インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 どうも侍従長です。

 今回はセシリアVS春万、そしてイチカVS春万です。
 よろしくお願いします。


Story.16 白式と英雄

 イチカとの試合から、機体の調整を兼ねて三十分ほどの時間を空けて。

 セシリア・オルコットは再び《ブルー・ティアーズ》を纏ってアリーナの空に居た。

 学園の技術者志望の生徒たちによって、《ブルー・ティアーズ》のビットの交換も済んでいる。準備は万端。抜かりはない。

 

 相対するのは、一対の翼を持つ純白のISを纏い、右手に一本の刀を携えた、織斑春万。

 自信に満ち溢れた笑みを浮かべる春万とは対照的に、セシリアの表情に油断はない。

 イチカとの戦いを経て、彼女の中からただ『男性である』というだけで侮るような気持ちは跡形もなく消え去っている。

 

 物見高く集まっている観客たちも、勝負の結果が不透明なのが嬉しいのか、どこか高揚した雰囲気だ。

 

 十メートルほどの距離を空けて向かい合う二人。

 セシリアが右手の《スターライトmkⅡ》を構えたところで、春万が朗らかな笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「セシリアだったよな? せっかくの試合だ。お互いフェアにな。回りくどいのはナシでいこうぜ」

「勝手に呼び捨てにしないでいただけます? それと、あなたに言われずとも私は卑怯なことなどしませんわ。全力であなたを叩き潰します」

「ははっ、怖い怖い。……そんじゃあ、始めるか」

 

 春万は明るく笑って、刀を構えた。

 

「さぁて行こうか、《白式(びゃくしき)》……正々堂々の真剣勝負(・・・・・・・・・)を、なぁ?」

 

 ……その言葉を口にしたとき、春万の表情がどうしようもなく醜悪に歪んだが……幸か不幸か、セシリアはそれに気付かなかった。

 

 セシリアが照準を春万に合わせるのと同時、春万が刀を大上段に振り上げ突っ込んできた。

 若干の無駄はあるが、その速度は十分に速い。

 文句のつけようのない先制攻撃だったが……

 

(ヴァンフリークさんの《アキレウス》と比べれば、どうと言うことはありませんわ!)

 

 つい三十分ほど前に、『いつの間にか視界から消えている』相手と戦っていたセシリアにとって、その程度はむしろ遅いと思うほどだった。

 油断なく全力で仕留めるために、初手から四基のビットを展開。

 その全ての砲口を春万へと向け、タイミングを合わせてライフルの引き金を引いた。

 

 ――()

 春万に向かって放たれた(・・・・・・・・・・・)レーザーは一本だけだった(・・・・・・・・・・・・)

 

「えっ………………?」

 

 思わず、呆けた声を漏らすセシリア。

 

 見れば、四基のビットはそもそも展開してすら(・・・・・・・・・・)いなかった(・・・・・)

 

(どうして……っ!?)

「余所見してんなよ!!」

「っ、あぁっ!?」

 

 混乱の極致に居るセシリアに、レーザーを回避して肉薄していた春万は斟酌なく刀を振り下ろした。

 もちろんセシリアに回避などできようはずもなく。

 

 悲鳴を上げて吹き飛ぶセシリア。

 どうにかすぐさま体勢を立て直して、反撃のためにビットへ指示を下す。

 だが、ビットは何も反応を返さず、セシリアの背後で佇むだけだった。

 

「何故、ですのっ……!?」

「どうしたぁっ!? イギリス代表候補生ってのはこんなもんかぁ!?」

「くっ……!」

 

 春万の声に銃撃で返したセシリアだったが、動揺のためか狙いが甘く、容易に避けられてしまう。

 紙一重で第二撃を回避したところで、春万からのプライベートチャンネルでの通信があった。

 

『随分と大変そうだけど大丈夫かよオイ? もしかして……ビットが動かない(・・・・・・・・)とか?』

「……っ、あなた! 一体何をしましたの!?」

 

 揶揄するような言葉に、バッと顔を上げて詰問するセシリア。

 しかし春万は口の端に薄い笑いを張り付けて、

 

『おいおい、俺が何かしたってのかよ? 責任転嫁が過ぎるんじゃねぇか?』

『戯言を――』

『俺はただ、適当にブラついてたら可愛い娘を見つけたからちょっと「お話」しただけだぜ? そういや……何かの作業してるみたいだった(・・・・・・・・・・・・・・)が……何だったんだろうなぁ?』

「――――」

『その後に、ちょっとバランス崩して近くのモニターに触れちまった(・・・・・・・・・・・・・・)んだが……まあ、事故(・・)だよなぁ』

 

(まさか……まさか…………!)

