インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 遅くなりましたが、つぐやん様。一話から遡っての誤字報告、本当にありがとうございます。正直そこまでしてくれる方がいらっしゃるとは……というかそもそも誤字多過ぎィ。
 碌に推敲もしない作者が悪いですね本当にごめんなさい。これからはお手を煩わせることのないよう、そして純粋に楽しんでいただけるよう努力していく所存です。




 追記

 確認したと思ったのに誤変換・変換忘れが3つもあったよ……つぐやんさん、本当にありがとうございます!


Story.24 〈プリンセス〉

 混乱の中、我先に逃げ出さんと悲鳴を上げて連絡通路に殺到する生徒たち。

 しかし連絡通路の扉に、一度に何十人もの人間が通れるほどの広さはない。一気に押し通ろうとすれば詰まるのは道理だろう。そんなことにすら気付けないほど彼女たちは混乱しきっていた。

 

「皆落ち着いて! 慌てないで順番に!」

 

 そんな彼女たちを何とかまとめようと生徒会長である楯無が声を張るが、混乱は収まらない。

 無理もない。呼びかける楯無ですら現状を全く理解出来ていないのだ。分かっているのは、突如出現した怪物たちが途轍もなく危険であると言うことのみ。

 どうにもならない状況に歯噛みした楯無は、目に留まった代表候補生に呼びかけた。

 

「あ、丁度いいところに! セシリアちゃん! 本音! ……簪ちゃん!」

「生徒会長……分かりましたわ!」

「おっけ~!」

「……うん」

 

 数年ぶりの妹にかける言葉がこれとは、と内心嘆く楯無だったが……状況は彼女にそんな感傷を許さなかった。

 

 パリィィィィィン、と再びアリーナに響くガラスが割れるような音。

 慌ててその音が聞こえてきた方に目を向ければ、現れた怪物の内の一体――合成獣(キメラ)型の幻神獣キマイラが、フィールドと観客席を隔てる遮断シールドを突き破って観客席に侵入していた。

 必死に食い止めていた鈴音が、ついに抜かれてしまったのだ。

 

「ッ!?」

「きっ……きゃぁぁああぁぁあぁあぁぁっ!?」

「やだ……助けて……」

「ちょっと、退きなさいよ!」

「押さないでってばぁ!」

 

 すぐそこまで迫った危険に、混乱に拍車がかかる。

 それはもはや楯無たちにどうにかできる領域を超えていた。更に悪いことに、そのキマイラが乗り込んできた位置は、楯無の方へ向かっていた簪たちに程近い位置で――

 

「ぁ……きゃっ!?」

「簪さん!?」

「かんちゃんっ!?」

 

 元来気弱な簪だ。もはや彼女の心は限界に近く、それがここにきて表出してしまう。

 足をもつれさせた簪は、そのまま転んでしまった。

 

 そして、目の前で足を止めた獲物を、幻神獣が見逃すはずもなかった。

 

「……ぁ……あぁ……」

 

 目の前で牙を剥く怪物に、簪は完全に怯え切ってしまっていた。

 グルグルと唸り声を上げて迫りくる怪物は、身動きも出来ない簪に襲いかかろうと――

 

「――《霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)》ッッッ!!」

 

 大切な妹に迫る危険を、姉が見過ごすはずがない。

 怪物に襲われようとしている簪を見た楯無は、熟練の操縦者に相応しい刹那の速度で自らの水色を基調としたIS、《霧纏の淑女》を展開。

 武装の一つである大型騎乗槍(ランス)《蒼流旋》を構え、瞬間加速(イグニッションブースト)でキマイラへと突貫した。

 突き出された槍は、突進の勢いを余すことなく穂先に乗せて、キマイラの獅子の顔面のこめかみに叩き込んだ。

 

 苦鳴を上げて後退るキマイラだったが、攻撃を加えた楯無の表情は険しい。

 

(これだけの一撃を与えてもダメージは軽微……直撃させたのに外皮に傷はほとんどないし……とんでもない耐久力ね)

 

 戦場では停滞こそが死を招く。それを嫌と言うほど理解している楯無は、間髪入れずに《蒼流旋》に内蔵された四門のガトリングガンを斉射する。

 思っていた通り、ガトリングガンの銃弾はキマイラに僅かばかりのダメージを与えることすらできず、鬱陶しげに唸られるだけだった。

 しかしそれによって、標的は完全に楯無に移った。

 飛びかかってきたキマイラを何とか槍を構えて受ける楯無だったが、接触した瞬間に襲いかかるとんでもない荷重に苦悶の声を上げた。

 

