エ・ランテルの外周部の城壁から見える位置に軍を展開するバハルス帝国、その数はおよそ4万、この数は毎年行われている戦争で帝国が揃えて来る兵士の数だ。王国と違い訓練されている兵士が4万。
それに対し王国…何の準備もしていなかったリ・エスティーゼ王国がすぐさまエ・ランテルで展開できる兵の数はたったの1万にも満たないだろう。そして、その多くの兵は普段訓練をせずに生活をしている平民が多く占める。
「何ということだ、例年通りであれば帝国から宣言書が届いてから軍を準備するはずだった。しかし今年は何も帝国から情報や宣言書が来ない事に違和感は覚えていたが…まさかいよいよ帝国が本気で王国を攻め落としに来るとは」
兵からの報告を聞いた都市長パナソレイはエ・ランテルの要人を集め緊急会議を行った。
「中将、今の現状でどれだけ日数を帝国軍と戦えると思う?」
中将と呼ばれた白髪交じりの男が苦い顔をする。
「正直なところ今の兵力差で帝国軍と戦うのは無理です。そもそも相手は訓練された兵士4万です、こちらの『戦える兵士』の数となると5千程度…軍を展開したところで半日すらもたないでしょう」
半日すらもたない、パナソレイ自身も予想はしていたが帝国との戦争を実際に経験している中将の口からはっきりと不可能だと言われてしまうと現実味を増していく。
「ですが城壁内に閉じこもり篭城する場合なら2日…いえ、3日は耐えれると思われます」
確かに城塞都市と言われるエ・ランテルならば兵力差を考慮しても2日か3日は耐えれるかもしれない。
「3日では駄目だ、急いで王都に使いを出したが早くても明日の朝になるだろう。その後兵の準備をして行軍したところで到着は4日後だ。それでは遅すぎる」
なによりそれは戦争の準備をしていた場合に限られるだろう、戦争が起こらないと思っていた貴族達は徴兵などしていない筈だ。そのような状態では準備に何日掛かるか分かったものではない。
「では如何するのですか?むざむざと野蛮な帝国にエ・ランテルを攻め落とされるのを見ていろと言うのですか?」
「おい!その言い方は無いだろう!」
「では何かいい案があるのですか?戦って勝ち目が無いなら出来るだけ被害を出さないように考えるのも手ではないのですか?」
「それではまるでエ・ランテルを大人しく引き渡せと言っているようではないか!まさか貴様が帝国軍を秘密裏に引き込もうとしていたのではないのか!?」
「な!?私は出来るだけ被害を抑えようとしているだけで!」
「ええい黙らんか!今ここで言い争っている時間など無いのだぞ!」
険悪な空気になりつつあった会議室にパナソレイの怒号が響く。
「お互いの言い分も分かる、だが今はここで争っている場合ではないのだ。いかに援軍が来るまでエ・ランテルを死守するか考えねばならん時だろうが!」
死守するとは言ったものの、今の状態でどうにかできる様な案は何一つ出てはいない。
会議室の空気が重くなり始めたが1人の兵士が駆け込んできた。
「失礼します!帝国より文書が届けられました!」
「いったい何を要求してくる事やら…」
パナソレイは文書を受け取り目を通していく。
「こんな要求が通るわけが無いだろう、帝国は我々をバカにしているのか?」
そこに書かれていた内容は『皇帝陛下は無益な争いを好まない、速やかに武装を解除し城門を開けよ』
「これでは抵抗せずに降伏しろと言っているようなものではないか。…それに耳が早いな」
文章は最後にこの様に書かれ締めくくられていた。
『リ・エスティーゼ王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフを差し出す事を要求する。無駄な血が流れる事はないだろう』
パナソレイは一旦会議を中断しラナーの元に足を運んだ。権限が弱いとは言えラナーは第三王女だ、エ・ランテルに一時的とは言え滞在しているならば状況説明は必要だろう。なにより帝国側の要求も話さなくてはならない。
(しかしラナー王女様を差し出すわけにはいかない、一体どうすれば…)
パナソレイは前日に黄金の輝き亭に向かった時よりも遥かに足が重く感じた。
「なるほど…都市長様の仰られていることはよく分かりました」
ラナーはソファーに腰掛け帝国の要求を静かに聴いた後パナソレイと向き合った。
「しかしご安心ください、エ・ランテルの民が一団となってラナー王女様をお守りいたします」
(たとえ素直に帝国の要求を受け入れてラナー王女様を差し出しても民に危害が及ばない確証はない。ならすぐさまエ・ランテルより王都にお帰りいただくのが一番か?しかし帝国が大人しく見ているとは限らない…)
「都市長様は援軍が来るまでの時間稼ぎが出来れば良いと仰っているんですね?」
「え?ええ、まあそう言う事ではありますが…」
「でしたら時間を稼いでいただきましょう」
「は?い、いえ。お待ちくださいラナー王女様、先ほども言いましたが現状のエ・ランテルに居る兵力ではとても援軍が来るまでの時間稼ぎになりません!」
なぜ目の前の少女は笑顔で座っていられるのだろう、戦争というものを理解出来ていないからなのだろうか?それとも時間稼ぎできる程の兵力は無いと言っているのが分からないのだろうか?
