インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 どうも侍従長ですこんばんは(土下座しながら)
 活動報告でも言った通り、書いてたデータが丸々吹き飛びまして、モチベが虚数空間の彼方へと飛んで行ってしまって……はい、遅れましたごめんなさい。
 そこにさらに期末テストなんかも挟まってきまして。色々大変だったんです。


 今回でようやくチャイナ娘登場です。色々キャラの口調とかで苦戦しました。楽しんでいただけたら幸いです。


 あ、それとカスタムキャストでソフィーとアナスタシアをイメージを作ってみました。暇があればどうぞ……え? 遊んでないで書けって? ごもっともです。

ソフィー

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アナスタシア
 立ってんじゃねぇかおめえどうなってんだってツッコミは許して……。

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Story.18 中華襲来

 イチカ・ロウ・ヴァンフリークの朝は早い。

 寮の快適なベッドから起き出すのは、まだ日も上りきらない早朝。

 隣のベッドで眠るルームメイトを起こさないようにそっとベッドから抜け出して、その足で洗面所へと向かう。

 顔を洗い、着替えるのはISスーツ――と学園に申請してある装衣だ。その上に学園指定のジャージを羽織れば、準備完了。

 チラリとルームメイト――楯無の無防備な寝顔を見て笑みを溢し、イチカは音もなく部屋を出た。

 

 寮を出て、新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。

 向かうのはいつかの試合でも使った第三アリーナ。格好からも分かる通り、朝のトレーニングのためである。

 時折現れる幻神獣(アビス)の討伐などを行ってはいるものの、以前と違いいつでも鍛練に打ち込めるわけではない。

 そこで、こうして朝早くから鍛練を始めているのである。

 

 早朝トレーニングは既に始まっている。故に、移動はもちろん――全力ダッシュ(・・・・・・)だ。

 一体お前は何の限界に挑んでいるんだ、と言いたくなるような走りだが、その姿を見咎めるものはいない。

 やがてイチカは、息を切らすこともなく数分の後に目的地へ到達した。

 

「……流石にまだ居ないか」

 

 フィールドの中心に立って辺りを見回し、一つ息を吐く。

 ちょうどそのタイミングで、アリーナへ新たな人物が現れた。

 

「せんぱーい! ごめんなさい、ちょっと遅れましたー!」

「いや、時間通りだ。俺も今着いたところだしな」

「ですか? ならよかったです。……何か今の会話って、デートの待ち合わせしてたカップルみたいじゃないですか?」

 

 後ろ手に手を組んで前屈みの上目遣い。

 そんなあざとい仕草をする亜麻色の髪の少女――ソフィー・ドラクロワ。

 格好がジャージとは言え、なまじ整った容姿なだけにとても可愛らしい仕草ではあるのだが、

 

「……ハッ」

「ちょっ、鼻で笑わないでくださいよ!」

「はいはい可愛い可愛い」

「投げ遣り!」

 

 最初こそ美少女に慣れておらずドギマギさせられっぱなしだったイチカだが、今ではもうこの通り。

 からかってきたソフィーをイチカが適当にあしらい、それにソフィーが頬を膨らませるまでがワンセットである。

 そんな会話をしながらも、二人は体を軽く動かして筋肉を解していく。

 

 そして、

 

「じゃあそろそろ……始めるか」

「です、ねっ!」

 

 ――直後、ソフィーの鮮やかなハイキックが風を切り裂き、イチカの精緻極まる拳撃が空を穿った。

 互いに一撃を交わし合った二人はすぐさま飛び退いて様子見……に入ろうともせず、再び地を蹴って接近。

 至近距離から急所目掛けて打撃を叩き込み合う肉弾戦。先程までのある種甘い雰囲気は欠片もない。互いに真剣。殺気すら放っている。

 

 これが、二人のいつもの『トレーニング』である。

 

 

 

 マギアルカの教える武術に、明確な流派などは存在しない。彼女が使うのは、叔父から教わったと言う武術をこれまでに経てきた戦いのなかで自らに最適化していったものだ。つまりそれはマギアルカだけのための技術。

 故に、マギアルカは決して、二人に武術など授けはしなかった。

 最初に最低限(・・・)必要な体力をつけるための基礎トレーニング。次に『理』を授け――後はひたすらに、マギアルカとの手合わせ(タコ殴り)だ。

 

『何があろうと、絶対に、生きることを諦めるな。手酷い敗北を味わおうと、何度地を舐めさせられようと、どれだけどん底に突き落とされようと、生きてさえいればどうにでもなる』

 

