仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
「翔一さんの好きなものって何ですか!」
「響ちゃん、いきなりどうしたの? 藪からマジカルスティックに」
「いつも美味しいご飯を作ってもらっているので、何か仕返しをと思いまして、えへへへ」
「仕返しされちゃうのかい俺。いったい何をお見舞いされるんだろう……」
とある日の昼下がり。いつものお好み焼き屋で行われる何気ない光景。
「最近、思ったんです、私って翔一さんの好きなものってあんまり知らないなって」
「いやいや。俺の好物なんて知ってるでしょ。家庭科の教科書の裏表紙とかに全部載ってるよ」
「……? お肉とかお魚?」
「おしいね。正解は六つの食品群」
「食材全般ですか⁉︎ 私以上に食に貪欲だ! ───じゃなくて! えーと、食べ物以外! 食べ物以外で好きなものをお願いします!」
「食べ物以外……食べ物じゃないもの……それって地球上に存在してる?」
「どれだけ食べ物への許容範囲大きいんですか⁉︎」
「夢は大きくってね」
はははっ、と笑う翔一にいよいよ響は頬をむすーっと膨らませる。
「真面目に聞いてるんですよ、こっちは」
「わかってるよ、わかってる。うーん。俺の好きなもの、ね……」
あーでもないこーでもないと考え込む翔一は閃いたように響を見つめて。
「響ちゃん、笑って」
「へ?」
「ほらほら、笑って、笑って、笑顔」
「え? ええっ?」
「どうしたの。笑えなくなっちゃった? 笑顔ってのはこう作るんだよ」
「ブッ、何ですか、その顔⁉︎」
「とある脳味噌ロイミュードの真似」
「ははははっ、ちょっとやめて下さい、近づけないでその変な顔!」
「そ の 顔 が 見 た か っ た ァ……(恍惚)」
翔一の類稀な物真似(主に顎)に爆笑する響。
「はははっ、はは……け、結局なんなんですか、翔一さんの好きなものって」
「ん? 笑ってる顔」
当然のようにそう答えた。
「笑ってる時ってさ、みんな幸せそうでしょ。見ててこっちも気持ち良いし。俺はそういうのでいいや」
幸せそうに彼は言った。
そんな無欲な翔一に響は眉をひそめる。
「じゃあ、それをどうやって翔一さんにプレゼントすればいいんですか」
「プレゼント? ああ。そういう話だったけ」
翔一は笑いながら応えた。
「それじゃあ、もしも俺が泣いてるときは、代わりに響ちゃんが笑ってよ。それで俺も元気になるからさ」
「ええー。翔一さん、泣かないじゃん。見たことないよ、翔一さんが泣いてるところなんて」
「泣くさ。泣く泣く。涙ちょちょ切れるまで泣くよ。プリキュアの映画で号泣するもん、俺」
「私はごんぎつねで泣きましたよ」
「なぬ。じゃあ、俺はモチモチの木で……」
「絶対に嘘だ」
そんな思い出があった。
人の笑顔が好きだと臆面もなく言った彼の笑顔が好きだった。そんな笑顔に憧れて、そんな生き方に憧れて、そんな優しさに心焦がれた。
───もう会えないのかな。
淡い微睡の中で立花響はそっと目を覚ました。
空は茜色に染まっていた。澄み渡った夕暮れの時間だった。
あの鳥は、何という鳥だろう。羽ばたいた影に思いを馳せて、響は指一つ動かせない朦朧とした意識でその声を聞いていた。
「生きることを、諦めるな‼︎」
傷だらけの天羽奏が叫んでいた。
大人気ボーカルユニット『ツヴァイウイング』の片翼たる赤毛の少女が、埃に塗れ、血を垂らして、意識の覚束ない響へ叫び続けていた。
力強い眼差しだった瞳に涙すら浮かべて、砕かれた槍を支えにし、懇願するように掠れた声を懸命に響かせる。お願いだ。目を覚ましてくれ。生きてくれ───その願いが響の冷たい心に沈んでいく。
彼女の背後には途方に暮れてしまいそうな数のノイズの軍団が絶えず蠢いていた。大きいものから小さいものまで、奇怪な化け物は声にも音にもならぬ不快な残響を振るわせて、忌々しい戦姫の力尽きる瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