「都市長様ご安心ください私達にはこの方がいますから」
そう言うとラナーは後ろで控えているレオンに笑いかける。
「レオン様お願いしてもよろしいですか?」
「それがラナー様のお望みであるのなら」
まるでお使いでも頼まれたかのようにレオンは微笑を浮かべ頭を下げたのだ。
「ま、待って下さい!ファンション殿はこの状況を打破する策をお持ちなのですか!?」
「ええ、何も問題ございません。ですが…」
パナソレイは目の前の2人が恐ろしくなった、何故この状況でこうも笑っていられるのだろうか。そしてこの男は一体どれほどの実力の持ち主なのか。これほどまでの戦力差を埋めるにはそれこそ逸脱者と呼ばれるマジックキャスター、フールーダ・パラダインでも連れて来ない限り戦況をひっくり返す事など不可能だろう。しかしその逸脱者がいるのは帝国なのだ。
(狂っているのか?それとも、もう
「都市長様にお願いしたい事がございます」
パナソレイは笑顔で話しかけるレオンに今まで感じた事が無いほどの恐怖を覚えた。
「それでは都市長様、先ほどのお願いを兵士達と市民に周知して頂けますね?」
「ほ、ほんとうに大丈夫なのですか?この様な事をしても」
「はい、こうでもしてなければエ・ランテルの市民が危険な目にあうかもしれませんので」
「しかし、市民は家の中に避難、全ての兵士は城壁内で待機しているなど…もし帝国軍が攻め込んで来た時に即応できなくなるのでは…」
レオンの願いは3つ、『全ての市民は建物の中に避難している』『兵士達は全ての城門を閉めて城門の内部で待機する』『すべてが収まるまで戦場を見てはいけない』
たった一人を残してエ・ランテルの中で待機しろなど馬鹿げた話は無い、もしかしたらレオンは帝国と繋がっていて帝国を引き込む手筈なのではないだろうか。
「大丈夫ですよ都市長様、レオン様を信じましょう」
(やはりラナー王女様はこの男に何か魔法でも掛けられているのではないのか?)
「それでは申し訳ありませんがラナー様と少々2人でお話したいので、席を外して頂いても宜しいですか?」
(こうなっては背に腹はかえられん!この男が帝国のスパイかどうかは監視するしかあるまい、もし本当にたった一人で帝国軍を足止めできれば御の字だ!)
「分かりました、では私は各代表の者へ先ほどの言葉を通達して参ります」
パナソレイは覚悟を決め黄金の輝き亭を後にした。
「さて、俺は準備が出来たら行きますからラナー様も
「いやです♪」
ラナーの即答にレオンは体制を崩し倒れそうになってしまう。
「いやいやいや、貴女さっき俺が言ってたこと聞いてました?危険だから建物から出るなっていいましたよね?如何するつもりなんですか!?」
「それはもちろんレオン様の勇姿を身に行くに決まってますよ?」
かわいらしく首を傾げ、何当たり前の事を言っているのだろう?と訴えかけている。
「それは絶対駄目!本当に危険だから駄目!」
「何故です?レオン様の御姿が見えないと不安なんです、だから1番外の城門で見てますね?」
「危ないから駄目ですー!」
「いーやーでーすー私も行くんです!レオン様が止めてもこっそりついて行ってしまいますから!」
「それ冗談抜きで止めてくれます?いや、マジで…」
「じゃあ前もって言えば安全ですよね♪」
レオンは頭を抱える、このままでは埒が明かない。しかしこのまま置去りにするのはもっと宜しくない。かといって魔法で眠らせて行ったら後で何を言われるか分かったものではない。ならば…
レオンはラナーと目線を合わせると最後の確認をする。
「ラナー様、これから起こる事は戦争なんです、意味は分かりますね?貴女を助け出した時よりも汚い光景、見るに耐えないような現実を見る事になってしまう。それでも貴女は付いて来るのかな?」
「私はレオン様に『戦え』とお願いしたんです、ですからお願いした身として。そして、リ・エスティーゼ王国第三王女としてもこの戦争の結末を見届ける義務があります」
ラナーはレオンの目を見据え、自身の覚悟を伝えた。レオン自身も戦争など参加した事も経験した事が有るわけも無く、戦争がどういったものなのか理解していない。
しかしラナーは第三王女としての義務といった。それはレオンが考えているよりも複雑な事なのかもしれない。
(そういった意味でなら、俺よりも覚悟を決めてるのか)
「はぁ…分かりました、城壁の上から見ていても文句は言いません。でも後悔しないでくださいよ?気持ちの良いものではないと思いますから」
「大丈夫です、たとえどのような結果が待っていても今エ・ランテルに居る私の務めですから」
そこまで言われてしまってはレオンに止める気はないのだろう。両手を挙げ降参のポーズをした。