「ぐぅっ……予想、通り……とんでもないパワーだこと!」

 

 パワー勝負では勝ち目がない。分かっていたことだが、改めてそれを再確認した楯無は、《霧纏の淑女》に搭載された二つ目の武装を起動した。

 腰部分に浮いている左右一対のパーツ、《アクア・クリスタル》から放射されていた水のヴェールが霧状になって、キマイラを包み込むように散布される。

 この水は微細なナノマシンによって構築されたものであり、《霧纏の淑女》最大の武装にして切り札だった。

 

 

「《清き情熱(クリア・パッション)》!!」

 

 楯無の号令によって、散布されたナノマシンが一気に発熱し、水が一気に気化されて……爆発した。

《清き情熱》の正体は、言ってしまえば単なる水蒸気爆発だ。

 この武装の恐ろしさは、その隠密性にある。ISの標準兵装であるハイパーセンサーであれば、爆発する予兆であるナノマシンの発熱を察知することは出来る。しかし、それから爆発するまでの猶予は一秒もない。

 つまり、気付いた時にはもう遅いのだ。

 

 さて、同じISを纏った人間が相手ならこの上なく有用な武装だが……爆炎の向こうに見えたのは、一切堪えた様子のないキマイラの姿。

 

「ま、このくらいじゃ効かないわよね。……けど」

 

 自らの攻撃が何の効果も齎さなかったと言うのに、楯無の余裕は失われてはいなかった。

 その余裕の正体は、すぐに知れた。

 爆炎の向こうから現れたキマイラは、外皮には何のダメージも受けていないと言うのに、そのまま前のめりに倒れ伏してしまったのだ。

 

 ふっ、と楯無は嘲るような笑みを浮かべて、

 

「確かにあなたの外皮はとても固いわ。でも――内側ならどうかしら(・・・・・・・・・)?」

 

 そう、楯無がナノマシンを散布したのはキマイラの周囲だけでなく、体内にまで(・・・・・)散布していたのだ。

 その結果、《清き情熱》の発動によって、キマイラは体内から爆発のダメージを喰らうことになったのである。

 

「ISが相手になると絶対防御があるせいで使えない手だけれど……私の大事な妹を傷つけようとしたあなたを、許すつもりはないわ」

 

 冷然とした声で告げた楯無は、困ったような表情で振り返った。

 視線の先には、呆けたように自分を見上げる『大事な妹』の姿。怪我がなかったことに安堵しつつも、何を言っていいか分からず動けない。

 

「お姉……ちゃん……」

「……っ!」

 

 思わず零れ落ちた、と言う風な自分を呼ぶ声に、楯無の胸の内から愛おしさが溢れる。もう何年も、聞いていなかった言葉だ。

 感極まって口を開こうとした楯無だったが……背後から聞こえてきた唸り声に、戦慄の表情で振り返った。

 

「なっ……!」

「ガァァァァ……ッ!!」

 

 どれだけ堅牢な外皮を誇ろうとも、内側から攻撃されればひとたまりもない。

 そう考えた楯無の考えは、正しかった。彼女の組み上げた作戦は、戦術は、傍目から見ても完璧だった。

 だが、彼女は見誤っていた。異世界の怪物たちの、機竜使い(ドラグナイト)が数人束にならなければ仕留められない幻神獣の生命力を。

 判断ミスとすら呼べない、知識の欠如。誰も楯無を責めることは出来ないだろう。何せ楯無はこんな生物の存在など知る由もなかったのだから。

 

 もはや、防御は間に合わない。

 眼前に迫るキマイラに――楯無は覚悟を決めた。

 もう自分は助からないだろう。だが……ここで自分が獲物になれば、簪が逃げる時間ぐらいは稼げる。

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

 その悲痛な声に、楯無は憫笑を浮かべる。

 

(ああ……せっかく、仲直りできると思ったのになぁ……)

 

 諦観の中で思い浮かべるのは、そんな寂しさだった。

 一瞬後に生まれるだろう凄惨な光景を想像して、誰もが息を呑む中。

 

 

 

「……ったく、無粋な奴らだな」

 

 

 

 ――声が、聞こえた。

 呆れたような、確固たる自信の伺える少年の声。

 聞き覚えのあるその声に、楯無が目を見開いた……その直後、翡翠の風が吹いた。

 ゴッッッ!! という鈍い打撃音と共に、宙に打ち上げられるキマイラの巨体。それが止めとなったのか、為す術もなく数メートルも吹き飛んだキマイラはもう動くことはなかった。

