スマホでちまちまと書きながら、修理から帰ってきて急いで仕上げたのでちょくちょく表現が重複していたり展開が雑になっていますがご容赦ください。
※1 最初に言っておきます。本編でソフィーが言っていることはかなり極論です。ルクス君ハーレムとかそこら辺には当てはまらないものです。
※2 実は最近FGOを始めたわけですが、始めた直後に第二部が開始しまして……ここで明言しておきます。アナスタシアさんの名前はパクリではありません。こっちの方が早かったです。全くの偶然です。
俺、織斑一夏が
既に年齢は、元の世界で言うところの中学生をとうに超え、高校二年生、十七歳だ。
燦々と降り注ぐ暖かい日差しが、秋の少しばかり冷たい風をそっと包み込み、心地よい陽気となって俺たちを取り巻いている。
そんな晴れ空の下、俺はヴァンフリーク商会本部の中庭で摸擬戦をしていた。
「フッ……!」
強く地面を蹴って接近し、短い気合の声と共に拳を突き出す。狙うは腹部。
相手は俺の拳を、左手で暖簾をくぐるように動かして一見緩やかな動きで的確にいなし、しなやかな右足を振り上げて前蹴りを放ってきた。
それを身を捻ってかわすと、相手は残った左足を軸足に体を回転させ、前蹴りを回し蹴りへと繋げた。
今戦っている相手の性別は女子とはいえ、上半身の約三倍の力を持つ下半身の、しかも十分な勢いのつけられた蹴撃をまともに喰らうのは危険過ぎる。
なのでしっかりと後ろに飛び退って回避。もちろん相手もただ逃がすわけはなく、俺を追うようにして踏み込んできたので、それに合わせるようにカウンターの拳を放った。
「やぁっ!」
しかしその拳はあっさりと見切られて避けられ、攻撃を放った直後の無防備な俺に向かって右手の五指をピンと伸ばした貫手を突き出してきた。
もっともこちらとて、こんな苦し紛れの拳が当たるとは毛ほども思っちゃいない。
俺の間合いに相手が侵入してきた――と思った直後に、俺は右足を振り上げて相手の顎に向けて下から膝をカチ上げていた。
「くぅっ……⁉」
「シッ!」
「ぁっ⁉」
悪くすれば顎を割られるような一撃をどうにか首を捩ってかわした相手だったが、続く第二撃に短い悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
自ら大きく後ろに跳んで衝撃を分散した相手は、可愛らしく――俺からすれば若干ウザく、頬を膨らませて不満げな表情を作った。
「むぅーっ! 女の子を殴るなんて、先輩の外道! 鬼畜生! 繊細なイキモノなんですから、もっと優しく! ソフトに! 手加減して!」
「お前……何を情けないことを堂々と大声で言ってやがる……」
等々、罵詈雑言(?)を吐く後輩――ソフィー・ドラクロワに、思いっ切り気を削がれた俺は思わず脱力してしまった。
そもそもお前が仕掛けてきた模擬戦だろうに……何を言ってるんだコイツは。
「いやぁ……何となく、ですかねー」
「その何となくに付き合わされる俺の身にもなってみろ……」
「でも何だかんだ言って先輩も楽しんでましたよねー?」
言いながらソフィーは、とてとてと俺の方に近付いて、両手を体の後ろで組んで少し前屈みになってその状態で顔を上げて……いわゆる上目遣いで見上げてきた。
きゃるるんっ、と屈託ない(ように見える)華やかな笑顔は、確かにそこらの初心な青少年であれば一目で魅了してしまうだろうが……もう慣れてしまった。
というわけで反撃だ。そっちがその気ならば、こちらにも考えがあるぞ。
上目遣いを続ける後輩の亜麻色の髪に手を置いて、ゆっくりと撫でながら、マギアルカの下で商会の用を果たすために習得した営業スマイルで……
「ああ。俺にとって、お前と過ごす時間は、何にも変えられない大切なものだからな。楽しまなければ損だろ?」
「ひぅっ!?」
「ん? どうした?」
いきなり珍妙な声を出して顔を俯けてしまったソフィー。
何かもじもじし始めたソフィーの顔を覗き込むと、案の定、火を噴きそうなほどに真っ赤になっていた。
コイツ……自分から攻めてきたくせに……
「お前、ホント攻められるの弱いよな」
