亜種特異点 架空氷丘幻想 アイスエイジに関する記録 作:天城黒猫
突然、次々と衝撃的なことを知らされたためか、私の精神に少しばかり疲れが感じ取られたため、船の甲板に出て風にあたることにした。甲板に出るための扉を開いた瞬間、冷たい風が私の体を撫で、それが私には気持ちよく思えた。私は船の甲板に出ると、船の先端に移動した。このシンドバッドの宝具である船に乗っている者は、私たち3人しかいないものの、神秘やら魔術やらの力によって、シンドバッドが望む通りにこの船は動くのであった。例えば、現在も風向きが変わったため、帆の向きが自動的に変化したり、船の舵も自動的に回転したりしている。その上、ここは海などではなく、氷の大地であり、決して船が移動できるはずもないのだが、この船は地面すれすれを浮かぶようにして、実際の海と同じように移動していた。
この特異点に、私が召喚されてからほんの数日しか経っていないが、その間にこうした魔術のような力にはそれなりに触れてきたものの、やはりどこか慣れない部分があった。というのも、私の生前はこうしたものとは無縁だったからだ。それに、このような物理法則や常識を無視したような、摩訶不思議なものが犯罪に使われてしまうと、いくら君でも推理をしたり、証拠を集めたりするのは難しいのではないだろうか? それとも、私が知らないだけで、私の知りえぬところで君はこうしたものにかかわっていたのだろうか? どちらにせよ、このようなものがあっては、探偵を行うことは難しくなってしまうのではないだろうか。だが、なぜだろうか。君ならばたとえ魔術といったものを知らなくても、魔術を使って行われた犯罪でも、その叡智で解決へと導いてしまうような気がしてならない。
ともかく、私はこうした神秘にはいまだに不慣れであり、戸惑うようなことも多い。ところで、先ほどから私の直感とでも言ったほうが良いのだろうか、どことなく私の体には冷たい感覚が走っている。この船が前に進めば進むほど、私の体を襲うその冷たさは、より鋭くなって私の精神を突き刺してゆくのだった。恐らく、これはこの先には嫌なことがあるのではないのか、という漠然とした不安を感じ取っているのではないのだろうか。君は、こうした直感についてはどう言っていただろうか。探偵業において、こうした直感は大切にすべきか、あるいは必要のないものなのか、どちらだっただろうか。おお、許してくれないだろうか、ホームズ! 今の私は、君の言葉すらも忘れてしまうほどに、怯えているのだ。けれども、決して臆病者とは思わないでくれたまえ。確かに私は怯えてはいるものの、決して逃げ出そうとかは考えていないのだ。それどころか、この先待ち構えているであろう、恐ろしい出来事に真正面から対峙してみせようという、英国紳士としての勇敢さを発揮しているのだから。
「帆を畳め!」という、シンドバッドの叫び声が聞こえてきた。「巻きかたはじめ!」
彼の言葉とともに、船の帆やそれを支えるロープが自動的に動き、素早く帆を畳んでいった。シンドバッドはいつの間にか、船のマストの上に立っていた。彼は正面を見ながら言った。
「クハハハハ! そろそろ到着だするぞ。貴様も準備をしておけ。覚悟をしておけ。どうやら、中々に厄介なことになっていそうだ。風も、どこかおぞましい気配を発している。魔神柱よ、貴様の目的はなんだ? よりにもよって、
船は帆を畳んだことによって、その速度を落とし、今までの慣性のみで進んでいた。船の速度が遅くなるにつれて、私の精神的な不安は強くなっていった。私は思わずシンドバッドに問いかけた。
「シンドバッドさん、あなたはこの先に何があるのかを知っているのですか?」
「ああ、知っているとも!」とシンドバッドは答えた。「あの先には、氷海のアーチャーの一部が存在する。これは確かなことだ。だが、風が妙だ。いやに不吉な気配を発している。くれぐれも用心することだ。あそこを見ろ、分かるか? 氷の裂け目があるだろう。あの下から、気配がする。この船だと裂け目が小さいから、入ることはできん。故に、ある程度近づいたら船から降りて、中に入るとしよう」
