何が言いたいかっていうと7巻最高ってことです。
担任の真嶋先生は良くも悪くも生徒に対して平等だ。
自分のクラスの生徒だから優遇するだとか、逆に他クラスの生徒だから冷遇するだとか、いわゆる依怙贔屓はしない。あくまで俯瞰的な視点で本質を見極めようとする人だと言える。
だからこそあたしはこの人が苦手だ。
先日の監視カメラ破損について自主的に申し出るのはいい。しかしそれは必然的に担任に話を通す必要があるわけで、あたしは生徒指導室の中で渋々ながら真嶋先生へ懇切丁寧に経緯を説明していた。
「ふむ。部活で試合をしていたところ球が逸れて、か」
「不運な事故とはいえ、カメラを破損してしまったことは間違いのない事実ですしー……。あたし、どのような処分も覚悟してます……」
悔やんでも悔やみきれないという表情、小さくて申し訳なさそうな声色で顔色を窺う。
「ああいや……、この件に関して小鳥遊に特別重い処分を下すということはない。純粋なカメラの修理費用を君のprから差し引かせてもらうだけだ」
鉄面皮とまでは言わない。
これは無関心というのが正しいのだろうか。あたしが腹に一物抱えてようと大して興味がないということか。
そう。あたしはこの、いつもどこか一線を引いて生徒と接する真嶋先生のやり方が苦手だった。
「ここからは私の独り言だが」
あたしの方を一瞥もせず、淡々と書類をめくって言葉を続けた。
「……」
「つい先日、君と同じように監視カメラの破損を起こした生徒がいた。私たちのクラスの者だ。交友関係の広い君のことだから、おおよそ把握はしているんだろうが、あえて名前は言わない」
「こんな短期間に二人も監視カメラの破損を起こすなんて、すごい偶然ですねー」
「一教師として、その生徒や君の破損行為が仮にもし
書類から少し目線を上げて、ようやくこちらを一瞥する。
「深読みをされるのは勝手ですけどー、何が言いたいんですか」
「君が中学生だった頃の話に関連する、といえば合点がいくのではないかね?」
――ああ、納得した。さすがは高度育成高等学校、名門と謳われるだけはある。ようやく嗅ぎつけたんだね。
「いえさっぱり……でも――あの学校での生活はとても楽しかったですよ」
「私が君に言いたいのはこれだけだ。……過ぎた行為は往々にして身の破滅を招く。超えてはならない一線があることを理解しなさい」
「御忠告、痛み入りますー」
「さて……、prの回収は完了した。もう帰ってよろしい。以後、注意するように」
「はーい。失礼いたします」
退室後は暫く背筋を張ったような面持ちで歩く。
やがて外に出て、ほう、と小さく息を吐いた。
軽く伸びをして体をほぐしていると、同じように憂鬱な気分を払拭しようとしていたであろう人影が視界に入ってきた。
向こうもこちらに気が付いたのか、顰め面を隠そうともしないで近づいてくる。
右手でガシガシと後頭部を掻く仕草はバツの悪さの表れか。
珍しく一人で黄昏ていたその生徒は、戸塚くんだった。
話しかける様子は嫌々といったところか。雑談は毛頭するつもりもないのか、早速彼は用件を切り出してきた。
「小鳥遊……丁度いい、お前に聞きたいことがある。付いてきてくれ」
そう言って半ば強引に屋上へ連れ出された。
屋上と言えば、ある程度高さのある建物である以上、どの学校にも当然あるものだし珍しくもない。しかし年中開放されているというのは昨今の教育現場では珍しいと言えるだろう。
それを可能にしているのはちゃんとした監視カメラという監視体制や、落下防止用の強固な柵があるためだ。とはいえ、監視カメラは屋上を出入りする扉の上にしかない。荒事を起こすにはうってつけだろう。ここもあたしが目を付けていたスポットの一つだった。
だが、この戸塚くんは
「わざわざ悪いな。どうしても確認したいことがあったんだ」
「いいよいいよー。気兼ねなく聞いちゃってー」
