「……」
「ぅ……ぁ……」
カチカチと聞こえてくるのは一定のリズムしか刻む事の無い時計の秒針の音。狭い密室の中を満たしているのは何重にも重なった秒針の音と、拘束された状態で椅子に座らされたボロボロの女性の呻き声だけ。
「君の名前は?」
「ろって……りーぜろって……」
彼女を捕らえてから二週間が経っている。初めは苦痛を伴う拷問を行った。後に手駒になるのだからと壊さないように、だけども苦痛を鈍らせる様な事はせずに丁寧に、丹念に甚振った。その頃はまだ良かった。何をしても呻き声はあげても泣き言1つ溢さずに威勢のいい姿を見せていた。最低限の睡眠と、最低限の食事だけを許可し、生きることが出来るギリギリのラインを見定めながら、甚振った。
暗い密室で、時間の経過を知らせる様な物を一切置かずに一週間程閉じ込めた。そこまでは良かった。目に見えて憔悴していたが、それでも心は折れる事無く、俺が姿を見せる度に睨みつけて来た。
「君のお姉さんと、ご主人様の名前は?」
「おねぇ、ちゃん……ありあ……とおさま……ぎる、ぐれあむ……」
そこで、彼女にとあるビデオを見せることにした。それはエンドレスで再生されていて、今でも壁に映し出されている。
「でも、君のお姉さんとご主人様は君の事を知らないんだってさ?」
彼女ーーーリーゼロッテを攫って2日後、彼女とそっくりな顔をした女性を見つけたので揺さぶりをかける意味合いで話しかけ、リーゼロッテを預かっていると伝えたところ、一瞬だけ悲痛そうな顔をして返ってきたのは
時空管理局に所属していて、アクロ・ダカーハの存在を知っていたはずなのに彼女は何をするわけでも無く、足早にその場から立ち去って行ってしまった。
壁にエンドレスリピートされているのは、その時の光景だ。これを再生した始めは嘘だと否定していたが、丸々3日ほど流したままで放置していたら今の状態にーーー完全に心が折れてしまった。
姉が、主が助けに来てくれる。それが心の支えだった様だが、他ならぬ姉自身の口で否定された事が効いたようだ。
「ぁ……ぁあ……!!」
「君は要らない子なんだ。要らないから、見捨てられたんだ。こんな酷い目に合っているというのに、役に立たないから捨てられたんだよ」
それが独断なのか分からないが、彼女の行動自体は理解出来る。桜木によれば、彼女たちは独断で行動しているらしく管理局は彼らの行動を把握していない。リーゼロッテが拐われたと管理局に訴える事が出来ない。故に切り捨てるという選択をした。それは間違っていない。そうしなければ、彼女たちが元々計画していた出来事に支障が出てしまう。
それに切り捨てた様なポーズを取っていたが、リーゼロッテの姉のリーゼアリアは民家の監視以外の時間は海鳴を探索してリーゼロッテの事を助けようとしているのを見かける。残念ながら魔法による隠蔽では無く魔術による隠蔽なので、いくら魔法の痕跡を探したところで見つかる筈がないのだが。リーゼアリアだけでは無くてギル・グレアムも彼女の事を見捨てていないのだろう。そうであるのなら、リーゼロッテに対して使い魔の契約を続けている意味が無いのだから。
もっとも、その事実をリーゼロッテは知らない。リーゼアリアとギル・グレアムが自分を見捨てたという事実こそが彼女の中での真実だと、今日までの間に刷り込ませておいた。
捨てられた、要らないと、自分の価値を徹底的に否定されてボロボロと泣き噦るリーゼロッテ。この二週間で彼女は自分は価値のない存在なのだと認識させている。
精神状態は最悪、始めの頃の気丈な姿は見る影もない。心が強かったからこそ、一旦徹底的にへし折ってしまえば致命的になる。
「よしよし……可哀想なリーゼロッテ」
みっともなく泣き噦るリーゼロッテを優しく抱き締める。彼女の涙と鼻水でコートが汚れるが、そんな事は御構い無しに。
「お姉さんに捨てられて、ご主人様に捨てられた要らない子……だけど、俺には君が必要なんだよ」
「ヒグッ……ひつ、よう……?」
「あぁ、必要だ。おんなじ顔の君のお姉さんじゃなくて、君だからこそ必要なんだ」
「でも、でも……わたしは、いらないって……やくにたたないって……」
「君は要らない子なんかじゃない。役立たずなんかじゃない。俺は、君が……リーゼロッテの事が欲しいんだ」
