の予定だった。
我輩はネコである。
我輩はネコである。顔とか。
どこで生まれたかは、見当がついているが意味はない。
シャレのつもりであったのか。薄暗い路地に、ダンボールに入れて捨てられたことは、いまだにつらい記憶である。
うむ。少し訂正しよう。
我輩は捨てネコであった。名前はわからない。
ネコとは言ったが、顔がネコそのもので、あとは体毛があるくらいの。いわゆる異形系個性持ちである。
そう。個性。
この世には個性なる、なにやら不可思議な、よくわからない力があるのだ。
個性なるものは、時に炎や氷、雷を起こし、空を飛び、壁をすり抜け、人や獣や道具を操り、傷を癒す。実に変化に富んだ、どう考えても尋常ではないシロモノだ。
その中で我輩のお仲間であるところの、異形系という種類の個性持ちたちがいる。
文字通り、形が異なる。なんらかの動物やら虫やらの特徴を持って生まれた者たちである。
我輩が言うのもなんだが、少し人から外れた気がしてならない。
そのせいであろうか。両親のいずれか、あるいは両方がネコが嫌いだったらしく、そのせいで捨てられてしまった我輩のように、少し、人生がきびしい時がある。
我輩も普通ならば、多くの捨てネコと運命と同じくしておっただろう。
誰かに拾われるなりしなければ。何日か後にそのままダンボールの中で、ミーミー鳴きながら力尽きて、冷たくなっておったように思う。
しかし、そうはならなかった。
我輩には知識があったのだ。口に出して言うのは、気恥ずかしさをおぼえるのだが。
うむ。その、前世の、その、記憶とだ。うむ。あれだ。原作知識というやつだ。
つまりは「僕のヒーローアカデミア」の知識である。
いわゆる二次創作の転生者であるな。
どうしてこうなったのか、なっているのかはトンと見当がつかぬ。ただ平凡な日本人として生きて、死んだことは覚えている。
そして西洋の人間が心底困った時などに、聖書やオペラの言葉を指針にするように、その記憶が日本人としてアニメやゲームの言葉を思い浮かばせた。
「あんたがワケわかんなくたって現実は変わらない」
「理由も分からずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由も分からずに生きていくのが、我々生き物のさだめだ」
片方は小説だった。しかも重かった。そしてまだ出てきた。
「ないもんねだりしてるほどヒマじゃねえ。あるもんで最強の闘い方探ってくんだよ 一生な」
思い出してみれば、確かにその通りではあると納得した。で、あるならばまずは手持ちの札を確認せずばなるまい。
そう精神的に立ち上がった我輩であったが、さすがにステータス画面が目の前に立ち上がるわけでもなし。自分の個性についても、おそらくはネコっぽいことができるのではないかという、漠然としたものしかなかった。
個性のおかげか、成長は早かったようだが。それも少しは歩き回れる。それくらいが、せいぜいである。
食料はない。衣類は身に付けている。ダンボールの中にはタオルすらしいていない。
以上をまとめて、俳句のように圧縮して結論すると、こうなる。
ボスケテ
説明しよう。ボスケテとは、ボス 決して走らず 急いで歩いてきて そして早く僕らを 助けて という意味である。
つまり、どんな知識があろうとも幼児が自力では生存不可能というわけであるな。
そう結論付けてダンボールから出て、それをひきずって表通りに引っ越ししようとしていた、あの時。我輩が出会ったのが彼でなければ、我輩の人生は裏街道にはなっていなかったかもしれぬ。
だがしかしながら、ボスケテと思い、助けられてしまった以上は、彼が。
原作で死柄木 弔と名乗っていた彼が、我輩のボスなのである。
我輩は飼いネコである。名前は――――そういえばネコとしか呼ばれていない。
元ネタがわからないという意見がありましたので、解説を付けてみるテスト。
●「あんたがワケわかんなくたって現実は変わらない」
マヴラブオルタネイティブより。ある日ドアを開けたら、平和な日本から、人類滅亡まで十年の終末世界へ。宇宙からの謎生物の群れやら何やらで混乱する主人公に、ようやく見つけた知人らしき人が言ったセリフ。
●「理由も分からずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由も分からずに生きていくのが、我々生き物のさだめだ」
山月記より。山中で役人が虎に襲われたが、その虎はしゃべった。行方知れずになっていた同僚であると名乗る虎は、次はもう虎になりきっているだろうから来るな、と言って消えた。なぜそうなったか、わからぬ。そう結んだ話の、最後の言葉。
●「ないもんねだりしてるほどヒマじゃねえ。あるもんで最強の闘い方探ってくんだよ 一生な」
アイシールド21より。身体能力がモノを言うアメリカンフットボールに、凡人の域を出ないスペックで、名門でもない学校で、仲間を一からかき集めて指揮官として全国制覇に挑むヒルマさんの言葉。