Fate/EXTRA in wave   作:-Yamato-

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第4話 一時の共闘

 

「遠坂?」

 

 思わず呆けた声を上げてしまった。

 遠坂は保健室で休んでいるはずではなかったのか。

 けれど、黒い髪を風になびかせて立つ赤い服が印象的な少女は間違いなく遠坂だ。

 

「貴方、誰?」

 

 まなじりを上げて誰何する。

 

「誰って……」

 

 怯んだのは、まるで知らない誰かに話しかけているような遠坂の言葉にだけでなく、そこに強い警戒心と敵意があったからだ。

 

「わざわざサーヴァントをさらけ出してくれているって事は、ここで始めるつもり?」

 

 馬鹿にしているというニュアンスを前面に押し出すような声音は挑発以上の何者でもない。

 

 なぜ?

 どうして?

 

 疑問符ばかりが脳内を埋め尽くし満足に思考することさえも出来ない。

 

 敵だとはっきり言われたこともある。

 彼女のサーヴァントに明確な殺意をもたれているのも知っている。

 

 けれど、遠坂から見も知らぬ誰かとして扱われたことは一度もない。

 それに、彼女は保健室で休んでいるはずだ。

 

『いいねぇ。好戦的なのは嫌いじゃないぜ』

 

 誰もいないはずの場所から第三者の男の声が響く。

 

「ランサー」

 

 遠坂の呼びかけに答えて、何もない空間にその男は姿を現した。

 薄く光る青いボディスーツを身につけた長身の男。

 ランサー。

 ケルトの大英雄にして光の御子と呼ばれるクー・フーリン。

 

 隣にいるセイバーが俺を守るように半歩前に出て、いつ仕掛けられてもいいように身構えている。

 

「ランサーが、どうして?」

 

 いつ戦闘になってもおかしくない空気に、呼吸さえも圧迫されながら呻くように問いただす。

 

「随分と腑抜けたことを聞くのね。サーヴァントを隠すこともしないし。そんな浅慮な奴に聖杯戦争に参加されると迷惑なのよ」

「ちょっと待ってくれ。俺は遠坂とは敵対したくない」

 

 俺の言い分を聞くためなのだろうか。

 遠坂は今にも襲いかかろうとしているランサーを手の動きで押しとどめる。

 

「なにそれ、今更命乞い? ホント、調子狂うわね。だいたい敵対するつもりがないのなら、どうしてサーヴァントを見せつけているの?」

 

 セイバーを引っ込めろ。そうすれば、話くらいは聞いてもいい。

 遠坂の言葉にそういう意味合いがあるのはわかる。

 けれど、それはできない。

 

「セイバーを霊体化させられないんだ」

「はぁ!?」

 

 あ、遠坂が間抜けな顔をしてる。

 

 少しだけ理解した。

 いや、理解というのとは違うかもしれない。ただ、理屈も何もなく分かっただけだ。

 きっと、この遠坂は俺の知っている遠坂と別人なんだと。

 遠坂が遠坂なのは変わらない。でも彼女は俺の知らない、そして俺を知らない遠坂なんだとわりきらなければならない。

 

「そんな未熟な魔術師(ウィザード)でよく予選を突破できたわね」

「ウィザード? 予選?」

 

魔術師を《メイガス》と表現することはある。セイバーもその表現を使っていた。

しかし、《ウィザード》といのはあまり聞いたことがない。

 

それに予選とは。

そういえば、桜も予選のことを話していた。

冬木の聖杯戦争では、聖杯によって令呪が与えられ、それが参加資格になる。令呪を与えられる基準は幾つかあるらしいが、そこに予選などというモノはなかったはず。

 

「まさか、貴方そんな基本的なことを知らないなんて……言う訳ね」

 

 こちらの様子を見て察したのだろう。遠坂は顔に手を当て、大きなため息を吐き出す。

 遠坂が言葉を続けようとしたが、それは音として発せられることはなかった。

 唐突すぎる変化が生じたからだ。

 

