インフィニット・オーバーワールド   作:マハニャー

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 こんばんわ、お久しぶりです侍従長です。宿題の量が多くて更新出来ませんでした。

 最新話、何だか長くなってしまいましたが、ようやくバトルが終わります。オリ神装機竜を作ってみたはいいが、かなりチートっぽいことになってしまった……。


Story.8 二つの死闘

 時間は少し遡り、一夏とダグラスの戦いが始まった頃まで巻き戻る――

 

 

 

§

 

 

 

「おォらァァッ!!」

 

 先手を取ったのは相手――ダグラスの方だった。

 手の内が分からない相手に対しては、まず様子見に入るのが最善……と思ってのことなのだが、もし同じタイミングで動き出そうとしても、きっと先に攻撃を喰らったのは俺の方だろう。

 そう思わせるほど、ダグラスの挙動は速かった。

 

 腕をダランと下げた前傾姿勢による脱力から、一気に跳ね上げられた《ヒュドラ》の拳が風を貫いて迫る。

 

「――ッ、チィッ!」

 

 舌打ちしながら《黄龍》へと指示を下し、グイッと身を捻ってその拳を回避する。

 すると回避したばかりの拳が、今度は裏拳となって俺の頭蓋を砕こうとしてきた。

 避けるのは……無理か。即座に判断を下して、そっと突き出した《黄龍》の右腕を《ヒュドラ》の腕を絡め取るように動かして、バンッ! と上へ撥ね上げた。

 

「うおっ」

「フッ……!」

 

 攻撃の向きを強引に変えられて体勢が泳いだ敵に、残った左腕でのボディブローを放つ。が、その攻撃はあり得ないような反応速度で弾かれた。

 続けざまの回し蹴りを擦り足のように体勢を低くして後退し、回避と共に距離を取る。

 一度仕切り直しだ……と思ったのだが、予想以上に興奮しているらしきダグラスは、その一瞬すら待ってはくれなかった。

 

「逃げんなよ、『金狼』ォッ!」

「ッ!」

 

 顔を上げ構え直した時には、ダグラスは既に俺の目の前で右の拳を振りかぶっていた。

 クッ……速、い! 銃弾のように放たれた拳を掲げた《黄龍》の左腕で辛うじていなす。

 刹那、自身の攻撃の勢いに釣られて俺の脇を抜けて行くダグラスの、狂気の混じった危険な匂いのする目と、視線が交錯する。

 ――直後、俺が放った後ろ回し蹴りが《ヒュドラ》の右肩を打ち据え、ダグラスの放った肘が障壁の上から《黄龍》の腹部を捉えた。

 

「ぐッは……かッ、こん、の……犬ッころが……!」

「がっ、ぐ、ぅ……! この、駄猫が……!」

 

 狂笑と、渋面。互いに似たような悪態を吐きながら、表情は全くの真逆だった。

 その表情のまま、それぞれ受けた攻撃の威力に逆らわずに距離を取る。

 障壁を貫いてきた衝撃が腹部に叩き込まれたが、幸いにして内臓が潰されたようなことはなかった。向こうの方も右肩へのダメージは戦闘に支障を来すほどのものではなかったようだ。

 

「くははッ、いいねェ、この感触……この感覚……久々に楽しめそうだなァ?」

 

 ダメージを負いながら、先程よりも楽しそうなダグラスの様子に、俺は一つ頷いた。

 ……特定完了。よし、いける。

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》……モード《白虎(ビャッコ)》」

「あン? 神装か?」

 

 俺の呟きに呼応して、腰部にマウントされた六枚の菱形の板のような武装、《金鱗喚符(ロード・スケイル)》がひとりでに動き、《黄龍》の両方の踵の部分にドッキングした。

《黄龍》の黄金の装甲に純白の(ライン)が走り、ヒュオォォォォ……と、両腕と両足に冷気がまとわりつき、極小の吹雪が生まれた。

 地面につけた足裏を中心に、パキパキパキ……と地面が凍りついていく。

 

「へェ……こりゃまた、随分と面白そうじゃねェかァ!?」

 

 嬉しそうに叫びながら、再びダグラスが《ヒュドラ》を駆って突撃を仕掛けてくる。

 さっきまでとほとんど同じ光景……違ったのは、俺もまたダグラスと同時に地面を蹴っていたということ。

 これまでの戦闘で常に受け身だった俺が攻勢に転じたことに僅かに驚きを見せながらも、ダグラスは逡巡せずに、俺を間合いに収めた瞬間に拳を放った。

 その一連の行動の速度は、先程までより段違いに素早かった。手加減や様子見をやめて、全力で俺を潰そうとしているのだろう。

 だが――

 

「ぐ、あ、があァァッ!?」

 

 ゴキャァッ!!

 呻き声を上げて、砕かれた装甲の欠片を撒き散らしながら吹き飛んだのは俺ではなく、ダグラスの方だった。

《ヒュドラ》の拳が《黄龍》の装甲を捉えるよりも一拍速く、ダグラスが攻撃の予備動作を見せるよりも尚速く突き出していた《黄龍》の拳が、《ヒュドラ》の左半身を鋭く打ち据えていたのだ。

 

「……ちィッ!? ンだくそッ!」

 

 俺の攻撃が直撃した左腕が、装甲が砕けた部分から徐々に凍結していくのを見て、ダグラスが焦燥の混じった声を上げた。

 

「まだ終わらないぞ」

 

 ダグラスの反応に興味を示すことなく、俺は駆けた。

 地面を踏み砕く勢いの突進の速度は、《黄龍》に出せる最大の速度を遥かに超えていた。

 

四神憑臨(フォース・トランス)》の四つの形態の一つ、《白虎》は、機体の敏捷性を大幅に上昇させる、地上での高速近接戦闘特化の形態だ。

《白虎》の一つ一つの動作速度は、元の《黄龍》の比にもならない。

 更にもう一つ、《白虎》には、周囲の温度を一気に氷点下まで下げる特殊能力があった。

《ヒュドラ》の腕が凍りついたのも、この特殊能力によるものだ。

 

「はぁっ!」

「ッ、らァッ!」

 

 一気に接近した俺に対し、ダグラスは歯噛みしながらも引き離すために《ヒュドラ》の左足を振り上げる。

 しかし――その蹴りが放たれるよりも早く、ダグラスの右側に回り込んでいた俺は、何の危険もなく攻撃に転じた。

 腹部を狙った冷気を纏う拳は、寸前で身を捻ったダグラスに回避される。

 片足で跳躍して距離を取りながら、自身が跳躍するより先に前進していた俺に、ダグラスがどこか痛快そうに叫んだ。

 

「そうか……テメェ、読んでやがるな(・・・・・・・)!? 俺の動きを……いや、俺の思考、判断を!」

 

 その叫びに、俺は何も言わず追撃する。

 凍りついた左腕で抉るような貫手を突き込んでくるが、それを読んでいた(・・・・・)俺は突進の勢いを殺さずに身体を傾けて回避し、《黄龍》の機体を右足を軸に旋回、強烈な回し蹴りを脇腹へと叩き込んだ。

 

 相手の行動や言動から、その人間の本質を読み取る――それが、俺に出来ることの中で、唯一誰にも負けないと思える技術だ。

 

 接触した部位からそのまま凍結させようとする。が――その直後、ガガガガガガガッ!! と、凄まじい衝撃が連続して俺を襲った。

 