「うぅ……あんな笑顔で言われたら、仕方ないじゃないですかぁ。しかも、先輩が言うことって大体お世辞じゃないし……」
「お世辞は得意じゃないんでな」
これまで、商会の関係者ということで、各国の王侯貴族が主催のパーティなどに出席した時に、何度かマギアルカに情報収集を命じられたことがあった。
方法は簡単、パーティに出席している貴族の令嬢などに上手く取り入る――包み隠さずに言えば、お嬢様方を口説き落とすのである。
自分ではあまり実感が湧かないが、どうやら俺の容姿は普通よりもかなり整っているらしく、後はマギアルカ直伝の口説き文句を口にするだけ。
たったそれだけで、大体のお嬢様は熱っぽい目を俺に向けてくる。
「……惚れさせておきながら、そのまま放置する先輩も大概鬼畜ですよね……」
「と言ってもな、相手は貴族だぞ? 流石に本気になるつもりはないし、向こうだっていずれはそれなりの立場を持つことになる。俺なんて男にいつまでも熱を上げてたりはしないだろう」
「んー……先輩は、女の子の恋心、しかも初恋っていうのを舐めてますねー。まあ、先輩自身の自己評価の低さもあるんでしょうが」
ソフィーは俺に呆れたような視線を向けて、やや芝居がかった仕草で肩を竦めてみせた。
「いや、初恋って……貴族の令嬢とはいえ、一度くらいは恋も経験してるんじゃないのか?」
「私が公国に居た時に通っていた学園の娘の話だと、全然ないらしいです。というより、親に引き離されるんですね。もちろん親としての情もあるんでしょうが、何より政略結婚に使える大事な餌ですから」
身も蓋もないことをサラッと言うな、コイツ……。
「けどパーティとかには普通に出席させるんだな?」
「そういうのはむしろ推奨されてますね。だって貴族主催のパーティなんて、国中から有力な貴族が集まってくるんですよ? 選り取り見取り選び放題ですよ」
それは聞いたことがあるな。
ああいうパーティは、基本的に誕生日などのお祝いという名目で開かれることが多いが、実態はコネクション作りのためのものなのだと。
生憎とそういうのには興味がなかったから、聞き流していたんだが……。
「で? それで何で初恋になるんだ?」
「先輩も知っての通り、貴族ともなれば一部の共和制の国や王族を除き、若い頃から結婚相手を決めることを要求されます。私たちよりちょっと年下ぐらいですね。で、お嬢様方は親に焚きつけられたお坊っちゃんたちに全力で口説かれるわけですよ。聞いているこっちの背中が痒くなりそうな、慇懃で異常過剰で、心にも思っていないような美辞麗句をつらつらと聞かされるわけです」
「はぁ……」
「とはいえ、そんな人たちの口にする言葉は、口説き落とすための出任せに過ぎません。むしろ親から台本を用意されていることもあるみたいです。もしくは親の貴族が徹底的にその娘をヨイショして、なし崩し的に婚約に持ち込んだりとか」
いや台本って……。子供以上に、親の方が必死なわけか。
「そして、そんな心の一切籠もっていないお世辞を子供の頃から延々と聞かされてれば、当然慣れもします。観察眼も磨かれます。相手の言っていることの真偽なんてサクッと見破れるようになります。さてここで問題です。そんなクズどもに恋する娘が居ると思いますか?」
「まあ……居ないだろうな」
「ええ、居ません。……けど、先輩は、もちろんお世辞も言いますけど、大体が本音ですよね?」
まあ、確かにな。
さっきも言ったが、俺はお世辞が苦手だし、何より流石は貴族令嬢というか、煌びやかなドレスや豪華な宝石などを付けた令嬢たちは、お世辞抜きに本当に綺麗なのだ。
心の底からの本音、しかも褒め言葉を口にすることに何の躊躇いがあろうか。
「だからですよ」
「は?」
「そういう女の子たちは、本音での褒め言葉に慣れてないんですよ。だから簡単にコロッといっちゃうし、総じて思い込みが強いからすぐ入れ込んじゃう。乙女趣味が暴走するわけです。もうそうなると自分でもどうにもならなくなっちゃうんですよ。加えて言うと先輩顔が良いですし。優しく微笑みながらそんなこと言われたら一発でノックアウトですね」
「いや……それは、流石に……」
チョロ過ぎやしないか?
