道化の名は必要悪   作:鎌鼬

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darkness heart・8

 

シャマルのデバイスによって持ち上げられたビル群、それを管制人格は全てを俺の頭上へと移動させ、半数をぶつけて砕いた。大小様々なサイズの瓦礫が降り注いで来る。防御してやり過ごそうとしたところで、足を止めてしまえばその次に残された半数のビルが降ってきて圧倒的な質量で押し潰されるのが目に見えている。

 

 

ものみな眠る小夜中に水底を離るることぞ嬉しけれ

水のおもてを頭もて波立て遊ぶぞ楽しけれ

 

 

故にまともな手段を選ばない。リンカーコアではなく魔術回路を起動させ、歌うようにして前に読んだ本の一文を唱える。

 

 

澄める大気をふるわせて互いに高く呼びかわし

緑なす濡れ髪うちふるい乾かし遊ぶぞ楽しけれ

 

 

放出される魔力が水へと変換されていく。しかしそれは無色透明な液体などでは無く、ドス黒く粘度を持ったどちらかといえば泥に近い液体。それだけを着目すればさっきまで使っていた悪性情報の泥と大差ないのだが、決定的に違うところがある。

 

 

それは量だ。先程までの悪性情報の泥と比べ何十倍、何百倍もの量が生成され、重力に従って足元へと溜まり、許容量を超えてビルの壁面を伝って下へと溢れていく。

 

 

喰らい、犯し、貪り尽くせ、水面の魔性ーーー!!」

 

 

そして泥が蠢き、重力に逆らいながら天へと登る。最初は円柱状だった泥は瓦礫に接近すると自ら広がって表面積を増やし、降り注ぐ瓦礫に自分からぶつかっていく。普通ならば液体であるので突破されて終わりなのだろうが、生憎とこれは悪性情報の泥である。触れた瓦礫を一瞬で汚染し、形を保てなくなったそれらを飲み、凄まじい速度で体積を増やしていく。

 

 

悪性情報が使えるようになってからそれの研究を怠ったことは無い。何せ俺にとっては充分な益になっているとはいえ、類似はあれど前例は無いのだ。今日までは平気でも明日になった瞬間に使用者である俺や愛歌に牙を向ける可能性があるのだ。初めはコンピューターウイルスのようにプログラムによって発動している魔法の阻害をしているのだと思っていた。実際魔法に対して使えばその通りになる。しかし、それはただの一面でしかなかったのだ。

 

 

度重なる研究と実験の結果、悪性情報の本質はウイルスに近い物だと分かった。

 

 

元来、ウイルスは宿主となる生物の体内に侵入し、数を増やす。増え過ぎた結果として発病して宿主を殺すのだが、この悪性情報はウイルスとは違い、宿主である俺と愛歌には悪影響を齎さずに泥や魔力などで体外に放出して初めて悪影響を齎すという特徴を待っていたのだ。しかもただ汚染して溶かすだけでは無く、汚染された物は俺の意思通りに動かす事だって出来る。考えてみればコンピューターウイルスだって感染したパソコンを壊さずに遠隔操作で使用出来るのだから当然だと言えば当然なのだが。

 

 

瓦礫の雨を喰らって肥大化した悪性情報はまだ喰らい足りないのか、管制人格が更に落としてきたビル群に向かって触手を伸ばす。さっきの瓦礫とは違い、ほとんど形を保ったままのビル群であったが、悪性情報の汚染を考えればそんなものは些事でしかない。大質量であったはずのビル群でさえ、瓦礫と同じように汚染し、飲み込み、肥大化する。

 

 

それを見て管制人格は物質による攻撃は無駄だと判断し、初撃で使った広域空間攻撃魔法で自身に迫っていた悪性情報の塊を吹き飛ばした。流石は夜天の書のユニゾンデバイスなだけはある。状況の把握、理解、判断が人間よりも早い。機械だからと言ってしまえばそれだけなのだろうが、それを支えているのは夜天の書としての駆動期間、そして闇の書としての駆動機関なのだろう。機械であるがゆえに既知の出来事に対しての対処は早い。例え未知の出来事であったとしても、過去の前例から類似した出来事と比較する事によって即座に対処してみせている。

 

 