「ぐっ、く、ぁ……!?」

「そう思い通りにはさせねェよ!」

 

 見ると、《黄龍》の肩に触れた《ヒュドラ》の蛇の顎のような形をした腕が禍々しい紫色の光を放ち、《黄龍》の装甲をガリガリと削っていた。

 このままだと完全に壊される……! そう判断した俺は、即座に足を離して後ろへ跳躍、薄い笑みを浮かべるダグラスから距離を取った。

 

「その腕は……」

「この《ヒュドラ》の特殊武装の一つ、《悪牙蛇顎(タイラント・クロー)》だ。特殊なエネルギー波を纏わせることで、何もかも削り取る振動波を生み出すことが出来るのさ」

 

 チッ……これは俺の失態だな。相手は神装機竜だ。強力な特殊武装の一つや二つ持っていると予想してしかるべきだろう。

 加えて、まだダグラスはあの《ヒュドラ》の神装を見せていない。どうせロクなものではないんだろうが……。

 何にせよ、コイツの相手をずっとしているわけにはいかない。ソフィーの負担が大きくなり過ぎる。早く退けなければ……。

 

 ――焦るな、俺。心は熱くていい、だが、頭は冷静で居ろ。

 自分に言い聞かせるように心の中で呟いたところで、ソフィーから竜声による連絡が届いた。

 

『先輩! 小隊の皆が到着しました! こっちは任せて下さい!』

『……了解』

「…………くくッ、くははははッ!」

「っ?」

「いやな? つい嬉しくてなァ」

 

 そう言ってダグラスは、口元を三日月のように歪めて続けた。

 

「誤解すんなよ? ――正直に言って、アンタは弱い。純粋な実力、元の力量だけで言えば俺とはどうしようもねェ、覆しようのねぇ差がある」

「……そうだな」

 

 そんなことは、言われずとも分かっている。

 俺が人より劣っていることなど、もう何年も前から知っていることだ。

 

「アンタは決して天才なんかじゃねェ。よくて凡才、もっと言えば非才だ。本来なら俺とアンタは勝負になるはずがねェ。……そのはずなのに、アンタは今、こうして俺を追い詰めてやがる」

「…………」

「アンタは、自分のことを強者だなんて思っちゃいねェ。むしろ、誰よりも弱いと思ってやがる。だからこそ、自分の弱さを否定せずに、アンタは自分に出来ることを最大限まで研ぎ澄ましている。そいつがアンタの強さなんだ」

 

 自身の機竜に刻まれた無数の傷を見回して、ダグラスは笑った。

 その笑みはこれまでの狂気に満ちたものではなく、純粋に称賛するような色が含まれていた。

 

「……俺はアンタを尊敬するぜ、織斑一夏。アンタは俺が今まで戦ってきた奴の中で、一番弱い……けど、一番強い敵だ」

 

 ダグラスのその言葉に、俺は何も答えずにただ構えを取った。

 ダグラス・ベルガー――コイツは天才だ。こと戦闘という分野の才能という意味では、俺など比較にもならず、それこそソフィーや……俺の姉や弟なんかよりずっと上だろう。

 コイツはそれを自覚している。自覚した上で、確固たる目的のためにその才能を振るっている。

 

「一つ、訊いていいか、ダグラス。……お前は、何のために戦っている?」

「…………俺がこの世界に生きてるっつう、確証を得るためだ」

 

 さっきまでとは別人のような、透明な表情で、

 

「俺はあの日、あの掃き溜めみてェな場所で、死ぬはずだった。いや、死んだ。誰にも確かめられることも、誰にも顧みられることもなく、野垂れ死んだ。……けど、一度死んだはずの俺は、アイツ(・・・)に新しい命と名をもらったことで、蘇った。名前すらなかったクソガキは、ダグラス・ベルガーとして生き返った」

「…………」

「けどなァ、今の俺は、ゾンビみてェなものなんだよ。一度死んじまったから、自分が生きてるってのがどういうことだか分かんねェ。何の目的もねェ、何も出来ねェ俺は、本当に生きてるのか、それが分かんねェ」

「……ゾンビ、か」

 

 ――今、分かった。

 コイツは、俺と同じだ。俺と同じ、負け犬だ。

 かつて、世界の悪意に、理不尽に抵抗しようと、戦おうとして、何も出来ずに、為す術なく敗北して。それでも、誰かが差し伸べてくれた手のおかげで、再び立ち上がることが出来た。

 俺にとってのその誰かが、マギアルカだった。彼女が差し伸べてくれた手が、かけてくれた言葉が、与えてくれた優しさが、俺を救ってくれた。俺は再び目的を持って、今を生きることが出来ている。

 目の前のコイツも、同じなんだ。コイツにも、俺にとってのマギアルカのような存在が居て、その人の手によってコイツは蘇って。

 織斑一夏と、ダグラス・ベルガー。この二人は、俺たちは、本当によく似ている。

 けど、たった一つ違ったのが――俺は成すべきことを見つけることが出来て、ダグラスにはそれが出来なかった。

 

「けどよォ、戦ってる時、自分の命、魂、全存在を賭けて戦ってる時だけは違ったんだよ。血潮が湧き立ち、肉体が躍動し、脳髄が震え……そんな瞬間だけは、俺は生を感じることが出来る。……ちょうど、今みたいななァ?」

「……!」

 

 そこまで言って、ダグラスは再び表情を変えた。

 爛々と瞳を滾らせた、獲物に跳びかかる寸前の餓えた獣のようなものへと。

 

「人間が最も生を感じられるのは、死が傍らにある時だ……ってのが、俺の持論でな。付き合ってもらうぜ、『金狼』。死を恐れず戦うんじゃない、俺が生きるために、アンタと戦う。(ケダモノ)同士、仲良くやろうぜ?」

「……お前と一緒にするなよ」

「馬鹿言うな。氷みてェに冷徹な瞳の奥の、ドロッドロに煮え滾った熱のカタマリ……テメェも十分ケダモノだよ」

「……違いない」

 

 フッと笑みを向け合った――直後、俺とダグラスは同時に駆け出した。

 素の速度ではダグラスの方が上だが、今の《黄龍》は《白虎》の形態であり、速度は互角。

 お互い、ほとんど同じタイミングで相手の間合いに入った。

 

「ゥおおらァァッ!!」

 

 咆哮と共にダグラスが紫紺のエネルギーを纏った拳を連続で叩き込んでくる。その威力と勢いは先程までとは比べ物にならないほど、苛烈なものだった。

 だがダグラスのその攻撃自体は見切っていた……いや、知っていた(・・・・・)ので、対処するのは容易ではないものの、遅れるようなことはなかった。

 敵の動きから次にどこに打ち込まれるのかを読み、的確に捌いて行く。《悪牙蛇顎(タイラント・クロー)》があるので拳ではなく手首から上を弾いて。

 

 冷静に捌きながら、何発目かの拳打を一際大きく弾く。自身の攻撃の勢いで体勢を崩したダグラスに、駄目押しに両足を一気に刈り取った。

 ダグラスはそれを大きく跳躍してかわした。しかしどちらにしろ体の平衡を失い、前方へと倒れ込んでゆく。

 歯噛みするダグラスに思いっ切り蹴りを叩き込んでやろうと思ったが、ダグラスは《悪牙蛇顎(タイラント・クロー)》を、俺ではなく地面に叩きつけた。

 

