【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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人生は死ぬまで続く空回り

 かわいいナージャ。天女の紡ぐ糸のように美しい金髪、硝子細工のように煌めく瞳。薔薇の透ける頬に、果実のような唇。されど今は墓の下。

 

 防腐処理が施されていようとも、地中に埋められた棺は20年も経てば土へ還る。ナージャ。君が死んでもう15年になる。死んだ瞬間から血液の循環は途絶え、細胞たちが死んでいく。消化器系が自分たちの酸にやられ、融解していく。それはやがて緩んだ肛門、口腔から流れ出て君の死衣を穢す。そうしている間にも微生物がどんどん君の体をモノに変換していく。

 棺も埋められた瞬間からゆっくり、確実に分解されていき、何かのはずみで穴が開く。そこから溢れた君をもっと大きな虫が食べ尽くしていく。残骸になった君。今は雨の混じった雪より澱んだ白い骨だけが朽ちた木枠に納まってるんだろう。

 ナージャ、棺の半分にも満たない体。きっと土の中に残っている君らしきものは頭蓋から生える豊かな金髪だけで、しかもそれは泥まみれだ。

 それなのに思い出の中の君は酷い現実とどんどん乖離して夢のように可愛らしい。今の君は兄の打ち棄てられた遺骨と君はもうほとんど変わらないというのに。

 どうして君が殺されなきゃならなかったのだろう。

 

 雪を踏みしめる音がした。僕は音がした方へ振り返る。雪の積もった墓地は墓石の黒と白のモノクロて、今しがたやってきた臙脂のコートを着ている老紳士は浮いていた。あの日のナージャの血のように。

 

「……君が…ウラジーミルかね?」

「はい。はじめまして、ドミトリー・プロップさん」

「…正確には4度目だ。とりあえず来なさい」

 

 老人は腕を差し出した。僕は黙ってそれを握る。景色が一転し、視界は暗緑と白のコントラストに変わった。毎度お馴染みの吐き気が襲ってくるのを顔に出すまいと堪えた。老人は僕の腕をさり気なく払うと雪で埋もれてしまった道を歩いていく。僕は並ばず、一歩半後ろをついていく。

 老人の苗字、プロップからお察しいただけるだろうが、彼はプロップ本家の人間であり、僕の祖父の兄に当たる人だ。世代でいうとダンブルドアたちより少しだけ若く、ゲラートの全盛期に青年時代を送ったような世代だ。

 

 森を抜けると重苦しい色の屋敷があった。マグルに隠されてるはずの屋敷が見えるということは僕にもまだ魔力の片鱗かあるという証拠なのだが、30年経っても目覚める兆しがない。殻の中で死んだ雛。見込みなし。

「家人はいない」

 老人は僕を冷たい空気が漂う屋敷に招き、応接室に通した。ロマノフ王朝時代のものと思しき家具が置かれているが、最近はあまり使ってないようで埃っぽい匂いがする。

 

 プロップ家は決して一流ではないが、未だ純血の血を紡いでいる数少ない家系だ。ドミトリー・プロップは本妻に息子1人と娘1人を儲けた。それに合わせて妾3人に娘5人がいる。妾の腹に宿った男子は堕胎させ、娘たちは全員嫁にやった。妾の血筋は純血からこぼれ落ちた傍系のものだが、どこの馬の骨ともしれぬものよりはよっぽど血が濃い。

 プロップ家に嫁がせれば、落ちぶれかけの家の物でも濃い血の種を授かり、娘たちを再出荷できる。つまりはそういう家だった。故に一流ではない。

 

 僕の祖父、そしてドミトリーの弟であるボリスラフ・プロップはそんな家に嫌気が差し、マグルの田舎娘と結婚した。すべての不幸の始まりである。ボリスラフは今で言うパンクだった。ヒッピーだった。新しい物好きで変化を求めて、当時禁忌とされていたマグルと愛の逃避行に臨んだ。そして、何十年も後に因果が僕に巡ってきた。

 

 椅子に座ってしばらくしてからドミトリーは口を開いた。

 

「双子とは、なんとも業が深いものだ。私とボリスラフもそうだった」

「突然なんです?」

 ドミトリーは僕の棘のある返事を意に介さず話を続ける。

「君を見たのは4度目だといったね。一度目は生まれたとき、私は名付け親だった。二度目はナージャ、あの子が産まれたとき。三度目は君たちがロシアを発つ時。青年になった君達双子を見て私はどちらかがどちらかを殺すと確信したよ。勝ったのは君だったね」

