我輩は○○である   作:far

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静まれ、俺の右腕。


我輩は不在である。

 我輩は不在である。つまり、ここにはいないのである。

 だから音を立てるな。そっとだ。そっとドアを閉じて、いや、閉じた時音がする。閉める寸前でやめて、立ち去れ。

 足音を立てるな。息を殺せ。衣擦れの音もさせるな。空気すら動かさぬように、そうっと、それでいて速やかにこの場を去るのだネコよ。

 

 あのカッコいいポーズをキメているボスに気付かれぬうちに、早く。風のように、影の如く立ち去れ。

 

 それが、お互いのためである。

 

 

 

 よし、逃げ切った。もとい、我輩はあそこにはいなかった。だから、何も見なかった。今、そういうことになった。

 新発売のビールを見つけ、ボスと飲もうと部屋に出向いた、などという事実は無かったのである。

 鏡の前で、こうか? それとも などとポーズの研究をしているボスなど見なかったのである。

 「他が為に振るう暴力は美談になるんだ」とか「同じ暴力がヒーローとヴィランにカテゴライじゅ… ちっ、噛んだ」とか。決めの言葉を練習しているのも聞かなかったのである。

 もののついでに、部屋の中に増えていたドクロや十字架の小物や、絶対に使わないであろう武器なども見なかったことにしたい。

 最近は洋楽も聞くようになっていたし、マズいと言いながらもコーヒーを、それもブラックで飲むようになったくらいは微笑ましいので許そうと思う。

 

「闇に飲まれよ!」

 

 思春期の男子ゆえに、やむをえぬ。はしかのようなものだ。歳を取ってからかかると、厄介さが増すあたりも似ているな。

 男子には、あるものなのだ。

 反社会的な言動や服装がカッコイイと思えたり。流行に乗らず自分をつらぬく俺カッコイイ、他とは違う特別な自分! なる謎なスタイルを演出したがったり。

 自分には何かすごい力や才能が眠っていて、ある日それが突然発揮されるのだと信じている。そういう時期があるのだ。

 

 あるのだ。あったよね? 我輩も心当たりがある。無性に恥ずかしさを覚える。古傷がうずく。無言でバンバンと何かを叩きたくなる。

 

 ニャー。

 

 

 …………

 

 

 うむ。何とか落ち着いた。手元にビールがあって助かったのである。

 人間、緊張したときなどにツバを飲み込む。そうすることで少し落ち着こうとする。つまり、緊張したときや取り乱したときに、何かを飲めば自動的に落ち着くのだ。

 温かい飲み物だと、ほっとする効果もあるそうな。

 

 しかし落ち着いて考えてみると、なまじ個性などがあるから、中二病が深刻になっている気がしてならない。

 ボスというわかりやすい実例を見てしまったので、なおのことだ。

 

 もとい、見なかったがそう思える。そういうことにする。

 

 矯正しても良いかもしれぬが、下手にボスに影響を与える人物だと先生に見なされた場合。我輩の今の生活が終わるやもしれぬ。

 

「人生は選択肢の連続である」

 

 元ネタのシェイクスピアの方ではなく、テロ牧師の語った方が今の状況にはふさわしいか。

 

 智に働けば角が立つ。小賢しく動き回ろうとした途端、先生につぶされるだろう。

 情に棹させば流される。いざという時、先生や黒い人やボスを見捨てる選択肢を選べなくなる。

 意地を通せば窮屈だ。通せるような意地などないが。

 

 まったくもって。兎角、人の世は住みにくい――――

 

 

 




●「闇に飲まれよ!」
アイドルマスターシンデレラガールズより。独特の言葉を放つ、神崎蘭子さんの言葉の一つ。なお意味は「おつかれさまです」である。
煩わしい太陽よ=おはようございます など、難解であるが、わかる人にはわかるらしい。

●「人生は選択肢の連続である」
シェイクスピア作ハムレットより。父は伯父に殺されるわ、母親はその伯父と早々に再婚するわ、恋した相手とは事情があって無理だわ、伯父を殺そうとしたら間違って恋した人の父親ヤっちゃうわ、それで恋した人も死を選んで、その弟に命を狙われて。そんなハムレットのセリフ。なおこのあと、母も伯父も本人も死にます。

テロ牧師の方は、トライガン・マキシマムより。
「こないな時代やと人生は絶え間なく連続した問題集や 揃って複雑選択肢は酷薄加えて制限時間まである 一番最低なんは夢みたいな解法待って何ひとつ選ばない事や オロオロしてる間に全部おじゃん 一人も救えへん ……選ばなアカンねや!! 一人も殺せん奴に1人も救えるもんかい」
西部劇のような、銃が物言う社会で、絶対に誰も殺さないガンマンの主人公に、普通に殺すウルフウッドさんが、トラブルのさなかに言った言葉。そんな彼が、最後に殺さず生かすために戦った回は泣けた。

○智に働けば~住みにくい。
夏目漱石の草枕より。冒頭の一節。
人生って難しいよね。
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