 一度全てを失い、言葉通りどん底から這い上がってきたマギアルカの言葉には、その軽い声音に似合わぬ凄みがあった。

 だから、イチカとソフィーが諦めることはない。何があろうと、どれだけ劣勢に立たされようと、諦めることだけはしないと誓ったから。

 その誓いがあればこそ、二人は世界を敵に回して尚、戦い抜くことができたのだ。

 

「はぁっ!」

「ふっ……!」

 

 ……まあ、ただの脳筋理論と言ってしまえば、まさにその通りなのだが。

 

 

 

§

 

 

 

 イチカが教室に踏み入った時には、既にあらかたの生徒が出席していて、いくつかのグループに別れて談笑していた。

 朝っぱらから騒がしいことだ、と一つ嘆息。

 若干の眠気を欠伸と共に押し殺しながら席へと向かう。

 

「……ふむ」

 

 少しの興味が湧いて女子たちの会話に耳を澄ませてみれば、「転校生」「中国」だのといった単語が聞こえてくる。

 断片的な情報を統合するに、別のクラスに中国からの転校生がやって来た、ということらしい。

 

「おはよ~、いっちー」

「ああ、おはようのほほんさん」

 

 思考が一段落したところで声をかけてきた、間延びした独特な口調の少女――のほほんさんに挨拶を返す。

 そう言えばこの娘は、見かけによらず情報通な一面があった。まあ、お家柄的にそうおかしくはないのだが……もしかしたら件の転校生について知っているかもしれない。

 

「のほほんさん、さっき転校生って聞こえたんだが、何か知ってるか?」

「お~、いっちー耳が早ぁい! そだよ~、何でも中国のだいひょ~こ~ほせ~なんだって~。すごいよねぇ~」

「代表候補生、ねぇ……」

 

 何でそんなのがわざわざこんな島国まで…………十中八九、男性操縦者(俺たち)が居るからだよなぁ。

 たった二人の男子学生のために隣とは言え他国に駆り出されるその娘には同情を禁じ得ない。ついでに、お目当ての片割れがあんな(・・・)ではなぁ。

 チラリとその片割れの方を見れば、傍らに篠ノ之を侍らせて女子と楽しく談笑中だった。どうやらすぐ近くまで迫ったクラス対抗戦についてらしい。

 織斑は優勝を安請け負いしているようだが、どこからそんな自信が湧いてくるのやら。

 

「……理解に苦しみますわね。あれだけのことをしておいて、どうしてああも堂々としていられるのでしょう」

「さてね。どうせ、自分=天才=何をしても許される、みたいな図式が出来上がってるんじゃないか? おはよう、セシリア」

 

 ついでに言えば、織斑千冬>自分≫≫その他の人間、もだな。

 そんなことを考えながら、いつの間にか隣に来ていた豪奢な金髪の少女、セシリア・オルコットと挨拶を交わす。

 多分に呆れを宿した目で織斑を見るセシリアに、思わず苦笑。

 

「まあいいじゃないか。確かにあいつの才能は認めるが、腐らせていれば意味がない。ついでに、あいつが億が一勝ち抜いてしまおうが、無様に敗北しようが俺たちには関係ない。だろう?」

「……そう、ですわね。わたくしも、まだまだ完全に吹っ切れてはいないようですわ」

「吹っ切る必要なんてないさ。いつか溜まったもんを十倍にして返してやればいい」

「ええ! もちろんですわ!」

 

 ふふん、と意気高々に鼻を鳴らすセシリアの様子に、心の中で安堵する。

 あの夜以降本人に聞いたことはなかったが、彼女の様子を見る限り、両親のことについて納得できる決着を得られたらしい。最近はとても晴れ晴れした表情をしている。

 めでたしめでたし。世はこともなし、というやつだ。違うか。

 

「……そう言えば、セシリアは件の中国からの転校生について何か知ってるか?」

「そうですわね……ご本人については名前と顔ぐらいしか分かりませんけれど、本国からの情報によると、その方、専用機持ちのようですわ」

「へぇ? じゃあ少なくとも、実力者ではあるわけだ」

 

 尤もつい最近転校してきたばかりならば、クラス対抗戦に出場してくるかは微妙なラインだろう。

 確か四組にも代表候補生がいるんだったか? もし出場してくれば、優勝はその転校生と四組の代表とで争うことになりそうだな。

 どちらにしろ俺たちにメリットはないのだが。

 

「頑張ってね、織斑君!」

「学食のデザート半年フリーパスのためにも!」

 

 おや、そんな景品があったのか。

 

「だ、そうだぞのほほんさん?」

「私はいいかなぁ~。だって、いっちーが作ってくれたほうが美味しいし!」

「……良い子だ。今度何か作ってきてあげよう」

「わぁ~い!」

 