 結果を見てから過去を解釈するのはさぞや気持ちのいい自慰行為だろうが、やられた方は不快でしかない。

「僕は殺しちゃいませんよ」

 僕はすっとぼける。だがドミトリーはそんなふざけた態度に少しも動じる事なく話し続ける。

「そう。君は殺意を感じ取られることのないままアレクセイを始末することに成功した。殺意を出せば、きっとアレクセイが君を殺していただろうからね。素晴らしい。君は魔法の才能に恵まれなかったが、その分悪意と知性を研ぎ澄まし、ここに戻ってきた」

「兄は傲慢で愚かだった。それだけです」

「私の弟もそうだったよ。結局、やつはマグルと肩を並べて機械油にまみれながら過労で死んだがね。馬鹿なやつだ」

「僕の兄よりマシですよ。獄死ですから」

「労働と懲役、どう違うんだ?」

「……確かに」

「勝ったあとも、君の中から兄が消えることはなかったんだろう。鏡を見ればそこにいるのだから」

「…貴方も鏡の中にマグル女と睦言を交わす自分の姿でも見たんですか?自分の兄弟コンプレックスを僕に押し付けないでいただきたい」

「いいや、鬱屈したコンプレックスは君の中にも確かにあるはすだ。そうだろう?勘違いしないでほしいが、私は君が君の家族を根絶やしにしたことを怒ってなどいない」

「そりゃよかった。恥知らずの血が途絶えて、感謝してほしいくらいだった」

 怒ろうと煽ろうと、ドミトリーは動じない。

「私は君を大いに評価している。あろうことか、あのグリンデルバルドを救い出し、魔法も使えない卑しいその身で彼の最も信頼を寄せる人間と称される名誉を授かった。魔法を使えなかった事がむしろ君にとっては良かったのだよ」

 ドミトリーはグリンデルバルドがかつての同士に向けた手紙を懐から取り出し、僕に見せた。その手紙には他の手紙と同様の文だけでなくゲラートからドミトリー個人に向けた文も挿入されている。僕がこの国に再び足を踏み入れることができたのも、館に入ることを許されたのも、全部ゲラートのおかげなのだ。

「我々旧ソヴィエト魔法連盟は現存するコミュニティの中で彼の理想に最も近いはずだ。マグルに存在を知らしめていない以外は全て。魔法使いは日常に溶け込み、権力構造のトップに君臨し、奴らを搾取している」

「ああ、ゲラートも褒めてましたよ」

 

 とはいえ、その権力構造は魔法使いが少ないから成り立っているにすぎないが。純血主義と少子化がうまく噛み合ったまやかし。完成には程遠い。

 

「当然、連盟は彼の支持者ばかりだ。諸手をあげて賛成だよ」

「頼もしい限りです」

「ぜひとも、彼に演説をしてほしい。いや、我々の連盟に加わってほしい。その諸々を話すために彼を連れてきてほしいのだが」

「それは難しいでしょうね。彼は世界にとって逃亡犯なんですから。…近々祭りが始まるでしょう。マグルと魔法使いの大きな祭が。その花火を待ってください。彼が大手を振って歩けるのはそれからです」

「彼はまた何かを企んでるのか」

「ええ」

 僕は僕の悪事も成功も全部ゲラートのものにすることにしてる。そっちのほうが話が早いからだ。案の定ドミトリーは詳細を話してないにもかかわらずすんなり納得している。

「何十年も前のことなのに、未だに昨日のことのように思い出すよ。あの戦争で何人のマグルが死ぬか賭けた。奴らは我々の予想をいい意味で裏切ってくれた。まさか同胞をあんなにためらいなく大量に殺せるとは」

「今ならもっと殺せるでしょうね。じきにわかります」

「楽しみだ。……それで、一週間ロシアに滞在したいという事だが…」

「ご心配なさらず。こちらに世話になろうとは思っていません。彼の指示でして、なるべくフラフラしろとね」

「…そうか。サンクトペテルブルクを歩くときは用心してくれよ。うちの孫たちはアレクセイをまだ覚えている。死人が歩いているような気持ちになるだろうから」

「言われなくてもすぐ出ていきますよ。嫌な思い出しかないくそったれの土地だ」

 

 僕も同じ気分だよ。この街を堂々と歩くと、アレクセイがまだ生きてるみたいで…いや、僕がアレクセイになったような気がして胃がムカムカするんだ。今までも、ずっと。

 そうさ。この老い先短い爺が言ってることは事実だ。僕はまだ悪夢から抜け出せていない。

 


