俺の胸を背後から貫いたのは仮面を付けた男。片腕は存在せず、残された隻腕で背後から的確に心臓のある部位を手動で穿っていた。バリアジャケットの防御を容易く貫いている辺り、バリアブレイクでも行使しているのだろう。いくら防御が薄い事を自覚しているとは言え、流石に急所の守りは固めてある。仮面に隠されていて表情を伺う事は出来ないのだが、男からは尋常では無いほどの殺意、そして俺を殺した事に対する喜悦が感じられた。こんな不審者丸出しの人物に対して何かをやった記憶は無いのだが、こいつは俺に対して何かしらの恨みを持っているらしい。そうでも無ければこれ程の殺意を抱く筈がない。
胸から生えている手を唖然として見て、背後を振り返って貫いている下手人の姿を認識しーーー血を吐き出している口を吊り上げて嘲笑う。
「残念、幻だ」
そう言った瞬間に貫かれていた俺の姿が崩れて黒い液体に変わる。それに驚きながらも手を引き抜こうとしていたが、それよりも液体が蠢いて男の身体を拘束する方が早かった。
「やぁやぁ始めまして、どこかの誰かさん」
動けなくなっている男の背後から声をかける。拘束されているが首だけは動かせるので男は首を回し、
「いつの間に……!!」
「初めっからだよ。来る事は確信していたから無防備晒しているように振舞っている幻覚を見せていただけの事だ」
幻覚の俺の背後を取りながら殺してやると無言で息巻いている男の姿は丁度良い酒の肴になってくれた。お陰で缶ビールを3つも開けてしまうほどに。
「まぁ男に見えるってだけで男だとは限らないわなぁ。つうわけだ、スッピンになろうか」
男の事を拘束している液体の正体は悪性情報に汚染されている魔力変換で出した水だ。故に魔法に対する特性は変わっていない。俺の意志1つで本来の特性を露わにして行使されている魔法の改竄を始める。
そうして魔法が無力化され、男は女性に姿を変える。リーゼロッテと同じ顔だがロングヘアーで、彼女と同じ顔を殺意と怒りで醜く歪ませている。
「あぁ、誰かと思えばお前か、リーゼアリア。どうしたんだ?俺とお前との間にはなんの関係も無かったはずだが?」
「惚けるな!!ロッテを……!!私の妹を返せ!!」
「ロッテ?誰だそれは?前に聞いた時にはリーゼロッテなる人物は知らないと言っていたでは無いか。それを返せだと?ハッ、笑い話か?」
「黙れぇ……!!黙れェッ!!」
余程俺に対して憎しみを抱いているのか、リーゼアリアは液体に拘束されて身動きが取れないにも関わらず俺へと近づこうとしている。無理に身体を動かしているせいで全身からは悲鳴があがり、激痛に襲われているだろうがそれを上回る怒りに突き動かされているのか痛がる素振りを欠片も見せていない。
ギチギチと、離れている俺にも聞こえる程に身体を軋ませながら残された腕を俺へと伸ばす。
「やれやれ……何をそんなに怒っているのだか。まぁ良い、お前の妹の事なんぞ知らんが、俺が捕らえたリーゼロッテなら……ほら、
「ーーーえ?」
予想していない言葉に呆気に取られた顔になりながらリーゼアリアは後ろを振り返りーーー彼女の後ろに立っていたリーゼロッテに殴られた。
「が、は……ッ!?」
「久しぶりね、お姉様だった人」
使い魔であったとしても人間の姿をしていれば臓器の位置は人間のそれと変わらないのだろう。顔を殴られた衝撃で軽い脳震盪になりながら、リーゼアリアは妹であったはずのリーゼロッテの姿を見て、信じられないと目を見開いていた。
リーゼアリアと同じだったはずの茶髪は度重なる拷問と家族に裏切られたというショックにより白く染まっており、衣服の下から見える彼女の手足には夥しい量の傷跡が残されていてとても痛々しい。首には包帯が巻き付けられて、出血していたのか乾燥した血の跡が残っている。
そして何より、リーゼアリアを見る目が、憎悪に燃えていた。
「ロッテ……なの……?どうして……どうして……」
「どうして?笑わせないでよ。貴女達が私の事を捨てたのでしょう?私なんて知らないと、切り捨てたのでしょう?だからこうなったの……分かる?貴女達のせいで、私はこうなったのよ」
リーゼロッテの姿を見て、言葉を聞いて、リーゼアリアの心が折れる音が聞こえた。きっと彼女は信じていたに違いない。今も自分の妹が耐えていると、自分たちの助けを待っていると。それなのに闇落ちした姿を見せられたのだから折れても仕方がないと思うが。
