Fate/EXTRA in wave   作:-Yamato-

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第13話 幕間の終わり

「このプログラムの安全性は保証できるものではないのよ」

 

 掌ほどの大きさのキューブをテーブルの上に置いた遠坂は包み隠さず話す。

 

「決戦場は覗き見することさえ拒む防壁の中にあります」

 

 ラニも遠坂と同意見なのだろう。眼鏡の奥の紫色の瞳は真っ直ぐに実動部隊である二人に向けられている。

 

「アリーナの構造から決戦場を推測し、考え得る限りの防壁への対策を講じました。それでもなお、足りない可能性が非常に高いのです。失敗すれば、攻撃プログラムによって電脳死することになります」

 

 敵の防御を破る手段は考えてみたが、テストはしていない。失敗は死だと、普通ならば言いにくいことをラニはためらいもせずに告げる。

 

「この作戦、降りてもいいわよ」

 

 遠坂が短く告げる最後通牒。その言葉に頷いても、この場にいる誰もそれを非難はしない。

 

「なんでそんなに驚いた顔してるのよ」

「いや、だってさ。この短期間で、ムーンセルの防壁突破プログラムができるなんて思ってなかったから」

 

 モラトリアムの期間はわずか一週間しかなかった。後方支援を担当している彼らの仕事は防壁突破プログラムを作ることだけではない。情報収集やこの会合を知られないための防御、それに士郎たちがアリーナに潜っている間のバックアップ。

 

 下手をしなくとも実動部隊よりもやるべき仕事は山積し大変だったはず。なのに、疲労の色さえ見せずに最難関の仕事をこなしたのだ。士郎の驚きも当然のものだ。

 

「できもしないことを引き受けたりするわけがないでしょう。やるからには、きっちりやり遂げてみせるわよ」

「遠坂たちが頑張ってくれたものを無駄にするつもりはない」

 

 士郎はテーブルの上のキューブをためらいもなく手に取る。

 

「本当に、エミヤシロウなのね」

 

 額に手を当て呆れたように息をつく遠坂。

 死ぬ可能性が高い作戦だと言っているのに、ためらいもしない。その理由も、自身によるものではない。

 

「今の貴方にどれだけムーンセルの攻撃プログラムについて語ったところで、贅肉にしかならないでしょうね」

 

 だから、そんな無粋な真似はしない。

 

「衛宮くんに岸波さん、あなた方に武運を」

 

 それまで遠坂たちの背後に控えていたレオが一歩前に出る。

 

「貴方たちの骨は出来る限り拾ってあげますから」

 

 そして、しゃれにならないことをしゃれのように笑顔で付け足した。

 

 

 

※※※

 

 そんな会話を交わして闘技場に乗り込み、いざとばかりにキューブを使用したわけだが。

 

「こんなにあっさりでいいのかね」

 

 士郎の感想に『アレのどこがあっさりだ』とツッコミを入れる。

 落雷の直撃を受けたような衝撃。全身が真っ黒に焼け焦げ、脳は真っ白に燃え尽き破壊し尽くされる。自身が燃え上がるおぞましい音と臭いは今なお脳裏に焼き尽きている。

 

「少しピリッときたくらいだろ。それに感覚のみ話で実際に異常はなかった」

 

 彼の言うとおり、異常は伴わなかった。

 遠坂さんたちのプロテクトが上手く働いてくれたんだろう。

 

トンネルのような道が続く。

何もない黒い空間なのに、不思議な明るさがある。そこに、二人分の足音が響く。

 

「出口、だな」

 

 緊張した声音。士郎の視線の先を追うが何も見えない。

 もう一度、士郎を見る。そこには、確かに私には見えない何かを見いだした確信がある。

「行くぞ」

 

 もう、覚悟を問うような真似はしない。

 だから、私も深く頷いて同意を示す。

 

 次の一歩を踏み出したとたんに、景色が一変した。

 星の海、黒い天外、数多の墓標。

 その先、見上げるほどの大きなキューブが宙に何の支えもなく浮いている。

 

「ようこそ、熾天の檻へ」

 

 よく響く男性の声がした。

 キューブの下に白衣の男性が立っている。中肉中背の特徴に乏しい男性が、まるでこの地の主人のように両手を広げ私たちを迎え入れている。

 

「ようこそ、とは。まるで、あんたが招いたみたいな言い方だな」

 

士郎が私の前に立つ。赤毛で私とさして変わらない背丈の少年なのに、背中の印象が長身のアーチャーと被るのは気のせいか。

 

「まさしく。地上のサーヴァントから君を引き剥がすには、他に方法がなかったものでね」

 

男は首を横に振り、息をつく。

 そのしぐさが少し演技がかってみえる。

 

「ここは本来ならば聖杯戦争の勝者を招き入れる、識天の檻。ムーンセルの膝元。だから、君たちをここに招くのは例外的なことなのだよ」

 