 

 

 一方、ダンブルドアとともに長い長い記憶の旅から戻ってきたハリーは、夢から醒めたばかりのような不思議な気分でいた。

 ダンブルドアは休憩を入れようと言って温かいココアを入れた。このときばかりは反抗心を忘れ、素直にカップを受け取った。

 

ハリーはダンブルドアの見せる記憶の数々に衝撃を受けた。ヴォルデモートの過去、すなわちトム・リドルの出生は実に悲劇的で、悲惨だった。

ハリーは漠然と、あいつはフランスかどこかの名門の…例えばマルフォイみたいな純血の一族…血を引くのかと思っていた。だが実際はあの惨めなあばら屋の、落ちぶれた家系のスクイブの子だったのだ。

さらに悪いことに、父親は彼が最も軽蔑しているマグルだった。

トムが哀れなメローピーがゴーント家とその家族の中でどう扱われていたかを知った時どれだけショックだった事か。

もちろんどれだけ過去が悲しいものでもヴォルデモートに対する同情の念なんてものは湧いてこなかった。だが、少年トム・リドルに関してはちょっとした親近感と哀れみを感じる。両親のいない孤独はハリーには痛いほどわかる。

ダンブルドアはまた新しい瓶を取り出した。

「次に見せる記憶は、少し奇妙に感じるかもしれんが、重要な記憶じゃ。その前に今まで見た記憶について整理しておこう」

「はい。ええと…」

 

 まずはじめに見たのは魔法警察隊、ボブ・オグデンの記憶だった。彼は暴行事件を起こしたモーフィン・ゴーントの家へ尋問に行った。そこにあったのは荒みきった家庭と暴力的な父親、マールヴォロと哀れなメローピー。そしてどうやらトム・リドルの父親がいた。

 その次はウール孤児院を訪ねるダンブルドアの記憶。11歳の美しい少年トムと、これまた寒々しい孤児院の部屋。険しい態度でトムの罪を咎めるダンブルドア。利口そうなトム少年の姿は、未来を知ってるせいもあって芝居臭く思えた。

 そして3つ目、つい先程見たのは再びゴーント家の光景で、一人ぼっちになったモーフィン・ゴーントの記憶だった。モーフィンの記憶はトム・リドルと対峙し、二三言い争った後に暗転してそれっきりだった。

 

「モーフィンはどうなったんてすか?」

「彼が目をさましたとき、マールヴォロから受け継いだ指輪が消え、リドルの屋敷で三人の死体が見つかった」

「…あいつが殺したんですね?」

「そうじゃ。しかし捕まったのはモーフィンだった。彼の杖が犯行に使われたことが明らかになったのじゃ。彼は指輪をなくしたことを生涯くやみながらアズカバンで死んだよ」

「…あの指輪ですか?ゴーント家に伝わるという」

「そう、指輪じゃよ」

 

 ヴォルデモートが盗ったに違いなかった。自分が正当な持ち主だと思ったのだろうか。だがそれだけの理由ならば、ダンブルドアはこんなに焦ってハリーを引き止め、記憶を見せようとはしないだろう。

 

「あやつがなぜ指輪を奪ったのだと思う?」

「…あいつは……自分の出自を快くは思わなかったはずだ」

 

 マグルの父親の名前を隠すくらいだ。しかし同時にやつは自分のマールヴォロという指輪に、半分流れているゴーントという血に誇りがあったに違いない。指輪は自分が持つべきものであると同時に自分の血を証明するものだった。

「あいつは、認められなきゃいけなかった。自分が魔法界を統べるに相応しいという“物証”がほしかったんだ」

「素晴らしい洞察じゃ」

 ダンブルドアは空になったカップを空中で消してハリーに微笑みかけた。

 

「さて、ハリー体調はどうかね?」

「ええと、少し疲れましたが大丈夫です」

「そうか。では最後に一つ、重要な記憶を見せて今日は一度お開きとしようかの」

 そう言ってからダンブルドアは机の上に拳くらいの小さな箱を出した。

「この記憶は…最も重要じゃ。これまで見せた断片的なヴォルデモートの記憶を束ねる鍵じゃ」

「…わかりました」

「勇敢じゃ。では、篩の前へ…」

 

 

 


 