その中に、異質なノイズが居た。
それも二体───銀と銅。
人間のような肉体と亀のような容姿を併せ持つ異形の怪物。亀人間とでも称するべき甲羅を背負ったノイズは不気味な笑みを浮かべながら、もう一人の戦姫たる風鳴翼と死闘を繰り広げていた。
戦況は決して芳しいものではなかった。
翼は
最悪の状況だった。
地獄のような光景。阿鼻叫喚する者さえ、煤に変えられてしまった虚しき煉獄を模した戦場。
そこに立花響はいた。
血で彩られた瓦礫にもたれ、その幼き肢体を流血に染めて、彼女は眠るようにそこに座っていた。
そうして、響はやっと思い出した。
ツヴァイウイングのライブ中、突然に現れたノイズの大群。
逃げ惑う人々の波によって引き裂かれた響と未来。
気を失ってしまい、一人観客席に取り残された響が見た異様な光景。
ツヴァイウイングの天羽奏と風鳴翼が唄を歌いながら、迫りくるノイズと戦っていた。
目を疑うような光景に、呆然としてしまい、響に気付いた奏の叱咤に突き動かれるままに響は逃げようとするが、足が竦んでしまい───。
それは奏がノイズの怒涛の猛攻から響を守るために盾として振るった神槍ガングニールの鋭い破片であった。決死の力を振り絞って、その命を守ろうとした彼女の魂の叫びはいとも容易く裏切られた。
勢い盛んに弾かれた神槍の破片は弾丸の如き速度と殺意を得て、少女のか弱い矮躯を抉り、激しく叩きつけるように吹き飛ばし、糸の切れた人形のように踊らせた。
飛び散る赤の鮮血。
少女の悲劇。
響はそれを思い出した。
胸にぽっかりと空いた穴。どくどくと流れて止まらない血。痛みはすっかり感じなくなってしまったけれど、恐ろしいほどに心寂しい……。
苦しくて、悲しくて、寂しくて。
こんなときは、いつもあの人の居るお好み焼き屋へ行くのに。
どうして、からだは動いてくれないんだろう。
「翔一さん……」
揺れる唇がそう呟いた。
その愛しい名前を言葉にした。
奏の顔が安堵に染まる。───生きている。この子はまだ生きている。
頬の綻びも束の間、瀕死の重傷を背負った少女が最後の拠り所として口にしたその名に心が騒ついた。その名に心当たりがあった。普段なら気に留めない普遍的な名前なのに、奏はそれを無視できなかった。
偶然だろう。たまたまだろう。運命の悪戯というものだろう。でも、もしもその名前が彼のものだとしたら───。
震える唇が、小さな願いをこぼす。
「会いたいよ、翔一さん」
その名を抱きしめるように───声にして。
助けて欲しいわけじゃない。慰めて欲しいわけでもない。ただ、あの優しい声が聞きたかった。あの青年の笑顔を象徴するようなポカポカとした柔かい声を聞けたなら、どんな困難にも立ち向かえる勇気がきっと湧いてくるから。
だから、その声を───。
祈りですらない、小さな願望。
大好きな彼にもう一度だけ会いたい。
ただそれだけの拙い希望。
「翔一さん」
だから、それは運命と呼ぶに相応しいものだった。
爆発音。巨大なライブ会場を包み込むような破滅的な轟音が響き渡り、観客席の一端が文字通り吹き飛んだ。怒り狂ったように土煙が激しく舞い上がり、憤激を象る大きな風穴が客席に空いていた。
その穴の奥から、無数の───何十もの数のノイズが軀をぷすぷすと半壊させながら、蜘蛛の子を散らすように必死に逃げ惑い、恐怖に煽られたように穴から這い出て───陽の光に晒されるまでもなく力尽きて崩れ落ちた。涼風に運ばれる黒い煤が混ざった土煙に一体どれほどの数の
闇に紛れた赤い双眸が、狼煙の如き砂塵を
闇の中、見つめている。
黄金の鎧を纏った神々しい戦士の血潮の如き紅い瞳が、狂おしいほどの地獄と化した戦場を冷徹に一瞥している。黄金の肉体に巻かれたベルトのバックルに当たる部位が眩いばかりの閃光を闇に落とし、遍く全てを圧倒する金色の存在感に誰もが息を呑んだ。
天羽奏だけだった。彼を見て、異変を悟っていたのは。
血だった。黄金の鎧を纏う黒い体躯が痛々しい生傷を伴って、赤い血が巻きつくように絶えず滴っている。心なしか、普段の威圧めいた存在感も弱まっている気がした。