 

「数年ぶりの姉妹の仲直りだ。水を差すなよ」

 

 急な展開に呆然としながらも、楯無は目の前に立ち、恐らく今自分たち姉妹を救ってくれたであろう少年に目を向けた。

 

「おう。怪我はないか?」

 

 黄金の龍をその身に纏った少年――イチカは、そう言って朗らかに笑った。

 

 

 

§

 

 

 

「ふぅ……さて」

 

《青龍》の超加速による一撃(ドロップキック)でキマイラを打ち倒した俺は、驚いた表情で固まっている楯無へと目を向ける。

 妹の簪の方も、怪我はないみたいだな。間に合ってよかった。

 しかし流石は学園最強。初見の化け物をここまで追い込むか。俺が止めを入れた時点で、あのキマイラは既に瀕死だった。

 

「妹のピンチに命を張る……しっかりお姉ちゃんやれてるじゃないか」

「……っ! お姉ちゃんですもの!」

 

 へたり込みながらも強がりな笑顔を浮かべる楯無に微笑んで、俺はフィールドの大量の幻神獣に向き直った。

 

「やるぞ、ソフィー」

「了解です! 見せつけちゃいましょう先輩!」

「おう! 《四神憑臨(トランス・フォース)》――モード《朱雀(スザク)》!!」

 

 言下に、《黄龍》の特殊武装《金鱗喚符(ロード・スケイル)》が両腕と両肩に接続され、真紅の炎が噴き出し、爆炎を纏った拳と炎の翼が形作られた。

《黄龍》の持つ形態変化の神装、《四神憑臨》。《朱雀》は爆炎による超攻撃特化の形態である。

 

『ガーゴイル15、キマイラ15、ディアボロス1、合わせて31体ってとこですねー』

『あまり時間もかけてられない。ディアボロスは俺がやる、他の雑魚は分担だ』

『了解です』

 

 短く指示を終えて、俺とソフィーは早速行動を開始した。

 まずやるべきは――フィールドに残り、今尚孤軍奮闘している勇気ある女の子の救援だな。ついでに馬鹿の回収。

 背中の炎の翼を羽ばたかせてフィールドに突っ込めば、ガーゴイルの一体が馬鹿――織斑に向けて襲いかかっているところだった。

 

「ちっ、世話の焼ける!」

 

 舌打ちしながらも、俺の体は淀みなく動く。

 

 新しく戦場に参戦した俺に、牙を剥いて襲いかかってきたキマイラの牙をかわし、その鼻っ面に爆炎を纏った拳を叩き込む。

 ボォオンッ!! と顔面で起こった爆発と衝撃に仰け反ったキマイラに、機竜鋼線(ワイヤー・テイル)を巻きつけて、砲丸投げのように力任せに投擲、織斑を攻撃していたガーゴイルにぶち当てた。

 

「なっ……!?」

「邪魔だ、下がってろ!」

 

 そうして生まれた隙に、幻神獣が塊となっている場所へ接近、そのうちの一体のガーゴイルの核を貫手で貫く。

 たった今殺した幻神獣の死骸を、光弾を放とうとしていたガーゴイルへの盾として振り回し、背後から迫っていたキマイラをハイキックで吹き飛ばす。

 俺を狙うガーゴイルは放置して、吹き飛ばしたキマイラへと追撃をかける。左足に爆炎を纏わせ鋭い蹴撃で頭部を消し飛ばした。

 次の獲物へと狙いを定める俺にガーゴイルの光弾が迫るが、問題はない。

 

「――《龍の髭(ウィスカー・カーテン)》」

 

 あらゆるエネルギー体を拡散させる特殊武装が、数十の光弾を一つ残らず消滅させた。

 だが俺はそのガーゴイルに構うことなく、すぐさま別の獲物へと突進する。

 何故なら、

 

「さーて、私も暴れますか! 《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》展開!!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたソフィーの号令に従って、《テュポーン》の背面から二十本の細長い杭のような浮遊砲台が飛び出し、幻神獣に狙いを定めた。

 直後、二十の砲門が一斉に火を吹き、閃光が乱舞する。

 図体の大きいキマイラには全方位からの掃射が襲いかかり、動きが機敏で固いガーゴイルには先回りした砲塔が核への一点集中の連射で仕留める。

《百頭連砲》は縦横無尽に空を走り、次々と幻神獣たちの異形の肉体を抉っていった。

 

