interlude
どうして、士郎たちと一緒に教会に話を聞きに行くことを断れと言ったのか。
保健室を出てから姿を現した自身のサーヴァントに問いかける。
「なぜ、と言われてもこれは戦争だ。他のマスターとあまり馴れ合うと後でやりづらくなるだろう」
こともなげに言い抜けようとするアーチャー。
それを何も言わずに見上げてやる。
「……なにかね? 言いたいことがあるなら、言えばよかろう」
言いたいことを誤魔化しているのはアーチャーの方だろう。
「エミヤシロウに深く関わるな」
観念したアーチャーがようやく口を開く。
「あの未熟者に関われば、面倒事に巻き込まれることになる」
まるで、見てきたように言ってくれる。
「見ていれば分かる。アレは、この世界にあって異質すぎる。キミだってそれを感じ取っているだろう」
それについては……頷かざるをえない。
正確に言うならば異質さよりも違和感、なのだが。
どうして彼は自分を知らないと言ったのか。会話を交わしたことさえあるというのに。
「ふむ。どちらにせよ、距離を取った方がいい」
アーチャーの提案。
それはサーヴァントとしてのものなのか?
「むろんだ」
まだアーチャーとのつきあいは短いが、どうにも衛宮士郎に対して何か個人的な感情があるような気がしてならない。
しかし彼の指摘は決して無視すべきモノではない。
何せ、この聖杯戦争へのスタンスどころか意義や目的さえもまだ見いだせていないうえに、記憶喪失なんていうやっかい事まで抱え込んでいる自分だ。
けれど衛宮士郎を無視してはいけない。
それは致命的な間違いに繋がりかねない。
なぜなら、彼はおそらくこの聖杯戦争の趨勢を左右する存在になるからだ。
interlude out
学校の隅に、まるで公園のような花壇が据えられ可憐な花が風に揺れている。ほのかに薫る甘い花の香。
花壇が十字に区切られているのは、やはり正面に教会があるからだろう。
聖人を貼り付けにした十字を聖なる印として掲げる教会に相応しい。
「マスター」
教会の扉に手を伸ばした俺に、セイバーが声を掛ける。
「私は外で待機しています」
「頼んだ、セイバー」
「はい。マスター、ご武運を」
まるで戦場に乗り込む前のようなことを言うセイバー。だが、俺は笑うことは出来ない。遠坂があれほど警戒していた人物がこの中にいるのだから。
※※※
士郎が教会の中に入っていくのを見届けたセイバーが、後ろを振り返る。
花壇をはさんで向こう側に立つ人物が、セイバーへほほえみかけ優雅に一礼した。
※※※
教会は俺にとって因縁深い場所といえる。
もしかしたら、幼少期をそこで過ごすかもしれなかった場所であり、あの神父によって聖杯戦争への参加を迫られた場所でもある。
もちろん、ここは冬木の教会ではない。
だが、冬木の教会に来のではないかと錯覚を起こすほどに相似していた。
規則的に並ぶ長いす。入り口から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯、その先にある十字架と祭壇。部屋の片隅にはパイプオルガン。
外観だけではない。神聖でありながら胸を圧迫するような重たい空気までもが再現されている。
「ほう、この聖杯戦争序盤に教会を訪れる者があるとは。衛宮士郎、歓迎しよう」
そして、祭壇から下りてきたのは——
「言峰、綺礼」
これは、遠坂凛が忌諱するはずだ。
そこにいるのは、どこからどうみても言峰綺礼でしかない。
聖職者としては完璧。
悪党ではないが悪人。
非道ではないが外道な男。
そんな彼を衛宮士郎の知る遠坂凛は心底嫌っていた。それこそ、とどめを刺すなら自分がと考えるほどに。
「まずは予選突破を祝うべきかね」
「そんなものはいらない」
そして、衛宮士郎にとっても言峰綺礼という存在は特別だ。
絶対に相容れてはいけない、相容れることは出来ない。そう確信しながら、彼の言葉は常に胸に深く突き刺さる。
「俺はこの月の聖杯戦争について聞きに来ただけだ」
「お前から、それを問われるとは」
だが、それでも構わんだろうと独り嗤う。その笑みの意味は彼にしか理解し得ないし、それを追求しようとも思わない。
「この聖杯戦争は、一回戦から七回戦までのトーナメント形式で行われ、最後に残った独りに聖杯が与えられる。つまり128人のマスターが毎週殺し合いを続け、勝ち残った独りだけが聖杯にたどり着ける。非常にわかりやすいだろう」
