インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 どうも、少し遅れました。

 火曜日に卒業式で、水曜日は結果発表、木曜日は合格者集合&クラス会と忙しい一週間でした。首尾よく合格してました。安心しました。けど春休みの宿題を金払って買わされました。解せぬ。

 何はともあれ、第七話。いろいろ新キャラとかオリ神装機竜とか出てきます。よろしくお願いします。


Story.7 狼と虎 / 宿敵との邂逅

『竜匪賊』によるドラクロワ財閥本部襲撃事件から、既に一年が過ぎた頃。

 こちらの世界に来てから四年になる俺、織斑一夏は、『銀影旅団』の団員として新たな任務に就いていた。

 

 現在の俺の所在地は、マルカファル王国王都郊外にある、それなりの規模の港町の倉庫街だ。

 停泊している船のすぐ横に鉄製の大きなコンテナがいくつも立ち並び積み重ねられているのは、元の世界の倉庫街とほとんど変わらない。船が蒸気船なのと、地面がコンクリートではないのを除けば。

 今回の任務は、港に運び込まれた荷物を狙う賊の殲滅・捕縛……ではなく、その前段階。偵察任務だ。

 最近この周辺で不審な人影が複数確認されているものの、裏付けが取れず動き出そうにも動き出せなくて、結果俺たち『銀影旅団』にお鉢が回ってきたと言うわけである。

 

 荷物を狙う盗賊が動き出すのは、やはり日が沈み、ほとんどの人間が活動をやめた頃だ。

 というわけで現在深夜、任務に駆り出された俺ともう一人の隊員は、倉庫街のコンテナの陰で息を潜めているのである。他の隊員はいざという時のために街中で待機しており、この倉庫街に居るのは俺を含めて二人だけだ。

 ちなみに俺は今、汎用機竜の《ドレイク》を纏っている。《ドレイク》には迷彩機能に索敵能力まで搭載されており、隠密行動にはもってこいなのだ。

 俺の神装機竜《黄龍》は何分金ピカの装甲なので、夜でも目立って仕方がない。

 

 既に隠密行動を始めて二時間。俺ともう一人の隊員はと言えば……

 

『せーんぱーい。ひーまーでーすー』

『……気持ちは分かるが、今は我慢しろ』

 

 何度目かも分からないその竜声に、思わず溜息を吐いた。

 

 俺を『先輩』と呼ぶこの隊員の名は、半年前に入隊したばかりの新人にして、俺と同じ『裁定者(ルーラー)』分隊の隊員――ソフィー・ドラクロワである。

 言わずと知れた、ドラクロワ財閥の一人娘である彼女だ。あの事件の後ヴァンフリーク商会の世話になっていた彼女は、立ち直った後はマギアルカに師事し、紆余曲折あって『銀影旅団』に入隊することになった。

 ソフィーは、いわゆる天才と呼ばれる人種だったようで、たった半年の修行で俺と正面から殴り合えるほどに腕を上げた。生身の格闘でも――装甲機竜(ドラグライド)の操縦でも。

 特に遠距離からの射撃に関しては、あのマギアルカですら自分には敵わないと言わしめるほどの才を見せた。

 一kl(キル)先の直径十センチの的を機竜息銃(ブレスガン)でぶち抜くのを見た時は、流石に度肝を抜かれた。

 

 最初の俺のソフィーに対する印象は、お淑やかで健気な、いかにも優等生な少女というものだったのだが……

 

『だってもう、二時間ですよ、二時間! 今何時だか分かってます!? 私、そろそろ眠いんですけどー!』

『だから任務に取り掛かる前に仮眠を取っておけ、って言っただろうが』

『先輩がそれ伝えてから、仮眠の時間なんて準備に必要な時間入れても一時間もなかったですよね!? 徹夜と夜更かしは乙女の敵なんですよ!? 特にお肌的な意味で!』

『……面倒臭いな、お前』

『今面倒臭いって言いましたね。可愛い後輩に向かって、今面倒臭いって言いましたよね!』

『可愛くない後輩だからいくらでも言っていいんだよ』

 

 この通り、非常に騒々しく生意気である。全く、これが隠密行動だということを理解しているのやらしていないのやら。

 普段は――俺やマギアルカを相手にするとき以外は――もっと慎み深い優等生的な態度なのだが。何がどうしてこうなったのか。

 もっとも今は俺も全く変わらない状況にジリジリしていたので、こういう会話は一種の気分転換となっている面もあるのだが……そういうのを的確に見抜いて、大丈夫だと思ったタイミングで仕掛けてくるので、余計タチが悪い。

