【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

42 / 51
Своя ноша не тянет.
マーケットにないものは世界に存在しないのと同じだ


ダイアゴン横丁

 

「…例のあの人復活なんて知ってたけどね。ようやく公式発表されて、盾の呪文シリーズはマジの爆売れ!大量発注してから在庫が山になり始めたときはまずいなと思ったけど、今や売り切れ続出!ウハウハだよ」

「在庫の山はガリオンの山へ早変わり。オレたち、またも大金持ちってわけ!あんたの助言を疑ってすまなかったよ」

「い~や、いいってことよ」

 レオン・レナオルドは薄暗いWWW店内でウィーズリーの双子とテーブルを囲み、ソロバンと発注書をめくりながらナッツを頬張っていた。

 WWWはダイアゴン横丁でも異例の大繁盛で夜9時まで営業時間を伸ばし休日返上で営業を続けていた。昨年度から地味に売り場を設けていた防犯グッズが爆発的に売れだしたからだ。

「金は血液みたいなもんだからな。あんたらが回さなかったらそれこそロンドンはおしまいだ」

「とはいえ、盾の呪文シリーズが全ロンドンに広まったら次何を売るかは考えないとな」

「そのへんは問題ない。グリンデルバルド様々のおかげで国外の需要も高いんだ。いい輸出業者を紹介してやるよ」

「最高だなあんたって」

 

 レナオルドにとって双子は一番の取引相手で、しかも騎士団との太いパイプだった。本人が公言しているわけではないが、双子の父親、アーサー・ウィーズリーが騎士団に所属しているのに無関係という事はあるまい。

 ウィーズリーの稼ぐ金が騎士団の資金になってるのは明らかだった。グリンデルバルドはガリオン金貨に魔法をかけてバラまいた。脚付き金貨は一定期間経った後、脚をはやして持ち主のポケットから抜け出し、戻ってくる。ロンドン中に散らばった金貨は地図に示され、最後の持ち主を記録する。

「これをグリンゴッツに持ち込んだ日には即パクられる」

 そうして記録された膨大な名前と地図とにらめっこすると不死鳥の騎士団のメンバーの足跡がみつかる。

 魔法使いは姿現しを使う。隠れ家を使う。透明マントを使う。とはいえ、パターンは存在する。特に顕著なのは女性の足跡だ。食料品だけは魔法で作り出せない。まあ要するにそういうことだ。

 

 レナオルドはもちろんウラジーミルに肩入れしているし、ウラジーミルの目指す社会でこそ自分のようなパイプ役が最も利益を得られると確信していた。だが万が一ヴォルデモートが覇権を握った場合のことを考えると、死喰い人やその周辺のチンピラとの関係も維持しづけねばならない。

 とはいえ今現在死喰い人との情報共有は円滑ではない。互いにカードを伏せて相手の出方を窺い続けている。けれどもそれじゃ何も進まない。停滞し続けて、あとには弱った市民のしょっぱい生活が待ってるだけだ。

 

 

 

 

魔法省混乱!前代未聞の辞職祭りに“あの人”も困惑?

 

 魔法省から信じがたいニュースが飛び込んできた。例のあの人の復活を認めるのと同時に官僚の半分が退陣するという異例の事態が起こったのである。

「正直、どちらに驚けばいいのやら…」

 政治部の記者はひっきりなしに届くフクロウ便に埋まりかけながら述べる。

「魔法省始まって以来のことです。大臣の辞職は幾度となく有りましたが執務室を始めとして各部署の長が次々辞職、もしくは降格しています。現場はもっと混乱していますよ。こんなので例のあの人に対応できるのか…」

 

 

辞職

魔法大臣 コーネリウス・ファッジ(後任が見つかるまで現職)

 

以下職員を懲戒処分とする。

 

免職

闇祓い局長 ルーファス・スクリムジョール

魔法大臣補佐官 ショーン・グリーングラス

魔法法執行部長 パイアス・シックネス

国際魔法協力部長 アナスタシア・マクラーゲン

魔法生物規制管理部ゴブリン連絡室長 ダーク・クレスウェル

魔法事故惨事部長 ウィリアム・スチュアート

神秘部長 セム・ゴーシュ

 

減給

神秘部施設管理課長 イーサン・ダーデン

誤報局長 ロブソン・ロウル

 

 

就任

闇祓い局長 ガヴェイン・ロバース

魔法大臣補佐官 アルバート・ランコーン

魔法法執行部長 コーバン・ヤックスリー

国際魔法協力部長 ウラジーミル・プロップ

魔法生物規制管理部ゴブリン連絡室長 ジョン・ドゥ

魔法事故惨事部長 バーニー・ピルスワーズ

神秘部長 ソール・クローカー

 

