【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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世界の終わりほど想像しやすいものはない

 まず言わねばなるまいのが、僕が人殺しに対して何ら無感動で非情であるという印象がとんでもない誤解だということだ。虐殺や戦争を煽るだけ煽って、さらに言えば過去に数々の人を葬り去って、肉親にまで手をかけた僕がこんなことを言うのがすでに悪い冗談に聞こえるかもしれないが、事実だ。

 

 今やマグルの世界での挨拶は電気ショックだ。人々はパンを買いたいとき、自らの腕を差し出し電気ショックをくらわねばならない。

 魔法使いが電圧を食らうと身体に備わった原始的防衛機構によりスタンガンがふっとばされるか、持ち主が吹っ飛ばされるか、そもそも電気が通らなくなる。

 現代式の魔女狩りは四百年前より精度も増し、より効率的になっている。当時の審判官もこれには墓の下で安心してる事だろう。

 魔法使いとわかったが最後、解答は鉛玉だけだ。残虐だとは思わないでほしい。マグルは魔法に対して無力なのだ。だからこそ過剰な暴力で立ち向かうしかない。

 僕が残酷に見えるのはそうしないと生き抜けないからだ。

 

 もちろん魔法使いもそんな危険なマグルの残酷に付き合うつもりはなかった。だが、自給自足という概念を棄却しつつあった魔法使いたちにとって、マグルの絶え間ない魔女狩りは徐々に彼らの生活を苦しめる事になった。

 

 もはやイギリスには魔法使いだけの共同体はホグズミード村くらいしかなく、どこにいても銃や鈍器をぶら下げたマグルが徘徊している有様で、他者に杖を向けるのにストレスを抱える優しい人物は皆家に引きこもるか、山へ引きこもるかしかなかった。

 

 ホグワーツは学校兼避難所となり、広大な敷地にはぽつりぽつりとテントが立ち並び、クィディッチワールドカップの頃を思わせる光景が広がっている。

 国外に行こうとも、他の国も似たりよったりの有様だった。北欧では暴力的な運動こそ起こってなくても、魔女のジョーク、ひあぶりのジョークは鉄板だ。アジアの一部でもテレビ報道は加熱していき、連日連夜魔法、宇宙人、UMAの特集が組まれている。

 アメリカはイギリスよりさらに悪い。市民同士の殺し合いが加速し、そこに“救世軍”を名乗る過激な悪魔崇拝者が集い民衆の目前で豚を殺し生首を投げつける地獄絵図が広がってるらしい。悪乗りした魔法使いがその血を延々と流れるように魔法をかけたりするせいで魔法恐怖症がまたたくまに蔓延。一部地域で戒厳令まで発動されたという噂だ。

 何よりの打撃は経済だろう。ブラックマンデーなんてお遊びだったと思わせる市場の暴落が、マグルの世界に“魔法使いを皆殺しにしよう”という決定を下した。

 

 

「…あなたの思惑通り?」

「まさか」

「あたくしは…後悔してるざんす。だってこんな状態じゃあだーれもゴシップなんて求めない!」

「でも無事復職できたろ。約束通りだ」

「まあそれには感謝してるざんす。で、いつ終わるの?この…こんな言葉使うとは思ってなかったわ…戦争は」

「魔女狩りはどうやって終わったのかな」

「え?」

「“魔女”が全員いなくなったから」

「まあ事実は違ってたけど。それに魔法使いに死傷者がでてはいるけれど、あたくしたちがマグルなんかに皆殺しにされるなんてありえないざんしょ?」

「ええ。だから僕たち…いや、魔法使いが、マグルがもう全員いなくなったと確信するまで、続くだろうね」

「………そんなまさか」

 

 

 どうだろうね。そこのところは僕にもわからなかった。人間はどこまでも残酷になれる。半世紀前にそれは証明されている。その残酷が尽きるのが早いか、マグルがこの世界から消えてしまうのが早いか、僕には見当もつかない。

 それにどうでもいい事だ。そうだろう?だって僕の目に見える世界はせいぜい十数メートルなんだし。

 

