今回は完全に息抜きです。明後日には受験なので現実逃避がしたかったんです。
そろそろ僕も卒業なので、ここいらで一夏君にも卒業してもらいましょう(何をとは言わない)!
「……つまり、今回の件は『竜匪賊』の功を焦った下級の幹部によるもの、ということか?」
「端的に言えばそういうことじゃな。元々上の連中は乗り気ではなかったものを、強引に推し進めたらしい」
王都防衛戦の翌日。深夜の作戦で疲れ果てた身体をたっぷりと寝て休めた俺は、マギアルカの執務室に居た。今回の件に関する詳細を訊くためだ。
だだっ広い執務室は見るからに高級そうな調度品で埋め尽くされ、またここに『客』を招くことがある関係上、部屋の構造全てが大きな窓の前にある執務机に座るマギアルカを
豪奢な机の上にお尻を乗せて腕を組んで、不敵に笑みながら彼女は続けた。
「何にせよ、これで国内の邪魔者と『竜匪賊』の間の繋がりが確認出来た。今はお主ら以外の『旅団』のメンバーが駆除を行っておる最中じゃ。……御苦労じゃったな、一夏よ」
「ありがとう、マギアルカ」
結局、今回の件は「竜匪賊」の中でも下っ端に位置する者たちが暴走した結果だったらしい。
目立った功績を上げられずに焦っていたところに舞い込んできた、マルカファル王国貴族からの依頼。しかも上の連中は揃って二の足を踏んでいる。臆病者どもめ。お前たちがやらないんだったら俺たちがやってやる……とまあ、そんなところか。
『竜匪賊』の最高幹部……三人の師団長、ドラッケン、ヴァイン、ガトゥハーンはこれまで何度も商会に戦いを仕掛けて、その度に辛酸を舐めさせられてきたため、十分な準備を整えない内に戦いを挑むのは避けたかったのだろう。
もちろん、そんな馬鹿と雑魚が手を組んだところで、マギアルカの足元にも及ばない。今回のようにサクッと瞬殺されてお終い。
むしろ
「しかし……数十機もの機竜を一つの戦場に動員出来るとなると、『竜匪賊』の戦力はどうなってるんだ?」
「例のクーデターの影響じゃな。旧帝国が
「なるほどな……」
「流石にこれ以降は、今回のような大規模な侵攻はそうないとは思うがのぅ。奴等とて戦力は無限ではない。あの戦いが奴等に相応の損害を与えたのは間違いなかろう。ま、自業自得じゃがな」
からからと楽しそうに笑うマギアルカ。これでようやく国内の危険分子を一掃出来るのだ。仕方ないことだろう。
今晩は祝杯に付き合されるかもしれないが、まあ酌ぐらいならしてやろう。
そんな風に考えていると、不意にマギアルカがどこか困ったような表情を浮かべた。
「しかし一夏……お主、本当にいいのか? 今回の王都防衛戦でのお主の功績を、軍のものにしてしまって」
「別にいいよ。俺自身は功績が欲しいわけじゃないし、部隊の奴等も、望んだ奴には褒賞を与えてるんだろ? なら、俺が言うことはないよ」
「じゃがなぁ……それでは、お主の目的からは遠ざかるじゃろうに」
そこでようやく、マギアルカが何を気にしているのかが分かった。
俺の目的――俺にしか出来ない何かを見つけて、それを貫き通し、俺を見限った奴等を見返してやること、俺という人間の価値を示すこと。
そのためには、手っ取り早く大きな功績を上げて名を売ることが近道である、ということは分かる。分かるが……
「……どっちにしても、俺が今回したことはほとんどない。名ばかりの栄光なんていくらもらっても嬉しくないさ」
「そんなことはないと思うがのぅ……」
「そもそも今の俺じゃあ、出来ることを貫き通した、なんて口が裂けても言えない。今の俺はまだ全然弱くて、その道の半分も進んじゃいない。そんな状態で名が売れても、虚しいだけだ」