即ち、経験の差。数百年、或いは千年以上にもなる経験が、相性的には有利であるはずの悪性情報が即座に対処されている理由だった。

 

 

ともあれ、未だに想定の範囲内を出ていない。前世を合わせたところで半世紀も生きていない若造なのだ。高々相性的に有利というだけで勝てるのであれば拍子抜けも良いところだ。

 

 

ジュエルシードで補っているとはいえ魔力は劣り、経験の差は絶望的なまでに決定的。蒐集したスキルや魔法を適正の一切を無視して使われているので手数でも勝てるはずが無い。成る程、改めて状況を把握してみれば、泣きたくなるほどに絶望的だった。泣いて謝って許しを乞いたくなるが、しでかした所業が所業なので許してもらえずに嬲り殺される未来しか見えない。

 

 

常人ならば心が折れてしまいそうな状況だと再認識してーーーそれでも諦めるという選択肢は存在していない。

 

 

何故なら、俺は悪であるから。

 

 

絶望的な状況であってもそれが楽しいのだと嘲り笑い、崇高な願いを素晴らしいと称賛した上で唾を吐きかけ、どこまでも傲岸不遜に、ふてぶてしくあり続ける。前世ではそうあった。故に今世でもそうあるだけだ。

 

 

しかしこのままでは相手にならない事も理解している。そもそも俺は飛行が不得手なのだ。管制人格や高町たちのように自由自在に飛び回ると言ったことは出来ずに、精々魔力を使って足場を一瞬だけ形成するのが関の山。

 

 

故に、垂れ流されている悪性情報に命令を下し、一塊にしてから形を変えさせる。瓦礫とビル群を鱈腹喰らって肥大化した悪性情報の泥はその形状を徐々に俺は意向に沿ったものへと変化させていきーーー30メートルを超える東洋式の巨大な竜へと姿を変えた。

 

 

その額に飛び乗って高度を上げさせ、ようやく管制人格と同じ目線で立つことが出来る。

 

 

「……それは一体なんなのだ。私は知らない、過去の記録を検索しても前例どころか類似したものすら出てこない」

 

「なんだって良いだろ?それとも何か?八神はやてを傷つけた俺の始末よりも自分の知識欲を満たすことの方が重要なのか?成る程、お前の主を思う気持ちというのは所詮その程度だったというわけだな」

 

 

その言葉が琴線に触れたのか、それともそれでやらなければならない事を思い出したのかはわからないが、管制人格は言葉では無く突き出した手のひらに魔力を収束させる事で応じた。魔力光は桜色なので高町から蒐集した魔法だろう。思い当たるのはフェイトとの戦いで使ったスターライトブレイカーだが、あれよりも小規模なので恐らくは砲撃魔法。

 

 

「吼えろ九頭龍。荒々しく、そして猛々しく」

 

 

放たれた砲撃は九頭龍の咆哮を媒介にして広められた悪性情報によって敢え無く掻き消される。悪性情報による魔法無効化と、咆哮に込められた魔力で放たれた砲撃魔法に込められた魔力を上回ったというだけに過ぎないゴリ押しだ。管制人格だって原理を理解すれば再現出来るような小技に過ぎない。

 

 

「さぁ、第二ラウンドと行こうかーーー!!」

 

 

地上戦は終わり、空中戦へと移る。俺の言葉に従い九頭龍が巨体を荒々しく唸らせながら管制人格へと突進して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたら良いんだ……!!」

 

 

黒須龍斗は目の前で繰り広げられている管制人格とアクロ・ダカーハの戦いを見て苦しそうにそう呟いた。

 

 

普段の彼ならば、間違いなくアクロ・ダカーハに向かっていっただろう。何せ、アクロ・ダカーハは黒須の前世で彼に消えることのない傷を付けた。あの時の痛みが、あの時の後悔が、あの時の無念が、黒須の内側で燃えたぎる炎となって彼を突き動かす原動力となる。

 

 

だが、現状を考えれば激情の赴くままに行動することは出来なかった。何せアクロ・ダカーハの対峙している相手は闇の書ーーー悪質な改造の結果、本来の機能を失って破壊と虐殺を齎す宿業を背負わされた夜天の書の管制人格なのだから。彼女が現れた事により闇の書の暴走へのカウントダウンが始まってしまった。それはアクロ・ダカーハの手によるものだが、時の庭園の時のように愉快犯じみた無責任な行動かと思えば、先んじて管制人格と戦っている。

