「うぅ……!!あぁ……!!」
「よしよし、良い子だ」
リーゼロッテを監禁している密室の中、俺と彼女以外に誰もいないそこで俺は泣きじゃくっているリーゼロッテを抱き抱えながらあやしていた。今の彼女の有様はとても酷いものだ。来ていた服は肉体的苦痛を与える過程でボロボロになってしまい、ただの布切れに等しい。リーゼロッテが接近戦をメインにしているためか程よく締まっている健康的な肉体には夥しい傷が付けられていて見ているだけで痛々しい。涙を流している瞳には家族から裏切られたと信じ切っているので光を宿しておらず、絶望に染まっていた。
しかし、彼女は俺に抱きついて泣いていた。肉体的苦痛を与え続け、健康的な身体を傷だらけにし、家族から裏切られたと信じ込ませて絶望に追いやった俺に抱きついて泣き、あやされている。
今の俺は変身魔法で大人になっているものの、バリアジャケットは装着していない。魔法を使えないとは言え油断している様に振舞っている。俺の首の骨を折ることが、首に噛み付いて殺す事が出来るというのにリーゼロッテはそれをしようとしない。ただただ泣き、俺のなすがままにされているだけだ。
それを見て、リーゼロッテの洗脳が完全に終わった事を確信する。実は前回でこの部屋から出る時にいつもならしている鍵を閉めずに出ていたのだ。鍵をかける音は大きく、彼女も鍵が掛けられていない事に気付いていたはず。すでに彼女を拘束しているものは無く、いつでも逃げられる状況ーーーそれなのに、彼女は俺が再び訪れるまでこの部屋に居続けた。俺が来るまで一歩も部屋から出ずに、俺の事を待ち続けていた。
「すてないでぇ……!!なんでもするからすてないでぇ……!!」
リーゼロッテの中にあるのは俺に捨てられるのではないかという恐怖心。心の支えを奪い、へし折り、崩れそうになっていたところに俺という存在を差し込んだので彼女の中では俺が全てという認識になっている。
恐怖、カリスマ、大義名分。人を都合良く動かせる方法というのは山程あるのだが、今回俺が選んだのは依存だった。俺という存在が全てであり、俺に求められているからこそ自分には価値があるーーーそういう風な洗脳を彼女に施した。
結果はご覧の通り。逃げられる状況をわざわざ分かりやすく提示してみせたというのに彼女は逃げる事を選ばず、俺の事を待ち続けていた。こうして泣きながら抱きついてあやされる程に俺に気を許し、みっともなく泣きながら捨てないでと懇願する程に俺に依存している。
「あぁ、捨てるなんてしないさ。俺の可愛い可愛いリーゼロッテ。お前の命が無くなるまで、俺はお前の事を見捨てやしない」
力強く抱きついて来るリーゼロッテを拒む事をせず、それどころか優しく抱き返してやりながら優しい声色で彼女の耳元で囁く。それは紛れも無い俺の本心。情けない話かもしれないが、洗脳をしている間に彼女に対して情を抱いてしまったのだ。
洗脳をもっと雑に行なっていたのなら、ただ一度っきりだけの人形として扱うつもりだったら、俺に依存する前に完全に壊れてしまっていたのなら、情など湧かなかっただろう。どうでも良い便利な手駒として使い潰して終わりだった。
しかし、俺は彼女に対して情を抱いてしまった。故に、使い潰す事はしない。俺の役割が終わるその瞬間まで、彼女は俺の者として側にいさせる事を決める。
「だからーーーこれは首輪だ」
そう言ってリーゼロッテの首筋に歯を立てる。数週間風呂どころか水浴びもしていないので彼女の身体は汚れているが、前世の故郷の衛生環境に比べれば綺麗なので気にせずに。
「あ……んん……!!」
遠慮なく、容赦無く歯を突き立てているので痛いはずなのに、リーゼロッテの口から溢れたのは快楽を堪える様な甘い声だった。俺から与えられる物が何であれ、彼女からすれば嬉しいのだろう。
口を離せばリーゼロッテの首には痛々しい咬み傷が付いていた。重要な血管は避けて歯を立てたので命の危険は無いが、その傷は治ったとしても残るだろう。流れ出る血を舌で拭い、残るような傷をつけられた事に安心する。
「この傷はお前の首輪だ。首輪を掛けたのは俺だ。これでお前は俺の者だ」
「わたしは……あなたの……もの……」
「そうだ。俺はお前を捨てない。絶対に、捨てない。俺のために生きろ。そして俺のために死ね。お前の全ては俺のためにあるのだから」
正常な状態ならば何を言っているのだと罵倒されそうな事を言ったのだが、リーゼロッテは俺の言った事を掠れる様な声で復唱していた。繰り返させる度に、絶望に染まって光を宿していなかった目に怪しい光が灯る。
リーゼロッテの洗脳は、ほぼ完了していた。