というか、何か語り口がやけに断定的で具体的だな。まるで自分のことのような。
得意げに胸を張るソフィーに口を挟もうとしたところで、建物の中から誰かがこちらに向かって来ているのに気が付いた。
あれは……マギアルカの秘書の内の一人だな。以前のドラクロワ財閥の事件の際にもあの人が伝えに来たが、今回はそこまで危急の用というわけでもなさそうだ。証拠にニコニコ笑顔である。
「訓練お疲れ様です、一夏さん、ソフィーさん」
「ああ、そちらこそな、ロロ」
「先生のお世話係、お疲れ様です!」
その秘書の一人――ロロと俺たちは和やかに挨拶を交わす。
彼が主に担当しているのは商会の外交関係と、そしてもう一つ、よく勝手にサボろうとするマギアルカのお目付け役である。
何かと苦労しているらしく、マギアルカの直弟子である俺たちはよく彼の愚痴を聞かされている。誰が悪いかと言われれば、まあマギアルカなのだが。
少し世間話をした後、早速本題を訊いてみた。
「ああ、そうでした。一夏さん、マギアルカがあなたを呼んでいます。至急彼女の執務室に向かってください」
「至急とか言ってる割には、あまり急ぎの用には見えないが……何か問題があったわけじゃなさそうだな」
「はい。そう言ったものではないので、安心してください。むしろ……いえ、これ以上はマギアルカ本人に聞くべきでしょうね」
もったいぶったロロの言い方に疑問符を浮かべるものの、確かに、何かの事件とか叱責されるとかそういうわけではなさそうだ。
よし、早速行くとするか。
「ロロさん、私は行ったらダメですか?」
「すいません、呼ばれているのは一夏さんなので……代わりに、僕の方から事情を説明しますね」
ロロからソフィーに話せるってことは、商会にとって悪いことでもない、と。
本格的に何の用だか分からなくなってきたな。……そう言えば、最近新王国で色々と騒ぎが起こったそうだが……それについてか?
二人に見送られながら、俺は、もう何百何千回と通った道を辿り始めた。
§
――コン、コン。
「マギアルカ、俺だ。織斑一夏だ」
『うむ、入れ』
ずぼらだが一応はこの商会の最高責任者なので、相応の敬意を持ってノックをして部屋に入る。
え? 敬意を持ってるのにタメ語はおかしいって? 敬語は要らないって言ったのはマギアルカだしな。
入室し、ドアを閉めてから振り返ったところで、革張りの椅子に座ったままこちらに背を向けていた部屋の主が、キィ、という軽い音を立てて体勢を変えた。
顔の両側で輪の形に括ったオレンジ色の髪、幼いとすら形容できるような顔立ちと、それに似合わない老獪な雰囲気を持つ不思議な少女。
名を、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリーク。世界最大の商会ヴァンフリーク商会の総帥にして、
四年前、この世界に来たばかりの俺を助けて……居場所を与えて……救ってくれた、俺の恩人。
「よく来たな、一夏。……まあ座れ。ゆっくりと話をしよう」
「……? ああ」
今更改まって話すようなことがあるのだろうか。疑問に思いつつもマギアルカの勧めのままに部屋の中央に置かれたソファーに腰を沈める。
するとマギアルカも椅子から立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべて俺の対面に座った。
そのタイミングで、図ったようにドアが開き、商会本部で働いている給仕の内の一人が紅茶のカップとポットを持って入室してきた。
コトリ、コトリ、と水面をほとんど揺らさないままに俺とマギアルカの前にカップを置き、一礼して退室していく給仕。
それを見送り、淹れたてであろう紅茶を口に含んでいると、マギアルカがどこか感慨深げな目で俺を見てきた。
「……何だよ?」
「いや何、もう四年も経つのじゃなぁ、と思うてな」
「ああ……そうだな。俺がこちらの世界に来て……あなたに拾われて……こっちの世界の暦だと、そうなる」
自分で口にしながら俺は少し驚いていた。
マギアルカに拾われ、彼女の下に師事するようになってからこれまで、ただ我武者羅に生きてきた。
この世界で得た、信頼できる友達や仲間と共に、ひたすらに前だけを見つめて歩み続けてきた。
もちろん、楽しいことだけではなかった。辛く、苦しく、悲しい時もあった。