 

 

危険度で言えば止めなければならないのは管制人格の方だ。今はまだ大丈夫だが、本格的に闇の書の暴走が始まってしまえば地球が崩壊してしまう。この場での最善はアクロ・ダカーハと手を組み、管制人格を止める事。それを黒須は理解している……理解しているからこそ、苦しいのだ。前世で彼が憧憬を抱き、人々を導いた英雄ガリア・オールライトの唯一無二の怨敵であるアクロ・ダカーハと手を組まなければならないという事が。

 

 

頭では理解している、そうしなくてはならないという事も分かっている。だが消えぬ傷をつけられた心が身体を縛り付けて、その行動を取らせてはくれなかった。

 

 

なのはと御剣はどうすれば良いかわからずに困惑し、赤城は2人とも倒すべきだと主張している。前者の行動は御剣の精神年齢を考慮してもまだ納得出来る。しかし、赤城の主張はこの場に限っていえば間違いなく最悪手でしかない。

 

 

管理局の存在意義を考えれば、民間協力者とはいえ所属している黒須たちはそうしなければならないだろう。しかし、現在のアクロ・ダカーハと管制人格の戦いは拮抗しているようにも見える。つまり、赤城が言うようにどちらとも倒そうとすれば、拮抗している戦力の全てがこちらに向けられる事になるのだ。闇の書が蒐集した全ての魔法とスキルを扱う事が出来る管制人格と、正体不明な泥を竜として扱って管制人格と拮抗しているアクロ・ダカーハ。そのどちらからも狙われるなどと想像もしたくはない。

 

 

赤城は正義感があまりにも強すぎるのだ。間違いを許さず、正しい行いをしようとして、それを周囲にも押し付ける。今回のように正しいだけではどうにもならない事態もあるというのにだ。

 

 

将来、アクロ・ダカーハが赤城和真という人間の本質を理解した時、彼の事を〝正しさの奴隷〟だと称するのだが。

 

 

どうしたらいいのか理解していながらも、黒須は動かないでいた。前世で付けられた心の傷が疼き、無意識にデバイスであるセイファートを持っていない手で胸元を握り締めてしまう。高町と御剣は困惑しているものの、黒須が率先して動けばそれに続く形で従ってくれるだろう。赤城は従うかは未知数だが、最悪は気絶させれば良い。

 

 

動かなければならない、だけど動く事ができない。呼吸が段々と荒くなっていき、過呼吸気味になっている。

 

 

そんな最中、

 

 

「バルディッシュ」

 

『Yes, sir. Barrier jacket, Lightning form』

 

 

フェイトがバルディッシュに指示を出し、ヴォルケンリッター戦でスピードを上げるために薄くしていたバリアジャケットを元に戻した。黒須の感性ではあの時のフェイトの格好は痴女じみていたので元に戻ってくれたのはありがたかったりする。

 

 

「フェイ、ト……」

 

「私、アクロの事を助けてくる」

 

「どうして……あいつは、君のお母さんを利用して傷付けたのに……」

 

「確かに、あの人は母さんを傷つけた人だよ……でも、私ははやてを助けたいんだ。その為に、今回は我慢する事にする」

 

「ーーーあぁ…」

 

 

はやてを、闇の書の主である少女を助けたい。たったそれだけの理由でフェイトはプレシアを傷付けられた怒りを堪えて下手人であるアクロ・ダカーハに手を貸そうとしていた。転生した自分たちよりも幼いはずの、年端もいかぬ少女が、だ。

 

 

彼女の決意を、そして優しい理由を聞いて黒須は思わず感嘆してしまった。自分よりも幼い彼女が、大好きな母親を傷付けられた怒りを堪えているのだ。なんと強い事か。そして同時に自分に呆れてしまう。自分はなんと()()()()()で動けなくなっていたのかと。

 

 

胸元を握り締めていた手を解き、改めて拳を作って自分の頬を殴りぬく。加減無しで殴ったので切ったらしく、口の中には血の味がする。突然の自傷行為にフェイトが慌てているが、心配ないと落ち着かせる。