 そんな光景を見て、セシリアは戦慄していた。

 

「嘘……でしょう? BT兵器ですって……? ……適正Aのわたくしですら6基が限界だと言うのに、何ですのあの数は……!?」

「あー……うん、まあ、いっか」

 

 思いっ切り誤解しているセシリアに、ソフィーは特に何か言うこともなく口を噤んだ。まあ、誤解してくれてた方が何かと都合がいいしな。

 マギアルカから機竜の使用許可が降りたと言うことは、その隠蔽も請け負ってくれると言う意味だ。

 後のことは、全てマギアルカに任せておけばいい。

 俺たちが今するべきことは、幻神獣の殲滅だ。

 

「よっ、と!」

「い、イチカ……なの?」

「おう、イチカ・ロウ・ヴァンフリーク本人ですよ……っと、言ってる場合じゃないか。凰、そこの馬鹿を連れてピットに戻れ。後のことは俺たちと教師陣に任せろ」

「っ! ……大丈夫、なの?」

 

 不安げにこちらを見上げる凰に、俺はガーゴイルの一体を殴り飛ばしながらニヤリと笑った。

 

「問題ないさ。例えこの倍居たとしても、俺たちなら殲滅は容易だ」

「……信じるからね。あとイチカ! いつまで名字で呼ぶ気よ、友達なんだから、あんたもちゃんと名前で呼びなさい!!」

 

 怒ったような凰の言葉に、思わず呆けてしまう。

 この切羽詰まった状況で、と思わなくもないが……

 

「――鈴。頼んだ」

「――任せなさい、イチカ」

 

 満足げに頷いて去っていく凰の背中に、ひっそりと苦笑する。

 友達、ね……世界を超えて尚そう言ってくれるお前らのためにも、さっさと終わらせないとな。

 

「《四神憑臨(トランス・フォース)》――モード《青龍(セイリュウ)》!!」

 

《青龍》形態は、空中戦闘と高速移動に特化した高機動形態である。

 翡翠の光を纏った《黄龍》の周囲を暴風が吹き荒れ、《黄龍》は一気に加速する。

 

 ――ザンッ!!

 

 俺がキマイラの一体とすれ違った……瞬間、キマイラの首がポロリと落とされた。

 暴風を手刀に纏わせて、即席の風圧による刃としたのだ。

 同じような手段で、更にもう一体のガーゴイルを切り裂く。よし、このまま殲滅していけば――

 

『ヴァンフリーク! ドラクロワ! 教師部隊が救援に向かった! 今すぐ撤退しろ!』

 

 織斑先生からの通信に出鼻を挫かれて、思わずつんのめる。

 その言葉にピットの方を向けば、《ラファール》や《打鉄》を纏った十人ほどの教師陣が介入を始めていた。

 ふむ、意外と迅速な対応……いや、やっぱり遅いな。

 

『……どうします、先輩?』

『今の俺たちの所属はIS学園ではなく、ヴァンフリーク社だ。彼女の指示に従う必要はない』

『つまり、任務続行ってことですね』

『ああ。手早く済ませるぞ』

『はーい』

『おい、お前たち!? 何をしている!?』

 

 何やら慌てている様子の織斑先生は無視。

 

 救援に来た教師部隊の様子を伺えば、案の定幻神獣たちに有効打を与えることが出来ず苦戦していた。幻神獣と機竜、ISとでは素のスペックが違い過ぎるからな。

 正直教師部隊には余計なことはせず生徒の避難に専念してほしいところ、だ……が――……っ!?

 

 その瞬間、動き出そうとした俺の全身を凄まじい悪寒が襲った。

 

 視界にいくつもの警告が表示されるが、それに意識を割く余裕もなく、呆然と頭上を振り仰ぐ。

 

 動き出す間もなく、冷然と響く声。

 

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――――【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】」

 

 

 

 ザンッッッ!!!!!! と。

 全長10メートルはあろうかという巨大な()によって、アリーナの障壁が切り裂かれた(・・・・・・)

 

「ば、馬鹿な……っ!?」

「しょ、障壁を……斬った?」

 

 居合わせた者たちの驚愕を余所に、それ(・・)は舞い降りる。

 

「……女の子?」

 

 誰かが呟いた。

 

 年は俺たちと同じか、少し下くらいだろうか。

 膝まであろうかと言う黒髪に、愛らしさと凛々しさを兼ね備えた貌。

 その中心には、まるで水晶に様々な色の光を多方向から当てているような、不思議な輝きを放つ双眸が鎮座している。

 

