インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 ちょっと意味が分からないぐらい遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした……。ちょっとわけわかんないぐらいに忙しく、時間が取れなかったんです。

 お待たせしてしまった分、今回は量だけは多いです。楽しんでいただけると幸いです。
 ※途中で視点が変わるのでご注意を。



※すいません。織斑一夏の織斑の字が、何故か織村になっていました。誤字報告をいただき、適用させていただきました。申し訳ありませんでした。やっぱりスマホでやるべきじゃないですネ!(責任転嫁)


Story.10 聖蝕

 学園祭。

 それはアティスマータ新王国の城塞都市(クロスフィード)に建てられた、王立士官学園(アカデミー)の数少ない催し物(イベント)の一つ。

 常は軍属の施設として立ち入り禁止となっている一般人も招かれて開かれる、学園最大のお祭り騒ぎである。

 

 王立士官学園(アカデミー)に通ういつもはお淑やか(?)なお嬢様方も、この日だけは盛大にはっちゃけることが許される。

 そのため、生徒主導で行われている模擬店や出し物などは、中々にユニークなものも多々見られていた。

 

 まだ一般客の入場が許可されてから一時間と経っていないと言うのに、模擬店の多い校舎内は、一階から三階まで大勢の人でひしめき合っていた。

 教室を煌びやかに飾りつけて仕立て上げられた即席の喫茶店や売店。中には思わず「おっ」となるようなものもあるのだが――生憎、俺、織斑一夏には、寄り道している余裕はなかった。

 ただ進むだけで肩をぶつけてしまいそうな廊下を、身体に染みつけた体術でするりするりとすり抜けて、早歩きで廊下を横断する。

 進みながら周囲に視線を巡らせるが……居ない。居ない。

 

「くそっ……ホントにあの人、どこに行ったんだ?」

 

 思わず悪態が口を衝いて出る。

 この後には重要なイベントが控えてるって言うのに……相変わらずあの人は自由過ぎて困る。

 舌打ちを一つして再び歩き出したところで、進行方向上の角から、俺と同じ黒を基調とした制服に身を包んだ、亜麻色の髪の少女が飛び出してきた。

 

「あ、先輩! そっちは居ましたか?」

「いや、まだ影すら掴めてない。聞かなくても分かるが……そっちはどうだ?」

「こっちも駄目ですね。道行く人に聞いて回ったりしてるんですけど、皆知らないって言ってます」

「そうか……」

「どこ行っちゃったんでしょうね? 先生」

 

 腰の辺りに手を当て、困り果てたように少女――ソフィー・ドラクロワは溜め息を吐く。

 もう分かったと思うが、俺とソフィーが二人がかりで探しているのは、今回新王国に呼ばれた張本人であり、俺たちの師匠にして護衛対象でもある、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークその人だ。

 

 つい先日に起こった、かつての世界の支配者たる神聖アーカディア帝国の生き残り――『創造主(ロード)』を名乗る少女による、第五遺跡(ルイン)巨兵(ギガース)』の新王国襲撃事件。

 これ以上なく鮮烈な形で、またその圧倒的な戦力を誇示する形で、現代に姿を現した旧時代の支配者たちは、意外なことに各国に対話(・・)を求めてきた。

 五年前のクーデター以後、多少の小競り合いはあれどまとまっていた世界に投げ込まれた、新たな騒動の種。それはともすれば、再びこの世界に戦乱の世を招くことになりかねない危険なものだ。

 故に、各国を代表する機竜使い(ドラグナイト)『七竜騎聖』――更にはそれぞれが擁する執政者の代行たちが、ここ城塞都市(クロスフィード)に集合し、世界会議(サミット)という形で『創造主(ロード)』との対話に臨むことになったのである。

 

 ので、ある、が……。

 

「そろそろ打ち合わせの時間だろうに……あの自由人が!」

「本気で隠れられたら、先生の場合絶対見つけられませんもんねー」

 

 まあ、ここで愚痴っていても仕方がない。

 盛大な舌打ちを残して、ソフィーと二人で再び学園内を回り始める。

 学園内に居ることは確実。何せ今の学園はお祭り騒ぎ。彼女の性格からして、それを逃して尚どこかへ行くというのは考えにくい。

 可能性としては、俺たちと同じように学園内をあてどなく歩き回っているか、あるいは、どこかに隠れ潜んでいるか。

 後者だとしたら……この学園の学園長をやっている、俺の妹弟子の姉、レリィさんのところだろうか。

 

「一度そっちに行ってみるか……ん?」

「先輩? ……あ」

 

 踵を返して、学園長室へ向かおうとしたところで、俺は予想だにしなかった光景を見ることになった。

 

 校舎内に数多く設置された模擬店、その中でも一際豪華な内装の一室。

 赤絨毯が敷かれ、滑らかな光沢の家具と調度品が置かれたその部屋で、お嬢様方が上品に紅茶を啜り、ケーキを口に運んでいた。

 それだけを見れば、やや高級な喫茶店と言えるのだが――問題は客ではなく、従業員の方。執事服(・・・)に身を包んだ、二人の少年(・・・・・)の給仕。

 

「おいお嬢様ども、早く注文しろ! 食ったらさっさと帰るんだぜ」

「お待たせしましたお嬢様。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 一人は、面倒くささを隠そうともせず乱暴な言葉を吐く、逆立てたくすんだ金髪と三白眼が特徴の、粗野な印象を受ける少年。

 そしてもう一人が、優しげな笑みを浮かべて丁寧に接客をしている、翡翠色の髪を後ろで三つ編みにした中性的な顔つきの少年である。

 後者の少年はともかく、前者の少年の態度は給仕としてはどうかと思うが、意外にもお嬢様方には好評のようである。新鮮なのかもしれない。

 もし彼らが全く知らない赤の他人であったのなら、珍しいな、と思うだけだったのだが、生憎と彼らとは旧知の仲であり、それ故に俺とソフィーの驚きも大きかった。

 

『七竜騎聖』ヴァンハイム公国代表グライファーと、その補佐官であるコーラルである。

 紛れもない公国の要人であり、今回の世界会議の主役とも言うべき二人なのだが……こんなところで何をしているのやら。

 やや唖然として二人の姿を眺めていると、向こうの方でもこちらに気付いたようで、グライファーは露骨に顔を顰め、コーラルは笑顔で手を振ってきた。

 見つかった以上は知らぬ振りも出来ない。仕方なくソフィーと店内に踏み込む。

 

「久しぶりだな、グライファー、コーラル。変わりないようで何よりだ」

「こんにちは、グライファーさん、コーラルさん。お元気そうで良かったです!」

「おい、お前ら……そいつは皮肉か? ケンカなら買うんだぜ?」

「うん、久しぶり、二人とも。相変わらず仲が良いんだね」

 

 まずは互いに再会を喜び、和やかに挨拶を交わす。一人、据わった目でこちらを睨みつけている奴も居た気がするが、気のせいだろう。

 

「しかしお前ら、こんなところで何してるんだ? 世界会議に向けての準備はどうした? ミルミエット王女の護衛はいいのか?」

「……一言で言うと、その姫さんのせいだぜ」

 

 訊ねてみると、グライファーが非常に嫌そうな、かつ疲れたような渋面で吐き捨てた。

 そんな相方の様子に苦笑して、コーラルが補足を入れてくる。

 

「グライファーの言う通り、ミルミエット様のご意向でね。学園祭の成功のために学園の皆さんに協力しろ、って言われたんだ」

「はぁ……それは分かりましたけど、どうして喫茶店の給仕なんて?」

「あはは……実は、その」

 

 曖昧に言葉を濁したコーラルの視線を辿れば、厨房から輝く目で食い入るようにこちらを見つめるお嬢様方の姿が。何やらとても楽しそうであるが。

 

「つまり、することを探して彷徨っていたところを、彼女たちに捕まってしまった、と」

「そうなるんだぜ……ったく、何で俺がこんなことを」

「グライファーさーん! 配膳お願いしますわ!」

「わーったよ、大声で呼ぶな!」

 

 渋々と言った様子で厨房の方へ向かうグライファーを見送って、コーラルが苦笑して肩を竦める。

 そして俺たちの方を振り返ると、唇の端を歪め、いかにも面白がるような表情で、

 

「それで、君たちは二人揃ってどうしたの? 学園祭デートかい?」

「はい、そうです!」

「チガウ」

 

 全く逆の返答を返す俺たちに、コーラルと……何故か張本人であるソフィーまでもが目を瞬かせる。

 

「え、違うの?」

「え、違うんですか?」

「…………」

「あぁっ、待って先輩、無言のままアイアンクローするのやめて! 痛い痛い痛い痛い頭が割れちゃいますぅぅぅぅぅっ!!」

「……一回割っちまえばまともになるか?」

「ならないですよっ!? ってミシミシ言い始めてます先輩やめてお願い離して謝りますから早くぅぅぅぅぅっ!!」

 

 懇願してくるソフィーだが、確かにそろそろ頭蓋骨の耐久度的にヤバそうだったので、仕方なく離してやる。

 荒い息を吐きながら、頭を抱えてしおしおと崩れ落ちるソフィー。いつものあざとい演技をする余裕もないようで、良い気味である。

 

「ぜぇ、ぜぇ……せ、先輩、後輩のことが可愛くないんですか……!? こんな酷いことするなんて……」

「可愛くない後輩だから何してもいいんだよ」

 

 何か前もこんな会話したなぁ……。

 

「あ、あはは……仲が良いんだね」

「…………」

 

 コーラルの言葉に、思わず沈黙する。……生憎、反論する材料が見つからなかった。

 実際仲がいいのは事実なわけだし、それは認める。認めるから、その腹立つニヤケ顔をやめろアホ後輩。

 