「はぁ……まさか醤油を買い忘れるなんてベタな事するなんて……」
「加賀美様が出られなくとも、私だけで十分だったのですが」
「買い物以外にも目的があるから気にするな」
買い物袋に業務用の醤油のボトルを詰め込みながらイレインと共に夜の道を歩く。冬が近づいていて本格的に冷え込む様になり、息を吐けば白く染まって風に流されて消えていく。それを見るだけで余計に寒くなった様に感じたので、首に巻いていたマフラーを鼻まで持ち上げて露出している部分を減らす。仕えるものであるからとメイド服を着ているイレインだが今の彼女はセーターにスカート、そしてその上からコートを羽織るという普通の格好をしていた。流石にメイド服では目立ち過ぎる事を理解している様だ。
「買い物以外にですか……もしかして、
「へぇ、分かるんだ」
「戦闘用に製造された自動人形ですのでレーダーを内蔵しています」
「便利だな」
イレインが言ったように、俺が外に出たのは醤油を買いに行く事以外にもある。彼女はレーダーという科学技術でそれを察知したが、俺は
「数は5、反応から全て人型だと予測。距離は……上空50m」
「5ってことは全員勢揃いかよ。ブラフでもいいからバラしておけばいいのに」
今の時期に魔力を持っている人間が出歩けば、闇の書の騎士たちに襲われる事になることは分かっている。それを承知でワザと出歩いているのだ。そうでも無ければこんな人気の無い暗い道を通る必要など無い。
「反応、散開しました。1つはその場に留まり、残り4つは真っ直ぐにこちらに向かってます」
「
周囲の景色が変わり、三角錐型の結界が展開されるのを見てからポケットの中に入れていた機械ーーーアースラに襲撃を知らせる装置のボタンを押す。これで管理局は闇の書の騎士たちが現れた事に気付いたはず。
後は管理局が来るまでの間、時間を稼ぐだけだ。
「レギオン、展開」
「ーーー来ます」
レギオンにバリアジャケットを展開させるのと同時に、上から怒気と喜色を感じ取りその場から弾けるように飛び出す。本来ならば結界から弾かれるはずのイレインだが、レギオンの一本を持たせて魔力を持っていると誤認させているので彼女も取り残されている。彼女もあのタイミングでの襲撃を察知していたようで俺の一瞬遅れで同じように行動していた。
咄嗟の回避行動で醤油はお亡くなりになってしまったが。
「ーーー久しいな、カガミ。あの日の夜の続きをしよう」
「ーーーぶっ潰す……!!」
先陣を切って来たのはシグナムとヴィータ。砂埃を払いのけながら姿を現した彼女たちの反応は怒りに喜びと真逆。シグナムはあのうやむやになった続きが出来るから喜んでいるのだろう。ヴィータはシグナムに怪我をさせた俺が許せないのか怒っている。
「ーーー加賀美様、失礼致します」
一言だけ俺に断りを入れ、イレインはコートから拳銃を取り出して上空に向けて引き金を引いた。人のいなくなった夜の街に銃声が響き渡り、一瞬遅れで何かが弾かれるような音が聞こえてくる。目の前にいる2人から注意を晒さぬようにしながら上を見れば、そこには障壁で銃弾を防いでいるザフィーラの姿があった。
そして甲高いラッパの音が響き渡る。それが攻撃の前兆である事を知っているので加速魔法を行使しながらイレインのコートを掴んでその場から逃げれば、頭上から
「〝不死鳥〟のジェリコのラッパ……だったか?」
爆撃機による爆撃だというのにある程度の指向性を持たせていたのかシグナムたちは巻き込まれずに俺たちにだけ爆風が襲い掛かるが、それを鼻先で回避する事に成功する。
「やれやれ……烈火の将に鉄の騎士、盾の守護獣に〝廻り者〟。お腹いっぱい過ぎて吐き気を催すぞ」
「加賀美様、過食は健康に宜しくありません」
「よし、冗談に反応出来るってことは余裕はあるな」
イレインの若干的外れな返答に満足しながらレギオンを構える。そしてイレインはーーー
魔法文明の存在しない地球で製造されたイレインはリンカーコアを持っていないし、魔法が使えるような構造をしていない。だが、デバイスという外付けとカートリッジシステムという燃料を持たせる事で限定的に魔法を使えるようになっている。流石に魔導師たちのように魔法戦を繰り広げられるだけの魔法を使うことは出来ないが、地球の武装を召喚してそれで戦う事は出来る。
「ヴィータとザフィーラ……ちっさい方とムキムキの方は任せる」
「承知いたしました」
俺の指示に一切反論する事なくイレインはヴィータとザフィーラに銃口を向け、容赦無く引き金を引いた。
順調に進められている妹猫への洗脳。超絶マッチポンプにより依存させる事で手駒にするとかいう超外道ムーブ。これは寝取りになるのだろうか?