インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 皆さん大変お待たせして申し訳ありませんでした!
 毎度のことながら学校が忙しくてなかなか時間が取れませんで……夏休みに入ってようやく余裕が出来ました。

 サブタイトルからお分かりかと思いますが、あの日とが出てきます。
 まだあの人のキャラが掴めてないので違和感があるかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。


Story.11 兎、襲来

 機竜世界全土を巻き込み、有史以来最大にして最悪の戦争となった、『創造主(ロード)』、延いては古代の『英雄』フギル・アーカディアとの闘争。

 

 元凶であったフギルが打倒され、最終的に世界連合側の勝利という形で戦争は幕を閉じた。

 

 世界には平和が戻ってきたのである。

 

 

 そして、それから二ヶ月ほど経った頃。

 

 人々が協力して戦争による被害の復興を進める中、俺こと織斑一夏率いる『金狼騎団』は、マルカファル王国国内のある地区の巡回に来ていた。

 

 

 その場所の名は、『大聖域(アヴァロン)』。

 

 原初の遺跡(ルイン)にして、二ヶ月前の戦争で最終決戦の舞台となった場所である。

 

創造主(ロード)』の討伐が成されたことにより、幻神獣(アビス)を産み出すための施設であった遺跡(ルイン)の機能のほとんどは停止したが、まだ一部は稼働している。

 

 そのため、以前と比べて大分稀なこととはいえ、幻神獣(アビス)遺跡(ルイン)から出現して暴れるという事態も今尚続いているのである。

 

 特にこの『大聖域(アヴァロン)』においては、他と比べて明らかに頻度が多かった。俺たちがこの場所の巡回をしているのは、そういう理由からだった。

 

 

 形の全く同じ建物が規則性を持って並べられた、一面灰色の街。

 

 確かに家のような形の建物はあるのに、ここには生活感というものがまるでない。

 

 どこまでも空虚で、寒々しい。

 

 

 ……あまり、長く居たい場所ではないな。

 

 そっと溜め息を吐きながら、周囲を見渡すが、俺以外の気配は感じられない。

 

 

「まあ、何もないならないに越したことはないんだが」

 

 

 一人ごちて俺は踵を返す。俺の担当していた範囲の巡回は終わった。先に巡回を終えたはずの仲間たちや後輩も待っているだろう。

 

 

 この後はその後輩と一緒に食事に行く予定なのだ。

 

 彼女にねだられてのことだが、存外それを楽しみに思っている自分が居る。

 

 共に何度も死線を潜り、関係まで持って……俺があの後輩を想う気持ちも強まったということだろう。

 

 

 ふっ、思わず唇を綻ばせて、俺は商会本部への帰路に着いた……その時だった。

 

 耳に着けた通信機から、俺を大いに驚かせて、二つの世界(・・・・・)を巻き込む新たな騒動の始まりとなる情報がもたらされたのは。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「あ、せんぱーい!」

 

「お、隊長!」

 

「お疲れ、たいちょー!」

 

 

 報告を受けて急いで帰ってきた俺を出迎えたのは、『金狼騎団』に所属する隊員たちだった。

 

 ……思えば、あの最終決戦の時はコイツらにも無茶をさせたものだ。誰一人欠けることなく今を迎えられたのは奇跡に近い。

 

 

「ああ、お前らも任務ご苦労だったな」

 

 

 俺が労いの言葉をかけると、ある者は不敵にニヤリと笑って、ある者は恐縮そうにはにかんで、ある者はフンと鼻を鳴らして、とそれぞれの反応を見せる。

 

 相変わらずの仲間たちに苦笑してから、ニコニコ顔で待機していたソフィーに話しかける。

 

 

「さて、例の報告を受けて来たわけだが……」

 

「分かってます。その人(・・・)なら、医務室ですよ」

 

「そうか……会えるか?」

 

「治療自体はもう終わってるみたいですから、大丈夫だと思いますよ? 意識も戻ってるみたいですし」

 

 

 小首を傾げて言うソフィーに頷きを返して、俺はもう一度隊員たちの方を振り返って言った。

 

 

「お前らも休んでていいぞ。また、皆で騒ぎに行こう」

 

 

 沸き上がる歓声を背に、副官であるソフィーを伴って、俺は建物の中へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 その人物が居るという病棟にやって来た俺たちは、目当ての部屋の前に立つ人の顔を見て驚きの声を上げた。

 

 

 頭の両サイドで輪っかになったオレンジ色の髪に、端正な顔立ちを彩る自信に満ち溢れた傲慢な笑み。錬金術師のような服装に短めのローブ。

 

