グランドラインに入ってもう一年ほど経つ。最近ビッグニュースというと、世界貴族の連中にとって悪夢の象徴のような存在であるタイヨウの海賊団船長フィッシャーが死亡し、3つの派閥に分かれたということだろう。
そして、そのうちの一人ジンベエが王下七武海に加わった。魚人の海賊が正式に王下七武海に加わるとは数年前では考えられなかった話だ。
世界政府と海軍連中、世界貴族は完全に意思を同じくする機関ではないことがよく分かる事件だ。世界貴族にとって魚人、そして特にタイヨウの海賊団のジンベエは恨まれて必須の存在である、この件については煮え湯を飲まされたに違いない。
世界政府、特に五老星の連中は腐ってもこの世界全体の枠組みを規定している実力者たちだ、実利を取ってジンベエ加入を認めたのだろう。義理深く、実直な扱いやすい海賊の実力者だ、手綱を握れるには越したことはない。そして魚人島はグランドラインを行き来する無法者が必ず通り、かつレッドライン直下の政治的に重要な場でもある。そこに影響力を及ぼす手札として大いに活躍が見込めるはずだ。
最後に海軍だが、王下七武海など認めたくもないはずだが妥協を重ねた結果だろう。他よりましということである。
「しっかし、ジンベエはいいとしてその恩赦で出された他の魚人の海賊が悪さをしないとは考えにくいだろうに…。うーん、そこまで考えて解放してくれたことを祈ろう」
なぜ僕がそんな小難しいことを考えているのかというと、そう目の前に伝説の船大工である魚人のトムさんがいらっしゃるのだ。魚人を見るのは初めてでついつい最近のニュースを思い出してしまった。海列車というこれまでの人やモノの流れを飛躍的に増進させる可能性を秘めたとんでもない物を作り上げた人である。
サイファーポールの連中の動きを探っていたら、彼に接触するようであったので追いかけその様子を
海賊のおっかけだったはずが、今度は諜報員のおっかけである。記者の人数が少なすぎて、自分がいる地域全体のニュースを集めなきゃいけないので仕方がない。情報を集めている諜報機関の話を聞くのが一番楽なのだ。
スパンダムは古代兵器の設計書を渡せと脅しているようだ、そうでなければ海賊王の船を作った大罪を世間に公表すると言っているが本当にこいつは諜報機関の人間なのだろうか。あまりにも調査がずさんで思わずため息がでる。そんなこともう周知の事実で、裁判も一度為されてます。
件の古代兵器については、それを作り上げたいと探し回る海賊連中に少々話を聞かせてもらって知っていた。だが、それを読み解けるのはオハラの生き残りであるニコ・ロビンだけであるとは知らなかった。
彼女は革命軍、海賊、世界政府、海軍と様々な組織から狙われ続けている。命の危険まで晒して歴史を学び続けようとする姿勢に一つの確固とした信念を感じた、僕個人としても彼女に会って話を聞きたいものだ。
──古代文字か、少し調べる必要がありそうだな。
「スパンダムは諜報員としてはド三流だが、悪知恵は働く。嫌な予感がする。気合いを入れて情報を集めるとするかなあ。まずはトムさんときちんと接触を図るとしよう」
あの、すみません。僕は世界時報者の者です、海列車について取材させていただいてもよろしいでしょうか。
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「港を離れろーー!!トムが凶暴化したー!」
司法船の人間たちの前で裁判が行われる。スパンダムはトムさんの会社の社員であるフランキーくんの作った船が港や司法船を襲ったとして、再度トムさんを犯罪者に仕立て上げようとしていた。
トムさんが何かを決意したようにして、手錠を引きちぎりスパンダムに殴りかかろうとする。
「おっと、それは少々お待ちください。部下ならまだしも裁判中に政府の要人を殴るのは心証が悪くなるだけですよ。」
「なんだー!?突然男が現れたぞー!」
ざわつく聴衆を横目に見ながらそうトムさんに話かける。僕は殴りかかろうとするトムさんの腕を片手で受け止めていた。