「だけどね、1つだけ感謝している事があるの」
そう言うとリーゼロッテはこちらに近づいてきた。先程までの憎悪を燃やしていた表情は鳴りを潜め、蕩けた様な顔と目に妖しい光を宿しながら俺に抱きついて来る。
「貴女達に捨てられたけど、私はこの人に拾ってもらえた。私の事を必要だと言ってくれる人に出会う事が出来た。ボロボロになって汚い私の事を優しく抱き締めてくれる人に出会えたの」
そう言いながらリーゼロッテは首に巻かれていた包帯を外す。彼女の首筋には俺が付けた噛み傷が残っている。時間が経ったので瘡蓋が出来る程度までは治っているが、魔法で治療しない限りは完治するまでもう暫く時間が掛かるだろう。
「ーーーありがとう。私の事を捨ててくれて」
自身の首筋に付けられた
「あぁ……!!嘘、嘘よ嘘……こんな……こんな.……!!」
「おいおい、現実から目を逸らすなよ。嘘だと喚こうが夢だと叫ぼうがこれが現実だ。お前達が彼女を捨てた、だから俺が拾った。自分のことを無価値だと蔑む彼女を抱き締めてそんなことは無いと囁いてやった。役立たずだと自虐する彼女に必要だと語りかけた。捨てないでと泣きながら叫ぶ彼女を捨てないと約束した……あぁそうだ。俺からも言わせてくれ」
嘘だ嘘だと壊れた様に繰り返して自分に言い聞かせているリーゼアリアの耳元で、優しく囁く。
「ーーーありがとう。彼女を捨ててくれて」
「あ、うっ、あぁぁ……ああ、あ、アァァァァァァァァァァァァァァ……!!!
それがリーゼアリアのトドメになった。心が折れるのでは無く、砕ける音が聞こえる。心が折れたのであれば時間を掛ければ再起する望みがあるが、砕けたのであればそうはいかない。英雄譚で語られる様な英雄、物語の主人公の様な特異性でも秘めていなければ、心が砕けた者が再起する事などあり得ない。
現に汚染された液体の拘束を解いてもリーゼアリアは暴れる素振りを見せず、狂った様に笑っているだけだ。
そのリーゼアリアの首を、リーゼロッテが手刀で跳ね飛ばす。胴体から泣き別れた首が宙を舞い、傷口からは噴水の様に勢い良く血が噴き出す。それだけでは足りないのか、リーゼロッテはリーゼアリアの身体を踏み潰した。
肉を砕き、骨を砕き、内臓を砕き……何度も何度も、リーゼアリアがいた痕跡など残さないつもりなのか、必要に彼女の身体をグチャグチャにすり潰しーーー数分掛けてリーゼアリアの首から下を、全てミンチに変えた。
「お疲れ様、気分はどうだ?」
「……すっごく清々しい。でも、ちょっとだけ悲しい、かな?」
「まぁ、血肉を分けた姉妹を殺したんだ。いくら憎んでいるとは言え、多少は罪悪感があってもおかしくないわな」
ミンチになった肉片を、死体から飛び散った返り血を浴びながら姉だった物の中心に立っているリーゼロッテはーーー泣いていた。後悔をしている様には見えないが肉親であるリーゼアリアに手を掛けた事を悲しんでいるのだろう。
「ほら、顔血だらけだぞ?」
「だ、ダメ!!汚れちゃうから!!」
「お前が汚れたままの方が俺としちゃあ問題なんだよ」
生憎と拭ける物を持ち合わせていなかったのでバリアジャケットであるコートでリーゼロッテの顔を拭う。彼女はそれを申し訳ないと思っているのか拒絶しようとしていたが、そんな事よりも彼女が汚れたままでいる事の方が許せないので彼女の言葉を強引に押し切って顔を拭く。
幸いな事に乾く前に拭う事が出来たので、リーゼロッテの顔は綺麗になった。
「ん、綺麗になったな」
「ご、ごめん……でも、ありがとう」
「気にするな。お前は俺の者なんだからな」
彼女の顔は綺麗になったが、血は全身に浴びているので髪や服はまだ汚れたままだ。このままでいられて変な病気になられても困る。
「よし、帰って風呂に入ろうか」
「うん!!……そ、その……一緒に入ってくれる?」
「あー……うん、良いぞ?」
愛歌に知られれば間違いなくお仕置き案件なのだが、こうして肉親を殺したのだからご褒美の1つでもやらなければダメだろう。
後で愛歌に謝る事になるなぁと考えながら、猫の尻尾を振って喜びを露わにしているリーゼロッテの姿を見ていた。
姉猫、復讐達成。そして妹猫の洗脳完成。これで妹猫は完全にカガっち陣営の仲間入りだ!!