【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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06.友人の定義

 アズカバンに人権は存在しない。アズカバンは15世紀に建てられた(とされる)絶海の孤高にそびえる要塞で、表面にある複雑で幾何学的な紋様は近くで見ると瞳の中で渦を巻く。それらの模様は一見人工的だが潮風による侵食が彫刻したものなのだろう。コーヒーに浸され溶け始めた砂糖みたいだ。アズカバンは1700年代に監獄として利用されはじめた。その前に何に使われていたかというと、一言で言うならば屠殺だ。

 さて、魔法省が設立される以前の魔法使いと人間(つまりマグル)の関係についてだが、どちらが優位に立っているかは言うまでもない。魔法使いは魔力を持たない人間を愛すべき無能の隣人として扱うかこの世に跋扈する害獣と扱うかの2択だった。アズカバン最初の住人エクリジスという魔法使いは後者だった。

 彼は船乗りたちをセイレーンの如く誘い出し、そこで殺した。殺して殺して殺しまくった。マーダー&アビューズ。彼は僕と気が合いそうだ。その結果生まれたのがあの吸魂鬼という化物だ。彼らが地球で最も忌まわしい生き物だと言われるのは、彼らの外見がアズカバンの片隅に積み上がった腐肉と骨の山と彼らが着ていたであろう服の残骸を連想させるからかも知れない。人っていうのは不思議と穢れを本能で察し退けるから。

 賢明な魔法使いたちが彼の犯行の一部分を暴いたとき世間は阿鼻叫喚となった。吸魂鬼と言う訳のわからない新生物はいつの間にかその海域で大量の罪なきマグルの死骸の山に支えられた新生態系を構築していた。彼らがマグルを殺さないようにすれば“食料”を求め海の向こうから英国本島にやってくるのではないかと推察され、議会は大混乱。彼らに生死という境界があるのかわからない以上殺すことは不可能だ。困った役人たちは素晴らしい活用方法を考え出した。

 もういっそ死んでもいいやつを閉じ込めておこう!

 結果出来上がったのが絶対に生きて出られない監獄アズカバンというわけだ。吸魂鬼たちは定期的に新鮮な食料を受け取り悲鳴の享楽を甘受する見返りに看守を務めた。美しい共生関係。いや、ひょっとしたら魔法使いは自分たちが片方を使役しているのだと勘違いしているのかもしれないが、我々は死の奴隷である。

 そんな1キロ四方に満たない地獄が僕とアンブリッジが初めてであった場所なのだが、重ね重ね言っているように彼女と僕の出会いはとても感動的で長いのでまた別の機会に。

 

 

……

 

 はじめは僕の淹れた紅茶を飲もうとしなかったハリー・ポッターと対照的に、ドラコ・マルフォイはなんの躊躇もなくそれを飲んだ。もっとも彼は持ち前の高慢さと僕の弱点を握っているという優越感から臆することを自らに許さなかっただけで、紅茶を飲んだ事=僕を信用しているという図式に当てはめることはできない。

 

「着任してから杖は使ったのか?」

「いいや。まだ一度も」

「こんなに長続きするとは思わなかった。これ、父上からだ」

 ドラコは懐から上質な紙でできた封筒を取り出した。パールホワイトの落ち着いた色合いで縁がほのかに緑がかった手のこんだもので、真ん中には蛇の印璽の封蝋が押されていた。僕はそれを受け取り四辺をさっと指でなぞったあとドラコの顔を見た。

 

「一度開けたね?」

「なぜ?」

「わかるのさ」

 僕は封を開けて中からこれまた金のかかってそうな手紙を開いた。中身は詳しい仕事内容、もとい要求だった。

「何故わかる?」

「その言い方はやはり開けて中身を読んだね」

 

 僕はそれを一読したあと机の上に置いた。そしてやや警戒心を強めたドラコの方へ体を向け、余裕を示すように脚を組む。

「君達魔法使いはものぐさだからね。あらゆる事象には痕跡が残るのに消し忘れる」

 ルシウス氏がわざわざ封蝋という古典的な手を使ったのはドラコに盗み見しろと暗に言っているようなものだ。彼が僕を100%信用しているわけがない。彼の手紙の内容は理事会のホグワーツ魔法魔術学校における今後の方針についてだった。ドラコが盗み見ることで何かがマイナスになるということはない。ドラコが学内で(僕のためでも誰かのためでも)上手く立ち回るためにこれを見ておいて損はないのだ。

 僕はドラコに向けて封筒の上辺を向けだいたい真ん中のあたりを指で指し示した。

 

「つまんでみて」

 僕の指示に従い、ドラコは封筒を触った。親指と人差し指で紙を挟むとまた僕の方を見た。

「小さな折れがあるのがわかる?君はきっと蝋を魔法で剥がしたんだろうが、封をし直すときはこの封筒を手で押さえて再び蝋をくっつけた。この手紙は分厚い。ある一点を強く押さえつければ」

 