 俺たちの師匠であり、このヴァンフリーク商会の総帥、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークだった。

 

 

「来たな、一夏、ソフィー」

 

「マギアルカ? 何故ここに……」

 

「あんな報告を聞いてしまえば、来ないわけにはいかぬじゃろう。なにせ……」

 

 

 扉に背を預けて立っていたマギアルカは、そこで一度言葉を切り、ニヤリと唇の端を吊り上げて、

 

 

「ーー空間の裂け目から、見慣れない格好をした人間が突如出現した、と聞けばな?」

 

「…………」

 

「くっくっく。どこかの誰かと全く同じ状況ではないか? 愉快なことじゃなぁ」

 

「……俺としては、あんまり笑えないんだがな」

 

「ま、お主にとってはそうじゃろうな」

 

 

 平然とそう言ったマギアルカは、ふと懐から小さな宝石のようなものを取り出して手の中で弄び始めた。

 

 

「それは?」

 

「そのご客人が持っていたという代物じゃ。ご客人を発見した者の話によれば、その者は機竜ではない機械の鎧を纏って幻神獣(アビス)とやり合っていたそうじゃ」

 

「……っ、それ、は」

 

「うむ。……IS、というやつじゃろうな」

 

 

 マギアルカが神妙に呟き、ソフィーが驚いて息を呑み、俺は我知らず拳を強く握り締めていた。

 

 

 ……まさか、またそれを見ることになるとはな。

 

 ISーー元の世界で、女尊男卑の風潮を産み出すことになった大きな原因にして、俺が迫害される要因の一つとなった絶対兵器。

 

 ISを所持している以上、この先に居る相手は女性なのだろう。

 

 正直、またあれを見るのは少し複雑なところがあるが……

 

 

 俺が複雑な思いを込めた視線を送っていることに気づいたのか、マギアルカはその宝石を懐に戻した。

 

 そして再び、あの見慣れた不敵な微笑を見せると、

 

 

「ま、ここでわしらが何をどれだけ話しておっても意味などあるまい。詳しいことは本人に聞けばよかろう。……一夏、覚悟はいいか?」

 

「……ああ」

 

 

 マギアルカの真剣な表情での問いにしっかりと頷く。

 

 緊張を露にする俺の手を、不意に柔らかい感触が包み込んだ。

 

 

 顔を上げれば、ニッコリと、優しく微笑むソフィーの姿があった。

 

 ソフィーは俺の顔を見つめたまま何も言わない。けれど、その柔らかい光を湛える瞳を見つめていると、不思議とざわついていた心が落ち着いてきた。

 

 

 ああ……大丈夫だ。

 

 例えこの先に何が待っていようとも、もう俺は一人じゃない。

 

 マギアルカが、ソフィーが、皆が。

 

 頼りになる師匠が、隣にいてくれる後輩が、俺を慕ってくれる仲間たちが居る。

 

 なら、何を恐れることがあるだろう。

 

 もう、何も恐くない。

 

 

 何も言わずに見守ってくれていたマギアルカに笑って頷くと、彼女も柔らかく微笑んで、勢いよく背後にあった扉を開け放った。

 

 

 一応相手は怪我人らしいのだが、それに対する気遣いも何もあったもんじゃなく、バァンッ! と大きな音をたてて開かれる扉。

 

 

「邪魔するぞ!」

 

 

 意気揚々と乗り込むマギアルカの後に続き、慌てて俺とソフィーも中に踏み込む。

 

 おいおい流石に荒過ぎるだろ……と、若干焦りながら部屋の中を見回して、俺たちは思わず固まってしまった。

 

 

 

 

 そこでは、一人の女性が逆立ちをしていた。

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 沈黙する俺たちと女性。言葉もなく、全員が驚いた表情で目の前の相手の顔を見つめる。

 

 

 逆立ちだった。

 

 思わず唸ってしまうような、完璧な、非の打ち所のない、美しいフォームの、逆立ちだった。

 

 その女性が着ていたのは裾の長いエプロンドレスのような衣服だったのだが、逆立ちしているため、派手にめくれあがって、肉付きのいい太腿や白いガーターベルト、そして中々に派手目な黒ろ……

 

 

「ダメです。それ以上見ちゃダメですよ先輩」

 

「…………」

 

 

 いや、別に自分から見に行ったわけではないのだが。

 

 しかし驚いてついガッツリ見てしまったのも事実。視界を塞ぐ後輩の柔らかい手の平を甘んじて受け入れる。

 

