあんたの友達さ」

 BDは人差し指を自分の顔の前に晒す。彼はなんでこう俗っぽいんだろうか。他のアフリカ在住の知人はむしろそんな娯楽を会話に持ち出すような無駄をはなからしようとしないというのに。

 僕は彼の指をグラスに置き直してやった。

「ああBD、ありがとう」

「そして俺はあんたの気持ちもちょっとはわかる。つまり、何もかも捨てたいんだよ、あんたは」

 BDはそのままグラスを持ち上げて口に運ぶ。もうこれ以上は飲めなさそうだ。こいつが潰れたら運ぶのは僕だ。ゲラートにそんなことさせられない。

 

「そうさ。そういうやつは…いま大勢いる。僕の事業は、そいつらへの救済、あるいは…」

「引導?」

「そう。とにかく大変なのさ。ふん、その僕の大事業すらゲラートの野望のおまけかもな」

「一石二鳥じゃねーか。気分が落ちてきたのかヴォーヴァ。次の店で葉っぱをいれよう」

「バカ、本来の目的忘れたのか?」

「おっといけねえ」

「お客さまの中に犬臭い人はおいでですか?」

「おりませ〜ん」

 

 僕ら二人は笑ってグラスを持ち上げた。BDはグラスに口をつけたまま囁く。

 

「でもそれらしきのは一人」

「どこだ?」

「あの奥」

 BDは目で示す。

「前の店でも見た。ゲラートも気づいてんだろ。店出たら実行だ」

「ああ…くそ、まだ半分も飲んでないのに」

 

 僕が飲んでるのはどうせマグルのスコッチのラベルを剥がして貼り直したパチモンだ。それがどうした?酔えることには変わりない。

 

 

鏡を見て。マグルが映ってるかも。

お子さんの魔力、大丈夫ですか?

絶対に目覚める!魔力開通パッチ

   ユーサイド通信販売社

 

 

 多くの子供はペットを友達にと望むらしい。

 いつでも寄り添う…あなたのそばに…?

 魔法族だとフクロウ。聡明な瞳が何を見据えてるってんだ?

 

 

 嘘っぱちだ。レナオルドはマグルの業者から仕入れたテリアに尻尾をはやしてクラップとして売ってた。誰も取り締まらない。なぜならそれが本物か興味ないやつに売ってるからだ。『クラップを買った』時点で欲望は満たされ、満たされた瞬間品物はどうでも良くなる。

 レナオルドが相手にするのはそういうやつばかりだ。工業製品に夢中のマグルとの違いがどこにある?購買欲はもはや四大欲求だ。それはもうどうしようもない事実だ。

 すなわち我々はほとんど飲み込まれかけている。消費社会に。欲望を肥大させるマグルの世界に。

 ドラッグと同じだ。一度ハマればそれなしではいられない。

 

 

 それでは行こう。

 Monde Cane(いぬものがたり)だ。

 

 

 

私が日本へ旅行した時、数少ない魔法使いだけの町であるイセで目にしたのはマグルカルチャーの雑誌です。ええ。いくらなんでも…とお思いでしょう?でもそれが一番売れているのです。

 つまりアジアの魔法界ではマグル文化は最先端でクール。もちろん大陸とは魔法文化の土壌が違います。とはいえ、魔法のあるなしに関わらず良いものは積極的に受け入れようという姿勢はこれまで大陸のどの魔法界でもありませんでした。

 同じ島国のイギリスではマグルと魔法使いは徹底的に分けられ、魔法使い側もマグルに興味を持ちませんでした。その結果、“名前を言ってはいけない例のあの人”などという危険思想に染まった人物が登場しました。

 現在アメリカではイギリスよりも厳しい分離主義を貫いてきた過去を捨て去り、新しいマグルとの向き合い方を模索する動きが出ています。

 私達はいい加減、徹底した分離は不理解と不協和を生み出すということを歴史から学ぶべきです。

イザベル・リヴァ『オカルトは死んだ』

 

 

 

 ダイアゴン横丁は不景気の嵐が吹き荒れている。夜道に誰もいない。人の集まるところ以外にとことん人がいない。死喰い人様々。街の美観を損ねるのは人間だ。

 壁にマグルのスプレー缶で落書きされている。

 

 

政府は嘘をついている!!騙されるな

ぐりーんでるばるとは死んでいる!ヴォルデモート卿は魔法省の作ったデマだ!

