「お見苦しいところをお見せしました……」
「頭が高いわよ、もっと頭を下げなさい」
「殴りたい……!!」
八神によく似た女性はヴィータとザフィーラによって連れ去られ、戻ってきた時には寝癖を直し、キャミソールに下着姿からセーターに膝丈のスカートという格好に変わっていた。目を覚まして自分が何をやったのか理解したからなのか、それとも八神に睨まれたからなのかーーーこの場合は間違いなく後者だろう。彼女は今、リビングの床に正座で座って頭を下げている。それだけで、女性のカーストの低さが伺えた。
そして愛歌は無邪気で邪悪な笑みを浮かべながら彼女の頭を踏んでいた。
これは愛歌の趣味ではあるが、彼女の意思では無い。八神にお仕置きをしたいから手伝ってくれと頼まれ、月村による罵詈雑言プレイをするか愛歌の王女様プレイをするかの協議の結果こうなったのだ。
愛歌の素足で頭を踏まれているのが屈辱的なのか女性は顔を真っ赤にし、だけども八神からお仕置きだと告げられているので抗うことも許されずに愛歌のなすがままにされていた。
あんなに生き生きとしている愛歌は久しぶりに見る。八神家に来る前にイレインに煽られていた事もあってストレスが溜まっていたのだろう。僅かに痛みを感じる程度に、しかしそれを苦痛に感じない程度の強さで女性の頭を踏みつけていた。
「ところであの人の名前は?」
「お姉ちゃん、自己紹介や」
「このままの体勢で!?ーーーあ、ちゃんとしますから踏む力を強くするのは止めて!!や、
年下の少女に頭を踏まれながら自己紹介をするというクッソ情けない姿に八神の気は済んだのか、愛歌に止めるように言う。愛歌はもっとしたかったのか若干不満そうではあるがそれに従い、女性ーーーめぐりの頭から足を話し、ワザワザ脱ぎ捨てていたソックスを履き直して俺の隣に座った。
「楽しかったか?」
「とっても楽しかったわ。本音を言えばもう少し屈辱を味わわせてやりたかったのだけど……」
「最近の幼女怖すぎない!?それにもっとこう、年上の人間に対する礼儀とか無いのかなぁ!?はやてに頼まれたからって躊躇いなしに頭を踏むとか!?」
「さっきのダラシない姿を見せられた時点で礼儀とか必要ないと思うわ」
「それに無職のお姉ちゃんに年上云々とか言われとう無いし」
「はやてぇ!?」
めぐりは叫びながら立ち上がろうとするが、八神のひと睨みで怯み、大人しく座り直している。どうやら頭を下げるのは許されたようだが、正座を止めることは許されていないらしい。彼女のカーストはどれだけ低い位置に存在しているのだろうか。
少なくとも我が家のゴーストカースト最下位の士郎さんよりも下に位置しているように見える。
お茶を飲みながらイレインからお土産として渡されたロールケーキを摘んでいると、めぐりから敵意の込められた視線を向けられているのを感じた。恐らくはあの夜のシグナムの左腕を傷つけた事を根に持っているのだろう。闇の書の騎士という、本来ならば使い捨てられる様な立ち位置にある彼女たちを、八神とめぐりの2人は家族として扱っている様に見える。いくら蒐集という行為が悪だとしても、家族を傷つけられて平然としていられる訳がない。シグナムから取引の事を話されているのでそれ以上は何もしてこないが、彼女の怒りは傲慢でありながら至極真っ当なものだった。
そこら辺の事情は分かっているので俺からは何も反応を起こす事なく、無視してロールケーキを食べる。どうやらお土産用なだけあっておかしなことはしていないようで普通に食べられる。
《……ねぇ、聞こえているのでしょ?何をしに来たのよ》
《別に何も?月村に誘われたから来ただけだ。お前が考えている様な事をするつもりは無いから安心しろよ》
大きめにカットされたフルーツとクリームのハーモニーを楽しんでいるとめぐりから念話が飛んで来たので顔に出す事なく応じる。声色から感じられるのは敵意と警戒。前者はシグナムの事から、後者は家に俺が来た事からなのだろう。