「……っと、俺たちが何してるかだったな。その前に、訊きたいことがあるんだが。――ウチの代表様を見なかったか?」

「マギアルカさん? ああ、彼女なら、さっき店の前を向こうに走って行ったけど……マギアルカさんを探してるの?」

「ああ。世界会議の前だってのに、あの自由人は早速行方を晦ましやがったんでな」

 

 ったく、あの人のことだから、今回の会議の意義は十分に理解しているはずなんだが……それでも尚自分の興味とか娯楽とかを優先するのがマギアルカって人なんだよなぁ。

 秘書官をしているロロたちの苦労が偲ばれるな全く。……今は俺が補佐官なわけだが。

 もっとも俺の場合は、俺だけで働いているのではなく、ソフィーを含めた仲間たちと共同で動いているので過労と言うほどではない。

 そこら辺、目の前のこの……中性的な『少年』はどうなのだろうか? まあ何だかんだでグライファーもコーラルを信頼しているようだし。心配は要らないだろう。

 

 さて、と。貴重な目撃情報も入ったことだし、早速行くとしようか。

 

「ほら、いつまでそこでへたり込んでる気だ。さっさと起きろ。行くぞ」

「自分でやったくせに引っ立てようとしてる先輩マジぱないッス……」

「何か言ったか?」

「何でもないで―す! さー張り切って行きましょー!」

 

 

 

§

 

 

 

「目撃情報があったとはいえ……先輩、先生がどこに居るのか分かってるんですか?」

「分かってないが、多分見つけるのに苦労はしないだろうさ」

「それまたどうして?」

「簡単な話だ。あの人のことだから、そろそろ騒ぎの一つも起こしてるだろう。だから学園内で騒ぎが起こっている場所に向かえば、必然的にマギアルカに会える」

「……いやーな信頼ですねー」

 

 まあ、マギアルカだしな……っと!

 

「きゃっ!」

 

 校舎一階の廊下を二人して早歩きで進んでいると、目の前の曲がり角を曲がったところで向こうから来た人と正面衝突しそうになってしまった。

 

 俺の反射神経なら、目と鼻の先に相手が迫っていたとしても容易く避けられるのだが、相手方にそれを望むべくもなく。

 急ブレーキをかけた反動で後ろに倒れ込みそうになっている相手の少女を見て、左足を後ろに出して体勢を保持して手を伸ばし、少女の片手を掴み、引き上げる。

 

 咄嗟だったものであまり力が入らなかったのだが、その少女は俺が思っていたよりもかなり華奢で思わず目を瞠るほどに軽かった。

 少女は、グイッと強引に腕を引かれた勢いのままに、俺の胸の中に無事に着地する。

 小柄な少女の美しい銀髪(・・・・・)がふわりと舞い、甘い香りが周囲に漂う……銀髪?

 

「あうぅ……す、すいません。急いでいたもので……」

「もー、先輩何してるんですか。いくら急いでたからって人とぶつかりそうになるなんて……おや?」

 

 俺に苦言を呈そうとしたソフィーだったが、その少女の顔と、特に髪の色を見て首を傾げる。きっと、以前知り合い、今ソフィーの腰に吊るされている機攻殻剣(ソード・デバイス)を送った少女を思い出したのだろう。

 

 先程述べた通り、肩の辺りで切り揃えられた銀髪に同色の瞳。

 高級なアンティークドールのような優美で落ち着いた雰囲気……そして何より一際目を引くのは、その首に嵌められた、無骨な黒い首輪。

 アーカディア旧帝国の皇族の特徴である銀髪に、咎人の象徴たる首輪――もしかして、この娘は……

 

「アイリ・アーカディア……か?」

「え、はい、そうですが……?」

 

 アイリ・アーカディア。五年前のアティスマータ伯主導のクーデターの際に皇帝含めそのことごとくが処刑された中で、現女王の恩赦により兄と共に生き伸びた、旧帝国の皇族の生き残り。

 新王国の民への奉仕を命じられた兄とは違い、王家の目の届く場所で暮らすことを命じられて、今は一人学園に通っているという話だったが。

 

「あの……この腕、離していただいても?」

「ん、ああ、すまない」

 

 少し驚きながら至近の少女――アイリ嬢の顔を眺めていると、僅かに顔を赤らめたアイリ嬢の指摘を受けて自分が未だに彼女の腕を掴んでいたことを思い出す。

 

「改めて、すいません。ご存じのようですが、私はアイリ・アーカディアと申します。あの、その制服と黒髪は、もしかして……」

 

 ふむ。聡明な少女という話だったが、事実のようだな。もう俺の素性を察したか。

 

「こちらこそすまない、注意を怠った。気付いているようだが、俺の名前は織斑一夏。ヴァンフリーク商会所属の機竜使い(ドラグナイト)で、今はウチの総帥の補佐官をしている」

「私はソフィー・ドラクロワです。こっちの先輩と同じ部隊に所属して、補佐官の先輩の補佐みたいなことをしてます。よろしくお願いしますね、アイリさん!」

「あ、は、はい……よろしく、お願いします」

 

 ニコニコ笑顔で勢い込んで自己紹介して手を差し出したソフィーの剣幕に、アイリ嬢はやや怯えたように肩を揺らして、おずおずとその手を取った。

 困惑するアイリ嬢をそのままにブンブンと手を振るソフィーの後頭部に、俺は溜め息を吐きながらビシッとチョップを入れる。

 

「あ痛っ!? 何するんですか先輩!?」

「阿呆。困ってるだろうが。お前は強引過ぎるってことに気付け」

「友達になるにはこのくらいのフレンドリーさが必要なんですよ! 特にこの娘、何だか気難しそうな印象ですし!」

「おい馬鹿、本人の前で何言ってやがる」

「あ、あはは……大丈夫ですよ。自覚はありますから」

 

 一通りソフィーにお仕置きをしてから、苦笑してこちらの様子を見守っていたアイリ嬢に向き直る。

 

「重ね重ね、騒がしくてすまないな」

「いえ、気にしないでください。何と言うか、お二人のやりとりは、とても楽しそうなものでしたから……」

「……ところでアイリ嬢。君はここで何をしている? あんなに急いでどこに行くつもりだったんだ?」

 

 彼女の言葉をスルーして俺が訊ねると、アイリ嬢は何かを思い出したように、ハッと目を見開いた。

 

「あっ、そ、そうでした……あの、織斑さん、ソフィーさん。私の兄さんを――兄を見ませんでしたか?」

「兄……というと、『七竜騎聖』アティスマータ新王国代表の、ルクス・アーカディア、か?」

「はい、そうです。……途中まで一緒に行動していたのですが……ちょっとした騒ぎで、はぐれてしまって」

「そうだったのか……。悪いが、俺は見ていないな」

「私もです。この学園の制服を着た男の子となったら、結構目立つと思いますからね。目にして忘れた、ってことはないでしょう」

 

 ソフィーがしみじみという言葉に、俺も頷く。言う通り、確かにそれは人目を引くだろう。

 校内を回っていて鉢合わせなかったということは、入れ違いになったか、あるいは校舎の外に居るのか。

 何にしても、どうやらアイリ嬢も俺たちと同じく人探しをしていたらしい。お役に立てず申し訳ないが……そうだな、一応俺も訊いてみるか。

 

「アイリ嬢、実は俺たちも人を探しているんだが……マギアルカ、ウチの代表を見なかったか? オレンジ色の髪の、小柄な少女のような外見をしている」

「あ、その方なら見ましたよ。何か問題を起こしたらしくて、追手の三和音(トライアド)を振り払って、それを兄さんが追って行って……そこで、はぐれてしまったんです」

「もう遅かったか……」

 

 問題を起こさない内に捕まえなければと思っていたのだが、どうやら手遅れだったようだ。しかもバッチリ学園側に迷惑をかけている。俄かに頭痛が襲ってくるのを感じる。

 

「あー……何と言うか、本当にすまない。やはりあの人は、行く先々で騒ぎを起こさなければ気が済まないトラブルメーカーのようだ」

「あはは……お気になさらず。トラブルメーカーという意味では、兄さんも同じようなものですから。定期的に騒動に巻き込まれて、更にその騒ぎを助長して」

「そうだな。何でああいう連中は、種火に油をドバドバ注ぐような真似をするのが上手いんだろうな……」

「同感です……、本当に、困りものです。しかも兄さんってば、その度に新しい女の子を増やしてきますし……」

 

 はぁ、と俺とアイリ嬢は、全く同じタイミングで額に手を当て、深々と溜め息を吐いた。

 ……何か、この娘とは仲良く出来そうな気がする。

 視線を合わせると、どうやらアイリ嬢も同じことを考えていたようで、グッ! と俺たちは固い握手を交わす。

 自由人に振り回されている同盟……嫌過ぎるなそれ。

 

「むー……何か疎外感があるんですケドー」

「ん、いや別にそんなつもりはないんだが――ん?」

「あれ? 何かあったんでしょうか?」

 

 頬を膨らませたソフィーを宥めようとしたところで、廊下の窓から、外で何やら大勢の人が一か所に集まって騒いでいるのが見えた。

 思わず顔を見合わせた俺たちは……頷きと共に確信に近い予感を交わし合い、その方向へと向かって歩き出した。

 

 

 

§

 

 

 

「む、あれか」

「あれですね」

「あれ、ですか」

 

 窓から飛び出したりせず、しっかりとドアから出て庭の方に回り込み、例の人垣のところに到着する。

 頷き合って、俺を先頭に人垣の中に飛び込み、居並ぶ人々を掻き分けて進んでみれば……。

 

 そこには、困惑した表情の銀髪の少年を背中に庇った桜色の髪の無表情の少女が、不敵な笑みを浮かべるオレンジ色の髪の少女と相対している姿があった。

 

 オレンジ色の髪の少女は、もちろん俺とソフィーが探していたマギアルカ。

 あの桃色の髪の少女は、髪の色と雰囲気からして、フィルフィか。しばらく会っていなかったが、随分と育ったもんだな……って痛っ?