けれど、それでも、俺にとってのこの四年間は、とても充実していた。
どこか遠い目をするマギアルカを見て、俺は、今まで訊けずにいたことを訊いてみることにした。
「なあ……マギアルカ」
「ん? 何じゃ?」
「あなたは……どうして、あの時俺を助けて、救ってくれたんだ?」
「目の前で死にそうな子供が居れば、助けたくなるのは当然のことじゃろう?」
「違う、そうじゃない。あなたからしてみれば、俺はいきなり違う世界からやってきた、得体の知れないガキでしかなかったはずだ。なのに、あなたは俺を弟子にまでしてくれた。どうしてだ?」
僅かに、懇願するような調子が声に混じった。
どうやら、よほど俺にとってはそれが気掛かりだったらしい。
マギアルカは、俺の問いにかつての記憶を反芻するように、そっと瞳を閉じて、
「そうじゃなぁ……まあ純粋な興味とか、色々あったりはしたが、やはり一番は……似ていたから、じゃろうなぁ」
「似ていた、って、何がだ?」
「あの日、あの時に見た、お主の目――深い絶望の味を知って尚立ち上がらんとする、獣の目。それが、かつてのわしと似ておったからじゃ」
「…………」
「一度全てを失って、ドン底に突き落とされて……そこから再び立ち上がることが出来る者は少ない。ましてや味方の一人も持たず、ただ一人で立ち向かおうとする者など、もはや狂気の沙汰じゃ」
マギアルカの実感のこもった言葉に、俺は一年前に出会った宿敵、ダグラス・ベルガーのことを思い出していた。
自らを一度死んだ存在と称し、生死を賭けた戦いの中でのみ生を感じることが出来ると戦場に身を置く狂気の戦士。
そんな彼が、完全に狂気に身を浸していないのは――きっと、彼の傍に居たあのアナスタシアという少女の存在があるからだろう。
「人間が完全に一人で生きていくことなど出来ん。必ず、自分以外の誰かと共に歩んで行く必要がある。自分が困っている時に、助けて、支えてくれる、自分が道を踏み外してしまいそうな時に、諌めて、抑えてくれる。そんな存在が必要なのじゃ」
「…………」
「お主の克己心はわしも手放しに称賛するところじゃが、それはともすれば復讐心へと変わりかねないとても不安定なものじゃった。誰よりも愛していた者のために努力して、最後には誰よりも信頼していた者から裏切られた……よくもまあ、精神崩壊しなかったものじゃと、本気で感心するぞ。皮肉ではなくな」
「つまりあなたは、俺が復讐の道へと踏み出してしまわないように、俺に教えを授けたということか?」
「確かにそれも理由の一つじゃが、何よりは、お主が歩む道に興味があったからじゃ。初めてお主と会って、お主の目を見た時……お主がいつか、わしなど及びもつかないような何かを起こすだろう、という予感があった」
「予感……って。俺が、マギアルカ以上のことを……?」
「無論、ただの予感じゃ。外れることだってあるじゃろうが……厄介なことに、わしの予感はほとんど外れたことがないんじゃよなぁ」
そう言ってマギアルカはニヤリと、楽しそうに笑って見せた。
「だからわしはお主の師となり、隣に立った。お主が本当に信頼して、背中を預け合える誰かと出会うまでは、お主を支えてやろうとな。……まあ、もうわしは必要ないじゃろうがな」
「え?」
「居るじゃろうに。お主のことを無邪気に慕って、ついてきてくれる、可愛い可愛い後輩が」
ソフィー、か。脳裏に、もう見慣れた少女の笑顔が蘇る。
よく邪険に扱ってはいるが……彼女が、あの可愛らしくいじらしい少女が俺に向けてくれている感情のことは、俺とて察していた。
当たり前だが、俺がソフィーのことを嫌っているようなことはない。むしろこれ以上なく好ましく思っている。
けれど、考えてしまうのだ。彼女から、あの輝くような笑みを向けられる度に……俺なんかに、そんな価値があるのかと。家族からも見捨てられたような俺に、愛される価値があるのかと。
いや……違うな。俺が恐れているのは、そんなことじゃない。
一度、ソフィーの想いを受けて……彼女の愛情を甘受して……そしてまた、見限られること。裏切られること。
本人に言えば、ふざけるな、と激怒されるかもしれないが、俺はその恐怖を拭うことが出来ない。
ソフィーだけじゃない。『金狼騎団』の皆や、目の前に居るマギアルカに対してさえ、俺は常に同種の恐怖を抱いている。