助かる。そうぶっきらぼうに吐き捨てると、戸塚くんは少しづつ話し始めた。
「昨日のことだ。今まで葛城さんを支えてきたはずの的場が、急に態度を変えてきたんだよ。……この前の沢田みたいに」
葛城くんの右腕の戸塚くんには及ばないながらも、彼は入学当初から葛城くんをよく慕っていたメンバーの一人だ。
「あいつは……沢田の謂れのない被害妄想程度で葛城さんを見限るような、そんな奴じゃない。きっと……何か理由があると感じた。もちろん沢田だってそうだ。あの日まで、俺も葛城さんもあいつを信頼してた」
「……」
権力者を立てる。権力者の言わんとしていることを推し量り実行する。
そういった処世術に長けてはいても、その他の能力はBクラス以下の連中に近い程度だろう、そう感じていた。
――しかしこの男、勘だけはいいみたいだ。
「……なぁ小鳥遊、お前何か知ってるんじゃないか?」
「さぁ? あたしは今や有栖ちゃんの言いなりみたいなものだからねー、仮に知っててもそんな権限はないなー。それは戸塚くんだって分かってて聞いてるんでしょ?」
戸塚くんは苛立たしげに柵に寄りかかると、溜息をついた。
「違う。坂柳は関係ない。俺が言いたいのは、この件で裏で手を引いてたのは坂柳じゃなくて
なるほど。
あたしは話を聞きながらそっとポケットの中を漁った。
手頃な
「買いかぶり過ぎだよー。そんな大役あたしには務まらないって」
「そう、だよな……悪い、俺どうかしてたみたいだ。忘れてくれ……。色々あって疲れてたんだろう。辛いのは葛城さんの方だってのに、俺がこれじゃだめだ……っ!」
戸塚くんは寄りかかっていた柵に手をつき、自分自身を奮い立たせるようにブツブツと呟きだした。
――いい線行ってたけど。あたしに背を向けるのは失敗だったね、戸塚くん。
手始めに監視カメラを破壊しようとポケットに手を突っ込んだとき、ソレは唐突に表れた。
「――よぉ。暇つぶしがてら屋上散策に来てみれば、楽しそうな話してるじゃねーか。俺も混ぜてくれよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その男は一言で言えば、暴君。聞こえてくる噂だっていいものはないに等しい。
それでもクラスの頂点に君臨たらしめているのは、純粋な力だけでは語れない彼なりの求心力と実績あってこそか。
屋上出入り口の扉に寄りかかってこちらを笑う、
「龍園っ……!」
戸塚くんは警戒したように身構えるが、龍園くんはそれを歯牙にかけることなく脱力した姿勢でこちらを窺っていた。
「散歩っつーのもあながち馬鹿にしたもんじゃねぇなぁ。Aクラスの中でも顔が売れてる奴らの
「誰がこんな女と!」
「えー、ひどーい戸塚くーん。あたし今すっごく傷ついちゃったよー」
少し茶化してみたらすごい形相で睨まれた。ごめんって。
「とにかく変な勘違いは止めろ。こいつと親密になったところで、俺には得なんて全くないんだからな」
「勘違いかどうか。それを判断するのはお前らじゃない。重要なのはこの写真を見てお前らのクラスの連中がどう思うかってことだ」
くつくつと笑いながら龍園くんは撮影した写真を見せつけてくる。
あたしが陰になって戸塚くんの表情が見えない絶妙な角度で撮影されており、見ようによってはそういう場面に見えなくもない。
……ま、あたしにはどうでもいいかー。
「ふんふん。確かにこれは勘違いする人が出るかもねー」
「お、おいっ。小鳥遊!」
「この写真が出回って困るのなんて、戸塚くんだけだし。あたしは坂柳さんのグループに入ったばかりでそもそも信用低いからねー、大して扱いは変わらないよー」
逆に戸塚くんは是が非でも写真を処分したいはずだ。
葛城くんのグループはここ数日で二人メンバーが抜けている。そんな不安定になっているこの時期に、グループ内でも発言力のある戸塚くんが敵対してるあたしと意味深に密会してる証拠が撒かれれば、さらに混乱が生じるだろう。