 俺とは違って人付き合いが異常に上手いため、一躍商会内でのアイドル的存在になってしまった。本性を知ってる身としては、鼻で笑うところだが。

 

『自分で言うのもなんですけど、私、可愛いですからね? 可愛く見せる努力も一杯してますし、そこらの凡百の女の子と一緒にしないでください。私がモテるの、先輩も知ってるでしょ?』

『お前今、不特定多数の女の子を敵に回したぞ……モテるって言っても、お前が分厚い猫の皮かぶってるせいで本性を知らないからだろ。俺は引っかからんぞ』

『先輩だけが知ってる私……って言うのも、グッと来ません? むしろ私、そっちを狙ってるんですけどー?』

『この悪女が』

『褒め言葉です』

『ビッチ』

『ひどっ! 私まだ処女なんですけど……って、何言わせるんですか!』

『カミングアウトしたの自分だろうが』

 

 全く……騒々しい。呆れ気味に溜息を吐くが、このやりとりをどこか楽しく感じている自分に再度呆れる。

 というかお前はモテても、いつも俺に付き纏ってるせいで恋人が出来ないんだろうが。行動が矛盾してるんだっつの。

 

『べっつに恋人とかいりませんもん……あーあ、私を慰めてくれた時の、あの優しさはどこに行っちゃったんでしょうねー?』

『俺の優しさってのは高価だからな。そんな安売りするもんじゃないんだ。……いずれ利子付けて払ってもらうぞ?』

『……先輩、先生の影響で守銭奴になってますよね?』

 

 ちなみに『先生』とはマギアルカのことだ。恐らくここに来る前に通っていたアカデミーでの呼び方をそのまま踏襲していると思われるが、詳細は不明。

 

 さて……おふざけはここまでにして、そろそろ任務に戻るか。

 

『ソフィー。周辺に人間、もしくは機竜の反応はあるか?』

『んー……今のところ、まだないですね…………って、あ、来ました!』

 

 ソフィーが布陣しているのはここから五百ml(メル)ほど離れた地点だが、纏っているのは特級階層(エクス・クラス)のみが携帯を許される《エクス・ドレイク》だ。

 索敵範囲は俺よりも広い。そのレーダーが、敵影を捉えたらしい。

 さっきまで散々にふざけていたソフィーの声が、真剣みを帯びた。

 

『……ついに来たか。反応の種類は?』

『機竜です。数は一機ですけど……神装機竜ですね。搭乗者は不明、機体名は《ヒュドラ》です』

『《ヒュドラ》……だと?』

 

《ヒュドラ》という機体名を聞いて、俺は思わず眉を顰めた。

 その名前を持つ神装機竜は、『竜匪賊』の三人の師団長の一人、ガトゥハーンの持つ機竜だったはずだ。

『竜匪賊』の連中が王国に戦いを仕掛けてくるのは珍しくないが、師団長クラスがわざわざ出張ってくるような規模のことだとは思えない。

 何より、一機のみというのがおかしい。奴らは確かに個人としても強力な機竜使い(ドラグナイト)だが、同時に優れた戦士でもある。一人で出来ることの限界は知っているはず。

 となれば、その《ヒュドラ》を使っているのは別の人物ということになるが……神装機竜は、それぞれ一種類しか存在しない機竜だ。

 

『それ以外の詳細は分からないのか?』

『残念ながら……データベースにありませんね。詳細は一切不明です』

 

 チッ……ガトゥハーンの《ヒュドラ》であれば、特殊武装や神装まで知り尽くしているんだが……確証がない以上、全く別の機体として対応した方が良いか。

 相手が神装機竜である場合、相手の特性を何も知らずに挑むのはそれなりにリスクを伴うのだが……まあ、仕方がないか。

 

『ソフィー。その機竜の位置情報を今すぐ俺と、待機している分隊長に伝えろ。他にも伏兵が居る可能性がある。俺はその機竜に攻撃を仕掛ける。お前は俺の援護をしながら、他の敵が確認されたら、適宜――……』

『――ッ、高エネルギー反応確認……先輩っ! 避けて(・・・)ッッ!!!!』

 

 ソフィーの、酷く焦ったような声が脳内に響いた、その直後――――突如、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