 僕の命は本来ならば風前の灯のはずだ。魔法の魔の字も使えないのに魔法使い側に立つ僕。我ながらいい的だ。だがウラジーミル・プロップという名義貸しに“転職”すればいいだけのことだ。ちょうど自分の顔で正々堂々外を歩けず困っている老人がいる。

 

「いやぁ、思い出す。あの時よりも混沌として、殺伐として、血みどろだな」

 

 ゲラート・グリンデルバルドもまた虐殺大好きというわけではなく、単に手段としての有用性を好むと言うだけだ。というか厳密には先の戦争だって彼自身が虐殺の引き金を引いたわけでもない。

 

 ヒトが、(※人間という言葉はマグルを指す言葉であり、魔法使いと区別すべきだという論調がある。ここで言うヒトは2本足で歩き火を使う少し器用な獣全般のことを言う)自然とそのように向かっていったのだ。

 

「それは恋人を刺したナイフを持って“事故だったんだ”って言ってるようなもんだぜ」

 

 レナオルドはそう言う。彼もまた、魔法を使えないながらも魔法界でしか生きられない男なのだが、僕と違って嵐が過ぎ去るまでどっかに引きこもるようなことはしなかった。

「別に俺は悪いことしてないしな。隠れる必要はない。むしろ今、街に出ないほうが馬鹿だぜ!ガリオン金貨だけじゃない、ドルにユーロにポンドが飛び交う、狂乱の場所さ!混沌ってのは俺にとっちゃ楽園だな」

 

 僕は秩序のほうが好きだ。

 だが創造のための破壊は必要だ。

 

 

ピンポン…

 

 呼び鈴が鳴った。

 

 僕が今いるのは、かつて父と兄と暮らしていたアパートで、マグルの掃き溜めで、今は不法滞在の外国人が幅を利かせてる地区の真ん中。僕にふさわしい場所。

 名義と顔は完全にゲラートに貸しているので、ここに僕を訪ねてくる人間なんて本来ならばいないはずだった。

 

「……はい」

 

「…ウラジーミル。ウラジーミル・プロップ。君に会いに来た」

「どちら様ですか」

「…リーマス・ルーピンだ」

「どうぞ」

 

 

 僕は素直に客人を招き入れる。抵抗したって結果は同じだ。彼は僕を捕まえに来たんだろう。魔法の使えない僕にできることなど何もない。

 

「ドアは閉めたほうがいいですよ。ここに住んでるマグルときたら、鍵のかかってない部屋は公共スペースだと思ってますからね」

「ああ。邪魔が入るのはこちらとしても望ましくない」

 

 リーマス・ルーピンは写真で見たよりかなり老けて、やつれていた。狼人間なんだっけ?満月まで日はあるはずだが、こんな世界じゃ誰だって疲れ果てるものなのかもしれない。

 

「で、僕は今ドイツに出張してるはずなんですが、なぜこっちに?」

 

「魔法を使えない君が、前線に出るはずがない」

 

 こちらの状況はある程度お見通しらしい。わかってはいたが、面と向かって言われるとキツイね。

 

「君のせいで、毎日大勢の人が死んでいる」

「僕のせい?おかしいな。最近は人を殺してないんだが…」

「とぼけるな。君がはじめに火をつけたんだ。マグルの暴走はもう誰にもとめられない。魔法使いの暴走もだ。“君”が指揮している魔法省の治安部隊がマグルを殺戮し、拘束している証拠は上がってる」

「証拠は上がってる?訴えるべき機関は機能停止中なのに、面白い言葉だな。…じゃああんたは僕を実体のない正義の名のもとに捕まえに来たってわけか」

「そうだ。たとえ魔法省が事実上死喰い人の手に落ちていても…不死鳥の騎士団は元々その事態を想定して結成された。我々は君を拘束し裁かねばならない」

「僕は並べられたドミノを倒しただけだ。僕を裁く?たとえ僕を群衆の目の前で処刑したって、憎悪は止まらないよ。たとえ街中の記憶を消したって、マグルのテクノロジーはすぐにそれを復元する。むしろ不当に記憶を奪われたという事実が彼らの憎悪を駆り立てる」

「それでもだ。それでも君を裁かなくちゃならない」

「……そうか」

 