 押し黙る俺に、マギアルカがからかうような声をかけてくる。

 

 

「ほほう? 不肖の我が愛弟子よ。昨晩ソフィーとあれだけ激しく求めあっておったというのに、随分とお盛んなことじゃなぁ? のう一夏?」

 

 

 その言葉に言い返そうとして口を開きかけた俺だったが、そんな俺よりも早くマギアルカの言葉に反応した人物が居た。

 

 逆立ちの女性である。

 

 

「え!? い、一夏って……あ゛っ」

 

「「「あっ」」」

 

 

 何故か俺の名を聞いて過剰に反応した女性は……どうやら、相当動揺していたようで。

 

 辛うじて姿勢を維持していた両腕を派手に滑らせてしまった。

 

 逆立ちなんていう体勢で支えがなくなればどうなるか……言うまでもない。

 

 

 地面から腕を離してしまった女性は、僅かに空中でもがきながらも敢えなく墜落。

 

 ゴヅンッ、と鈍い音が響いて、直後に、女性の首の辺りから、コキャッ、と聞こえてはいけない音が聞こえてきた。

 

 

「ふぎゃっ!? ……くぺっ」

 

 

 どうやら頭を強く打った上に、一瞬ながらも首だけで全身を支える羽目になったことで負ったダメージが止めになったようで。

 

 結果、女性は俺たちと一言も言葉を交わすことなく、再び意識を失ったのだった。

 

 

「……どうするんですか? これ」

 

「むぅ……とりあえず大事はないようじゃが……まあ、また寝かせておけばいいじゃろ」

 

 

 女性の首もとを簡単に診察して、マギアルカは女性の体を軽々と持ち上げてベッドの上に放り投げた。

 

 随分と荒っぽいやり方だが……まあ、あの人なら本当に大事はないだろう。化け物並みの身体能力だし。

 

 

 そう……ここに至って俺は、女性の正体を正しく理解していた。

 

 

 どこか人工的な紫色の髪、若干幼げながらも人並外れて整った顔立ち、ゆったりしたエプロンドレスの上からでも分かる素晴らしいプロポーション。

 

 そして何より……女性の紫色の髪の上に装着された、兎の耳を模した機械。

 

 

 俺の幼馴染みの姉にして、実姉の親友。あの世界で起こった全ての混乱の元凶。ISの産みの親。秩序の破壊者。最悪の創造主。混沌の化身。

 

 天災篠ノ之(しののの)(たばね)、その人である。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「…………目が覚めたら知らない天井だった」

 

 

 やがて目を覚ました束さんの第一声は、そんなものだった。

 

 

「これはどう言ったことでしょう。天災束さん、今世紀最大に困惑しております。まさかこの束さん、不覚を取って絶賛拉致られ中とかでしょうか……」

 

「人聞きの悪いことを口走るな。目覚めて早々失礼なやつじゃな……」

 

 

 とりあえず自由に喋らせておこうと思ったのに、つい、と言った感じでマギアルカがツッコミを入れた。

 

 独白を中断された束さんは目をパチクリさせると、

 

 

「誘拐犯だー!?」

 

「誰がじゃ!?」

 

 

 ……あのマギアルカをツッコミに回らせるとは、流石は束さんか……。

 

 俺が妙な感心をしている間にも、二人は漫才めいたやり取りを交わすこと約五分。

 

 

「はぁ……ようやく自己紹介か。ゴホン、わしの名はマギアルカ・ゼン・ヴァンフリーク。ここ、ヴァンフリーク商会の総帥じゃ」

 

「初めまして! ソフィー・ドラクロワって言います。よろしくお願いしますね、束さん!」

 

 

 溜め息を吐きながら無難に自己紹介をするマギアルカと、相変わらず初対面からファーストネーム呼び+握手という社交性を見せるソフィー。

 

 束さんは思わずと言った調子で差し出されたソフィーの手を取って再び目をパチクリとさせた。

 

 

「お、おぉ……。起き抜けに飛びっきりの美少女を二人も目にして、流石の束さんもびっくりだよ。あ、これはどうもご丁寧に。天災こと篠ノ之束さんです」

 

 

 ふむ、束さんにしては常識的な返答だな。少し意外だった。

 

 そんな失礼なことを考えていると、あと一人この場で自己紹介をしていない人間が居ることに気が付いたのか、束さんが視線を向けてきた。

 

 ソフィーがそっとその場から離れ、マギアルカも口を閉じる。

 

 一度瞑目して、視線を合わせると、束さんの目が、徐々に見開かれて行った。

 

 

「…………もし、かし、て。きみ、は……」

 