無言で拳を握り締めていると、マギアルカが困ったように露骨な溜息を吐いて、
「はぁ……一夏。謙遜は美徳とは言うが、自分を過剰に卑下するのはやめよ。それは、お主を正しく評価しているものへの侮辱にもなりかねん……と、これまで何度言ってきたことか」
「う……」
「まあお主の場合、仕方がないと言うべきかのぅ……しかしな、一夏。これだけは言わせてもらうぞ?」
呆れたような微苦笑を浮かべて、マギアルカは対面のソファーから身を乗り出し、俺の頭に手を置いた。
初めて会った時のように、俺の頭をゆっくりと、優しく撫でながら、
「一夏。わしは、お主に出会えてよかったと……心の底から思っておる。それだけは、心に刻んでおけ」
「……ありがとう、マギアルカ。俺も、あなたに会えて、よかった」
不味い。今、本気で泣きそうになってしまった。
マギアルカから注がれる生暖かい視線から逃れるように、冷めかけていた紅茶をグイっと呷ってから、慌てて話題を変える。
「そ、それで、俺をここに呼んだのは、この話をするためだったのか?」
「ん? おお、忘れるところじゃった。ええっと……ほれ。まずはこれを見よ」
マギアルカが投げて寄越したのは、一通の豪華な便箋だった。
この様式は……マルカファル王国の、国王からの勅書か?
「これ、見てもいいのか?」
「別によいぞ? 見られて困るようなものでもなし」
実に軽い口調で許可を出すマギアルカ。こういうのって、本人がどうとも思っていなくても、実際は一大事だ、ってことが結構あるんだよな……。
少しばかり警戒しながら、既に封の切られた便箋の中から書類を取り出し、ざっと目を通す。
そこには、こうあった。
『マルカファル王国国王の名の下に、ヴァンフリーク商会総帥マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークをマルカファル王国代表として「七竜騎聖」に任ずる』
……ふむ? いろいろと疑問の湧く内容だが。
「この『七竜騎聖』ってのは?」
「以前から激化していた『竜匪賊』による機竜の略奪や襲撃、
「なるほど分かりやすい」
世界連合云々については薄ら聞いたことはあったが、『七竜騎聖』については初耳だ。
しかし、『七竜騎聖』が国家を代表とする存在であるというのならば、一つ疑問が残る。
それは、何故マルカファル王国の代表にマギアルカが選ばれたのか、ということだ。
ヴァンフリーク商会の本部は確かにマルカファル王国に存在するが、マギアルカは決して王国に属しているわけではない。
むしろヴァンフリーク商会の援助によって王国は回っていると言っても過言ではないので、国王といえどマギアルカへの命令権など一欠けらもない。
であれば、マギアルカが王国の代表となっているのは……
「ああ、代表の座をわしが金で買った。元々立候補者が居らんかったのでな、意外と安く済んだぞ?」
しれっと、何でもないことのように言うマギアルカに、俺は思わず呆れたような視線を向けて、
「おいおい……何でそんなことを……」
「何を言っておる。わしがわざわざそんな商売をする理由など、一つしかないじゃろう?」
「金稼ぎのため、か?」
「うむ。その通り」
無駄に自信満々に、尊大に頷くマギアルカ。
……結局、この人の行動原理はただそれだけ、金儲けのためだけなのだ。すべての行動が、彼女に対して利益となるように仕組まれている。
この金の亡者に目をつけられた以上、世界連合や『竜匪賊』は血の一滴や肉片一つ残さず搾り取られることになるだろう……ご愁傷さまだ。俺は他人事のように同情した。
「で? これが、俺にどう関係してくるんだ?」
「うむ。実は『七竜騎聖』には、それぞれ一人ずつ補佐官というものがつけられておってな。役割は読んで字の如く、『七竜騎聖』を補佐することじゃ。そこで、じゃ一夏」
マギアルカは一度言葉を切り、悪戯小僧のような笑顔で俺に手を差し伸べて、
「お主、わしの補佐官にならぬか?」
「…………え?」
本当に、本当に予想外の言葉に、俺は最初その言葉の意味を理解することが出来なかった。
いや、だってそうだろう? マギアルカだぞ? 世界最大の商会総帥、最強の
そんな人を補佐する役目を、俺が? 俺みたいなやつが?