 

 

ーラジオ音声ー

 

「…ずばりこの"就任"名簿の中にファッジの後任がいるのではないかと思うのですが」

「ええ。やはり闇祓い局か執務室、法執行部あたりの長が改めて大臣に指名されるのではないでしょうか」

「最有力はやはりヤックスリー氏でしょうか?法執行部から大臣へのルートは王道ですものね」

「ええ。執務室のランコーン氏との関係から言って彼がもっとも妥当なポジションでしょう。しかし今までの大臣経験者から言うと彼は若すぎる」

「となると闇祓いのカヴェイン・ロバース氏でしょうか…?ですが、彼はいまいちぱっとしないですよ。スクリムジョール氏に次ぐ実力者と言って思い浮かぶのは彼でなくキングズリー・シャックルボルト氏ですが」

「ええ、シャックルボルトはとても優秀な闇祓いです。ですが彼はどちらかというとダンブルドア派ですからね…今回の新大臣たちにダンブルドア派は著しく少ない。ファッジ最後のわがままなんでしょうかね?殆ど若手、未経験者が占めている。言うなれば処女内閣でしょうか?…失礼」

「聞かなかったことにしましょうか…。年功序列で言うならガヴェイン、順当に行けばヤックスリー…うーんこれはまた微妙な」

「今の情勢を見ると仕方がないのかもしれません。往年の魔法戦士…つまりグリンデルバルドやあの人と戦ったような世代の人たちは姿を隠しています。引退した人物も多いでしょう。新たな世代が戦う時期なのかもしれませんね」

「いやねぇ。年寄り対若者って、いつでもどこでもあるわ」

 

「さて、その他の人事も一応見ておきましょうか?神秘部の人事異動には納得ですね。昨年の事件で管理体制の不備は明らかでしたから。ですがなぜ国際魔法協力部やゴブリン連絡室でも免職が?」

「国際魔法協力部に関して言えば、おそらくウラジーミル・プロップ氏を就かせたいがためかもしれませんね。彼はかなり優秀ですから」

「そうなんですか?…かなり特殊な経歴の持ち主のようですが」

「ええ。個人的にあった事があるのですがかなり頭の切れる人物でしたね。彼を秘書にしたがる人はかなり多かったようです」

「縁の下の力持ちがついに表舞台に出てきたわけですね?」

「ええ。そういう意味ではソール・クローカー教授もようやく部長ですか。もっとも彼は学問一筋ですから候補者が見つからず渋々ついたのかもしれませんね…」

「なんというか、堅実な人選というか…パフォーマー気質の人が一人くらいいてもいい気がしませんこと?」

「たしかに地味ですねえ。とはいえ、政治に派手さは必要ありませんから…」

 

 

 そこでラジオが途切れた。レナオルドはハッと我に返る。うっかり金を数えながら物思いにふけっていたらしい。慌てて指輪を確認した。

 レナオルドの指には昔職人の借金を建て替えたときに作らせた魔法の指輪がハマっており、普段は青の、自分に魔法をかけられたときは赤く染まる石がハマっていた。色は青…素でぼうっとしてしまったらしい。

「そんじゃ…オレはそろそろ行くよ」

「ああ。いつもありがとう。…送ろうか?」

「バカ言え」

 

 ウィーズリーの双子は悪いやつではないし、頭もいい。レナオルドは心のどこかで二人を仲間にしたいという気持ちが芽生えつつあるのを感じたが、すぐにそれを打ち消した。仲間になれるはずがない。自分はマグルなのだから。

 どんなに趣味があっても、どんなに一緒にいて楽しくても、マグルと魔法使いである以上平等じゃない。自分がマグルだとバレてから掌を返されたことが何回あっただろうか?確か三回あった。三回目でようやく、コイツラが相容れない存在だってことを受け入れたんだ。

 

「なるほど確かにやつらは善良で賢く、話していて心地がよくて、良き友人関係を築けそうに思える。…レナオルド、それは奴らの両手が落ちてるか、目が潰れてるか、とにかく魔法が使えなかったらの話だ」

 

 ウラジーミルは魔法使い殺しに関しては右に出るものがいないんじゃないだろうか?例のあの人の殺しもそりゃ見事だったが(なんせ魔法でぶっ殺して死体も消しちまう)ウラジーミルほど手際よくはなかった。獲物をギャーギャー喚かせたりしない。自分も楽しんでるわけじゃない。

 オレを裏切ったクソ野郎…狼人間と誘拐ビジネスをやってたケチな奴をバラバラにして浴室に流してるとき、やつはまるでしぶといカビを落としてる最中みたいな様子で滔々と語っていた。