《そんな事を言われて信じられると思う?》
《シグナムは信じてくれたぞ?それにあの日の事は秘密にするという取引もしたしな。聞いてないのか?》
《聞いてるけど……シグナムぅ……》
《そちらが悪い、こちらは正当防衛。それを理屈で理解しても感情では納得出来ない。その気持ちは分かってるから安心しろ》
《……》
俺に諭されている事が気に入らないのか、めぐりは複雑そうな顔を浮かべていた。
それを見た八神が反省していないと判断し、ヴィータにポリタンクを持って来させて彼女の膝の上に乗せる。
「ぐわぁあ……ッ!!」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫や。ウチのお姉ちゃん、一日中家の中でグータラしてる癖に身体は頑丈でな、この間なんて階段の一番上から一番下まで落ちたのに擦り傷1つ付いてなかったしな」
八神のめぐりへのヘイトが高過ぎる。やはり無職というのがいけないのだろう。原作から薄っすらとだが八神の家庭事情は知っている。亡くなった両親が遺してくれた遺産があるので食うに困っていないだろうが、だからといって無駄飯食いを許す事はしない様だ。
改めて八神めぐりという人物を観察する。彼女の容姿は八神が成長すればこうなるのでは無いかと思うほどに八神に似通ったそれで、普通にしていれば美女と呼ばれる類である。欠点があるとすれば八神が言っていた通りに無職である事……それと胸が無い事か。
服越しで分かりにくいが、見る限りでは平坦だった。更地だった。起伏は僅かも存在せず、無情と呼べるほどに真っ平らである。八神はまだ少女で成長期を控えているから希望はあるのだが、めぐりに関しては成長期を通り過ぎてしまっているのでこれ以上の成長は見込めない。
これから先、嘆きの平原とともに生きていくのだと思うと見ていられなかった。
めぐりの嘆きの平原から目を逸らし、隣に座るシグナムの胸部装甲を見て目の保養とする。
「ねぇ、どうして目を逸らしたの?それよりもさっきまでどこを見ていたの?なんでシグナムを見たの?答えなさいよ……!!」
「俺からは何も言えない……だって、現実を突きつけるなんてそんな酷い事は出来ないから……!!」
《両夜?あの無職の事は兎も角、今シグナムのどこを見ていたのかしら?ちょっと私に教えてくれないかしら?》
《こ、ここじゃ迷惑になるから帰ってからな!!》
目の前に広がる絶望から目を逸らし、隣にあった桃源郷を見ていたら反対側から恐怖がやって来た。一先ず落ち着かせる事には成功したのだが、帰ってからが怖い。
そんな中、八神が俺の事を不思議に見ている事に気がついた。
「どうしたんだ八神?そんな顔して」
「いやな、お姉ちゃんの加賀美君に対する態度が妙に親しそうに見えてな……2人は知り合いか何かなん?」
めぐりがやってしまったみたいな顔をしているが幸いな事に八神、そして月村に見られる事は無かった。しかし、これは不味い事になった。
俺とめぐりの関係は現段階では加害者と被害者の関係である。シグナムが八神にあの日の事を秘密にしたいと言っていた以上、八神は魔法関連に関しては詳しくないのだろう。そんな彼女に俺たちの関係を馬鹿正直に話す事は出来ない。ならば誤魔化すしか無いのだが、めぐりはテンパっていて期待できそうに無い。
しょうがないと思いながらお茶で口の中を湿らせ、
「そうだな、簡単に言えばーーー夜に散歩していたら、太くて硬くて長い物を振り回されながら追いかけられた事がある仲だな」
「ヴィータ!!追加や追加!!家にあるだけのポリタンク持ってきてぇ!!」
「はやてちゃん、他に使えそうな物ないか探しても良いかな?」
「はやてぇ!?すずかちゃん!?」
「ひ、酷い目にあった……!!」
「どこからどう見ても自業自得だな」
