道化の名は必要悪   作:鎌鼬

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first time・6

 

「チィーーー」

 

 

舌打ちをしながら様々な角度から襲い掛かってくる影で出来た触手をナイフで払い除ける。突如として愛歌に敵意剥き出しで襲われ、ジュエルシードの暴走に巻き込まれたと気が付いた時には混乱していたがすぐに落ち着いて冷静に対処出来るくらいには余裕を持てている。

 

 

目の前に立つ愛歌の顔からは表情が抜け落ちている。いつも浮かべている天真爛漫な笑顔も、助けを求めた時に浮かべていた悲痛そうな泣き顔も無く、ただ無表情。何度か呼びかけても反応が無かったことから今の彼女には意思は無く、ジュエルシードに操られている状態だと察することが出来る。

 

 

今すぐに彼女の胸元に張り付いているジュエルシードを引き剥がして砕きたい衝動に駆られるのだがそれは出来ない。影の触手自体は守りに徹していれば全て捌ける程度の脅威しか無いのだが、それ以上に厄介な事があるのだ。

 

 

『マスター、5秒後に限界です』

 

 

ハスターの声を聞いてナイフを投げ捨て、量子化しておいた新たなナイフを握る。20秒間影の触手を防ぎ続けていたナイフは重力に従って落下しーーー着地と同時に()()()()()()()()()

 

 

ハスターの解析によればあの触手の正体は影などでは無くて悪性情報の塊だという。科学技術の発展によって成立しているこの世界の魔法はあの触手に触れた瞬間にコンピューターウィルスに汚染されたかのように改竄されて無力化され、実態を持っていたとしてもいずれは汚染されて形を保てなくなって先のナイフの様に崩れ落ちる。

 

 

惚れ惚れする程に殺意の感じられる能力だった。

 

 

なのでこうして防御に徹するしかない。被弾を覚悟すれば愛歌の元まで辿り着ける自身はあるが、あれを一発でも掠ってしまえばどうなるか分からない。自分の命を惜しんでいる訳ではないが愛歌に助けてと懇願された以上、彼女を助けなければならない。その為にもあの触手に触れるわけにはいかなかった。

 

 

「ナイフの残りは?」

 

『30です。そしてアンチプログラムの作成は完了しましたが、確実に防げるかは不明です。その上、恐らく一度使えばアンチアンチプログラムを用意されると思います』

 

「一度限りのギャンブルせにゃならんのか……」

 

 

ハスターからあの触手の危険性を知らされたと同時に、アンチプログラムを作る様に指示していたがすでに完成していたらしい。問題があるとすればそれの性能を試すだけの時間がない事。成功していれば愛歌の元まで辿り着けるのだが、失敗していればあの触手にやられる事になる。しかも仮に成功していたとしても、その一度で決着をつけなければアンチプログラムに対するアンチプログラムを作られる可能性が出てしまう。イタチごっこかと思ったが、技術というのはそういうものだと納得して、

 

 

「ーーー行くぞ」

 

『Yes master .アンチプログラム、発動します』

 

 

迷う事なく一度限りのギャンブルを実行する。アンチプログラムが起動すると同時に全身に薄い膜の様なものが出来上がり、それを確認して止めていた足を前へと動かした。

 

 

空気を斬り裂きながら迫り来る触手の数は50を超える。前傾姿勢で全力で疾走して避けられるものはすべて避け、避けられないものはナイフで弾く。その最中で二、三度触手が俺の身体を打ったのだが、衝撃以外の何も感じない。どうやらアンチプログラムの作成は成功していた様だ。

 

 

触手の幕を突破し、愛歌の前に飛び出る。それに反応して新たな触手が生成されるがそれが動き出すよりも俺が一撃を叩き込む方が圧倒的に早い。普通に攻撃をすれば愛歌の身体を傷付けてしまうのだが、ハスターによって俺の武装は非殺傷設定されているので衝撃を与える事になるが傷を付ける心配は無い。

 

 

そうしてナイフの刺突を愛歌の胸元で忌々しく輝くジュエルシードに突き立てようとしてーーー()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーー」

 

 

何が起きたのか理解出来ない。愛歌に攻撃する事への後ろめたさは合ったものの、迷いはなかったはず。何かをされた訳でもない。それなのにピタリと、腕が自分の物ではなくなったかの様に動かなくなってしまったのだ。

 

 

それはどうしようもない隙だった。迎撃の為に生成されていた触手が間に合ってしまい、鞭の様にではなく槍の様に突き出されて腹部に突き刺さる。アンチプログラムとバリアジャケットのお陰で触手の汚染は防げたものの内臓でも痛めたのか口の中が鉄臭くなり、弾き飛ばされてしまう。