 ゲラート・グリンデルバルドは日々ウラジーミルがこなしていた退屈極まりない業務を知り、即座に有給休暇をとった。何、やってできないことはないがやりたくないのだからしょうがない。昔は役に徹するために何でもしたし、時には泥を舐めたりしたが、体も心も老いてくるとどうにもわがままになる。

 ウラジーミルは文句を言うだろうが、そんなくだらない仕事は部下に回したっていい。やつがつまらん仕事で手元を一杯にしてるのは余計な仕事を…主に魔法が必要なものを…他所に回すためにほかならない。

 魔法が使えないくせに魔法界で生きるなんて余計な困難を背負い込むようなものだ。素直にマグルの世界で生きていれば金持ちにでもなれたのに。…なんてことを、魔法使いのフリして30年過ごしてきたあいつに言うのも酷なことか。

 仕事をほっぽりだし、新聞、本、半世紀遠ざけられてきたメディアと文化に触れる。我ながらよくあんな牢獄で生きながらえてきたものだ。ウラジーミルが見たらプンスカ怒りだす有様だろうが、こうしてわかりやすく一人の時間を作っておけば…

 

 ノック音がした。

 

 休暇をとって2日。今はロンドン市内のホテルに居を構えているのだが、誰にも教えずルームサービスすら断ってる扉を誰かが叩いた。

 ノックするだけのマグルマナーを持ってるということは、死喰い人の中でもまだ知的なやつが訪ねてきたということだ。

 今日はポリジュース薬で変身してる暇はなさそうだった。

 

「はい」

 

 ドアを開けると辛気臭い顔をした若造が立っていた。どう見てもマグルの世界からは浮いているダサい黒服にローブ、洗ってない髪。恐れ入った。いくらマグルには見られないからってここまで服装に無頓着とは。顔は見覚えある。ダンブルドアをスパイしているスネイプとかいうやつだ。

「我輩は言伝を預かっただけだ」

 スネイプはウラジーミルの顔をじろりと睨んだあと、すぐに視線を俺の顎あたりへ固定する。

「これからマルフォイの別邸へ来てもらう。闇の帝王直々の招待だ。よもや断るまいな?」

「急に来て招待とはよく言ったものだな。5分で支度する」

 ウラジーミルの服(量産品の安物)にあわせて体型を少しいじる。袖を通し、鏡を見て髪をセットしまたドアを開けると、むっつりした顔でスネイプが待っていた。

「…グリンデルバルドはいないのか?」

「ああ。彼は僕なんかほっといて世界旅行中だよ。…それとも闇の帝王は彼に用が?」

「………いや」

 疑い七分と言ったところか。顔をじろりと見られたときに感じたが、スネイプは今ここにいるウラジーミル・プロップが本物かどうか疑っている。そしておそらく、中身がグリンデルバルドであることを期待している。

「では、手を」

 付き添い姿くらましなんてやったことがない。ウラジーミルが魔法を使えないと知った上でのブラフかと思ったが、マルフォイの別荘を知らなければ飛べないのは確かだ。グリンデルバルドがスネイプと手を重ねた瞬間、視界はグニャリと歪んで岩肌がむき出しの海に面した平地へ飛んだ。

 灰色の海を背景に、同じくらいくすんだ色合いの屋敷が佇んでいる。潮風をもろに受けてるせいか壁は腐食し、庭には何も生えていない。どうみても廃墟だ。

 

「…ずいぶんと寂れたとこにあるんだな」

「ここは管理するしもべ妖精が死んで以来、80年近く放置されているそうだ」

 

 きっとそのしもべ妖精が生きてる間もここは忘れ去られた屋敷だったのだろう。妾のための屋敷だったかもしれないし、気まぐれに建てた庵だったのかもしれない。本邸と比べてこぢんまりとした屋敷は人払の呪文だけを残してあばら家と化し、今は悪党の密会に使われる。月日が経てば当時持ってた意味なんて跡形もなくなる。

 スネイプに続き門柱をくぐり、玄関の扉を開けると、外とほとんど変わらない冷たい空気と嫌な気配がした。前々から会いたくないと思っていたがいざそばに来られるとやっぱり生理的嫌悪感が先立つ。

 

「……扉の向こうにおられる」

「ああ。…僕の杖を取り上げとかないでいいのか?」

「誰であろうと帝王に対して杖をあげようなどと考えまい」

 

 内心ため息を吐きながらドアを開けた。屋内は妙に暗い。新しいカーテンが取り付けられて日を遮っている。一番影の濃いところにやつがいた。

 

「……ウラジーミル・プロップ、お前が?笑えるな」

 