 うむうむ。何とも癒される笑顔だ。

 正直お菓子作りは単なる趣味でしかないのだが、まぁ、喜んでくれる人がいるのならば全力を尽くす他あるまいて。

 

「まぁでも、専用機持ちがいるのは一組と四組だけだし実際余裕だよねー!」

 

「――その情報、古いよ」

 

 女子のうちの一人の言葉に、どこからか反駁の声が聞こえた。

 思わず振り向いた先の人影は……何と言うか、ちんまかった。

 

「二組も専用機持ちが代表になったの。中国の代表候補生たるこの私、(ファン)鈴音(リンイン)がね……そう簡単に優勝できるなんて思わないでくれる?」

 

 扉に寄り掛かり、ニヤリと笑うツインテールの小柄な少女。

 空色の意思の強そうな瞳、幼さを色濃く残しながらも整った顔立ち。確かに美少女ではあるが……如何せん小さい。

 何もある一部分に限った話ではなく、彼女自身の体躯が同年代の女子と比べても小さいのだ。

 そのせいか、無理して偉ぶってるお子様にしか見えない。

 

 ふむ……どっかで見たような? 既視感があるようなないような。

 こちらの世界での知り合いなんて片手で数えられるぐらいしかいないのだが。

 

 鈴音と名乗る少女に最初に話しかけたのは、話題に上がっていた織斑だった。

 

「おっ、鈴じゃねぇか! 中学ぶりだな、元気してたか?」

「……ッ、春万……そうだった、アンタがいるんだったわね」

 

 明るく話しかける織斑に向ける凰の視線は、お世辞にも友好的なものとは言えない。

 それどころか、嫌悪と侮蔑、憎悪すら感じられた。

 基本外面だけはいい織斑にああも分かりやすい敵愾心を抱く女子と言うのは珍しい。

 

「つれねぇなぁ……幼馴染みだろ? もっと仲良くしようぜ?」

「……アンタとは同じ中学だったってだけ。幼馴染みなんかじゃないわよ」

「なっ……貴様! いきなり出てきて、春万に向かって何だその口の利き方は! 何様のつもりだ!?」

「私は私、それ以上でそれ以下でもないわ。アンタこそ何よ?」

 

 嫉妬混じりに怒鳴り付ける篠ノ之に、面倒臭そうに対応する凰。

 それを苦笑して見守る織斑だが、その目は決して笑っていない。

 いや、ヤツが凰に向ける視線は、最初から言葉を喋るロボットを見ているようなものだった。

 

「――まだアイツなんかのことを気にしてんのかよ?」

「……ッ!」

「おいおい、俺を睨むなよ。悪いのは俺じゃなくて犯人だぜ?」

「……分かってるわよ、そんなこと」

 

 ……何の話だ? いや、何となく織斑一夏()のことだろうとは察しがつくが、俺は鳳を知らない(・・・・・・・・)

 もしかしたら忘れているだけかもしれないが。

 

 うんざりとした様子の凰は、教室をザッと見回して……俺を目にしたところで、ピタリと動きを止めた。

 

「……?」

「あれ~? なんか、いっちー見てない~?」

 

 みたいだが……どうしたのだろうか。

 白昼で幽霊でも見たかのような表情をして、ふらふらと覚束ない足取りで近付いてくる凰。

 首を傾げてその動向を見守れば……眼前まで来るや否や、ぐわしっ! と言った感じで顔面を掴まれた。

 

「むっ……おい、いきなり何を」

 

「………………一、夏(・・・)……?」

 

「――――」

 

 その、自分でも信じられないと言うような声音の言葉に。

 一瞬、比喩ではなく心臓が止まった。

 

 衝撃で痺れた脳が少しずつ動き出し、緩慢ながら思考を始める。

 

 何故この娘は、俺=一夏だと看破できた?

 

 まず行ったのは、記憶の精査。

 大前提として、俺は凰鈴音という少女と知り合った記憶はない。

 織斑春万と幼馴染みだと言うのなら、織斑一夏のことを知っていっても不思議ではないが。

 だがその程度の繋がりならば、何故彼女は人目見ただけで俺と織斑一夏を繋げた?