「それにレオン様のお傍に居られるだけで怖い物なんてありません♪」
「身に余る光栄です…やれやれ、それじゃあご希望に応えられるよう頑張りますか」
私は何故この様な事をしているのだろう、王国との戦争は毎年の事だ、1年前も2年前も今まで行ってきた事だ。しかし今年は今までと違う。
「―――将軍」
「ん?どうした?何かあったか?」
副官の呼ぶ声によって思案していた頭を切り替える。
「どうしたもこうしたもありませんよ、エ・ランテルに文書を出して半刻が経っていますが、今だに門が開く気配も第三王女を差し出す様子が見られません」
「そらーまあ、そうだろうよ。今までと違って書状が届いてないってだけで戦争が起こらないって考えていた連中だ、宣戦布告も無く突然
例年であれば戦争の地はカッツェ平野であった、しかし今年の場所はエ・ランテルになった。それは今まで行っていた王国の国力を下げる戦争から、王国を占領する戦争に切り替えたという事。
なぜ皇帝陛下はこの様な手段に打って出たのか、なぜこれほどの強硬手段に出たのか。
「なんにせよ、こんな方法でエ・ランテルを、王国を手に入れても周辺国家からの評価は最悪だろうな。暴君と言われなければいいけど」
今回の進行は皇帝陛下の独断で強行して行われているとも噂されている。その証拠に前軍に4万と本陣6万、合計10万の兵を導入しているにも係わらず帝国の切り札であるフールーダ様が参加されていないとの事だ。
「エ・ランテルには恨みは無いんだがこれも戦争だ。大人しく従ってくれることを祈るよ」
「ですがいつまでもここで休憩している分けにもいきません、返答が無かった場合は速やかに進軍で構わないでしょうか?」
「お前は何でそんなにやる気なんだか…もう少し待っても何の返答も行動も無ければ進軍するか考えるよ」
第一こういった制圧は市民の反感を買うし無駄に遺恨を残す事になるからなぁ、私はあまり気が進まないんだよな。
本陣も直ぐ後ろまで来ている筈だから
「それに…なんだか嫌な予感がするんだよねえ」
直感、とでも言えばいいのだろうか。部下に見せるわけもいかないから態度には出さないが、なぜだか無性にここに居ては駄目な気がする。
「えーっと探知無効、飛び道具無効、状態異常無効、捕縛無効、他には、物理無効と魔法無効はもしプレイヤーが帝国側に居たときのために発動するタイミングを選ばないと駄目だな。それとアルカディアとカーディナルにもアイテムを持たせないと危険だよな、ネックレス系は装備できるよな?」
レオンは口に出しながら自身の装備を変更している、本人曰く『声に出しながら確認する事がミスをしない一番の対策』との事でユグドラシル時代から戦闘に入る前には必ずボイスチャットを切って行っていた。
レオンは装備を変更するとこれから起こる対策のために、ラナーの元を訪れた、最終確認をしておく為だ。
「失礼しますよラナー様」
「レオン様、準備は済まされたのですか?」
レオンが部屋に入るとラナーは敵国に攻め込まれようとしているにも拘らず、ソファーに座り優雅に紅茶を飲んでいた。その姿はまるでのどかな休日の一コマを見ていると錯覚してしまいそうになる。
「ん、あ、ああ。俺達の準備は終わったよ」
「いかがなさいましたか?」
「いやー随分と落ち着いているものだなって」
「もちろんです、私達にはレオン様が就いていらっしゃいますから」
ラナーの絶対の信頼を受け嬉しくもどこかこそばいレオンは苦笑する。
「ラナー様最後の確認なんですけど、本当に宜しいんですね?」
「はい、私は自分の行動に迷いはありません」
「りょーかいしました…ではこちらを身に着けていて貰えますか?」
ラナーの前に差し出されたのは三日月の形で見事な装飾が施され小さな紅い宝石がちりばめられたネックレスと、真ん中に琥珀色の宝石が鎮座しているバングルを差し出された。
「まあ…なんて綺麗なんでしょう、これほど綺麗な装飾品はじめてみました」
それはラナーの率直な感想だった。王族であるために様々な調度品を見て来たラナーですら、レオンの差し出した2つのアイテムはこれまで見た事がないほどの輝きを見せた。
「これはラナー様に身に付けておいてもらいます、この二つをつけていないと城門まで連れて行きません。ネックレスは異常状態を、バングルは恐怖を、両方1度だけ完全に無効化出来るアイテムです」
「異常状態?…よく分かりませんが此方をつけている事が条件であるのなら分かりました。レオン様付けてくださいますか?」
「りょーかいしましたお姫様」
「さて、これからラナー様には絶対に守って貰わなくてはならない約束があります、これを守ってもらわないと私は王国から出て行かなくてはなりません」