その言葉を信用するならば、あそこに見える巨大なキューブがフォトニクス結晶体の塊、ムーンセルということになる。

つまりは、月の聖杯戦争の優勝者に与えられる景品だ。

記憶が戻れば、その凄さが分かるかもしれないが、今の私にとっては大きな箱にしか見えない。

 それよりも、気になるのは数多の積み重なる白い墓標。

 これらは、まさか……

 

「これは、ここまでたどり着いたマスターの、その成れの果て」

 

 聖杯戦争の勝者がここで力尽きたことを示す墓標。

 

「お前が聖杯の所有者で、お前を倒さなければ、聖杯は手には入れないというわけか」

「外れだ」

 

 士郎の詰問に、男は静かに答える。

 

「私は聖杯の所有権を有してはいない。聖杯は、ここにたどり着いた勝者のものだ」

 

 裁定者めいた物言い。

 だが、その言葉は正確ではないと私にでも分かる。

 男の言うとおりならば、ここが墓場になるわけがない。

 所有者を持たないムーンセルの行き先を阻む所有権を持たない白衣の男。

『望みを叶える聖杯が、望みに沿わなければ手には入らない』

 

 先日、レオが口にした皮肉を思い出す。

 まさか……と、唇から溢れた単語に男が片眉を上げて反応を示し初めて、彼は私を見た。

 まるで、私がいることに今気がついたとでも言うように。

 

「記憶もなく、意義もなく、それでもこの戦争に参加することを決めた最弱のマスターよ。なぜ、君はここにいる? 周りの強者に巻き込まれたのか? 」

 

 実験動物を観察するような目を向けられる。無言の圧力に脆弱な私の意志は押し潰されそうになる。

 

 だって、男の言うように私には本当に何もないから。

 語るべき記憶もなく、抱くべき理想もなく、振るうべき力もない。

───それでも、思いはここにある。

 

 自分の胸を強く押さえて、はっきりと告げてやる。

 

 聖杯戦争の予選で、黒いサーヴァントが狂乱した。サーヴァントが宝具を使い、世界の終わりを私は見た。

 

 床や壁から直下立つ無数の杭が、大勢の生徒を刺し貫いていく。

 悲鳴、呻き、嘆きが聴覚を埋め、耳について離れない。

 視界には、テラテラと光を艶かしく反射する赤しか映らない。

 嗅覚は、えづきをもよおすほどにムセかえる生臭い血の臭いを捉える。

 

 次は私の番だと分かっているのに、あの時の私は見ていることしか出来なかった。ただ、『助けて』と呟くことが精一杯だった。

 その私に『行け』と背中を押してくれた人がいた。

 

 彼は、すでにお腹の半分を抉られ今にも倒れそうになっているのに、私には正義の味方に見えた。

 

───だから、私はここにいる。

 

   彼は、私を助けてくれた。

   彼は、立ち上がることを教えてくれた。

   彼は、前に進むこと教えてくれた。

 だから、私は心に刻んだ。

 どんな時だって前に進むと。

 助けてくれた人は、私のことを覚えていないけれど。

「このまま、消去するのは惜しいな。此度の聖杯戦争ならば、あるいは……」

 

そんな私を見て、男がほんの少し目を伏せ思考に没入する。

次に男が顔をあげたとき、そこには決意の色があった。

 

 同時に空間がギチギチと軋みをあげた。

 違う。

 軋みを、あげて

        いるのは、

             私だ。

 

「まずは、デバッグ」

 

 ノイズで、認識が阻害される。

 痛みはない。

 だからこそ、怖い。

 これだけの異常がありながら、異常を知らせるシグナルがない。

 もう、私はコワれて───

 

「がああああああ───!?」

 

 苦鳴は、士郎から上がった。

 膝をつき身体を丸め、苦痛に身を捩らせている。

 

「君はもう気がついていたのだろう?」

 

 男が士郎を見下ろす。

 

「自分がバグを起こしたAIであると」

 

 士郎が、AI?

 

「君がいると、月の聖杯の根本が揺らぐ。それでは、私の目的が果たせない」

 

 根本?

 目的?

 

 やはり彼にとって月の聖杯戦争は目的を遂げるための手段に過ぎないということか。

 

 そんなことよりも、士郎が!!

 

 動くことはできる。

 なら、士郎を助けないと。

 平衡感覚が狂っていて、動くと天井がぐるぐると回る。それでも這いずるように士郎のそばに寄る。

 

苦しむ士郎が薄目を開けて私を見る。

「君というマスターが消えれば必然的に地上のサーヴァントはあるべき場所に戻る」

 

 白衣の男が何か言っているが、ノイズでうまく聞き取れない。

 

 士郎と呼ぶ私の言葉もきちんとした形になっているのか分からない。

 士郎の唇が動き、微かに言葉を紡ぐ。

『俺の、ことは、いいから』

 

声にはならない言葉。

こんな時でも士郎は人のことばかりだ。

 

士郎の姿が存在が薄くなる。

私の視界も暗くなっていく。

 

「やり直しを。これが最後の……、……」

 

もう何も聞こえない。

何も見えない。

 

何もかもが、闇に落ちた。

 

interlude out

 

 

 


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