 

 セシリアの背筋に怖気が走った。

 目の前の男がしたであろう行いに、本能的な嫌悪感と恐怖が迸ったのだ。

 

『まさか、あなた……換装作業の妨害(・・・・・・・)をっ!?』

 

 その瞬間。

 織斑春万の爽やかな笑顔の仮面が外れ、隠しようもなく醜く歪んだ表情が露になった。

 角度的に、恐らくセシリアにしか見えていなかっただろうが……セシリアは確信した。

 今の貌こそが、織斑春万という人間の本性なのだと。

 

『あなた……こんなことをして、許されると思っていますの!?』

『何のことだよ?』

『惚けないでくださいまし! あなたがどれだけ否定しようと、私の証言と格納庫の防犯カメラの映像さえあれば……!』

『通ると思うかよ?』

『な』

『たかが代表候補生(・・・)の言葉と、「世界最強の女性(ブリュンヒルデ)」の弟の言葉だぜ? どっちがより信憑性が出るかなんて明白だろ?』

『……っ』

『よしんば俺が認めたとして……たかだか学園での試合の勝敗のためなんぞに「世界最強の女性(ブリュンヒルデ)」を敵に回そうとなんて思わねぇだろイギリスも』

 

 もはや、セシリアには言葉もない。

 言葉を交わす間にも、何度も切りつけられているが、それすら気付かなかった。

 この男は、そこまで計算して妨害工作を行ったというのだ。

 卑怯、卑劣、悪辣……そんな言葉では表せないほどの、悪意。

 

(こんな人が……織斑千冬の、弟…………?)

 

 かつて相対した、遺産を狙う連中と同じ。

 息をするように嘘を吐き、何でもないように他人を陥れ、雑草を刈るように命を奪う。

 ただただ自らの利益のみを考え、そのためならば他の全てを犠牲にできる。そんな人種。

 

 意外なほどに鋭い斬撃に、対応すらままならない。

 かつて神童とすら謳われた剣の才。

 例えセシリアの状態が万全であったとしても苦戦させられたであろうほどの実力。

 

「あなた、は……屑、ですわ」

「はっ――負け惜しみかよ?」

『じゃあな凡人――まあ、俺の箔付けぐらいには役立ったかもなぁ?』

 

 何とか絞り出した言葉も、鼻で笑われて。

 視界から、春万の姿が掻き消える――スラスターから放出したエネルギーを再度取り込むことで二回分の加速を行う高等技法、瞬間加速(イグニッション・ブースト)

 

「――《零落白夜(れいらくびゃくや)》」

 

 ザンッ!!

 青白いオーラを纏った、春万の斬撃でシールドエネルギーをゼロにして。

 

 セシリア・オルコットは、成す術もなく敗北した。

 

 

 

§

 

 

 

 試合が終わって、セシリアは足を引きずるようにして、ピットへの薄暗い道を歩いていた。

 その表情は暗く沈んでいる。

 

 ――負けた。

 見下していた男に負けた、それ自体はいい。悔しくはあるが、納得はできる。

 だが……あの男だけは。織斑春万だけは。

 あの卑怯者にだけは、負けたくなかった。

 

 何よりも悔しいのは……否定されたこと。

 セシリアがこれまで血反吐を吐きながら必死に積み上げてきたもの。

 たゆまぬ努力の果てに得た力を――織斑春万は、『凡人』という一言で切って捨てた。

 

 ――セシリア・オルコットは決して天才ではない。

 確かに射撃の才能はあったろうが、それも常人と比べたら多少マシという程度のもの。

 だからこそ、セシリアは己の持つ数少ない才能を磨き上げてきた。

 天才ではなく、秀才。

 そのあり方は、程度こそ違えどイチカの在り方とよく似通っていた。

 

 その努力の甲斐あって、セシリアは見事オルコット家を守り抜き、《ブルー・ティアーズ》を得るまでに至った。

 それはセシリア・オルコットにとって、万人に胸を張れる誇りだった。

 

 だから、悔しかった。

 彼に貶されて、嘲笑われて、それを否定できなかったことこそが、何よりも悔しかった。

 