「……どうも」

 

 

 心底驚いたような表情の束さんに、俺は深呼吸を一つして、告げた。

 

 

「お久しぶりです、束さん。一夏です」

 

「………………いっ、くん?」

 

 

 昔と変わらない、その呼び方。彼女だけが使うその呼び方。

 

 震える声で届けられたその言葉が、一気に全身に染み渡って……胸の奥から、どうしようもない懐かしさが込み上げてくる。

 

 束さんと初めて言葉を交わした、あの夏の日。寺の裏手に立っていた、あの高い木の下で……

 

 

 俺が蘇った思い出を噛み締める中で、束さんはーー何故か、ひどく怯えたような表情になった。

 

 

「束さん……?」

 

「…………ゆ」

 

「ゆ?」

 

「幽霊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

 

 ………………は?

 

 幽霊って、俺?

 

 

「いや、俺生きてるんですけど。幽霊じゃな「ひぃぃぃぃぃぃ、幽霊だぁぁ、だっていっくんは四年前(・・・)に誘拐されて死んじゃってるんだからぁぁぁぁ! 束さんがどんなに探しても死体すら見つかってないんだもん! それがこんな誘拐犯の根城で……あ、誘拐犯? 犯人でしたかぁぁぁぁっ!?」

 

「誰が犯人じゃ。こっちはむしろ助けてやった側じゃぞ?」

 

 

 というかまだ誤解解けてなかったんか……呆れたようにこぼすマギアルカの声もどこか投げやりだ。

 

 この人、バリッバリの科学者だろうに。

 

 

「えぇーっと、先輩? これ、どうするんですか?」

 

「あー……」

 

 

 何だか微妙な目をしたソフィーに訊かれて、シーツを被って子供のようにガタガタと震えている束さんに声をかける。

 

 

「えーと、束さん?」

 

 

 ビビクゥッ!!

 

 

 ベッドの上に作られた山が大きく震えた。

 

 小刻みに震えながらブツブツと何事か呟いていたので、顔を近づけてみれば、

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ…………」

 

「…………束さん?」

 

 

 よく分からないが、凄まじい勢いで謝ってきていた。何についての謝罪だろうか。

 

 ……だんだん、面倒になってきたな。

 

 辟易していた俺は、もう一度名前を呼んでそれでも返事がないのを確認すると、

 

 

「いいから……さっさと起きろ!!」

 

「ひゃわぁぁぁっ!?」

 

 

 勢いよく、束さんが被っていたシーツをひっぺ返した。

 

 すっとんきょうな声を上げてベッドの上を転がる束さん。顔を見てみると、どうやらガチ泣きのようだった。子供かこの人。

 

 

「誰が幽霊ですか……生きてますよ。この通り」

 

「え……?」

 

 

 恐る恐る伏せていた顔を上げる束さん。

 

「本当に?」と訊いているような眼差しに、しっかりと頷きを返す。

 

 束さんはそろそろと手を伸ばして、俺の頬に優しく触れた。存在を確かめるように、ゆっくりと頬を撫でられる。

 

 

「ほんとに……いっくん、なんだよね」

 

「……はい。あなたの知る俺とは変わっているかもしれませんけど……俺は一夏です」

 

「いっくん……」

 

 

 俺の名を呼ぶそのか細い声には、万感の思いが込められているように思えた。

 

 ようやく俺の存在を実感したからか、束さんの整った顔が再びくしゃりと歪む。けれど、その頬を伝う涙は、さっきのものとは全く違うものだった。

 

 

「ふぇぇぇぇ……いっくん、いっくん……!」

 

「はい、束さん」

 

「いっくぅぅぅん……!!」

 

「……はい」

 

 

 ぎゅうっ、俺にしがみついて胸元に顔を埋める束さんの、意外なほどに細い肩を、そっと抱き返す。

 

 ……束さんとこういう風にするのは、多分これが初めてだ。

 

 服を濡らしていく涙が、彼女が嘘偽りなく、俺が生きていたことを、俺と再会できたことを喜んでくれていると教えてくれる。

 

 ……あの頃は気付かなかったけど、この人は、俺の味方で居てくれたのか。

 

 ああ……それは、何となくーー嬉しいな。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「えへへ……お見苦しいところを」

 

「うむ、初っぱなから目にしておるから、安心しろ」

 

 

 恥ずかしげに舌を出す束さんに、マギアルカが素っ気なく返す。どうやら大分気力を削がれているようだ。露骨に帰りたがっている。

 

 気持ちは分からなくもないが……まだ何も訊いてないぞ。

 

 

「それで、束さん。あなたはどうしてこんなところに居るんですか?」

 

「あ、うん。それに答える前に、ちょっと聞きたいんだけどさ……ココドコ?」

 

 

 ん? 何で束さんが首を傾げているんだ?