 世界がクルリと入れ替わる。

 

 そう感じた瞬間にも身体は動いていた。

 

「遠坂!!」

 

 小柄な身体を引き寄せる。

 

「な!?」

 

 腕の中で遠坂が目を白黒させているが、それに構っている余裕はない。

 先ほどまでの夕焼けの校舎から一転して、風景が海を思わせる空と無機質で何もない地平に変わっている。

 

 激しい金属音が一つ弾けるのを耳にした。

 

 ランサーが黒いコートの男の攻撃を弾き、その隣でセイバーが何者かの攻撃をいなすように剣を振るう。だが、セイバーの前には誰もいない。

 

「ほう。直感で我が攻撃を防いだか」

 

 誰もいないはずの場所から、低い男の声がする。

 

「うまくすれば優勝候補のマスターを倒せるかと思ったが、さすがにトオサカ・リンは甘くはないか」

 

 襲撃に失敗したというのに、さしたる感情を込めずに黒いコートの男が息を吐き出す。

 

「まぁ、いい。引くぞアサシン」

 

 小さな音がして、コートの男が消える。

 

「……どうやら、アサシンもいなくなったようですね」

 

 セイバーが剣を引くのが横目に見えた。彼女がそう言うのならば、もうここには敵はいない。

 

「大丈夫か、遠坂」

 

 怪我はしていないはずだが、蒼白の顔色をしている遠坂に心配して声をかける。

 

「大丈夫か……ですって?」

 

 ……まずい。

 この言い方は、怒っている。怒り狂っているといってもいいくらいに、怒っている。

 

「自分の状態を分かって、ソレを聞いてるの!?」

 

 しかも、怒りの矛先は黒いコートの男や襲撃されたことではなく、俺だ。

 けれど、遠坂なら怒って当然かも知れない。

 咄嗟とはいえ、遠坂を庇った際に強い衝撃を腹部に受けた。衝撃を受けた部分は、痛いのか熱いのか分からないほどの損傷を負っている。

 

 腹部が……

 

「え?」

 

 自分でも分かるほど、呆けた声が喉にのぼった。

 血まみれかと思っていた腹部の半分が、黒く染まっている。

 

「なんだ、これ?」

「シロウ!!」

 

 足に力が入らないのは怪我のせいか、それとも黒くなっているのを見たせいか。

 崩れかけた身体を、駆け寄ってきたセイバーが支えてくれる。

 

「ああ、そうか。この世界はデーターだから……」

 

 黒くなっているのは、怪我をデーターの欠損という形で視覚化しているだけだ。

 それを直感的に理解する。おかしな呪いなどではないとわかって、安堵の息を零す。

 

「傷の手当てはまたあとにした方が良さそうだぜ。何か、おかしい」

 

 ランサーが海の空を睨み付けている。

 

「そうね。襲撃者が消えたのに、疑似アリーナ空間が元に戻らない。こんな、出来合いみたいな構成、SE.RA.PH《セラフ》ならすぐにも修復するはずなのに」

 

 何かを探るように地面に手を押し当てている遠坂。

 

——領域内にバグを検知しました

 

 どこからともなく、無機質な声が響きわたる。

 

——マニュアルに従い、デリートします

 

 空間がぐにゃりと曲がり、歪む。そこからノッペリとした黒い人影が一つ出現した。

 

「エネミーがどうして。校舎側では出ないはずでしょう!?」

「違うな」

 

 遠坂の自問自答に近い問いかけに答えたのはランサーだ。

 

「ここは疑似とはいえ、アリーナだ」

「そう。つまりは、疑似アリーナ空間をもとの校舎に戻すのに、邪魔な私たちを消去しようという訳ね。SE.RA.PH《セラフ》にしては随分と乱暴な仕事だけれど。あるいは、あいつらの置き土産かしら」

 