 僕はドラコと反対側の封筒を強くつまんだ。僕がつまんだあとには目に見えない小さな折がついている。ドラコはもう一度自分が触っている箇所を指でなぞり確認した。通常はこういった折れ目が出来ないように細心の注意を払う。ましてやマルフォイ家という純血の家系ならば召使いの一人や二人いても不思議ではない。こういう手紙や文書に関して扱うプロフェッショナルがこんなみっともない折れ目を残すはずがないのだ。

 

「次からは気をつけて。完璧な泥棒というのは完璧なハウスキーパーでもある」

「なんだそれ」

「一流の泥棒はタンスの奥底に眠っている金が盗まれたことに気づかれない程片付け上手なのさ」

 

 僕の言葉を本気で受け取るべきではない。語り部がいつも正直であるとは限らない。しかしドラコは感心したような表情を見せたので僕は嬉しいようながっかりしたような気持ちになった。

 

「プロップ先生、あんたは本当にスクイブなのか?」

「違う違う。魔力が全然ないだけさ」

 ドラコはあまり信用してないようだった。

「……まあ、次からは気を付けるさ。あんたが泥棒の友達を持ってる事は黙っておく」

 僕が泥棒という可能性も無きにしもあらず。

「放課後わざわざ足を運んでくれてありがとうね」

「別に。父上から仰せつかった事だから」

「君はお父さんを尊敬しているんだね」

「当然だろ?」

「君の常識がそのまま健やかに伸びていくことを願ってやまないよ」

「えらく皮肉っぽいじゃないか。不仲なのか?」

「不仲どころじゃないね。死んだから」

「あ…それは…すまない」

「いいんだ。元々仲も良くなかったし」

 僕の淡白な反応をどうか強がりだと勘違いしてくれ。それにしてもドラコは温室育ちの馬鹿だと思いきや芯のしっかりした子供らしく、時おり見せる高慢ちきや隠せないほど肥大化した自尊心を除けば他の生徒たちよりよっぽど自分の利益についてよく考えているように見える。まあその利益の価値については置いといて、客観的に損得を見られるのは一つの才能だ。

 人間の損得勘定は実は単純で、目先の利益を優先しがちになる。簡単な話今すぐもらえるなにかの価値が数年後もらえるものの価値を大きく下回ったとしても今すぐ手に入るものを優先するのだ。僕の賄賂は主にその価値判断基準のおかげで成り立っていた。ドラコは待つことを知った賢い犬だ。

 

「アンブリッジがね…僕のあくどい上司なのだけど。彼女は僕の権限を拡大させるつもりらしい。彼女はこの学校にーいや、世界に相応しくないものを摘み取りたいって願う純粋な女性なんだ」

「僕の記憶違いじゃなきゃ、アンブリッジってあの…」

 彼の言いたいことはわかる。純粋な女性があんなピンクの服を着て嬉々として他人を追い詰めるはずがない。

「これはジョークだよ、ドラコ」

「笑いにくい」

「それでね、僕はそういう面倒なことはしたくないから下請けを雇うことにしたんだ」

「あんたほんとに怠け者だな」

「ありがとう。そいつは僕らの事情を知らないんだ。ただ彼の唯一の取り柄は“愚直さ”でね」

「はっきりいって魔法省には愚か者と忠義者、賢者と反抗者のどちらかしかいない。名前は?」

「君も知ってると思うよ。パーシー・ウィーズリー」

 その名前を聞いてドラコは嫌そうな顔をした。どうやらよっぽどあの赤毛がお気に召さないらしい。

「ウィーズリーだって?グリフィンドール出身だぞ」

「君はグリフィンドール出身の殺人鬼を知らないのか?出身寮なんてあてにならんよ。彼は僕の大切な友人なんだ」

「シリウス・ブラックなら殺人鬼じゃ…。いや、あんたに友人がいるってことに突っ込むべきか」

「君も大切な友人だ」

 ドラコは今度こそ本当に嫌そうな顔をした。失礼なやつだ。もっとも喜んでほしくてこんなことは言わない。僕の友人は不思議と死亡率が高いんだ。なんでだろう。思うに僕の人生の線と彼らの線が交通事故のようにある日突然交わるとどうやら不慮の事故というものが非常に起きやすくなる。母は晩年僕の前世の業が招いたことだとよく言っていたが業の正体について教えてくれることはなかった。

「彼はね、本当に良き隣人だよ。忠実、誠実、几帳面、真面目…僕の語彙じゃあらわしきれないほど」

「あいつはただの出世欲の権化さ」

「出世欲をくすぐるだろうね、尋問官助手の立場は」

「…で、僕に何をしてほしいんだ?」

「簡単な話だよ。君が嫌いな先生に関するやばい話を密告してやってくれ。可能なら事件を起こしてもいいが…まあ君のお父さんが許さんだろうな」

「そういうネタならたくさんある。特にあの森番のハグリッド。今は何故か留守にしているようだけど」

「ああ。半巨人の…」

 彼のことは去年リータ・スキーターの記事で読んだ。彼の人生はなかなか興味深いし共感した。しかしながらルビウス・ハグリッドという人物のプロフィールを読むとはっきり言って今までなんで娑婆で暮らせたのか不思議なほど危険な人間(亜人?)だった。

