我輩は葛藤中である。
「to be or not to be that is the question」
やるべきか、やらざるべきか。それが問題だ。
いや、本当に。
この件に関しては、先生も答えを出しあぐねている。
普通に考えたならば、やるべきではない。論外である。
しかし。しかしだ。
ロマンだけはあふれるほどにある企画なのだ。恐竜復活に比肩するものがある。
ヴィランとしての立場から考えるに、そんな目立つことはすべきではないのだが。しかしロマンが我輩たちを悩ませる。
ああ、この個性を譲ってくれた大工の稲垣さん。あなたもこの葛藤に苦しんだのか。それとも自分の個性に気付かぬままに一生を終えたのか。
どちらにせよ、譲ってくれたことには感謝をしよう。
この空中庭園を作る個性(手動)を。
うむ。手動である。人の手でこつこつと、一から組み立てることで、空中庭園を作り上げることのできる個性である。
作り上げるのにかなりの期間がかかるだろう。作ったあとも、少し変わった建物として、観光資源になるくらいだ。かかる手間と資金とに、返ってくるものがつりあわない。
だがしかし。世界の七不思議の一つ。バビロンの空中庭園を、この手で現代によみがえらせる。
これは、ロマンである。
それしかないのが問題なのだが。
「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。成功の暁には名誉と賞賛を得る」
この文に、希望者が殺到した。男なぞ、今も昔もそんなものである。
少し話題を変えよう。
自分がどんな個性を持っていて、何ができるのか。どこまでが可能なのか。正確にわかっている者は、実は少ない。
我輩が受け取った中にも、液体の衝撃を受けない個性とか、虫歯にならない個性とか、探し物の個性(山菜)や、昨日のことを思い出せる個性などがあった。
全部先生に持っていかれたが。
液体の衝撃を受けない個性は、どんな高所から落下しても、下が水などの液体だったなら無傷になるし、虫歯にならない個性と、昨日のことを思い出せる個性は単純に便利だ。
山菜? 山菜は、まあ、誰かにあげるのであろう。多分。我輩も欲しかったわけではないのであるし、先生もそうだろう。まさか山歩きが趣味とか、そういう事実もないであろうし。
個性を受け取る、奪う個性である我輩と先生は、手に入れてしまえばそれがどんな個性なのかがわかる。
相手が持っている間にはわからないので、残念ながら鑑定はできないわけであるが。
ひょっとしたら原作にいた、他人の個性を真似る個性の持ち主なら、出来るかも知れぬ。名前は思い出せぬが。
ゆえに個性の収集は、楽しい。心躍る。時に、今回のように思いもかけぬものが出てくる時もある。
決してガチャでSSRを当てたような気分ではない。繰り返す。ガチャで激レア引いたような気分ではないのである。いいね?
はなしを戻そう。
空中庭園は、我輩自身の手で作ることはかなうまい。庭園建設に専念させるには、我輩の個性は便利すぎる。
この個性はどの道、他の者の手にゆだねられる。ならばもう、どちらでも良い。
たぶん先生は作るだろうし。
おそらく地方の、テーマパークの中か近所に作るだろう。規模はどうなるかわからないが。
首都近郊だと、伊豆あたりが怪しい。
何年先かはわからぬが、いつか遊びに行くとしようか。
では、それまで無事にいるとするのである。
また一つ。生きる目的が出来た。良いことだ。
●「to be or not to be that is the question」
ハムレットより。生きるべきか死ぬべきか。とも訳される。全部捨てて逃げるのが正解だった気もする。
●「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。成功の暁には名誉と賞賛を得る」
1914年に、アーネスト・シャクルトンが南極探検隊員募集で打った求人広告より。というか、これで全文である。予算の関係で、これ以上のスペースが取れなかったという悲しい事情。しかし、希望者は殺到したという。
感想で都市伝説で事実ではないらしいと指摘されたが、私が信じたいので書き換えません。
幼女戦記でも、転生者である主人公が同様の文章で部隊への募集をした。結果は同じであったが、彼女は逆の結果を望んでいた模様。