 実の姉や弟、幼馴染みですら分からなかったと言うのに。

 必然的に、同じく一目で見破った束さんと同程度の関係はあったということになる。

 

 ……そして、何より――

 

「一夏……ホントに、一夏、なの? ほん、とに……」

 

 ……こんな風に、喜びと悲しみと、いくつもの感情が渾然とした目で(一夏)を見ていることの説明がつかない。

 

 そんなことを考えて、ようやく俺は口を開いた。

 彼女にとって、残酷かもしれない事実を。

 

「……すまないが、人違いだろう」

「ぇ……?」

「俺は、イチカ・ロウ・ヴァンフリーク。君が言っているのが織斑一夏という人物のことなら、彼と俺は別人だ」

「別、人……」

 

 しばらく、俺の言葉を咀嚼するように俯いていた彼女は、やがてそっと俺の顔から手を放した。

 そして、ばつが悪そうな、しかし尚も納得できていないような表情で、

 

「その、ごめんなさい。取り乱しちゃったわ。あなたが、私の知ってる人に、似てたから」

「いや、別にそこまで気にしてないさ。俺の方こそ悪かったな。糠喜びさせてしまったみたいで」

「そんなこと……! ……うん、そうね。糠喜びよね」

 

 ……相変わらず、俺は彼女のことを思い出せないけれど。

 それでも、(一夏)のことを思ってこんな顔をしている少女を放っておけるはずもなかった。

 弱々しく微笑む凰の姿に口を開きかけた俺は――彼女の背後から迫っている攻撃(・・)を反射的に迎撃した。

 

 それなりの威力を持った拳骨を、その勢いを絡めとるようにして大きく弾き飛ばす。

 続けて無駄のない動作で立ち上がり、凰を背中に庇って襲撃者……織斑千冬と相対した。

 

「おい、ヴァンフリーク……!?」

「貴様、千冬さんに何を……ッ」

 

 激昂するアホ二人は無視する。

 

 目を見開いて驚愕している織斑先生に、静かに声をかける。

 

「……注意する前に手を上げるのは、教師としてどうかと思うのですが」

「あっ、あぁ……。――凰、ホームルームの時間だ。早く教室に戻れ」

「え……はっ、はい! 分かりました、千冬さ……じゃなくて、織斑先生!」

 

 自分の背後で起こった出来事に呆然としていた凰だが、織斑先生の言葉に我に返って、教室に駆け戻っていった。

 それを見送って、俺も席に戻り……

 

「まだ何かご用ですか、織斑先生(・・・・)?」

「……いや、何でもない。お前たち、早く席に着け。ホームルームを始めるぞ」

 

 不自然なまでの無表情で踵を返す織斑先生に、面倒なことになりそうだ、と思わず溜め息を吐いた。

 ……最近、溜め息の回数が増えたなぁ。

 

 

 

§

 

 

 

「ちゅーごくからの転校生、ですか?」

 

 昼休み。隣を歩くソフィーが首を傾げる。

 食堂へと向かう道すがら、ソフィーに凰の話をしてみたのだ。

 

「えーっと、中国って……日本のお隣さんですよね? ラーメンの国!」

「いや、別にラーメンだけではないが……」

 

 この後輩、こっちの世界に来た初日にラーメンを食べて以来見事にハマってしまったようで。

 具体的に言えば、休日に一緒に出掛けた時の夕飯は必ずラーメンを食べに行くほどに。

 

 しかし、まあ……

 

「その反応だと、お前もマギアルカからは特に聞かされていないみたいだな」

「ですねー。ま、先生の悪ふざけは今に始まったことじゃないですしー?」

 

 我らが師匠にして世界最高の商人たるマギアルカならば、凰の情報を掴んでいないはずがない。

 いつもの悪ふざけで伝えていなかったか、純粋に忘れていたか、もしくは……

 

「先生、最近はたば……んんっ、博士のことで忙しそうですからねー」

「みたいだな……まあ、言ってみれば世界規模のテロリストを匿ってるみたいなもんだからな」

「『竜匪賊』の師団長と仲良くしてるみたいな感じですか?」

「しかも三人まとめて、だな。あの人の価値的に言えば」

「うひゃー」

 

 天災の頭脳、プライスレス。

 マギアルカ曰く、今は別に気にしなくてもいいらしいが……そこら辺はマギアルカの手腕に任せておけば問題ないだろう。

 今はそれよりも、

 

「なるほど? その凰さんは織斑春万の幼馴染みで、先輩のことをよく知ってるような素振りだけど、先輩自身はその人のことを知らない、と」

「ああ……どう思う?」

「先輩ナンパされてるんじゃないですか?」

「真面目に考えてくれ」

「と言われましても」

 

 ソフィーは芝居かかった仕草でうーん、と唸り、胸の前で腕を組んだ。

 