船は動きを止め、シンドバッドの「碇おろせ!」の命令によって錨が下ろされ、同時に我々が地面に降りるためのロープも垂らされた。我々はロープを使って氷の大地に再び降り立った。氷の裂け目は、人間が一人か二人が同時に入るのがやっとといったほどの大きさであり、中も同じような状況であった。確かにこの船が裂け目の中にはいるのは不可能のようであった。シンドバットを先頭にし、次に私、そして最後にキャスターといった順番で裂け目の中に入っていった。裂け目の中は洞窟のようになっており、緩やかな坂道を描き、地下に向かっていた。
洞窟の奥からは、我々を拒むかのように、冷たい風が吹いていた。しばらく進むと、今まで坑道のように狭かった道とは違い、かなり開けた場所へとたどり着いた。そこは、我々が入ってきた場所からわずかに漏れる光が、氷によって反射され、明るい部屋となっており、シンドバッドの船が丸ごと一つ入りそうなほどの広さであった。また、この部屋の出入口は我々が今まで通ってきた道以外になかったため、ここが行き止まりであるということが察せられた。
「おやおや、客人ですか」という声が部屋の中に響いた。その声は、老人の声であったものの、妙な生気が感じられた。
「
その人物は、老人であった。髪は真っ白に染まっており、顔や手にも皺が刻まれていた。彼は地面に座り込み、今にも消えそうなありさまであったが、どこか若々しい気配を発していた。キャスターは言った。
「アーチャー。我々は貴方に協力をしてほしいのです。実のところ、私は貴方が、魔神柱と白い怪物との戦いに割り込み、彼らの戦いを終わらせたのを見ていました。どうか、この特異点を修復するために、貴方の力をお貸しください」
「なるほど」とアーチャーは頷いた。「あの戦いを見ておりましたか。いやはや、恥ずかしい限りですの。
「そうですか、それは残念です」とキャスターはため息を吐いた。
シンドバッドは、先ほどからこの部屋に入るなり、あたりを見回したり、耳をすませたりと落ち着かない様子であった。私も同じように、この部屋に入ると同時に、これまでに感じていたあの精神を削る冷たい刃が、より鋭く、冷たくなり、私の精神をより激しく攻撃しにきているような感覚だった。そのため、キャスターとアーチャーとの会話にも、私は入ろうにも入ることができなかった。それどころか、少しでも口を開いたりして、気を緩めようものならば、一瞬で私は気を失ってしまいそうであった。
私が瞬きをしたその瞬間、この部屋の出入口から凄まじいほどの風が吹き荒れた。私はあまりの強風に目を閉じ、風が止むまで目を開けることは叶わなかった。目を開くと、巨大な眼球があった。その眼球は、この地球上に存在する、どの生物も持ち合わせていない形をしており、どこかおぞましい気配を発していた。その眼球の声であろうか、言葉が我々の脳内に直接鳴り響いた。
「発見──我に仇なす者よ。我の願いを妨害する者よ。降伏せよ。服従せよ。それが最も賢しい選択である」
「クハハハハ! 現れたか!」とシンドバッドは叫んだ。「クハハハハ! 今更になって、ようやくご登場か! この特異点を創りし魔神よ!」
「シンドバッド。悪逆の船乗り。シンドバッド。我の僕であることを否定する者。選択せよ。選択せよ。生か。苦痛か。絶望か。死か?」
「フン、何を言うと思ったらそんなことか? 愚問! 実に愚かな問いかけだ! 貴様が死ね。跡形もなく、消滅するがいい!」
「選択したか。選択したか。シンドバッド。シンドバッド。生きるに価せず。生かすに価せず。死ね。死ね。死ぬがいい」
「フン、貴様ごときにオレの生死を決められてたまるか! そら、キャスター、ワトソン、アーチャーもだ。貴様らは下がっていろ。どうせ戦うことは不可能なのだろう? ならば、こいつはオレが相手をするとしよう」
シンドバッドの言葉を皮切りに、その眼球との戦いが始まった。眼球は赤々とした光を放ったり、何もない空間から漆黒の、おぞましい形状をした鞭を放ったりして、シンドバッドに攻撃をした。しかし、彼はそうした攻撃のことごとくを回避したり、跳ね返したりしていた。この一瞬のうちに、いくつもの攻防が行われ、この氷の洞窟、部屋の内部は激しく振動した。眼球が何か動きを見せるたびに、おぞましい軋みの音が発され、私の精神をひどく削っていった。状況を見ると、眼球は次々と攻撃を繰り出し、それをシンドバッドが跳ね返すのみであり、シンドバッドは攻撃を行うような様子は見られなかった。
