我輩は危機である。だが、危機とわかっていてはいけない。
これが危機だと理解できてはいけない。それはいけない、はなはだまずい。
個性を譲渡する個性を手に入れてしまった。
それでどうなるか。これがなにをもたらすか。
これで我輩も、先生に頼らず個性の受け渡しが出来る。先生が面倒がって持たされたままの首を伸ばすとか、涙を操るとか、いらない個性をそこらの無個性の者に入れて処分できる。
だが我輩自身の危険度が上がって、先生に危険視されるかもしれぬ。
そんなものはどうでもよろしい。
ワンフォーオールである。
以前も言ったが、先生の弟を祖とする受け継がれる個性、受け渡されるヒーローのバトン。個性を譲渡する個性は、その元凶なのだ。
他の個性と混ざるという稀な、予期せぬ事態のせいであるが。
これがもう一度無いとは、誰にも言えまい。
我輩も言えぬ。決して自信を持って断言は出来ぬ。
もう一度、言おう。
個性を譲渡する個性を手に入れてしまった。
「ヤバくね?」「ヤバいよ」
我輩がワンフォーオール誕生の過程を知っておるのは、原作知識だ。先生たちから聞いたわけではない。
そして世間にも、このことは流れていない。オールマイトオタクであった原作主人公すら知らなかった。
つまり、この個性が先生の逆鱗に触れる可能性があることを、我輩は知っているはずがないのだ。本来ならば。
だから。この個性を手に入れたことを、素直に報告しないのは不自然である。不審を買う。ヤバい。
しかしそのまま報告してもヤバい。かもしれない。正直、先生の反応が読めない。
この個性をこのままこっそり誰かに譲渡したならば、どうだろうか。
いや、ダメだ。爆弾を近所に埋めても安心できるはずなどない。ならばどうする。どうするのだ。どうしたら良いのだ。
先生を信じられるか? 我輩を信頼してくれていると、信じられるか? 個性を譲渡する個性。この存在の重さに耐えられるほど、我輩は彼と関係を築けたか?
「神よ。一度だけ、あなたの声が聞きたい。私の決断は正しいか?」
敵対する相手が核兵器を持っていない。持っていても撃たない。だから攻撃しても大丈夫だと決断したあとの大統領のセリフだ。
何もかもを捨てて逃げるには、準備も覚悟も全く足りておらぬ。本当に、どうしようか。
準備が足らぬでも逃げるか。何も知らぬふりをして先生に会いに行くか。
――――行くか。
これまでもこれからも、多くの人を踏みにじって進むであろう、それに心を痛めぬあの悪い男を。我輩は嫌いではないのである。
ひとを信じて終わるのなら、それもまたよし。よしと、しよう。
では、皆の衆。おさらばである。
●「神よ。一度だけ、あなたの声が聞きたい。私の決断は正しいか?」
沈黙の艦隊より。原子力潜水艦を奪って日本からアメリカまで戦いながら航海し、世界を巻き込んで議論を沸騰させて、世界を変えた男カイエダ。彼と常に敵として向き合いながら、核攻撃はないと信じてよいのか自問する米大統領ベネットの心の中のセリフ。