 基本的な知識が欠けている俺には、二人の会話の意味を半分も理解できない。

 

「つまり、この戦場からどうにかして抜け出さないと、あのエネミーに消されるってわけよ」

 

 俺から聞く前に遠坂が説明をしてくれた。

 

「わかった。なら、セイバー」

「いいわ。こっちで対処する。これくらいじゃ、借りを返しきれないけれど」

 

 セイバーに指示を出そうとする俺を遠坂が制する。

 

「ってことで、ランサー」

「あいよ、マスター」

 

 遠坂の指示を待っていたとばかりのランサーは、エネミーと真っ向から相対し、目で追うことさえ困難な槍捌きで、エネミーを削り取っていく。

 エネミーも反撃を試みているようだが、そのほとんどはランサーの槍で弾かれるか躱されるかで有効打は打ち込めていない。

 

「さて、こっちはこっちで始めますか」

 

 腕を振る動作一つで、遠坂の目の前に薄青いモニターとコンソールが現れる。何もなかったはずの空間なのだが、おそらくはコレがこのムーンセルにおける魔術師の力なんだろう。

 

「空間にアクセスして解析。こんな急造のアリーナ、構造に綻びがあるはずだから、そこを付いて脱出するわよ」

 

 言葉のうちにも、遠坂の視線は動きモニターにうつる大量の情報を追いかけていく。

 

「……あそこ、ね」

 

 遠坂が何もない中空を凝視する。

 

「プログラムのほつれがあるわね……でも……」

 

 難しい顔で眉根を寄せた。

 

「どうしたんだ?」

「出口を見つけたけれど、内側からじゃアクセスが難しいのよ」

 

 遠坂の言う場所を見上げる。

 視覚上では、他の場所との差異をみつけられない。けれど、たしかにそこは世界との境界が『薄い』と感じとることが出来た。

 

「リン!!」

 

 セイバーが鋭い声をあげる。

 ぼこりと音が幾つも重なる。現れたのは蜂や蛇の形によく似た、異形のデータの塊。

 ランサーは人型のエネミーと相対している。互角以上の戦いをしてはいるが、他のエネミーにまで手を広げる余裕はない。

 

「出ます!」

 

 俺たちを守るようにセイバーが一歩前に出る。

 

「——いや、セイバー。衝撃が来る」

 

 セイバーの反応は早かった。

 すぐさま、風王結界の範囲を広げる。

 それとほぼ同時に、空間がはじけ飛んだ。

 空間が保持していたエネルギーが一気に解放され渦を巻く。もしも、生身でこれに巻き込まれていたとしたら四肢が引きちぎられることになっただろう。

 けれど、それはセイバーが張ってくれた風の結界の外の話だ。

 

「危ないところでした」

 

 状況が落ち着いたことを確認し、セイバーは風王結界を納める。

 

「エネミーも退散してくれたらしいぜ」

 

 ランサーも戻ってきた。

 けれど、二人とも宝具を顕現させたままだ。それは、この場にもう一人サーヴァントがいるから。

 

 二人が警戒している先に、赤い外套を纏う男性が、残心をとき構えていた弓を下ろす姿があった。

 

「だから、助けてやる必要などないと言ったではないか、マスター」

 

 アーチャーは呆れ混じりに息を吐き出し、自身の背後に立つ少女に声をかける。

 少女は緩いウェーブのかかった背中まで届く長い髪、一目で東洋人と分かる顔立ち、クラスにいたら二番目か三番目に可愛いと言われる感じの子だった。

 ものすごく不思議そうな顔で、俺たちを見ている。

 というか、俺を、見ている

 

「警戒するのは自由だが、セイバー」

「なんですか?」

 

 アーチャーの呼びかけにセイバーが固い声音で応える。

 

「キミのマスターがそろそろ持たないようだ」

 

 彼らの会話を遠くで聞きながら、俺は意識を落とした。

 

 

 

 

 


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