§

 

 

 

『…………――ぱい! 先輩! 生きてますか!? 返事をしてください!』

「……あぁ。生き、てるよ」

 

 どこか泣きそうなソフィーの呼びかけに、掠れた声で応答する……が、そもそも竜声でなければ届かないことに気付き、竜声で繰り返す。

 身体の上に積み重なっていた瓦礫を振り落としながら、ゆっくりと身体を起こす。

 

『先輩! 無事だったんですね!?』

『あぁ……《ドレイク》の方は、ギリギリ竜声が使えるぐらいだがな』

 

 肉体には大した負傷はなかったが、纏っていた《ドレイク》の装甲は、原形が分からないくらいにボロボロだった。

 これではむしろ纏っている方が危ない。舌打ちしながら装甲を解除する。

 

『教えてくれ、ソフィー。今のは、何だ?』

『……砲撃、です。たった一機の機竜が放ったものとは思えない、有り得ないほどの威力の』

 

 たった一機……だと? 例の二機目の《ヒュドラ》か?

 ここから数十ml(メル)以上離れた位置から放射状に放たれた閃光は、進行方向上にあったコンテナを消し飛ばして倉庫街の一部の機能を完全に停止させ、更には港に停泊していた輸送船の一隻に大穴を開けていた。

 周囲には無数の瓦礫が散乱して、濛々と舞い上がった土煙が視界を塞いでいる。

 俺の知る《ヒュドラ》には、これだけの攻撃を可能にするような武装は存在しなかった。

 ――やはり、別物なのか?

 

『……っていうか、先輩よく生きてましたね。どうやって凌いだんです?』

『予め探してあった、コンテナが最も密集している地点でコンテナを盾にして時間を稼いで、機竜のエネルギーの全てを前方に張る障壁に振り分けて防いだ。かなりギリギリだったがな』

 

 まあほとんど運が良かっただけだが、運も実力の内だと言うしな。そのおかげで生き残れたのだから、言うことはない。

 しかし、これほど大規模な破壊を行うとは……何が目的だ?

 

『ソフィー。あの船の中身は何だ?』

『うーん……食料品と、衣類と、あとは……十機ほどの機竜と、その部品(パーツ)ですね』

『なら、目的はそれか?』

『多分そうですけど……何だか納得いきませんよね』

 

 確かに。ソフィーの疑わしげな声に俺は頷いた。わざわざそんなものの強奪のために、これほどのことを起こすとは思えない。

 疑問はあるが、それにばかり集中してもいられない。

 何故なら…………

 

「おォ? んだよ、今のを凌いだ奴が居やがんのか? やるじゃねェか」

 

 聞こえてくる、面白がるような若い男の声に、俺はゆっくりと立ち上がる。

 見ると、土煙の向こうから、ズシン、ズシン、と重い音を響かせながら、何者かが近付いて来ていた。

 

『先輩……来ます』

『分かってる。援護と、()は任せたぞ』

 

 短い会話を終えて、『銀影旅団』の制服の腰に提げていた《黄龍》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜いて身構える。

 その直後、俺の眼前の土煙が猛烈な威力の拳によって払われ、一匹の竜が姿を現した。

 

 奇妙に歪んだ銀色の装甲を持つ、どこかおぞましい印象を与える竜。

 腕から肩にかけてまで異様に膨らんだ上半身と、細い下半身のアンバランスな造形が、その奇怪さを助長させている。

 汎用機竜とは明らかに異なる機体――紛れもなく、神装機竜だ。

 

「よォ……初めまして、だよな?」

 

 その神装機竜を駆る、俺やソフィーと同年代の長身の青年が、俺に声をかけてきた。

 褐色の肌と対照的な乱雑に切り散らされた白い髪に、それを染め抜くような石榴(ザクロ)の色をした紅い瞳。鋭く尖った刃のような顔立ちを、好戦的な笑みが彩っている。

 青年は実に楽しげな笑顔で、俺を見ていた。

 

 ……コイツ、強いな。一目見ただけで分かるレベルだ。

 装衣の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体、機竜を纏いながらも隙のない佇まい、そして何より、俺の全身に吹きつける、獰猛な殺気。

 

「……アンタには見覚えがあるな。実際に会ったことはねェが、どっかで見たことがある」

「…………」

「だんまりかよ。まァいいさ。その制服は、確か『銀影旅団』ってとこのモンだな。アンタもそこの一員ってとこかい?」

「……さてな」

 