 

「せーんぱい? 今、フィーちゃんのどこを見て何て思いました?」

「……何も思ってない」

「ふーん? まあ、先輩も男の子ですしねー?」

 

 含みのあることを……いや、今回は俺が悪いか。

 抓られた脇腹を軽く擦りながら、残ったもう一人に視線を向け、隣に立つ少女に一瞬だけ視線をやる。

 

 アイリ嬢と同じ髪の色に、コーラル並に中世的な端正な顔、小柄ながら立ち居振る舞いから垣間見える一戦士としての実力。

 察するに、彼がアイリ嬢の兄、アーカディア旧帝国の元皇子にして『七竜騎聖』アティスマータ新王国代表、ルクス・アーカディアだろう。

 

 そんな彼とマギアルカが何故一緒に居るのかという疑問についてはまあ……マギアルカが彼に意味あり気な流し目を送っていることから、推して知るべし。

 

「せんせーい!」

「む? おお、ソフィーか。どうしたんじゃ?」

 

 嬉しそうに笑いながら飛び付くソフィーを、マギアルカも穏やかな表情になって優しく受け止める。

 そのまま二人は顔を見合わせて微笑んだりと、和やかな雰囲気を醸し出していたが……ソフィーの次の一言でマギアルカの頬が引き攣った。

 

「もう、先生どこに行ってたんですか? 先輩もすっごく怒ってましたよ? ね、先輩!」

「何じゃと? 一夏が怒っておったとな……それは拙いのう、早く逃げねば――あ」

 

 俺の名前が出るなり逃げ出そうとしたマギアルカだったが、視線の先に冷たい目で自分を見下ろして歩み寄る俺の姿を見つけて硬直した。

 

「よう、さっきぶりだな、マギアルカ?」

「い、一夏……」

「ああ、俺だ」

 

 再びマギアルカが逃げ出そうとするも、右腕をソフィーにしっかりとホールドされているせいでそれもままならない。

 

「……あ、いっちゃんだ」

「久しぶりだな、フィー。積もる話もあるが、まずはこのアホ師匠の処理が急務だ。またあとでな」

「ちょっ、処理ってなんじゃ!?」

「ん、だいじょうぶ。いっちゃんも元気そうでよかった」

「ああ、お前もな」

 

 無表情ながらどこか嬉しそうな雰囲気のフィーに笑みを浮かべる。

 さて、と……その笑顔のまま首を巡らせると、笑顔を向けられた張本人はビクリッ、と大袈裟に肩を震わせた。

 引き攣った笑みを浮かべたままのマギアルカと、表面上は和やかな言葉を交わす。

 

「随分と楽しそうにしてるなあ、マギアルカ」

「そ、そうじゃな……せっかくの、祭りじゃからのう?」

「だよなあ、祭りなんだから、最大限に楽しむべきだよなあ、楽しみたいなあ」

「う、うむ。お主は、どうじゃ? た、楽しめておるか……?」

「そうだなあ、楽しいなあ。まだ打ち合わせは終わってないってのにいつの間にか姿を消したアホな師匠を探して校内を走り回ったり、楽しかったなあ。おかげで面白そうな模擬店とか色々行けなかったけど、楽しいなあ」

「……………………さらばっ!!」

「逃がすかアホ師匠!」

 

 眼にも留まらぬ速さでソフィーの腕を振り解き、回れ右して走り出そうとしたマギアルカを、コートの襟を引っ掴んで引き止める。

 もう一回あの追いかけっこをするなんざ、真っ平ごめんだ。

 

「もう逃がさねぇぞ……アンタにはこれからしこたまお説教をしないといけないんだからなあ……!?」

「すまんかったのじゃー! 出来心だったんじゃ世界会議に向けての打ち合わせとか正直面倒臭くて敵わんかったんじゃー!!」

「正直だなアンタ!」

 

 一切隠すことなく内心を叫ぶマギアルカに、もはや怒りを通り越して呆れの溜め息が出る。

 ったく……今回の会議は、この世界全てを巻き込むほどに大事なものであることを、この人は分かっているのだろうか……分かってても関係なさそうだな、この人は。

 

 っと、いけない。アーカディア兄妹がポカンとした表情でこちらを見つめている。

 

「あー、ルクス・アーカディア、で合ってるよな? 俺は織斑一夏、このアホ……マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの補佐官をしている」

「あ、はい。僕がルクス・アーカディアです。織斑さん、というと、もしかしてあの『金狼』の……?」

「……そう呼ばれることもあるな」

 

 ふむ、何と言うか。『金狼』って二つ名はそんなに有名なのか?

 二つ名と言うのなら、この目の前の没落王子様の方が……おっと。オフレコだったな。

 

「ウチの代表が迷惑をかけたようだな……すまなかった」

「い、いえ、僕自身はそれほど迷惑を被ったわけでも……」

「君自身は、か……」

 

 つまりそれ以外に、と。

 ハァ、と溜め息を吐き出してマギアルカの方へチラリと視線を向けると、ルクス代表の隣に立っていたアイリ嬢が少し不機嫌そうな表情で口を開いた。

 

「謝る必要なんてありませんよ。兄さんも、美人に詰め寄られて満更でもなかったみたいですしね?」

「ちょっ、アイリ!? 何だか言い方にトゲがあるんだけど……!?」

「何か文句でも?」

「ぅ……」

 

 何も反論出来ずに呻くルクス代表。まあそれはな。

 妹に心配をかけさせて怒られて、となれば兄としては何も言えないだろう。

 こっちとしてはそれよりも……

 

「ほ、ほれ! 向こうも謝る必要などないと言っておるのじゃし、そろそろこの手を離してはくれんかの!?」

「あんたはちゃんと反省しろ」

 

 

 

§

 

 

 

 

 学園祭二日目ーーその夜。

 偶然、学園の機竜格納庫に訪れていた私、アイリ・アーカディアは……そこで、地獄を見ていた。

 

 突如起こった謎の集団による襲撃。夜空から降り落ち、黒色の粘液を撒き散らした何かの『卵』。

 響き渡る怒号と悲鳴。黒煙を吹き上げる建物。

 

「何だこのスライム……!?」

「くそっ、どうなっている!? 機竜が……」

「う、うわぁぁぁ……っ!?」

 

 自身の機殻攻剣(ソード・デバイス)を見つめて、右往左往する警備の機竜使い(ドラグナイト)たち。

 どうやら、あのスライムのせいで機竜を展開することが出来ないらしい。

 そんなものまで投入してくるような賊は……『竜匪賊』以外には、あり得ない。

 狙いは何? ここに集まっている各国の代表たち? それとも……旧世代の支配者を名乗る、『創造主(ロード)』……?

 

 ドガァァンッッ!!

 

「きゃっ!?」

 

 すぐ近くで起こった爆発の衝撃波が、格納庫の影に隠れていた私のところにまで届く。

 思わず頭を抱えてしゃがみこみ……そして、私は何だかとても情けない気分になった。

 

 他の皆が命がけで戦っているのに……私は、戦うすべを持たない私は、何も出来ない。見ていることしか出来ない。

 逃れようのないその事実が、とても悔しくて、悲しい。

 

「おい……誰だ、あれは?」

「お、女の子……?」

「まさか、何故このようなところに……」

 

 戦場に満ちる困惑の声。怪訝に思って物陰から顔を出し覗き込んでみると、この殺伐とした場には似つかわしくない、純白のドレスを纏った少女が悠然と歩いていた。

 

 どういう意図かは分からないけれど、あまりに危険過ぎる。焦った表情の騎士の一人がその少女に話しかけた。

 すると少女はその騎士を見てうっすらと微笑み、そしてゆっくりと口を開けて……

 

「ーーィィィィイイイイイァァァァァァァアアアアアッッッッ!!!!」

 

 突如、絶叫した。

 全く何の備えもしていなかったところに叩き込まれた大音声の叫びに、鼓膜が激しい痛みを訴える。

 思わず耳を塞いでしまうが……直後、私はあることに気づいて愕然とした。

 

 この音色……まさか、角笛の……!?

