「あ゛ぁ゛ぁ゛〜涼しい〜……」
汗のせいで身体に張り付いた服の袖を掴んでパタパタと仰ぎながら室内の冷気を服と肌の間に入れて火照った身体を冷ます。現在の季節は夏、前世のように異常気象が起きているわけではないがクーラーなしでは普通に過ごすのも厳しい季節になった。
そんな時にクーラーが壊れたのだ。冷気の代わりに黒い煙を吐き出すという壊れ方で。
その気になれば暑さを無視して活動出来るのだがその気にはなれず、業者に頼んで修理をしてもらっている間、図書館に避難することにしたのだ。技術力に関しては前世の方が数歩先を行っているのだが、安全の面では今世の方が優れている。仮に前世の世界にこの図書館が現れた場合、本は薪になり、建物は資材を得る為に解体されるか沸き出てきたモヒカンの住処になるだろう。
「ーーーあれ?加賀美くん?」
図書館だからなのか小さな声で名前を呼ばれたので顔をそちらに向けると、そこには紫色の長髪を靡かせた少女が本を抱えて立っていた。友人と呼べる枠組みに入っている数少ない人物だったので気怠げに片手を挙げて応じる。
「よぉ月村、奇遇だな」
「加賀美くんこそ図書館にいるなんて珍しいね。どうしたの?」
「家のクーラーが壊れたんで避難してきた。付けた瞬間に黒い煙を吐き出してさぁ……消防が駆けつけて来たから土下座して謝り倒した」
「そ、それは何というか……」
笑い話のつもりで話したのだから笑ってくれればいいのに、月村は困ったようにはにかむだけではっきりと笑うような事はしなかった。そういう反応を見るだけで彼女が善人なのだと理解できる。桜木なら内外共に間違いなく大笑いするだろうし、愛歌も桜木程ではないが笑う姿が見えている。
「沙条さんの姿が見えないけど、今日は1人なの?」
「あぁ、親戚の結婚式があるからってそっちに行ってる。俺も誘われたんだけど流石に関係者じゃないからって断らせてもらった」
「普段の加賀美くんと沙条さんを見てると関係者になるのは時間の問題だと思うんだけど……」
そう言われて態とらしく笑ってみるがそれ以上は何も言えなかった。何せ、そうなる未来しか想像出来ないから。愛歌はその気満々だし、綾香は愛歌に言わされているのか〝いつになったら本当のお兄ちゃんになるの?〟とか純粋な眼差しで言ってくるし、沙条さんに至っては俺の事をガチで息子扱いしている。気がついたら入籍していたなんて事になってもおかしくなかった。
だけど、それも良いなぁと考えている。俺のやらなくてはならない事を全て終え、その結果に満足し、生きているのなら、そう言った人生を送るのも悪くない。可能性はあまりにも低いが決してゼロではないのだから。
「と、まぁそういうわけでクーラーが直るまではここにいるつもりだ。なんかオススメの本があったら教えてくれないか?」
「加賀美くんって本当に本が好きだよね。どんなジャンルがいいの?」
「別にこれといった好みは無いな。気になったから読むって感じだし」
前世では本なんて治安の良い土地以外では見かける事は無く、あったとしても薪代わりとしてしか使わなかった。幸いに文字や会話に会話に関してはマーリンから教わっているので日本語と英語の読み書きと会話には困らないが、本を読むという事自体が面白いので読んでいるという感じである。
そうやって学校の図書室に入り浸っている時に月村と出会い、本について話し合う内に仲良くなったわけだ。
「だったらこれとかどうかな?短編集だからサクサク読めるし、作者さんの言葉遣いが独特で面白いよ」
「……短編集?電話帳や辞書並みに分厚いんだけど」
月村に勧められたのは読むだけではなくて鈍器としても使えそうな程の分厚さを誇る一冊の本。巻末のページを確認すれば3桁を超えて4桁の数字が刻印されていた。
手渡された時にずっしりとした重さと共に読む事に対して忌避感が生まれるのだが、どうせ暇だし時間を潰すには丁度いいかと勧められた本を読む事にした。
「クッソ……普通に面白かったことが非常に腹立たしい」
「こんな時間になるまで集中して読んでたからね」
忌々しい太陽が沈み出した頃になって図書館から出る。今まで冷房の効いた室内にいたせいで、体感ではさらに暑く感じてしまうがそれでも昼間の気温に比べれば随分とマシになっていた。
最初はあまりの分厚さにドン引きしながら月村から勧められた本を読んでいたのだが、勧められた理由の通りに短編集だった事と独特な言葉遣いに世界観が面白くてすぐに読み終わり、その作者の他のシリーズまで読み込んでしまった。最初の本は最新作だったらしいが、何故か最初期の方は普通の本よりも若干分厚いだけの厚さだったのが納得出来ない。
「私は塾があるけど、加賀美くんはどうするの?」
「クーラー直っただろうし、そろそろ愛歌たちも帰ってる頃合いだから家に帰るつもり。どうせ帰り道の途中だろうし、送って行こうか?」