 

 

「いやー、束さんにもちょっとよく分かってないんだよねー。無我夢中で空間の裂け目に飛び込んだのは覚えてるんだけど、そこで記憶飛んでるし」

 

「飛び込んだ、って……」

 

 

 俺の時は問答無用で『引きずり込まれた』という感じだったが……俺の時とは違うケースだってことか?

 

 

「……まだよく分からんな。一から説明を頼む」

 

「私も色々聞きたいことがあるんだけどなー………ま、いっか。一つずつ済ませていこうか。あの空間の裂け目を通る直前、私はドイツのとある倉庫街に居たんだよ」

 

「ドイツ……?」

 

 

 何でまたそんなところに。

 

 訊ねてみると、束さんは表情を暗くして、

 

 

「覚えてない……? そこは、第二回モンド・グロッソの最中に誘拐されたいっくんが連れていかれた場所だよ」

 

「…………っ!」

 

 

 ああ……そう、だったな。

 

 束さんの言葉を聞きながら、俺は自身の胸元に手を当てていた。あの時に叩き込まれた銃弾の傷跡に、幻想の痛みが走る。

 

 

「束さんは……どうしてそんなところに?」

 

「決まってる。姿を消してしまったいっくんの手がかりを探すためさ」

 

「俺の……?」

 

「そう。……いっくんが誘拐されたって言う情報を手に入れた私は、すぐにその現場へと向かった。けれどそこにあったのは、まるで局地的な嵐が襲ったような破壊の跡と、飛び散りまくった大量の血痕だけだった。死体の一つすらなかった」

 

 

 束さんは淡々と、冷めた声音で囁くように言い募る。

 

 

「それを見たドイツ政府は、いっくんは死んだという結論に至ったけれど……私はそれが信じられなかった。信じたくなかった、って言った方が正しいかな」

 

「だから、あの現場で俺の手がかりを探していた、と?」

 

「そゆことー。……事件が起こったときからほとんど惰性で続けてたんだけどねー。まさか手がかりどころか本人と会えるとは思いもしなかったよ……」

 

 

 たはは、と困ったように頭を掻く束さん。

 

 そんな彼女の言葉に、居なくなった俺のことを心配してくれていた人が居たことを実感して、つい胸が熱くなる。

 

 

「んでまあ、どうやってここに来たのか、って話に戻るけど。さっき言った通り、私はいっくんの手がかりを探すためにあの場所に行ったんだけど……そしたらそこには、アニメとか漫画とかで見るような怪物が我が物顔で彷徨いててね。流石の束さんもあれにはびっくらこいたよ。自分の正気を疑っちゃうぐらいにはさ」

 

「……怪物、ですか」

 

 

 束さんは面白おかしく語っていたが、俺たちにとってはとても笑える話ではない。

 

 彼女が目撃したその化け物は、十中八九幻神獣(アビス)だろう。

 

 

 もし、幻神獣(アビス)がこれまでも向こうの世界に言っているようなら、騒ぎになっていないのはおかしい。

 

 となれば、恐らく今回の邂逅は全くの偶然ということになるのだろう。

 

 偶然何らかの要因で幻神獣(アビス)が向こうの世界へ侵入し、偶然束さんがその場所へ赴いていた。随分と出来すぎな話だが……

 

 

「まあ束さんもそれを見て、こりゃあヤベぇと直感して逃げ出そうとしたんだけどさ、近くにあったドラム缶を蹴飛ばすなんて言うこれまたベタなミスをしちゃってね。ほとんど成り行きのままにその怪物と戦うことになっちゃったんだ」

 

「戦いって、ISでですか?」

 

「うん。熊とかライオンとかならまだしも、モノホンのバケモン相手じゃ生身じゃ荷が重すぎたから」

 

 

 逆に言えば、熊やライオンならば生身で下せるということになるのだが。

 

 この人なら簡単にやってのけそうだから怖いな。

 

 

「その戦いの顛末は、色々省いて結果だけ言うとボロ負けだね。その時持ってたISが戦闘向きじゃなかったのもあるけど、何だよあれ、どんな硬さしてるんだよ……とっておきの超強力荷電粒子砲まで持ち出したのに皮膚を溶かしただけとかどうなってんだよホント!」

 

 