教会に言峰の厳かな声が静かすぎる圧迫感を伴って響く。
「どんな愚鈍な頭にも理解できる実にシンプルなシステムだ」
「相変わらず、余計な一言が多いな」
わざわざ人が嫌がるところを突いてくるあたり、いつも通りと言わざるをえない。
「気に障ったかね? 文句ならば、私のキャラクターの元となった人物にでも言ってくれ。私ではどうこうしようもないものだ」
回りくどく、かつわかりにくく言っているが修正する気はさらさらない、ということだ。
「戦いは一回戦ごとに七日間で行われる。各マスターたちには、その間に相手と戦う準備をするモラトリアムが与えられる。お前は、モラトリアムの期間の間に敵を殺す準備をすることになる」
「そんなの……っ」
「だが、言い換えれば」
最後まで言わせず、言峰は更に言葉を被せてくる。それはプログラミングされたNPCのようでもあり、あるいは人をさらに不幸へと追い詰めようとする言峰そのものであった。
「相手もまた、お前を殺す準備をしているとうことになる。そして最終日の七日目、相手マスターとの決戦となる。勝者は生き残り、敗者にはご退場いただく、という具合だ」
相手に一切の反論を許さない。
その無言の圧力に、俺は押し黙るより他に反応できなかった。
「本戦参加者には、携帯端末が与えられる。受け取りたまえ」
言峰の手の中には、片手に収まる程度の大きさの小さな機械があった。携帯電話にも似ているが片面が黒いガラス面になっている。
「これはなんだ?」
あえてそれを受け取らないままにしておく。
「この携帯端末には、聖杯システムからのメッセージが送信される。表示されるメッセージには特に注意することだ。一回戦目の対戦相手は明朝にも明らかになるだろう。対戦相手は校舎の2階にある掲示板にて発表される。掲示が完了次第、端末に連絡が入る仕組みだ。またおいおい端末にトリガーが生成されたと通信される。注意して待つがいい」
「トリガー?」
「トリガーとは対戦者同士が雌雄を決する闘技場の鍵だ。本戦の参加者は皆、モラトリアムの間にこのトリガーを二つ集めなければならない。揃えなければ、決戦場に入ることが出来ず、敗戦が確定。電脳死を迎えることになる」
「っ…………」
何かを言おうとするが、上手く言葉に出来ず喉に引っかかったように小さく呻く。
「何、それほど身構えなくてもいい。ようは決戦に値するかどうかを示す簡単なタスクだ」
心配も何もしていない、そんな無感動な気配が変わらぬ口調の向こう側に透けてみえた。
「さて、どうする? お前はこの端末を受け取るのか」
言峰が答えを迫る。
「俺は……」
この先にあるのは、聖杯をかけた死闘だ。
しかしSE.RA.PH内にいる以上、聖杯戦争に参加しなければ必ず死亡する。
「何を迷うことがある、衛宮士郎。生き残るためには戦い勝ち抜けなければならない、そんなことは聖杯戦争に参加した時点で覚悟をきめたのだろう」
戦いを治めるために戦いに参加する。
そう決めて聖杯戦争に参加した。
ならば、この端末を受け取らなければならない。
何をするにしても、まずそこから全てが始まるのだから。
「———」
一つ、息を吐き出し、もう一度吸い込む。
覚悟はとうに決めている。
ならば、迷いは置いていこう。
俺が携帯端末を受け取ると言峰は満足そうに頷き、説明の続きを始める。
「注意点を伝えておくが、七日目の闘技場に入る以前の死闘は学園であれ、アリーナであれ禁止されている。万が一にも戦闘になった場合は、すぐさまシステム側から強制終了させられるだろう。さらに学園での私闘ではマスターのステータス低下という罰則が加えられる。気をつけたまえ」
ユリウスという西欧財閥から送り込まれた男のことを思い出す。
彼が一撃離脱をしたのは、ムーンセルによって戦闘が強制終了されることを嫌ったからだろう。
「アリーナ入り口は校舎一階の廊下を進んだ先にある奥の扉だ。では、話はここまでだ。お前が無事に決戦の扉にたどり着けることを祈ろう」
聞くべき事は全て聞いた。
言峰に背を向けて歩き出す。
——喜べ少年
いつかどこかで聞いた、その台詞を。
——キミの望みはようやく叶う
幻聴と断じつつも、教会を出た。