真夜中、誰しもが寝静まった道場で模造刀を振るう1人の青年がいた。彼の名は高町恭也。月明かりだけで照らされた道場は薄暗く、視界が悪くなっていたのだが彼からすればそんな事はどうでも良かった。
模造刀を握る手に力を込めて、一心不乱に振るう。一振り一振りが達人級の腕前の持ち主が見たら感嘆の声を上げる様な程に研鑽された剣筋であったのだが、本人はこれでは足らないとより速く、より巧みに振るえるようにと工夫を凝らす。
賞賛の声などいらない。彼が目指しているのは今は亡き父なのだから。
恭也の父はボディーガードの仕事で死んだ。その日以降、彼を突き動かしているのは父の分まで自分が家族を守らなくてはならないという強迫観念だ。店の手伝いを最低限で済ませ、それ以外の時間全てを研鑽と呼ぶには烏滸がましい程の過酷な鍛錬に費やしている。
守ってくれる父親が死んだ今、何かあったときに家族を守れるのは自分だけなのだから。その時になって力及ばずに守れなかったと後悔したくなかったから、恭也は鍛錬を止めない。
正直なところ、恭也自身こんなことをして意味があるのかと考えている。剣を振るうよりも家族のそばにいるべきでは無いのかと思っている。しかし、彼はそれが甘えのように思えて仕方がなかった。
妥協して、弱いままでいて、それで守ることが出来なくなる……
だから家族からあがる心配の声も無視して、体力も精神も極限まで使い、気絶するように眠り、朝を迎える。まるで人生全てをそれだけに注ぎ込んだ求道者のような生活。それがここ最近の恭也の生活サイクルとなっていた。
「こんにちわ〜」
そしてそのサイクルに変化が訪れた。誰も起きておらず、敷地内だから誰も近づかないはずの道場に来客があったのだ。剣を振るう手を止めて入り口を見れば、そこにいたのはフード付きの黄色いトレンチコートを着た人物。顔はフードを被っている上に蒼白い仮面で隠されていて分からないが、声の質からして性別は男。身長は目測で170センチに届かないくらいなのだが、彼から放たれる気配が一回り大きく見せていた。
「……何者だ?」
只者ではない。それに仮面で顔を隠している不審人物。恭也が警戒するには十分すぎる理由が揃えられていた。模造刀を構えて警戒を隠さない。自身の怪しさに気がついているのか、彼は気まずそうに頭を掻きながら道場に上がる。
「何者か、ねぇ……そこんところは、ほら、顔隠している時点で身元バレしたくないってそこはかとなく察してくれない?この先色々とやる事があるから今の段階で顔をバラしたく無いのよ。Do you understand?」
流暢な英語を交えながら話す男性。一見すれば隙だらけで、恭也の実力を知っている者たちがこの光景を見ていたとしたら、すぐにでも制圧出来るだろうと考えていただろう。しかし、実際に対峙している恭也はそんな事を考えられなかった。一見すれば確かに隙だらけのように見えるのだが、その全てが隙を突かせるための誘いの罠であると看破していた。不用意に踏み込めばやられるのはこちら。それを理解しているから、恭也は自分から仕掛ける事はせずに男性の一挙一動を警戒している。
「……反応は無い、か。予想してたけど余裕無さすぎじゃね?張り詰めて生きていてもいつかプッツンするだけだぞ?適度な余裕に適度な緊張こそ人生を楽しむための秘訣だと思うんだけどなぁ……そんなんじゃあ
「ッ!?……父さんを知ってるのか?」
「知り合い、知人、まぁそんな感じの深くはないけど浅くはない程度の間柄だと思ってくれれば良いさ」
男性はそう言いながら道場の片隅に置かれていた模造刀が立て掛けられていた籠に近寄る。そしてその中から二振りを手に取り、構えずに恭也に向かい合った。
「士郎さんから色々と言われててな、それで俺からも言いたい事があるんだが……言葉なんかじゃ納得出来ないし、理解もしたくないんだろ?だから、まずは力づくでって事で」
全くの自然体、そこから飛んできたのは模造刀だった。切っ先が真っ直ぐに恭也の眼球目掛けて飛んで来ている。真正面から、堂々と不意を打たれた恭也は投げられた模造刀を寸の所で躱す。