 不死鳥の騎士団がまだ活動しているのは知っていたがヴォルデモートではなくこっちをまず抑えてくるとは。計画が若干狂うが想定していなかったわけじゃない。

 ハリー・ポッターの生命を最優先する人物がいなくなったおかげかな。いや、むしろだからこそ彼がここに来たのかもしれない。今更動機なんてどうでもいいが。

 リーマス・ルーピンは袖の中に隠した杖をすぐに取り出せるよう、右腕は決して挙げない。彼が聞いたとおりの実力者なら、僕が武装してたって抵抗は無駄だ。だからマグルは魔法使いが怖いんだ。

 

「秩序なき今、あなたがこれからする事もまた暴力だ」

「ああ、そうだな。私の行動に正当性は全くないだろう。それでも正しいと信じたことをやり遂げるしか、世界の混沌に対処するすべはない。悪徳や残酷に対して、誠実でいることしか」

「まあ僕もあなた達のしたいことはわからんでもない。いや、わかってるこそ悠長に君を待ってたのかもしれない。だが残念なことに、不死鳥の騎士団…だっけ?それとかハリー・ポッターだとか闇の帝王だとか…もう世界はそういう事態じゃあないんだよ。やめとけ。きっと死ぬとき思い出して後悔する」

 

 僕の言葉にリーマス・ルーピンが激高することはない。彼は覚悟を決めてここに来たんだ。騎士団は対マグル戦争においてまともに機能しているとは言い難い。彼らは魔法使いが魔法使いに対抗するための組織だ。今の対立構図じゃ僕の相手をするしかないんだ。気の毒に。

 

「ま…僕を処刑なりなんなりして、あなたたちの気が済むのならどうぞご自由に」

「…君のしたいことはわかっている。君は、私達魔法使いに尊厳を…誇りを捨てろと言ってるんだ。…私達を最も貶める方法でね。恐怖で焚き付け、世界中で殺し合わせて、私達にマグルを虐殺させるつもりなんだ。そしてそれはもうほとんど成功している…」

 

 僕は黙る。ルーピンもだ。

 それがわかっているのなら彼は僕を殺したりしない。

 

 それじゃ期待はずれだ。

 

 

「そうか…じゃあ腹を括るしかなさそうだね」

 

 僕は立ち上がったが、服の裾に引っ掛けたインク瓶を落としてしまう。ルーピンは過敏に反応し、杖を抜いて僕に向けた。

 

「…そのインク瓶を、見せてくれるか」

「………」

 

 僕は答えないで、ルーピンを見る。本気で警戒しているらしい。

 

「…どうぞ」

 

 足をどけて、床に溢れるインクを見せてやった。ルーピンはまだ安心できないらしい。

 

「手を挙げて…ゆっくりこちらへ」

 

 

「…僕は服なんて全然興味ないんだ」

 

「何?」

 

「僕は服なんて全然こだわってないし、悪目立ちしなけりゃなんでもいいんだ。仕事柄、私服も襟付きのものが好ましいんだが…そういうのは置いてね。でもシワシワだったり汚れたりすると困るから、わざわざアイロンかけて吊るしてる。本当に面倒だよ」

「突然なんだ」

「いや、だからわざわざ家具を買ったって話さ」

「…?何が言いたい」

「キャビネット2つ、無駄なスペースだ」

「な…」

 

 閃光が走った。

 不死鳥の騎士団の団員には本当に感心する。ほとんどが闇祓い並の実力をもつ魔法使い。この近距離で発せられた魔法を防ぐんだから。

 

「麻痺せよ!」

 

 キャビネットの扉がバラバラになって吹っ飛ぶ。情けない悲鳴を上げて、中から男が転がり落ちる。さすがのルーピンも僕じゃなく、魔法使いの敵に杖を向けた。

 襲撃者の顔を見て、ルーピンは目を丸くした。

 

 麻痺したはずの男の杖から再び閃光がはしった。

 ルーピンは驚きながらも、再び呪文を発した。それと同時に僕は机の上の古いランプを振りかぶり、そのままルーピンの後頭部に振り落とした。

 

 

「杖というのは一発一発の隙が多い不便な武器だな…銃とかと変わらないじゃないか」

「え?」

 