 噛み締めた唇から血が滴り、形のいい顎を伝う。

 あわやISスーツに垂れ落ちる……というところで、不意に差し出されたハンカチによって拭われた。

 

 ハッとして顔を上げれば、そこには、漆黒のISスーツを纏ったイチカの姿があった。

 呆然と見上げるセシリアに、イチカは柔らかく、優しく微笑んで、

 

「お疲れ様、セシリア」

「ヴァンフリーク、さ……イチカさん、イチカ、さぁぁぁぁんっ!!」

 

 こちらを安心させるようなその笑みに、セシリアはいつの間にか彼の胸に飛び込んでいた。

 イチカは拒絶することなく、セシリアの頭をポンポン、と優しく叩いた。

 

「お前がそこまで傷つくってことは、ただの敗北ってわけでもないだろう。……何があった?」

 

 どこまでも優しく訊いてくるイチカに、セシリアは喉を詰まらせながら全てを語った。

 織斑春万の所業、己の誇り、それを汚された悔しさ……

 一言も挟まず全てを聞き終えて、イチカはそっと体を離した。

 

「あっ……」

「そういうことなら、まあ仕方ないな」

 

 思わず、といった様子で手を伸ばしたセシリアに、イチカは手に持っていたハンカチを投げ渡すと、

 

「全力で叩き潰してくるとしよう。――敵討ちは任せろ、セシリア」

 

 ニッ、と。力強く微笑んで。

 それ以上は何も言わずに、背を向けて歩き始める。

 

「イチカ、さん…………」

 

 断固としたその背中を見送って。

 セシリアは、胸に込み上げてくる何かを噛み締めるように、ぎゅっとハンカチを握った。

 

 

 

§

 

 

 

 イチカが《アキレウス》を纏ってフィールドに赴くと、そこには既に春万が待っていた。

 舞い上がるイチカを認めて、春万はニヤリと笑った。

 

「よう、ヴァンフリーク。逃げずに来たか……正直意外だったよ」

「何で俺がお前程度の相手から逃げ出さなければならない?」

 

 小揺るぎもせずに返されて、春万は思わず鼻白むが、すぐに余裕の笑みを浮かべて言葉を重ねる。

 

「……知ってるぜ? あの金髪女のISと同じで、お前のそれもガタが来てるんだろ? 速度が八割まで落ちてるらしいな」

「それが?」

「っ、そんな状態でお前、俺に勝つ気なのかよ? 今なら降参しても許してやる「ハァ……」っ!?」

 

 言葉の途中で、イチカは思わず溜め息を吐いた。

 困惑する春万を冷徹な目で見据えて、右手に握った槍を大きく振るう。

 

「何を勘違いしているのか知らないが――――」

 

 槍の穂先を真っ直ぐ突きつけ、冷笑を浮かべて、

 

「お前程度を相手に、俺が本気でかかる必要があると思うのか?」

「……っ、上等だクソ凡人がっ! すぐに畳んでやるよ!!」

 

 瞬時に激昂した春万は、《白式》の持つ唯一の武装である刀、《雪片(ゆきひら)二型(にがた)》を抜き放ち、イチカに切りかかった。

 その動きは、地上と空中の差こそあれど、剣道で春万が得意としていた攻撃のそれだった。

 凡百の相手であれば、その加速に反応できずに切り伏せられていただろうが……もちろん、イチカに通じるはずもない。

 

 大上段から振り下ろされる刀を見ることもせずに、すっと半身になることで回避。

 そのさりげない動きに瞠目しながら追撃しようとした春万は……直後、横っ面に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 何とか体勢を立て直して向き直れば、蹴りを放った体勢のままのイチカがつまらなそうな目で見下ろしていた。

 

「終わりか?」

「そんなわけないだろ!!」

 

 歯軋りしながら、春万は再び上段に刀を構えて突進する。

 悠然と構えるイチカは妨害などしようともせず、ただ静かに春万を見据えている。

 

(ムカつくんだよ……その余裕の顔がッ!)