「そのままなんじゃないですか?」

「?」

「先輩と凰さんはどこかの時点で知り合っていて、先輩は忘れているけど向こうは今まで覚えていたってことです」

「……記憶にないんだが」

「自分にとっては取るに足らないことでも相手にとっては大事なこと、っていうのはよくあることですよ?」

「だがなぁ……もしあの時(・・・)、俺に普通に接してくるような相手がいたなら絶対に記憶に残ってると思うぞ」

「あー……」

 

 まあ、中には友好的な態度を装って、上げて落とすやり方で攻めてきた手合いもあったがそれは除く。

 凰のあの態度から、彼女が『向こう側』であったことは考えにくい。

 周囲全てが敵だったあの状況で、彼女のような存在がいれば、それはもう強く印象に刻まれていると思うのだが。

 

 話している内に食堂に到着。

 まずは食券を買うために食券機へ向かう。

 

「何にしても、直接聞いてみれば済む話じゃないですか。……私もちょっと興味ありますし」

「……そうだな」

「やっと来たわねヴァンフリーク!」

 

 ……噂をすれば影、か。

 食券機の前には、仁王立ちで不敵な笑みを浮かべる凰の姿があった。

 

「凰、だったよな。何か用か?」

「用がなきゃ来ちゃいけないの?」

「いや別に」

 

 うん……用がないなら何で来た?

 凰の謎の行動に疑問符を浮かべていると、彼女は少し恥ずかしげに咳払いを挟んで、

 

「と、冗談は置いといて……お礼を言いに来たのよ」

「お礼? ……何についての?」

「朝の一件。千冬さんから庇ってくれたでしょ」

「あぁ……。何だ、そんなことか」

 

 律儀なことだ。ふっ、と息を吐いて苦笑する。

 と、そんな俺の仕草を見て、凰は何故か驚いたようだった。

 

「どうした?」

「えっ、あ、その……一夏も、そういう顔、してたから……」

「……そうか」

 

 何と言えばいいのか。いや、そもそも俺に何かを言う資格があるのか。

 未だに彼女のことを思い出すことすら出来ていない俺に、何が。

 

 暫し立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。

 振り向けばそこには、見覚えのある金髪縦ロールの少女と、萌え袖ゆるふわ少女の姿があった。

 

「イチカさん? ご歓談中申し訳ありませんが、そこを使わせていただいても?」

「そ~だそ~だ~、不法占拠(ふほーせんきょ)だぞいっちー!」

「っと……セシリアに、のほほんさんか。悪いな。……凰」

「あっ、ちょ、ちょっと待って! 私まだ買ってないのよ!」

 

 今まで何してたんだお前。

 

 

 

§

 

 

 

 それぞれの昼食を確保した俺たちは、初対面であるセシリア、のほほんさんと凰の自己紹介を終え、そのまま五人揃って一つのテーブルに着いた。

 色々と話したいことはあるが、生憎昼休みと言えどそう時間はない。行儀は悪いが食べながら話そうと言うことで、食事を開始する。

 日本人ののほほんさんと中国人だが日本に住んでいたと言う凰が手を合わせ、俺、ソフィー、セシリアがそれに倣う。

 俺も元日本人なのだが、国籍不明の元孤児という設定なのでいきなりいただきますをしては不自然なので。

 

 一斉に料理に手を伸ばし、全員が一口ずつ口に運んだところで、口火を切ったのは凰だった。

 

「ヴァンフリーク、その……何回も、ごめんなさい。あなたと一夏は、違う人、って分かってるんだけど……」

 

 本気で申し訳なさそうにする凰に、俺は努めて軽い調子で返した。

 

「気にするな。世界には似た顔の人間が三人は居るって言うしな、そんなこともあるだろう」

「そう、ね……うん、ありがとう」

 

 俺の意図を汲んだ凰はそれ以上引き摺ることなく、明るい笑みを見せた。その様子に安堵する。

 とそこで、セシリアが恐る恐ると言った感じで口を挟んできた。

 

「あの……お二人の話に出てきた、一夏さん、という方は……」

「……まあ、知らなくても無理はないわね。フルネームで織斑一夏。姓から分かる通り、千冬さんの実の弟にして春万の双子の兄。ヴァンフリークは知ってたみたいだけど……」

「アイツと戦ったときに、な。ずいぶんと口汚く罵ってたから、仲が良かったとは言えないようだが」

「そう……アイツ、何年経っても全然変わんないのね。あの気持ち悪い笑顔も」

 

 チッ、と舌打ちし、心底からの嫌悪感を露にして吐き捨てる凰の姿に気圧されながらも、セシリアは不思議そうに続けた。

 

「おかしいですわね……かの『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』の弟だというのなら、少しぐらい情報が入ってきてもいいはずですのに……」

