【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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04.嘘つきの技巧

「さあ机の上に出した杖をしまって。教科書と筆記具を」

 僕の定規で測ったような単調な声がなんの装飾もない教室に響く。教室内に階段のある高めの天井と天窓まで届いて反射するようにやや遠目に向けて発声するのがコツ。フランクスに頼まれて受付を変わってやった時に知った。人々は自分に向けて発せられた声よりもまず一番大きく通る声を聴く。僕の声に釣られて手製のキャンドルの煙が渦を巻く。

「皆さんには毎回授業終了時刻15分前に小レポートを書いてもらいます。これらは毎授業回収され成績評価に直結します。質問などは次の授業の冒頭15分を使い答えます」

 僕が教卓から天井に向かって発する声を生徒たちはやや困惑気味に聞いている。今日はレイブンクローとスリザリンの5年生向けの授業だ。ちなみにどの学年でも同じことをやってるので大した苦労はない。そして用意してきた文言を言い終えた僕が懐中時計を見てから黙り込むと、生徒の一人が手を挙げた。

「あの…」

「発言する際は名前を」

「あ、はい。ええっと…パドマ・パチルです。残りの授業時間は何をするんでしょうか」

「教科書を読んでください」

「どこからどこまで?」

「君の読みたいところまで」

 僕の言葉に生徒たちがざわめく。

「小レポートは何を書けばいいんですか?」

 別の生徒が手を挙げながら発言した。スポーツ刈りのレイブンクローの男子だ。

「名前は?」

「マイケル・コナー」

「コナー。それも君の好きにしたまえ」

「そんな。自習と変わらないじゃないですか」

 コナーの発言にレイブンクロー生とスリザリンの生徒の何人かがウンウンと頷いた。そんなに勉強が好きだったことがあるのか?

「自習と変わらない。そうかもしれない。けれども君達が普段からしている自習と違うのはフィードバックがあるということ。この時間を活かすも殺すも君達の姿勢次第だ」

「じゃあこの時間に天文学の課題をやってあんたに提出してもいいのか?」

 威勢のいいスリザリンの生徒が突っかかってきた。

「発言する際は挙手と、それから名前を」

「ブレーズ・ザビニ」

「ザビニ。いい質問だ。その通り。提出されたら評価しよう。君たちの中で芸術家になりたいやつがいたら絵を描いて出したっていい。僕はきちんと評価するよ。僕はクソにはクソッタレと言う事ができるからね」

 僕のジョークにレイブンクローの一部が笑うが直ぐに消える。もっと笑っても僕は怒りはしないけど、彼らは今僕の事を推し量っているのだろう。

「ただし天文学や魔法史のレポートを出すことはオススメしない。次の授業まで課題は返ってこないからね。おすすめなのはこの教科書のどこからどこまでを読んだか。またそれについて自分なりに整理すること…つまりノートを取ることだね。これが一番わかりやすく得点が稼げる」

「はい」

「どうぞ」

「セオドール・ノットです。評価基準は?」

「ふくろう試験で問われる文章力や構成力に準拠する。…絵や詩となると話は違ってくるが。あとは題材、論点…色々ある。はじめは要領がつかめないだろうから三回までは成績評価に加味しない。どういった内容が良いかどうか君たちで掴んでくれ」

 ちなみに僕はおそらくはじめの三回分しか目にしない。とりわけ問題のある生徒以外の善良な子どもたちを選り分けるためのリトマス試験紙。残りは下請けへ回すことになる。僕は他人の文をよむのは嫌いだし。根本的に他人に興味がないせいかな。だから人を好きになった事もない。