「……くっ!」

 

《ヒュドラ》の特殊武装の発する振動波によって俺が立っていた地面が破砕され、強制的にバランスを崩された。

 完全に倒れてしまう前に崩れた地面を蹴って跳躍、ダグラスもまた勢いに逆らわずに前転するようにして飛び退いていた。機竜を使っているのに器用な奴だ。

 お互い体勢を整えた直後――再び殴り合いが始まる。

 

「くははははははッ!! やっぱ面白ェなァ!?」

「喜んでいただけて、光栄だよ!」

「そうだ、それでいい! もっと、受け止めてくれよォ! ――《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》!」

 

 哄笑しながらダグラスが叫び声を上げたのと同時に、奴の纏う《ヒュドラ》の右腕から、ガシャリッ! と、銃弾が装填されるような音が聞こえた。

 その変化に視線をやった隙に強かに蹴り飛ばされる。衝撃に顔を顰めながらダグラスの方へ視線を向けると、奴は《ヒュドラ》の両拳を打ち合わせるような体勢を取っていた。

 

「何を……」

 

 訝しむ俺にダグラスはニヤリと笑い――直後に、重ね合わされた二つの拳から、莫大な量の禍々しいエネルギーが漏れ出し、《ヒュドラ》の機体を覆った。

 全身から紫色のオーラを噴き上げる銀色の神装機竜を纏って、ダグラスは俺に拳を向けた。

 

「《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》――《ヒュドラ》の持つもう一つの特殊武装。月が満ち欠けを繰り返すまで……まァつまり、一月に九発しか使えねェ弾丸さ。その分使い勝手がよくてなァ。こういう風に機体の強化に使ったり――そのまま砲撃に使ったりな?」

「……ッ、そうか、最初の砲撃は」

「グダグダ考えてる暇はねェぞ!」

 

 雄叫びを上げ、再び突撃してくるダグラス。だがその速度は、先程までとは段違い、まさしく桁違い。

 これは……《白虎》に匹敵する……!?

 

「オラオラオラオラオラオラァッ!!」

「ち……く、ぐぅ……っ!」

 

 雨霰と降り注ぐ、視認すら難しい拳打の嵐を、先読みだけで防ぐ。しかしさっきとは違って、本当に防ぐだけで精一杯だ。

 隙を見て反撃――などという欲は捨てて、ひたすらに防御に専念する。

 それでも尚、捌き切れなかった攻撃が《黄龍》の装甲を掠り、障壁の上から俺の身体へと衝撃を伝える。

 

「クハハハハハッ! これでも攻め切れねェか! いいぜ、ならコイツはどうだァ!? 《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》!」

「――!」

 

 痛快そうにダグラスが叫んだ言葉に応じて、《ヒュドラ》の左腕が再び禍々しい紫色のオーラを放出し始めた。

 そのオーラは今《ヒュドラ》を覆っているオーラのように機体の周囲に拡散されることはなく、《ヒュドラ》の左拳の先に円を作るように収束していく。

 バチバチとスパークを繰り返し、莫大なエネルギーが陽炎のようにグニャリと空間を歪めて――

 

 ゴォォアァァァァァッッ!!!!

 

 指向性を持たせず一気に解き放たれたエネルギーが、俺の視界を一瞬で白く染め上げた。

 まさしく、邪悪なる竜の顎から放たれる息吹。災厄の顕現。

 破壊力のみを追求した無秩序なエネルギーの奔流は、進行方向上のもの一切合財を消し飛ばしながら進もうと――

 

「――《竜の髭(ウィスカー・カーテン)!》」

 

 したところで、俺が展開した光の膜のカーテンに触れた端から空気に溶けていった。

 分解された熱量が無数の煌めきとなって俺たちの周囲を乱舞する。

 

竜の髭(ウィスカー・カーテン)》。

 触れたエネルギー体を拡散させる《黄龍》の持つ特殊武装。

 例えどれだけの威力の――《ヨルムンガンド》の大砲であろうとも、それがエネルギーであるならばこの武装は全てを無意味にする。

 ……とはいえ、これが《黄龍》の機体の動力を使って稼働しているため、もちろん限界はある。

 今回は……少し危なかったか。《竜の髭(ウィスカー・カーテン)》の端の辺りが少し溶けている。

 

「ははッ、コイツも凌ぎ切るかよ! 強ェなァ、アンタは!」

「厭味かよ、畜生がっ!」

「がァッ!?」

 

 心底楽しそうに笑うダグラスにちょっとイラッときた俺は、一瞬の隙を衝いて肉薄、右肘を脇腹の辺りへと叩き込んだ。

 体をくの字に折り曲げて吹き飛ぶダグラス。追撃しようとしたが、《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》の力によって強化された《ヒュドラ》は凄まじい速度で体勢を立て直し、牽制の拳を放ってきた。

 牽制とは言ってもその威力は全く侮れない。しっかりかわしてから、攻撃。

 更に後ろへ吹き飛ぶダグラス――――今だ!

 

『ソフィー!』

 

 俺が竜声でソフィーへ指示を送った、一瞬後。

 夜空を切り裂くように、一筋の細い閃光が視界を駆け抜けた。

 数百ml(メル)離れた位置に布陣するソフィーが、稀少武装《遠射息砲(ロング・ライフル)》を使用して行った遠距離狙撃だ。

 相手の咄嗟の回避行動すら織り込んで放たれた閃光は、距離など関係ないもののように、正確に《ヒュドラ》を穿ち……

 

「うおッとォ!? 危ッぶねェな!」

「なっ……」

 

 ……信じられないことに、この野郎、もうすぐそこに砲撃が迫っていたタイミングから強引にかわしやがった。

 どんな反射神経してやがる、コイツ……!

 まあとりあえず、

 

『お前……千載一遇のチャンスをふいにしやがって……』

『ごめんなさーい!』

 

 少し冗談っぽく言うと、冗談っぽい謝罪が返ってきた。

 まあ、今のは流石に仕方がない。この敵がおかしいだけだ。お仕置きはなしにしといてやろう。

 

「くはッ、やってくれるじゃねェか、犬ッころ」

「誰がいつ終始一対一でやってやるなんて言ったよ、駄猫」

 

 とはいえ、これ以上のソフィーの援護は期待できないだろうが。一度回避された以上、もうコイツを狙撃で捉えることは極めて困難になってしまった。

 やれやれ……厄介な敵だな畜生め。

 舌打ちしつつ、俺とダグラスは同時に構え直し、同時に駆け出した。

 

「らァァァァッ!!」

 

 ダグラスの攻撃の速度と威力は先程とは段違いだ。気のせいかもしれないが、コイツ打ち合えば打ち合うほどに実力が上がっている気がする。

 スロースターターなのか、戦いを繰り返す中でグングン成長していく真性の天才か。恐らく後者だな。これだから天才って奴らは。

 そんな愚にも付かないことを考えられるぐらいには、俺に焦りはなかった。

 どれだけ速かろうと、どこにどんなタイミングで攻撃が来るのかさえ分かれば、対処は容易……と、ソフィーに言ったら怒られたんだが何故だろうか。

 

 当時のことを思い出しながら、ダグラスの放った右ストレートを左腕で受け止める。

《白虎》の冷気が《ヒュドラ》の装甲を凍結させようとして、《ヒュドラ》の纏う《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》のエネルギーがそれを弾く。

 二機の機竜の力が鬩ぎ合いを続ける中で、ふとダグラスが囁いてきた。

 

「……先に使ったのはアンタだからな、こっちも遠慮する必要はねェよな? ――使わせてもらうぜ、俺の神装を!」

「……っ!?」

「侵蝕しろ、《不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》ッ!」

 

 ダグラスが《ヒュドラ》の神装の名を叫んだ……と思った、次の瞬間。

 バキィィッ!! と。《黄龍(・・)の装甲がひとりでに(・・・・・・・・・)砕け散った(・・・・・)

 

「なっ……!?」

 

 コイツ、何を、した……!?

