仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
某月某日───。
アギトこと津上翔一は戦っていた。
迫り来る災禍の化身たるノイズを相手に、鬼気迫る勢いで拳を放ち、背後からの不意打ちにさえ不動の心で迎え撃つ。
一瞬の動作で敵を葬る回し蹴りが炸裂。煤塵と舞う雑音を裂いて、ノイズの腑に手刀を打ち込む。いとも容易く貫かれる様は、まるでノイズが脆いモノだと幻想を抱かせる。
しかし、見惚れるには遅い。一秒も満たない刻が過ぎ去る度、アギトは己の使命を果たさんとノイズを次々と消滅させる。
音を置き去りにして。
心を無に代えて。
鏡に映る修羅と化した自身を認めて。
津上翔一は戦う。運命を覆すために、命を薪に強さという進化に身を委ねる。
───南西二キロ先。数は少ないが手強いぞ。
脳裏に火のエルが囁く。
アギトはノイズの顔面を鷲掴み、そのまま投げ飛ばすとクロスホーンを展開。一瞬の構えから拳を握り締め、敵陣へと飛び込む。
【ライダーパンチ】
金色の戦士に傷を負わせることなど不可能だ。圧倒的な力の格差が爆風と共に荒れ狂う。
颯爽とノイズを殲滅した翔一は脳波による遠隔操作で疾走するマシントルネイダーに飛び乗り、足早に新たな戦場へと向かう。
───到着は五分、いや、三分で着かせる。
翔一は何も語らない。ただ、真紅の複眼を遥か彼方の敵へ向けるのみ。
予知が起こった。今の今まで打ち倒してきたノイズの群れを遥かに越える大量発生の兆候。何者かが意図的に仕組んでいるあろうこのイレギュラーな事態は、翔一にとって運命を決めるターニングポイントになる。
決め手となったのは、立花響と小日向未来の『ツヴァイウイング』のライブ抽選の結果だった。
このライブこそが『戦姫絶唱シンフォギア』の冒頭たるプロローグであり、すべてはここからはじまる。いや、始まってしまう。
最初は翔一も二人に誘われていたが、内部よりも外部からでないと下手に動けないと踏み断った。
二人は見事、ライブのチケットを購入する権利を得た。日程を把握後、その前日から多発するノイズを予知。エルロード達と意見を交わし、全てのノイズを短時間で全滅させ、ライブ会場に出現するであろうノイズを倒すという考えに収まった。
理由は一つ。翔一が持つアドバンテージたる原作の記憶に沿って進む限り、辛うじて先回りができるということ。
ノイズの大量発生によりライブ自体が延期や中止になってしまった瞬間、翔一の知る未来とは大きく異なってしまう。そこでは天羽奏が犠牲になるのか、あるいは別の者が犠牲になってしまうのか。どちらにせよ、多少の差異はあるとして、原作に忠実に動いている時間軸のままならば、翔一は先回りが可能であるのだ。
かつてないノイズの大量発生。それも同時多発ではなく、
相手にとって最も予測不可能な存在であるアギトを遠のけるため、すべては罠に過ぎない。
ならば、壊して進むだけだ。
間違いなく敵は守りに入ったのだ。
邪魔されまいと翔一にデスマーチを仕掛けてきたのだろう。だからこそ、翔一に敗北は許されない。
守らなくてはならない。そう決めた。頼まれたわけでもなく、勝手にそう決めて、その為に頑張ってきた。
〝ここでやらなきゃ、俺の存在価値は無い〟
───直線上、三体!
ビルの頭から覗く巨大なその相貌を三つ視認できる距離まで近づいた。厄介な大型ノイズの群れは一向に離れようとしない。果敢に攻めて乱戦に持ち込もうものなら、かなりの時間を有してしまう。
ここから敵の感知範囲外から奇襲するしか他ない。
アギトはグリップから手を離し、バイクより前へと高く跳び上がる。それと呼応するように乗り手を失ったマシントルネイダーの車体が宙に浮いた。
両タイヤが真横に傾き、前に突き出され、車体全身が一回り大きく伸びると、アギトは大地に滑空する機械の龍に似たスライダーモードに着地する。
出し惜しみは無しだ。
クロスホーンを展開。音速の壁を越えんと風を裂いて加速するマシントルネイダーは大型ノイズに向かい突進するが如く一切のスピードを緩めない。
これは翔一の持ち得る奥の手の一つ。
日々の過労に終止符を打てるはずだったが、会得後すぐに地のエルによって封印された強力な一撃必殺───!