「約束をお守りするのは分かりますが、守らないと何故出て行かなくてはならないのですか?」
「簡単な事です、ラナーが死んでしまうからです」
ラナーの死、それは護衛についているレオンの失敗、そうなればラナーを守れなかった事を罪に問われてしまうだろう。他の子供よりラナーの事を気に掛けている王のことだ、重罪扱いになり死罪は免れないだろう。
そうなった場合レオンは転移の魔法などを駆使し王国から姿を消す事になる。
「それは…困りますね、ではどの様な事を守ったらいいのですか?」
「2つだけ、1つ『俺が魔法を発動させたら上空を絶対に見てはいけない』2つ『恐ろしくなっても闇雲に動き回らない事』この2つを絶対に守ってください、まあ怖くなったらしゃがんで目を閉じてもらうのが1番かと思いますよ」
「それはずっとレオン様を見ていても問題ないということでしょうか?」
「ん?んーそうだな…じゃあラナー様の居る城壁より高く飛ばないようにするから、俺よりも上を見たら駄目って事で」
「ではレオン様から目を離さないようにしますね♪」
「それはそれで如何なのかな…いや、それが1番安全なのかな?んーまあいっか。それじゃ行きますか」
レオンは扉を開けラナーの後ろに控えて歩いていく、パナソレイには伝えていたので城門に勝手に行ってもいいのだろう。
黄金の輝き亭はエ・ランテルでは最も高級な宿だ、そんな場所で働くスタッフもまた一流の教育を施されている。しかし、そんなスタッフ達も高級宿で働いているとはいえ人間だ、スタッフ同士で噂話などに花を咲かせる事も有るだろう。
パナソレイがラナーの元を訪れ、鬼気迫るか表情で出て行ったのを目撃し、スタッフがラナーの部屋から聞こえてくる会話を聞いていた。黄金の輝き亭に居るものたちは、これから戦争が始まるのだと覚悟した。
しかし、そんな不安に陥る者達を落ち着かせる為だろうか、ラナーは笑顔で黄金の輝き亭を後にした。
(レオン様はお気づきになられてないのでしょうか、帝都に行った時やエ・ランテルまで来た時は私の身の安全を第一に考えてくださっていたのに。先ほど『ラナーが死ぬ』と仰ったのはまるでそれが当たり前だといった様子でした。あの一瞬は
だが周りから見えているラナーの笑顔は不安を落ち着かせる為のものなのだろうか。
(ああ、一体どの様な事が起きるのでしょう。そうだ、私の事を心配してくださった方々に護衛をお願いしましょうか)
エ・ランテルに訪れた絶望的な状況に恐怖する市民は笑顔で歩くラナーを見て心を落ち着かせる。
(とても楽しみです♪)
エ・ランテルの市民は嫣然たるラナーの姿に目を奪われていた。
1番内側の城門に着くと其処には慌しく駆け回るリットン伯爵から貸し与えられている兵士達の姿があった。パナソレイもレオン達を待っていたのだろうか、数人の武装した者を集めなにやら話し込んでいた。
「こんにちは都市長殿、おれ…私がお願いした内容は周知していただけましたか?」
レオンはこれからの行動内容を煮詰めているのだろうパナソレイ達に笑顔で声を掛けた。
「これはラナー様にファンション殿…ええ、一応は話を通したんですが…」
パナソレイが言いよどみ険しい顔をする。それもそうだろう、いくら第三王女直属の戦士の頼みとはいえ、敵を目の前にして何もせずに城門を閉め1人だけ外に残し篭城しろと言うのだ。普通に考えれば正気の沙汰ではないと思うはずだ。なによりこの作戦を立案したレオンを帝国側のスパイだと疑い始めるだろう。
「ああ、作戦の内容にご理解いただけないと言う事ですか、それは困りましたね」
「何が困るってんだ?城門を閉めて敵の姿を見るな、だなんて言われたら城門を閉めたと同時に一気に攻めて来ると思うだろ。あんたが帝国と繋がってるかもしれないんだしな」
レオンとパナソレイの会話に割り込んできたのは昨日レオンを『どこの馬の骨か分からない』と嘲った貴族の男だ。
「あなたが仰っている事はごもっともですが…んー困りましたね、如何いえばいいのでしょうか」
「結局は帝国のスパイだったんだろ!」
それは確証の無い事だが今は関係ない、男にとっては今後の貴族生活が重要だ。そして、流れてきた噂で、貴族の出身でもなくただその場に居合わせたというだけでレオンが第三王女に気に入られているという事が気に入らない。
男がレオンに難癖をつけるには十分すぎる理由だった。
(このまま帝国にエ・ランテルが飲み込まれてしまったら私が貴族で居られるか分からない!なんとしても王国の援軍が来るまで持ちこたえて貰わなければいかんのだ、1人で帝国軍を抑えるだ?バカも休み休みに言え!そんな事不可能に決まっている!なにより偶然王女を助けただけで王女直属に抜擢されるなど…腹立たしい!)