その瞬間に恭也の注意は全て模造刀に向けられた。それを知覚した男性は恭也の死角に潜り込み、接近して無造作にもう一振りの模造刀を振るう。死角に潜り込まれた程度で見失う程、恭也の気配察知能力は低くはない。冷静に、手に持つ模造刀でその一撃を受け止めてカウンターを仕掛けてようと試みる。
そして模造刀同士がぶつかり合いーーー
「ッーーー!?」
武術の基礎なんぞ知ったものかと振るわれた一閃はまるで軽自動車にぶつかったかの様な衝撃を恭也に齎した。咄嗟に受け止める事を諦めて自分から飛んだのでダメージは受けていないのだが、そうしてもなお手には軽い痺れが残っている。まともに受け止めていれば模造刀ごと叩き斬られていたであろう。
「馬鹿力め……!!」
「生憎とまともな鍛錬なんぞした事が無かったものでね、基本的に力任せになってしまうんだ。あぁ、悪癖だとは理解しているぞーーー理解してるだけだけどな!!」
そう言って男性は距離を滑り込む様な巧みな歩法で一気に詰めて恭也に肉薄し、模造刀を振るう。一閃一閃が膂力任せに振るわれる。受け流すことも危ういと感じた恭也はその全てを避ける事を選ぶ。幸いにして剣筋自体はまともな鍛錬なんていていないと言っていたせいか拙さが目立つので避ける事自体は難しくはない。しかしそれ以上に常識はずれの怪力で振るわれるのが怖かった。
模造刀が振るわれる度に大気が裂け、剣圧が肌を撫で、一撃でももらえばタダでは済まないと恭也の直感が警鐘を鳴らす。父親のツテで何度か達人級の人間と手合わせをした事がある恭也だが、この体験だけは初めてだった。武術というのは弱者が強者を倒すために存在している。武術を極めれば極める程に、見ている者は強いとでは無くて上手いと感じる様になる。剣舞や殺陣などが良い例だろう。その巧さを知っているが故に、男性が振るう力任せの剣に戸惑ってしまう。
しかし、いくら怪力で振るわれようとも剣自体は素人が振るうそれと大差ない。巧みに、最小限の体捌きで無造作に振るわれる剛剣を躱しーーー
「ーーーヌルい」
ーーーカウンターで放った一閃を
「グーーー」
内臓に強い衝撃を受けた事で胃液が逆流して吐きそうになる。それを堪える恭也だが、男性は模造刀を投げ捨て、待ってやる義理などないとばかりに追撃の鉄拳で恭也の顔を上げさせる。頬を、米神を、顎を、鼻を、硬く握り締められた拳で打ち据える。加減はしているだろうが無造作に剣を振るっただけで恭也を吹き飛ばす程の膂力を持った拳なのだ。一撃を貰うたびに恭也の脳は右へ左へ、上へ下へと揺れて視界がぐちゃぐちゃになる。
そしてハンマーを使っているかの様に振り降ろされた一撃がトドメとなり、恭也はその場に崩れ落ちた。前のめりで倒れ、手に持っている模造刀を手放さなかった辺りは流石は武人である。
「やれやれ、やっと倒れたか」
『流石ですマスター』
『ちょっとやり過ぎじゃないか?』
気絶する恭也を見下ろす男性、彼の耳に2つの声が届く。その2つの声は恭也が気絶するのを見計らって声をかけたのだが、仮に彼が目を覚ましていたとしても耳に届く事は無かっただろう。
1つは男性の首にかけられたペンダントーーーデバイスであるハスターが念話で彼ともう1人だけに聞こえる様にしてあり、もう1つの声は普通では聞くことが出来ない死人のーーー高町士郎の声だからだ。
「やり過ぎとか言ってるけど、これでも大分加減はしたぞ?どれもこれも治せる程度の傷だけだし」
『そっか……治せるなら問題ないね』
『息子がボコられたのにこの反応。どう思いますか?』
「流石は戦闘民族ですわ」
『加賀美君もハスターさんも酷くない?』
コキコキと小気味の良い音を立てながら首を回していた男性がフードを退かし、仮面を外す。そこにあったのは三白眼で薄っすらと笑う青年の顔。目つきの鋭さとその笑みが相まって、こいつが悪だと思わせる雰囲気を醸し出していた。
「それじゃあとは任せるぜ」
『うん、ありがとうね』
運動をしたせいで上がった体温を肌の露出と髪を乱暴に掻く事で発散してから加賀美は俯せに倒れていた恭也をひっくり返して心臓の上に手を置く。