「確か、第二回モンド・グロッソの折に発生した誘拐事件に巻き込まれて、現在は行方不明なんですよね?」

「「「ッ!?」」」

 

 言い淀んだ凰などお構いなしに、しれっと爆弾を投下したソフィーに俺以外の視線が集中する、

 

「あ、アンタ……」

「あ、自己紹介が遅れました! 私、ソフィー・ドラクロワって言います! 先輩共々よろしくお願いしますね、鈴さん!」

「え? あ、うん、よろしく……先輩って?」

「イチカ先輩のことです。学校では同級生で同い年ですけど、会社では先輩なので」

「あ、あぁ、なるほどね」

 

 あまりにも落差のあるソフィーの態度にたじたじになる凰。すまん、そういうやつなんだよ。

 場違いなほどに明るく笑うソフィーに、のほほんさんですら苦笑気味だ。

 

「わ~、私よりマイペースかもぉ~……? それにしても、どらちゃんよく知ってたね~?」

「以前ちょぉっと機会がありまして。……どらちゃんって、もうちょっとなんとかなりません?」

「え~? じゃあフィーちゃん?」

「それは私の姉弟子ですねー。もう一声!」

「むむむ~……そーちゃん? ラックー? それともソフィソフィ~?」

 

 この時、俺、セシリア、凰は直感した。あっ、この二人似た者同士だわ、と。

 ある意味天才と呼べるかもしれない。……シリアスな空気を木っ端微塵に破壊するという才能の。

 緊張感に溢れていた空気はいつの間にやら霧散し、どこか弛緩した空気が漂っている。

 

 気を取り直してうどんを啜りながら二人を見やる。もしや、空気を変えるべくわざとあんなアホなやり取りをしたのでは、と思ったのだが、

 

「それじゃ何か祖父祖父(ソフィソフィ)みたいじゃないですか! もっと別なのがいいですー!」

「うぅぅぅぅ~! あだ名付けにくいそっちが悪いんだよぉ~! あと注文多すぎぃ~!」

 

 違うな。これ、どっちも素だ。

 期待して損した。嘆息を、うどんの麺と一緒に飲み込む。

 思わず、と言った様子で苦笑をこぼした凰は、咳払いを挟んで話を続けた。

 

「ま、まあそういうことよ。犯人はどこかの国に雇われた犯罪グループのメンバーだったらしいわ。犯人の目的は、織斑千冬の連覇の阻止。一夏を人質にして、日本政府に働きかけ、織斑千冬の決勝戦の出場を止めさせようとしたのよ」

「そんなことが……でも、織斑先生は出場して、実際に優勝して――っ、まさか!?」

「多分、握り潰されたんでしょうね。子供一人の命を捨ててでも、日本政府は織斑千冬に優勝してほしかったのよ」

「何てことを……っ! 仮にも多くの人々が住まう国一つを引っ張っていく以上、国民を守ることは国の義務であって然るべきなのに……!」

「そう言えるアンタは、為政者としての素質があると思うわよ。……斯く言う私も、その件を知ったときは本気で首相官邸に突撃駆けてやろうと思ったけどね」

 

 義憤に駆られて立ち上がるセシリアに、拳を握り締めながら低い声で呟く凰。

 それだけで、彼女たちが本当に善良な心根の持ち主であることが分かる。

 しかし残念ながら、この世界でも向こうの世界でも、汚い大人と言うのは居るものなのだ。そして時には、その汚さが必要になることもある。

 

「それで、その一夏さんはどうなったんですの?」

「決勝戦を終えて一夏の一件を知った千冬さんは、協力を申し出てくれたドイツ軍と一緒にすぐさま現場に向かったらしいわ。……けど、そこには誰も居なかった」

「誰も……?」

「ええ。犯人グループも、一夏も、誰一人としてそこにはいなかった。残っていたのは、散らばったラジオとかの小道具に……十発近い数の薬莢と、ぶちまけられた夥しい量の血痕だけだった、って記録にあったわ。……DNA鑑定で、その血は一夏のもので間違いないと分かった」

「つまり、一夏さんは、もう……」

 

 言い合いをしていたソフィーとのほほんさんも、いつの間にか着席して耳を傍立てている。

 

 沈痛な面持ちのセシリアが濁した言葉の続きは、聞かずとも容易に想像できる。

 しかし、対する凰の表情に、絶望や悲嘆の色はなかった。

 

「普通に考えればそうでしょうね。……けど、何でかしらね。一夏は今も、どこかで生きている……そんな気がするのよ」

「え?」

「まあ、ただの勘でしかないんだけどね?」

 