「まあそう思われるのも仕方ないですよね」
逆の立場であればレオンも疑っている筈だ。この様な状況だ男の言い分が尤もに聞こえてしまう。
(そうなるよなー俺だって訳の分からない提案してると思うよ?でもそれが1番王国側の被害を少なくする方法なんだけどな…でもなんて説明したらいいんだろ、こっちの世界は第六位階の魔法で逸脱者扱いなんだろ?そんな世界で『超位魔法使うから隠れていてね』なんて言っても理解できないだろ、ん?いや…どうにかなるか?)
レオンは考える素振をしラナーの方へ一度顔を向ける。ラナーは事の成り行きを見守っているようで笑顔でレオンを見つめていた。
(好きにしていいって事ですかね?ならこっちの世界でご都合主義に使えるカードを切るしかないかな…)
レオンは男に向き合いパナソレイたちにも聞こえるように話し出した。
「はぁ…本来戦いの前に手の内を晒すのは好みではないのですが、皆様がたの不安や不満が有るのも理解しました。どうやって帝国軍を抑えるかなどの内容までは御教えできませんが。
(よし、やっぱりこの世界では魔法と同様に
「そ、そんなの納得できるか!そんな
貴族の男は認めたくないのだろう、落ち着きを見せた空気を自分の方に向けるためにレオンに食って掛る。しかし。
「貴族様、ご存じないのですか?200年程前に
ラナーが助け舟を出した。
「レオン様のお力もそれに匹敵するものとお伺いしています。どうか信じてもらえないでしょうか?」
「それは、しかし…」
「ではこうしましょう、私は1番外側の城壁でレオン様の勇姿を見ていようと思っていますので、レオン様の行動に不安が有る方々に私の護衛をして頂きながら監視をすると言う事でどうでしょう?」
「そ、それはなりませんラナー様!もしラナー様の身に何かあった場合、国王陛下になんと報告したらいいのですか!」
ラナーの提案に異議を唱えたのはパナソレイであった、それもそうだろうパナソレイにはエ・ランテルでラナーの安全を保障する義務が有る。
レオンを監視すると言った提案は願っても無い事だが第三王女であるラナーにもしもの事があればパナソレイの首だけではすまない。
「それはご安心を、レオン様に対策をお伺いしていますので安全対策はバッチリです、護衛をお願いできますよね?貴族様?」
「それは…」
あれほどレオンを罵っておきながらいざ戦場が見える位置には自身は来ないのか?ラナーの言葉にはそのような言葉が感じられ、周囲の視線も同様の事を物語っていた。
「く…ええ!いいですとも!私がこの命に代えてもラナー様をお守りしましょう!そしてこの男が不審な行動をとらないか監視しましょう!」
話し合いの結果数人の貴族がラナーの護衛を勤める事となった。巻き込まれた者たちも最初は嫌そうな態度だったが男の提案で『どのような結果であれラナー様をお守りしたという事が国王様の耳に入ればそれ相応の褒美がもらえる』護衛を快く受け入れたのだった。
ラナーとレオンは我欲に満ちた男達からはなれ周囲に聞こえないよう今後の方針を決める。
「ラナー様、お心遣い有難うございます」
「まあ、レオン様そんなに改まらないでください。私はレオン様をお慕いしているだけですので♪」
「やれやれ、そのお気持ちだけ受け取っておきます。それでは彼らには説明をお願いしますね」
「はい、おまかせください。レオン様もお気をつけて」
「…ラナー様、貴女様にはとっておきの護衛を付けておきますので。帝都に行った時の様に不可視の魔法を掛けてありますが、城壁の上に待機させてありますのでご安心を」
「お心遣い有難うございます。レオン様もお怪我はしないでください」
「俺は大丈夫ですよ…約束ちゃんと守って大人しくしていてださいね?」
レオンはラナーの頭を撫でると最終の打ち合わせをするためにパナソレイの集る場所へ歩いていった。
「護衛についてくださる皆様、レオン様の
ラナー達が城壁に上がっていくのを確認し、レオンは城門の外へ出て行った。レオンを見送った兵士達が抱いた感想は『打つ手は有るけど流石に怖いんだろうな。あまりの恐怖に顔が笑っていたよ』
「将軍!エ・ランテルから誰か出てきた模様です!」
「そうだな、1人か?こっちに歩いてくるようだが…文書でも持って来るのか?」
「いかが致しましょう?捕縛しますか?」
「まちなさいって、文書を持って来たんだったら手荒な真似はしないように…アレはワイバーンか!?まさか1人で戦うつもりか!?」
上空に舞い上がった人物、男だろうか?手には槍のような物が確認できる。
「全軍に通達!戦闘準備を開始しろ!目標はワイバーンに乗っている者だ!」
(本当に1人で戦うつもりか!?それとも牽制のつもりか!?)