 角笛ーーその音を聞いた幻神獣(アビス)を支配し、操ることの出来る笛。

 

 少女が口を閉じても、まるで少女の体そのものぎ一つの楽器になっているかのように、依然としてあの音を発し続けている。

 

「ぐぅっっ…….! な、何だというのだ!?」

「何者かは知らんが、邪魔をするならば殺ーーなっ!?」

 

 謎の少女を止めようと飛びかかる『竜匪賊』の機竜使い(ドラグナイト)

 それにチラリと視線を向けた少女の腕が、唐突にドロリ、と溶けた(・・・)

 そのあまりにもおぞましい光景に、それを見ていた全員が戦慄し息を呑む。

 得体の知れない液状になった少女の腕は、一瞬で凝固し、黒い鞭と化しーーそして、目前まで迫っていた機竜を一撃で吹き飛ばした。

 

「がはっ!?」

 

 優に数メートルも吹き飛ばされたその《ワイバーン》は、全身の装甲を打ち砕かれ、そのまま動かなくなってしまった。

《ワイアーム》などと比べて装甲が薄いとはいえ、障壁によって護られた《ワイバーン》をたったの一撃で倒してしまうなど、尋常ではない。

 

「闘争、悪意、殺意を確認。これより一帯を殲滅し、救済する」

 

 少女が感情を窺わせない声音で呟き……蹂躙が始まった。

 もはや王国軍も『竜匪賊』もない。

 先程まで激しく争っていた両者が諸共に薙ぎ払われる光景に、あの異形にとっては、どちらも等しく無価値なのだと、否が応でも理解させられる。

 まるで機械のように。そういう使命を、ただ人類を滅ぼし尽くすという使命を背負った機構のように。

 

「…………っ、あれは、まさか!?」

 

 ふと、自分が抱いた印象によって、怪物の正体に思い至った私は、全身に恐怖の震えが走るのを感じた。

 

 遺跡(ルイン)から発掘された資料にもあった、この世界の破壊を目的とする、最悪にして災厄の幻神獣(アビス)

 最後の遺跡(ルイン)である『大聖域(アヴァロン)』に住まう終焉神獣(ラグナレク)ーー『聖蝕』。

 絶対に現れてはいけない殺戮の化身が……ここに顕現したのだ。

 

「そ、んな…………」

 

 思わず、絶望の吐息が漏れる。

 遠からずこの場の戦力はこの『聖蝕』に全滅させられてしまうだろう。こうして物陰に隠れている私とて、もはや安全とはいえない。

 いや、むしろ私こそが一番危険なのだ。

 一切の戦う手段を持たない、私が……

 

 唇を噛み締め、なすすべなく俯いていた私は、ふと真上から迫り来る気配を感じて、咄嗟に顔を上に向ける。

 

 そしてーー私は気付いた。

 真上から降り落ち、私を押し潰そうとしている、鞭のような触手の存在を。

 

『聖蝕』は未だこちらに気付いていない。となれば、あれが私を狙っているのは、全くの偶然……

 

「…………ぁ」

 

 ーーーー死ぬ。

 あれを喰らえば、私は間違いなく、疑う余地もなく、呆気なく死んでしまう。

 理屈ではない本能の部分で、私はそう確信していた。

 

 体は動かない。動いてくれない。とうの昔に竦み上がって、一歩後退ることさえ叶わない。

 

 嫌だな……漠然と、そんなことを思う。

 ただ死ぬことだけが嫌なのではない。こんな風に、なにも出来ずに終わってしまうのが、嫌だ。

 戦わずに死んでしまうのが、嫌だ。これまでの私の全てを否定されてしまうのが、嫌だ。

 ……だから、死にたくない。

 

 けれど、そんな私の思いなど届くはずもなく、鉄槌さながらの触手の鞭は振り下ろされてーー……

 

「助けて……兄……さ「君の兄ではないが、君を助けるのには了承した、アイリ嬢」

「えっ?」

 

 誰も応えるはずのない呟きに返ってきた返答に、私は目を見開いて……次の瞬間、私の体は横合いから駆け込んできた誰かに横抱きにされていた。

 驚く間もなく、私を抱えあげたその人は大きく前方に跳躍。ーーその一瞬後、私の背後から響く轟音と衝撃、舞い散る粉塵。

 

「痛って……チッ、若干掠ったか」

「あ、あなたは……お、織斑さん!?」

 

 漆黒に金糸をあしらった外套を身に纏った、夜闇に溶け込むような黒髪に同色の鷹のように鋭い瞳を持つ、長身の美貌の青年。

 間違いなく、学園祭の一日目に出会った、マルカファル王国の『七竜騎聖』補佐官、織斑一夏さんだった。

 

 彼は、自らの腕の中で驚く私にフッ、と軽い笑みを浮かべて、徐に再び地面を蹴った。

 さっきまで私が隠れていた格納庫とは別の格納庫の影に飛び込んだ織斑さんは、そこでようやく私を降ろしてくれた。

 

「何とか、間に合ったみたいだな、アイリ嬢」

「あ、はい……助けてくれてありがとうございます、織斑さん」

「気にするな、偶然通りかかっただけだからな」

 

 恐縮する私に、織斑さんは素っ気なく言ってから、面白そうにニヤリと唇の端を吊り上げて、

 

「……愛しの『兄さん』でなくて残念だったか? アイリ嬢」

「な、何を言ってるんですか!? わ、私は別に兄さんのことなんて……!」

「そんなに慌てるな。兄妹なんだから、家族として愛情を抱くのは……まあ……当然のことだろう」

 

 何故か不自然に口ごもった織斑さんに、私は赤くなった頬を隠すように俯けていた顔を上げるが彼の表情はいつも通りだった。

 彼はポリポリと後頭部を掻いて、そっと私から視線を外して物陰から戦場の方に注視し始めた。

 ……何か、彼の過去にあったのだろうか。

 

「角笛の音を発する人型の幻神獣(アビス)ねぇ……もしかして、アイツが世界会議で『創造主(ロード)』の連中が言ってた……」

「……はい。恐らく、あれこそが『聖蝕』です」

「やはりな……あそこまで趣味の悪い化け物だとは思わなかったが」

 

 不快げに顔をしかめる織斑さん。そう言いながらも彼は油断なく『聖蝕』の様子を観察していた。

 

「確かに大した威力と射程、速度の触手だが……まさかヤツの能力があれだけなはずもない……ヤツの体はすべてあの液体だと思った方がいいな……考えられるとすれば再生、分裂、増殖……機械のようではあるがあの攻撃は…… 確かにヤツ自身の意思で行われている……ならば隙を突けるか?」

「あ、あの……織斑さん?」

 

 呼び掛けてみるも返事はない。完全に集中しきっているようだった。……何だか突き放されたような気持ちになってしまうのは気のせいだろう。

 一頻り観察を終えて、納得したように頷いた織斑さんは不意にこちらを振り返った。

 

「よし、とりあえず今集められる情報はこんなものか。……アイリ嬢、俺は今から戦闘に行くので悪いが護送は出来ない。もう少しすればあのチャフ・スライムの効果も切れて王国軍も再起動するだろうから、君はそれについてここから離れろ」

 

 この場において君に出来ることはない……織斑さんは淀みなくそこまで言い切った。

 彼の言っていることは、文句のつけようもないほど正しい。現実に則した、非常に適切な指示だ。

 それは私にも分かる。……分かる、はずなのに。

 

 分かっているはずなのに……私に出来ることなんてないと、最初から知っていたはずなのに。

 どうして、こんなにも悔しいのだろう。

 

「そう、ですよね」

「……?」

 

 気が付けば、

 

「私は、弱いから……剣も使えなければ、装甲機竜(ドラグライド)の適正もなくて……」

 

 私の口から、勝手に言葉が滑り落ちていた。

 

「だから、私は戦うことが出来なくて……いつも、皆に守られて……いつもいつも、命がけで戦っている皆の背中を、眺めることしか出来なくて……何も、出来なくて」

「…………」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。ましてや、織斑さんに聞かせるようなことでもない。

 けれど彼は、何も言わずただ黙って私の言葉を聞いてくれていて……だから、私の弱音も、止まることはなかった。

 やがて、胸の内を全て口に出した私は、今さらに恥ずかしくなってきて、抱えていた膝に顔を埋めてしまう。

 

「あの、ごめんなさい、織斑さん……いきなり、変な話をしてしまって……」

「ーー俺は、そうは思わないが」

「え?」

 

 返ってきた反論の言葉に、顔を上げてみると…….彼は、凄く真剣な表情で私を見つめていた。

 

「君は、自分は戦えない、何も出来ないと言ったが……そんなこともないだろう」

「でも……私は!」

「戦場に出て武器を振るうことだけが戦いじゃない。誰の目にも留まらない、裏方の戦いというのもある。……君は、ずっとそれを続けてきたんじゃないのか王国の執政官たちを相手取って、一人で情報を集めて。自分のために、兄のために」

「……っ、どうして」

「……商会の都合でな。君たち兄妹にまつわることはある程度調べさせてもらってる」

 

 少し心苦しそうに言って、織斑さんはコホン、と一つ咳払いを挟んで、

 

「ともかく、君はそうやってこれまで一人で戦い続けてきたんじゃないのか?」

「でも……そんなの……」

「どのような形であれ、守るべき、守りたいもののために立ち上がり、相手に立ち向かおうとするのであれば、それは戦いと言うし、その人間は戦士と呼ぶに値する」

「……っ!」

 

 戦士……守られるだけしか脳のない、私なんかが……?

 

「事実、君が王宮内で孤軍奮闘しているお陰で君の兄はああして自由に動けているし、君の集めた情報のお陰で彼らの命が助かったこともあると聞いている」

「…………」

「だから、俺は君のことを一人の戦士だと思っているし……力がないと嘆きながらも立ち向かっている君に敬意を表する」

 

 そこまで言って、不意に彼はフッと表情を和らげ……とても、優しげな顔で、

 

「例え他の誰かが君をそんな風に馬鹿にしたとしても、俺は、俺だけは、君を笑わない。君が、自分の守りたいもののために、諦めずに戦える強い戦士だと知っているからな」

 

 そう言って、不敵に微笑む彼の表情と、その言葉に……私は、胸の奥が高く跳ねるのを感じた。

 ああ……この人は、私を見ていてくれている。認めてくれている。私を知ってくれている。

 ならば、何を恐れることがあるだろう。絶望する必要があるだろう。

 

 彼のーー一夏さんの笑顔を見て、私は心の内で呟いた。

 

 ……戦おう。

 私に出来るやり方で、私にしか出来ない『戦い』を。

 世界のために、学園のために、王国のために、皆のために、兄さんのために……そして、こうして私を見ていてくれている、一夏さんのために。

 

「……ん。随分といい顔になったじゃないか」

「はい。ありがとうございます、一夏さん。あなたのお陰で、立ち直ることが出来ました」

「どちらにしろ君ならいつか自力で立ち直れていたさ。俺は少し手伝っただけだ」

 