「誰だかしらねえが礼を言うぞ!ワハハハ!天は我々を味方しているようだな。」
「それはどうですかねえ。裁判長、発言の許可をいただけますか。僕が彼らが無罪である証人となりましょう。」
もともとは裁判所に貼り付いて記事を書こうとしていたのだ、こういう事ならお任せしてほしい。
「まず、被告人が打たれたこの銛はあのカティ・フラムが作った船から発射されたものです。発射台にこれと同じ銛が備え付けられているのが発見されました、船から放たれたそれを襲撃の犯人が身に受けるのはあり得ない話でしょう。それに司法船を襲う動機が薄いことについてはみなさんも思っていることではないですか。」
僕はそう言って周囲を見渡す、軽くパニック状態になっていたウォーターセブンの住人たちは次々にそれに同意していった。
物的証拠を示すより先に心証を良くしていくことに重点を置く、僕は検察ではない。それにむこうは幾らでも証拠なんぞ捏造できるだろうしね。
部下はともかくスパンダム本人はただの馬鹿だ。周囲を味方にした方がこの裁判結果を決定する、というよう思考を誘導するように煽れば真正面から僕を標的に弁舌で戦おうとするだろう。無駄なプライドを誇示する中途半端な権力者ほど扱いやすいものはない。
「っしかし、カティ・フラムといったこのガキが作った船「カティ君がその船に乗っていなかったのを見た人間は多数いる、よって何者かが彼の作った船を使って司法船を襲撃したんじゃないでしょうか」……」
余計なこと言い出す前に被せるように発言をする、正直ルール違反な気もするが仕方ない。
「しかしやつは犯罪者だ、海賊王の船を作った。つまり今の海賊どもが跋扈するこの状況を作り上げた元凶とも言える!!」
「因果関係が飛躍しすぎていませんか、彼が船を作らなくとも他の誰かが船を作ったでしょう。海賊王の罪は海賊王にある、彼は関係ない。」
うーん、信用度の差や海賊による被害者感情を煽るのか。一応、いちおう政府の中で地位を保ってきただけはある。
「何をバカな!そいつが作った船だから海賊王は航海を成し遂げたんだ!」
「おや、それでは彼が素晴らしい船大工であり、この町の発展に寄与するべくそれこそ寝る間も惜しんで海列車を作り上げたことをお認めになるのですね。」
周囲の罪悪感を煽るようなことを言う。人々は疑う気持ちと信じたい気持ち、半々というところだろうか。
「それでは、君は真犯人は不明であると言いたいのか。」
裁判長にそう問いかけられる。
「さあ、それをきちんと突き止めるのは彼らの役割でしょう。ねぇ、CP5のみなさん」
真犯人が分からないとは言っていない。遠まわしに煽っていく。
スパンダムが屈辱で肩を震わせている、罪を被せてくるも世界政府、裁こうとするも世界政府、とトムさんが考えていることは伝わってくるがその通りなのだ。別に僕が周囲を納得させようがそうでなかろうがこれはある意味出来レースなので関係ないのである。スパンダムへの世界政府の命令が撤回されない限りね。
この三文芝居に我慢ならなくなったスパンダムが強硬手段に出ようとするのが何となく伝わってきた。
「我々は現行犯でやつらを逮捕した!『プルルル…プルルル……』少々お待ちいただきたい」
スパンダムがそう切り出そうとした時、やつの電伝虫が鳴り出した。ふう、間に合って良かった、時間稼ぎは成功だ。
「おーい!みんな見てくれ!新聞に海列車の事が載ってたぞ!その技術が欲しいって各国の政府がウォーターセブンに技術提供を申し込むことを検討中って書いてあるぞ」
「本当だ!成功例としてウォーターセブンのことが大きく取り上げられているな!これならまた仕事が舞い込むかもしれない!」
僕が書いた記事だ、世界中に海列車の情報をばらまいた、憎き世経新聞ほどの影響力は無いかもしれないが、いかに素晴らしい技術であるかということを熱く語ったつもりだ。
そして商人という生き物は目ざとい、金の匂いがする海列車のこと、トムさんのことをただ放っておくことはしないだろうと連絡を取ったのも幸いしたのか、かなり迅速に事が動いてくれた。