男が槍を上空に向けたのと同時に見た事もない魔方陣のようなものが男の周りに浮かび上がった。
「な、何だアレは!魔法か!?あんなモノ見たことないぞ!全軍進軍を開始しろ!あの男が何をしようとしているのかは不明だが嫌な予感がする!全力で攻撃しろ!」
戦闘準備が整った部隊から順にエ・ランテルに、ワイバーンと男に向かって進撃を開始した。しかしマジックキャスターを部隊編成に組み込んでいなかったため上空にいる敵に対して有効打を与えられるのは弓兵のみ。しかし今いる全軍で攻め込めば怯むかも知れない。そういった打算を持ちながら進軍を開始する。
(畜生が!結局戦争が始まっちまったじゃねえか!どうしてくれんだ!)
先行していった部隊がワイバーンの下に着く頃男の周りに浮かび上がっていた魔方陣が消えた。
「さて、この距離なら帝国側の全軍は範囲内だな。そして…エ・ランテルも範囲に入っているだろ」
レオンはアルカディアに跨りエ・ランテルと帝国軍の中間に…ではなく帝国側よりの上空に構えた。
「戦争か、向こうの世界では経験できなかった事だな」
目の前に展開するのは4万の帝国軍。
「これだけの帝国兵を倒してエ・ランテルを守ったら英雄扱いされるかな?」
4万の兵をたった一人で押し退けた、そうなれば後世に語り継がれる事だろう。
「しかし、初めてだからかな?緊張で顔が強張ってるなこりゃ」
レオンは槍をもつ手とは反対の手で顔を擦る。
しかしその顔が見える者は誰もいないだろう。
「戦争なんだ、敵も味方も被害は有るのは当然だよな。互いに血を流さない戦争なんて戦争じゃないよな」
レオンは槍を天に向かって掲げた。実際魔法を使用するのにこの様なポージングをとる必要は無いが気分の問題だろう。
「さあ、絶望を始めよう」
レオンは歯が見えるほどニンマリと不敵な笑みを浮かべていた。その顔に浮かんでいたのは緊張した表情ではなく、これから起こる惨劇を楽しもうとする笑顔であった。
「超位魔法――
先行していた部隊がはっきりと確認できる距離で見えたのはワイバーンに跨る男の周囲を取り囲んでいた魔方陣が消えた瞬間、魔方陣が消えるとワイバーンよりも上空に扉のようなものが現れた。それは両開きの門であった、扉の大きさはエ・ランテルの城門よりも遥かに大きい。
帝国兵は違和感に気がついた、扉の形状が下、即ち大地の方へ向いているのだ。扉が下を向いているなどありえない、それでは扉から何かが落ちてしまうのではないだろうか。
しかし帝国兵の疑問は解決する事となる。
ゆっくりと扉が開くとその中は闇が広がっていた、中からソレは姿を見せた。
とてつもなく巨大な手が見えた。その手は白い斑模様で腕までも同じだった。2本の手が開いた扉を掴み中から現れたモノも斑模様の巨大な見た事もないような化物であった。
巨大なモノが口を開けた。いや、そもそもどの様な形か理解できない帝国兵達は大きく開いたソレを口だと思うしかなかった。口と思われる場所も白い斑で覆われていた。
「―――――――――――――――――――」
口を開けたソレから発せられたのは聞いたことも無いような謎の声であった。そもそも声だったのかすら定かではない。
白い斑の中に紅い光が輝いた、それらは様々な方向へ動き出した、まるで何かを探す目のように。
全軍に指示を出した直後に謎の門は現れた。なんだあれは?どの様な魔法を使ったのかは分からないが上空に門が現れるなど理解できないしありえないだろう、恐らくアレは幻術で此方の戦意を削ぐのが目的だろう。そんな幻より早くエ・ランテルを制圧しなければ。
「気にするな!ただの脅しです!速やかにエ・ランテルの城門まで行き門を開けるのです!」
今回の王国への進軍に当たって上官である将軍はどうも乗り気ではない様子だ。自分にはそれが理解できない、奇襲に近いものでは有るがこれほど簡単な戦争など他に無いだろう。
ならばエ・ランテルへの進軍は自分が成果を出せばいい、そしてこの戦争で私は将軍の座に着き今まで馬鹿にしてきた連中を見返すんだ!俺は有能な将軍として認められるんだ!