 全く認識出来ない速度で攻撃してきたのか……そう考えたが、今の双方の体勢はコイツが神装を使う前と同じだ。

 一体何が起きた。組み付いていた《ヒュドラ》を振り払って後退し、薄ら笑いを浮かべるダグラスを見て舌打ちをして――俺はあることに気が付いた。

 

 俺の《黄龍》は山ほどの傷を作っているのに……ダグラスの《ヒュドラ》は、俺が与えた傷の半分以上が綺麗さっぱり消え去っていた。

 まさか――この《ヒュドラ》の神装は――!

 

「……ダメージの譲渡(・・・・・・・)、か!?」

「正解だぜ、犬ッころ。《不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》――コイツは、俺が受けたダメージの半分を、触れた相手に問答無用で押しつけることが出来るのさ」

 

 得意げに笑うダグラスだったが、俺は歯噛みするしかなかった。厄介にもほどがある神装だな、くそっ!

 ダメージを移されるということは、生半可なダメージを与えたとしても、それをそのまま返されるということだ。

 つまり、これまでのように敵の消耗を狙うことは出来ない。消耗させることが出来たとしても結局神装によってプラマイゼロになってしまう。

 となれば……狙うは、一撃必殺しかない。神装を使う余裕がなくなるほどの、絶対の一撃で、倒す。

 ザッと頭の中で算段を組み立てて、俺は深く息を吐いた。

 やれやれ……こんな状況だと言うのに、奇妙に胸の内が湧き立つのは、何でだろうな?

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》――モード《朱雀(スザク)》!」

 

 言下に、《黄龍》の両足に接続されていた《金鱗喚符(ロード・スケイル)》が、両肩と両腕に接続され、機体の装甲に燃えるような紅の線が走った。

 そして、《白虎》の能力によって生み出されていた冷気に代わるように、《黄龍》の拳に燃え盛る真紅の炎が宿った。

 

《朱雀》は一撃の破壊力を追求した、超攻撃特化形態だ。

 敏捷性では《白虎》に劣るが、純粋に攻撃力という点で見れば、《朱雀》の方が圧倒的に上。

《朱雀》の持つ特殊能力は、見ての通りこの炎。遠距離へ撃ち出すことこそ出来ないが、拳打の威力を爆発的に高めてくれる。

 紅蓮の炎を纏った拳を握って、俺は構えを取った。同時にダグラスも体勢を低くする。

 

「さぁ……続きをしよう」

「……いいぜ、やってやるよ」

 

 何度目かの仕切り直しを経て――二匹の獣の死闘がより激しさを増しながら、再開された。

 

 

 

§

 

 

 

 一夏とダグラスの戦いがヒートアップしていた、その頃。

 

 

 

§

 

 

 

 正体不明の神装機竜《ヒュペリオン》を駆る少女、アナスタシアとの戦闘に入っていた私、ソフィー・ドラクロワはと言えば、

 

 キュィィィン、ドォォォンッ!!

 

「ひゃあぁぁぁぁぁ~~~っ!?」

 

 中空を駆ける《ヒュペリオン》の戦車より放たれる砲撃から、無我夢中で逃げ回っていた。

 もはや倉庫街の一部などと言わず、倉庫街全域を使って、コンテナの陰など少しでも射線を隠せる場所に飛び込んだりしながら、ただただ逃げる。

 

 いや、だってあんなの無理ですって! いくら《エクス・ドレイク》とは言ったって、元々特装型の《ドレイク》は正面戦闘には向いてませんし!

 加えてあの砲撃、一発一発の威力が飛んでもなく高い上に、乗ってる戦車も馬鹿みたいに速いんですよ! 一発でも食らったら即ゲームオーバー!

 何ですかこの理不尽ドゴォォォォン、ってわぁぁぁぁもぉぉぉぉぉっ!!

 

 心中だけでなく実際に叫びながら、ほとんど涙目になって倉庫街を駆け抜ける。

 私の後ろでは砲撃をモロに食らったコンテナが、次々と蒸発していく。

 何とか紙一重で回避しているものの、既に《エクス・ドレイク》の装甲はボロボロだ。一目見て分かる劣勢。

 ち、ちくせう……!

 

「むぅ……避けないで。当たらないから」

「当たったら死ぬんですけどこっちは! 避けるに決まってるでしょ!?」

 

 アナスタシアさんが平坦な声で漏らした不平に、ほとんど噛みつくような勢いで返す――間にも、苛烈極まる砲撃は続いている。あ、またコンテナ宙を舞った。

 倉庫街の中を駆け巡りながら、少しずつ先輩たちが居る方向に近付いていることに気が付いた。誘導してた……ってわけじゃなさそうですね。けど向こうに行かせるわけにはいきません。流石に神装機竜が二機は手に余りますし。

 並べられたコンテナの一つの陰に回り込み、支柱に竜尾鋼線(ワイヤーテイル)を巻きつけ遠心力で方向転換。大きく弧を描くカーブを付けて砲撃の回避と同時に移動する。

 

「大丈夫。自分の機竜の性能を信じて」

「ブッ壊そうとしてる方の人が何言ってるんですか!? というか一応言っときますけど、私の、《ドレイク》ですよ! 装甲も薄ければ攻撃力も低い、ごく一部のニッチで上級者な変態さんたちが好んで使ってるマゾ仕様の機竜ですよ!?」

 

 運悪く竜声が部隊の皆さんに繋がったままだったらしく、《ドレイク》を扱う皆さんから揃って「おい」の言葉をいただいちゃいました。ごめんなさい。

 こんな風に一見和やかな会話を交わせども、実際は普通にピンチです。

 回避を繰り返すことしか出来ず、反撃なんてとてもじゃないけど無理だ。

 

 焦る私に、アナスタシアさんは楽しそうに微笑んで、

 

「どっちにしてもその行動は無駄。《ヒュペリオン》の持つ唯一にして最大の特殊武装、《暁駆戦車(スカーレット・チャリオット)》から逃げ切れると思わないで」

 

 自慢げなその言葉に、私は些かイラッとしてしまった。

 機体自慢は良いですけど……あんまり舐めないでもらえますかねぇ……!?

 

 逃げ回りながら《エクス・ドレイク》のレーダーを起動して周囲を探る。……よし、これなら。

 

「……あっちも、そろそろですかね」

 

 ふとあらぬ方向を見て呟いて、私は一つ大きく息を吸って、吐いた。

 ちょっと一勝負、行きますか。

 覚悟を決めて、先程レーダーで調べて発見した、『アレ』が収納されているコンテナの方へ走る。

 

「む……どこに行くの?」

 

 訝しげに眉を顰めながらも、叩き込んでくる砲撃には一切の手加減がない。

 舌打ちして、加速。ここで捕まるわけにはいかない。

 吹き飛ばされていくコンテナやらの衝撃を歯を食い縛って耐えて、一発逆転のために必要なもののある場所へ向かう。

 もうちょっと……あと十ml(メル)もあれば辿り着く! けど引っかからなければ意味がない、慎重に、けどあくまで必死に! 逃げ道さえ調整して……

 

「ぐぅっ!?」

 

 とか何とか思ってたら、いきなり進行方向上の地面が爆ぜ飛んだ! 違う、運悪くそこに着弾したのか!