 

「でも魔法が使えようと使えなかろうと、こうして下水に流されてるんだからわからなくなるな。実のところ、僕はずっと怖かったんだ。でもどうしてかまだ娑婆でぬくぬく生きている。父親も殺したし兄も牢獄に送ったのに、まだ報いが来ないんだ。…話が逸れたな。なんだっけ」

 

 ウラジーミルは肩甲骨や大腿骨といった太い骨を金槌で割ってクーラーボックスにしまっていく。明らかに人なパーツ、かさばるパーツ、大きな骨は知り合いの牧場で焼くか肥やしにするらしい。

 

「つまり…あまりにも無なんだよ。家族、他人、マグル、魔法使い。そんな言葉に意味もなかったし、命に意味も無い。死んだらみんなただの肉だ。だからまあ、お前が裏切られたことも大した意味はない。気にするな」

 

 だからオレは奴がグリンデルバルドを引っ張り出してきた時はむしろ生きがいができてよかったと思った。永く生きる虚無主義者は少ない。だが一方でネクラースはウラジーミルの行動すべてを「自殺のプロセス」と呼んだ。

 

 ウィーズリーの店の次に行ったのはノクターン横丁に最近オープンした魔法薬材料の輸入店で、その仕入れルートにはネクラースが一枚噛んでいる。closedの札のかかった店の中に入ると、ネクラースが相変わらずの湿気た顔でちびちび酒を飲んでいた。

 

「騎士団は…」

「ああ、犬のことだろ?さあねえ、ウィーズリー達は特に深刻そうでもなかった」

「そうか。やれやれ。人間じゃなあ。せっかくいい毛皮なのに」

「動物もどきの毛皮を欲しがる変態とかはいないのか?」

「最近売っちまったから」

「いるのかよ。世界は広いねえ」

「だから御飯にありつけるわけだ」

「ありがてぇこった。で…こっちは儲かってるのか」

「店のことは知らねえ。だが死喰い人から要請があってな…亡者用の死体をどっさり」

「墓を掘り返せばいいのに!」

 二人は笑った。

「慣れちまったんだろ、注文すれば届くことに。それか店頭に死体がズラリと並んでると思ったのかも」

「マグル式生活様式のほうが百倍便利だ。死体を動かすのはまあ魔法でしかできないだろうが…」

「俺は文明ってもんを受け付けないから、世界がどうなろうと今のままの生活を続ける」

「酒は文明の発明だが…」

「これは俺が作ったんだよ」

 

 …なるほど?オーガニックな生活を目指したいのなら魔法使いは最適の職業かもしれません。オレはごめんだ。

 

 

 ルシウス・マルフォイがただでさえ青い顔を青ざめさせてウラジーミルのオフィスに入ってきたのは、レナオルドたちが朝まで飲んでようやく意識を取り戻したのと同じ時刻だった。

 

「君の差し金なんだろう?」

「何がでしょう?」

「とぼけるんじゃない」

 

 ルシウスは予言者新聞を机に叩きつけた。

 

“名門一家”差し押さえか?

 

 グリンゴッツ銀行は一部金庫を閉鎖したと発表した。グリンゴッツ広報係の小鬼ゴルヌックによると「当銀行に魔法省の介入はない。あくまで銀行としての判断」としているが、閉鎖された金庫の主はどれもいわゆる“旧家”のものであり、例のあの人に協力していた人物のものだと言う噂が立っている。噂についてグリンゴッツは「我々銀行と当事者間の問題」として公表を控えている。魔法生物規制管理部ゴブリン連絡室長ジョン・ドゥ氏も同様に「銀行の判断と方針を尊重する」構え。

「ベラトリックスは怒り散らし、お前を殺そうとしてる」

「僕になんの関係が?」

「ふざけるな。このジョン・ドゥとか言う男はお前の仲間だろう」

 

 ウラジーミルはちょっと困ったような顔をする。ジョン・ドゥは確かに協力者だがそれを言ったのは今回の人事の黒幕であるヤックスリーだけだ。あの小心者の権威バカは愚かにもルシウスにカードを見せたらしい。

 レストレンジ家、ブラック家の金庫封鎖はたしかに僕の差し金で、もうじき次期大臣に指名されるヤックスリーも知らなかった。

「脱獄犯たちの金庫ですよ?周りから見れば妥当な処置だ。むしろゴブリンを納得させた僕を褒めてほしいね」

「貴様…。裏切るつもりか?闇の帝王を」

「まさか。魔法省はあの人の復活を認めた。それに対する処置をしたまでだろう?何もしないほうがいかにも“乗っ取られました”って感じじゃないか。ただでさえメチャクチャな人事でみんな困惑してるんだから…」

