朱い月の夜に星の女王は踊る   作:くるりくる
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水面下

「ではじい、その女は確かに法国の裏切り者なのだな?」

「はい閣下……恐らくスレイン法国の六色聖典の内の漆黒聖典の裏切り者と思しき女が。法国にその者の詳細について伝えたところ確かに裏切り者とその女の特徴と一致しました」

 

 黒々とした本革の大きく長いソファーに座る金髪の青年が離れた席に座るフールーダ・パラダインに話しかける。その金髪の青年の切れ長の瞳はアメジストの宝石のよう、それでいて青年の容姿も相まって眉目秀麗と言う言葉が相応しい青年であった。

 

 だが彼には絶対の支配者という言葉が似合うほどに圧倒的な覇気が身に纏われている。その覇気は誰もがひれ伏してしまうのではないか、そう言った破格の支配者としての器がその青年には生まれながらにして備わっていた。全てにおいて、他の兄弟と差をつけて、兄を差し置いて第一継承権を手にしたバハルス帝国の現皇帝である彼の名前はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。

 

「全く……法国にも困ったものだな。そのような裏切り者、早急に対処すれば良いものを。おかげでこちらが被害を被った……じい、肩の傷はどうだ?」

「閣下に見繕ってもらった神官によって治療してもらいましたのでご覧の通りでございます」

「そうか……じいに倒れられるのは非常にマズイ。体は大事にしろよ?」

「大変ありがたい言葉ですが、まだまだ若い者には負けませんぞ?」

「ははっ! それは頼もしいな」

 

 そう言って笑うジルクニフだが、彼は猛禽類のように鋭い視線を伴ってフールーダに向けて視線を向ける。それは三重魔法詠唱者の名前を冠し、近辺国を恐れさせるフールーダであっても冷や汗が浮き出てくる程鋭いものであった。そしてこの皇帝の執務室を警護する近衛兵であっても背筋が震えるほどだ。厳しい訓練を積んできた帝国が誇る騎士の中でも更に選りすぐりの者が震えるほどの覇気。それはジルクニフが全神経を集中させて考えるべき問題だと判断した為である。

 

「じい、本当にその”アーキタイプ”という女に心当たりは無いのだな?」

「はい……これが全くと言って良いほどなのです。あの時は興奮しておりましたので、あまり姿は憶えておりませんでしたがそれでも閣下に似る王の気配を持ち得ていたと、記憶しております」

「……そんな女が今まで無名だと……あり得るのか……? 魔法による探知はどうだった?」

「それが……不可能でした。調べてみるとその都度全く違う場所が映されまして……法国の裏切り者の女を調べました所これも無意味に終わってしまいました」

 

 フールーダは肩を落としながらもその目に諦めきれないくらい欲望を灯しているのをジルクニフは見抜いていた。だがここで指摘することはなく、フールーダに向けて己の考えを告げる。ありえないと、彼自身も思いながらも。

 

「つまり、その”アーキタイプ”という女は帝国主席魔導師であるフールーダ・パラダインの魔法をはねのける力量を持っている魔法詠唱者、そう考えて相違無いな?」

「えぇ! あの時、大音量の音と共に感じれた莫大な魔力! それは第六位階というところに収まる物ではありません! そしてそれは! ただ込められた魔力に応じて発する音が大きくなるマジックアイテムとも呼べないハンドベルに込められていた物! それだけの——」

 

 先ほどの賢者然とした態度は鳴りを潜め、もはや隠すことをしなくなった欲望をその瞳に宿してまくし立てるフールーダ。それは彼の無礼を大抵の事なら許せるジルクニフとしても決して容認できないものであった。

 

「静かにしろフールーダ!」

「!? も、申し訳ありません閣下……興奮してしまい、取り乱してしまいました……っ」

「取り乱すというレベルでは無かったがな……そうだな、厄介だが……その女、こちら側に招き入れることも考えておくべきだろうな」

 

 その言葉にフールーダは強い歓喜を瞳に見出した。そういう風に誘導したとはいえジルクニフも制御できるというのなら、その”アーキタイプ”なる女を迎え入れたいというのが本音である。

 

 フールーダ・パラダイン。

 その人生を魔法の探求に注いでいる生ける伝説。だが彼は長年踏みとどまっていた。それは彼を教え導く存在がいない為、それゆえの一寸先の未知を進むのをためらう所業。自分の才能が有限だと知っているフールーダは闇雲に才能を消費することで魔導の深淵が覗けなくなることに強い恐怖を抱いている。禁忌に手を染めて延命までしているというのに、全てが無に帰すなど彼には耐え難かった。

 

 だからこそ彼は、魔導の深淵を覗く為なら全てを捨てることができる、そんな妄念でもあった。

 

 ジルクニフは一枚の羊皮紙を手にとってそれをヒラヒラと振ってフールーダに見せびらかす。そして己の計算に間違いは無いと、そう言った絶対者特有の自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。

 