 むず痒そうに顔を背ける彼の仕草に、我知らずクスリと笑みが漏れる。

 晴れやかな気持ちでーー少しの悪戯心でーーそっと彼の手を取る。

 キュッと握ってみれば、やっぱり女の子のそれとは違って、そのゴツゴツとした感触に胸が高鳴る。

 驚いた顔をする一夏さんに、私は精一杯の、満面の笑顔で……

 

「本当に、ありがとうございます。一夏さん」

「アイリ嬢……」

「嬢なんて要りません。アイリ、と呼び捨てで構いません……あなたには、そう呼んでほしいから」

「……分かったよ、アイリ」

「……はい、一夏さん」

 

 どうしてだろう。ただ名前を呼ばれただけなのに。たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。

 そんな状況ではないと分かっているのに、笑みが零れるのを抑えきれない。

 兄さんと接している時ですらも、こんなことはなかったのに……

 

「………………あのー」

「ひゃいっ!?」

「うおっ……?」

 

 ずっと一夏さんと見つめ合っていた私は、突然横合いからかけられた声にすっとんきょうな声を上げて飛び上がってしまった。

 一夏さんも少し驚いたような顔をしている。

 

 何とか落ち着きを取り戻し、声をかけてきたその人を見た私は……また、変な声を上げてしまった。

 

 顔を赤くして、どこか申し訳なさそうに視線を逸らしているのは、私のルームメイトであり親友の、ノクト・リーフレットであった。

 装衣を纏っているのを見ると、どうやらノクトも学園所属の機竜使い(ドラグナイト)として出動しているようだが……

 

「……すいません。アイリが行方不明と聞いて、何かあったのかと心配して探していたのですが……まさか、こんなところで逢い引きをしているとは思わず……」

「あいび……っ!? ご、誤解ですノクト! わ、私たちはべつにそういうのでは……!」

「Yes.安心してください。従者の一族であるリーフレット家の者として、このことは誰にも口外しないと約束します。特にルクスさんには絶対に言いませんので……」

「だから違っ……!」

「…………あー、ノクト嬢、でいいかな?」

 

 あわあわと慌てる私を見かねたのか、静観していた一夏さんが咳払いをして口を挟んできた。

 

「察するに君はアイリが心配で探しに来たってことだな?」

「Yes.その通りです。私の知らないアイリのボーイフレンドさん」

「……それについては後回しにするとして……それなら丁度いい。アイリをどこか安全な場所に連れていってくれないか。いまさら、言うことでもないがここは危険過ぎる」

「Yes.お任せください」

 

 無表情のまま頷くノクト。……これ、絶対誤解解けてませんよね……?

 いえ、もしかしたら、もう誤解ではないのかも……?

 

「それで、あなたはどうされるのですか?」

「どうやら敵はあの『聖蝕』だけじゃないみたいなんでね。俺は俺の、戦士としての責務を果たすさ」

「そうですか……ですが、とりあえずあの幻神獣(アビス)については心配要りませんよ。あれはセリス団長が相手をなさいますので。ルクスさんもすぐに駆けつけるでしょうし」

「セリスティア・ラルグリスか……了解した。どちらにしても、俺は行くよ」

「あっ……!」

 

 言うべきことは全て言ったとばかりに立ち上がった一夏さんの手を、思わず掴み取ってしまう。

 完全に無意識の動きで、私自身どうしようか戸惑っていると……私の手に、一夏さんの武骨な手が優しく添えられた。

 

「あ……」

「とりあえず、話は後で、この騒動が終わってからゆっくりと……な?」

「……はい。お気をつけて」

「うん、ありがとう」

 

 最後に、ニッコリとした満面の笑みを残して……一夏さんは猛スピードで格納庫の影から飛び出して走り去って行った。

 しばらくの間、彼に触れられた手を擦りながら彼の背中を見送っていると……

 

「……どうしましょう。何だか、もう全部皆さんにぶちまけてしまった方がいい気がします」

「ノクト!?」

 

 

 

§

 

 

 

 アイリのことをノクトに任せて飛び出した俺は、まず幻神獣(アビス)を相手取る前に『竜匪賊』の連中から片付けることにした。

 理由としては、敵の目的の不透明さ。

 敵の目的に心当たらないわけではない。むしろ逆。今のこの場所には、やつらが目的としそうな存在が多過ぎるのだ。

 世界会議のために集まった『七竜騎聖』の面々、『創造主(ロード)』、捕縛されている『竜匪賊』師団長、一ヶ所に集められた大量の機竜……などなど、どれか一つでも取られれば大きな損害になること請け負いの要素がこれでもかとばかりに揃っている。

 目標を把握出来ていないということは、何を守ればいいのかすら分からないということ。そんな状況でヤツらを放置しておくのは愚策でしかない。

 

 

 そう思い、先程の『聖蝕』から逃げた少数の『竜匪賊』の連中が向かった方向へ走っていた……のだが。

 耳に着けていた小型の通信機から送られてきた報告によって、俺は方向転換せざるを得なくなった。

 この通信機、例によって職人気質な商会お抱えの技術者たちによる作品なのだが、これがまた信じられないほどの高性能で、もはやこれなしでは任務が成り立たなくなってしまっていた。

 

 閑話休題。

 

 

「『聖蝕』が……もう一体現れた(・・・・・・・)、だと!?」

 

 信じ難い気持ちで半ば呆然と報告の内容を復唱する。

 目にした時間はほんの僅かなものだが、相当に厄介な存在であろうことは容易に想像出来る。

 そんなものが同時に二体も……しかも、その片方を俺に倒せ(・・・・)と言う命令だ。

 

 居丈高に命令してきたマギアルカに、つい反射的に無茶を言うな、と返してしまったが、マギアルカは平然とした声音で、

 

『無茶なのか?』

 

 そう返してきた。

 ……そんなことを言われてしまっては、今さら引くなどとは言えなくなる。ーー元より退くつもりもないが。

 

「せんぱーい! こっちです!」

 

 全速力で『聖蝕』が現れたという場所……学園裏手のそれなりの深さの森となっている場所に向かっていると、こちらに向かって大きく手を振るソフィーの姿が見えてきた。

 ふむ、あいつも呼ばれていたのか。

 

「ソフィー、お前もマギアルカに呼ばれてか?」

「そうです。まったく先生も鬼畜ですよねー、私たち、たったの二人で(・・・・・・・)終焉神獣を倒せ(・・・・・・・)、だなんて」

「まあ同意するが……やらなきゃならんだろうよ」

 

 合流早々不満顔で愚痴をぶつけてきたソフィーに苦笑して返す。

 しかし、ぶつぶつ言いつつも既にソフィーの瞳は鋭い光を宿して、準備は万端のようだった。

 だろうな。今さら『この程度』の脅威で怖じ気づくようなタマでもない。修羅場なんて飽きるほど潜ってきた。

 敵は最悪の終焉神獣(ラグナレク)? 上等だ。サクッと倒して祝杯といこうじゃないか。

 

「敵は捕捉してあるのか?」

「とっくの昔に。そろそろ肉眼でも見えてくると思いますけど……あ、来ましたね」

 

 ソフィーの声に厳しさが混じり、場の緊張感が跳ね上がる。

 ソフィーの視線を辿ってみると……森の中から、こちらに向かってゆっくりと歩を進める少年の姿があった。

 格納庫の方に現れた『聖蝕』と同じような銀髪に白い貫頭衣。感情の窺えない薄ら笑い。そして何より………同じ生物とは思えない異様な気配……。

 

 間違いない。

 あれがーー『聖蝕』だ。

 

 見つかるとも……見つかったところでわざわざ向かってくるとも思えないが、一応声を潜めて、ソフィーへと指示を出す。

 

「ソフィー。先手必勝だ……機竜を展開しろ。ヤツが射程に入った瞬間にぶっぱなせ」

「了解!」

 

 ソフィーは俺の指示にニヤリと笑って頷くと、腰の剣帯にかけていた短剣を鞘から抜き放った。

 刀身に銀線の走った群青色の短剣……彼女の機殻攻剣(ソード・デバイス)だ。

 かつて出会った好敵手から受け取った機殻攻剣(ソード・デバイス)を掲げ、ソフィーは自らの機竜をこの場に呼び招くための詠唱符(パスコード)を囁いた。

 

「この蛇は忌まわしき神敵。汝が罪過の(しるし)たる百の牙を突き立てよ。《テュポーン》」

 

 言下に、ソフィーの背後に無数の光が集まって、一体の竜の姿を象った。

 線の細い群青色の、曲線的な装甲、汎用機竜のそれとは一線を画する威圧感。名を、神装機竜《テュポーンP-type》。

 

接続開始(コネクト・オン)

 

《テュポーン》の装甲が無数の部分(パーツ)に分かれ、高速でソフィーの体を覆っていく。

 数秒とかからずに機竜の展開を終えたソフィーは、続けざまに機殻攻剣(ソード・デバイス)に手を当てて呟いた。

 

「起動して、《百頭連銃(ハンドレッド・ライブス)》」

 

 ソフィーの呼び声に呼応して、《テュポーン》の背面に装着されていた合計二十本の細長い杭のようなものが本体から分離され、《テュポーン》の周囲を囲うように浮遊し始めた。

 その杭の内の二本の片方の先端から銃把のような部分が飛び出し、ソフィーはそれを悠々と手に取って『聖蝕』の居る方向へ向けて構える。

 

《テュポーン》が所持する多数の武装の一つ、《百頭連銃(ハンドレッド・ライブス)》。

 ただの杭などではなく、銃把を展開することで普通のライフルとしても扱える、所謂浮遊砲台である。

 