「お前が生きて、のうのうとここに座ってるのは私がお前を殺してないからというだけだ!」

「そうかもな。それで?…あんたのボスは僕を殺しに来ないのか?」

 ルシウスは怒りのあまりそっぽを向き、特大のため息をつく。実際この閉鎖騒動で死喰い人側が被る被害は特にないはずだ。どうせレストレンジ夫妻は銀行に行っても捕まるし、シリウス・ブラックも同様だ。金を引き出す機会なんてない。傷つけられたのはプライドのみだ。

「とにかく、落ち着いてくださいよ」

「…今後、我々と連携する気はあるのか?」

「当面、ダンブルドアが死ぬまではね」

「……そうか。それはグリンデルバルドもだな?」

「ああ。イギリスでの小競り合いにはあまり興味ないらしい」

 

 ルシウスの中にはまだ葛藤があるんだろう。グリンデルバルド、ヴォルデモート。だが人間は自分の人生で積み上げてきた正義や道徳から逃れられない。馬鹿なルシウス。

 

 

 僕も同様に自分の人生に雁字搦めにされた結果ここに流れ着いている。愚かしさで言えばルシウスに勝っている。妹が死んだ日。兄に辱められた日。母が死んだ日。僕のライフイベントは誰かの人生の終わりばかり。

 シリウス・ブラックを捕まえて、ようやく僕は人生ゲームのクライマックスに行ける気がした。チェックポイント。

 

 フラッシュ。

 僕はキャリアの頂点にいる。

 ウラジーミル・プロップ。国際魔法協力部の若きエース。人殺しで、魔法もろくに使えない。

 フラッシュ。

 インタビュー。マイク。

 馬鹿騒ぎも今のうちだ。

「闇の時代を乗り越える新たなる内閣」

 歓声。嬌声。拍手。

 フラッシュ、フラッシュ、フラッシュ。

 僕の今後の予定はとりあえずクラッシュだ。僕は多分、再びこの眩しいステージへ上がる。今度は一人だ。

 キリストが救世主になったのは一度死んだからだ。

 重ね重ね言うが人々の価値観を転換させるには死が必要だ。

 

 

「ヴォーヴァ。お前は俺と一年近く過ごしてるわけだ。今まで組んだ奴らもそりゃ有能でいい奴らだった。だがお前はやっぱり他のやつとは違うよ。奴らは俺の言葉に惚れ込んでた。そして自分の誇りと種族の命運をかけて戦っていた。お前は奴らとは違う」

 

 ゲラートは牢獄にいた頃とは全然違う。背筋も伸びて、髭も揃え、外套を着込んで、新しい偽名を使ってロンドンを歩く。あるいはパリ、モスクワ、プラハ、カイロ。

 

「お前は俺を解き放った責任を果たしている。そこは安心していい。だが俺は未だにわからない。“より良い住処”を求めるだけのやつがここまでするか?」

「さあね」

 僕は彼が好きだ。言葉に中身がある人間はとても少ないから。

「やるならとことんやる性格なんだよ。僕がもう、とにかく中途半端じゃないか。魔法使えるふりして平気な顔でいかさまするのはもう面倒くさい。疲れたんだよ。とっととフラットにしたいだけだ」

 ゲラートは僕の言葉を真実かどうか考えているんだろうか。僕にもそれはわからない。だが、少なくとも本気でゲラートの望む世界を見たいと思っている。それを口にすることは絶対にないけれど。

 僕はとにかく、今じゃないこの先が見たい。既存の法則がことごとく打ち砕かれた世界を。

 

 今という点だけ見れば、僕たちは過去の積み重ねの上でフラフラして、その不安定さが未来永劫続いてく不安に苛まれている。

 「自殺のプロセス」

 ポッター。君も僕に賛成してくれるといいのだが。

 

 

 さて現実で起きてる出来事に戻ろう。ルシウスがブチ切れて僕のオフィスに怒鳴り込んできたその日、内々でファッジがマグル首相連絡室という新部署に入ることが決まった。名前の通りの部署である。そして新大臣にはヤックスリー。トントン拍子で事が進んでいく。

 

 唯一気がかりなのはヴォルデモートが何をしているのか。ダンブルドアの方はなんとなく掴めているのだが、こればかりはわからない。どうやら国外に行ってるらしいということだけ。

 ゲラートもなぜ今イギリス魔法省の支配に本腰を入れないのか不思議そうだった。ハリー・ポッターを捕まえててもなしの礫なのはそれより大事な用があるからだろうが、さっぱりわからない。まさかあいつもグローバル志向に?なんてね。

 

 それでは始めようか。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。