ケヤキモールは学生たちが娯楽やショッピングといった目的でよく利用する複合施設。週末や放課後ともなれば、そこは日常の疲れを友人と共に発散させようと気分が高まった学生たちでごった返している。
しかし、5月も終わりに差し迫ろうという頃、週末に有栖ちゃんを中心に女子グループで足を運んでみれば、そこには心なしかいつもより学生の姿が閑散となったケヤキモールの姿があった。
「きらりんきらりん、なんか最近ここ静かな気がしない? わ、私はむしろ今の方が過ごしやすくてた、助かるけどぉ……」
「んもう、にっしーは人付き合い苦手なところ直した方がいいよー?」
えへへ……、と誤魔化し笑いをするにっしーをジト目で見ていると、有栖ちゃんが小悪魔のように微笑む。
「西さんには残念なことでしょうが……こんな状況なのも今の内だけでしょうね」
5月頭にクラスポイントの増減についての説明があった。
クラスポイントに100を掛けた額のprが月頭に支給されるということで、皆真剣に聞き入っていたように思う。
Aクラスであっても例外はなく、一年生のA~Dクラスは4月頭の1000ポイントからその値を減らしている。中でも顕著な例はDクラス。
噂ではわずか1ヶ月の間に授業中の居眠りや私語といった行動を何度も繰り返すことで、全てのポイントを吐き出してしまったらしい。
Dクラスの知り合いがそんなにいない現状、彼らの実情を窺い知るのは少し難しいが、そんな惨状ならおおよそprも吐き出してる生徒がほとんどなのだろう。
Dクラスほどではないとはいえ、B・Cクラスもそれなりにクラスポイントを下げている。
4月に散財した生徒からしたら、今の時期はとてもじゃないけど恐ろしくてprを無駄遣いしたくないってところかなー。
周りを見渡せば2年生・3年生と思われる生徒が大半を占めていて、たまに見える1年生はAクラスのクラスメイトがほとんどだった。
だが、6月に入ればDクラスはともかく、その他のクラスは状況が変わって娯楽に回せる余裕も出てくるだろう。
たしかに今だけの光景と言える。
「それなんとかならない? 目立って仕方ないんだけど」
「えー、今更突っ込むのますみーん? いいじゃんいいじゃん見せつければー」
「その呼び方は鳥肌が立つからやめて」
杖を持っていない腕にあたしが抱き着き、そんなあたしににっしーが抱き着きながら歩いている。そんな塊状態のあたしたちに痺れを切らした真澄ちゃんがとうとう指摘してきたが、あたしは幸せだから問題ないね。
「いけずぅー。ほら、あたしの左腕はまだ空いてるよ? おいでよ真澄ちゃん!」
「断る。というか、正直知り合いと思われたくないから離れて歩いていい?」
「わかってないなー、真澄ちゃんは。見なよ、この状況でも平然としてる有栖ちゃんを! 内心恥ずかしくてもそれをおくびにも出さない、この強さを貴女も持つべきなんだよー! それにものは考えようだよ? ここであえてこの羞恥プレイに参加し増幅させることで、普段真澄ちゃんが弄りに弄られまくっている有栖ちゃんへのささやかな復讐を――」
「……真澄さんはそんな幼稚なことしませんよ。ねえ?」
ほんの。ほんの一瞬だけ面白いかもというような表情を浮かべた真澄ちゃんだったが、駄目押しの、ねっ? という天使の笑顔に頬を引きつらせると、変わらず一歩引いた位置から付いてくることに決めたようだ。
黒い雰囲気にすっかり縮こまったにっしーを微笑ましげに見つめていると、唐突にそれは襲い掛かってきた。
「ひゃんっ!?」
油断しきったあたしの耳に、不意打ちで吐息がふうっと吹きかけられたのだ。
思わず腕を離してしまったあたしは恨めしい物を見る目で、目の前でウインクをして心なしか得意げな顔をしている犯人を見た。
「あ……あーりすちゃーん? 何してくれてるのかなぁ~?」
「ふふっ、意趣返しです。上手くいってくれたようですね」
あたしを引き剥がすためとはいえ、なんてことを。いや有栖ちゃんのレア顔が見れて最高だったが。
悔しいやらほっこりやらで百面相になっているであろうあたしの袖を、くいくい、と控えめに引いてにっしーが何かを訴えようとしていた。