「戻ってこられるといいけどな」

 ドラコはなにか知ってるようだが、僕は別にわざわざ聞く事はなかった。帰ってくるなら追い出すし、帰ってこないならそれでいい。

 

 

 

 

 パーシー・ウィーズリーと知り合ったのは昨年のクィディッチワールドカップ開催期間だ。国際魔法協力部主導とはいえ魔法省全体が取り組むべき重大イベントなので僕も駆り出された。元々国際魔法協力部にいた事もあって派遣はすんなりと決まった。その頃僕はすでにアンブリッジの手中に落ちていたのでアンブリッジからはよくよく「恩を売ってこい」と言われた。

「はじめまして」

 といって片手を差し出したパーシーは僕に興味があるようだった。

「ウラジーミル・プロップさん。クラウチ氏から聞きました。とても優秀だったそうで」

「とんでもない」

「ご謙遜なさらずに。なんて言ったってあのドローレス・アンブリッジの秘書になった人だ。それも魔法運輸部から。大出世ですよ」

「運が良かったんです。パーシー・ウィーズリー…貴方のようなエリート街道を歩むほうがよほど凄い」

 僕ら二人は中身のない会話をしながら何もない原っぱに立ち上げられた巨大な競技場とその周りに建設された招待客用のテントを回った。僕はパーシーの通訳として迷子になった要人をテントに導いたり、早くも場所取りにやってきたクィディッチファンたちのいざこざを解決しなきゃいけなかった。

 

 彼はホグワーツ魔法魔術学校を主席で卒業しそのまま入省。あっというまにクラウチ氏の補佐まで登り詰めた男だ。ちなみに間違いなく純血であるウィーズリー家の人間らしい。血が関係しているのかは置いといて仕事ができるやつであるのは間違いない。

「本当のことを言うと、クィディッチにあまり興味はないんだ。兄弟はみんなやってたけど、どうも僕には合わなくてね」

「僕もインドア派なのであまり。まあでも国際大会というの事自体は楽しいと思う。ほら、ケバブなんてものまで出店している」

「おかしいな…トルコからの客人なんていたっけ?」

 会場には様々な出店が充実しており、まだ開催は先だというのに競技場の入り口沿いに道のように店が並んでいる。当然無許可露店も多々あるので朝昼晩と3回警備のものがチェックしているが、何度摘発し撤収させてもその列が途切れることはなかった。

「こんなに魔法使いがいるとはね」

「素晴らしい。魔法界はまだまだ活気に満ちていると実感できる」

 パーシーは喧騒を見て目を輝かせていた。そういう見方もできるのか。僕はここに爆弾でも落としてやりたい気分だ。魔法使いはどれくらいの温度まで耐えられるんだろうか。熱線や放射線も防げるのだろうか?魔法が意志の力によるものならばどれほどの悪意まで耐えられるのだろうか。

「ウィーズリー、君は魔法界を憂いているのかい」

「正直ね。魔法使いは緩やかに減ってきている。これは事実だが、誰もそれを見ようとしない。魔法省は魔法使いが住みやすいよう身を粉にしているというのに、多くの人は従いこそすれ協力し邁進することは無い」

「人間なんてそんなものさ」

「マグルはそうかもしれない。けれども魔法使いはもっと先へ進めると思うんだ。全員が善くなるようにと意識すれば僕らはもっと素晴らしい社会を作り上げられる。そんな気がしないか?」

 

 パーシー・ウィーズリーの目指すものはグリンデルバルドが目指すそれと一致している。本人は気づいてないだろうが、グリンデルバルドがよく言っていた「より大きな善」は即ち強者による支配にほかならない。何故ならすべての人間がより善くなろうと思うことができる、なんていうのは幻想だからだ。

 彼とグリンデルバルドの大きな違いはそれを自覚しているかしてないかだ。

 

「そうだね。僕も賛成だ。世の中には自分がどんどん劣化していくことに気づかないやつが大勢いる。悪を悪だと気づけないやつが蔓延ってる」

 僕の強い口調にパーシーは頷いた。彼は本当はこういう話ができる友達を欲していたのだろう。けれども若者が真剣に世界について考えると老人はいつも嘲り笑う。バカ真面目であることは若者の特権だ。それに向かって突き進むことができるのも然り。老人たちは世界を変えることができると思い込んでる若者が羨ましいんだろう。

「だから僕はこんな仕事も真面目にこなすのさ。いつか必ず魔法大臣になるために…なんてね」

「立派な夢だよ。夢を持つことは簡単だが持ち続けることは容易ではない。君ならきっと叶えられるさ」

「ありがとうプロップ。まずは話の通じない違法露店の店主と話をつけなきゃね」

「ウラジーミルでいいよ。親しい人はヴォーヴァと呼ぶ」

「じゃあ僕もパーシーって呼んでほしい。さて、行こうか」

 

 こうして僕とパーシーは素晴らしい友人関係を構築したというわけだ。彼のような人間は殺すのはもったいなさすぎる。頭の中に詰まった知識は砕いて流すには惜しいし、純血の血を川に流すのは勿体無い。僕は彼の善き友人としてこの魔法界に寄生し続ける。それが僕の考える友人の定義だ。

 

 


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