「むぅ……」
マギアルカは不満そうに腕を組んで唸った。
見た目相応に可愛らしい仕草に頬を緩めつつ、俺は笑いながら、もう一つの野心を口に出した。
「それに、今の俺じゃ、まだあなたの『右腕』は名乗れそうにないからな」
「……む? わしの右腕じゃと?」
「ああ。……どうせ名が売れるなら、ただの『織斑一夏』じゃなくて――『マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの右腕、織斑一夏』の方が、俺には嬉しいよ」
マギアルカは、俺にとってとても特別な女性だ。
恋愛感情ではない。親愛の情も確かにあるが、それ以上に、俺は彼女をあの世界とこの世界の誰よりも尊敬している。
空っぽだった俺に全てを与えてくれた恩人であり……自分の力でこれほどの大組織を作り上げ、最強の地位を手に入れた彼女の姿が、眩しくて仕方がない。
桁外れの強さも然ることながら、彼女の心の在り様も。戦場にある時や敵を前にした時は、誰よりも邪悪で計算高く冷酷な一面を見せる彼女だが、信頼できる相手や愛すべき者の前では、誰よりも慈悲深く優しい面を見せる。
俺と同じ全てを失った境遇でありながら、負け犬でありながら、自分の身一つで這い上がり、栄光をその手に勝ち取った彼女。俺が目指すべきもの。
初めて会った時から……彼女の持つ気高さに触れた日から、俺は彼女に惚れ込んでいたのかもしれない。
弟子として彼女の教えを受けることが出来たのは、不運と不幸に塗れた俺の人生を一瞬でひっくり返すほどの幸運だったと言える。
俺は、この女性のためであれば命を捨てても構わないと、本気で思っている。
けれど、分不相応かもしれなくても、願わくば――覇道を歩む彼女を、隣で支えて行きたいと思う。
「俺一人だけっていうのは、少し嫌だから……あなたと一緒がいいんだ」
俺が笑って告げた言葉を聞いて、マギアルカは彼女にあるまじきぽけっとした表情でしばし俺を見つめていたが、やがてスッと視線を逸らして、
「…………全くお主は……たまぁにそうやってクリティカルなことを……しかも無意識というのがまたタチが悪いのぅ……そんなじゃから、皆勘違いするのだと言うておろうに……」
「マギアルカ? どうかしたのか?」
何故か頬を薄く朱に染めたマギアルカを訝しんで聞いてみると、マギアルカはコホンッと一つ咳払いして俺に視線を戻した。
「何でもない。ただ、いい男に育ったな、と言っておるだけじゃ」
「……? ありがとう……?」
「うむ。……そう言えば一夏よ、お主、まだ未経験じゃったな?」
「?」
訊かれたが、生憎何のことだか分らなかった。未経験? 何についてだ?
首を傾げる俺に、マギアルカは薄く……何故か、いつもより艶やかに微笑んだ。
「お主も今年で十五じゃ。もうそろそろ経験してもいい頃じゃな。男にとっては、文字通り世界が変わるというものらしいがさて……」
「いや、マギアルカ? さっきから何の話だ?」
「んー? ……今夜にでもわしが筆下ろしをしてやろうと言うだけの話じゃが?」
「ふでおろし……?」
筆下ろし? 何だそれ? 初めて聞いた言葉だな。
明らかに何か企んでいる様子のマギアルカだが、この様子なら俺にとって何か害があることじゃないだろう。
「今は分からずともよい。……今夜が楽しみじゃのぅ?」
「……? ああ、そうだな?」
晩酌のことだろうか?
滑らかな脚を組み直して、ペロリと舌舐めずりをする彼女の妖艶な雰囲気に、何故か一瞬背筋がゾクゾクッとした。
あれ? 何か、取って喰われそうな予感がするぞ……?