彼女の無言で指差す先には、目的地のカフェが早くは入れよとばかりに鎮座していた。
そのときのにっし―の瞳が、いつもより虹彩を無くしているように見えたのは気のせいではないだろう。
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ふぅー。
普段のにっしーを3倍増ししたくらい気の抜けた声に感化されたように、その場にいた彼女以外のあたしたち3人は心地よい余韻に身を任せる。
そんなことの繰り返しをもう数十分間はしていただろうか。
こういう場で女子会を楽しむのは、確かに乙なものだ。だが素直にコーヒーを楽しむだけの場があってもいいじゃないか。
しかしそんな時間もいつまでも続くわけはなく、有栖ちゃんのこほっという小さい咳込みと共に終わりを告げた。
「今日こうしてこの四人で集まったのは、親睦を深める以外にもある意味がありました。小鳥遊さんが早くも橋本くんの出した課題を達成された、そのささやかなお祝いです」
「いやぁ照れるねー」
惜しむらくはこの場が、おおよそ人を祝うような雰囲気を醸し出すメンバーの集まりではないということか。まるで美術品を鑑賞しているかのような静けさが空間を支配している。
ミステリアス小悪魔な有栖ちゃん。口数は少なく、こちらを見る視線だけが少し怖いにっしー。我関せずなスタイルを貫く真澄ちゃん。
「……正直もう少し時間がかかると思っていましたが、煌さんは仕事が早いですね。この分なら、二学期が始まる前には――」
流し目で有栖ちゃんがこちらを見る。彼女の言わんとしていることが十分よく理解できていたあたしは、次に彼女が放とうとしているであろう言葉に重ねた。
『――
彼女の綺麗な瞳と視線が交錯する。
やがてどちらからともなく、吹き出して笑う。ぽかんとしている二人を尻目にひとしきり笑いきったあたしたちは、互いに確かめ合った。
「あの
「もっちろん! あたしはこれでも約束事に義理堅いタイプなんだよー?」
「ええ。そういうことにしておきましょう」
あたしが裏切ったとしても、それはそれでどうにでもなると言うような含みを持たせながら、有栖ちゃんはコーヒーで口を潤わせ始めた。
自らが最終的な勝者になると確信して疑わない姿。彼女にとっては葛城くんだろうとあたしだろうと、遊びの感覚で争いに興じているに過ぎないんだろう。
せいぜい今はその感覚を信じているといい。
偽りの勝利に酔って、気付いた時にはあたしなしではいられなくなっていた――そうなったら今以上に愛でてあげるよ。
そんなことを考えて挑戦的に有栖ちゃんを見れば、あたしの考えはすべてお見通しだと言うように、目が細められていた。
「な、なんかきらりんと坂柳さんが見つめあったまま動かないよ!? 神室さん、この二人何があったのっ!?」
「知らない。知らないから体を揺するのは止めて。飲み物がこぼれたらどうする」
次第に勢いを増して、いよいよがくんがくんとにっしーが真澄ちゃんを揺らし始めたあたりであたしと有栖ちゃんは意識をそちらに移した。
「なにしてんのにっしー」
「え、あ、こ、これはね? 神室さんとも仲良くなりたいなーっていう私なりの友情表現で……!」
しどろもどろになって真澄ちゃんに同意を求めながら、にっしーはあたしに説明をしてきた。同意を求められた真澄ちゃんは、やれやれと言いたげな表情で溜息をついている。
「そ、それにきらりんだって坂柳さんと随分長い間見つめ合ってたじゃない! 何があったの!」
「何と言われましても」
「この通り私と煌さんは仲の良い友人と言うことくらいですが……」
徐にあたしは椅子から立ち上がって有栖ちゃんの頭に顎を乗せ、その華奢な体躯を抱きしめる。抱きしめて体の前でクロスされたあたしの腕を、有栖ちゃんはそっと両手を添えて支えてくれた。
ふふっ。えへへー。
誤解を生まないよう二人で仲睦まじい様子をアピールしたところ、にっしーは無表情になって俯き、何やらブツブツと呟いているようだ。
何を言っているかは少し気になったが、有栖ちゃんとのスキンシップの喜びには勝らなかったため、放置した。