「迎えが来るから大丈夫だよ……それよりも、私といると沙条さんが嫉妬しちゃうんじゃないかな?」
「するだろうなぁ……だけど、月村放って帰ったところで〝女の子には優しくしないとダメでしょ!!ただし、私以外には甘やかしたらダメだからね!!〟って愛歌に怒られるだろうし」
「沙条さんって、嫉妬深いのに気遣いが出来るというか何というか……」
月村が困ったように笑っているが、それを否定する事は出来なかった。愛歌の本音としては自分以外の女性に目を向けて欲しくないだろうが、自身と俺の異常性を分かっているが故にそれではダメだと理解している。なので、
でも、嫉妬はされるので後でご機嫌取りをしなければならないのが理不尽だと思うが。
だけもそれはそれで可愛い愛歌の姿を見ることが出来るので役得だと思う事にする。
「迎えが来るならそれまで待ってやるよ……あ、飴いる?」
「うん」
迎えが来るのなら送る必要は無くなるが、それが来るまでは一緒にいてやる事にする。ジュエルシードが無くなったことで魔法関連の厄介ごとは無くなったはずだが、赤城と御剣の転生者たちがいらぬちょっかいをかけないとも限らない。
黒須は月村の友人だし、紳士なので問題なし。桜木は基本的に傍観に回ることを良しとして登場人物たちとは関わらないスタンスを取ってる。
近くにあったベンチに腰をかけ、タバコを吸いたくなった時の衝動を誤魔化す為に買った棒付きの飴を口に咥える。俺は青リンゴ味で、月村はイチゴ味だった。
飴玉を削るように舌で転がしながら、口の中に広がる甘味に頬を緩める。前世での食糧事情が原因で食に飢えているという自覚はある。だからこうしてマトモな食べ物を食べられているという事実だけで、頬を緩めてしまうのだ。
隣に座る月村は飴を舐める事に集中しているのか話しかけることをしなかった。近い距離にいるというのに無言。だけど気まずさは欠片も
感じず、どこか心地良いものを感じている。
あぁ、悪くないーーーだけど無粋だなぁと、周囲の雰囲気が変化したのを感じながら思う。
夏の夕暮れどきで、暑さが鬱陶しいとはいえ人が外を出歩いている時刻だというのに、周囲から人の気配を感じない。いや、感じる事には感じるのだが、俺たちを包囲して逃がさないようにしていることから一般人の物ではないと判断出来る。
《ハスター、これは魔法か?》
《いえ、索敵したところここに通じているルートが全て塞がれています。魔法では無く人力によるものです》
結界を張られた様子も無く、ならば魔術のような手段によるものなのかと若干の期待を込めてハスターに確認したのだが違うようだ。残念だと内心で肩を落としながら、隣で幸せそうに飴を舐めている月村に視線を向ける。
ここに繋がる道を封鎖し、包囲しているという事はこの場にいる人間が目的だと理解している。俺がこの世界の人間に狙われる理由は無い。ならば狙われているのは月村という事になる。確かに彼女の実家はそれなりの名家であるが、だからといってこんな手間をかけてまで狙う必要がある人物なのかと聞かれれば首を傾げるしか無い。
道を封鎖して人の往来を断ち、夜でも無いのに堂々と動いているという事は警察を無視出来るだけの、あるいは警察を抑え込める事が出来るだけの力があるという事である。そんな力を持つ者が、月村1人を狙う理由が分からない。
それを疑問に思ったところでもう遅い。急いでこの場を離れようとしたところで、包囲は完成してしまっている。ハスターの索敵の結果を見せてもらったが抜け道は存在せず、しかも屋根の上にまで配置しているという徹底っぷりだった。力任せに包囲を突破したところでその行動を目撃される事になってしまう。現時点で加賀美両夜を目立たせたく無い俺としては、その選択を選ぶ事は出来なかった。
もっとも、俺と月村に被害が出る場合ではその限りでは無い。魔法、魔術を使う気はないが、全力で抗わせてもらうつもりだ。愛歌の暴走、月村は高町の友人であるなどの理由は幾らでもあるーーーが、そんな建前がなくても俺は月村を助けるだろう。
何故なら、
そうして咥えていた飴玉が溶けきり、棒だけになった辺りで包囲していた気配が近寄ってくる。視界に入ってきた者たちは街に似つかわしくない迷彩服にアサルトライフルと特殊部隊を思わせる出で立ち。平和な今では決して目にして良い存在ではなかった。
「月村すずか、そちらの少年と一緒に来てもらおうか」
アサルトライフルの銃口を突きつけられながら、彼らのリーダーと思わしき人物が口を開く。
ただの少年であることを装っている俺と、多少運動神経の良い程度の少女でしか無い月村にその命令に逆らうという選択肢は存在せず、大人しく従う以外に無かった。
カガっちの交友関係を明かしながら巻き込んでいくスタイル。これもすずかちゃんが夜の一族とかいうネタにしやすい設定を持ってるのが悪いんだ……!!