朱い月の夜に星の女王は踊る   作:くるりくる
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牙を、向く

 

「アーキタイプ・ブリュンスタッド様。ルプスレギナ・ベータ、御身の前に」

「……側へ」

「はっ」

 

 ルプスレギナ・ベータ。

 彼女はナザリック地下大墳墓の第九階層の守り手たる戰闘メイド、プレアデスの1人である。つまり彼女もモモンガやアーキに忠誠を誓うNPCのうちの一体。

 

 健康的な褐色の肌。その身に纏うは神官服とメイド服が奇跡的なバランスで融合した彼女が創造主に与えられた一張羅。足元まで覆い隠すひだたれは足首を隠すほど、そしてガーターストッキングを纏う肉感的な太腿をあらわにする深いスリットはその服に楚々とした中に色香が混在させた。

 

 そんな彼女は己が絶対の忠誠を尽くすべき美しき白き姫の前で跪き、衣服の下の肌に大量の冷や汗をかいていた。だが側に寄れと、そう言われたからには近づかなければと、彼女は己の意思とは裏腹に体を動かして部屋の上座に座す主人へと近づき再び跪いた。

 

 首を飛ばすに容易く、そして血が吹き出てもそれがアーキにかからないであろう距離。そのベストを見極めたルプスレギナは己の姉妹や上司、そして創造主に謝罪しながら——突如現れた頭を撫でる温かみに呆けてしまった。

 

 彼女の思考が真っ白になる中、その言葉が投げかけられる。

 

「この村を守ったその忠勤、大義である」

 

 1撫で、2撫でとルプスレギナの頭をしなやかな白い手が撫で摩る。それを自覚したルプスレギナの中に発生したのは圧倒的な歓喜一色。己の働きを認めてもらえた、そして大儀であると言葉にしてもらえ、あまつさえ頭を撫でられるという恩賞まで賜ってしまった。ルプスレギナは顔がにやける、いや蕩けそうになるのを必死になって堪え栄えあるナザリック地下大墳墓、至高の42人の奴隷に相応しい態度をとっていた。

 

「……ルプスレギナ。そなたから見て村人の様子はどうか、己の意見を述べよ。嘘偽りは許さぬ」

「はっ。正直に申し上げまして取るに足らない脆弱な存在としか見えません。モモンガ様やアーキタイプ様が下賜されたゴーレムや〈ゴブリン将軍の角笛〉によって、その防衛力は増しましたが村人は児戯のような弓の訓練をするに留まっています。御方の力になれるような強大な存在ではないと愚考いたします」

「なるほど……確かに、そなたの言う通りよ。数日前までただの村人であった者達に何を期待すると言うのか」

 

 ヤッベェ、なんか盛大に間違えた気がするッス、至高の御方のアーキの前で素の口調で思考してしまったルプスレギナ。それが気づかれたのかアーキから数歩離れた場所に控えるセバスとユリから厳しい視線がルプスレギナに向けられるも彼女の意識はそこには無かった。

 

 赤い、赤い瞳は全てを見通すのではないか、そんな底しれなさを強大な力を備えるナザリックのNPCやシモベたちに抱かせるアーキの赤い瞳。それに見つめられて己を保てと言う方が無理だとルプスレギナは跪き、目を瞑りながらそう考える。

 

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、アーキは木の椅子の肘掛けに、頬杖を付いてルプスレギナに視線を向けて口を開いた。

 

「村人の脆弱さ……私が思うにそなたの言うそれはレベルのそれであろう。違うと言うのなら忌憚なく述べよ。許すぞ」

「はっ! 仰る通り、村人はレベルが圧倒的に足りていないと思います。ナザリックのシモベを用いた調査ではそのレベル1ばかりであり、最も高くて2。ステータスも最低値を記録しています。そのような者達が幾ら足掻こうと無駄では——」

「ならば聞こう。村人が強靭となり、それでもなお戦う意思を持ち得ていたらどうだ?」

「! わかりました! アーキ様はこの村人をナザリックの——」

 

 捨て駒としてお使いになさるつもりなのですね。流石は至高の御方。脆弱な人間の使い方を知っていらっしゃる。

 

 そう言おうとしたルプスレギナであったがそう言うことはできなかった。彼女の体は跪いていた体勢であったと言うのに、いつの間にか土の地面に体を横にしていたからだ。そして遅れて襲ってくるのは痛み。それも、ただの痛みではない。

 

「やはり……そなたは犬よな」

 

 その声は絶対に聞き逃さない。ルプスレギナは左半身から襲ってくる強烈な痛みをこらえながら己の意思を総動員して再び傅こうとして、それを頭から押さえつけられた。もっと正確に言うのなら頭を足で踏まれている。

 

「私は言ったな。『この村を守れ』と」

「は……はいっ……! おっじゃる通りっ……!?」

 

 ルプスレギナの頭蓋にかかる痛みと力が増していく。このままでは死ぬと、ルプスレギナの生物としての本能が警鐘を鳴らすも彼女が最も恐れるのはそれではない。至高の御方に失望のまま殺されること。価値無しと烙印を押され、破棄されること。

 

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!? ヤダヤダヤダヤダヤダ!! 御方に失望されて死ぬなんて絶対ヤダ!!

