役人のやることって言うのはだいたいお偉いさんの尻拭いか右を左と言い張る馬鹿のシッターだとBはいった。
「この世には…二種類の人間がいる。クソッタレか、小便ったれだ」
「君はどっちだ?」
「俺は俺さ。俺はこの世で唯一正気を保ってる。だからいかれちまったのさ」
男は勤務明けの深夜2時のパブでもう5杯は飲んでいる。顔は真っ赤で呂律も回ってない。彼は魔法運輸部の後輩で僕の仕事を引き継いだやつだ。彼の名前はうろ覚えだが、彼との会話についてはよく覚えている。彼と話していると1分に一回はクソ上司、あばずれ、ビッチという汚い言葉を聞けたからだ。分速1暴言の男はベイトリールだったかブラウンだったかそんな名前だった気がしたが…まあいい。僕は彼をBと呼んでいた。
「ヴォーヴァ!こんな仕事とっとと辞めたいよ。お前はよくアンブリッジに拾ってもらえたな」
「僕の顔はご婦人受けがいいのさ」
本当は彼女との出会いはとてもドラマチックで複雑でそれだけで一本映画ができるくらいのものなのだが、それを語るということはすなわち僕が魔法の使えないゴミクズであると自白することと同義だ。だから言えない。
「君の舌は乾くことがなさそうだ」
「そうかな?そうかも…」
Bはものすごく上機嫌になり多弁になり、そして最後にはすやすやと眠った。彼は賢くもなければ魔力も平凡だが、一ついいところがある。僕の前で寝こける事ができるくらい素直で鈍感なところだ。
彼はクィディッチワールドカップの為に急造された数多の移動キーを回収し破棄する仕事に従事してヘトヘトだ。お祭り騒ぎの後始末、つまりケツをふいてる真っ最中なせいで荒れていた。傍からみてる僕でもひく程の仕事量だ。彼くらい体力があっても移動に耐えられないらしい。姿あらわしは割と疲れるらしいので煙突ネットワークやマグルのタクシーというローテクを併用してイギリス中を飛び回っている。僕はできないからよくわからないが、少なくとも凡庸な魔法使いにとって姿あらわしは連続してやりたいものではないらしい。
「あの糞共に思い知らせてやりたいぜ。俺たちがいなかったらあいつら、まともに生きてけないくせに…」
エントロピーいうものがある。簡単に言えば僕らの机は片付けなけりゃどんどん汚れていくということだ。それと同じで増えすぎて放置される魔法道具の数々はどんどん世界を猥雑にしていく。
外遊びが好きな子どもがひょいと持ち上げたコインがスウェーデンの湖畔に繋がってたら?ごみ拾いに来た心優しい老人がゴミ片手にいつの間にかモンゴル平原に移動していたら?そういった事故はやがて蝶の羽ばたきが嵐に変わるように我々の世界に到達する。カオス理論。世界はカオスに落とされる寸前だ。廃品回収者に等しい僕らは世界を守る神の見えざる手。
「キリストもはじめは異端者だった」
アルコールが作る深くてチープな眠りに落ちてしまったBに僕は慰めの言葉をかけた。彼はキリストになることも異端者になることも無かった。なぜなら、彼は後に三大魔法学校対抗試合において不法に作られた移動キーの解析中不慮の事故で亡くなったからだ。
その一月後、このパブで食べた湿気たカシューナッツが彼の最後の晩餐だった。
……
「さて。前回寄せられた質問…教科書45ページで述べられているガンプの元素変容について…」
闇の魔術に対する防衛術を3回こなす頃には生徒のより分けが終わった。真面目に自習をする生徒、時間を有意義に使う生徒、そして反抗的な生徒の三種類。割合は3:6:1といったところか。1年生、2年生へは要望があったので質疑応答の時間を多くとり、教科書の内容を噛み砕いてやることに重きをおいた。ふくろう試験を終えた上級生は殆どいもり試験に向けての自習をしている。5年生も大半はふくろう試験対策のためせっせと羊皮紙に論文作成の練習をし、下請けがよこした赤ペンをもとにペーパーの上でしか役に立たない機転を利かせている。
厄介なのは反抗的な一部の生徒だけだ。特にハリー・ポッターはヤマアラシのように刺々しくささくれの様に挙手し続けた。
「プロップ先生、先生はついこの間僕が何を言ったかお忘れですか?」
「よく知っている。…ポッター、君とダンブルドアの名誉がああいうふうに貶められているのは残念でならない」
僕は彼のあまりのしつこさに折れて彼と一対一で話すことにした。彼の熱量は冷めきった冬の大地から来た僕を溶かすほどだった、とうまいことを言ってみても披露する相手がいない。友達がいないというのは悲しい物だ。
ポッターは僕の例え話のせいでがらんどうの部屋をやや警戒気味に眺め、出した紅茶にも口をつけなかった。失礼なやつだ。
「先生はどう考えてるんですか」
「僕がどう考えているかをしってどうするんだい」
「僕は…僕はあなたの授業方法に納得がいかない。教科書といい、杖をとらせないことといい、魔法省の意図が介入しているとしか思えない」
「鋭いね。でもそれはグレンジャーの意見だろう?」
グレンジャーは初回の授業で似たようなことを羊皮紙に書いて提出した。僕は授業でいったことと同じ文を送った。それ以来彼女は真面目な三割の生徒になった。おそらく何を言ってもあまり意味がないと悟ったのだろう。彼女のレポートは常に満点だった。
「君が僕に正直さを望むなら、君も僕に正直であるべきだと思わないか」
ポッターはやや逡巡した。彼はなにかに迷ったとき左下の方へ視線をそらす癖があるようだった。彼は既に決意した行動をするかしないか悩むタイプのようだ。つまり頑固もの。