『―――――』
「ひっ!?」
な、なんだ何だ今の音!?足が動かない、いや震えて前に進めなくなったんだ。汗が止まらない、眩暈がしてきた。今の音は一体何処から…上か!?さっきの幻か!?何がおこ…った。上空にいたのは見た事も無い化物だった。そして無数の目に見られた!?
「あぁ、ああ、あああああああ!!!!!」
なんだあれ!なんなんだ!?
「くるなぁぁぁぁ!!」
「やだあああ!!腕がぁぁ!!俺のうでがぁぁ!!」
「どうした!?落ち着け!現状をほ…う…く、来るな!やめろぉぉぉ!!」
気付くと回りにいた仲間は何処にも居なくなっていた、自分の周囲に居るのはアンデットばかりだった。
「くるなぁ!あああ!!」
剣を抜き周りのアンデットを切る。くるな!死ね!
「ぐっ!?左腕が…なんだ、なんだこれぇぇ!?腕が!腕が溶けてるぅぅぅ!?」
左腕に痛みを感じアンデットに攻撃されたと思ったがそうではなかった。腕の肉が手首まで溶けていたのだ、骨は残っていた。
「やだぁぁ!溶けたくない!アンデットになりたくない!死にたくない!」
必死になって手に持っている剣で左手を切り落とそうとするが中々切れない。
「やだ!死にたくない!こんな所でこんな死に方なんていやだぁ!!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
死にたくない死にたくない死にたくない
「ひ!?しょ、しょうぐんです、か?あぁ、貴方もアンデットに成ってしまったんですね」
目の前に現れたのは将軍が着用していた鎧をつけたアンデットだった。
「ひ、ひゃ、ひゃははは!将軍でもアンデットになるのか!?あは、はは、ひゃはははは!」
ああおれももうあんでっとになっているのかな
超位魔法――
恐怖・狂気・狂喜・狂乱・悦楽・歓喜・喜悦・享楽・恐悦
これらの感情を幻術によって助長し感情の思うがままに行動させる。命有るもの全ての感情のを解き放つ。
それは全ての幻を理解し作り出す事ができる者が得た力、触れる幻、痛みを感じる幻。己自身が幻となった者が得た力。
その効果は様々なバッドステータスを相手に与えるという能力。その能力は特殊でエネミーなどに与える効果は、永眠、石化、恐怖、などで動きを阻害したりダメージを与える事だ。PVPなどで相手プレーヤーに与える効果も様々で一時的に魔法を使用禁止にしたり、移動速度を制限したりといった阻害系魔法の強化版、即ちリアル阻害系魔法だ。
門から現れたモノは自身を見ていた全ての者の目を直視し終ると再び扉の中に帰っていった。門は消え普段と変わらない空へと戻っていった。
「この世界では恐怖や混乱などのバッドステータスでも死ぬのはカルネ村でゴブリン相手に立証済みだったけど…」
門は消えたが効果が消える事はない。エ・ランテルに進軍してきた4万の兵は、ある者は悲鳴を蹲り、またある者は奇声を上げ逃げ惑い、ある者は武器で周囲の者に切りかかる者や己の体を切りつけるもの。
「俺の超位魔法で人が死ぬか…これほどの量の人が死ぬのか!」
眼下に広がる景色はまさに地獄絵図であった。
「ああ、そうだ!それでいい!狂気せよ!恐怖せよ!そして絶望せよ!それがお前達の感情だ!それが死というモノだ!」
地獄を見て笑う、己がどれ程の人を殺しているのか理解し。
「いいね!最高だ!これが!この程度で兵か!この程度が脅威か!弱い!弱すぎる!」
帝国兵の脆弱さに笑い、自身の放った魔法の脅威に笑う。
「ふ!くく!はぁはははは!!!!」
帝国兵の悲鳴が響く中ただ1人狂喜に身を任せ笑う姿はまさに人の姿をしているが、ソレはまるで化物のようであった。
聞いた事がない音だった、一瞬全身の毛が逆立つ感覚に襲われるが直ぐに収まった。左腕を見てみるとレオン様から頂いたバングルが砕けてしまっていた。
言われた通りレオン様を凝視していると遠くの方で悲鳴が上がり始めた、恐らく帝国兵が見てはいけない物を見てしまったのだろう。恐らくこれで今年の戦争は終わるはずだ、本陣が来たところでこの惨劇を見たら戦意を失うだろう。
横からも悲鳴が上がりだした、すすり泣く声、奇声、ソレはまさに望んだモノだった。レオン様をバカにする者はこの世に必要ない、むしろ良かったではないか。馬鹿にしたレオン様の力をその身で感じて死ねるのですから。