「ダフネ・グリーングラスです。あの…あまりにも自由すぎませんか?」

「自由は嫌い?」

「そういう訳ではないんですけど。私達、ふくろう試験を控えてるんです。この授業方法でふくろう試験をパスできるとは思えません」

「できますよ。この」

 僕は机の上に置かれた薄っぺらな教科書に指を突き立てる。

「教科書を完全に理解すれば。不安はもっともだがね、これは魔法省の専門家が定めた選定教科書です。ふくろう試験も視野に入れて製作されています」

 僕は学校にも行ってないしましてや試験も受けたことないし、更に言うならば教育関係の部署も闇祓い関係の部署にも行ったことないのでこの教科書に果たして本当に彼らの学力を伸ばすかどうかわからない。僕は習うより慣れろ派なのだが、まあ魔法に関して言えば習うことしかできない。この教科書は…習うという点に関しては悪くはない。机の上で読むのにはうってつけだった。

「逆に言えば、この時間君たちは別の不安教科の内職をしても構わない。僕は課題を評価し成績をつけていくだけ」

 生徒たちは顔を見合わせてなんとも複雑な顔をした。僕がどんな教師か掴みかねているんだろうが、一つだけわかったらしい。こいつは生徒に無関心らしいと。全員が教科書を開き黙って自習を始めたので、僕は懐中時計を教壇に立てかけ、読みかけの本を開いた。

 

 スリザリン、レイブンクローは物分りがいい生徒が多いようだった。ほとんどの生徒が真面目に教科書の内容をまとめて小レポートにし提出した。数名は違う教科の勉強をしていたようだが僕は何も言わない。彼らの多くは保守的で堅実な道を選ぶようなので変に楯突くよりも与えられた時間を自分のために有意義に使おうと決めたらしい。

 一方でハッフルパフ、グリフィンドールの生徒は羊皮紙に疑問や怒りをぶつけているものが多数だった。多くの生徒が自由時間より実践的な技術を学びたいと思っているらしい。素晴らしい向上心だがクマが空を飛べないように僕に魔法は教えられない。

 寮ごとに気風がだいぶ違うと聞いてはいたがこうも違いが出るとなんだか僕がからかわれているみたいだった。特に寮ごとの色が出たのは5年生のグリフィンドール、ハッフルパフの合同授業だった。

 

「杖をしまって、教科書と筆記用具を」

 お決まりの文言。もう10回は言ったのでいい加減になりつつある。

「杖をしまうんですか?使わないの?」

「発言する際は挙手と名前を…って、君かウィーズリー」

 ウィーズリーは一応挙手してから発言し直した。

「この授業では杖を使わないんですか?」

「ああ。君の疑問ももっともだね」

 僕は再度僕を不安げに見上げる生徒たちへ向き直る。青や茶色の目、目、目。その中でひときわ疑念で淀んだ緑の目の持ち主がハリー・ポッターだった。

 ハリー・ポッターは僕が思っていたより小さかった。他の生徒たちと比べて突出するところは一つもなく、平凡の枠内に収まる見かけで、変わったところといえばやたら古めかしい丸眼鏡とその上にくっついた稲妻型の傷跡くらいだ。彼はどうやら腹に何かを溜め込んでいるらしく、吐き出したくてしょうがないといった顔で手を挙げた。

「納得行きません。杖を振らずして何が防衛術ですか」

「…君のことは流石に知っているよ。ハリー・ポッター。生き残った男の子」

 彼は僕をにらみつけている。僕はただの一言も自分が魔法省の手先であるとかルシウス・マルフォイに通じているとか、自分のバックグラウンドを話していない。けれどもこの薄っぺらく字の大きな教科書の奥付にある『魔法省大臣推薦』という文字を読めばすぐに察しがつくだろう。しまいに杖をしまえといえばもう決まったようなものだ。

「杖を振らないと不安?」

「不安というよりも不十分です」

「何が不十分?」

「闇の魔術に対する防衛術ですよ?奴らに対してですよ。当たり前じゃないですか!」

 その言葉に周囲がどよめく。ところで教卓から見る教室というのはおそらく生徒たちが思ってる以上に丸見えだ。生徒たち一人ひとりが僕に向けてるはずのない小さな声や表情の変化もわかる。