 

 

『マスター!!』

 

「……生きてるし、動けない程のダメージじゃないから安心しろ」

 

 

吐血混じりの唾を吐き捨てながらハスターにそう返す。今、気にしているのは負ってしまったダメージではなく、どうしてさっきの攻撃の手を止めてしまったのかだ。

 

 

今の攻撃のタイミングは完璧で、止める理由など無かったはずだ。それなのに身体は意に反して勝手に動きを止めた。悪性情報による汚染をアンチプログラムでレジストし、ハスターによる非殺傷設定で愛歌へのダメージを無くしていた。彼女を傷付けずに、ジュエルシードから開放できたはずなのにーーー

 

 

「いや、待てよ?」

 

 

上から落ちてくる触手の攻撃を転がりながら避けて跳ね起きて距離を取る。

 

 

あの触手は悪性情報の塊であり、科学技術の発展によって成立しているこの世界の魔法の天敵であると言える。ハスターの活躍により俺への汚染を防ぐアンチプログラムを作る事は出来ていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

もしもそうなっていた場合、どうなっていたか……考えなくてもわかる。あの一撃は愛歌の胸を貫いて心臓を破壊し、彼女のことを殺していた。

 

 

「成る程成る程」

 

 

そう考えれば納得がいく。無意識の内に愛歌を殺してしまう可能性を考えて、無意識的に俺は愛歌を殺さない様に手を止めたのだ。それは反射的な行動だろう。だから俺の意思に反して身体が止まってしまったと思い込んでしまった。実際には、もっとも俺の意思に沿った行動だったのにだ。

 

 

「全く、俺も弱くなってしまったな」

 

 

前世の俺が今の俺を見たらきっと呆れてしまうに違いない。

 

 

前世では、俺はある目標を持っていて、それを達成する為ならば文字通りに何でもやった。一般社会における倫理観に反することなど数え切れないほどに、人の気持ちを踏み躙るなんて息をするかの様に。

 

 

そんな俺が、目の前に立つ少女を傷付けたくないと思っている。

 

だって、彼女は愛おしい存在なのだから。

 

 

そう考えて思わず笑いが込み上げてくる。悪を名乗り、その自称に恥じない悪行を積んできた俺が、たった1人の少女を殺したくないと思っている事実に。前世でも()()()と敵対した時にはそんな事は考えなかった。マーリン(初恋の人)とは敵対した事がないので分からないが、そうなった場合は今回の様に手を止めていたかもしれない。

 

 

皮肉な話だ。善を強くする為の感情である愛、それが悪を弱くするのだから。

 

 

しかし、だからといってこの感情を切り捨てたいとは考えない。数多くの制約に縛られる事になる正義ならば、その正義を貫く為に切り捨てなければならないかもしれない。だが、生憎と俺は()()()()()。どんな制約にも縛られる事なく、我儘に身勝手に、何も切り捨てずに貫くとしよう。

 

 

「ハスター、何があっても非殺傷設定を切らすなよ?最優先でだ。もしも切らすような事があったらお前を砕いてやるから」

 

『それはマスターを差し置いてでしょうか?』

 

「当然だ」

 

 

前世でも経験した事がないので断言は出来ないのだが、俺がこの手で愛歌を殺したら()()()()()()()()()()()()()()()。精神は砕けて形骸化し、それなのに効率的な悪行を考える頭脳と悪行を行える肉体だけが残ってしまう。それは加賀美両夜という人間ではなく、〝悪性装置〟という名の機械でしか無くなってしまう。

 

 

『……分かりました。何があっても、非殺傷設定を正常に作動させます』

 

「ありがとう」

 

 

首にぶら下がっているハスターを優しく撫でる。ハスターをそちらにかかりっきりにさせた以上、これからはハスターのサポート無しで戦わなければならなくなる。近接戦ならば士郎さんに鍛えられているので自身はあるのだが、魔法戦に関しては経験が圧倒的に少ない。魔法をメタする事が出来る今の愛歌相手では、敵わないと理解している。

 

 

なのでーーー

 

 

天上に座する尊き御身に

畏み畏み申す

 

 

ーーーこの世界には無い手段を使う事にした。

 

 

 





暴走体愛歌ちゃまの能力は悪性情報の具現化。リリなのの魔法はプログラムによって発動している科学技術なので、悪性情報を打ち込む事によってプログラムを汚染して魔法を無効化するというメッタメタな能力。しかも実体を持っているので実物だろうが時間をかければ汚染して崩壊させる事ができるという殺意に溢れている。

愛を知ったから悪は弱さを自覚してしまった。しかし、それは悪い事ではないんだよ。

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