「ふうむ」とアーチャーは言った。「まずいのう。あの彼、何と言ったか? シンドバッド? ほう、ありがとうの。黒眼鏡の小僧。このままでは、シンドバッドはいずれ敗北するぞ。攻めあぐねておるの。あの目ン玉の攻撃一つ一つに、強力な呪いがかけられておる。ひとたびまともに攻撃を受ければ、即死亡。それぐらいに強力な呪いですの。ふうむ、しかし、触れてはならないものを掻い潜り、攻撃の機会を伺おうにも、そのような隙はないようですの。……ううむ、よろしいですの。ここは
と彼が言うと、彼の手元には木製の、東洋で言う琴のような弦楽器が現れた。私はこの楽器の正体について考えているうちに、君の書棚にこの楽器についての記述があったのを思い出した。カンテレといっただろうか。アーチャーは弦を軽く引っ掻いてみせた。すると、君のバイオリンにも負けないほどの、美しい音色が発された。老人は頷くと言った。
「今や、戦う力のない
今や魔力も、宝具も存分に発揮することはできませんが、それでも音楽の力は侮れませんの。勇ましい曲を奏でれば、聞く人は高揚し、勇敢になる。悲しい曲を聞けば、悲しみ、涙を流す。感情を操り、状況を操る。それが音楽という、ヒトのみが持つ唯一無二の魔法。それが詩というヒトの祈り。さあ、始めるとしましょうかの。あの目ン玉には意思などない。故に、音楽の力を受け付けるのは、ヒトのみ。シンドバッドを音楽で応援するとしましょうかの。とくとご拝聴くだされ。
氷海のアーチャーは音楽を奏で始めた。その音色はまさしく天上の調べであり、その歌声は天使の囁きといっても大げさではないぐらいに、美しいものであった。その音色を聞いたシンドバッドは、叫んだ。
「クハハハハハハハハ! クハハハハハハ! これは! すさまじいな! エデの歌声を思い出す! 気分が高揚する! 力が湧き上がってくる! よろしい! これが貴様の力か! アーチャー! その演奏、まさしく神域の御業! 魔力も、宝具も、神秘もなにもない。ただの楽器、ただの演奏、ただの歌のみでこれだ! ああ、実に素晴らしい! このようなものを聞かされては、オレも張り切るしかないな! さあ、終わらせるとしよう!」
それからは、ほぼ一方的な戦いといってもよかった。シンドバッドは、眼球の攻撃をものともせず、今までにないほどの、すさまじい速度で動いたと思ったら、これまたすさまじい怪力を発揮し、眼球を壁に叩きつけた。シンドバッドの一方的な攻撃に、眼球はなすすべもない様子で、あっという間に消滅した。その際、眼球は次のような言葉を残していった。
「おお、おお。認めぬ。認めぬ。我ら■■■。たとえ分霊といえども、敗れるなど。理解不可能。理解不可能。なぜ、なぜ、我は敗北する? 敗北した? 理解不可能。あの時もそうだった──」
この言葉に、私は背筋に冷たいものが走った。分霊と彼は言ったのだ。だとすれば、魔神柱の本体はどれだけの力を持っているのだろうか。分霊である、この眼球だけでも、シンドバッド一人では苦戦するほどの力を持っていたのだ。この先、更に強力な敵が控えているということを考えると、私の背筋は非常に冷たくなっていった。
何かが落下するような音が聞こえ、その音を合図に私の意識は覚醒し、先ほどまで考えていた不安は吹き飛んでしまった。なぜならば、アーチャーはカンテレを落とし、その体を横にしていたからだ。彼の額にはいくつもの汗が流れ、口元は空気が抜けるときの風船のような音を発していた。私は医者としての知識から、彼が危篤状態にあることを察した。私は彼に駆け寄り、言った。
「大丈夫ですか! 意識はありますか?」
「おお、おお、問題ありませんの」とアーチャーは答えた。しかし、その声は非常に弱弱しいものであった。「元りょり、消滅寸前の体だったのです。この程度は十分に想定内ですの。それよりも、非常に重要な事がある……それを伝えなければなりませんの……此処にいる、人理の味方たち。しかと聞いてくれませんかの……
次回は今月中に投稿します。予告は当てにせず、待っていただけたら嬉しいです。
氷海のアーチャーは、本来のスペックなら「もうコイツ一人でいいんじゃね?」となるぐらいには強いです。
……感想欲しい。モチベーションになるので……長文だとなおさら嬉しいです。(感想乞食)