 そうやって全体を見回すとハリー・ポッターの言っているヴォルデモート復活論を本気で信じているのは数名に満たない。半信半疑の生徒はグリフィンドールが半分。ハッフルパフはせいぜい3割…いや、それ以下といったところか。ひと夏の大バッシングキャンペーンの成果としては上々なのかもしれない。全員が事の重大さについて腑に落とす前になんとか嘘で満たすことができた。人の悪口ほどうまい蜜はない。ましてや闇の帝王復活なんて苦い毒と比べたら安価な甘い蜜の方を何度も味わいたくなるだろう。

「なるほどポッター。じゃあ想像してくれ」

「は?」

「この教室で授業を受けてると、どんどん息苦しくなっていく。気のせいかな?と先延ばしにしているうちにどんどん頭も働かなくなっていく。吐き気もしてきてめまいで何も考えられなくなる」

 僕の唐突なたとえ話にポッターのみならず多くの生徒がきょとんとして顔を見合わせる。

「…どういうことですか」

「どういう事だと思う?」

「わけがわかりません。息苦しくなってるって言うなら…あぶく玉呪文でも使って空気を確保します」

「なるほど。いいアイディアだね。しかしここではあぶく玉をつくっていても苦しいんだ。なぜだと思う?」

「…わかりません」

「なぜならこの教室で煙っているキャンドル。これにキョウチクトウが混じっている」

 僕はあるはずもない毒々しい色合いの花を指し示す。その花はフリルのようなピンクの花弁が可愛らしく、いくつも寄り集まっているとパニエのようにふわふわとふくらむ。もしもアンブリッジが本物の猫を持っていたとしたら間違いなくオフィスに飾ってやるのに。

「キョウチクトウは毒性があり、煙を吸い込んだだけでも目眩や嘔吐を引き起こす。君は空気がないから苦しいんじゃないんだ。この植物の毒にやられて気道が腫れ、心臓が普段の倍以上に働くから。君の気道を通り肺に届いたその毒は呪文なんかじゃ消しされない。…安心して、いま現実にここにあるのはただのキャンドル。いい香りだろう」

 僕はハリー・ポッターの瞳をまっすぐ見た。アーモンド型の緑の目、曇り気味のメガネ、稲妻型の傷跡。彼の目は僕の言葉に揺れている。

「君たちの前任者の記録を見ました。ここ最近は…ロックハートの授業を除き…実践的な内容が多かったようだ。しかし君たちは果たして実践だけで空気中に色も気配もなく立ち込める毒に気づき、それを防げるだろうか」

 僕はハリー・ポッターから視線を切って全員を見渡す。僕が全能の魔法使いに見えるようにゆったりとした口調で重たく沈んだ声で言う。

「僕は君たちに物事の中身について少しでも考えてほしい。この薄い教科書から君たちが何を見つけるか、組み上げるかを見てみたい」

 

 僕は嘘をついている。耳触りのいい嘘が磨きたての床のように冷たく鼓膜を震わせて皆の思考を麻痺させようとしている。騙されるな若人よ。よく語る人間ほど嘘をついている。

 

「…さて、それじゃあ教科書を開いて」

 僕はハリー・ポッターを無視して有無を言わせぬ口調で懐中時計を見た。僕の締めより先に言葉は要らない。

 

「授業を始めましょう」

 

 

 

 当然、僕もこれでハリー・ポッターが納得したなんて思ってない。彼の授業後の不信感の募った顔を見ればわかるし、羊皮紙は白紙だった。怒りを半時間溜め込んだせいか彼の顔は赤かった。僕は9歳で死んだ妹とか煮だった鍋に放りこまれたシュリンプだとかを思い出した。最近遠き日の良き思い出を何度と何度も回想してしまう。子どもばかり毎日見ているせいだろうか?僕にもまだ望郷の念というものを捨てきれない人間味が残されていたことを嬉しく思う。