「どう、して……俺、が……?」
「まあ色々あるが、一応言っておくとこれはお主に気を遣った、とか何とかそういうことではないからな? 金で買った地位とはいえ、紛れもなく一国の代表、その補佐官じゃ。身内贔屓のみで決めるわけにもいかんしな」
「なら、どうして……」
「わしは基本おちゃらけておるが、自身の得とならないことはせぬ。それは知っておろう?」
「ああ、それは……知ってるが」
だからこそ分からない。
なぜマギアルカが俺なんかを選ぶのか。戦闘力でも、事務能力でも、外交能力でも、俺を上回る人なんていくらでも居る。
だというのに……
「はぁ……まったく。ここまで言って尚分からんか、この鈍感め」
「は?」
「よいか? わしはわしの得にならんことはせぬ。そんなわしがお主を選んだ。……つまり、わしはお主を補佐官にすることが得だと判断した、ということじゃ」
「え……」
俺を、補佐官にすることが、マギアルカにとって得……?
信じられない、と固まる俺に、マギアルカは呆れたような……それでいて温かみのある笑みを浮かべて、
「自分で言うのもなんじゃが、わしはかなり自由じゃ。奔放じゃ。自分の利益のこと以外はほとんどのことは気にせぬ。敵のことはもちろん――自分についてくる味方のことすらな」
「…………」
「他に誰が居る? わしについてこられる者が。他に誰が居る? わしの行動を先読みし、わしの望みをあらかじめ予測し、合わせられる者が。他に誰が居る? わしが絶対に裏切らないと確信し、背中を預けられる者が」
マギアルカの問いに、俺は答えることが出来なかった。
彼女の言葉が信用できなかったわけではなく、俺という人間をそこまで評価してくれた、彼女の言葉に、再び泣きそうになっていたからだ。
「さあ……どうする一夏? わしの隣に立ち、わしのためにその力の全てを振るう気は――『マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの右腕』になる気はあるか?」
「――!」
そこまで言われては……俺に、是非があるはずもなかった。
§
「せんぱーい!」
「ん……ソフィーか」
マギアルカの執務室から退出した俺を迎えたのは、嬉しそうにニッコニッコしながら駆け寄ってくるソフィーだった。
ソフィーはその輝くような笑顔のまま、俺めがけて全力で飛び付いてきた。
軽いとはいえそれなりの勢いで、薙ぎ倒されないようにその場でくるくると回って衝撃を殺す。
「……っとと。いきなりどうした?」
「どうしたもこうしたもないですよ! 先輩、『七竜騎聖』補佐官就任、おめでとうございます!」
心の底から嬉しそうな弾んだ声音の祝福を受けて、思わず面喰らいながら何とか聞き返す。
「ロロから聞いたのか?」
「はい! 先輩が居なくなった後に聞いてみたら、あっさり教えてくれました」
「そうか……」
ってことは、ウチの部隊の奴らも既に知っている可能性が高いな。いや別にいいんだが。コイツみたいに祝ってくれるのは嬉しいが、少しこそばゆい。
「本当に、おめでとうございます先輩! まぁ、私は元々、先輩ならそのぐらい朝飯前だって分かってましたけど! でもやっぱりーー」
目の前で、まるで我がことのように喜び大はしゃぎする可愛い後輩の姿を見ていると、先程のマギアルカとの会話を思い出して我知らず頬が綻ぶ。
「……ありがとう、ソフィー」
「はい? どうして先輩が私にお礼を言うんですか? 今回のことは先輩の努力の結果ですよ?」
「それでも……お前と出会って、お前が隣に居てくれたから、ここまで来れたって言うのも、あると思うから」
「先輩……」