 そういって苦笑する凰だったが、この場に集う者の中で、彼女を嘲笑うような人間はいなかった。

 ……というか、この通りピンピン生きてるしな。下手なことは言えない。

 げに恐ろしきは女の……いや、チャイナ娘の勘か。

 

「……そうだと、いいですわね」

「ええ。と言うか簡単に死なれちゃ私が困るのよ。まだ言いたいことが色々あるのに!」

「言いたいこと、って?」

「――お礼と、謝罪よ」

 

 俺の問いに、凰は全く逆の二つの事柄を回答として口にした。

 その時の凰の表情は、感謝と、憧憬と……そして、深い深い後悔に彩られていた。

 

「私、小学生の時に日本に来たんだけど……転校してきた小学校で、虐められてたのよ」

「…………」

「来たばっかりで、日本語も少ししか喋れなくて。『宇宙人』とか言われたりもしたわね」

 

 子供は、無邪気な生き物だ。無邪気とは、悪気なく他者を傷つけられると言うこと。

 相手の立場になって考えると言うことが出来ない、しない子供たちは、『無邪気』な言葉や行動で、誰かを傷つけてしまう。そしてその事に気付かず、さらに追い詰める。

 きっと彼女を虐めていた連中も、遊びで蟻の巣穴を潰すような、軽い気持ちでしかなかったのだろう。

 

 しかし、自らの過去を語る凰の表情に、悲壮感は全くなかった。

 

「慣れない環境での生活って言うのもあって、当時の私は相当に追い詰められていた。――そんな時だったわ。彼が、織斑一夏が、私の前に現れたのは」

 

 当時のことを思い出しているのか。胸に手を当て、目を伏せる凰の表情は穏やかで。

 

「一夏が、私を助けてくれた。当時から近所で有名だった春万のフリ(・・)をして、ね」

 

 ――少しずつ、蘇ってくる記憶があった。

 そうだ。俺はあの時、その少女の姿を目にした。

 部屋の隅に座り込んで、膝を抱え、肩を震わせる小さな少女の姿を。

 明るい茶色の髪をツインテールにした、可愛らしい少女だった。……目の前の少女とは大違いの、弱々しく簡単に折れてしまいそうな、儚げな少女だった。

 

「春万の名前が効いたんでしょうね。それ以降、私を虐める人はいなくなったわ。……嬉しかった。本当に嬉しかった。一夏が、あの地獄から私を救ってくれたの」

 

 放っておけなかった。自分の方がもっと悪い立場に居ることを自覚していても、一人の少女の涙を見逃すことが、俺にはどうしてもできなかった。

 我ながら安っぽい正義感だと自嘲するが、だが、それでも……こうして、一人の少女を救うことができたのなら。

 

 きっと、それでよかったのだろう。

 

 柔らかく微笑む凰に、のほほんさんがふにゃりと笑って、

 

「そっかぁ……一夏くんは、リンリンのヒーローなんだね~」

「ヒーロー……うん、そうね。一夏は、私のヒーローなの」

 

 二人は共に笑い合い、話は丸く収まった……と、思ったのだが。

 

「それで、凰さん。謝罪したいことって言うのは何なんですか?」

 

 その空気に水を差すように、鋭く差し込まれるソフィーの質問。

 窘めようとした俺だったが、凰を見るソフィーの目を見て、思わず口を噤んだ。

 

 その美しい面に浮かぶのは、決して心から笑っていない口元だけの笑み。

 周囲から見て分からない程度に細められた瞳は、目の前の人間をどこまでも冷徹に『観察』している。

 あの目は、目の前のモノ(・・)が自分にとって利益となるか否かを、見定めようとする目だ。

 

 誰とでも仲良くできるというソフィーの性格上誤解されやすいが、ソフィーの人を見る目は非常に的確だ。

 生まれ持った才覚と、大商人の娘として多くの人間を見てきた彼女の観察眼は、こと『敵か味方か』を見抜くことにかけては超一流。

 その『目』を見込んで、マギアルカが商談の場へ連れていくほど。

 今ソフィーが見極めようとしているのは、俺にとって利益となるか否か。対象は、凰鈴音。

 

 幸か不幸か、凰はそれに気付かない。

 先程までの喜色を、拭い切れない悔恨の色で染めて、

 

「何も出来なかったこと」

 

 喉の奥から絞り出すように、震える声で、

 

「私と同じく……ううん、もっと酷い状況にあった一夏に、何もしてあげられなかったこと」

「それは……どういう……?」

 

「虐められてたのは、私だけじゃなかったってことよ」

 

「一夏もそうだったの。それも、私みたいにクラスの人から、ってだけじゃない。そんなものじゃない」

 