 

 苛立ちを剣に乗せるように、上下左右、あらゆる角度から無数の連撃を叩き込む。

 しかし春万の我武者羅な剣は、その悉くが振り下ろすよりも前に見切られ、かわされ、いなされ、掠りもしない。

 ますますムキになって攻撃を繰り返すも、イチカは涼しい顔で受け流す。

 それどころか、疲労で連撃が緩んだ瞬間に、また蹴飛ばされてしまった。

 

「くっ……このぉっ!」

「――一つ、聞きたいことがある」

「何だよ今さら……!」

「オルコットとの試合において……お前は何故、そんなことをした?」

「はっ、何だよ……アイツ、プライドの高そうなこと言っときながら、結局お前に泣き付いたのか」

 

 厳しい口調で問うたイチカに、春万はむしろ嘲るように口元を歪めた。

 

「それで? 知った上でお前はどうするつもりだよ?」

「別に? ただ、純粋に疑問なだけだ。何故わざわざそんなことをしたのか、な。……それほど勝ちたかったか?」

「ハァ? 『勝ちたかったか』? 何的外れなこと言ってやがる」

 

 春万は、心底不愉快と言った表情で、

 

「勝ちたいんじゃねぇ、勝つんだよ。どんな相手であれ、この俺が負けるわけがねぇんだよ」

「…………」

「何せ俺は『天才』だからなぁ? テメェら凡人が必死こいて努力なんつう無駄なもんを積んでる間に、俺らはそれを労せずに勝ち取ってくんだよ」

「…………」

「ついでに言えば、俺は千冬姉の、『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』の弟だ。負けなんぞあり得るはずがねぇ。何が起ころうとあっちゃならねぇんだよ」

「だから、か? だから、真剣勝負の前にそんな小細工を労したと?」

「まあ、んなことをせずとも俺が負けることなんざねぇだろうが、万が一、マグレってのもあるだろ?」

 

 どこまでも独善的。

 どこまでも自己中心的。

 最初から最後まで自分のことしか考えていない。

 ただ自分が勝利させすればそれでいい。他のことはどうだもいい。

 自己顕示欲と虚栄心の塊。

 やはり――いっそ清々しいまでの、屑だった。

 

「そんなわけだからよ――覚悟しろよヴァンフリーク。テメェは散々に痛め付けてからぶっ潰してやるからよぉ!」

 

 言いながら、表面上は爽やかな笑みを浮かべて斬りかかってくる春万。

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)まで使用した突撃を……イチカは、初めて槍を使って受け止めた。

 ギリギリと鍔迫り合いを演じながら、春万は至近距離で狂相を浮かべてみせた。

 

「テメェの名前を聞くと、あのクソみてぇな兄貴を思い出してイライラすんだよ……!」

「そういえば、双子の兄が居るんだったな」

「ああそうさ! 何の才能もない、出来損ないで役立たずのゴミでしかなかったけどなぁ!」

「実の兄に向かって、随分な言い種だな」

「だが事実だ! 俺たち姉弟の足を引っ張ることしか出来ねぇくせに、頑張れば何とかなるとか、鬱陶しくてキモくて腹立たしくてどうしようもなかった! だから、徹底的に潰してやった(・・・・・・・・・・)んだよ!! 正直例の事件の犯人には感謝してるぜ! アイツを殺してくれてありがとうってな!!」

 

 初めて聞く弟の――かつて弟だと思っていた者の心中。

 それを真正面から叩きつけられたイチカの心は、自分でも不思議なほどに動かなかった。

 だが、むしろ当然なのかもしれない。

 足元を這う蟻のような価値のない存在にどれだけ罵倒されたところで、何かを感じるはずもないだろう。

 

「……まあ、お前が何を抱えていようと俺には関係のない話だが」

 

 故にイチカは、かつて地獄より生きて帰った青年は、躊躇なく言った。

 

「俺は個人的にお前が気に入らない。だから叩き潰す。シンプルだろ?」

「ハッ! やれるもんなぶがぁっ!?」

 

 狂笑を浮かべながら切り付けていた春万は、突如腹部に生じた強烈な衝撃に吹き飛んだ。

 音もなく突き出された槍で穿たれたのだ、と悟った時には――もうそこに、イチカの姿はなかった。

 言葉を失う春万を嘲笑うように、背中側から叩き込まれる追撃。

 続く、止めの踵落としを受けて、春万と《白式》は凄まじい勢いで地面へと叩きつけられた。

 

「くそっ……どこ、にぃっ!?」

 

 怒りを滾らせながら立ち上がれば、すぐ目の前に迫る鋼鉄の拳。

 慌てて首を捻って避けるが、間断なく放たれた左フックが腹部へと突き刺さる。

 衝撃に思わず体をくの字に折り曲げれば、すかさず振り抜かれる右の渾身のアッパーカット。

 

