朱い月の夜に星の女王は踊る   作:くるりくる
<< 前の話 次の話 >>

36 / 42
貴くあるために

 

 次の彼女達が見たのは古ぼけた木材建築が立ち並ぶ村であった。先ほどまで石畳が敷き詰められ、煉瓦造りの家屋が立ち並ぶ人々の活気で満ち溢れたバハルス帝国の帝都・アーウィンタールに居たというのに草原や土の地面、村から少し離れたところには青々と茂る森の木々が見えた為、ジャイムスや使用人達は驚きのあまり目を白黒している。

 

 クーデリカとウレイリカは初めて見る村の景色に興味津々でありながらも、やはり未知の景色に恐れが優ったのかアーキの体にしがみついている。妹達が別の誰かに懐くというのはアルシェにとって面白いものではなかった。二度目の転移に未だ慣れないながらも、そういうものだと諦めたアルシェは双子の妹に近寄ってその頭を優しく撫でる。

 

「「アルシェおねえさま、ここはどこ?」」

「ここは……カルネ村っていう場所だよ。今日からここで私達は暮らすの」

「おとうさまはどこ?」

「おかあさまは一緒じゃないの?」

「それは——あの人達は、もうお父様とお母様じゃないの」

「「どういうことー?」」

 

 アルシェは双子の妹達にどのように説明すればいいのか、言葉を持ち得ていなかった。元々、弁が拙く、言葉数の少ないアルシェ。その上で金の為に売られたなどと妹達には口が裂けても言える訳がない。無垢な瞳に疑問を浮かべ、示し合わせたように右に小首を傾げたその二人の姿は可愛らしいが、反面アルシェには酷く痛々しく見えた。

 

 アルシェは二人の妹のそばまで近づきしゃがみ込むと、その小さな体を抱き寄せて自身の腕の中に招き入れる。この事態に悲しんでいるのはアルシェ自身なのかもしれないと、彼女は考え込む。なまじ考えれる頭がある分、親に捨てられたという実感は湧いて出てくる。それはとめどなく溢れでてきて、それは涙となって形となった。

 

「アルシェおねえさま泣いてるの?」

「どこかいたいの?」

「うん……そう、かもね」

 

 アルシェは腕の中にある小さな温もりをぎゅっと抱きしめた。もう離さないと、決してこの温もりを離さないと、今日、ここに誓いを立てる。

 

「私が、幸せにするからね……っ! クーデリカ、ウレイリカ……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルプスレギナ・ベータ。御身の前に」

 

 アルシェが静かに涙を流している間、アーキはその光景を見ていたが自分に近寄ってきた気配に向けて体を向ける。その赤毛の女はアーキの数歩前で跪くと共に心臓があるであろう左胸に右手を添えて跪き臣下の礼を取った。

 

「新たに住人を迎え入れる準備を整えよ。彼らは殆ど一般人、過度な量の仕事は割り振るな」

「かしこまりました。直ぐに村長の方に話を通しておきます。御身は如何なさいますか?」

「今暫くこの村に留まろう。あちらにはそなたから連絡を入れておけ」

「かしこまりました。それでは、失礼します」

 

 跪きながら深々と礼をするルプスレギナは即座に行動を開始する。ルプスレギナが直ぐに取るべきは至高の42人であるアーキの身の安全。彼女は〈伝言(メッセージ)〉の魔法を発動させてナザリックにいるであろう現在の最高責任者である守護者統括のアルベドに連絡を取った。暫く、虚空の中を糸がさまようような形容し難い感覚がルプスレギナの脳内に漂うもそれはほんの数秒で、糸がつながった感覚と共にルプスレギナの脳内に聞き心地の良い声が響く。

 

『どうしたのルプスレギナ? カルネ村で何かあったの?』

『はい。アーキ様が訪れています』

『アーキ様が!? アーキ様はエ・ランテルに居られたのではなかったの! 護衛は要るかしら!?」

 

 聞き心地の良い声。それはアーキという名前が出ることで非常に耳に痛い甲高いような声に変わった。脳内で響くそれにルプスレギナは顔を顰めるも伝えるべきことを伝える為に平静を保ってアルベドに必要事項を伝えていく。

 

