Fate/EXTRA in wave   作:-Yamato-

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第9話 エミヤシロウ

 

 翌朝、約束した花壇の前まで行くと。

 

「…………」

 

 物言いたげなくせに、無言のまま俺を睨み付ける遠坂がラニの隣にいた。

 

「おはよう、遠坂。朝早いんだな」

 

 早くも回れ右をして走り去りたくなったが、それをするともっと怖いことが起こることを確信し、とりあえず挨拶から入ってみる。

 

「おはよう、エミヤくん」

 

 ただの挨拶。なのに、なぜかこの場の冷気が一気に増した。

 

「シロウ、リンに何かしたのですか?」

 

 セイバーがこそりと耳打ちするが、身に覚えのないため首を横に振る。

 

「エミヤくん」

 

 一歩前に出る遠坂。

 

「はい」

 

 一歩後ろに下がる俺。

 

「本気で、その名前を使っているの?」

 

 更に一歩詰める遠坂。

 

「本気も何も、本名ですから」

 

 なぜか敬語になりつつ、更に下がる俺。

 

「へぇ、殺されたいわけ」

 

 背後にどす黒い気炎すら上げていそうな声音だった。

 

「その場合、犯人はきっと目の前にいる人物になるだろうな」

「シロウ、声に出してはまずい事が出てます」

 

 セイバーの方も遠坂に気圧されているのか、フォローにもなっていないフォローをする。

 

「遠坂、説明してくれ。俺がエミヤシロウだったら何か問題でもあるのか」

「問題? 問題なら、おおありよ。伊達や酔狂でその名前を名乗ったら、いつ誰に殺されてもおかしくないわよ」

「ええと、すでに尋常じゃない殺意を向けられているんですが」

「なんなら、今、殺してあげてもいいのよ?」

 

 理不尽だ。

これで殺されては理不尽すぎる。

 

「エミヤシロウは、テロリストです」

 

 まるで機械のような感情のない声はラニのもの。

 

「主に、中東の紛争地帯で活動しており一般人からは戦争屋、裏界隈では魔術師殺しと呼ばれている東洋人です」

 

 遠坂はラニの言葉に同意したのか、あるいは不本意なモノを覚えたのか、小さく鼻を鳴らすだけで、それ以上はエミヤシロウの人物像について補足はない。

 

「それが、俺だと?」

 

「ふぅん。驚かないのね」

 

 遠坂の感想に対し無言で応える。

正直なところ、俺の行き着く先がそうなる可能性を否定できない。けれど、そうなった記憶がないから肯定もできない。

「ま、いいわ。あなたがそれでもエミヤシロウだと言い張るのなら、一つ仮定があるわ」

 

 遠坂は腕を組み、俺の反応を探るように見つめる。

 

「その前に説明してもらえるかしら。どうして私にファミリーネームを名乗らなかったの?」

「確認しなかったのは遠坂だろう」

 

 遠坂は、セイバーが呼んでいた『シロウ』というファーストネームを聞いただけだ。俺も遠坂に改めて名乗る必要性を感じなかった。

 

「つまり、隠す意図はなかった、というわけ?」

「ああ」

 

 実際、ラニへの自己紹介の時には隠さずフルネームを名乗っている。

 

「いいわ。それなら、貴方がエミヤシロウであることを前提として話をする。貴方の症状は記憶の障害ではなく、若年化じゃないのかしら」

「若年化?」

「ええ。だって、貴方の自覚としては高校生なんでしょう」

 

 遠坂の確認の言葉に頷く。

 

「で、記憶についてもそこで止まっている。あなたのアバターも高校生のもの。ほら、記憶障害よりも若年化の方がしっくりくる」

「若年化だとしたら、どうしてそんなことが起こったんだ?」

 

 それは当然抱く疑問だ。

 

「それについては、推測どころか想像するより他ないわね。予選も含めた月の聖杯戦争の記憶がない、ということは予選の時にトラブルがあったんじゃないかしら。予選会場によってはサーヴァントが暴走したところもあったから、それに巻き込まれて大きな損傷を負った、とか。思い当たること、あるんじゃない?」