 質問に俺は素っ気なく返すが、青年は特に気にした様子もなく軽やかに笑っていた。

 

「いやァ、嬉しいねェ。正直、こんな下らないコソ泥みてェな真似に付き合わされてイライラしてたんだが、アンタみたいなのと出会えるたァ、思わぬ僥倖だよ、ホント」

 

 操縦桿から離した手を額に当てて嬉しそうに笑う青年だったが、その佇まいにはやはり、隙と言えるようなものはなかった。

 ……やはりコイツらは、ここに何かを盗みに来たということか。だとしたら、何を盗みに来た。いやそもそも、『コソ泥』という言い方は、倉庫街の一角を吹き飛ばすような行動とは完全にミスマッチだ。

 コイツらの、本当の目的は一体……、と考えている間にも、青年は独白するような言葉を続けていた。

 

「俺がここに来たのはよォ、アンタみてェな強い敵と戦いたかったからなんだよ。ここなら、俺が求める強敵と出会えるって、俺の勘が言ってたもんだからよォ」

「…………」

「そして事実、俺の勘は当たっていた。アンタは強い、見ただけで、感じただけで分かる。アンタのその目――獰猛な獣みたいな目を見てるだけで、肌がゾクゾクしてきやがる」

 

 俯いて、低く哂いながらそう呟く青年は、酷く楽しそうだった。

 やがて顔を上げて、狂気でギラギラと輝く石榴の色の瞳を俺に向けた――瞬間、青年から感じる威圧感が膨れ上がった。

 

「……!」

「――さァ、さっさとその神装機竜を展開して纏えよ。始めようぜェ、互いの命を賭けた、真剣勝負ってやつをよォ!」

 

 チッ……思わず舌打ちを一つ。元々望みは薄かったが、相手は完全にやる気になっている。撤退という選択肢を選ぶことは、出来そうにない。

 そもそも俺の目的はコイツの相手ではなく、倉庫街にやってくる賊の捕獲。だがコイツが居れば、その達成は著しく困難になってしまう。それほど、この敵は強い。

 となれば、残る選択肢はただ一つ――この敵を倒し、障害を取り除く。

 

 覚悟を決めて、機攻殻剣(ソード・デバイス)(グリップ)にあるボタンを親指で押し込み、詠唱符(パスコード)を呟く。

 

「天地統べる王なる龍よ。万神率いて、至高の座へ舞い昇れ。《黄龍》」

 

 言下に、機攻殻剣(ソード・デバイス)の刀身に刻まれた銀線に光が走り、俺の背後の黄金の竜が現れ、装衣の上にローブを纏った俺の身体に装着され、堅固な装甲と化した。

 俺が纏う黄金の神装機竜を見て、褐色の青年は顔に浮かべる喜色をますます濃くさせた。

 

「黒髪黒眼に、『銀影旅団』の一員の、黄金の神装機竜……は、はははっ、ははははははははははははははははっ!! そうか、アンタか、アンタが『金狼』織斑一夏か! 会えて光栄だぜ、一夏サンよォ!」

「それはどうも。こちらこそ光栄だよ……『銀牙の猛虎』ダグラスさん?」

「……知ってたのかよ?」

 

 気付いたのはついさっきさ。声には出さず、心の中でそう呟いた。

『銀牙の猛虎』ダグラス。二年程前から噂されるようになった、装甲機竜(ドラグライド)を扱う戦争屋集団『竜匪賊』の一人である、凄腕の機竜使い(ドラグナイト)

『竜匪賊』のメンバーではあるものの、傭兵稼業それ自体には興味を抱かず、ただ強者との魂削る戦いのみを欲する戦闘狂(バトルマニア)として有名だ。

 既にこれまでに何人もの腕利きの機竜使い(ドラグナイト)が彼の手にかけられていると言うのに、彼の情報が世に出回っていないのは――彼は必ずどちらかが死ぬまで戦いを続けるからだ。

 

「アンタほどの男が出てきたってことは、この件には『竜匪賊』もそれなりに深く関わってるってことか?」

「んにゃ、それほどでもねェよ。ここに派遣されたのは、俺と後もう一人しか居ねェからな。……まァ、んなことはどうだっていいだろ?」

 

