Aクラスのリトルガールズ   作:エントロピー

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本当はもっとねちっこく描写するべきかと思ったのですが、書いてて自分がドン引きしたので軽めに。多少マイルドなテイストに仕上がった……はず。


私刑

  人に危害を加えるなら、復讐を恐れる必要がないように徹底的にやらなければならない。

                                 ――マキャベリ『君主論』

 

 

 

 

ロクに新品に買い替えられることのなかった硬式のボールは表面が少し毛羽っていて、肌で触れる感触はゴワゴワだった。反発力も少し落ちている。

そんなボールも、使い方一つで凶器へと変わる。

あたしはボールの感触を楽しむように暫く掌の中で転がしていたが、飽きが来るとやがて目の前の()()()()に目を向けた。

 

「ほら起きなよー、沢田さん。アドバンテージだよー。あと1ポイントで勝てるんだよっ?」

 

デュースは40-40となった状態。ここから2ポイント差が生じるまで、そのゲームは続く。1ポイントリードした側はアドバンテージ。次に点さえ取れればゲームを取れる。

しかし、逆にポイントが取られれば、再びデュースに戻ってしまう。

ゲームカウント1-0の3セットマッチ。アドバンテージ側の沢田さんは、あと1ポイント取れば勝ちだ。

 

「……ぅっ」

 

「起きないならもうサーブしちゃうよー? いいのー?」

 

「……っして……ゆるして……も、もうわたしのまけでいいから……っいいですから!」

 

震える足を懸命に動かして、尻餅を着いた格好のまま壁際まで逃げている。

すでにその手にラケットはない。生意気にも戦うことを放棄するばかりか防御のために用いたものだから、手首を攻撃して弾いてやった。

それでも一見外傷は見当たらない。当然だ。そういう風に打っている。

 

「あ、いいんだ。なら遠慮なくいくね」

 

無駄な命乞いを鼻で笑うと、あたしはその無防備な腹部へと機械的に凶器(ボール)を打ち込んだ。

 

「っぁ……」

 

「……デュース!」

 

都合1()0()3()()()のデュース。

よくここまでもったものだ。でももう限界と見える。口を押えて青くなってるところを見るに、お腹へのダメージが蓄積して嘔吐感に苦しめられているんだろう。

でも許してあーげない。まだ満足してないから。

 

「せーの! えいっ。……あーあ、またやっちゃったよー」

 

「ダ、ダブルフォルト……アドバンテージ、レシーバー」

 

もはや反応はない。……ここが限界ってところかな。

 

「正直がっかりだなぁ。ここまでお膳立てするのだって、簡単じゃなかったんだよ?」

 

吉田くんを使ってあらかじめ監視カメラを破損させた場合の罰則を確認しておいたり、わざわざ()()()な契約書をでっちあげたりさ。

 

「……ふふっ」

 

しみじみ感慨に浸っていると、沢田さんは唐突に笑った。

 

「おっ? やる気でた? 嬉しいなぁ」

 

「い、いま何時だと、思ってんのよ。……こ、のイカレ女っ。あはは、22時だっての! 終わり! 終わりよ、部活はもう! 解散解散!」

 

「何言ってるの?」

 

は、と呆けた表情で声を漏らすと、彼女はぐりんっと眼球だけを動かして部長を見て言った。

 

「おい、部ちょ……試合(ぼうりょく)を止めようともしない役立たず! 22時なんだから部活は終わりでしょう!? こんなときくらい仕事しろよ!」

 

「……」

 

何も答えない。いや、何も答えられないが正しいか。

それとも答えないのは彼女なりの優しさか。

 

「ちょっと――」

 

「見えてないねー、沢田さんは。監視カメラは壊れてるんだよ? 時間超過しようと、もう咎める目なんてないってー。あるとしたら部長くらいだけど――」

 

そもそも敵があたしだけだと思ってる時点で間違ってる。

 

「――女子テニス部自体、既にあたしの私兵の集まりみたいなものだからねー」

 

全ては入学間もないときから、すでに始まっていたのだ。

 