 くっ……目的のコンテナは……あと五mlくらい……これなら、行ける!

 素早く憶測を立てた私は、思いっ切り崩れた姿勢を立て直そうとはせずに――むしろ更に地面を蹴って、右斜め前方に配置されていたコンテナに突っ込んだ。

 

 バキャァァァァッ!! 破砕音が響き、《エクス・ドレイク》の装甲がメキメキと不吉な音を立てながら、コンテナの金属製の外壁を突き破った。

 膝を抱えるようにして出来るだけ機体と身体を丸めていた私は、中にあった数十本の大樽を(・・・・・・・)薙ぎ払って(・・・・・)、そのままそのコンテナの向こう側へと、勢いのままに放り出される。

 あ痛っ、お、お尻に衝撃が……って、悶絶してる暇もありませんよね!

 ゴロゴロと地面を転がりながら、辺りに漂う強い(・・・・・・・)アルコールの匂い(・・・・・・・・)を堪えて、素早く体勢を立て直して再び駆け出す。

 

「……あなたは、何がしたかったの?」

 

 不思議そうに首を傾げるアナスタシアさん。ま、まあ、傍から見たら完全に自爆ですからね……けど、すぐにその澄まし顔を変えてあげます!

 

「よく分からないけど……もう終わり?」

「それは……どうですかね!」

 

 再度逃げ出した私を追い、ベリーデンジャラスな鬼ごっこを始めようとして、上空を移動する《ヒュペリオン》が、さっき薙ぎ倒したコンテナの真上に来た――

 ――そうレーダーで認識した瞬間に、私は機竜の脚に急ブレーキをかけ、左脚を軸にして一回転し……両腕に抱えていた稀少武装、《遠射息砲(ロング・ライフル)》のスコープを覗き込んで……発砲(ファイア)

 今の私に出来る最高の速度で以て放たれた光弾は、こちらへ迫る《ヒュペリオン》――ではなく(・・・・)

 さっき私が突き破った(・・・・・・・・・・)コンテナの外壁の残骸(・・・・・・・・・・)へと、真っ直ぐ突き進んで行った。

 

「…………っ?」

 

 自分に対しての攻撃ではないため、アナスタシアさんも手を出すことはなく、ただ見送るだけだった。

 真っ直ぐ飛翔した光弾は粉砕された外壁の一部を掠めて(・・・)どこかへ飛んで行き――凄まじい速度の摩擦によって、ヂチィッ、と火花(・・)を飛ばして――――直後。

 

 ボッガァァァァァァァァンッ!!!! と。

 

 突如として、倉庫街全体に響くような轟音とともに、半壊したコンテナが大爆発を起こした。

 そして、猛烈な勢いで噴き上がった、夜闇を鮮やかに染め上げる爆炎と黒々とした黒煙が、丁度真上に陣取っていた(・・・・・・・・・・・)ヒュペリオン(・・・・・・)を呑み込む(・・・・・)

 

「……っ、なっ――」

 

 アナスタシアさんが上げた驚愕の声は、渦巻く爆炎に掻き消される。

《ヒュペリオン》の特徴的な紅の装甲は、今尚続く爆発によって噴き上げられた炎と煙に覆い隠されて見えなくなってしまった。

 

「ふっふっふ……計画通り」

 

 予想以上に上手く行った作戦に、私は思わずニヤリとした笑みを浮かべる。

 作戦と言っても、実際はそこまで複雑なものでもない。口に出してしまえばとても単純なものだ。

 

 簡単に言えば――沢山の酒樽が押し込められていたコンテナを無理矢理突き破って、中にあった大量のお酒を辺りにばらまいて、ちょっとした火花を起こして引火させた。それだけである。

 単純極まる、杜撰な作戦。きっと誰でも思いつく程度のものでしかない……って、後日先輩に言ったら怒られたんですが、何故でしょう?

 

「くっ……こんなもの……!」

 

 聞こえてきた焦りを含んだ声に、バッと顔を上げる。

 やはりと言うか、あんな爆発だけで倒すのは不可能なようで、アナスタシアさんは鬱陶しげに《ヒュペリオン》の機体を振り回し、爆心地であるその場所から離れようとする。

 それを見て――私はまた、ニヤリと微笑んだ。

 

「前が見えない状態で進もうとするのは、危険ですよー?」

 

 私が取って置きの猫撫で声で言うのと、《ヒュペリオン》がすぐ傍にあった物見塔へと突っ込むのは、ほとんど同時だった。

 煉瓦と木で組み上げられた物見塔は機竜の荷重を支え切れずに、呆気なく崩壊する。

 そして、何の備えもしていなかったところに強い衝撃を受けた《ヒュペリオン》もまた、大きくバランスを崩した。

 普通ならあり得ないミスだろうけれど、黒煙によって完全に視界が封じられていては、これも仕方がないだろう。

 きっと混乱に見舞われているだろう彼女では、反撃はおろか満足に動くことすら出来ないはず。

 

 ほくそ笑みながら、《遠射息砲(ロング・ライフル)》の引き金を引き絞る。こんな絶好のチャンス、見逃す手はないでしょ。

 しかし――続けて聞こえてきた、静かな声に、私は表情を強張らせた。

 

「《ヒュペリオン》、この空は全て貴方の物――《天空支配権(スカイ・コマンダー)》」

 

 その声が空気を震わせると同時、《ヒュペリオン》の戦車の両側面の車輪がまとっていた炎が、一対の半透明の翼を象った。

 煌々と輝く炎の翼が、バサリ、と大きく羽ばたいた――直後、《ヒュペリオン》の前面にドーム状の分厚い障壁が展開され、私の放った砲弾を容易く消し飛ばしてしまった。

 

「なっ――!?」

 

 砲弾だけでなく、《ヒュペリオン》が圧し壊した物見塔の瓦礫すらもがその障壁に触れた瞬間に蒸発(・・)し、、粉塵さえ届かない。

 特殊武装……いえ、さっき彼女はあの戦車が唯一の特殊武装と言った、であれば、あれが《ヒュペリオン》の神装……⁉

 

 アナスタシアさんはそのまま炎の翼を広げて、再び空へ舞い上がった。

 バサリ、バサリと翼が羽ばたかれる度に、アナスタシアさんの視界を塞いでいた粉塵や黒煙が吹き飛ばされてしまう。

 

 舌打ちを堪えて《遠射息砲(ロング・ライフル)》を発砲する。何にせよ、私の側に傾いている戦況を覆させるわけにはいかない。

 しかし私の放った光弾は、無慈悲にも再び展開された障壁によって跡形もなく消し去られてしまった。

 困惑する私に、アナスタシアさんは無表情のまま、

 

「《ヒュペリオン》の神装、《天空支配権(スカイ・コマンダー)》。この《暁駆戦車(スカーレット・チャリオット)》に乗っている間のみ、ありとあらゆる攻撃を無効化(・・・・・・)する障壁を張ることが出来る。展開している間はエネルギーを全部こっちに割り当てるから私は他の行動が出来ないけれど、防御という点においては無敵の神装。ダグラスの《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》すら完全に防いでみせる」

「攻撃の……無効化……⁉」

 

 確か、ヴァンハイム公国のグライファー・ネストさんの神装機竜、《クエレブレ》の神装が、短時間の無敵化、でしたか。

 防御能力という意味ではこっちの方が数段上ですかね……聞いた話だと、あっちには弱点があるそうですし。

 あの神装を使っている間はあっちからは攻撃出来ない代わりに、こっちから何をしても無駄、と。

 つくづく、神装機竜ってのは面倒な能力ばっかりですね……!