 僕の言葉に呪文を受けたはずの男が答える。頭に被っていた帽子がぼとりとおちて禿頭がむき出しになった。

 

「いまなんて?」

 

 彼はピーター・ペティグリューことワームテールは僕にあてがわれた死喰い人側の監視だ。

 僕としては、ちょっとした問いかけを何度も聞き返すこの醜い男を監視として遣わされたこと自体を侮辱と捉えている。

 彼の魔法の腕はいまいちだったが、それはWWW製の護りの帽子でカバーできた。しかもレナオルドから譲ってもらった一番高価いやつだ。おかげで麻痺呪文を受けてもめまいがするだけですむ。

 

 彼の悪口はおいといて、囮としては非常に有効だったのは認めなければなるまい。ワームテールはルーピン、シリウス、ジェームズ・ポッターと旧知の仲であり、ポッター夫妻の死に加担している。僕なんかよりよっぽど気が引けるってわけだ。

 

 

 床に突っ伏して血を流すルーピンを見て、ワームテールは悲鳴を上げる。

「ああ…!嫌だった…こういうのは本当に嫌だった…!」

「ああ?血を見るのははじめてなのか…?うん、これならハナハッカでまだなんとかなるな。頭蓋骨が割れているが…」

 僕がルーピンの傷にハナハッカをふりかけるのを見て、ワームテールは目を塞ぐ。気の小さな男だ。確かに僕も傷は直視したくないが。

「吐くならむこうで。それでとっととこいつを片付けてくれ。邪魔だよ」

「ああ…わかってる!」

「で、あんたの主人はちゃんと目的地にいるのか」

「わ、……わたしに、知らされてるわけ無いだろ?!こんな、お前なんかの…監視役だ。我が君にとって重要なのはわかってる。だが…結局、わたしの役割なんてこんなもんだ…」

「…ったく」

 

 

 

 

 

フランス・ドイツ国境のシュヴァルツヴァルト。そこに魔法省特選部隊は拠点を作り、魔女狩りと称して略奪を繰り返すマグルを逆に狩っていた。

 

 …というのは建前で、実際はマグルを緊急時危機対応という名のもと野ねずみに変えてドイツ魔法省へ引き渡していた。

 ネズミトリと称されたその活動の責任者としてウラジーミル・プロップは現場の指揮にあたっていた。

 

 鬱蒼と茂る木々の隙間から日が差し込んでいる。ウラジーミルは木漏れ日を見つめ、目を細める。自然の美しさを味わっているかのように見えたが、そうではない。

 

 空に現れた一点の黒雲。

 大規模な魔法が使われると、自然界には兆候が生まれる。都市や人口の多い場所ではなかなか見つけることのできないその兆候は、こういった自然の中だと克明に現れる。

 

 魔力の源が何なのか、いまだ魔法族はその深淵を探り続けている最中だが、大地に深く根ざした大きな力なのは本能的に感じられた。

 

 ウラジーミルは冷気を感じ、気配の方へ振り向く。

 

 

「ゲラート・グリンデルバルド」

「アルバス・ダンブルドア」

 

 紫色のローブを纏った、宿命の敵。アルバス・ダンブルドアの姿がそこにはあった。以前相まみえた頃よりも生気に満ち、目はギラギラと輝いている。

 

「貴様の野望もここでしまいじゃ」

「ふ…ふふふ、ふはははは!」

 

 ウラジーミルの顔をした“誰か”は高らかに笑う。

 その様子を見て、ダンブルドアは強烈な違和感と“不安”を感じた。

 

「ダンブルドアッ!それは俺様のセリフだ。貴様はまんまと罠に飛び込んできたんだよ」

 

 ウラジーミルの体が濃い霧に包まれ、輪郭を失う。その黒い靄の中から現れたのは、再会を果たすべき宿敵ではない。

 

 今世界を包み込む邪悪の一部。グリンデルバルドとまた違った、打ち砕かなければならない暴虐。

 

「トム・リドル…」

「俺様の名はヴォルデモート卿だ」

 

 

 二人はほとんど同時に杖を抜いた。そして、木々の枝に身を潜めていた“魔法省職員”として派遣された死喰い人たちが、ダンブルドアに向けて一斉に攻撃を開始した。

 

 


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