「王国の国境沿いの街エ・ランテルに同じような名前の女がいると報告がある。アーキタイプ・ブリュンスタッド、突如現れた大金持ちだ。そいつに使者を送って真偽を確かめようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かを通り過ぎて静寂の空気。静謐にして荘厳な薄暗い空間。石造りの一室の窓際のステンドグラスがはめ込まれており、それらには六つの何かが描かれている。言葉に無理やり当てはめるならそれらは火、水、風、土、そして光と闇である。闇以外のそれらを手にした5人が手を携えている中、その5人の中心には闇があった。見れば感嘆のため息が出るような芸術品として優れた意匠のステンドグラスに日の光が差し込み薄暗い室内を照らす中、誰かがおもむろに口を開いた。

 

「それでは……占星千里の占いには何と?」

 

 その部屋には6人が六角の机の辺に対応するように座っている。それらは六つの異なった色合いに服装に身を包み、己の所属を明確に告げている。だが薄暗い空間のためにその顔は判別が難しい。ただわかることはその顔に深い皺を刻んでいることだけ。

 

 しわがれているもその厳かな声は聞く者が自然と背を正してしまうような、そんな圧力が込められている。その厳かかつ感情の込められていない平坦な声は、その部屋に響き続けて誰かが口を開いた。

 

破滅の竜王(カタフストロノフ・ドラゴンロード)の復活の預言が提唱されている。これは最早確実であろう」

「では、フールーダ・パラダインからの連絡で伝えられた”アーキタイプ”と言う名前に心当たりがある者はいるか?」

「いや、聞いたことはない。何者だ其奴は?」

「何でも漆黒聖典元第九席次を連れているとか……聞いたこともない」

「風花聖典からの報告ではエ・ランテルに似たような貴族の女が居るようだが……同一人物か?」

 

 様々な意見が口にされて行く中、ただ机に肘をつき手を組んでいる一人が沈黙を保っていた。彼の傍らには一人の人影が。その容姿は女なのか男なのかわかりにくい中性的なもの。それに拍車をかけるように真っ黒で長い髪が下されている。

 

「その名前、聞いたことがある」

「ほう? それは一体どのような存在だ?」

 

 沈黙を保っていた一人が突如として口を開く。それに反応するように五人の視線を向けられるもその一人はしばらくの間口を開かなかったが、五人は気づく。その一人の体が震えていることに。

 

「その女が、”アーキタイプ”こそが破滅の竜王(カタフストロノフ・ドラゴンロード)だ」

「何と!」

「それは誠か?」

「情報の出所はどこだ? 占星千里の預言はそこまで正確なのか?」

「いや……スルシャーナ様が残されている文献に残された物に”アーキタイプ”、と言うものに関しての物があった」

 

 スルシャーナ、その言葉が出た瞬間その一室の空気は非常に緊迫したものになった。誰もが固唾を飲み、それを口にした存在からの言葉の続きを待つ。そして再び黙り込んでいたその人影であったが意を決したように口を開く。それは彼ら、漆黒聖典神官長とスレイン法国最高神官長にだけ代々伝えられる神からの預言であった。

 

「アーキタイプ、アルテミット・ワン……それは星の意思の代弁者。受肉した星の意思そのもの……スルシャーナ様はそう仰られたそうだ」

「……それで……?」

「それだけだ。ただ、その力は想像を絶する域にあると、六大神様全員で掛かっても勝てぬと言われたと伝えられている……その厄災を避けるためにはかの二つの聖遺物以外にあり得ないと」

「それほどまでなのか……?」

「信じられん……六大神様が全員で掛かっても……」

「それでは番外席次”絶死絶命”の眼があってもか?」

「それは……分からん。ただ、相手はどうしようもない大災害だとしか言えんと言う事だ。儂、漆黒聖典神官長は今回の事態において、番外席次の出動も視野に入れている」

「元第九席次を手中に収めるその力……最早、白銀の竜王がどうのと言ってはおられんと言うことか……」

 

 そして沈黙だけが流れていた。そこには痛々しく寒々とした静けさだけで満ちていた。

 

 彼らは来るべき大災害”破滅の竜王”への対策を常に怠ることは無かったが、それでも相手が途轍もない相手ということを過去に人間という種を救った神からの言葉で理解してしまった。

 

 しばらくの沈黙が続いた。そして意を決したように一人が口を開く。

 

「火滅聖典神官長、異存なし」

 

 それに続くように他のもの達も口を開いた。

 

「風花聖典神官長、異存なし」

「水明聖典神官長、異存なし」

「地影聖典神官長、異存なし」

「陽光聖典神官長、異存なし」

「……漆黒聖典神官長、同じく異存なし。では漆黒聖典隊長……漆黒聖典全員、絶死絶命と傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)を纏ったカイレ様を伴って破滅の竜王(アーキタイプ・ブリュンスタッド)を無力化せよ」

「は! 了解致しました。必ずやご期待に添うように尽力させていただきます!」

 

 








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