俺の正直な気持ちを伝えると、ソフィーは恥ずかしそうにはにかんで、照れを誤魔化すように俺の胸板に顔を埋めた。
この娘は、本当に、俺のことを第一に考えてくれている。
かつての恩というだけではない。俺という個人、織斑一夏という人間を慕ってくれている。
あざとく小馬鹿にしてきたりもするが、この娘の想いだけは、俺でも疑う余地がないほどに本物だ。
ーーだからこそ、伝えねばなるまい。
あえて聞いてこない彼女の優しさに甘えて、ずっと秘密にし続けていた、俺の過去。俺の真実。俺のルーツを。
こことは異なる世界で、虐げられ、見放され、疎まれ、そして家族からも裏切られた、一人の子供の話を。
§
「えぇーっと、せ、先輩? な、何で私、先輩の部屋に連れ込まれたんでしょう……?」
「人聞きの悪いことを言うな。あんなところでするような話でもないからだよ」
というか、話があるから俺の部屋に行こうって言って、やって来て真っ先にベッドの上に座ったのはお前だろうが。
何やら頬を赤らめて流し目を送ってくるソフィーに呆れた溜め息を漏らしてーー少し早まった動悸を抑えながら、椅子の方へ腰かける。
「……話、ですか?」
「ああ。お前が興味がないように振る舞っていた、俺の昔の話だ」
「……!」
表情を真剣なものにして居住まいを正したソフィーを横目に、ふう、と一つ深呼吸をする。
やはり、改めてこう言うことを語るとなると、少し緊張する。
彼女が俺のことを知って、俺を見る目が変わってしまわないか。どうしても恐れてしまう。
けれど……それでも……この娘のためにも、俺は伝えなければいけないのだろう。
俊巡の末、覚悟を決めて、俺はゆっくりと口を開いた。
「とまぁ、そんなわけで、何もかも諦めようとしていたところを、マギアルカに諭されて、今に至るってわけだ。……ソフィー?」
あらかたのことを話し終えてソフィーの様子を窺うと、彼女は顔を俯けて、膝の上に置いた拳をグッと握り締めていた。
まるで、どうしようもない感情を必死に抑え込もうとするかのように。
「おい、ソフィー?」
「…………ですか、それ」
「え?」
聞き返すと、ソフィーはパッと顔を上げてーー涙を一杯に溜めた瞳で、俺を睨んだ。
気圧される俺に構わず、ソフィーは叫んだ。
「何ですか、それ!」
「なんですか……って」
「何で、先輩がそんな目に遭わなきゃいけないんですか!? そんなの絶対おかしいです!」
「理由は、言っただろう。俺が凡才だったから……」
「そんなの関係ありません!」
躊躇なく、関係ないと言い切ったソフィーの剣幕に、思わず呆気に取られた。
「凡才の何が悪いんですか、天才じゃないといけないんですか!? 天才じゃなきゃ何しても評価されないんですか!? なら、その人たちは、先輩を馬鹿にしてた人たちはどうなんですか!? 皆が皆先輩より天才だったんですか!? 先輩より努力してたんですか!? 寄ってたかってたった一人の子供のことを嘲って、罵って、そんなことしか出来ないくせに、ただ姉弟よりも劣ってるってだけで先輩を虐めてたんですか!? そんなのおかしいです!」
「おい……」
控えめに声をかけてみたが、ソフィーは聞いちゃいなかった。
髪を振り乱し、腕を振り回し、涙を散らし、対象も定めないままに思いの丈を喚き散らす。
「だって、先輩は頑張ってたじゃないですか! 家族すら支えてくれなくても、誰も助けてくれなくても一人で頑張ってたじゃないですか! なのに、どうして無能だとか出来損ないだとかそんなことが言えるんですか!? 先輩は先輩です! お姉さんや弟さんと違って当然じゃないですか! 先輩はお姉さんたちのコピーじゃなきゃいけなかったんですか!? そんなのもう人間でもないですよ!!」
「分かったから、落ち着けって……!」