 よくないんだよ、このイカレ野郎が。内心で毒づきながら、俺は構えた。敵――ダグラスの我慢が、そろそろ限界に達しようとしているのが分かったからだ。

 同時にダグラスも表情に狂喜を覗かせ、音もなく構えを取る。

 銀色の神装機竜の両腕をダランと垂らし、脚を大きく開いて体勢を低く落とす。その様は、今まさに獲物に飛びかからんとする肉食獣の脱力を連想させる。

 

 準備が整ったところで、俺とダグラスは、同時に宣言した。

 

「『銀影旅団』所属、織斑一夏」

「『竜匪賊』が一員、ダグラス・ベルガー」

「――参る!」

「――行くぜェ!」

 

 そうして、金の狼と銀の虎、二匹の獣の戦いが幕を開けた。

 

 

 

§

 

 

 

「『銀牙の猛虎』ダグラス・ベルガー……よりにもよって、彼ですか」

 

 先輩も大変ですね、と私――ソフィー・ドラクロワは遠く離れた場所で始まった戦いを見ながら、心の中で呟いた。

 私が今布陣しているのは、先輩たちが居る倉庫街から五百Ml(メル)ほど離れた地点にあるとある灯台だ。その見晴らし台の上で《エクス・ドレイク》を纏った私は、長大なブレスガンを構えて先輩たちの戦いを見守っている。

 普通なら見えるはずのない距離だけれど、この銃身が異常に長く、上に望遠鏡のようなものが付いた、今の王国軍の制式装備になっている狙撃銃のような、汎用機竜でも扱える稀少武装、《遠射息砲(ロング・ライフル)》のおかげではっきりと見える。

 

 どうやら先輩のお相手の、正体不明の《ヒュドラ》の戦闘スタイルも、先輩と同じ超近接格闘戦闘のようで、取っ組み合うようにして拳と拳、蹴りと蹴りをぶつけ合わせている。

 ……あんなに近いと、狙撃手(スナイパー)にとってはやりにくいことこの上ないんですけどねー。間違って先輩を撃っちゃったりしたら洒落になりませんし。

 心の中で愚痴りながらも、いざという時に先輩の援護をするために、《遠射息砲(ロング・ライフル)》のスコープを覗き続ける。

「援護は任せた」って言われちゃいましたからね。先輩の命令は私にとって絶対なのです。

 

 先輩――織斑一夏さんと出会って、早半年。けれど、あの日、先輩が私にかけてくれた言葉、してくれたこと。私は全て覚えてる。忘れられるわけがない。

 今なら分かる。先輩の言っていたことの意味が。あのままだったら、遠からず私は壊れていたことが。

 先輩が私を助けてくれた。今ここに私が居るのは、彼のおかげ。

 だから私は、彼のために尽くす。ただ彼のためだけに戦う。

 誰よりも優しくて、けれど誰よりも傷つきやすいあの人のために。

 あの人の過去に何があったのか、私は知らない。けどもし、知ることが出来たのなら――今度は私が彼を支えてあげたい。

 あの日、彼が私にしてくれたように。

 

『――こちら「キャスター」です。「ルーラー」、聞こえますか?』

「……っとと。来ましたか」

 

 どうやら街の方で待機していた『金狼騎団』の残りのメンバーが到着したようだ。思ったより早かったですね。

 来てくれたのは嬉しいんですけど、現状では皆さんに出番はありませんね。

 

『はいはーい、こちら「ルーラー」で―す。皆さん到着しましたか?』

『「アサシン」、「バーサーカー」が少し遅れています。既に戦闘は開始されているんですよね? 我々はどうしますか?』

『んー。まだ敵は一機しか現れてないので、とりあえず待機してもら…………っ!』

 

 竜声で要望を伝えようとしていると、ふとスコープの視界の中で、何かの影が動いた。

 急いでその方向に銃口を向けスコープを覗くと、十機ほどの機竜が、先程大破させられた船とは違う別の停泊中の船に向かって接近しようとしていた。

『竜匪賊』……ではないでしょうね。あのダグラスって人は嘘を吐けるような人じゃないでしょうし。

 

『お客さんが出ましたね。詳しい目的は分かりませんが、船目掛けて無我夢中で近付いてます……っていうか、もう突入してます。阻止と捕縛をお願いします!』

『「キャスター」了解』

『「アーチャー」承知しました』

『了解! 「セイバー」急行する!』

 

 私の要請に次々に分隊長からの応答が返ってくる。この小隊に入ってからそんなに経ってないけど、信頼してもらえてるってことですかね?