 装いも、これまた奇妙なものだった。金属のような布のような不思議な素材で形作られた、まるでお姫様のようなドレス。

 さらにその継ぎ目やインナー部分、スカートなどに至っては、物質ですらない光の膜で構成されている。

 その手に握られるのは、虹のような、星のような幻想的な輝きを放つ巨大な大剣。

 

「…………」

 

 不気味な静寂が広がる中で、その少女はまるで精巧な人形のような無表情で、傲然と空から俺たちを見回していた。

 誰も、俺やソフィーですら動き出せない。

 

『……先輩。何ですか、あれ……』

『……分からん。分からんが、迂闊に動くな――あれはヤバい』

 

 俺たちにとっても分からないことだらけだが、たった一つだけ分かることがある。

 あの少女は、俺たちにとってこの上なく危険な存在であると言うことだ。

 

 少女の挙動を見逃さないために、意識を集中させていると……ふと、こちらへ視線を向けた少女と目が合った。

 ――背筋に、凄まじい怖気が走る。あれは、拙い。とんでもなく拙い。かつて戦った終焉神獣(ラグナレク)『聖蝕』と同等、いや、それ以上の圧力と殺気。

 全身に冷や汗が伝うのを感じる。動けない。動けば、斬られる。

 

 だがそんな中で、無謀にも少女へと食って掛かる者がいた。

 それは理性持たぬ獣。少女の前にこのアリーナに出現した幻神獣の中で最も厄介な個体、ディアボロスである。

 ディアボロスの戦闘力は他のキマイラやガーゴイルとは一線を画している。機竜のそれよりも尚大きい巨躯、堅牢な外皮、強靭な膂力、高い俊敏性、さらには、相手を罠に嵌めるだけの知能すら持ち合わせている。

 

 咆哮を上げて自らに迫るディアボロスを、少女は一瞥して、

 

 ――ザンッ!!

 

 片手で振るった大剣で、核ごと、一刀の下に斬り伏せてしまった。

 

「…………」

 

 断末魔の悲鳴すら許されず、真っ二つの死体となって、青黒い血を撒き散らしながら墜ちていくディアボロス。

 それに対して、少女は特に感慨を覚えた様子もなかった。

 

 ――イィィイィィィィイイィィイィィィィィ!!!!

 

 突如響く、角笛の音。それによって、同じく少女に挑みかかろうとしていた幻神獣が目標を変えて、俺とソフィーへと殺到してくる。

 角笛の音色を皮切りにしたように、停止していた状況が再び動き出す。

 

『先輩、今の角笛は……』

『多分、あの幻神獣を送り込んできた奴にとって、あの少女が登場したのは予想外だったんだろう』

『だから目標を変更して、こっちに来たってことですか?』

『ああ。まだ向こうの目的も不明だが、なっ!』

 

 掴みかかってきたガーゴイルを蹴り飛ばしながら、ソフィーからの竜声にそう答える。

 って、そういや教師部隊も居るんだったな、少女の登場のあまりのインパクトにすっかり印象が霞んで……っ、なっ!?

 

 教師部隊の存在を思い出してその方向を見れば、いつの間にか例の少女が、教師部隊の目の前で大剣を振り被っていた。

 俺はおろか、空間認識能力と動体視力に長けたソフィーですら反応できなかったのだ。教師とはいえ、この御時世実戦経験を積んだIS操縦者などそれこそ軍属の者しか居ないだろう。

 

《打鉄》を纏ったその教師は、慌てて標準装備である刀型近接ブレードを盾として少女の斬撃を防ごうとするが……アリーナの障壁すら切り裂く少女の大剣を前には、あまりにも心許ない防御だった。

 予見した通りに、その教師は防御などあってないもののように打ち砕かれ、シールドエネルギーを一瞬で消費し装甲を粉砕された。

 絶対防御の上から叩き込まれた強烈極まる衝撃に意識を刈り取られて、崩れ落ちる《打鉄》。

 

「なっ……く、くそォッ!!」

「馬鹿! 不用意に突撃するな!!」

 

 斬り捨てられた同僚を見てようやく動き出す教師部隊。

《打鉄》を纏った教師たちが刀を抜いて少女に迫り、《ラファール》を纏った教師たちは機関銃を構えて少女を照準する。

 

「…………」

 