 その時の驚愕と屈辱を思い出したのか、束さんは髪をかきむしってうがーっ、と叫んだ。

 

 

「……それで、どうなったんです?」

 

「まあ、流石にそれを見て自信に満ち溢れた束さんでもこりゃあ勝てねぇ、ってなって逃げようと思ったんだけどね。あいつしつこくてしつこくて。振り切れそうになかったから、半壊した例の倉庫のところに空間の裂け目みたいなのがあったから、えいやって飛び込んだんだよ」

 

「……無茶をするのう、お主」

 

 

 束さんの言葉に、マギアルカは呆れたような声音で呟いた。

 

 実際束さんのやったことは相当な無茶だ。

 

 いくら緊急時とはいえ、行き着く先も定かでない、見るからに怪しい穴に身一つで飛び込むとは。

 

 

「そのあとのことは、君たちの方が詳しいんじゃないかな? お前ストーカーかよってぐらいにしつこく追いかけてきた化け物に追い詰められてるところを、多分君たちのお仲間であろうISっぽい何かを纏った人たちに助けられて、今に至るってわけ」

 

「なるほど……」

 

「何と言うか……大変でしたね」

 

 

 困ったように眉根を寄せて言うソフィーだが、実際、それ以外に言う言葉が見つからなかった。

 

 とりあえずこれで束さんの話は終わったと判断して……チラリ、とマギアルカの方を伺うと、マギアルカは腕組をして、何かを考えているようだった。

 

 

「マギアルカ?」

 

「ん? ……ああ、すまぬな。ふむ、そちらの事情は大体了解した。ならば今度はこちらのことを話す番じゃな。わしらは何者なのか。ここはどこなのか。今がどういう状況なのか。その化け物は何なのか。そして、何故一夏がここに居るのかも、な」

 

 

 一瞬、二人の視線が俺へと向けられ、そして再び交わる。

 

 二人とも、常ならばこれでもかと言うほどにふざけ倒しているような人間だが、この時ばかりは真剣そのものの雰囲気だった。

 

 

 覚悟を問うようなマギアルカの視線に、束さんが僅かに頷く。俺とソフィーは何も言わずに後ろで控える。

 

 そしてマギアルカは、淡々とした口調で語り始めた。

 

 この世界と俺たちの事情、束さんに必要な情報の全てを。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「…………と、まあこんなところじゃな。どうじゃ束。わからなかったところなどはあるか?」

 

「ん、大丈夫ーーありがとう、おかげで大体のことは理解できたよ」

 

 

 マギアルカの語る話を神妙な表情で聞いていた束さんは全てを聞き終えて。何かを納得したように頷いた。

 

 

「なるほど……空間の裂け目……異世界に……ふむふむ、なるほどね」

 

「あまり驚かないんですね?」

 

「んー、まあね。『異世界』ってものの存在は、研究の過程で薄々感づいてはいたからね。ああ、やっぱりか、ってぐらいかな」

 

 

 さらっと言っているが、それって結構とんでもないことなのでは?

 

 流石は自他ともに認める人類最高峰の頭脳、『天災』なだけはある、か?

 

 

「それで……この世界には、七つある遺跡(ルイン)から発掘された古代兵器たる装甲機竜(ドラグライド)なるものが存在して、こちらの世界で五年前までは旧帝国とやらがその権益を独占していた。しかし強大な軍事力を誇った帝国も国内のクーデターで崩壊。遺跡(ルイン)の権益は各国に分配され、各国は小競り合いを繰り返していた。

 

 けれど数ヵ月前、突如としてかつての世界の支配者を名乗る『創造主(ロード)』の一族が登場。彼らは世界を欺き全ての国々の支配者層を根絶、最後の遺跡(ルイン)大聖域(アヴァロン)』の力でもって世界の再構成を目論見、世界連合との間で激しい戦いを繰り広げた。結果は見ての通り、世界連合側の勝利。斯くして世界には平穏が戻ったのでした、めでたしめでたしー……って理解であってる?」

 

「流石束さん。パーフェクトです」

 

 

 要点のみをしっかりまとめて要約してみせた束さんを、手放しで称賛する。流石の理解力だ。

 

 

「話のなかで出てきた幻神獣(アビス)って言うのがつまり、私に襲いかかってきたやつのことだね? 遺跡(ルイン)で生まれたっていう謎の生物」

 

「実際には、『創造主(ロード)』の人たちが産み出した、帝国への反逆者を断罪するための粛清機構らしいですけどねー。酷い話です」

 

 

 しみじみと述懐するソフィー。

 

 問題は、何故その幻神獣(アビス)があの世界に現れたのか、ということだが。

 