 熟練の拳闘士のような、流れるような連打。

 春万程度に抵抗できるはずもなく、再び呆気なく地面に沈められてしまった。

 

「そん、な……馬鹿なぁぁっ!!」

「……もう終わりか?」

「っ…………ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 激昂する春万。

 振り回される《雪片二型》の刀身から、青白いエネルギーが迸る。

 シールドバリアーを切り裂くことによってシールドエネルギーに直接ダメージを与える単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、《零落白夜》。

 ISに対して絶対的な攻撃力を発揮する能力だが――

 

「当たらなければどうということもない」

 

 イチカはそれを一顧だにせず、自ら春万の間合いへと踏み込んだ。

 すぐさまエネルギーの刃が振り下ろされるが、イチカは目を向けることもせずに身を捻った。

 

 かつて、何度も見てきた剣だ。

 これまでの戦いで、大して成長しているわけでもないかとは確認できた。

 ならばもはや目視する必要すらない。

 

「くそっ、くそっ、くっそがぁぁぁぁぁっ!! 何であたらねぇ!!」

 

 半狂乱になって刀を振り回す春万だが、全て掠りもせずに空気だけを掻き混ぜていく。

 やがて疲労の限界に達したのか、肩で息をしながら春万が動きを止めた。

《雪片二型》を覆っていたエネルギーもほとんどが霧散している。

《零落白夜》は、発動している間、自身のシールドエネルギーを凄まじい勢いで喰らう諸刃の剣なのだ。

 

「はぁ、はぁ……くっそ、ぉ!」

「無様だな」

「何だと――がぁっ!?」

 

 イチカは容赦しなかった。

 無造作に歩み寄って蹴り飛ばすと、完全に倒れ込む前に背後に移動。

 捻りを生かした掌打を無防備な背中にぶち込む。

 

 衝撃のままに木っ端のように吹き飛ぶ春万。

 屈辱に奥歯を噛み締めて何とか立ち上がる春万だが、反撃の体勢を整える前に殴られた。

 シールドエネルギーを削るよりもダメージを通すことを優先した、抉り込むような打撃。

 もはや、春万にろくな抵抗が出来るはずもなく。

 出来るのは、腕を組んで身を縮こまらせ、途切れることのない連打を堪え忍ぶことだけ。

 

 ……どれだけの間、殴られ続けただろう。

 イチカが手を止めたところで、春万はついに膝を折った。

 既に《白式》のシールドエネルギーは全損寸前。

 執拗な攻撃によって春万自身の肉体も限界。

 無言で自分を見下ろすイチカを、屈辱に燃える目で睨み付ける。

 

「この、やろぉ……ふざけんなよ……何で俺が、こんな目に……!」

「思い知れよ。それが、これまでお前が貶めてきた者たちの痛みだ。お前が受けるべき報いの一つだ」

「報いだと!? 何故俺がそんなものを受ける必要がある!? 俺は、勝者だ! 俺がやることに間違いなんてねぇ!!」

「そろそろ黙れよ。お前のわけの分からん戯言は聞き飽きた」

「っ、がぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 乾坤一擲。最後の力を振り絞ってイチカを切りつける春万だったが、

 

 その時には、イチカは春万の背後に回っていた。

 まずは両足を軽く広げて、しっかりと腰を落とす。

 己の存在に気づいてすらいない春万の腰の辺りを、イチカはしっかりとホールド。

 

「あ……? テメェ、何を……!?」

「いや何。せっかくだから、屈辱の土の味ってのを、是非実地で味わってもらおうかと。……せーのぉっ!!」

 

 返答は必要ない。

 ここに来てようやく、イチカはこの試合で初めて《彗星走法(ドロメウス・コメーテース)》を発動。

 音速にすら迫ろうと言う速度で、がっちりと春万をホールドしたまま、爆発的な勢いで上半身を仰け反らせた。

 ブオン、と振り回された春万は奇妙な悲鳴を上げて――ズドォンッ!! と、頭から地面に叩きつけられた。

 

 そう、イチカが勝負を決める方法として選んだのはそれだった。

 最近ふとテレビをつけたときに知ったプロレス技。

 名を――ジャーマンスープレックス。

 見よう見まねでやってみたのだが、意外と上手くいくものである。

 

「持って生まれた才能に胡座をかくだけの人間に、他人の努力を踏み躙っていい道理などあるものかよ」

 

 さて、その結果はどうなったやら、と振り返って。

 イチカは、思わず噴き出した。

 