↑ー魔法界初めてか?力抜けよ

 

 消す人間がいないというのにヴォルデモートの名前だけはきっちり上から塗りつぶされている。信心深いばかめ。グリンデルバルドのほうがわかりやすいスペルだろうに。もっと頑張ってもらわなきゃな…。

 

 

……メディアは支配されてる…鵜呑みにするな。いや、メディアを見るな。耳を塞げ。

↑ラジオのダイマ、予言者新聞のステマ笑笑

 ↑クィブラーを読め

()()()()()

 

 

 同意だ。バカばかり。マグルも魔法使いも。

 

そしてひょっとしたら僕も。

 

 

「そういうもんだ。自分以外特別なものがなければ何もかもが凡庸、あるいはそれ以下。比較するものがなけりゃ…つまり自分を中間に置かなきゃ、俺たちゃたちまち均衡を失う」

 

 

 グリンデルバルドは犬を捕まえた。レナオルドは場所を見つけた。簡単なことだ。犬の手は杖を持つにはちょっと寸足らずだ。ストーカーが犬になった途端、つまり意識が人間から犬へ変化する10→1の中間を攫ったというだけ。

 

「もっと早くから俺に頼っとけばよかったっておもわないか」

「いいや。これで面倒ごとが起きることは確定した。此れからだよ、本当の厄介は」

「おいおいウラジ、お前がやるっていいだしたんだぜ?BDのゲロとオレんちのトイレットペーパーを無駄にすんなよな」

「わかってる。わかってるって…」

 

 

 友人たちは小うるさい。*1ただ僕みたいに才能に恵まれない人間には、人の手はなくてはならないものだ。

 犬の姿をしたそれは、犬のまま拘束されている。口輪と雑に足に巻かれた鎖。肉に喰い込んで痛そうだ。愛護団体が見たら僕らに石を投げるかもしれない。

 

「人間に戻すか?」

「そうだな。そっちのほうが“人道的”だ」

 

 ヒューマニズム。大体の人間が人生に一度はハマるドブ沼。僕も浸かったことがあるから二度と嵌まらない。

 ゲラートは杖を振る。犬の姿がみるみるかわり、毛は身体に吸い込まれるように消えていき、かわりに容積が増していく。捨て頃のモップみたいな犬はみるみるうちに膨らんで、あっという間にボロをまとった男になった。

 最悪なことに、臭いだけは変わらず獣だ。

 

「わーお!!なんとここにはお尋ね者が二人いるぜ。総額いくらだ?」

 レナオルドは口輪で窒息しかけているシリウス・ブラックを笑った。僕は予想が外れてなかったことに安堵と危機を感じる。ゲラートが杖をひとふりすると男の口輪は緩み、人用のそれへと変化した。

 

「鎖で足が潰れかけてるな。まあ僕の腕も潰されかけてるしいいか」

 

 男はゲラートではなく、僕を睨む。

 

「名乗る必要がある?」

「いや、黙秘のつもりなんじゃないか?」

「泣けるねえ。ただ生憎真実薬の在庫切れなんだよ。拷問なんてしたくはないんだがな。俺はそういうのは苦手だ」

「そもそも喋ってもらう必要があるか?不死鳥の騎士団なんてどうだっていい。このまま死んでもらおう」

「それは早計だ、ヴォーヴァ。どんな人材にも使い道はある。マグルだろうが元囚人だろうがな」

「じゃああんたに考えが?」

「勿論。とはいえ…かなり危険な道だが…野望実現の近道ではある」

「…ふうん。いいね。のった」

「そうこなくっちゃな」

 