入学式の日。下見の段階で、この閉鎖的なテニス部の環境は使えると目をつけていた。

しかし体験入部をしてみれば、そこにあったのは典型的な精神論を振りかざす3年生たちの馴れ合いの場。ここにいる部長はDクラスという立場から他の3年生に小間使いのように扱われていた、いわば日陰の存在だった。

 

 

だから、()()()()手助けをして壊してやった。

 

 

今の沢田さんの有様が可愛く思えるような所業を一人一人、一日ずつ、丁寧に実行。

累が自分に及ぶ前に自主的に退部しようとした子も、例外なく一度は痛めつけ、周囲に見せつける。

気がつけば3年生は彼女以外消えていった。

あとは消化試合。彼女があたしの()()()()()だと錯覚した2年生は、3年のようになりたくない一心で媚を売った。こうして信の厚い部長の出来上がり、というわけ。

たまに勘違いした2年生が数人あたしに(へりくだ)った態度を取り出した。そういうやつから真っ先に潰している。あたしのしたいことを欠片も推し量れない無能はいらなかったからだ。

こうしてあたしと部長に逆らえる者はいなくなった。

 

そして部長もあたしに逆らえなくなった。あたしは表面的には優等生で通している。証拠がなければあたしの所業を話したところで誰も信じないし、逆に自分の立場が怪しくなる。

――なにより今の地位を捨てて、小間使いに戻りたくはないだろう。

 

1年に関しては直接的な支配はまだしていない。

B~Dクラスにあたしの情報が流れるのを極力避けたかったからだ。あたしはAクラスの内戦で散った、しがない敗軍の将。()()それでいい。

 

「……ごめんなさい、ごめんなさい――」

 

部長は沢田さんから目を逸らすと、ただひたすらに小さい声で謝り続けた。

 

「あ……あ……」

 

「だからあんな契約書、始めから意味なかったんだよー、ごめんねっ。でもこうでもしないと合法的に()()()()出来なかったでしょ?」

 

部長が契約書の原本を破り捨てた。

 

「あ」

 

彼女の心が折れる音が聞こえた気がした。

今まで何度も聞いたことがある甘美な音。小枝を手折ったようなものから、太い枝を無理やりへし折ったようなものまで、その感触は千差万別だが、経験上共通したものがある。

 

――あと一押しでコレはいい駒に仕上がる。

 

人は努力をするとき、なにかしらのゴールがあったり、成果が得られるだろうことを前提にしているとあたしは思う。

だからこそ人はそれらの大前提を失ったとき、今の自分を顧みてこの上なく絶望するんだ。

ああいう風に。

 

「いやぁあああああああッ!」

 

ボロボロの足に鞭打って、獲物は逃げる。でもダーメ。ハンターは食らいついたら離さないんだから。

 

「ほいっ」

 

淡々と打った球は、まっすぐ彼女の脇腹に直撃した。

 

「デュース!」

 

「止めてもう嫌だ助けて何でもしますからお願いだから……」

 

「いーよ、許してあげても」

 

「ああ……ありがとうございます! ありがとうございま――」

 

まるで女神を見つけたかのような輝いた瞳で感謝をしてくる。

でも、まだ終わってないんだよ。

 

「アレの相手が済んだらね」

 

「え……」

 

あたしが指示した場所にいたのは、女子テニス部2年の部員全員だった。

 

「……」

 

何も言葉は発しない。駒は喋らないから仕方がない。感情は既に殺してある。

それでも人の形をして人と同じ動きができるなら問題ない。こいつらはprの洗浄(ロンダリング)をするのにとても役立った。部費が40万pr程度しかないなんてことは誤算だったが、まぁ遊びに使う小遣いくらいにはなったかな。

 

カチカチと歯を鳴らす彼女の頭をそっと撫でてから、あたしは駒を動かす。

 

「顔は駄目だよー、傷が残らないよう適度にね」

 

『はい』

 

「やれ」

 

 

 

くぐもった悲鳴と断続的な殴打音を背後に、部屋の入り口で待機していたにっしーから()()()()()()()()契約書を受け取った。

 

「やははー、にっしーは仕事が速くて好きだわー」

 