【ライダーブレイク】
「はァァああああああああああッ‼︎」
突然の
それは謂わばライフル弾。
貫くことに総てを掛けた膨大な殺傷威力を誇る必殺の一蹴。
巨大な的と成り下がった大型ノイズたちの身体に風穴が開く。重なり合う三つの風穴はやがて煤塵と成り、空へと昇華されていった。
(熱ッ⁉︎ てか痛───ぇぇぇぇぇ⁉︎)
着地による摩擦が想像を絶するほどのものだった翔一は静かに悶える。足裏から上がる煙は嘘ではない。思えば、この技は今までに一度しか使ったことがない。それも今回ほどの助走は付けていなかった。
───三体同時討ちなど無茶をするからだ。
呆れ果てる地のエルの声が響く。容易く削られたアスファルトには焼け跡が何メートルも刻まれていた。
───しかし、時間短縮にはなった。これなら間に合うかもしれん。
遅れて滑空するマシントルネイダーが必死に足裏に息を吹きかけるアギトの前に止まり、元のバイクの姿へと戻りながら地面に降り立った。
───行くぞ、アギトよ。絶望を伏せ、運命を捻じ曲げてみせよ。
***
同時刻───。
立花響は不貞腐れていた。
目眩がするほどの人の群れ。街を一色に染め上げる興奮の渦。進まない人混みに押し潰されそうになりながら、立花響は一人虚しそうに俯くばかりだ。
ビルに飾られた巨大な液晶パネルが二人の歌姫を映し出す。早朝だというのにもかかわらず、熱気で空が曇りそうだった。
今日は待ちに待った大人気ユニット『ツヴァイウイング』のライブ当日なのだ。
だが、響の足取りは重い。
しまいには溜め息を零す。これから始まるライブは夜も眠れぬほど楽しみにしていたはずだったが、些末なことで空回りしてしまった。
喧嘩をした。あの人と、理不尽な理由で。
「わけわかんないよ。いきなりライブに行くなって」
それは突然であった。
一週間ほど前、例のようにお好み焼きを食べに向かうと、突然として津上翔一は響の両肩を掴み、真剣そのものの表情で「ツヴァイウイングのライブには行くな」と言い放たれた。
あまりに突拍子もない出来事だったので、冗談だと笑うと翔一は顔を一瞬だけ曇らせ、叱りつけるように「危険だ」とか「あれは実験なんだ」と根も葉もない妄言を語り始めた。
挙句は「ノイズが出る。絶対に行くな」と静かに怒りを露わにした。響は半ば泣きそうになりながら反論した。楽しみにしていた一大イベントをなぜ訳の分からない理由で蔑ろにされなければならないのか。
結局、喧嘩したまま別れ、以降は連絡すら取っていない。響自身も初めての経験に戸惑うばかりで、尚且つ自分に非がないことを考えてしまい、どうしても不貞腐れてしまう。
「怖かったな……翔一さん」
初めてだった。彼の怒った姿を見るのは。
なにより、ほんの一瞬だけ見せたあの苦しそうな表情は何だったのか。どうして、こうも悲しくなるのか。
心にぽっかりと空いた穴。埋めようのない気持ちが先走る。
「明日、会ってちゃんと話そう」
とにかく、今はそう決めておく。
「あ、未来からだ」
携帯電話の着信。なぜだろう、とても嫌な予感が走る。
たとえば、そう、親友が何かの理由で来れなくなってしまうとか……。
「うん。今、並んでる。え───」
神妙な親友の声が電話を通して聞こえた。
物語という運命は残酷だ。少女は親友と楽しむはずだったライブに、神さまが意地悪をして不幸を鉢合わせた。仕方なく少女は一人で熱狂的な会場の中へ進む。舞い降りた二人の歌姫に魅入られ、心を奪われ、そして災厄と対面する。
この筋書きこそが、物語の必然的な運命である。それを津上翔一は知っている。だから、今も戦っている。
原作通りなら知っている。未来を知っている。もちろん、知っていた世界に
信じて疑わなかった。
「ちょっと遅れる? いいよ、いいよ。いつも私が遅刻してるんだもん。何時間でも待つよ〜」
響は少し笑いながら手を振った。なんの心配があろうかと。
「先に会場入っとくね。うん。おじさんの怪我も大したことじゃなくて良かったね」
運命は既に狂い始めている。
もはや爆死が原動力とは言えないぐらいにインフレしてしまったXD。それでも回し続ける「なんかいけそうな気がする!」というゴミクソ直感を信じて。(※これからギャグが気配遮断します。シリアルの牛乳抜きみたいになります。ご了承を)