 準備を終えてから、敵がソフィーの射程に入るまでもう十秒もなかっだろう。

 来た、と思った瞬間には、既に周囲を浮遊していた《百頭連銃(ハンドレッド・ライブス)》が一斉に『聖蝕』を照準。一切の間を開けずに、二十の砲門が火を噴いた。

 真っ直ぐに突き進んだ閃光は、逸れることも曲がることもなく、少年の姿をした『聖蝕』の体に直撃した。

 迫り来る攻撃に見向きもしなかった『聖蝕』は反応すら出来ずに呑み込まれ、ビシャァァッッ、と水滴となって砕け散る。

 

「これで終わり、ですか?」

「ーーまだだ、気を抜くな!」

 

 拍子抜けしたような声を漏らすソフィーに鋭く警告を飛ばした……直後に、『聖蝕』が居た辺りから飛数本の触手の鞭が飛び出した。

 俺は地面を蹴って後退し、ソフィーもまた間一髪のところでそれをかわす。ほとんど勘だ。

 

「……っ、速い!」

「予想の範疇だ!」

 

 ゆっくりとした動きで迫ってくる『聖蝕』を見据えながら、腰の機殻攻剣(ソード・デバイス)を引き抜き詠唱符(パスコード)を囁く。

 

「天地を統べる王なる龍よ。万神率いて頂の座へ舞い昇れ《黄龍》!」

 

 俺の背後に召喚された《黄龍》はそのまま目にも留まらぬ速さで、俺の全身を覆う強固な鎧と化す。

 

 二手に分かれて鞭による一撃を回避した俺たちは、油断せずに『聖蝕』の方へ視線を戻す。

 確かにソフィーが吹き飛ばしたはずの『聖蝕』は、自身の体積の八割以上を失い原形すら留めていないと言うのに……まだ、動いていた。

 飛び散ったどす黒い飛沫が徐々に本体の方へと集結している。……あの程度じゃ倒せないか。あるいは、(コア)を破壊することが出来なかったか。

 

 確かに、この幻神獣(アビス)は、これまで俺たちが戦ってきたそれと比べて異質なのだろう。

 だが、だからと言って、俺たちのすること、やるべきことは変わらない。

 

「ソフィー」

「はい」

「あれが一体何だろうと、俺たちがやることは変わらん」

「はい」

「任務を遂行する。――ついてこい、ソフィー!!」

「はい、先輩っ!!」

 

 ソフィーの威勢のいい返事に呼応するかのように、彼女の背後でふよふよと浮かんでいた《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》が一斉に展開。

 立ち並ぶ木々の隙間を縫って飛翔、敵をしっかりと捕捉した上で全方位から取り囲み――そして始まる、一斉掃射。

 

「全砲、発射!!」

 

 雨霰と降り注ぐ光弾の嵐が、せっかく回復しかけていた『聖蝕』を次々と穿ち、その回復を阻む。

 一発たりとも狙いを外すものはなく、全身至るところに絶え間なく攻撃を受け続けているというのに、未だ敵に倒れる様子はなかった。

 

「俺も突っ込む! 援護は任せた! ――《四神憑臨(トランス・フォース)、モード《玄武(ゲンブ)》!》

 

《黄龍》の持つ形態変化の神装、《四神憑臨(トランス・フォース)》の四形態の一つ、《玄武》。

 暴風を纏うことにより空戦能力と高い機動力を得る《青龍》、獣のような敏捷性と氷結能力による近接戦特化の《白虎》、爆炎を噴き上げ無類の破壊力を誇る《朱雀》。

 四つ目の形態、《玄武》の能力は、至極簡単だ。即ち、圧倒的且つ絶対的な『防御力』。

 

《黄龍》の背面にマウントされていた《金鱗喚符(ロード・スケイル)》がひとりでに本体からパージ、眼前で六枚の板状の武装が組み合わさり、機体そのものをすっぽり覆い隠してしまうような巨大な盾となった。

 それを前面に構えて、俺は『聖蝕』目掛けて突貫する。

 

 接近してくる俺に気が付いたのか、『聖蝕』の足元に出来ていた漆黒の水溜まりが、むくりと隆起する。それらは合計十五本の触手の鞭となって、凄まじい速度で動き始めた。

 今尚降り注ぐ弾幕の一部を、七本の鞭が超速で動いて薙ぎ払う。弾幕が途切れた隙を縫って、触手の鞭が光弾を放っている《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を狙おうとするが、ソフィーの精神操作による制御を受けた砲台は器用にそれを掻い潜って回避する。

 

「わっとと、あっぶな⁉」

 

 もちろんそれだけで終わるはずもなく、敵が生み出した残りの鞭がこちらへと迫る。

 あらゆる方向から縦横無尽に振るわれる触手。その威力は、最初の一撃によって深い亀裂の走った地面を見れば分かる。

 しかも展開されている触手は、その全ての先端がまるで槍のように尖っていた。

 だが、それを見ても俺が足を止めることはない。何故なら、あんなものは問題にもならないからだ。

 

 無数の残像を残すほどの速度で俺を包囲した黒い鞭はしかし、前面に展開した大盾によって呆気なく弾かれた。

 凄まじい衝撃による轟音を立てながら、《金鱗喚符(ロード・スケイル)》の表面には傷一つない。当然だ。

 続け様に叩き込まれる攻撃。無傷。無意味。衝撃で仰け反るようなこともない。

 

 一切のダメージを負わないまま突き進み、やがて俺は敵の至近へと肉薄し――次の瞬間には《玄武》を解除。散り散りになる《金鱗喚符(ロード・スケイル)》を伴って横に跳躍する。

 その直後に、直前まで俺が居た場所の空気を切り裂く『聖蝕』の触手。

 別に恐れをなして逃避したわけではない。そもそもこの《玄武》という形態は、極端なまでに防御性能に特化しており、攻撃力、そして機動力は皆無と言っていいレベルなのである。

 パワーだけはあるので、出来ることと言えばこの大盾でぶん殴ることぐらい。

 

 それに、俺が《玄武》を使ってまで接近したのは、何も攻撃するためではない。

 至近距離から、敵の攻撃を見る(・・)ためだ。

 今のところこの『聖蝕』が見せた攻撃方法は一つだけ。超高速で動く触手による打撃、あるいは刺突。今の今まで観察したところ、どうやら本当に敵の攻撃方法はこれだけらしい。

 ならば、そのたった一つの敵からの攻撃を、威力、速度、射程、特性など……あらゆる要素や角度から、完全に解析する必要があった。

 

 ――俺は、決して天才などではない。才能なんてものは欠片もない。

 きっと天才と呼ばれる人種ならば、俺のように一一時間をかけて観察するまでもなく、初見であっさりと対応してしまうのだろう。

 けれど俺にそんな真似は出来ない。徹底的に解析して、知って、予測を立ててからでなければ対応出来ない。

 だからこれまでもずっとそうしてきた。そうして戦い続けてきた。

 常に相手の動きを観察して。常に相手の意図を察して。常に相手の先を読んで。

 

「……解析、完了」

 

 呟きながら体を捻れば、予想した通りに(・・・・・・・)脇腹の辺りを槍のように先を固められた触手が通り抜けて行く。

 そのまま二、三発程度はかわしたが、四発目は流石に避け切れなくなり、両腕をクロスしてガード。重い衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 何とか勢いを止めて静止した俺の横に、《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を周囲に呼び戻したソフィーが並んだ。

 

「……っと、と」

「大丈夫ですか、先輩?」

「まあな。……こっちは大体掴めた。そっちはどうだ?」

「んー、とりあえず、馬鹿みたいな生命力してるってことぐらいですかねー。一応、少しずつ呼吸は掴めてきてるんですけど」

「体力の方は?」

「まだまだいけますよ」

「よし。じゃあ……攻めるぞ」

「了解です!」

 

 打ち合わせとも言えないような簡素な遣り取りをして、俺とソフィーは同時に動き出す。

 

 対して、『聖蝕』の方もほぼ同じタイミングで動き出して……いや、蠢き出していた。

 時間を開けたことでほとんど元の少年の姿と同じレベルまで回復していた、『聖蝕』の液体で出来たような肉体が、一瞬ぐにゃりと歪んだかと思うと、ドバァァァッ!! と溢れ出すように数十もの触手を放出した。

 同時に、『聖蝕』の足元に散っていた幾つかの大きな水溜りがごぽごぽと隆起。『聖蝕』が取っている少年の姿と寸分違わない五体の人形を形成してしまった――

 

「っ、分裂、ですか!?」

「落ち着け! 全部薙ぎ払えば問題ない!!」

「発想が脳筋ですよ先輩!?」

 

 実際そうだろ。

 さてさて、分裂ってのは少しばかり予想外だったが……まあ、数が増えたところで、どうということもない。

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》――モード《白虎(ビャッコ)》!」

 

 選択したのは、敏捷性を大幅に底上げ出来る形態、《白虎》。

 

 目の前では、分裂した五体の『聖蝕』がそれぞれの触手を展開し、一気に俺に叩きつけようとしていた。それをしっかりと視界に収めながら、迷わず突貫。

 ふぅ、と小さく息を吐き、集中。今はただ、迫りくる脅威を切り抜けることだけを考えろ。それ以外のことは要らない。意識の上に置く必要もない。

 

 振り下ろされ、薙ぎ払われ、突き込まれ、斬り上げられる無数の触手。

 対して俺は――その全てを、放たれる寸前に見切って(・・・・・・・・・・・)避ける。かわす。弾く。いなす。捌く。

 最小限の動作で機体を動かし、圧倒的な物量を持って迫るそれら全てをやり過ごす。

 迎撃するのではない。風に抗うのではなく、風に乗って行くようなイメージで。

 

「くっ……!」

 