「じゃあ、正直に言います。先生は魔法省から来た役人だ。そうでしょう?」
「正確には公設秘書だ。いや、だった。僕はダンブルドアが後任を決められなかったせいでババを引いたのさ」
「ババを?」
「教師に向いてなさそうなのは見ればわかるだろう」
「じゃあこの授業方針は貴方の上の方からの指示なんですか?」
「いや、僕が決めたよ。ポッター、僕も質問していいかな。君は一つ聞いた、僕は今答えた」
「…僕に答えられることなら」
「簡単な質問だよ。ヴォルデモートを見たと言ったね。彼を見てどう思った?」
「そんなことを聞いてどうするんですか?」
彼は僕がヴォルデモートと名を口にしたので驚いたらしい。今やイギリスで彼の名を発語するものは少ない。
「いや。気になるんだよ。僕は彼が消えてからこっちに来たから彼の恐ろしさがいまいちよくわからないんだ」
ポッターは僕を吟味しているようだった。「目の前にいるやつは魔法省からの使者に違いないが、ひょっとしたら僕の言うことを信じてくれているかもしれない。」
そう、僕は本当のところヴォルデモートの復活を信じている。僕は彼の復活を裏付ける物証をこの手で握りつぶした張本人だからね。
「奴は僕の両親を殺しました。他にも大勢の人を」
それじゃあ善良さにかけては僕と大差ない。
「差別的な根拠のない思想で、弾圧と虐殺をしました」
それならまだまだ悪には程遠いな。
「もしあなたの身近な人が屁理屈にも似た理由で殺されたら、犯人を許せますか?」
おっと、こればっかりは身に沁みる質問だった。
「赦さないね」
復讐こそ我が命。それは兄がその場で実践し結果を示してくれた。首を絞められ脳血流が停まり、もうすぐにでも死にそうな赤ら顔の妹とそれに覆い被さる男。僕の人生はあそこで終わり、また始まった。
「ヴォルデモートの人道に対する罪はわかってるよ。でもそれは君の恐怖の根幹ではないよね?額面的な言葉ではない君の生の声が聞きたいんだ」
「奴は…とても、冷たかった。吸魂鬼と出会ったときの冷たさではなくってもっと、悪意があるっていうか…」
ポッターはたどたどしく自らの感情を吐露していく。普段通りの教室だったら全然知らない僕にこんな事は話さないだろう。しかし「ヴォルデモート」この名前を発しただけで彼の警戒はかなり解かれた。普段過剰に言うことを禁じられているせいで彼の名はイギリスの魔法使い全員にとって特別な意味を孕んだ。その言葉に対して抱く感情が何であれ、発声することそれ自体が相手の心に踏み込むことになる。
「冬の日の窓ガラスのような冷たさと、寒くもないのに震えることは違いますよね。あいつは…僕の魂を握りつぶすような、そういう恐ろしさを持っている。と、思います」
「冒涜的な?」
「冒涜的…そうですね。あいつは現にセドリックを…」
「ディゴリー君は死の呪文で死んだんだっけ」
「そうです」
「死の呪文なら苦しまないのかな。彼は苦しそうだった?それとも本の通りあっという間なんだろうか?」
「そんな事を聞くために僕を呼び出したんですか?」
「いいや、違うよ。もしもあっという間だったのなら…彼に祈る冥福の質が違ってくる。僕たちが彼に祈るべきはあちらでの安らぎでなく、こちらでの心残りについてのほうが適切だろう」
「先生は霊魂を信じているんですか?」
「君が話してたんだ、報告書で読んだ。呪文の噴射で死者が現れたと。君はそれを霊魂だと思っていないのか?」
「いえ、魂だとは思いますが…」
僕の論点ずらしにまんまと乗せられて彼は僕の下劣な好奇心を霊魂の存在という神聖なものと勘違いする。
「魔法で死者を蘇らせることは不可能だ。一瞬でも垣間見えた君は幸運かもしれない」
「幸運、とは思えません。確かに両親は僕を助けてくれた。そのことは嬉しい。けれどもそれは両親があいつに殺されたという事実を再確認する事だった。…だから…僕はこわい。そう、怖いんです」
「……よくわかったよ、ポッター」
君の抱える苦しみがこのまま君の中で熟成されて腐っていけばルシウス氏から与えられた任務は成功するはずだろう。彼の求める成果の詳細は不明だが、ハリー・ポッターが悲しみや苦しみの中で一人きりであれば「孤立」は不可避。君の抱える毒の醸成。当面のところはそれを目標にしよう。
「辛いことを話してくれてありがとう。僕は君にとってたいしたことない人間だろうけど、君の告白は僕にとって大切なことだったと思う」
「僕はただ、皆にセドリックと同じようになってほしくないんです。だから奴等と戦う術を身に着けたい」
「君の気持ちはわかったよ」
僕はすっかり冷めた紅茶を啜った。ポッターも一息ついたようだった。まるでひと泣きしたあとみたいな顔をしているが君は何も前進してない。激しい感情を発散しただけだ。
「僕も上司との板挟みでね…あの小レポートすら良くない顔をするやつがいるんだ」
「ファッジですか?」
「そんな偉い人はいちいち口を出さないよ。アンブリッジっていう上司でね…いい性格してるんだ」
「その人が先生にならなくてよかった」
ポッターは初めて緊張を解いたようだった。表情のこわばりがとけて鼻の下を右手でかいた。
「もしよければ君には特別課題を出そうか。実際に起きた事件で使われた呪文とその対策についてのレポートなんかを。…君が闇祓いになりたいなら無駄じゃないと思うけど」
「本当ですか?」
ポッターは紅茶を飲んだ。
その紅茶がどんな葉を使っているのかも知らずに。