情報の散逸。
個体としての機能の消失。
それが死。
「………ぁぁ」
言葉はただの吐息としてこぼれる。
肺が機能していない。呼吸さえまともにできない。酸素を取り込めない身体は、『死』という、生命活動の停止へと転げ落ちていく。
いつか、これと同じようなことがあった。
誰かに追いかけられ、追い詰められ、胸を貫かれて死ぬ。
————こんなところで、何もせず死ぬなんて許されるわけがない。
死んでいく情報の中で、想起された想い。
それは、『衛宮士郎』というパーソナリティの根幹。だからこそ、情報が全て砕け散っていく中で残る、唯一にして絶対たる妄執。
『………んでください』
誰かの声が聞こえた気がした。
幻聴か、あるいはバラバラに砕けた記憶の欠片の残滓か。
『………に訴えても……そうすれば私は、』
凛と背筋を伸ばした、生真面目な少女が真剣な眼差しを向けて約束を迫る。
約束した。
————彼女を呼ぶと。
約束した。
————彼女は必ず駆けつけると。
「セイバー!!!!!」
そうして、彼女はこの世界に喚ばれた。
これが、全ての終わりで始まり。
ここに、始まる物語。
終わるために、幕が上がる。
月の海に生まれた波紋。
これは、終局へと至らない物語。
「大丈夫ですか、シロウ」
そのときの俺はまだ再起動されたばかりで状況が全く飲み込めていなかった。
何しろ、致命傷だったのだ。それを内に埋め込まれた『
「……セイバー」
まだ自分が自分として認識できていない中で、それでもセイバーを認識した。
「ここ……は?」
そして、周囲の状況の確認。
廊下。窓から見える校庭。並ぶ教室の扉。
「学校、か?」
おそらくは、そうだろう。見覚えがある。
「立てますか、シロウ。周囲に敵影は見えませんが、念のため移動しましょう」
………シロウ。
エミヤシロウ。
衛宮士郎。
ああ、そうだった。
俺は、衛宮士郎だ。
「そうだな、セイバー」
立ち上がろうとして、けれどガクリと膝をついてしまった。足に全く力が入らない。いや、入らないのではない、力の入れ方がわからない。
「シロウ!? まだ、怪我が?」
慌てたセイバーが手をさしのべる。
「いや、怪我は……」
治っている。
肺に空いた穴はもう完全に塞がり、かすかにうずくような痒みを残しているのみ。それがなければ、怪我を負ったことさえも嘘のようだ。その痒みさえ、消えていこうとしている。
なのに、立てない。
そもそも今までこの場所にどうやって立っていたんだ。
こんな、薄い紙一枚の上に作り上げられたかのような世界で。ほんの少し力の入れ方を誤れば、破れて永遠の闇の中に落ちていくこんな世界で。
———まるで、泡沫。
こんな世界でどうやって立てばいいのか。
「セイバー」
その中で、彼女だけが実体をもって存在している。
藁にもすがる、そんな思いでセイバーの手を引き腕をつかむ。それでも、結局は奈落の底へと落ちるように意識を失った。