 

「本当は汎用機竜相手に使うつもりはなかった……誇っていいよ。あなたは、私に神装を使わせてみせたんだから」

「嬉しくないんですけど……」

「ちゃんとした誉め言葉だよ? あなたは《ヒュペリオン》の火力から、多少の損傷はあれど今の今まで、《金狼》とダグラスの戦闘域に近付けないように調整しながら逃げ切って、それだけでなく、こうして罠にまで嵌めた。並の機竜使い(ドラグライド)に出来ることじゃない」

「…………」

「あなたは、いわゆる天才っていう人種なんだろうね。でも、それだけじゃない。才能にだけ縋って立つことをせずに、それを育て上げるために最大限の努力を積み重ねてきた」

「……見てきましたから」

 

 そう……ヴァンフリーク商会に引き取られて、マギアルカ先生の指導を受けるようになってから、私はずっと見てきた。

 自分には才能がない、凡才でしかないと言い続けながら、誰よりも頑張っていた、先輩の姿を。

 確かに、あの人は自他共に認める通り、決して天才じゃない。

 天才が一日で十の事柄を覚えられるとしたら、先輩に覚えられるのはせいぜい三つ程度。

 けれど彼は、無理をして先に進もうとはせず、確実に覚えられるその三つを何度も何度も反復して、最大限まで研ぎ澄ます。

 泣き言一つ言わず、へこたれることなく、挫けることなく、ただひたすらにそれを繰り返す。

 天才のみが超えられるような、普通なら諦めてしまうような壁も、「だからどうした、才能なんてくそくらえだ」と、血反吐と共に吐き捨てて、歯を食い縛って乗り越えてしまう。

 私は……そんな先輩の姿に、心底憧れた。

 私も、あの人の進む道を、隣で歩きたいと、そう思ったんだ。

 

 真っ直ぐ自分を見据える私を見て、アナスタシアさんは薄らと、満足げに微笑んだ。

 

「……いいね、その目。《ヒュペリオン》の力を知って尚、あなたはまだ戦う気なんだね」

「もちろん。諦める気はありませんよ」

「でもどうする気? さっきみたいな奇策で私を翻弄したとしても、汎用機竜の火力ではどう足掻いても《天空支配権(スカイ・コマンダー)》の守りを突破することは出来ない。あなたひとりでは、何をしようと勝てないよ?」

「ええ……そうですね。私の《エクス・ドレイク》は、稀少武装を装備していても所詮は汎用機竜。私一人で、あなたに勝てるはずがない」

 

 不思議そうなアナスタシアさんに、私は笑った。

 そう……私一人なら(・・・・・)、ね?

 

 直後――アナスタシアさんの背後で、無数の閃光が瞬き、夜の帳を眩く染め上げた。

 

「――――なっ⁉」

 

 驚愕の面持ちで振り返ったアナスタシアさんを、背後に布陣していた機竜の機竜息砲(ブレスガン)の光弾による弾幕が襲った。

 アナスタシアさんと話している間に竜声で待機を要請していた、敵の装甲機竜(ドラグライド)との戦闘を終えた『金狼騎団』の皆さんが、私の指示で背後からアナスタシアさんに掃射を浴びせたのだ。

 

『ナイスです皆さん。おかげで助かりました、ありがとうございます♪』

『あはは……』

 

 あれ、とびっきり可愛く言ってあげたのに、返ってくる反応が微妙ですね?

 

「くっ……多対一、とか……!」

「だーれも最後まで一対一で戦ってあげる―、なーんて言ってませんもーん」

 

 間一髪で《天空支配権(スカイ・コマンダー)》を展開して防いでいたアナスタシアさんが吐いた悪態に、満面の笑みで返す。

 すっごく楽しそうに言った私に、アナスタシアさんはすっごく忌々しげに表情を歪めて、

 

「あざとい、ね」

「褒め言葉でーす♪」

 

 そんな会話をしている間にも、『金狼騎団』の皆さんが続々と集まって、《ヒュペリオン》を中心に取り囲むようにして布陣していく。

 

 確かに強力な《ヒュペリオン》の神装だけれど、攻略法はある。

 その一つで、最も簡単なものが、全方位からの飽和攻撃(・・・・・・・・・・)

 

「さあ、どうしますか? いくらあなたの神装が絶対的な防御力を誇っていたとしても、上下左右東西南北ありとあらゆる方向から降り注ぐ砲撃を、果たして捌き切れますか?」

 

 最初の段階で、あの障壁を展開することが出来るのは一方向に対してのみというのは分かっていた。

 なら後は簡単だ。どうにかして時間を稼いで、皆さんが来てくれるのを待てばそれでいい。その上で皆さんと一緒に全方位から一気呵成に攻撃を仕掛ければ、対応し切れずにいずれ倒れる。

 私がスッと手を挙げて合図をすると、皆さんが一斉にブレスガンの銃口をアナスタシアさんへと向ける。

 もはや逃げることは――不可能だ。

 

「そう。……あなたたちが来たってことは、船の強奪に向かってた人たちは全員殺されたか捕まった、ってことね」

 

 絶体絶命の危機の中で、アナスタシアさんはあくまで冷静に呟いた。

 

「なら……もう最低限の義理は果たした、ってことでいいかな?」

「え……?」

「――《陽光の加護(サン・シャイン)》」

 

 静かな声でアナスタシアさんが何かを囁いた――直後に、カッッ!! と、《ヒュペリオン》が全身から目を焼くような閃光を放射した。

 一瞬で視界が真っ白に染まり、私たちは反射的に目を覆ってしまう。

 光だけで衝撃とかダメージはない……ってことは、目晦まし⁉

 

「うおわっ⁉」

「きゃあっ⁉」

 

 未だ視力が回復しない中で、数人の悲鳴が聞こえる。

 肉体の反射で滲んできた視界に薄らと、超スピードで去っていく真紅の戦車が映る。

 混乱の隙を衝いて、無理矢理包囲網を突破したのか!