どうにかして落ち着かせるために、いつの間にか立ち上がっていた彼女を抱き竦める。
けれどソフィーは言葉を止めることなく、俺を見上げるようにキッと睨んで、叫んだ。
「誰からも、自分のことを見てもらえないなんて……そんなの、ただ見放されるより辛いじゃないですか!!」
「……っ!」
……ああ、そうか。
どうして俺が、あんな環境であんなに頑張っていたのか、やっと分かった。
「……俺は、『俺』を見て欲しかった、だけなのか」
俺を罵っていた彼らは、その罵声は俺に向かっていても、その目は俺を見ていなかった。
彼らが見ていたのは俺ではなく、俺の背後に居た姉や弟だった。
俺は、それが嫌だった。
ちゃんと、俺って言う人間のことを見て、認めてもらいたかった。
だからあんなに頑張った。寝不足による疲労に耐えて、暴力による苦痛に耐えて、血豆が潰れる激痛に耐えて、嘲笑と罵倒による心の軋みに耐えて……
「ああ、考えてみれば、簡単な話だったな……」
「う、わあああぁぁぁぁんっ……!!」
……っと、そんなこと言ってる場合じゃないな。
このままじゃ、マディウスさんとの約束を破ることになってしまう。
「……ソフィー」
「えぐっ、ぐすっ……なん、ですか?」
「ーーありがとう」
「ふぇ……?」
完全に予想外だったのか、今まで泣いていたことも忘れてキョトンとするソフィー。
そんな可愛らしく、いじらしく、いとおしい少女に、俺は微笑んで、
「あの日、泣けなかった、怒れなかった……いや、ずっと泣いたり怒ったり出来なかった俺の代わりに、泣いてくれて、怒ってくれて……ありがとう」
「……っぁ」
「もうあれは過ぎたことで、今言ってもただの感傷に過ぎないけれど……それでも、救われた、報われた気がしたんだ」
俺がそう言うと、ソフィーはハッとなって俺から顔を背けてごしごしと袖で目元を乱暴に拭った。
そして俺を恨みがましげに見ると、俺の首元に腕を絡み付けて、そのまま背後のベッドにダイブした。
自然、俺がソフィーをベッドに押し倒しているような体勢になる。
「……っと、おい?」
「…………先輩、今、私を泣かせちゃいましたね?」
「は? いや、俺のせいでは……」
「な、か、せ、ま、し、た、よ、ね!?」
否定しようとしたが、何故か顔を真っ赤にしたソフィーの勢いに押されて頷く。
まあ、元はと言えば俺がした話のせいだし、間違ってはいないな。
するとソフィーは更に顔を赤くして、俺の首を締め上げるように抱き締め、更に密着してきた。
「私、泣いちゃいました」
「ああ」
「いっぱいいっぱい、泣いちゃいました」
「ああ」
「お父様との約束、破っちゃいました」
「……ああ」
だから、と。
頬と頬を擦り寄せ、しっかりと発育した柔らかな肢体を押し付け、甘えるような声音で、
「……責任、取ってくださいね?」
そう、囁いた。
「何の、責任だ?」
「私を、二度も大泣きさせたことと……」
「それと?」
「……私を……こんなに、惚れさせたことです」
「……そうか」
そいつは、責任を取らないわけには、いかないな。
苦笑しつつ一度顔を離すと、先程よりも更に赤くなってリンゴみたいに紅潮したソフィーと目が合った。
自分から誘惑してきたくせに………と微笑ましい気分になりながら、そっと唇を重ねる。
「んっ……ふぁぁ」
「……任せとけ」
「あっ……はい、せんぱい」
そう言って、ソフィーは輝くような笑顔を見せたーー
はいというわけで、オリヒロにも正式にヒロIN(つまんない)してもらいました。
マギアルカさんに先を越されちゃってましたが、まあこっちの方が正式なヒロインですからね。
GWに入るので、次はもう少し早く投稿できると思います。