 憤怒と憎悪のままに斬りかかる教師部隊に、少女は一切動揺した様子はない。その宝石のような瞳に、感情が浮かぶことはない。

 闘志も殺意も見せず、ただ機械的にその巨大な剣を振るう。

 一見無造作にも見える、豪快極まる横薙ぎの一閃。しかしその威力は、絶大。

 攻撃こそ最大の防御であると言わんばかりの斬撃で、さらに二人の教師が沈む。

 

「な……あ、ぁ……っ!?」

「…………」

「が、ひゅっ……!?」

 

 少女は無表情のままに左手を伸ばして、怯え切っていた教師の《打鉄》の腕を掴んで、引き挙げた。抵抗しようとする教師だったが、少女の膂力は凄まじく無意味だった。

 ギチギチ、と装甲が軋む音に戦慄しながらも、掴まれた同僚が邪魔で射撃で援護しようにも撃てない。

 歯噛みする教師部隊を余所に、少女は片手で掴み上げていた《打鉄》を、そのまま地面に叩きつけた。

 

「ぎ、ぃ……っ!?」

「…………」

「ぐ、ぁ、ああぁあぁっ!?」

 

 一度ならず、何度も、何度も。

 シールドエネルギーもすぐに尽き果てて、尋常ならざる膂力で固い地面に叩きつけられる《打鉄》の装甲は、一回叩きつけるごとにどんどん粉砕されていく。

 呆然とその凶行を見つめる中で、絶対防御が発動し、ISが強制解除される。

 少女は生身で気絶する教師から手を離し、左手を掲げた。その左手に握られているのは――待機状態の、IS。

 

「…………」

 

 何をする気だ、と身構える一同だったが、更に驚くべきことが起こった。

 先に斬り伏せられ倒れていた教師たちの元から、待機状態のISが独りでに浮かび上がり、少女の手に吸い込まれるように収まったのである。

 

「何を……」

「…………」

 

 少女は答えずに、回収したISを拡張領域(ストレージ)と思しき空間にしまってしまう。そして再び大剣を構えた。

 唖然としていた教師部隊は、吹き荒れる殺気にようやく我に返り、自棄になったように機関銃の引き金を引いた。

 

「こんのぉ……!!」

「死ね、化け物が……!!」

 

 ダダダダダダダダ!!!!

 撃ち込まれる無数の銃弾に対して、少女はただ一度だけ、剣を振るった。

 

「うあぁっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 信じられないことに、その斬撃によって生まれた風圧が少女に迫っていた銃弾を全て弾き返し、教師部隊すらも吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 ちっ、流石にこれ以上は介入しなければ拙いか……!

 

『行ってください先輩! 幻神獣のことは私に任せて!!』

『っ、すまん、たの――』

「うおぉぉおぉぉおおぉぉぉっ!!!!」

 

 俺が少女に挑みかかろうとしたところで、横合いから少女へと切りかかった者が居た。

 今の今まで怯えて縮こまっていた、織斑春万だ。

 織斑が大上段で構える《雪片弐型》には、シールドエネルギーを切り裂く《零落白夜》の輝きが宿っている。

 

 ちっ、あの馬鹿が……!!

 

 瞬間加速(イグニッションブースト)の超加速で迫る織斑に、少女は眉一つ動かさず、目を向けることすらしなかった。

 

「…………」

「はっ、もらっぐはぁっ!?」

 

 ゴッ!!!!

 

 少女が放ったのは、剣による斬撃ですらない。

 左拳を振り上げて、地面と水平に薙ぎ払う、ただの裏拳。

 だがその威力は尋常ではなく、綺麗に顔面の辺りを捉えた一撃を喰らって、織斑は一気に観客席の遮断シールドまで吹き飛ばされた。

 

「がっ、ぁ、くっそぉ……!!」

「…………」

「てめぇ……どこ見てやがる!!」

 

 激昂して何とか立ち上がろうとする織斑だが、あれほどの勢いで遮断シールドに叩きつけられては限界だろう。

 意識を保っていられるのは、あの少女が織斑に対して敵意を抱いていなかったからだ……正しく言えば、敵としてすら認識されていなかったから。

 これ以上不用意な真似をすれば、少女は容赦も斟酌もなく、織斑を斬り伏せるだろう。

 

 彼我の距離約10メートル……これなら、いける。

 背後に《青龍》の暴風を集めて、地面(虚空)を強く蹴りつける。

 結果、俺の体は暴風に吹き飛ばされるようにして少女へと突っ込む。

 

 少女が片手で振り上げた大剣と、俺の暴風を纏った真上からのドロップキックが、真っ向から衝突した。

 

 ガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!!