 さってと……あちらさんは、一体何が目的なんでしょうか。

 あの船がこの港に到着したのは昨日のこと。当然積み荷は全て運び出してある。船に積まれた荷物を狙うのならあの船を目標とするのはおかしい。

 そもそも、何でたった一隻の船に対して十機以上の機竜で襲撃かけようとしてるのか。馬鹿なん、です、か――――

 

「………………まさか」

 

 思考を重ねる中で、あることに思い至った私は、思わず呆然と声を漏らした。

 慌てて《遠射息砲(ロング・ライフル)》の照準を、賊が乗り込んで行った船へと合わせる。

 しかし合わせた照準は、少しずつズレていく。違う……こっちがズレているんじゃない、船の方が動いてるんだ(・・・・・・・・・・)

 

 そういうこと……積み荷泥棒どころか、船泥棒ってことですか!

 

『「ルーラー」から伝令です! 賊の目的は、船の積み荷なんかじゃありません! 船そのもの(・・・・・)です! 船に乗り込んで、直接強奪することだったんです!』

『なっ……!?』

 

 私が竜声で伝えた事実に、いくつもの驚愕が返ってきた。

 隊員の皆さんが驚愕から立ち直る間も与えず、私は続けて呼びかけた。

 

『船を持って行かれるわけにはいきません! 今すぐ、船を奪い返してください!』

『『『『了解!』』』』

 

 承諾の声と共に、十数機の機竜が真っ直ぐ賊に占拠された船へと向かって行った。

 それに呼応するように、船の中から十機ほどの機竜が出てきて、そのまま乱戦に入った。

 数だけを見ればこちらの方が上だ。すぐに殲滅出来る……と思ったけれど、そう上手くはいかないようで。

 

『……っ、倉庫街の方から、敵の増援です! 数は十!』

「くっ……!」

 

 隊員の一人から入ってきた通信に、思わず歯噛みする。

 落ち着け……! 焦るな、私! 私は、先輩から任されたんだ……先輩が、任せてくれたんだ!

 未だ銀色の神装機竜と壮絶な戦闘を繰り広げる先輩を見て、私は一度自分の頬を張った。

 そして、すぅっ、と息を吸い込んで。

 

『「セイバー」、「アーチャー」、「アサシン」は敵の増援の方に向かって下さい! 残りの分隊で、可及的速やかに船の奪還を! 船がこの港を離れる前に!』

 

 竜声で指示を下し、稀少武装《遠射息砲(ロング・ライフル)》を船の上甲板に向け、スコープに敵の姿が映った――瞬間、私は引き金を引き絞った。

 ドウンッッ!! 通常の機竜息銃(ブレスガン)よりも重い銃声とマズルフラッシュ。

 超速で飛翔する鋭く針のように細い光弾は、狙い過たず、『金狼騎団』のメンバーに向かって攻撃を加えようとしていた敵の《ワイアーム》の一機の右肩を穿った。

 続けて二発目。今度の目標は、左肩の幻創機核(フォース・コア)

 発射(ショット)命中(ヒット)幻創機核(フォース・コア)からのエネルギー伝達が一時的にダウンして、敵の《ワイアーム》の展開が解除される。

 

 もっと近距離での戦闘ならまだしも、この距離からの狙撃であれば、誰にも負ける気はない。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も、身体に刷り込んできた技術。

 例え相手がどれだけの速度で動いていようとも、一瞬後にどの位置に動くかが分かれば問題はない。

 

 ドウンッ! ドウンッッ!! 連続で放たれた光弾が、次々と敵の機竜を穿ち墜として行く。

 もちろん先輩の援護も忘れない。先輩の作り出してくれた隙に、容赦なく銀色の神装機竜に砲撃を叩き込む……が。

 

「嘘っ!?」

 

 信じられないことに、彼は私の砲撃を認識してから(・・・・・・・・・)、グイッと機体を仰け反らせることで回避してみせた。

 

『お前……千載一遇のチャンスをふいにしやがって……』

『ごめんなさーい!』

 