 人間が窒息により死に至るように、魔法使いもつまらない理由でよく死ぬ。イギリス全土にいる魔法使いの数はおよそ3,000人と言われている。ここは恐ろしい村社会だ。(ちなみにソヴィエトは当局が把握できる限り200名。すべて純血の家系の人物であり、僕ら家族は傍系ゆえに含まれていない)

 しかしこの数は全くデタラメと言わざるを得ない。ホグワーツ魔法魔術学校に在籍し魔法使いとしてのエリート教育を受けれる連中以外にも魔法を学び身に着けたものは存在する。そしてそういう入学許可証を受け取れず側溝の端を惨めにかける鼠のような魔法使い生を歩まなければいけない者はカウントされない。何人いようとゼロだ。

 そういった奴らはだいたいせこい悪党稼業やマグル相手の詐欺などで魔法省に御用となるわけだ。イエローカードをしこたま貰った崖っぷちたちを上手く使うのもまた僕の仕事だった。そしてうまく葬るのも。

 闇から闇へ。前々々々職である国際魔法協力部ではクラウチによる圧政のもとせせこましく外国籍の不法入国魔法使いのコネづくりをしたものだ。ロシア語話せてよかった〜。と一人きりの部屋でボルシチをすする毎日が懐かしい。国際魔法協力部にいたときに日陰者たちに日銭をばらまいていたおかげで魔法事故惨事部でも魔法運輸部でも僕は魔法を使わず楽に過ごせた。

 クラウチには感謝の念しかない。そうだ。息子を骨粉に変えられた彼に冥福を祈ろう。アーメン。あなたの死にやすらぎを。

 

「禁じられた呪文で死ぬ人間というのは死亡者リスト全体から見ると稀なんだ」

 

 僕は授業で出された小レポートの質問に答える。

 

「殆どの魔法使い…善良な市民はよくわからない魔法、薬、道具による事故死により命を落としている。僕から言わせりゃ闇の魔術よりもマグルのシステムキッチンの使い方をマスターしたほうがいい」

 

 マグルの技術の進歩は、オートマチック化は、産業化は、大量生産化は、僕たちが美しい花の煙でじわじわと首を絞められていくように生活を包み込んでいる。その流れはおそらく止められない。魔法使いはテクノロジーにより窒息寸前。

 

「君たちは、杖を振るだけの強引な戦いよりもどうすればそれを避けられるか?対面したときにどのように適切な対処法を見出すか?そういった事を鍛えるべきだろうね」

 

 魔法使いがマグルに殺される事も、実はよくある。例えば治安の悪い街で、就職が決まって気分良くなった若い魔法使いが杖を握る手もそぞろな状態で脇にいた屈強なスキンヘッドの肩にぶつかるとする。

 オブリビエイト、またはエクスペリアームズをする前に、君の脇腹にはスキンヘッドの彼が持っていた刃渡り12センチの折りたたみナイフが突き刺さり、慌てて杖を抜こうとするときには杖腕の薬指はへし折られている。または単に銃で撃たれて内臓を油で汚れた床にぶちまけるかだ。

 そういう事故は後を絶たない。魔法使いの意識の差。つまり杖を振ればだいたい解決という安直さは彼ら自身が杖を握り危険を自覚してからでなければ強みにならない。

 危険でなさそうな場所で不意に訪れる暴力。誰かが悪意を持ってその油断につけ込んだ場合に魔法使いはあっさり死ぬ。僕はそれを体験している。お墨付きだよ。

 

 ハリー・ポッター。君の死因もそうであるといいね。いや、何僕は君を殺そうってわけではないのだけれども。魔法使い全てに、僕より優れたすべての人間が暴力なんかと無縁で善良な神の子羊でありますように。

 僕を宣教師だと思ってるような生徒たちの前で、僕はこれから一年間空っぽの宣託を与え続けなければならない。

 

 全く、ルシウス。頼むから早く指示をくれ。

 


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