 

 セイバーと再会したとき、大けがを負って倒れたことを思い出す。その前後の記憶が曖昧なので、サーヴァントの暴走に巻き込まれてのものかどうかはわからない。だが、そこは重要ではない。大事なのは、損傷を負った事実だ。

 

「その損傷の回復の時に、バグが発生して記憶領域へのアクセス障害が起こった。結果、高校生姿のアバターに合わせて、高校時代までの記憶にしかアクセス出来なくなってしまった、そんなところかしら」

「それじゃ、順序が逆だ」

「逆じゃないわよ。認識に合わせて、記憶の照合が行われたんだから。つまり、高校生であるという認識がある以上、それ以降の記憶にアクセスはできないままになっているんでしょうね」

 

 遠坂の説明に対していまいち納得がいかない。遠坂はそれをさして気にした風はない。

 

「言ったでしょう、これはただの想像。それでも、気になるところがあるというのなら、聞くわよ」

「それじゃ、聖杯戦争に参加するのになんで外観をわざわざ変えてるんだ?」

 

俺が中東のテロリストとして名を馳せる程度に活動しているというのなら、もっと年嵩を重ねた姿のはずだ。

 

「理由は人それぞれじゃない? 貴方のアバターは、標準のものに近いから、あまり手を加えていなさそうよね。そもそもアバターを変更するにはそれなりのスキルがいるから、ねぇ」

 

 横目で士郎を見る遠坂。

 

「なんだよ、何か言いたげだな」

「いいえ。別に、何も」

 

 明らかに、何らかの意図を隠しつつ面白がっている遠坂。

 そんな遠坂の様子に士郎は息をつく。イジメっ子モードに入った遠坂に敵うわけもない。

 

「ほらほら、臍を曲げないで。他に質問は?」

「別に臍を曲げたりなんてしない。遠坂は『そいつ』と知り合いなのか?」

 

 一瞬、遠坂が黙ったあと、一つ息をついてから口を開く。

 

「この世界は狭いから、多少はね」

「多少どころの関係じゃなさそうだな」

「……ホント、見えてる地雷を踏み抜くのね」

 

 心の底から呆れる遠坂。

 さすがに、この反応からするに『多少どころではない関係』については答えてもらえないと察した。これ以上はこの話題をしない方がいい。

 

「え、ええっと、それじゃなんでエミヤシロウは聖杯戦争に参加したのかわかるか?」

 

 話を逸らそうと、口早に問いを投げかける。

 

「そんなの、私が知るわけがないでしょ」

「だよな」

 

 答えてもらえると期待して聞いたわけではない。だから更に質問を重ねる。

 

「俺の記憶が戻る可能性はあるのか?」

「可能性はある、と私は思っているわ。だって、ムーンセルは全マスターへ記憶を返却しているんだもの。案外、ちょっとした切っ掛けで戻るかもしれないわね」

「そうか」

 

一応戻る可能性を聞きはしたが、興味はあまりわかない。

 

「反応薄いわね」

 

 そんな俺の様子を意外そうに見る遠坂。

 

「実感がないからな」

 

お前はテロリストなんだと言われても、そういう未来もあり得るだろうと想像するだけだ。けれど、記憶を失っている実感がないから取り戻す必要性を感じない。

 

 しかし、記憶の不備という点において思い当たる節がある。

 セイバーは自身の真名を伝えていないというのに、知っている記憶は確かにあるのだが、それをいつ知ったのかと言う点になると途端に曖昧になる。

また、冬木の聖杯戦争という儀式についての知識、これもいつ聞いたのかはっきりしない。

 

 これらは記憶へのアクセス障害による症状なのかもしれない。

とはいえ惑うことはあっても特に困ってはいない。

 

 むしろ、それよりも重要視しているのは———

 

「ミス・トオサカ。そろそろ、私の話をしてもいいでしょうか」

 

 この、聖杯戦争の異質さだ。

 

「こいつが構わないなら、私の方はいいわよ。ついでに、その話を私にも聞かせてもらえるかしら」

 

