「初めまして、いつか蘇りし騎士王」
ブロンドの髪に明るい翠玉の瞳、整った西欧風の顔立ち。まだ十代の若さだが、そこにある気品は王者の風格さえ漂わせる。
彼がこの聖杯戦争に参加するマスターの一人であるというのはすぐに知れた。
なぜならば、彼の背後に騎士が控えていたからだ。
セイバーは、その騎士を軽い驚きを持って見つめる。
長身で細身の身体にまとう白銀の鎧。金の髪、見目麗しい容姿、万人が想像する騎士の理想の姿がそこにあった。
騎士は、その場で跪き深く頭を垂れ臣下の礼をとる。
「ガウェイン卿——」
セイバーは彼のことをよく知っていた。
高潔で情に篤く礼節を知る、騎士の鏡のような人物。
円卓の騎士の一人。
もう一振りの星の聖剣に選ばれた者。
太陽の恩恵を受ける騎士ガウェイン。
「アーサー王……私は、」
「ガウェイン卿。貴公もまた聖杯の招きに応じ、叶えるべき願いのためにサーヴァントとなったのであろう。すでに王ではない私に対し臣下の礼を取る必要はない」
そのガウェインから視線を逸らし、彼の言葉を遮って固い声音で告げる。
拒絶にも近い無機質な返答にガウェインはかすかに肩を振るわせる。だが、それ以上は何も言わない。
「やはり、貴方は騎士王なのですね。拝顔の栄に浴することができ光栄です」
ガウェインのマスターである少年は、セイバーに対し謙遜する言葉遣いではあるが、頭を垂れることなく話しかけた。
「僕はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイと言います。以後、お見知りおきを」
その名前をセイバーは、つい先ほど聞いたばかりだ。
「西欧財閥の当主か。そんなにも年若い少年だとは思ってもみなかった。それで、私に何か用か」
「ええ。兄さんのサーヴァントを退けたという貴方に会ってみたかったのです」
「兄?」
屋上で襲いかかってきた黒いコートの男ユリウス。
つまり、暗部の男と当主が血のつながりのある兄弟だということだ。
「初見でアサシンの攻撃へ完全に対処するサーヴァントがいるとは思いませんでした。けれど、それが騎士王であれば納得できるというものです」
貴方に会いに行くと言ったら兄さんには止められてしまいましたがと笑う。人なつっこく、誰もが見惚れてしまうような笑みをみせた。
そう、『笑みをみせている』
彼は自身の言葉・表情・仕草といったものが相手に対しどう作用するのか、完全に理解しているのだ。
人の上に立つ者としては基本だが、それを少年のような若さで完璧にこなしているというのは驚愕に値する。
「それに、こんなにもお美しい方だったとは」
飾らない言葉は、それが真実だからこそだとしれた。
「いずれ、僕とも当たるでしょう。そのときはよろしくお願いします。行きましょう、ガウェイン」
いまだ、跪いたままのガウェインを促す。
「アーサー王!」
しかし、ガウェインはレオに従わず顔を上げセイバーに呼びかける。
「私は、貴方に伝えなければならないことがあるのです。私は……」
「よせ」
ぴしゃりとセイバーはガウェインの言葉を止める。
セイバーの表情には何の感情も浮かんでいない。温度も何も感じさせない眼差しでガウェインを見下ろす。
「——王よ」
セイバーが作る酷く固い空気を打破しようと、ガウェインが口を開くがそれ以上の言葉が続かない。
「あれ、セイバー。誰と話しているんだ?」
そこに、第三者の声が割って入った。
※※※
声をかけてから、場の空気が凍りついたように固く冷たい事に気がついた。
それでも、俺の方を見たセイバーがほんの少しだけ表情筋を緩める。
そこには、安堵という感情があった。
「シロウ……」
「セイバー?」
セイバーはいつもと変わりない様子を取り繕っている。
けれど、いつも背筋をピンと伸ばし凛々しくあるセイバーが、ほんの少し小さくなっているような、そんな違和感がある。その原因が目の前にいる主従にあるというのは想像に難くない。
「彼は、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。そして、そのサーヴァント、太陽の騎士ガウェインです」
小さな違和感が間違いだったのではないだろうかと思うほど、セイバーが毅然として二人を士郎に紹介する。
「レオナルド……」
俺はその名前を戸惑い混じりに反芻する。
先程で耳にしたばかりの彼に、こんなにも早くこんな場所で出会うとは思ってもみなかった。
「レオ、と呼んでください。確か、エミヤシロウでしたね。まさか、あなたがマスターだとは思いませんでした」
「えっと、俺と会ったことがあるのか?」
まるで、会ったことがあるようなレオの物言いに戸惑う。
「クラスメイト、でしたからね」
柔らかく微笑むレオ。
その目はしっかりと俺を捉えている。一挙一動、一言、全てを見逃すまいとしている。
「クラス——メイト?」
そんなわけはない。もしも彼のように目立つ存在がいたなら、例えクラスメイトでなくても気づくはずだ。
「ええ。岸波さんも一緒でした。学校というのは、とても楽しいものだったんですね。できうることならば、もう少し楽しみたかったです」
得難い時間、それを失ったことを惜しみ目を閉じる。しかし、そこに未練なんてない。
「それでは、いずれまた」
俺たちに一礼した後、レオは校舎の中へと戻り、その後に白銀の騎士も続いた。
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「あれが、貴方の王ですか」
後ろに従うガウェインに声を掛ける。
「彼の王は、まるで月を司るかのような方ですね」
まるで少年のような凛々しさと、少女のような美しさを違和感なく同居させる王。一目見れば絶対に忘れらない印象を残し、言葉を交わせばその涼やかな声音に心を奪われる。
西欧財閥の当主として、ありとあらゆる知識を学び、生まれながらの王として育てられた自分ですら、心が揺さぶられた。
まして、かつてかの王に仕えていたガウェインが揺れないはずはない。
「心配はいりません、レオ」
ガウェインの声には落ち着きがあり、動揺している様子はみられなかった。
「今の我が主はレオ、貴方なのですから」
「——それは、貴方自身の判断なのですか?」
天上のサーヴァントとして与えられた役割に盲目的に従うものなのか、それとも克己によるものなのか。
背を向けたまま、問いかける。それは、ガウェインの表情を見ないための判断であり、自分の表情をみせないための配慮。
——返答次第では、彼を切り捨てる。
それを悟らせないために。
「レオ、私は王を切ります」
ガウェインの返答は、『YES』でも『NO』でもなかった。
「王に過ちはなく、正しかった。それを証明するために、私は王を——切ります」
それが、王であることを否定したかつての主君への忠義の騎士の返答。
「万人がかつての王に剣を向ける貴方を反逆の徒だと非難するでしょう。けれど、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイが認めます。貴方は、忠義の騎士であると」
振り返り、ガウェインを正面に見据える。
月の聖杯戦争そのものに大きな意義を見いだしていなかった騎士は、ただ忠義を尽くすことを願いとしてこの戦争に参加した。
例え主君に過ちがあったとしても、それを理解した上で尽くす忠義。それを僕は否定するつもりはない。
僕には過ちもないし、敗北もない。
けれどその彼が、かつての主君が正しかったことを証明するために戦うことを決めたのならば、今の彼の主として——
「ガウェイン、必ず彼女と戦う場を用意すると約束します」
僕の言葉を聞いて、ガウェインはピタリと動きを止めた。
「あの……レオ、王は——男性ですよ?」
「は? 何を言っているんですか、女性に決まっているでしょう」
「いえ、男性です」
——思い込みって、怖いですね。
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