 青白い肌に人間離れした顔立ち。瞳孔なんて縦に裂けてる。まったく、自分より半世紀以上若いのによくない年のとり方をしているようだ。ゲラートは杖を取り出し、自分の変身を解いた。

 

「いいや。本物のあいつはもっと愛想がいいよ、ヴォルデモート。お会いできて光栄だ」

「ゲラート・グリンデルバルド…時代から忘れられた闇の魔法使い。俺様こそ光栄だというべきかな?旧時代の英雄に生きてお目にかかれるとは」

「私なんてもう半分隠居みたいなもんさ。それにお前もノルウェー魔法省を襲い国際指名手配犯の仲間入りになったわけだ。で?私に用があるんだろう?」

「ああ、そうだ。貴様がグレゴロビッチから盗んだ杖…あれは今どこにある?」

「あれは私がダンブルドアに奪われた多くのもののうちの一つだ」

「…ふ、ふふ…ふ。やはりそうか。ヌルメンガードになかったことから薄々感づいてはいたが…貴様はハリー・ポッターと引き換えに杖を取り返したのだな?」

「そのとおり」

「杖は今どこにある?」

 

 そう言うヴォルデモートは自分の杖を撫で回している。脅しでも何でも構わんが、仕草まで蛇のようで薄気味悪い。今ここで事を構える気はない。(尤も今後も戦うつもりはないが)

 あいつが今杖を抜かないのは自分のほうが強いという確信があるからだ。残念ながらその通りで、ゲラート自身も張り合うつもりはない。ただ事実がそこにあるだけだ。

 

「ここにはない、とだけ。私にも、誰にもあの杖は使えないんでね…現状、ダンブルドアをほんのすこし弱体化させただけにすぎん」

「何?使えないだと」

「やはり知らなかったか。杖の所有権なんて今の時代あまり考えないで済むから無理もない。魔法使いの杖には忠誠心がある。その忠誠心を勝ち取らねば杖の性能を引き出すことはできない。現状、正当な手続きを踏んでいない私にはあの杖を使いこなせない」

「…ほう?勝ち取る、とは厳密には?」

「決闘での敗北、もしくは死だ。…私の場合は敗北によりダンブルドアに杖を奪われた」

「……なるほど。どうやら貴様はよっぽどダンブルドアと会いたくないらしいな。この俺様にやつを殺させようとしているのだろう、杖を餌にして」

「賢いやつと話すのは大好きだ。ああ。殺してくれたら杖を渡す」

「俺様が直接奪いに行く可能性もあるぞ?お前の飼ってる小悪党からな」

「構いやしないさ。どっちにしろお前はダンブルドアを殺したいと思ってるし、そうしなきゃ杖を使いこなせないわけなんだから。わざわざ交渉材料にしたのは、私はお前のやりたいことを止めるつもりはないし争いたくないということをこうやって直接伝えるためだ」

「争いたくない、というがならば貴様の目的はなんだ?脱獄して、また旅して、世界を支配する算段を立てているのだろう?それでこの俺様と争わないというのは無理な話だ」

「そうだな。いつかはぶつかるかもしれん。だがぶつかるとしたら私ではなくウラジーミルかそれに続く誰かだろう。私は確かにいつの日か魔法族が頂点に立つ世界を作りたいと思っているが、その時私の命は尽きているだろう。頂点に立つことと礎を作ることは全く違う次元の話だ。だから私はもう杖を欲しないし、お前とも闘いたくない」

「なるほど、老いたなグリンデルバルド。若者に夢を託すというわけか」

「ああ。現実はいつだって険しく、重く、鋭く枯れかけた血肉を削っていく。自分の限界を知ることが人間にできる最後の成長だ」

「………いいだろう。ただし杖を渡さなかったらウラジーミル・プロップを殺す。今後も貴様らの妨害がない限りは見逃していてやろう。恐らく、蔓延る穢れた血を絶滅させるには俺様一人では手が足りんからな。ウラジーミル・プロップの政治手腕により魔法省はほぼ我々の手中に落ちた。それに免じて今後も良き関係を維持していこうではないか」

「それを聞いてようやく安眠できそうだ。かつての最悪の闇の魔法使いの名にかけて誓おう。ヴォルデモート、お前がダンブルドアを殺した暁にはニワトコの杖を受け渡す。それまでは互いに存分に虐殺と闘争を楽しもうじゃないか」

「次はダンブルドアの墓の前で再会しよう」

「ああ。楽しみだ」

 

 

 

 

 

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