「
唱えられたのはこの世界の魔導における詠唱では無く、異なる世界における魔術の詠唱。加賀美の起源である干渉を用いることにより、死者である士郎と生者である恭也とを話し合わせる。馬鹿正直に正面からこういう事が出来るなどと話しても信じられないのは分かっていたので強引にこれを行うために気絶させる事にしたのだ。
加賀美の傍らに佇んでいた士郎の姿の透明度が増していき、気絶している恭也と重なって見えなくなる。加賀美がやったのは擬似的な憑依。今頃2人は精神世界で再会し、話し合っているだろう。
その間に加賀美は恭也の身体を治す。夢の中で師事していた女性から教わった魔術を使い、頭蓋骨のヒビと腹部の内出血を治療する。誰かに見られる可能性はあったが、この道場を覆い隠す様に魔術で人払いをかけているのでゼロに近いだろう。仮に見られたとしても魔術で記憶操作を行えば解決出来る。こちらの魔導でも似た様なことは出来るのだが、何人いるのか分からない転生者を警戒して敢えて魔術の方を使う事にした。
そして数分で治療は終わる。火照った身体も冷めたのでフードを被り直してコートの内側にしまって置いたタバコを加えて火を付ける。本来なら現在の肉体年齢的に吸ってはならないのだが、生憎と生まれ育った環境のせいで加賀美の中の倫理観は酷く偏ったものになっている。人前では兎も角人目のないところで、変身魔法を使っているのだから大丈夫だと考えているのだ。
「う……ッ」
「お、もう起きたのか?」
加賀美が一本目のタバコを吸い終わった頃、擬似的な憑依を始めてから10分足らずで恭也は目を覚ました。憑依が解かれた事で士郎も姿を現しているが、その顔は憑依する前に比べて晴れやかな物になっている。
「あんたは……」
「どうだ?親父さんと話は出来たか?」
「……あぁ、凄い叱られた。こっちでボコボコにされて気絶したかと思ったら夢の中でも説教されながらボコボコにされてたよ」
「そうかそうか、そいつは上々だ」
吸い終わったタバコを携帯灰皿に入れ、蒼白い仮面を被り直す。 加賀美の目からしても恭也の表情は憑き物が落ちた様にさっぱりとしていて、さっきまで感じられていた鬼気迫るものは感じられなくなっていた。一体どんな話し合いが行われたのか気になるところではあるが、親子水入らずで行われた会話を書き出す様な無粋な真似はしない。これならば彼は踏み外す様なことはしないだろうと安心し、加賀美は道場から出ようとする。
「なぁ……その、ありがとうな」
「……ククッ、どういたしまして」
恥ずかしいのか、ぶっきら棒に言われた感謝の言葉を笑いながら受け取って今度こそ道場を後にする。誰にも見られていない事を、そして誰も起きていない事を確認しながら人払いの魔術を解除し、気配を消して夜の闇に紛れる様にしてその場から立ち去る。
「にしても、善側のフォローもせにゃならんとか……この仕事は面倒が多そうだな。これじゃあ
『一体どんな前世を送ったのさ?』
「面倒ごとこそ
本気を出しているわけでは無いが、それなりの速度で移動する士郎の疑問に答えながら、加賀美は上を見上げた。夜空に浮かぶのは綺麗な満月。前世の記憶の中でも深く印象に残った、彼がこの生き方を決意した時と良く似た光景がそこにはあった。
「ーーー
基本は日記だけど時折こうして実況を交えていくスタイルで行くぞ!!付いてこれるやつだけ付いて来い!!
やっと主人公の名前が出せた……フルネームは
現在のカガっちのスタイルはひたすら力任せ。武器なんて払ってるだけ。一撃必殺の連続攻撃。なお回避性能などの技能は達人級。武器の扱いが素人だけど、それも戦闘民族に憑かれているからそのうち解消するっていう。
高町恭也とかいう戦闘民族をあっさりと倒せてるけど、それは恭也が鍛錬をした後で精神的、肉体的な疲労があったから。もし無かったら互角には戦えてた。
カガっちの倫理観はガバガバ。一応一般的なそれは知っているし、いつもはそれに従うけどいざという時はそれを放り投げで自身の感性に従う。