 

「くっ、レーダーは……っ⁉」

 

 見失わないようにレーダーで《ヒュペリオン》の位置を確認しようとしたけれど、何故かレーダーが上手く働かない。

 私が動揺していると、ふとアナスタシアさんから竜声が届く。

 

『《ヒュペリオン》の持つもう一つの特殊武装(・・・・・・・・・)、《陽光の加護(サン・シャイン)》。機竜の全身から特殊な光を照射して、敵の視界を奪うついでにレーダーを一時的にダウンさせるの』

『ちょっ……特殊武装⁉ その戦車が唯一の特殊武装じゃなかったんですか⁉』

 

 あなたさっき自分でそう言ってましたよね⁉

 肉声と竜声の両方で非難の声を上げる私に、アナスタシアさんは――とびっきり嬉しそうで得意げな声音で、

 

『うっそ♪ ごめんね♪』

「んなっ……」

 

 一切謝罪する気のない弾んだ声に、思わず絶句する。

 いつの間にか飛んで行ってしまった《ヒュペリオン》に向かって、聞こえないと分かっていながら言わずにはいられなかった。

 

「こんの……あざとい!」

 

 ……この時、視界が回復して何とか追跡を開始していた『金狼騎団』の面々は、皆一様に心の中でこうツッコんでいたという。

 曰く、「お前が言うな」と。

 

 

 

§

 

 

 

 俺とダグラスが、お互いの特殊武装と神装の全てを出し尽くして、駆け引きや小細工満載の戦いを繰り広げているさ中。

不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》を発動させたダグラスの右ストレートを回避した、ちょうどその時だった。

 至近距離で殴り合う俺たちに向けて、何条もの閃光が降り注いだのは。

 

「うおッ⁉」

「なっ⁉」

 

 どうやらダグラスも予期せぬ攻撃だったらしく、二人揃って驚きの声を上げながら慌てて後退る。

 ドドドドドドドドッ!! と、その閃光は俺たちが直前まで居た空間に着弾し、地面にすり鉢状のクレーターを作った。

 おいおい……どういう破壊力だよ。ってか、どこのどいつだよ。

 

「……あん? コイツは……」

 

 訝しむ俺とは違って、ダグラスには心当たりがあるようだった。

 少し苛立たしげな表情で上空を仰ぐダグラス。その動きに吊られて、俺も同じ方向を見上げ――そして思わず頬を引き攣らせた。

 そこに浮かんでいたのは、左右から炎の翼を生やした戦車に乗った、深紅の装甲の神装機竜だった。

 神装機竜……まだ居たのか⁉

 その神装機竜を駆るのは、ソフィーとそう変わらないような年齢の、銀髪紅眼の少女だった。

 

 何となく感情が希薄な印象の少女に向けて、ダグラスが舌打ち交じりに声をかけた。

 

「おい、アナ! 人がせっかく楽しんで時に、邪魔すんじゃねェよ!」

「うん、ごめん。それよりも、撤退するよ」

 

 アナと呼ばれた少女は、ダグラスの怒声をサラリとかわして一方的に告げた。中々やるな。

 しかし……撤退?

 

「あん? 撤退?」

「実働部隊の皆さんが全員やられたみたい。私たちの役目は終了」

 

 実働部隊がやられた……どうやら、部隊のみんなが上手くやってくれたみたいだな。

 安堵して肩の力を抜く俺だったが、ダグラスは未だ不満タラタラの様子で、

 

「おいおい、まだ俺たちは決着がついてねェんだ、水を差すんじゃねェよ」

「すぐに敵の機竜使い(ドラグナイト)がこっちに来る。そうなると私たち二人でもかなり厄介」

「あァ? 全部叩きのめしゃァ問題ねェだろ?」

 

『銀牙の猛虎』ダグラス・ベルガ―は、どちらかが死ぬまで絶対に戦いをやめない。

 そんな評判を持つ身としては途中で戦いをやめるのが許せないのだろう。いや、単純に不満なだけか?

 ダグラス自身が言う通り、雑兵がどれだけ集まったところで、一蹴されるだけだろう。

 だが――ウチの部隊の実力を、あまり侮るなよ駄猫。

 

 俺がそう思ったのを悟ったのかは知らないが、少女は少し呆れたような表情で後ろを振り向いた。

 

「……あれを見ても、そう思うの?」

 

 そこには、慌てて処女を追いかけてきたらしい『金狼騎団』の面々が挙ってやってきていた。

 見たところ、目立った負傷を負った奴は居ない。あ、いや、ソフィーは機竜を纏わずに《ワイバーン》を纏った女性隊員に抱えられている。

 

「せんぱーーーい!!」

 

 あ、馬鹿、何で飛び降りた⁉

 満面の笑みで空から飛びついてきた……というか降ってきたソフィーに少し焦りながら、しっかり生身の腕で受け止める。

 するとソフィーは、ますます目を輝かせて俺の首に腕を回してきた。

 

「先輩、先輩! 怪我はないですか? 大丈夫ですか⁉」

「いや、普通に怪我はあるんだが……ってか、お前重い」

「ちょっ、女の子に何てこと言うんですか⁉」

「おい待て馬鹿やめろ首絞めるな!」

 

 正直に感想を言ったら、憤慨してギリギリとヘッドロックをかけて来やがった。

 苦しいだけでなく、今更ながら装衣は着用者の肌にぴったりと張り付いているので、意外と発育のいい女の子の柔らかい体が押し付けられて困る。……卒業しててよかった。

 

「は、はははッ! なるほどなァ……」

 

 聞こえてきたダグラスの笑い声で我に返る。畜生、ソフィーとのやり取りがいつも通り過ぎて、一瞬ここが戦場だって忘れてた。

 見ると隊員たちが、「爆ぜろ」って目で俺達を見ていた。ごめんなさい。

 しかしダグラスは、とても、とても楽しそうに笑っていて、

 

「あァ、クソ……こんな状況じゃァなかったら、一人ずつ戦いたかったもんだな」

「これでも問題ないと思う?」

「いや、流石に思わねェよ。お前が逃げてきたのも納得だ。そいつらは雑兵なんかじゃねェ。れっきとした強者だ。よッと!」

 

 言って、ダグラスは《不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》を使っていても尚ボロボロだった《ヒュドラ》を解除して、大きく跳躍した。

 コイツは何があっても引くことはないと思っていただけに、ダグラスの方から拳を収めたことに驚いて、不覚にもその動きを見送ってしまった。

 優に数ml(メル)は跳んだダグラスを、少し高度を下げた少女の神装機竜が受け止め、戦車の上に乗せる。

 

「……逃げるのか⁉」

「おゥ、逃げるぜ。さっきも言ったが、俺は死にたいわけじゃねェんでな。流石にこの状況で生き残るのは難しい……それに」

 

 戦車の縁に身を乗り出して、ダグラスはニヤリと笑って俺に向かって言った。

 

「織斑一夏! テメェとの決着はいずれつける! それまで俺以外に殺されるんじゃねェぞ!」

「……なんでお前に俺の生殺与奪権握られなきゃいけないんだよ」

 

 ピクリと眉を跳ね上げるソフィーを緩く抱き締めて、呆れ気味の声音で返す。

 というか大体、ここから逃げられると思ってるのか?