 

 

もう、息苦しさは感じない。身体だって自分の意思で動かせる。

 

 

「行こう。アクロ・ダカーハと共闘して、はやてを助けよう」

 

 

心の傷は無くなる事は無い。だがこの一時だけ、黒須はそれを忘れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「互角か……不味いな」

 

 

九頭龍の咆哮によって放たれる砲撃を搔き消し、カスパールで砲撃を乱射しながら現状に舌打ちをする。九頭龍を使っているとはいえ管制人格と互角に戦えている事は間違いなく大戦果なのだが、今回に限っていえばそれではダメなのだ。

 

 

管制人格の出現は闇の書の暴走へのカウントダウンが始まったことと同じ意味を持つ。互角に戦っていればカウントダウンはいずれ尽き、闇の書の暴走が本格化する。僅かにでも天秤が傾けば抵抗はされようが一気に決着まで持っていける自信はある。だが現状は互角、しかもそれは良くてであり、全体でみれば俺が押されている。

 

 

湧き上がってくる焦りを抑えながらどうにして押す事は出来ないかと脳みそをフル回転させる。好みから普段使うことの無いマルチタスクまで使って様々な手段を模索してみるが、結果はどれも互角が精々である。現在隠れて隙を伺っているリーゼロッテを使えばやれなくも無いのだが、その場合は間違いなく彼女が死ぬ事になるので保留しておく。

 

 

確かにリーゼロッテは俺の手駒だ。だからこそ、彼女が限界を迎えるまで使い潰すような事をしたくない。

 

 

「ーーー沈め」

 

 

静謐に告げながら管制人格が赤い短剣を飛ばしてくる。隙を伺う為にか何度か使われたので焦る事なく九頭龍の身体の一部を触手に変え、それを防がせようとし、

 

 

複数の短剣の内の一本だけが軌道を変え、触手を掻い潜るように避けた。

 

 

不味いと思ったがもう遅い。俺が回避に移るよりも先にあの短剣は俺の心臓を穿つ。バリアジャケットの防御も恐らくはバリアブレイクが付与されているだろうから無意味だろう。

 

 

無駄な足掻きと分かっていながら、身体を動かして短剣を避けようとしーーー俺に届くよりも先に閃光が間に割って入り、短剣を弾き飛ばした。

 

 

「……大丈夫、ですか?」

 

「……被害者の娘に安否を問われるとか新しいなぁオイ」

 

 

閃光の正体はフェイトだった。加賀美両夜の時ならば友人なのだが、今の俺はアクロ・ダカーハである。彼女にとって俺は母親を傷付けた仇であるはずだ。それなのに助けられ、心配されるという事態に少しばかり混乱してしまう。

 

 

「俺を助けたって事は、そういう事だって思っていいか?」

 

「あぁ、お前が考えている通りだ」

 

 

脳裏に思い付いた可能性を口にしてみれば、隣にやってきた黒須が苦虫を噛み潰したような顔をしながらもそれを肯定した。彼の心情は理解出来る。だが、そうするのが確実だからそうするのだろう。俺としては三つ巴の混戦も悪くなかったのだが、確実性を考えればこちらの方が好ましかった。

 

 

黒須の後に高町が、御剣が、赤城が続く。赤城の目が怒りと憎悪に満ちているのが気になる。黒須とフェイトにそういう目をされるのならまだ納得出来たが、こいつにそんな目をされる理由が皆目見当が付かない。この状況では背中を預けるしか無いのだが、完全には信用しない方が良さそうだ。

 

 

「俺たちははやてを、そして管制人格を救いたいーーーだから、手を貸せ」

 

「まさかこうなる時が来るとはなぁーーーだか、それもまた一興だ。2度と無いだろうし、精々楽しめ」

 

 

黒須とーーー善の側の転生者との共闘。思わぬ事態に堪えなければならないというのに口角が持ち上がるのが抑えられなかった。





夏の暑さにやられながらの投稿。遅くなってごめんね!!

強敵を目の前にして敵対していた同士が手を組んで一緒に挑むのはロマン。まぁ、強敵を倒したら敵対する儚い同盟なんだけどね!!


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