優しく、優しくーーーボロボロになった心に毒を流し込むように、虚ろになっているリーゼロッテの目を見つめながら彼女が望んでいる言葉をくれてやる。己には価値なんて無いんだと
それだけで、虚ろだったはずの彼女の目にはほんのりと怪しい光が宿る。
「ごめんね?もう行かないと……だけど、俺は君の事が必要なんだって事は忘れないでね?」
「あーーー」
最後に優しく彼女の頬を撫で、リーゼロッテを監禁している部屋から、隠れ家にしていた廃墟から出る。今の時刻は早朝で、丁度朝日が顔を出しているところだった。
「両夜、雌猫の調教具合はどうなのかしら?」
そんな時間帯だと言うのに、廃墟の入り口には愛歌が立っていた。
「良いペースだな。もう少し時間はかかるだろうけど、それが終われば俺に従順な手駒の出来上がりだ」
「……雌猫の臭いが染み付いてるわね」
「必要な事だから見逃して欲しいんだけど……」
「見逃すけど気に入らないわね」
リーゼロッテの体臭が気に入らないようで、彼女はどこからか消臭スプレーを取り出して過剰なまでの量を吹きかけてくる。バリアジャケットに染み付いた臭いなのだから再度展開すればリセットされるのだが、そう説明しても気に入らないからとこうして消臭スプレーされる事になってしまった。
愛歌は俺がやっている事を全て知っている。リーゼロッテをさらい、監禁し、洗脳して手駒にしようとしている事を。
それを知っても、彼女は何も言わなかった。
また俺の周りに女が増えるのかと頭を抱えて悶絶していたけど。
「それで、あの雌猫を調教したら何をさせるのかしら?爆弾持たせて神風特攻?」
「それは愛歌がやらせたい事だろうが……折角の魔法関係者なんだ。そんな勿体ない事をさせるかよ。それに、俺は物を大切にする主義なんだ。完璧にどうしようもないレベルに壊れるまで、大切に大切に使ってやるよ」
「調教が終わったら私にもあの雌猫を貸してくれないかしら?いい加減魔法の1つでも使えるようになっておきたいのよねーーー今のままじゃ愛歌ちゃんウィップを振り回す事くらいしか出来ないし」
「もうそれが正式名称なのね……終わったら貸してやるよ。まぁ、魔法はそんなに得手じゃないみたいだけど、知識はあるから頑張って学んでくれ」
生憎と狙っていた魔法関係者ではあったが、魔法が得意な人物では無かった。しかし魔法の知識は持っていたし、指導者の経験もあった。それならば不得手であろうが魔法を教えるという行為は問題なく行える筈だ。
「今日は休みだから帰ったら二度寝を……あ、ダメだ。月村に誘われてたんだった」
「図書館で知り合った友達を紹介したいとか言っていたわ。一体どんな人なのでしょうね?」
「月村の友達だから問題無いと思うけどなぁ……」
消臭スプレーをたっぷりとかけられて、愛歌からオッケーが出たので変身魔法を解除して子供の姿に戻る。
「管理局員たちが目を覚まさない内に早く帰ろうか」
闇の書の騎士たちは管理局が来た事が原因なのか、地球での蒐集を行わずに別の管理外世界で活動している。俺が結んだ契約は地球だけの場合だと決めているので管理外世界での場合は管轄外になり、給料が支払われない代わりに休みになっている。そんな状況だろうがもしものために管理局員の護衛は家に滞在している。彼らの目を誤魔化すために、彼らの食事には睡眠薬を入れてこの時間帯には寝るように仕向けているのだ。そうでもしなければ、この時間帯で堂々と外出する事はあまりにもリスキーすぎる。
「朝の町を2人っきりで歩くのってちょっとしたデートみたいよね?」
「個人的にはこういうのの方が好きだったりする……まぁ、いつ襲撃があるのか分からないから頻繁に出来ないけどな」
「ガッデム闇の書め。愛歌ちゃんウィップでバラバラにしてやろうかしら?」
「そんな事したら後々が面倒だからやめろ下さい」
早朝特有のヒンヤリとした空気の中、指を絡ませるようにしながら愛歌と手を繋ぎ、ゆっくりと歩きながら帰る事にした。
一番簡単な洗脳のした方は依存じゃないかな〜?って考えながら、猫姉妹の妹の方を調教中。心をへし折って価値を完全否定して精神をボロボロになったところを優しい言葉で誑かす。
尚、愛歌ちゃまはその事を承知している模様。だけどもカガっちの周りに女が増える事に御立腹。