 そこにあったのは、頭を地面に突っ込んで逆さになった胴体をピクピクと痙攣させる鉄の塊。

 何だか、そんなコンセプトのモニュメントか何かのようだった。

 余りにもシュールで滑稽な姿に、ついにイチカは顔を背ける。

 見るに忍びない、と言うのもあったが、何よりこれ以上見ていると腹筋が危ないので。

 真面目腐った表情だが、自分でやったくせに無責任なことである。

 

 確認するまでもなく《白式》のシールドエネルギーはゼロ。

 何はともあれ、この試合はイチカの勝利で終わったのだった。

 

 

 

§

 

 

 

「お疲れ様です先輩!」

「イチカ君、お疲れさま!」

 

 ピットに戻った俺を出迎えたのは、ソフィーと、何故か居た楯無の声だった。

 

「ああ、ありがとう。……何故楯無がここに居る?」

「あら、おねーさんがここに居ちゃいけないのかしら?」

「別にそういうわけではないが……」

「ふふっ、冗談よ」

 

 首を傾げる俺を見て、楯無はにんまりと笑みを浮かべてどこからともなく取り出した扇子を広げた。

 そこには『冗句』と書かれている。微妙な単語のチョイスだ。

 

「私がイチカ君をお迎えしてあげようと思ってピットに来たときには、先客が居たのよ」

「先客って言うか、私ずっとここに居たんですけどね。まあ追い出す理由もないので」

「ソフィーさんの解説を受けながら、二人で観戦してたってわけ」

「なるほどな」

 

 要するに、偶然かち合って意気投合した、と。

 

「ええ。とっても有意義な時間だったわ。ソフィーさんからあなたについて色々と聞くことも出来たしね♪」

「……おいソフィー。妙なことは教えてないだろうな?」

「失礼な! 楯無先輩は先輩のルームメイトなんですから、色々と知っておかなきゃマズイでしょ?」

「とても面白かったわよ? イチカ君の同期の友達と一緒に温泉に行った時の話とかね」

「…………」

 

 温泉……ああ、マギアルカの悪戯のせいで間違えて女湯に特攻してしまった……

 妙なことを教えてんじゃねぇか。

 無言でソフィーの顔面に手を伸ばすと、ソフィーは素早く楯無の後ろへと隠れた。コイツ……。

 

「まあまあイチカ君、私から聞き出した話も結構あるから、私に免じて……ね?」

「……後で覚えてろよ」

「実際にあったことを誇張表現満載で面白おかしく盛大に脚色しながら語ることの何が悪いって言うんですかー」

「全部だ阿呆」

 

 諦念を滲ませた溜め息を吐くと、二人は顔を見合わせて笑い合った。

 まだ顔を合わせてそう経っていないだろうに、随分と仲良くなったものだ。

 後輩のコミュニケーション能力に感心していると、ピットに三人目の客が現れた。

 

 もはや見慣れた、豪奢な金髪縦ロールの少女、セシリア・オルコットだ。既にISスーツから制服に着替えている。

 どこか不安そうに入ってきた彼女は、俺を見てパッと表情を和らげた。

 

「イチカさん!」

「よう、オルコット」

 

 片手を上げて歓迎する。しかしオルコットは、何故か不満げだ。

 

「……試合の前は名前で呼んでくださいましたのに、何でまた戻ってるんですの?」

「え? ああ……セシリア、でいいのか?」

「はい、構いませんわ」

 

 嬉しそうに微笑むオルコット……いや、セシリア。

 随分と丸くなったものだなぁ、なんて思いながら笑みを返すと、後ろの方から何やらひそひそ話が聞こえてくる。

 

「……あれって、もう既に先輩に……」

「……そうね。全く手の早いことで……」

「聞こえてるぞ?」

 

 途端にそっぽを向いて下手な口笛を吹くと言うベタなことをする二人に溜め息を吐いて、改めてオルコットに向き直る。

 

「一応敵討ちってことで、ルールが許す範囲でボッコボコにしてきたが……あれで良かったか?」

 

 悪い笑みを浮かべて確認を取ると、セシリアもにんまり笑って親指をたてて、

 

「――バッチリですわ!」




 ジャーマンスープレックスはノリです。エンジェルビーツ見直してて思い付きました。

(ここまでやっててもセシリアはヒロインじゃ)ないです。



 何気なくストブラの方の小説情報見たらお気に入り件数666という数字に思わず閉口。書かなきゃ……
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