 もちろん、それだけで全ての攻撃を捌けるはずもない。

 致命の攻撃は避けているが、《白虎》の敏捷性を以てしても避け切れないものは多々ある。

 しかしそれでも俺が、臆さずに突っ込める理由はただ一つ――

 

 その瞬間、俺の背後から迫っていた触手の槍が、横合いからの光弾の直撃を受けて弾け飛んだ。

 背後で轟いた爆音を耳にして、俺はニヤリと唇の端を吊り上げる。

 

 例え俺に反応出来なくとも、俺の背中は、ソフィーが守ってくれる。

 そう……ここには、俺など及びもつかない本物の天才(・・・・・)が居るのだから。

 

「《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》、照準、発射!」

 

 ソフィーの号令一下、《テュポーン》の両肩の装甲が大きく展開され、その内部構造を露わにする。

 そこにあったのは……装甲の中に所狭しと敷き詰められた、数十にも及ぶ弾頭……ミサイルの群れ。

 ソフィーは《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》と名付けられたその武装を、展開した次の瞬間には照準し、一気にぶっ放した。

 

 バシュバシュバシュバシュバシュッ!! 独特の発射音を響かせて、片側十四発、計二十八発のミサイルが、俺の周囲を取り囲む五体に分裂した『聖蝕』へ向けて降り注いだ。

 無論敵も黙って見ているはずもなく、自分に向かって迫っているミサイルへ向けて触手を一閃する――が、ミサイルはその触手を紙一重で避けて、全ての『聖蝕』の本体へ直撃、爆音を響かせた。

 

爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》は、ただのミサイルの武装ではなく、言うなれば誘導ミサイル……発射後もある程度機竜使い(ドラグナイト)の思念を読み取って軌道を変更することが出来るのだ。

 ただし、《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》は先述の通り計二十八発もある。その全ての軌道を正確に把握して動かすなど、常人に出来ることではない。

 ましてや、二十基の(・・・・)百頭連砲(・・・・)を全て同時に操りながら(・・・・・・・・・・・)など、もはや人間の域を超えている。

 

 ソフィー・ドラクロワの持つ唯一無二にして強力無比な才能、それこそがこれ。

 神憑り的な空間把握能力と、一度に数十の物事を同時に思考可能な並列思考能力。

 そんな彼女にとって、数多くの武装で敵を圧殺する《テュポーンP-type》という機体との相性は最高だった。

 

 とはいえ、流石の彼女をもってしても、これほどの数の物事を同時に処理するのは少し無理があったようで、

 

「っぅ……! せん、ぱいっ……すいません、ちょっと……!」

「――十分だ、ソフィー」

 

 耐え難い頭痛を堪えるように額に手を当てて顔を顰めるソフィーに、俺は称賛を含んだ労いの言葉をかけて、思い切り踏み込んだ。

 目の前には、ソフィーの決死の砲撃の直撃を受けて再び形を崩れさせる五体の『聖蝕』。

 どれほどの再生能力を持っていようとも、幻神獣(アビス)である以上、核を潰せば倒れる。

 そしてその核が存在するとすれば――分裂する前から居た、最初の一体。

 その一体に向けて、俺は振りかぶった拳を叩きつけ……

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ……――っ⁉」

 

 ようとして、俺の体は、七割がた拳が振り切られたところで硬直することになった。

 

 今まさに拳を叩き込まんとした俺の目の前で……『聖蝕』の体がドロリと融け、別の形を、別の姿を取ったからだ。

 黒髪黒目に、向こうの世界(・・・・・・)でよく見られる簡素なTシャツと半ズボン、そして、俺と全く同じ顔立ち(・・・・・・・・・)の十二、三歳程度の少年。

 

 少年は……いや、その少年の姿をした『聖蝕』は、悲痛な表情で、叫んだ。

 

「嫌だぁっ、やめてくれ、兄さん(・・・)!!」

「――――」

 

 

 一瞬。

 

 そう、ほんの一瞬。俺の意識は漂白された。

 

 この、顔は。この、声は。まさか、アイツの――――…………

 

 

 本来なら、俺が硬直していたのは問題にもならないほどの僅かな時間でしかなかった。

 だがこの場にいる敵は目の前のコイツだけではなかった。

 

 俺が我を取り戻した、次の瞬間。

 目の前の『聖蝕』と同じ少年の姿を取った四体の『聖蝕』が、全方位から触手を殺到させてきた。

 歯軋りをして動揺を押し殺し、何とか身を捩って回避しようとするが……時既に遅し。

 

「がぁっ⁉」

「先輩っ⁉」

 

 あらゆる方向から無秩序な軌道で迫る触手の群れを前に、為す術もなく俺は打ち据えられ、大きく吹き飛ばされた。

 ゴッ、ガッ、と《黄龍》の装甲を破損させながら、転がるようにしてソフィーの居るところまで来てしまう。

 追撃も来たが、それはソフィーの精密極まる銃撃によって阻害させられた。

 

 衝撃に逆らわずに自ら跳んだおかげでダメージは最小限に抑えられた、が……

 無様に転がっていた俺はすぐさま跳ね起き、少年の姿をした『聖蝕』を睨みつけた。

 

「くっそが……」

「先輩、あれ、誰ですか? 先輩に似てますけど……多分別人ですよね?」

 

 怒りを隠せない俺の肩に手を置き、遠慮がちに聞いてくるソフィー。

 不安げに揺れる彼女の瞳見て、俺は一つ深呼吸を挟み、努めて冷静に答えた。

 

「――お前の言う通り、あれは俺じゃない。俺の双子の弟である春万(・・・・・・・・・・・)だ」

「…………っ! あれが、ですか?」

「そうだ。……まさか、またアイツの姿を見ることになるとは思わなかったが……話に聞いていた『聖蝕』の習性……予想以上に悪趣味なことだ」

 

 忌々しさを声に乗せて吐き捨てる。ソフィーは目を見開いて絶句したまま。

 憤怒を胸に拳を握る俺を見て、弟の姿をした五体の『聖蝕』は、ニヤリと唇の端を釣り上げて、全く同じ調子で全く同じ言葉を吐いた。

 

「ははっ、勘弁してくれよ、兄さん……弟である俺を、殺s」

 

 ドパンッ!! と。

 流暢に言葉を紡いでいた『聖蝕』を遮るように銃声が鳴り響いたと思えば、『聖蝕』の頭部がいきなり吹っ飛んだ。

 

 突然のことに面食らって振り向くと、そこには全くの無表情で《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を構えるソフィーの姿があった。

 

「あー……ソフィー?」

「先輩、一つ確認します。先輩の弟さんって、前に先輩に聞いた話に出てきた、あの弟さんですよね?」

「ん、あー、そう、だが?」

「なら、遠慮は要りませんよね」

「へ?」

 

 間抜け面を晒す俺に構わず、ソフィーはさらに五機の《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を展開。容赦なく、撃つ。撃つ。

 放たれた光弾は逸れることも曲がることもなく『聖蝕』の顔面に直撃。トマトか何かのように弾けさせた。

 

「ふぅ……」

「ソフィー? お前、何か怒ってるか?」

「別に?」

「いや、でも」

「べ、つ、に⁉」

「アッハイ」

 

 ソフィーの放つ底知れない迫力に気圧されて、思わず姿勢を正す俺。先輩の威厳もへったくれもない。

 まあ……今は戦闘中だ。どうでもいいことにいつまでもこだわっている余裕なんてないよな。

 深呼吸を一つ。……よし、切り替えた。拳を構えて、前を向く。

 

「先輩。もし、敵が先輩の知り合いの姿を取ったなら、私に知らせてください。私が倒します」

「……なるほどな。同様の隙をなくそうってわけか」

「はい。ですから先輩も、私の知り合いが出てきた場合は……」

「了解だ。俺がやる。共通の知人の場合は?」

「早い者勝ちってことでどうですか?」

「オーケーだ」

 

 ……ほんと、コイツが居てくれてよかったよ。

 改めて、この生意気ながらもいじらしく頼りになる後輩が居てくれることのありがたみを実感する。

 

 さて、打ち合わせも済んだことだし、始めるとしようか。

 やることは変わらない。俺が前衛。ソフィーが後衛。俺が突っ込み、ソフィーが援護する。

 

「行くぞ……!」

 

 ダンッ、と。『白虎』の敏捷性をフルに活用して、突貫する。

 あっという間に『聖蝕』との距離を詰めた俺に浴びせられる、触手による打撃の洗礼。

 が、問題はない。光弾と衝突して大きく弾かれる触手の群れを尻目に、一歩たりとも止まらずに突貫。

 至近距離まで接近された『聖蝕』の一体。その姿が再び歪み、今度は俺にとって見知らぬ可愛らしい少女のものだった。ということは……この娘はソフィーの友達か?