『その事で至急お伝えしたい事があります。アーキ様はカルネ村に暫く留まるとのこと。アーキ様がナザリックに連絡せよとのことでしたのでアルベド様に連絡をしたという訳です』

『そ、そう……ごめんなさい。少し冷静さを欠いていたわ』

『私見ですが、しょうがない事かと思います。至高の御身に関する事であればナザリックのNPC・シモベは最優先して行動するものですから』

『そうね。それ以上に重要なことはないわ。それで……アーキ様はどのような用件でカルネ村に留まるのか仰られていたかしら?』

 

 アルベドの言葉に頷くルプスレギナ。彼女はアルベドと話しながらその意識の大半をアーキの所在に気を配っていた。この場はナザリック地下大墳墓という防衛地点と比べる事ががおこがましい。村の周辺を二重に囲った木の柵で覆っているとはいえ、この程度の柵はルプスレギナ程度が強打するだけで壊れる程度の物。そんな物とナザリックを比べるなど、それは至高の御方に失礼に当たるとルプスレギナは二つを比べることをやめた。だが考えることをやめたわけではない。

 

『セバス様とユリ姉がいるとはいえ、御身を守るには……護衛の増加の有無を確認しておきますか?』

『そうね。確認して頂戴……とは言っても御身の御力を考えれば我々の護衛など取るに足らないものでしょうけど……非常事態にアーキ様を守れないなど考えたくもないわ』

『わかりました。一度〈伝言〉を切りますが、確認が取れた後にはもう一度連絡いたします』

『分かったわルプスレギナ……それと、人間に対して杜撰に対応してはダメよ? それがアーキ様を刺激する事になるのだから、細心の注意を払って頂戴。いいわね?』

『はい、分かりました。それでは、失礼します』

 

 プツンと、糸が切れる感覚がルプスレギナに伝わってくる。その場で軽く一礼したルプスレギナは足早に移動して村長の元へと向かっていく。カルネ村の村長は村の男達と畑仕事の真っ最中であり、そこに近づいてくるルプスレギナを見て何事かと彼も歩み寄ってきた。

 

 至高の42人の内のアーキに手ずから村の窮地を救われたというのに、その来訪に気づかないとは何事かとかすかな怒りが湧き上がってくるもルプスレギナはそれを潜めてアーキが来訪したことを告げる。そして新たに住人が増えるということも伝えると彼は驚くと同時に喜びと不安を露わにした。

 

 黙って頷いときゃいいのに、とルプスレギナは考えこむ村長に呆れるような感情を抱くも、彼女の冷静な部分が村長の抱く懸念という物を考察していく。恐らく、村長はその新たな住人たちが使えるのかどうかと。つい先日起きた帝国騎士に扮したスレイン法国の部隊による襲撃によって多くの男手を失い生産力の減った村に住人が増えるとして、それらが働けなければ話にならない。アーキによる援助が続いているとはいえ、それもいつまで続くのかと、そう言った先行きの見えない不安があるのだろうとルプスレギナは考えた。

 

 とにかく、その詳細を伝えたルプスレギナは村長の前から立ち去ってアーキの元へと急ぎ足で移動する。この間にアーキに何かあればルプスレギナは後悔しても仕切れない。そして急ぎ足で移動した先で見たのはアーキの側に立つ一人の村娘の姿。その村娘はルプスレギナがこの村で唯一認めれる少女であった。

 

「アーキタイプ様、至急お聞きしたい事があります」

「ふむ、すまないなエンリよ。少し話さねばならぬ事がある」

「あ、大丈夫ですよ女神様、ルプスレギナさんもお仕事邪魔してごめんなさい」

 

 ぺこりと頭を下げるその少女の礼には足りないものが多々あるが、そこに込められている想いには目を見張るものがあるとルプスレギナは思っている。この少女、エンリ・エモットのアーキに対する崇拝の念を見ればナザリックの人間を軽視・蔑視する傾向のあるNPCやシモベの態度も少しは改まるのでは、そう思ったルプスレギナであったがルプスレギナに向けられる赤い瞳に身を震わせて、その場に再び跪いた。

 