 確認するような視線がラニから向けられ、それにつられるようにして遠坂も俺を見る。

 

「俺は構わないぞ。むしろ、遠坂に聞いてもらえるのならありがたい。遠坂の意見も是非聞きたい」

「それ、どういう意味?」

 

 あまりにもあっさりと認められた遠坂の方が逆に警戒する。

 

「そのままの意味だ。遠坂は優秀だから、俺なんかじゃ思いもよらないことに気がついてくれる」

 

 事実を述べただけなのに、遠坂は顔を赤くする。

 

「あんた、やっぱりニセ者!!?」

「どうしてそうなる」

「けど、ああそうね。そういえば、そうだったわね」

 

 何が、どういう思考過程でそうだったと納得するに至ったのかは、はっきりさせるべきことではないと判断する。

 というか、はっきりさせたくない。

 

「ラニ、話を進めてください」

 

 セイバーがラニに話を促す。

 

「はい。この聖杯戦争の真意について、星に問いかけてみました。けれど、本質的なことについては何も読めませんでした」

「へぇ、意外ね。アトラスの最高傑作でも読めないことがあるなんて」

 

 遠坂が少しばかり意地の悪い口調で話す。しかし、それは本気ではない。ラニには何か気がついたことがあるとわかりきっているからこその軽い挑発だ。

 

「そうですね。しかし、この聖杯戦争は多くの運命の交わる戦場です。読みがたいのも当然のこと。そもそも、エミヤシロウの疑念がなければ占おうとさえ思いませんでしたから」

 

 ラニの方は、そんな挑発をさらりと受け流す。

 

「疑念、ね」

 

 遠坂は、その言葉に反応を示す。

 

「言われてみれば、確かにおかしいわよね。これだけのハッカーが集まっているのに、誰もムーンセルへのハッキングのことを考えないなんて」

「それは、ムーンセルへのハッキングが難しいからじゃないのか」

 

 百人以上の英霊を招いて聖杯戦争を執り行うムーンセル。それがどれほどすさまじいことなのか俺にだって理解できる。そんなムーンセルにハッキングを行うなど到底無理な話というモノだ。

 

「そうね。ムーンセルへのハッキングなんてただの人間には無理でしょうね。でもね――」

 

そこでいったん言葉を区切り、挑戦的な視線と不適な笑みを浮かべる遠坂。それが、とても遠坂らしくて綺麗だった。

 

「出来る出来ないはおいといて、システムへのハッキングを考えてしまうのが探求者たる魔術師(ウィザード)という生き物なの。なのに、誰一人としてムーンセルそのものへのハックを考える魔術師(ウィザード)がいない」

「遠坂も考えなかったのか?」

「ええ。思いつくこともなかった」

 

 そして、それはラニも同様だ。

 

「おそらくは、ナニカにそう仕向けられています」

 

 ラニが静かに告げる。

 

「とはいっても、表層的なモノでしょうね」

「はい。ムーンセルへのハックを思いつかない、聖杯戦争を疑わない程度のものです」

 

 ラニが小さく頷く。一度気がついてしまえば効果がなくなってしまう程度の認識阻害。

 

「詰めが甘い? それとも、それ以上できない?」

 

 遠坂は口もとに手をあて、独り言のように呟きながら考え込む。

 

「わかりません。ただ、そうなるように仕向けたモノ、それによく似た星を持つマスターがいます」

 

 その独り言に応えたラニの言葉に遠坂が顔を上げる。

 

「へぇ、一体だれよ」

「それは、」

 

 そのとき、会話を遮るように電子音が鳴り響く。

音がものすごく近い。

まるで、俺のポケットから?

 

……まるで、じゃない。まさに、だ。

 慌てふためいて、取り落としそうになりながらポケットから端末を引っ張り出す。

 

「あら、もう初戦の発表なんだ。早いのね」

 

 遠坂が俺の端末を横からのぞき込む。

 

「おそらくは、マスターの中で最も早いと思われます」

 

 逆からのぞき込むラニ。

 

「確認に行きましょう、シロウ」

 

 セイバーが早くとせっついた。

 


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