城門の内部や市内でも悲鳴が上がっているようですね、音を聞いたもの、のぞき窓から見ていたもの…恐らくレオン様より上の上空を見ていた者が発狂しているのでしょうね。
あぁ、レオン様が笑っていらっしゃる、後姿しか見えないけれどアレはきっと笑っていらっしゃるんですね。
「あぁ、レオン様、やはり貴方様は私の理解を全て覆してしまうのですね。あぁやはりレオン様は私の」
「あぁぁぁぁぁ!!」
奇声の上がる方を見てみるとレオンに文句をつけていた男が焦点の合っていない状態で剣を振り回しながら近づいてくる。
が、ラナーとの距離が1m程まで近づいた瞬間男は城門を飛び出し空を舞い地面へと落ちていった。
ラナーは自分の直ぐ横に何かが居るのを感じた。恐る恐る手を出してみると目には見えないが何か毛で覆われたモノが寄り添っているのが感じ取れた。
「あなたがレオン様が付けて下さった護衛なんですね、有難うございます。そして見てくださいあの後姿、とても嬉しそうだと思いませんか?」
その言葉に答えるように獣の鳴き声がラナーの直ぐ横で聞こえた
「あなたも嬉しいですか?、私は嬉しいです」
ラナーの護衛についていた者達は誰1人城門の上には残っていなかった。城門から飛び降りたもの、レオンが用意した護衛に吹き飛ばされたもの。どの様な形であれ城門にはラナーの姿しか見えない。
レオンがアルカディアにのって城門まで戻ってきた、しかしその表情はラナーが送り出した時の表情とは異なっていた。
「レオン様!お帰りなさいとても凄かったです!」
「ああ…」
「レオン様?」
レオンはラナーの元まで戻ってきたにも拘らずラナーに振り向きもしない。ラナーの横に居るであろう護衛の不可視の魔法を解いていった。
そこには2つの頭を持つ獣、カーディナルが大人しく座っていた。
「ただいまカーディナル、命令を聞いて良い子にしてたんだな?」
カーディナルの2つの頭に挟まれながら体を撫でていく。
「アルカディアもよく頑張ったないいこいいこ」
アルカディアの頭を抱きかかえ撫でていく。
その表情は法悦に浸っているようだった。
「あ、あの…レオン様、私も頑張って見ていました…」
先ほど虐殺をしていた時、いや、今までのレオンとの違いに戸惑いながらも声をかけていく。
「ん?…あぁ、怖くなかったかラナー?アイテムがあったけど大丈夫だったか?」
「っっ!?」
「どうした?」
「い、いえ、何でもありません。怖くは無かったのですがレオン様からお借りしていたアイテムを壊してしまって…申し訳ありません」
「気にするな、どちらかは壊れる事前提で渡していたからな、ラナーに怪我が無いならそれでいいよ」
「あ、有難うございます」
「それじゃあ俺は後詰で来てる筈の本陣をお出迎えにいってくるよ、カーディナルすまないけどまた姿を消してどこかに隠れていてもらってもいいかな?まだお披露目のときじゃないんだ、アルカディアはラナーの護衛が何所かに行ってしまったみたいだから護衛として就いていてあげてくれ」
そう言うとカーディナルに不可視の魔法を掛け
「ああ、レオン様」
戦争が始まるまでの対応と打って変わって、いつもより気に掛けて貰えなかった事にショックだったが、そんな事よりもラナーにとって今まで感じた事の無い感情が体を駆け巡った。
「あぁ、先ほどの目、何て素晴らしかったんでしょう」
レオンに話しかけ自身の方へ向いた時。それは今まで向けられた事の無かった視線。
(あの目、私をラナーと言う人ではなく)
ラナーの今まで感じた事のなかった感情。
(何処にでも居る人と同じ…いえ、あの目はアルカディアやカーディナルを見ていた目と同じ。動物を、ペットを見るような目でした)
ラナーはきづいているのだろうか自身の新しい感情に破願している事に。
(あぁ、もっとあの目で見ていただきたい)
いかがでしたでしょうか?
恐怖や狂喜を文章にするのって難しいですね。
オリジナルの超位魔法がでてきましたが…英文間違えてないかな!?横文字苦手なので不安です!
前回からだいぶ日が開いてしまって申し訳ありません。
活動報告やツイッターなどで近状報告もしていきたいと思っていますので、時間が有るようでしたらそちらなども見てやってください。