 

 

 

ーラジオ音声ー

 

「さあ本日も始まりましてよ。リウェイン・シャフィックの魔女会!本日は特別編成でお伝えします」

「コメンテーターには変身現代のローレンス・ウッド」

 

「こんばんはローレンス。また来てくれて嬉しいわ」

「こんばんはミス・シャフィック」

「ドローレスがいないのは寂しいわね。彼女は今教鞭をとっているから…まあ二人でも楽しくやりましょう?さて…今日は魔法省会見の中継をお送りします」

「ええ。オーストリア出身の闇祓いが先日イギリスで殺された事件についての会見です」

「嫌な予感しかしないわよね?だって…」

「ええ。その不安をうけての会見でしょう。最近明らかになったとおり、ヌルメンガードはオーストリアに在りました。フェノスカンジア魔法共同体に吸収されて以降も地方政治機構として闇祓い他諸々の治安維持は独自に執行していました。その闇祓いがなぜイギリスで殺されたかなんて、言うまでもありません」

「と、なれば必然ダンブルドアへの協力要請がでるはずよね?」

「ええ。ですが魔法省はさんざん彼を否定してきましたからね…ひょっとしたら例のあの人についてもなにか触れるかもしれません」

「特別編成も頷けるわ。…会見が始まったみたい。中継へ繋げます」

 

 

ーノイズー

 

…えー、あくまで多くの可能性の一つにすぎません。“グリンデルバルドの所在地”は依然として謎のままです。様々な魔法省が彼の行方を追うために人員を配置しています。今回はたまたま、殺人事件の被害者がオーストリア出身だっただけです。

…犯行については、むしろ“死喰い人”を名乗る集団によるものだという前提で捜査を進めています。

「死喰い人の活動を公に認めるというのとは、すなわち例のあの人の復活を認めるということでしょうか?」

…えー、はい。そのとおりです。我々は間違っていました。これをもって魔法大臣、コーネリウス・ファッジ及び闇祓い局局長、ルーファス・スクリムジョール、ほか魔法法執行部、魔法大臣室、国際魔法協力部幹部が辞職します。会見が終わり次第詳細を告知いたします。

 

 

ーラジオ音声ー

「信じられない。スクリムジョールをクビにするですって…?」

「まあまあまあ…ファッジ辞職は納得だけど…」

 

ーノイズー

…お静かに!どうかお静かに。質問を受け付けます。挙手を。…ではそこの山高帽の方

「週間魔女のミルーです。次期魔法大臣は一体誰に?」

…後任がみつかり次第就任します。それまではファッジ大臣が続投します!お静かに!なんせ魔法大臣室付きのものも魔法法執行部長のものも辞職するので…その……後任が見つからないのです!

 

ーラジオ音声ー

「なんてこと!」

「ありえないわ…ええと、ちょっとまって。詳細が出ないことには何もわからないわ」

 

ーノイズー

…お、お静かにお願いします!どうか。とにかく、会見が終わり次第紙で発表しますから!どうかお静かに!これで会見を終わります!どいてください!そこをどいて!!

 

 

 

 

 

魔法族は杖を振ることのできるマグルだ。

魂の高潔さ、使命、愛は失われてる。

神話は終わる。世界がそうなるように仕組まれている。

 

規範を捨て去るために。禁忌を犯すために重要なのはきっかけだ。一線を踏み越えるためのきっかけは、多くの場合劇的な死である。

他人の言葉を信じちゃだめだ。僕の言葉さえも。

蝶の羽ばたきと同じだ。生きてる限り干渉され続ける。強い言葉はすなわち波だ。

 

 

*1
友人は水モノである。




ファンタビ観たので安心して書けます。

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