 

「おおぉぉっ!!」

「…………っ」

 

 大剣の腹を削るように唸りを上げる俺と言う竜巻に、乱入してから初めて、少女が両手で大剣の柄を握った。

 そして、大剣へと一気に力を籠める。

 

 ぐっ……落下の勢いを込めて尚、押し負けるか……!!

 

 ポウッ、と大剣の刀身に漆黒のオーラが灯ったのを見て、咄嗟に足を離してその場から飛び退る。

 直後、振り抜かれた斬撃の軌跡に沿って、漆黒の剣風が進行方向上に居た幻神獣ごと空間を薙ぎ払った。

 何て威力の斬撃だ、と思わず背筋を凍らせる。

 

「《四神憑臨(トランス・フォース)》……《朱雀(スザク)》!!」

 

 これに対抗するためには、受け身になっていては駄目だ。

 攻撃は最大の防御と言うわけではないが、防御に回っているだけではいつかジリ貧になって叩き斬られる。

 と言っても、俺では反応できるか怪しいところだが……

 

 少女の方は俺を敵に値すると判断したのか、感情の伺えない目で俺を見つめている。

 油断している時が一番やりやすいのだが……言っても仕方がないことか。

 睨み合いを終え、お互い動き出そうとしたその時、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

 

『春万ァァァアアァアァァアァァァァッ!!!!』

「「…………っ?」」

 

 この声は……篠ノ之か? 

 キィィィィン……と甲高いハウリング音を伴いながら、スピーカーからさらに大声が発せられる。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくて何とする!!!!!!』

「何やってる、あの馬鹿……!」

 

 中継室の方を見れば、審判とナレーターが伸びている。どうやらあの馬鹿は彼らを気絶させて中継室を占拠したらしい。

 一体何がしたいんだアイツは……。まだ生徒の避難誘導は終わってない。そんな中であんなことをすれば、アイツ自身だけでなく他の生徒まで危険に晒す。そんなことすら予測できないのか。

 案の定、篠ノ之の大声を聞きつけた幻神獣が中継室へ向かっている。

 

『ソフィー!』

『えー……あんな箒女の安全なんて放棄しちゃいましょうよー』

『……全然上手くないからな。気持ちは分かるが、見捨てるわけにもいかんだろう』

『はいはい分かりましたよ……まぁ、あそこには他にも人が居ますしね』

 

 いやいやながらも、ソフィーは篠ノ之……と言うより、中継室に居る審判やナレーターを救うために動き出した。

 

「ギィエェアァァァ!!!!」

「ひっ……!?」

「はいはーい、そこは通行止めでーす」

 

 悪ふざけを挟みながらも、機竜を操るソフィーの手は淀みない。

 今まさに篠ノ之に向けて鉤爪を振り下ろそうとしていたガーゴイルを《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》で核を狙い撃ちして撃墜。

 続けて《テュポーン》の二つ目の特殊武装である、肩部装甲に内蔵された誘導ミサイル《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》を起動する。

 

「ふぁいあー」

 

 ソフィーの軽い号令。

 計24発の誘導ミサイルが機竜使い(ドラグナイト)の思念を読み取って、屯していた幻神獣へと降り注ぐ。

 ボロボロの満身創痍になった幻神獣たちの核を、ソフィーの正確無比な狙撃が次々と撃ち抜いて行った。

 

「そろそろ飽きてきましたしねー……一掃しちゃいますか」

 

 ソフィーはそう嘯くと、《百頭連砲《ハンドレッド・ライブス》》を全て回収すると、最後の特殊武装、《百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》を展開した。

 ガシャン、とガトリングの巨大な銃口を幻神獣たちに向けながら、ソフィーはニヤリと笑って、

 

「ちょっとエネルギー不足が深刻ですけど……ま、問題ないですね!」

 

 不意打ちのように、前触れなく引き金を引いた。

 ガドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!! とその巨体に似合う轟音と共に、秒間数百発の光弾が凄まじい勢いで吐き出される。

 最悪のエネルギー収支を誇る武装だが、この調子ならエネルギーを使い果たすよりも前に殲滅は可能だろう。

 

「問題は、こっちだな……っ!!」

「…………」

 