 

「……先輩。あの女の子の神装機竜――《ヒュペリオン》の神装は、かなり厄介です。逃げに徹されたら、捕まえるのはかなり難しいと思います」

 

 ……ソフィーがそう分析したんなら、その通りだろうな。

 俺が動ければいいんだが……あの野郎、思いっきりやりやがって。まともに動く部分がほとんどないぞ。

 まあ、それは向こうも同じなわけだが……

 

『隊長、どうします? 捕まえますか?』

『いや……見逃してよしだ。損害だけ出して取り逃がすパターンだろうからな。あいつらは強い。万全の状態でなければ仕留められないだろうよ』

『了解です』

 

 隊員の一人の竜声にそう返すと、身構えていた隊員たちが各々の武器を下ろし、場に満ちていた緊張感が霧散していくのが分かった。

 ここで取り逃がすと、後々面倒なことになりそうで怖いんだが……まあ仕方ないか。

 やや重い溜息を吐いたところで、紅の神装機竜を駆る銀髪の少女がくるりと振り向いて、ソフィーに視線を向けた。

 そして、戦車の中にあったらしき何かをソフィーに投げて寄越した。

 

「はい」

「わっとと……これって、機殻攻剣(ソード・デバイス)ですか?」

「うん」

 

 少女がソフィーに渡したのは、紫色の片刃の剣の形をした機殻攻剣(ソード・デバイス)だった。

 

「これ、私に?」

「うん。あなたなら、多分その神装機竜を……《テュポーン》を使いこなせるはず」

「えっ⁉ 《テュポーン》⁉」

 

 渡された機竜の名を聞いて、ソフィーが驚きの声を上げた。口には出していないが、俺も同じ気持ちだった。

《テュポーン》と言えば、商会が最近発見したばかりの神装機竜の名前だったからだ。

 同じ新装機竜が二機あるのか、それとも、あの二機の《ヒュドラ》のように、同名でも別の機竜なのか。

 そのことを少女――アナスタシアというらしい――に聞いてみると、彼女は首を傾げて、

 

「? ……ああ、あなたたちが言っているのはもしかして、あの近接特化の《テュポーン》のこと?」

「ああ、多分それだ」

「その《テュポーン》と、今あげた《テュポーン》は、元が同じなだけで違う機竜だよ」

「元……?」

 

 アナスタシアの言っている意味が分からず、困惑する俺たちに、アナスタシアは少し困った様子で、とんでもないことを口にした。

 

「んー、何て言うか……今あげたのは、言わば、実験機(・・・)? 完成品(・・・)を作るために、幻創機核(フォース・コア)の性能や武装の適性を調べるために設計された……名付けるとしたら、《P‐type(プロトタイプ)テュポーン》」

『…………』

 

 一同、唖然。

P‐type(プロトタイプ)テュポーン》……? しかも、実験機? 完成品? そんなものが存在したのか? いくら機竜には謎が多いからって……。

 ……ヤバい。頭がこんがらがってきた。

 

「じゃ、じゃあ、ダグラスの《ヒュドラ》も、その実験機なのか?」

「そうだぜ。俺の《ヒュドラ》もコイツからもらったもんだから、俺はよく知らねェけどな」

 

 退屈そうにしていたダグラスが、俺の言葉に反応して顔を上げる。だが自分でも知らないらしい。だったら口を挟むな。

 補足とばかりにアナスタシアが続けて口を開いた。

 

「《P‐type(プロトタイプ)ヒュドラ》。《P‐type(プロトタイプ)テュポーン》と同じく、私が製作に関わった機竜(・・・・・・・・・・・)の中でも、傑作と胸を張って言える代物。性能は保証する」

 

 ……今何か、あの娘凄いことを口走ったような。

 

「待て、お前が製作に関わった? 機竜が作られたのは何百年も前の話なんだろう? だとしたら……お前、一体今何s」

「先輩? 女の子のプライベートな事情を訊いたりしちゃダメですよ?」

「女性に面と向かって年齢を聞くのはマナー違反。もっと紳士的な対応で」

「ア、ハイ」

 

 何故俺が怒られるんだ……。

 この女子二人、外面の性格だけで見れば正反対なんだが、結構息が合うみたいだな。手を組んだら(ついでにダグラスも)ボッコボコにされそうで怖い。

 何だかあり得そうな未来に慄然としている間にも、アナスタシアは話を続けていた。

 

「実験機とはいっても、別に完成品に性能が劣るわけじゃない。ただその性能をどこにより多く反映させているかの違いでしかない。ちなみに私の《ヒュペリオン》は《P‐type(プロトタイプ)》ではなく完成品」

「……でも、アナスタシアさん。こんなの、私に預けていいんですか?」

装甲機竜(ドラグライド)なんて大層な名前が付いているけれど、結局機竜って言うのは武器でしかない。それ単体では意味を持たず、使い手が居ることで初めてその真価を発揮出来る。武器にとっての幸せは、自分の性能の百パーセントを発揮出来る使い手の元にあること、自身の存在価値を最大限まで引き出してくれることだと、私は思う」

「それが、私に出来る、と?」

「私は、そう思う」

 

 アナスタシアとソフィー。二人の少女はしばらく真剣な表情で互いの顔を見つめ合い、やがて、ふっと気が抜けたような笑みを漏らした。

 

「私がこの機竜を使ったら、あなたより強くなっちゃうかもしれませんけど、いいんですか?」

「望むところ。その時こそ、私たちが決着をつける時。……今から、とても楽しみ」

「……くすっ」

「……ふふっ」

 

 ……どうやらお互い何かが通じ合ったらしく、ざっくり要約すれば「首洗って待ってろよ」的なことを言っているのに、二人は華やかな笑みを浮かべている。

 何か怖いな。

 

「あなたの名前、聞かせてくれる?」

「ソフィー。ソフィー・ドラクロワです。ソフィーでいいですよ。……あなたは?」

「アナスタシア・レイ・アーカディア。私もアナでいい」

「そうですか。じゃあ、アナさん」

「うん、ソフィー」

「次勝つのは、私ですから」

「次も勝つのは、私だから」

 

 いまさらっと、とんでもない情報が出てきた気がしたんだが……アーカディアだって? 気になって仕方がないのだが、とても突っ込める雰囲気ではない。

 せめて俺の腕から降りてやってくれ……所在なく視線を彷徨わせると、同じように居心地悪そうにしていたダグラスと目が合った。

 思わず、苦笑を向け合う。お互い苦労してそうだ。戦いの中で似た者同士だと言うのが分かったし、何だか親近感が湧いてしまう。

 

「それじゃあ、行こうか、ダグラス」

「ん? もういいのか?」

「うん。……後は、次会った時に、たっぷり語り合えばいい」

「そうか……そうだよなァ。な? 俺の言った通り、来てよかったろ?」

「そうだね。毎度のことだけど、あなたの勘は本当に凄いと思う」

 

 和やかに言葉を交わす不思議なタッグ二人。俺とソフィーと似た雰囲気がする。

 やがて紅の神装機竜――《ヒュペリオン》はクルリと俺たちに背を向けると、飛翔の準備を始めた。

 

「じゃあなァ、犬ッころ! さっきも言ったが、死ぬんじゃねェぞ! お前を倒すのはこの俺なんだからよォ!」

「じゃあね、ソフィー。任務は失敗だったけど、あなたと出会えたのは思わぬ幸運。『金狼』さんも、お元気で」

 

 そう言い残して、二人を乗せた機竜は猛スピードでこの場を離れて行き、数十秒もしたら豆粒ほどの大きさにしか見えなくなった。

 西の空が少し色づいてきている。どうやらもう朝のようだ。

 昇り始めの朝日の方向に視線を向けて、俺は心と体の両方に溜まった疲労を吐き出すような、深い溜め息を吐いた。

 

「……とりあえず、任務完了、かな?」

 

 こうして、長い長い夜は過ぎて行った。




《クエレブレ》について書いてるところで、グライファーの異名が『貪狼』だったことを思い出しました。『金狼』と被っちゃってますね。

 個人的に《ヒュドラ》の神装の名前があまり気に入らないんですが、何かいい案はないでしょうか?
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