学校中、町中から(・・・・・・・・)、よ。一夏にとっては、周囲の全てが敵だった。誰一人として、一夏を助けるために傍に行こうとする人は居なかった。……実の家族ですら、そうだった」

 

 ――誰もいなかった。ああ、まさしくその通り。かつての友達と顔を合わせる機会は消え、顔を合わせたこともない人からすれ違い様に罵声を吐かれ、クラスメイトからは寄って集って殴られ、教師には徹頭徹尾無視された。

 姉はバイトで忙しく家の中ですら会うことはなく、弟はむしろ率先して俺を貶めようとしていた。

 まさに孤立無援、四面楚歌、そんな言葉が相応しい状況だった。

 

「正直、よくもあんな状況で、自殺しなかったと思うわよ」

 

 凰によって淡々と語られる、度を越した『虐め』に、誰もが息を呑んで固まる。

 学校全体で、町全体での虐めなど、そんなものが本当に存在するのか、といった感じだが、残念ながら事実だ。

 この世界には、そんなことを容易く行う人間もいるのだ。

 

「な、何故ですの……? そこまでして、ただ一人の子供を貶める必要がどこにあるというのですか……?」

「――天才じゃなかったから」

「え……?」

 

 目を見開くセシリアに視線をやって、凰は弱々しく微笑んだ。

 

「姉である千冬さんや、『神童』と呼ばれた春万と比べて、一夏はあまりにも凡庸だった。勉強の成績も、剣道の腕も、どれもこれも、一夏は二人に劣った。だから、よ」

「そんな、ことで……っ」

「一夏も決して成績が悪かったわけでも、特別剣道が弱かったわけでもない。多分、一夏は自分に才能がないことを、誰よりも理解していた。だから必死に努力していた。周囲から嘲笑されても罵倒されても。一夏は絶対に止まらなかった」

「……っ」

 

 何も言えず沈黙してしまうセシリア。しかしただ一人、ソフィーだけは言葉の矢を放つことを止めなかった。

 

「それで、そんな一夏君を前にして、あなたは何をしてたんですか?」

「ソフィーさん、そんな言い方は……!」

「いいの、セシリア。ソフィーの言う通りだから」

 

 ソフィーを咎めようとしたセシリアを制して、凰はソフィーと真っ直ぐに向き直った。

 

「もちろん私だって、何度も一夏を助けようとしたわ。私だけじゃない、弾や数馬――以前から一夏と仲の良かったヤツらも同じだった」

「なら……」

「けど、出来なかったのよ。私たちが一夏に近寄ろうとすると、決まって邪魔が入った。隙を窺っても、必ず誰かが間に入ってきた。そんな風にしている内に、進級時のクラス替えで私たちの全員が一夏から引き離された」

「……徹底してますね」

 

 吐き捨てるように呟くソフィー。

 

 ……その辺りのことは、当事者である俺も知らなかった。いや、当事者であるからこそか。

 俺一人のためにそこまでするか、と、怒りよりも呆れの感情の方が先に出てくる。

 そして……凰を始めとして、俺のことを気にかけていてくれた人が居たというのは、何と言うか、不思議な気分でもあった。

 味方なんて居ないと思っていたが、少し視野を広げてみれば、彼女のような人が居てくれたのだ。

 それを知っていたなら、誘拐された時に、もしかしたら諦めずに踏ん張れていたかもしれないな。まあ、今それを言っても仕方のないことだが。

 

「結局私は何もできずに、両親の離婚で母国に帰らなきゃならなくなった……何も、本当に何もできなかった」

「…………」

「だから。もし本当に、一夏が今も生きているというのなら。私は、助けてくれてありがとうって……なのに、助けてあげられなくてごめんなさいって……ずっと一人にしていて、ごめんなさいって。そう言いたいの」

「――ッ」

 

 ああ、そうか。(一夏)は……一人じゃなかったのか。

 

 凰の言葉を聞き届けて、ソフィーはそっと目を閉じた。次に瞼を開けた時には、いつも通りの笑顔があった。

 ソフィーの中で、何らかの折り合いが付いたらしい。少なくとも、凰はソフィーの敵とならずに済んだようだ。

 

「そうですか。……また、会えるといいですね」

「……うん」

 

 おい、こっち見るな。分かってるよ、そんな目をするなって。




 次の話で、ようやくソフィーのISが登場します。
 戦闘描写なので、たぶんいつもよりは早く更新できると思います(フラグ)


【急募】ソフィーのあだ名求む!
 作者の貧困な発想力では思いつきませんでした。なんかいいのがあったら教えてくださいお願いします。それによって、この作品での一部のキャラの登場頻度が変わります(オイ)
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