§
マギアルカとの対談を終えて、俺は王都の中にある王国軍の総司令部を訪ねていた。
王都防衛戦の際のお礼と謝罪をするためである。あるが、これはほとんど形式的なものだ。
ヴァンフリーク商会はあくまで一商会であり、決して軍を動かす立場にはない。いくら実質的に軍部の実権を握っているとはいえ、王国に籍を置く商会が王国軍に応援を要請した、という形を崩すべきではないのである。
そんなわけで俺は商会の代表も兼ねて、王国軍の司令官にお礼を言いに来たのだが、
「お、よう、一夏! 昨日はお手柄だったな?」
「こんにちは、バーツさん。司令はいらっしゃいますか?」
「ん? ああ、恵一の奴は、今はライラのとこだろうな。多分、王都防衛戦で捕縛した賊の奴等の聴取をしてるはずだぜ」
そう言って、司令官室に一人で居たバーツさんは手に持っていたグラスを傾けた。
どうやら目的の人物は留守のようだった。昨日の今日だしな。色々と忙しいんだろう。
俺たち商会と違って、軍はれっきとした国家に所属する組織だ。俺たちなんかよりやることもしがらみもずっと多い。
……そのはずなのに、この人は酒なんて呑んでていいんだろうか。
思わず胡乱げな視線を、年の離れた友人のような存在に送ってしまう。
「バーツさん。こんな時間から呑んでていいんですか?」
「んー? いいんだよ、どうせ俺にこれ以上やれることなんてないしな。それに司令官様は昨日からお忙しくて一杯も飲めてないんだ。だから俺は、アイツの代わりにアイツの分も呑んでやってるのさ」
酔ってやがるな、この人。
赤ら顔で大笑いするバーツさんに、我知らず視線が冷たくなる。
これがなけりゃ普通に尊敬できるいい人なんだが……あ、そうだ。こんな人(失礼)でも一応大人だ。あの言葉の意味も知ってるかもしれない。
「バーツさん、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「何だ? お前が俺に訊きたいことってのは珍しいな。あ、ちなみに今の俺の彼女の名前は……」
「別に訊きたくないんでいいです。そうじゃなくて……筆下ろし、って言葉の意味知ってますか?」
「ゲホッ、ゲホガホッ、ゲホァッ!!」
「うわっ、汚っ!」
俺が訊くと、バーツさんはいきなり咳込んで口に含んだ酒を盛大に噴き出した。
こっちに飛んできた飛沫をサッと回避する。危なかった。
「ェホッ、ゲホッ……ど、どうしたいきなり?」
「どうしたもいきなりもこっちのセリフなんですけど……いや、何かマギアルカが今夜俺にしてくれるらしくって……よく分からないので、訊いてみたんですが」
「んぶふっ!? ゲボブハァッッ!? ヴェッホ、ヴェフファッ!!」
「ちょっ! 汚いんですけど!」
さっきより多いし! 酒だけじゃなくて胃液まで飛ばしてません!?
何度かゴホゴホ繰り返した後で、バーツさんは少しばかり酔い以外の要因で顔を赤くして、俺に親指を立てた。
「まあ……何て言うか……卒業おめでとう、一夏。よかったな」
「はい?」
「その質問の答えは、自分で知るべきだと思うぜ……俺が言うことじゃない」
「はぁ……」
結局バーツさんははっきりとした答えを返してはくれなかった。何故だかずっと俺に祝福の視線を向けて、わざわざ総司令部の門前まで見送りに来てくれた。
何がどうなってるんだ一体……首を傾げながら商会に戻り、部隊の面々と訓練をして、風呂場で汗を流し夕食を摂って、自室に戻って……。
そこでようやく、俺は『筆下ろし』という言葉の意味を、バーツさんが何を祝福してくれていたのかを知ることになった。
§
『ちょっ、ま、マギアルカ!? 何で俺の部屋に、って言うか、なんだその恰好!?』
『最初に言うたじゃろうが。ふ・で・お・ろ・し、とな』
『なっ…………っ!? 筆下ろし、ってそういう……!』
§
『ま、待った、何でズボンに手をかけてるんだ、って下ろすな!』
『ほほぅ……これは中々のモノじゃな……成長したんじゃなぁ……』
『どこ見て言ってるんだよ!』
§
『ま、マギアルカ……お、俺もう……!』
『んっ……ダメ、じゃ……! もう少し、我慢、せい……っ、ぁっ……んぅっ、よいぞ、一夏……!』
『うっ、うあぁぁぁぁっ!』
§
…………とまあ、そんな成り行きで、俺は『卒業』することになったわけである。
一晩の内に、天国と地獄を両方経験するとは思わなかった。キモチよかったことはキモチよかったが……文字通り搾り取られた。
世界が変わったかどうかはまあ……推して知るべし、かな。
あ、痛てて……腰が痛い。
はい卒業おめでとうございまーす!
以上、一夏の初体験(相手はマギアルカ)でしたー!