「あ、あたしもきらりんのこと好き、だよ……。ね、きらりん? 今度の週末、あのカフェに付き合ってくれる約束、本当なんだよね、ね?」

 

「もっちろん。だってあたしたち友達じゃない。そのくらい当然だよっ」

 

「ほわぁ、私もうきらりんのためならなんだってできるよ……! と、友達だし……!」

 

うんうん、と生返事を適当に返して契約書を破っていく。

便利な(オトモダチ)はいくらあっても困らない。有栖ちゃんも欲しかったけど、アレは駒では収まらないね。言うならば愛でるべきお人形さん。

目下駒にしたいのは葛城くんだけど……順番ってものがあるからね。

周りからじわじわ崩していくのも、それはそれで楽しみがあるということだ。

 

「小鳥遊さん……あの……言うことは聞いたわ。だから……お願い。prを一部返して下さい……」

 

「いーよ。はいっ」

 

様子を伺いながら部長が頼み込んできたので、5万prを彼女に渡した。

きっとこのポイントでボロボロになった球などの部室の道具を買い替えるんだろう。彼女に残ったものはもうテニスしかない。だから彼女はこの居場所を必死で守る。たとえそこがどんな空間に変容していようと。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

柳暗花明。

そんな心地の良い日に、Aクラスでは動揺が走る。

事の発端は葛城くんと沢田さんの口論からだった。

 

「……どういうことだ沢田」

 

「何度も言わせないで。アンタの横柄な態度にはほとほと嫌気が差してたのよ。わかったら、もう私のことは構わないで」

 

「葛城さんがそんな曖昧な理由で納得するわけないだろ! 何かあったならきちんと話せ!」

 

戸塚君の言葉の一切を無視して彼女は向かう。()()()のもとに。

 

「貴女からも何か言ってよ、坂柳さん。彼ら、しつこくて敵わないわ」

 

その有栖ちゃんは今、あたしに抱き着かれるので忙しいので却下。

と心の中で思っていると、鬼頭くんが襟首をむんず、と掴み無言で引き剥がしてきた。

まだ有栖ちゃん分が補給できていないというのにー……。

 

「ありがとうございます、鬼頭くん。……さて沢田さん。詳しい事情を聴かないことには、いかに友達と言えど私も協力いたしかねます。差支えなければお話しいただけますか?」

 

沢田さんはふん、と鼻を鳴らして葛城くんを睨んだ後、ぽつぽつと話し出した。

 

やれ葛城に夜遅くの外出を見咎められた、やれその際に口論となりカッとなった葛城が手をあげて殴った。

そして極めつけに肩の打撲痕を見せてくるものだから、Aクラスの一部はシンと静まり返っている。

 

「……確かに昨晩、俺は夜遅くに外出している」

 

『な、……――』

 

「……だが。誓っても沢田が証言しているようなことはしていない。無論証拠はないが……」

 

向けられる疑惑の目。面白そうに笑う有栖ちゃん。無表情のあたし。

 

「そもそも話があると呼び出したのが当の沢田だ。テニス部の活動が終わったら話がある、と深刻そうな面持ちでな」

 

そう言うと、視線だけをあたしに向け、数秒無言を貫いた。

 

「そして待ち続けたが22時30分を過ぎても沢田は現れず、仕方なくその日はそのまま寮に帰った。これが真実だ。疑うのは勝手だが、糾弾するのなら傷跡の他にも俺が行ったと言える証拠を提出してもらおう」

 

異論が噴出することはなかった。

しかし葛城派以外の人間でこの言葉で納得しているものはいない。しかし証拠がないのも事実。

そうして沢田さんの糾弾はいつしか話題から消えていくことになる。

 

しかし、これでいい。

 

燻る火種も大きくすることで、いずれ大きい木材を燃焼させる。

小さな不満の積み重ね。いつか爆発した時が楽しみだね、葛城くん。

 




一話あたりの文字数ってこれくらいでいいんでしょうか。
正直どれくらいがベストか測りかねてたり。



――2/17追記――

ルーキーでランキング入りしてました。
読者の方々には感謝しかないです。感想・評価・お気に入りしてくださった方は勿論ですが、読んで下さっただけでも私には嬉しいです。ありがとうございます。
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