「トムさんを捕まえるのはやめた方がいいんじゃないですか、各国の大商人や公的機関が海列車の技術を手にしようと動いてますよ。それを作れるのは今のところトムさんだけですし、その電話もあなたの作戦の中止を言い渡すものだったのでは?」
僕はスパンダムに近づき、口元に笑みを浮かべながら耳元でそう言った。わあ、怒りの表情がすごい、血管がぶちぶちいってるのが聞こえてくる気もする、目も真っ赤だ。
「貴様!!覚えておけよ!このスパンダムが!…って消えた!?おい!!!やつを探せ!」
「スパンダムさん!すみません!やつがどんな人間だったか思い出せません。」
「何を言っている!…ってあれ、おれは何にこんなに怒っていたんだ。」
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「僕のような人間におあつらえ向きの悪魔の実を餞別としてくれたもんだなあ、社長は。」
僕がグランドラインに入った時、その激励として社長から悪魔の実が送られてきた。食べるも食べないも自由と言われたが、灯台守のクロッカスさんからこの海の海賊の話を聞いていた僕はビビッてそれを食べた。
文字書きの端くれなのに、言葉ではとても表現できないような衝撃的な味がした。二度と口に近づけたくない味である。
その実の名前はウスウスの実という。その実の力で存在感を薄くできるようになった。力を使うと、僕はたとえ視界に入っていても道端の石ころのように無視される存在になってしまう。
そして意図的に人間にその力を向けると、その人間の中で僕という存在がうすーくなってしまう。僕のことを思い出そうとするのは、1ヶ月前の朝ごはんは何だったか思い出そうとするのと同じだ。
そうやって存在感を消して、堂々と盗み聞きをして情報を集めている、もはや記者ではなく情報屋か暗殺者に転職した方がいいのではないかと思う。
CP5の連中にその力を使い、無事抜け出す。
その場の存在感を薄くするだけなら、直接触れてしばらくの間他の人間にも力を使えるのでトムさん一行の手を引き、ざわつくその場を後にした。
「たっはっ…!!!!…!!…!!…、ありがとな!危ねェところを助けてもらった!さあ、好きなだけ食え!」
「僕は海列車の素晴らしさとそれを作ったトムさんのしたことをありのままに人々に伝えただけですけどね。それじゃあ遠慮なくいただきまーす。」
トムさんが爆笑する中、ココロさんが作ってくれた料理を吸い込むように食べる。食べ物が手に入ったときは食えるだけ限界まで食って蓄える、が僕が育った山の鉄則だ。
フランキーくんとアイスバーグさんはここにはいない、2人とも感情がぐちゃぐちゃだった。たぶん2人でフランキーくんの作った船のこと、トムさんの怪我、古代兵器とか色々と整理をつけにいったのだろう。こういう時は放っておくのが吉である。
トムさんにハキのことを聞いてみたがやはり知らないらしい、海賊王の船を作ったのならあるいは、と思ったのだが残念だ。まあその力が無くとも今のところやっていけているのでよしとする。
トムさんの船を作ってやろうかという提案に僕はこう返した。
「僕一人じゃ船は乗り切れないですよ、僕の会社は社員が少なくて基本単独行動なんです。それに僕は船以外の方法でこの海を渡れるようになりましたので、ほんっとーに残念ですが遠慮しときます。」
フランキーくんとアイスバーグさんが言い合いをした挙句、殴り合っているのが見える。何を話しているのかは聞こえないがあの様子なら大丈夫だろう。彼らは将来必ず偉大な船大工になる、なにせトムさんの弟子だ。
「海賊王の船かあ…どんな人間が乗っていたんだろうなあ。トムさんが船を作る相手だ、きっとそう悪い人間たちではなかったんだろう。」
海賊王の名を聞くたび、その名を恨んで仕方がない少年の顔を思い出す。彼も海に出て、いろんな経験をし見聞を広げていく上でその感情も薄れていくことだろう、そう願う。ウォーターセブンを背にし、線路の無い海の上を歩きながら僕はそう考えた。