「アーキタイプ様、お話し中申し訳ありません」

「よい、夢見の魔が護衛はどうかと、そう言っておったのだろう?」

「はい、その通りにございます。如何なさいますか?」

「いらぬ。もう護衛は十分に居るであろう? これ以上私に窮屈な思いをさせてくれるな」

「申し訳ありません。我々の至らなさをお許しください」

「許そう。では夢見の魔に伝えよ。護衛はいらぬと、それよりモモンガに大事がないか見ておくが良い。モモンガは離れた場所に居るのだからな」

「では、あちらにそのように伝えておきます」

 

 下がったルプスレギナはアーキを視界に収める事ができる少し離れた場所で〈伝言〉でアルベドに連絡をとっていた中、再び近づいてきたエンリにアーキは微笑みかける。その柔らかく、美しい微笑みを向けられたエンリは頬を赤色に染めながらもアーキに近づきその前に立った。

 

「エンリ、この村に彼らが新たに住まうことになる。そなたの妹はこの双子の姉妹と同じような年頃であろう? 良くしてやってはくれんか?」

「はい! ネムも同年代の子が増えれば嬉しがると思います。あ、呼んできましょうか?」

「後で良い。では……クーデリカ、ウレイリカ。彼女はエンリ・エモットと言う。挨拶は?」

 

 アーキの手招きに恐る恐ると言った感じで近づいてくるもエンリという見知らぬ人間を前に萎縮したのか、アーキの青のスカートを掴んでその影に隠れてしまった。だがひょっこりと顔を出して意を決したように自己の名前を告げる。甘ったるく高い声はまだ幼子であるが故。

 

「クーデリカ・イーブ・リイル・フルトです……」

「ウレイリカ・イーブ・リイル・フルトです……」

「!? ……そっか、私はエンリ・エモットって言うの。エンリでいいからね、クーデリカちゃん、ウレイリカちゃん」

「「うん! アルシェおねえさまもあいさつは?」」

 

 優しく微笑んだエンリ。彼女とて四つの名前で構成される存在がどう言った存在なのか知らないわけではなかった。それでも彼女は優しく微笑んで双子に笑いかける。その優しい笑顔は双子の警戒心を解いたのか、未だアーキの背に姿を隠しながらも歯切れの良い返事を返す。そして姉であるアルシェにも自己紹介するように勧めた。それは彼女達が受けてきた貴族の礼儀というものだが、アルシェは逡巡する。果たして土地も家もない、貴族でもなんでもない自分が名乗っても良いものなのかと。それ以上にその名前に未練がなかったと言っても良い。

 

「アルシェ、待ってくれてるぜ?」

「そうよ、名乗らないのは失礼よ」

「気にしないでいいじゃないですか。貴女が名乗りたい名前を名乗ればいいんですよ」

 

 そんな彼女の背を押すようにヘッケランが朗らかな声をかけてくる。アルシェの側に近寄ってその肩に手を置いたイミーナは優しく慈しみの籠った声をアルシェへと投げかけた。ロバーデイクは肩を竦めて、アルシェのやりたい通りにすれば良いと口にする。

 

「アルシェお嬢様」

「ジャイムスさん……私は、もう貴族じゃないし、仕えるフルト家の娘じゃないよ?」

「いえ、アルシェお嬢様は決して私ども使用人の事も見捨てる事はしませんでした。それがどれほど嬉しかったことか……ですので私めジャイムスは何時迄もアルシェお嬢様を支えるつもりにございます。貴女こそが、真に貴族の器であると信じております」

 

 ジャイムスはそう言ってアルシェへと深いお辞儀をした。それに同意するかのようにフルト家に今まで残って支えていた2人の男性使用人と3人のメイドは深々と礼をする。

 

「アルシェ、そなたが真に望むならその家名の再興……いや、もはや何も言うまい。それはそなた自身が成し遂げよ」

 

 アーキはアルシェに手を貸さないと口にする。それは彼女の意思と決意を尊重すると言う言葉であり、それに伴う責任を彼女に確認させるものであった。だからこそ彼女の覚悟は決まった。

 

 今までの出会いに感謝と、新たな旅立ちに向けて自身の決意を固めるために。微笑むエンリに向かってアルシェは自分の名前を口にする。

 

「エンリさん。私の名前はアルシェ・イーブ・リイル・フルトです」

「はい! よろしくお願いしますアルシェさん!」

 

 








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。