 

『先輩!』

「ああ!」

 

 竜声を使ったソフィーの要請に応え、逡巡なく目の前の敵へ拳を叩き込んだ。

 人体のそれとは明らかに違う感触を俺の拳に残して砕け散る『聖蝕』。

 すかさず周りから反撃が来るが、予め予測していた俺は一瞬前に体を捻ってやり過ごし、その方向に居た『聖蝕』の一体に裏拳を打ち込む。

 

 すると、砕け散った『聖蝕』の体から撒き散らされたどす黒い液体が、さらに四体の分裂体を生み出し、また姿を変えた。

 今度は少年の姿だ。逆立てた赤毛にバンダナを巻いた、活発そうな笑みを浮かべる少年の――

 

『っ、ソフィー!』

 

 返答は、撃ち込まれた精密極まる銃撃によって返された。

 目の前で吹っ飛ぶ人の顔面というのは、あまり気持ちのいいものではないが……その苛立ちは、敵にぶつけるとしよう。

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》――モード《朱雀(スザク)》!」

 

 言下に、両足に接続されていた《金鱗喚符(ロード・スケイル)》が両腕と両肩に移動し、《黄龍》の四肢が真紅の炎を纏った。

 周囲を取り囲んでいた『聖蝕』が攻撃を仕掛けてくるよりも速く、懐に飛び込んでから、拳打。

 すると『聖蝕』の液体の体は桁外れの破壊力で胴体の部分ごと丸ごと砕け散り、ジュワァァァァッ、と水蒸気を上げながら徐々に溶けて行った。

 

「よし……!」

 

 思わず快哉を上げる。《白虎》の方よりも《朱雀》の方がコイツの相手には適しているらしい。そうと分かれば、あとは簡単だ。

 勢い込んだ俺は、砕け散った『聖蝕』が分裂する端から、拳と蹴りを叩き込んで次々と吹き飛ばしていく。防御はソフィーのおかげで気にする必要がない。

 その中で、再び『聖蝕』の姿に変化が生じた。

 今度は、今までのような少年少女ではない。大人の男性――それも、筋骨隆々の大男。けれどその目元は、とても優しげに細められていて、

 

「ふざっ、けんなっ!!」

 

『聖蝕』が口を開くよりも前に炎を纏った拳を叩き込み、吹き飛ばす。

 その人の……俺を息子と呼んでくれた人の姿を、利用させはしない。

 

 そのまま、俺とソフィーは順調に『聖蝕』の分裂体を倒していったのだが……

 

「くそっ……際限なしか、コイツら!」

「終わりが、見えない……!」

 

 背中合わせになって、荒い息を吐きながらぼやく俺とソフィー。そんな俺達を取り囲む、何十体もの『聖蝕』の分裂体。

 最初はちゃんと前衛後衛のフォーメーションで戦っていたのだが、時が経つにつれ敵の数が増え、乱戦に巻き込まれてしまった。

 敵に囲まれて戦う中で、俺もソフィーもそれなりの負傷をしている。

 

 俺たちが『聖蝕』を倒すペースと、『聖蝕』が分裂するペースが吊り合っていない。

 明らかに敵が増殖するペースの方が速い。このままではジリ貧だ。

 女であるソフィーはまだしも余裕があるが、本来装甲機竜(ドラグライド)の適性が低い男である俺は、そろそろ限界が近い。

 

 早急に、勝負を決める必要がある。

 

「ソフィー。このままじゃ埒が明かない。ここで一気に勝負を決める。……分かるな?」

「もっちろん。……《テュポーン》の神装を使え、ってことですよね?」

「ああ。もうそれぐらいしか方法がない。後詰は俺がする」

「あれを使うんですか?」

「アイツの体が水分なのだとすれば、恐らくアレなら確実に倒せる」

「です、ね」

「――行くぞ」

「――了解」

 

 敵の攻撃を捌きながら、背中合わせのまま打ち合わせを終えた俺達は、それぞれ己の為すべきことをするために動き始めた。

 

 ソフィーは《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》を起動させて照準し、《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を全方位に向ける。

 俺は《朱雀》形態を解除、《金鱗喚符(ロード・スケイル)》を背中に移動させて、《青龍(セイリュウ)》へと形態を変化させる。

 

 目配せをして、タイミングを計る。

 ――直後、俺は《青龍》の機動力を全開にして真上へ高く高く跳躍し、ソフィーは周囲へ向けていた砲塔から一斉に弾丸を撃ち放った。

 精密な照準を放棄して、とにかく弾幕を張ることを目的とした射撃によって『聖蝕』をひるませることに成功し、出来た間隙で俺は上空へ逃げ果せることが出来た。本当に逃げることが目的なわけではないが。

 

 あのままあそこに居れば、俺は確実に邪魔になっていたからだ。

 

「さーて……バーベキューといきましょうか!」

 

 ニヤリ、と獰猛に笑ったソフィーは、何十体もの『聖蝕』に囲まれている状況にも関わらず、悠々と《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を収納し、《テュポーン》の両腕を広げる。

 

 そして――ソフィーは満を持して、今の今まで使ってこなかった《テュポーン》の神装を発動した。

 

「起動――《神位の簒奪者(ディヴァイン・シフター)》」

 

 直後、グワン……と、世界が歪んだ。

 

 一見すると、何かが起こったようには見えなかったが……異変はすぐに現れた。

 ただ一人残されたソフィーに攻撃を集中させようとしていた『聖蝕』の群れ。その動きが、目に見えて鈍った(・・・)のだ。

 

《テュポーンP‐type》の神装、《神位の簒奪者(ディヴァイン・シフター)》。

 その力は、自身の周囲のエネルギー……『生命力』なども含めた全てのエネルギーを無差別に吸収する、というものだ。

 範囲は自身を中心とした半径十メートル以内の全て。

 機竜のエネルギーすらをも根こそぎ奪い取る最悪の神装である。

 

 しかし、この神装にも欠点というものはあり、際限なくエネルギーを取り込めるわけではないということ。

 許容量を超えたエネルギーを吸収してしまうと、機体自体が負荷に耐え切れず自壊を起こしてしまうのである。

 なので、この神装を使う際には、取り込んだエネルギーを素早く消費してしまうことが重要になるのだが……

 

 だがソフィーは、笑みを崩すことなく、自身の機体にさらなる命令を下した。

 

「展開……《百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》!」

 

 現れたのは、《テュポーン》本体のサイズに匹敵するほどの、馬鹿げたサイズのガトリング砲であった。

百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》と名のついたその武装を両腕で構えるソフィー。

 見るからに凶悪な武装を構えて、ソフィーは、至極楽しそうに哂って、

 

「ファイアー♪」

 

 ガドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!

 

 気の抜けた、ある種可愛らしい掛け声とは裏腹に、ガトリング砲は重厚な、耳を劈くような轟音を響かせた。

 その武装から吐き出される、実弾ではなく秒間数百発以上の光弾が、周囲を取り囲んでいた『聖蝕』の群れが一切の容赦なく薙ぎ払われた。

 

百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》は、間違いなく《テュポーンP‐type》最大の武装と言えるだろう。

 その圧倒的な火力は他の追随を許さない――が、その代わりに燃費が頗る悪い。手加減することなくぶっ放せば、五秒も持たずにエネルギー切れになってしまうほどに。

 

 しかし、轟音は未だ止んでいない。その勢いは全く衰える様子を見せず、変わらず『聖蝕』を蹂躙していた。

 何故か? 簡単なことだ。ソフィーは、神装で奪い取ったエネルギーを直接弾丸として吐き出しているのである。

 

 吸収する端から使用することで《テュポーン》は自壊を起こすことはなく、エネルギーが絶えずに外から補給されるため弾切れを起こすことなく。ほとんど無限に撃ち続けることが出来るという凶悪なコンボである。

 

 すると、今まで為す術なく蹂躙されるばかりだった『聖蝕』に動きが見られた。

 生き残っていた数体の『聖蝕』が動き出し、その中の一体を守るように囲み始めたのである。さらには、飛び散った飛沫から新しく生まれた分裂体もまた、同じような行動を取っている。

 

『先輩……!』

『ああ……恐らく、あそこに居るのが、本体だ』

『はい。と、いうわけで、あとはよろしくお願いしまーす!』

『おう。助かった。後は任せとけ』

 

 冗談めかして言うソフィーだったが、あのコンボはソフィーにとってすら甚大な負担となる。恐らく今にも倒れそうになっているはずだ。

 そんなになるまで頑張ってくれた後輩に竜声で答え、俺も行動を開始する。

《黄龍》の持つ、正真正銘最後の切り札を切るための。

 

 空中に浮遊したまま、静かに《青龍》を解除。

 パージされる《金鱗喚符(ロード・スケイル)》を、両腕に一枚、両脚に一枚、両肩に一枚ずつ移動させ、接続する。

 直後、《黄龍》の装甲に走る、煌めくような黄金の輝き。

 その輝きが高まると同時に、《黄龍》の機体から眩いほどの雷光が迸った。

 

四神憑臨(フォース・トランス)》によって変化出来る最後にして最強の形態。

 機体と操縦者に負担がかかりすぎるために、使用できるのはたった数秒。だが、この場においてはそれで充分。

 その形態は、名をこう言った。

 

 

 

「《麒麟(キリン)》」

 

 

 

《朱雀》《青龍》《玄武》《白虎》。五体目の神獣の名を冠する最強の形態。

 

 バチバチバチバチィィィィィッッ!!!! と、黄金の雷光を纏った《黄龍》を駆り……俺は、そのまま眼下の大地へと降下した。

 風を超え、音をも超え、光の速さ――まさしく雷光の速度で突進しながら拳を握る。

 一秒も経たない内に、すぐ目の前まで迫る『聖蝕』の姿。

 それに向けて、俺は拳を振り下ろす。

 

 

 

 それで、全てが終わった。

 

 

 

 降り落ちる稲妻そのものと化した俺の拳は、折り重なっていた『聖蝕』の体を易々と焼き尽くして、守られていた一体の核を粉々に砕き。

 一瞬だけ撒き散らされた電撃が、水分である、飛び散った『聖蝕』の体を跡形もなく消し飛ばした。

 




 コイツら、戦場のど真ん中で何いちゃついてんの……? 自分で書きながらヘイトを溜めていく系作者の私です。
 というわけで急遽参入した二人目の機竜世界のヒロイン……あー、どんどん展開がややこしくなっていくぅ(自業自得)。

 ちなみにこれを書いているのはテスト期間の真っ最中! ……何やってんだお前、っていうツッコミはご遠慮ください。僕もそう思ってます。

 えー、当初機竜世界編は10話までとか言った気もしますが、申し訳ありません。後1……2話下さい。まだ足りなかったです。
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