 束さんの話から分かるのは、幻神獣(アビス)は俺がこの世界に来た時とは逆に、この世界から例の空間の裂け目を通って向こうの世界へ渡ったということ。

 

 ……偶然なのか? これは。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 やれやれ、ようやくあの戦争も終わったと言うのに、また世界中を巻き込みかねない騒動の火種が見つかった。

 

 よほどこの世界は波乱に愛されているらしい。

 

 

 幻神獣(アビス)が別の世界へ渡り害を為しているとなれば、これはもはやマルカファル王国一国だけの問題ではない。

 

 近い内に、再び各国の首脳陣を集めて世界会議(サミット)を、開く必要が出てきた。

 

 まずは各国の『七竜騎聖』へ情報の伝達を……と考えていると、束さんがそんな俺をじっと見つめていることに気が付いた。

 

 

「どうかしましたか、束さん?」

 

「…………ごめんね、いっくん」

 

「はい?」

 

 

 束さんの意図が読めず、つい間の抜けた声を返してしまう。

 

 何だ? 何についての謝罪なんだ?

 

 

 怪訝に首を傾げる俺に、束さんは痛みを堪えるような、悲痛さを宿した表情で、

 

 

「あの時……苦しんでたいっくんを、助けられなくて」

 

「……」

 

「いっくんは、ずっと、ずっと、一人で戦い続けてたのに……私は、何も出来なくて……ごめんね」

 

「そんなのーー」

 

「それだけじゃない。いっくんが、そんな風に理不尽な扱いを受けていたのは、ちーちゃんの弟ってだけじゃなくて……私が作ったISのせいもあったはずだから」

 

「……」

 

 

 女性にしか扱えないあの世界の絶対兵器。元々は宇宙開発のために作られたはずのマルチフォーム・スーツ、IS(インフィニット・ストラトス)

 

 その存在は、各国のパワーバランスを塗り替え、世界に大きな変革をもたらすと共に、一つの忌むべき風習……女尊男卑の考えを世界に蔓延させた。

 

 

 ーー正直に言って、俺があそこまで虐げられていたのには、ISの存在も関係していたと思う。

 

 ISに乗ることが出来ない下等な存在の上に、姉と弟の足を引っ張ることしか出来ない無能。それが、かつての俺に下されていた評価だった。

 

 

「……下らんのう、まったく。度し難いほど愚かじゃ」

 

 

 吐き捨てるように言うマギアルカの言葉に、束さんは何も答えることなく、ただ視線を天井へと向けた。

 

 そして、視線を上へ向けたまま、ポツリと、

 

 

「……何が駄目だったのかな」

 

 

 懺悔するように、

 

 

「……どこで間違ったのかな」

 

 

 悲嘆するように、

 

 

「……どうすればよかったのかな」

 

 

 懇願するように、

 

 

「……夢を見ちゃ、いけなかったのかな」

 

 

 自省するように、

 

 

「……地面を跳び回ることしか出来ない兎が、あの先に行きたいだなんて……やっぱり、許されないのかな」

 

 

 誰かに聞かせるでもなく、独白するように、夢見る兎は呟く。

 

 

「最初のきっかけは、本当に些細なものだった。誕生日に親に買ってもらった図鑑を見て、宇宙に行きたい、っって思ったって言う、多分どこの家でもあるような憧れ。何も知らないからこそ見ることの出来る一時の夢。いつかは覚めてしまう夢」

 

 

 束さんは言う。本当に大したことではなかったのだと。

 

 サッカーが得意な子が、将来サッカー選手になりたいと話すように。

 

 お菓子が好きな子が、将来ケーキ屋になりたいと話すように。

 

 そんな程度の、ある程度大きくなれば現実に気付いて諦めてしまうような、純粋で透明な『憧れ』。

 

 成長していくにつれて、現実を知っていくなかで、人は少しずつそれを忘れていく。想いが薄れていく。

 

 自分にはそんなことは出来ない、と。自ら可能性を閉ざしてしまう。それが普通。何も特別なことはない。

 

 

 けれど、束さんは、それが許せなかった。

 

 夢を捨てることが出来なかった。憧れを忘れることが出来なかった。

 

 そして束さんには力があった。夢を現実にすることが出来る、天災と形容されるほどの頭脳という力が。

 

 空を夢見る兎は、そうして完成させた。人類があの空ーー『無限の空(インフィニット・ストラトス)』に至るための、翼を。

 

 