 責めるような口調で先輩から竜声が届いたけれど、その声には冗談のニュアンスが含まれていたので、こちらも少し冗談交じりに謝った。

 けれど……第一射、相手がこちらを認識していなかった段階での狙撃を回避されたというのは、かなり痛い。

 狙撃手(スナイパー)にとって標的を確実に仕留めるために最も重要になるのは一発目だ。二発目以降は、こう言ってはなんだけれどただの保険でしかない。

 その一発目を完璧に回避されたということは、もうこれ以上私が彼にダメージを与えられる可能性は限りなく低くなった。

 

 自分の失敗に歯噛みした――その瞬間、《エクス・ドレイク》のレーダーに、こちらに接近してきている新たな機竜の反応が映し出された。

 ……速い! 《エクス・ワイバーン》のそれより尚速い。その機竜は、真っ直ぐ私が布陣している灯台に向かっている。もうあと数十秒もしない内に到着してしまうだろう。

 一体どんな機竜が……《エクス・ドレイク》の電波を飛ばしてその機竜を調査する。

 

 機体名判明・神装機竜《ヒュペリオン》

 搭乗者――解析不明

 

「なっ、二機目の神装機竜!? しかも、また正体不明の――――……ッ!?」

 

 示された調査結果に驚く……暇もなかった。

 間髪入れずに表示された警告に従って、一も二もなく跳躍。灯台の上から地面へと飛び降りる。

 

 直後――ズドドドドドドッッ!!!! と。膨大なエネルギーの奔流が閃光となって連続し、私がそれまで居た灯台を跡形もなく消し飛ばした。

 

「くぅ……っ!?」

 

 ほとんど転げるように着地して、急いで起き上がり周囲の様子を探る。

 衝撃と振動で少し頭がクラリとするものの、構ってはいられない。

 何故なら――もう、すぐそこに敵が来ていたから。

 

 地面から見上げる形になった私を、炎を纏う紅の戦車に乗った竜、とでも形容すべき神装機竜がジッと睥睨していた。

 上半身だけを見れば、緑色の(ライン)の走る燃えるような紅色の装甲を持つ、やや細身の機竜。しかしその下半身は、側面に紅蓮を纏う車輪の付いた、機竜本体より二回り以上巨大な戦車となっている。

 車を引く馬もなく御者も居ないと言うのに、その紅の戦車は悠々と空中に浮いている。

 

 異形というより、威容。圧倒的な存在感を誇るその神装機竜に搭乗していたのは、私とそう変わらないぐらいの年齢の、若い少女だった。

 輝くような銀髪を後ろで一まとめにした、感情の読み取れない赤の双眸を持つ、どこか浮世離れした雰囲気の不思議な少女。

 銀色の髪……確かあれは、アーカディア旧帝国の王族であることを示す色だったはず……。

 困惑するこちらに構わず、少女はゆっくりと口を開いた。

 

「あなた、凄いね」

「は、はい……?」

「いくら遠距離狙撃用の稀少武装を持っているからと言って、これほどの距離で、動き回る的に連続で一撃も外さずに全て狙い通り命中させる……誰にでも出来ることじゃない。あなたは凄い」

「そ、それは、どうも……?」

 

 こ、この人、すごくマイペースです……。

 いきなり無表情のまま褒められて、少し毒気を抜かれてしまった私だけれど――直後に少女が全身から放った、凄まじいまでの威圧感に思わず身構えた。

 

「今ダグラスが戦ってる彼を除いたら、一番厄介なのは、あなた。だから私は、あなたを狙うことにする」

「…………!」

「あなたに特別恨みはないけど……ごめんね?」

 

 そう一方的に告げて、少女は神装機竜《ヒュペリオン》が駆る戦車に搭載された、八つの砲塔を真っ直ぐ私へと向けた。

 先程灯台を木端微塵に吹き飛ばした砲撃だ。《エクス・ドレイク》は特装型の機竜なだけあって、装甲はそこまで厚くない。まともに喰らえばひとたまりもないだろう。

 戦慄する私に、銀髪の少女は唇を薄らと歪めて、

 

「私の名前は、アナスタシア・レイ・アーカディア。神聖アーカディア帝国第四皇女(・・・・)

「……っ!?」

「さあ……そろそろ、始めよう?」

 

 少女――アナスタシアさんの言葉と同時に、私に向けられた八つの砲塔、その全てが閃光を放った。




 ソフィーの性格は、いろはすのあざとさをちょっと控えめにした感じです。いろはす可愛いですよね(一番好きなのはコマチエルですが)。


※3月29日 数字が間違っていたので編集しました。
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