「えぇ、貴女がちゃんと誤魔化せていたらこうならなかったわ」
夕方になり、俺たちは家路に着く。本来ならば月村を迎えに来た車に乗せてもらって帰る予定だったが、途中で買い物をしたいと理由をつけてそれを断り、子供だけでは心配だからと散々お仕置きされてようやく誤解を解く事に成功しためぐりを付けて貰っている。一応八神の誤解を解く事には成功しているのだが、疑わしい真似をしたということで帰れば彼女にはシャマルの手料理が待っている。
それで良いのかと八神に聞いたところ、いい笑顔でギルティーと即答された。
「……で、貴方たちは転生者よね?」
日が暮れて薄暗くなった道を歩いていると、周囲に人影が無いことを確認しためぐりが小声で訊ねてきた。念の為に魔力スフィアが存在しないことを確認し、愛歌にはアイコンタクトで黙っておくように支持する。どうやら彼女は俺たちの2人共が転生者だと思っているようだ。それは半分正解で半分間違いなのだが、訂正する義理も無いので勘違いさせたままにしておく。
「それが何か?」
「この先……正確に言ったら闇の書が覚醒したら、どうなるのか分かっているよね?」
「蒐集した奴の魔法やスキルが使えるってことだろ?」
「そう、私からは出来る限り転生者から蒐集を行わないようにさせる。だから貴方は他の転生者たちに戦場に出てこないように伝えておいて」
それを聞いて顔には出さずに内心で安心する。闇の書側の味方をしている彼女だが、ちゃんと先の事を考えることが出来るだけの冷静さを持っていたようだ。これが感情のままに行動するタイプだった場合、転生者であろうが無かろうが御構い無しに魔力を蒐集し、闇の書の覚醒後に行われる最終決戦でとんでも兵器が誕生する事になっていた。
その事を考えればめぐりの提案はベストな物だった。原作通りに物語が進めば少なくとも八神の命は助かり、闇の書は消滅する。その為に邪魔な転生者を戦場に出さない。それが間違いなく最善でーーー同時に最悪手でもあった。
「それを他の奴に伝えたところで反発されるのが目に見えてるんだけど?」
間違いなく反発するのは黒須と赤城だろう。黒須は
意外な事かもしれないが、一番反発しなさそうなのは御剣である。管理局によって魔力を封印された彼は臆病になった。それまで傲慢だったのは神様から与えられた転生特典があったからであって、それを自由に使えなくなったのだから周囲が怖くて堪らないといった様子だった。
端的に言えば、心が折れている。仮に封印を解除するから戦えと言っても、御剣が拒絶するのは目に見えている。
「そこは……ほら、こう、なんかいい具合な感じて言いくるめるとか……」
「何にも考えてないのかよ。これだから無職は……」
「わ、私はあえて働いて無いだけだから!!はやての事が心配で、側にいたいから!!」
「今日の八神の様子を見てる限りじゃあ、完全に穀潰し扱いされてるんだけど?」
グハッと、よく分からない声をあげながら膝を着くめぐり。偶々向かいからやって来ていたサラリーマンが不審者を見るような目で彼女の事を見ていたが、いつもの事だからと言って誤魔化す。
「はぁ……一応言うだけは言ってみるけど期待するなよ?万が一、ダメだったら蒐集される直前で助けに入るから」
「う、うん……お願い……」
足を子鹿のように震わせながら立ち上がるめぐりの姿を見て不安しか感じられなかった。
八神家に転生した転生者のめぐりネーチャン。無職で無乳という救いの無い属性。八神家カーストにおける最底辺を独占している。めぐりネーチャンが姉である以上、妹であるはやての未来も……
踏み台が踏み台である所以は転生特典があるからと考察してみたり。前世の自分が持っていなかった力を持ち、振るえるからこそ傲慢になってオリ主やらモブやら威張りちらす。だから、魔力が封印されて特典が自由に使えなくなったら折れるんじゃ無いかなぁ?って思ってへし折ってみた。