「――さて、楽しい時間は過ぎるのも早いですね。まだ夕方には時間がありますが……、所用で私と真澄さんはここで失礼させていただきます」
気が付けばこのカフェに入ってから、かれこれ二時間経過していた。本日は煌さんのお祝いでもありますから、という有栖ちゃんが奢る旨の申し出があったが、申し訳ないしもう少しカフェに残りたいという思いもあったため、遠慮をしておいた。
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二人を見送り、先程の様子が嘘かのように上機嫌になっているにっしーを伴って席に戻れば、そこには新しい客が来ていた。
「あ、れ? ごめんなさい、もしかしてまだ帰るつもりじゃなかったのかな? 私ったら空いたかと思ってつい移動しちゃって……」
あせあせと申し訳なさそうに、席を強奪する形になってしまったことを謝罪するこの少女のことを私は知っている。なにしろ彼女はDクラスの中でも存在感が濃く、その交友関係をこの時期に他クラスまで広げている稀有な人間だから。
Dクラスのアイドル。誰にでも優しくてまるで天使。困った人を見れば手助けせずにはいられないらしくて、皆に頼られてる存在。
彼女について軽く聞き及んでる情報からだけでも、周囲からの信頼の高さが窺える。間違いなくDクラスの中でも力を持っている人間だろう。
見た目や仕草はたしかに前情報通りの人間に見える。だがどこか胡散臭い。
そもそも、このタイミング自体が出来すぎている。
実のところ、彼女が近くの席にいるということは随分と前の段階から気づいていた。そして視界の隅で彼女が席を立ち、こちらに向かおうとしているタイミングで――有栖ちゃんが退席を申し出た。
だから今彼女があれこれ言葉を並べてあたしたちの席に座っていた理由を述べ立ているとしても、その全てが嘘だとわかっているあたしにとっては不信感しか生まれていない。
有栖ちゃんが急に用事があると帰ったのは、要するに彼女と接点を持ちたくなかったのだろう。有栖ちゃんは有栖ちゃんなりの考えで彼女に拒否感を抱いていた――これ以上の判断材料があるだろうか、いやない。
しかし面と向かって、貴女胡散臭いから近づかないでくださる? と言うこともできない。彼女は前述の通り顔が広く、Aクラスの何人かには既に接触をしているとも聞く。下手な波風を立てるのは得策じゃないだろう。
口裏を合わせているのであろう、近くの席からポニーテールが特徴的で活発そうな女子――
その向かい側には彼女のお相手だと有名な、
いずれもDクラス内で頭角を現している面子だ。もしかしてAクラスの情報を探りに動いているのか、と当然の警戒を抱いた。
「――というわけでして……もしよかったら合席させてもらえないかなぁ?」
申し訳なさそうに上目遣いでお願いされる。
彼女の弁によると、クラス内で集まって勉強会をしようと声を掛けたが集まりが悪く、二次会のカフェまで残ったのはわずか3人。しかも内2人がカップルなものだから、ここは空気を読んで二人っきりにしてあげたかったのだという。
まぁ、嘘なんだろうけど。
実際には櫛田さんが二人にお願いして、あたしや有栖ちゃんに近づく口実を用意してもらったってところか。
しかしながらあたしとしてはDクラスにパイプを作っておきたいという思いもある。彼女の人間性が思った通りのモノであるなら、この先Dクラスで遊ぶにも大きな戦力となってくれることだろう。
だから隣でキリキリ歯ぎしり鳴らしてるにっし―には悪いけど、暫し3人でのコーヒータイムとしゃれ込もうじゃないか。
「いいよ。他クラスの近況について、あたしも知りたいと思ってたところなんだー」
「ホントっ? わぁ、ありがとう! 私、Dクラスの櫛田桔梗って言います。よろしくね!」
「あたしたちはAクラスだよー。あたしの名前は小鳥遊煌で、この子は西春香って言うの。まっよろしくー」
まずは表面的に仲良くしよう。折を見て彼女の仮面を剥がし、使えそうなら
信用はしていないが、彼女とはいい協力関係を築けることだろうと、あたしは既に確信していた。
現状の小鳥遊ちゃんの知り合い関係ロクな奴いない問題。
まぁ本人が一番ロクな人間じゃないから仕方ないね。