 

 村人達は村の中央付近に存在する家屋から上がった大きな音に反応して、こぞって集まり、その光景を目にした。

 

 アーキタイプ本人からこの村を守るように派遣されたルプスレギナ・ベータが今にも頭を潰されそうになっていると言う光景を。

 

「村を作るのは何ぞや? 村を呼称するのに必要なのは何ぞや? 家屋があれば良いのか? 畑があれば良いのか? 家畜がおれば良いのか? 答えろ犬」

「あ……っ! あがっ……!」

 

 ルプスレギナは必死になって答えようとした。自慢の服が土で汚れても、土を舐めることになっても、呼吸が遮られようとも答えを口にしようするも頭の上からかかる力はそれを容易くねじ伏せる。メリメリと嫌な音が頭蓋から上がり、彼女の体全体を駆け回るもそれは決して緩められることはなかった。

 

「この村を作るのは、この村に住まう人々よ。それ無くして決して村たり得ぬ。私の言いたい事が分かるというのなら頭を上げよ」

 

 つまり、村人が多ければ多いほどこの村は豊かとなり力となる。人あっての村であり、村あって人ではないと言う事。

 

 その結論に至ったルプスレギナは恐怖で心が塗りつぶされそうになるも頭を必死になってあげた。

 

 そして……再び頭から足で押し潰されかける。

 

「はぐっ!? ぐ……ゲェェ!?」

「犬、貴様それを考えるのに今どれだけの時間を要したのだ? 一秒か、二秒か。少なくともここに滞在して何日よ。それだけの時間があれば考えることは容易よな」

「お”、お”っじゃるどおりでず……」

「一から十まで言わぬと分からぬとは……まさに犬よな」

 

 ルプスレギナの後頭部にかかっていた頭蓋を踏み潰すかのような力は解放されるも彼女の体全体に走る怖気は未だ止まることはない。グイと、首を捕まれ宙へと持ち上げられたルプスレギナは片手で彼女を持ち上げるアーキの赤い瞳と目があった。

 

「村を守れ。村人を守れ。瑣末なことまで報告は怠るな。この村に対する脅威が訪れた場合は即座に報告せよ。自身の判断で分からぬ場合は私に指示を仰げ。無駄なことだと内密に処理しようとするな。最後に、人の子は決して瑣末な存在ではない」

「あがっ……! がっ……はっ……!?」

「私の言葉を復唱しろ。犬」

 

 それを見ていた村人達は無理だと即座に思った。首を絞められ、持ち上げられ呼吸することさえままならないのに言葉を発しろと言う。呼吸がままならなければ思考がぼんやりとし、そのような意識では言葉を判別することさえ不可能なのではと、そう思い止めようとした。

 

「村……ご、ばぼで……!」

 

 だが赤髪の従者は呼吸が覚束なくなるのも構わず復唱する。あまりに異常な光景に村人の足は止まらざるを得なかった。

 

「ぶらびとを……まも”でっ……ざばつなごとまでおうごぐはおごだるな! ——」

 

 その時、ルプスレギナを締め上げる腕めがけて何かが飛んでくる。それに対してアーキは締め上げていたモノを落として手を体のそばへと引き戻したことでそれを回避した。差し迫ったのは長大なグレートソード。それは瞬く間にアーキの腕があった場所を通り、その先の家屋の壁に突き刺さる。

 

「何やってんだアンタ!」

 

 ガチャガチャと金属音を鳴らして近づいてくるのはモモンという冒険者だと村人は記憶していた。その冒険者達はンフィーレアという薬師の少年を護衛しにトブの大森林に入っていったと記憶していた。

 

「今、何してたか分かってるんですか!」

「無論。犬を躾けていた所……今のそなたには関係のない話であろう」

「大アリだよ馬鹿!! 一歩間違えてたら殺してたかもしれないんだぞ!!」

 

 ズガズカと近づき、その漆黒のガントレットで貴族であろうアーキタイプの腕をつかんで何をやっていたのか思い起こさせるその姿。無礼であるというのに、当の本人であるアーキタイプは何も言わなかった。

 

 ゲホゲホと喉元を抑えて荒い呼吸をするルプスレギナに駆け寄ってその背をさすりながら介抱するモモン。だが今の彼はモモンガであった。偽りの身分に身を窶すことなく、己を慕い甲斐甲斐しく世話してくれるNPC達を我が子のように想うナザリック地下大墳墓の最高支配者にしてアインズ・ウール・ゴウンのギルド長がそこにはいた。

 

 それに遅れて村に入ってきたンフィーレアや”漆黒の剣”のメンバーとモモン一行のヒョオガ、ソリュン、ナーベ。彼らもその様相に何事かと様子を見ていた。殺気を発するかのように面頬付き兜のスリットの奥から睨みつけるモモンと向かい合う無表情のアーキタイプ。張り詰めるその空気は村全体に波及していく。それはモモンが服従させた”森の賢王”という魔獣さえも震え上がらせるほどの迫力。

 

「い、いいんですモモンッ——モモンさん! 私が馬鹿だったからお嬢様に迷惑を……ゴホゴホっ!」

「!? ルプスレギナ! 大丈夫か? 何か異常があるなら——」

「だ、大丈夫ッス! 大丈夫……大丈夫ですから……! どうか——おやめください」

 

 至高の御方が剣を交わらせるなど、それはナザリックのNPCやシモベからすれば絶対に防がねばならない最悪の未来。それが己のような矮小な存在によって引き起こされてはあってはならないと、ルプスレギナは必死になって笑顔を浮かべてモモンに向けた。

 

 己は大丈夫だと、そう伝える為に。

 

 その笑顔を見て星の意思(『アーキ』)と混じり合っていたアーキの意識が急速に浮上して表面化する。己が一体何をしたのか、それを記憶から、無理矢理に笑うルプスレギナの痛々しい笑顔から悟った。

 

「あっ……ぁぁああ……」

 

 狼狽えるように後ずさり、左手で顔を覆って右手をルプスレギナに恐る恐る伸ばして、引っ込めるという動作を繰り返して、アーキはその場から姿を消してしまった。

 

「!? アーキさん! くそっ! 俺は探してくる! ルプスレギナ、お前は傷の治療に専念しておけ!」

 








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