 頭頂から真っ二つにせんと振り下ろされる大剣を身を捻ってかわしながら愚痴る。

 がら空きになった胴へ炎を纏う拳を放つが、翻った大剣の横薙ぎに慌てて飛び退って距離を空ける。

 少女は一瞬の停滞もなくさらに踏み込んで、軽々と剣を振るった。どんな膂力をしていれば大剣などという重量級武器をあれほど軽々と扱えるのか。

 回避と防御に専念しながら隙を探るが、この少女は力任せではなく剣術も熟達している。

 

「くっ、そぉ!!」

 

 少女の動きから剣の癖を見抜き、大剣を振り切った僅かな隙に拳を捻じ込むが、その一撃は下から蹴り上げられた。

 その蹴りの威力は尋常ではなく、跳ね上げられた右腕に吊られて全身までもが傾ぐ。

 まず、い――体勢を整えることすらできず、真横から襲った斬撃に思い切り吹き飛ばされた。

 遮断シールドに背中から激突した俺に、少女はすぐさま追撃をかけてきた。

 何とか受け身を取ったおかげで一撃で沈むことはなかったが、装甲は所々砕けて、生身も節々が痛んでいる。

 

「ぐぅっ……おぉぉっ!!」

「…………!!」

 

 襲い来る斬撃を真下に逃げることで回避。少女の左足を右手で掴み取り、そのまま真横に振り抜き遮断シールドへ叩きつける。

 すかさず左手で、爆炎を収束させた火球ごと殴りつける。少女の背後は遮断シールド、逃げ場はない。

 轟音と火炎を撒き散らし爆発する火球。爆炎が巻き上がるが……ザンッッ!!!! と、強烈極まる斬撃によってまとめて斬り飛ばされた。

 やはりこの程度では、無理か……久々の、死闘になりそうだ。

 

 俺は覚悟を決めて、拳を握る。

 少女は相変わらずの無表情のまま、再び大剣を振り上げて――

 

 

 

「【七の弾(ザイン)】」

 

 

 

 その瞬間、少女の動きがピタリと止まった。

 まるで燃料の切れた機械のように――まるで、時間が止まったように。

 いきなりのことに困惑する俺の耳に、どこからか声が聞こえてくる。

 

『そこまでですわ、十……〈プリンセス〉。当初の目的は達成しました。これ以上の戦闘は無意味ですわ。欲を言えばあと一つか二つは回収しておきたかったところですが』

「……?」

 

 何だ、この声は……一体どこから?

 辺りを見回しても誰も居ない。そもそもこれは……肉声じゃない?

 警戒しながら注意深く辺りを観察していると、ふっ、と、目の前の少女の姿が掻き消えた。

 前触れもなく、景色が移り変わったように消失したので思わず驚いてしまう。

 

「なっ……?」

『では、では、失礼いたしますわ。織斑一夏さん……二度の越界(オーバーワールド)を経た空間渡航者(ディメンショントラベラー)……イチカ・ロウ・ヴァンフリークさん? きひっ、きひひひ――…………』

 

 そんな、不気味な笑い声を残して、やがてその声は聞こえなくなった。

 少しの間、この謎の存在について考えを巡らせるが、すぐにやめて溜め息を吐いた。

 あまりにも情報が少なすぎる。結局黒髪の少女については、あの異常な戦闘力以外のことは何一つ分からなかった。こんな状態で考えても彼女の正体に迫ることは不可能だ。

 

 フィールドを見渡せば、十数体の幻神獣の死体が転がっている。襲撃時の数より少ないのは、ソフィーの《百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》によって半数近くが消し飛ばされたからだろう。

 まだ、幻神獣についての情報を学園、ひいてはこの世界の住人に渡すわけにはいかない。最悪はマギアルカの方で隠蔽するだろうが、こちらでも焼却などの処理をしておくべきだ。

 

「はぁ……ったく」

『お疲れ様です……終わりですかね?』

「あぁ。とりあえず――」

 

 ボロボロの体を庇いながら空を見上げれば、雲一つない晴天。澄み渡る大空が広がっている。

 下からはISに換装したソフィーと、凰……鈴がこちらに駆け寄っていた。黒髪の少女に手酷くやられた教師たちも命に別状はなさそうだ。

 まぁ、色々考えなきゃいけないことや、課題は多いが……。

 

 ――とりあえず、任務完了だな。

 




 アビスの死体って残るんだっけ?

 混沌としすぎて作者もよく分かんないや()
 なんか久しぶりに書いたなぁ……今回がこれまでで一番難産だった気がします。

 次は今回の件の後始末からです。一番書きたかった回なので早く投稿できる……と、いいなぁ。
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