だからあたしとしては龍園くんに、是非写真の流布を実行してもらいたかったのだが。
視線を向ければ龍園くんは何かを考えるようにしていた。そしてふとあたしに目を向けるとニヤッと笑いかけてくる。
「おい女」
「ブブーっ。あたしにはちゃんと小鳥遊って名前があるんですぅー。訂正を要求するよ!」
「うるせえよ。てめぇが坂柳に下ったってのはどういうことだ」
「どういうもなにも、言葉通りの意味だよ」
「チッ。つまんねー女だ。――おい、戸塚」
何のことやら付いていけてなかった様子の戸塚くんは、呼びかけられたことでようやく写真のことに思い至ったのか、焦り気味に龍園くんに噛みついた。
「なんだよ龍園っ。俺を脅そうってのか? 言っとくが無駄だぞ。葛城さんはもちろん、他の皆だってそんな写真が出てきたところで俺を疑ってしまうような奴らじゃない。俺は写真程度で交渉に応じるつもりは一切――」
「まどろっこしいな。……写真は消去してやる。だから今すぐここから失せろ。30秒以内だ……それを過ぎたらこの写真は俺の部下を通じて、すぐにでも拡散されるものと思え」
暫く戸塚くんは逡巡していたが、龍園くんがカウントを始めると一目散に出入り口の扉へ向かった。そこで龍園くんが画像を消去したのを確認して、脇目も振らずに彼はこの場を立ち去って行った。
「さて、小鳥遊とか言ったか。お前にはもう少しだけ聞きたいことがある」
「あたしは用事がありませんので、失礼しますー」
彼の横を通って屋上から立ち去ろうとすると、道を塞ぐ形で手を伸ばしてきて、そのままあたしを壁へと押しつけた。
顔の横に彼の右手がある。
世間で言う『壁ドン』というやつなのだろうが、当然ながら乙女心を擽るドキドキ感というものは全くない。
「まぁ待てよ。女は部屋でゆっくり
コキリ、と左手の指の骨を小気味よく鳴らし威圧してくる。
小さく溜息だけを返すと、龍園くんは満足そうに口の端を吊り上げ、問いかけてきた。
「お前が気付いてたかは知らねぇが……先月にテメェと橋本が試合していた時、実は俺は観戦席にいた」
「……」
「あの時確信したぜ。小鳥遊、テメェはおいそれと
「有栖ちゃんはいい子だよー。あたしはAクラスでの地位より、彼女を守り通したいと思ったの。残念ながら、貴方の見込み違いじゃないかなぁ?」
いつぞやの橋本くんのように気持ちの悪いものを見る目を向けてくる。それでも小さく鼻を鳴らすと、彼は更に話を続けた。
「そして今の戸塚とのやり取りだ。残念な戸塚は気のせいで流してくれたんだろうが、俺はそこまで甘くねえぞ」
右手をあたしの顎に添えて視線が逸らせないようにされる。
挑戦的な眼であたしの瞳を覗き込むと、愉快そうに笑った。
「せいぜい無能なフリして待ってるんだな小鳥遊。いつかお前と坂柳、両方をぶっ潰す機会を設けてやるからよ」
「以外に
「なんとでも言っておけ。俺は順番ってのは守らねーと気が済まねぇんだ。メインディッシュは美味しく頂いてこそだろ」
ひとしきり話して満足した様子の彼は最後に高笑いを残し、振り返ることなく屋上を後にした。去り際にあたしのポケットに視線を滑らせたことからも、彼はあたしが戸塚くんとのやり取りの間何をしようとしていたか、ある程度予想がついたらしい。
Cクラスには完全に目を付けられる形になったが、あたしは形容しがたい
笑いが漏れる。今のあたしを誰かが見たら、気でも触れたのではないかと見間違うことだろう。
あたし好みの人間がいるなんてそうそういるはずもない。
そう思っていたが――。
中々どうして、彼はとてもいい。考え方が実にあたし好みだ。
好きで好きで好きで――だからどうしようもなく■したくなる。
当初のプロットでは的場くんもねっちりと描写入れる予定だったんですが、沢田さんを実際に書いてみると冗長が過ぎるなってことでばっさりカットしました。
沢田さんとは違い、大筋に影響はないのでご安心ください。