「ISが完成した時、本当に嬉しかった。目の前の機体(我が子)をみて嬉し泣きした。それに乗ってあの空を飛び回ることを想像してドキドキした。誰も見たことのない世界が見られるってワクワクした。ーーけど」

 

 

 世界は彼女から、その翼を奪い取った。

 

 

 どこまでも広がる大空へと羽ばたくための翼は、同じ人間を傷つけ命を奪うための兵器に堕とされ。

 

 

 彼女の夢は、醜悪な欲望によって踏み躙られた。

 

 

 それを知った時の、彼女が味わった絶望は、どれほどのものか……想像を絶する。

 

 

 もちろん束さんだって、完全な被害者だったわけではない。

 

 世界にISの規格外の性能が知れ渡ることになった『白騎士事件』。あれを起こしたのは、ほかならぬ束さんだ。

 

 例えそんなつもりがなかったとしても、あの事件は多くの犠牲者を生んだ。多くの悲しみを生んだ。それは紛れもなく彼女の罪だ。

 

 あの事件さえなければ、あんなやり方さえ取らなければ、ISは完全な兵器としてみられることはなかったかもしれない。

 

 

 でも、それでも。

 

 かつて、五年前のある日に、ずっと篠ノ之家の納屋に閉じ籠っていた束さんに差し入れを持って行った時。

 

 あの時に見た彼女の姿は……憔悴したようにふらつきながらも、楽しそうに笑って黙々と手を動かしていた彼女の姿は……

 

 

 俺には、とても眩しかった。

 

 

「ーー俺は」

 

 

 気が付けば。

 

 俺は一歩踏み出して、束さんに声をかけていた。

 

 

「俺は、あなたの見た夢は、決して間違っていなかったと思う」

 

「いっくん……?」

 

 

 不思議そうな束さんの瞳を、真っ直ぐ見つめて、俺は言葉を重ねる。

 

 

「確かに、やり方は間違ってしまったかもしれない。してはならないことをしてしまったのかもしれない。誰かを不幸にしてしまったのかもしれない。それらは決して許されることじゃない。あなたは、その罪を背負う義務がある」

 

「…………」

 

「けど」

 

 

 だけど。それでも。

 

 

「あなたが夢見た世界は、目指した場所は、憧れたものは、決して間違いなんかじゃなかった」

 

「ぁ……」

 

「あなたの夢は、確かに美しかった」

 

 

 かつての俺が思ったことを、何の飾りもなく、告げた。

 

 束さんは俺の言葉を受けて、一瞬、くしゃりと顔を歪めたと思うと、すぐに俯いて震える手で俺を手招きしてきた。

 

 ゆっくりとベッドに座る彼女に近づくと、そのまま腹の辺りに抱きつかれた。

 

 彼女の細い手が恐る恐る俺の腰に回される。

 

 そっと彼女の肩に手を置くと、その肩は震えていた。

 

 

「…………ごめんね、いっくん」

 

「大丈夫です。俺のことなんて、気にする必要はないですよ」

 

 

 だって。

 

 

 泣きながら謝ってくる束さんに、俺は首を横に振って、同じ部屋に居て、俺たちを見守ってくれていた二人に視線を向ける。

 

 

 ……そう。あの日、誘拐されて死にかけて、さらには異世界なんてところにまで来てしまったけれど。

 

 そんなことがありつつも、今の俺は、間違いなく幸せだと言い切れる。

 

 

 だって、俺は、

 

 

「俺はこの世界で……心の底から大切だと思える人たちに、出会えましたから」

 

 

 この世界を生き抜くための術と、人として大切なことを教えてくれた、尊敬すべき師匠。

 

 

 いつも明るく笑って、騒いで、楽しんで、泣いて、どこまでも付いてきてくれる愛すべき後輩。

 

 

 素性も分からぬ俺に親身に接して、暖かく見守ってくれたバーツさんやオルガさん、商会や軍の人たち。

 

 

 共に学んで共に遊んで共に育って、俺のことを信頼してくれる、かけがえのない仲間たち。

 

 

 こんなにも多くの人たちに、俺はこれまで助けられてきた。

 

 少し血生臭いけれど、あの世界に居た頃は考えられないほどに穏やかで、暖かくて、楽しい日常。

 

 毎日毎日、朝起きるのが楽しくて仕方がなかった。

 

 

 だから。

 

 

「俺は、誰よりも、幸せです」

 

 

 そう、笑って言うことが出来た。

 

 




 一応、機竜世界編は次で終わりのつもりですが、次々回は機竜世界とIS世界が半々ぐらいの割合になるかと思います。
 これからもよろしくお願いいたします!
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