まるで、死にかけ───命を削っているようだ。
「仮面ライダー……?」
薄れゆく意識の中で、響は微かに唇を動かして、その誇り高き名を呟いた。
仮面があった。呪いのような仮面が───決して外すことのできない忌まわしい仮面となって、彼の表情を鉄のように閉ざしている。
……なぜだろう。いつも優しく笑っていた青年が目に浮かんだ。
あの柔かくて温かい笑顔が遠くなっていくみたいで。
涙すら枯れ果てた悲しみが彼を覆っているみたいで。
響はそれが堪らなく嫌だったから───。
「泣かないで、翔一さん」
無意識に、意味もなく、理由もなく、何の確証もないままに───響は
そこにいるのは、彼ではないのに。
そこにいるのが、彼のような気がして。
彼女の意識はそこで限界だった。安らかな笑みを浮かべたまま、願いが叶ったと言わんばかりの温かな表情で、ゆっくりと目蓋を閉じた。
アギトは何も言わず、迸る流血に犯されながら静かな眠りについた少女に近寄り、乱れた髪をそっと直して、汚れた頬を優しく払い、くしゃくしゃになった頭をぽんぽんと撫でた。
真っ赤な瞳は何も語らない。神槍の破片が少女の矮躯を貫いていないことを確認していたのかもしれない。あるいは、奏から見えない位置から少女の傷を癒そうとしていたのかもしれない。
どちらにせよ、どの可能性であれ、天羽奏の瞳には、無垢な少女の悲劇を嘆き悲しむ一人の人間のように見えた。仮面のようなその顔が、如何なる感情を抱いているのか、奏には痛いほどに伝わってきた。
「ア、ギト……」
彼の背中には、何の言葉も必要がなかった。
ただ、優しく少女の頭を撫でて───鎧の戦士は地についた膝を立ち上がらせる。
踵を返して、騒然たる雑音の群れと向かい合う。
表情などあるはずもない。涙などわかるはずもない。
しかし、血が滲むほどに固く握り締められたその拳は仮面では隠せない。
ゆっくりとその足を進ませる。
獣の如き威圧を撒き散らし、来たる嵐のような静けさで。
徐々に速度を上げていく。
心を持たぬ悍しい悪へ、鉄槌を下すために疾走する。
「おぉぉおおおおおおおおおおッ‼︎」
激昂の雄叫び。
人間の怒りがあった。
少なくとも、天羽奏にはそう見えた。
飛び掛かる有象無象の雑音を振り払うように、鮮やかでありながら暴虐的な凄まじい拳打を余すことなく撃ち込んで葬り去る。格殺のカウンターを叩き込み、背後の敵を蹴り飛ばし、修羅の権化たる武神の強さで猛威を振るう。
憤怒に満ちていた。
怒れる龍のようだった。
只ならぬ闘志がアギトを尋常ならざる狂気へと駆り立てるように、彼は忘我の獣と成りながら、憎きノイズに一方的な殺戮を
津上翔一は怒りに身を委ねはしなかった。
極めて危ない
まだ守らなくてはならぬ笑顔が───失われそうな笑顔が残っているから。
津上翔一は仮面ライダーとして、命の灯火が消えるその時まで、正真正銘の死力で戦わなくてはならない。
「──────ッ⁉︎」
突然の吐血だった。
口元を覆う
赤い血だった。
生きている証だった。
それもすぐに失われる。
敵陣の真ん中で死神に触れられたように立ち竦むアギトに、ノイズの容赦ない攻撃が無差別と言うべきほどの猛攻となって襲う。アギトはその金色の鎧に血飛沫のような火花を散らして、崩れかけた地面に転がるように倒れ伏した。
否、血飛沫のようなものではない。本物の血飛沫がアギトの弱まった装甲から漏れていた。決して砕けぬ鎧と自負していたアギトの
翔一は歯を食い縛る。仮面で隠した顔が苦悶に歪んだ醜態であることを、誰にも悟らせまいと指先に力を入れて、震えながらも立ち上がる。
腹部の傷口からドバドバと血が溢れる。膝が震えている。手の感覚が無くなっている。もうじき死ぬのだと全身が涙ながらに訴えている。
「ア、ギ……ト」
その惨たらしい一部始終を目にした奏の心情はそう易々と語れまない。
赤い血を流した。人間の血潮と同じような赤色の熱い血が彼にも流れていた。誰よりも傷ついていた。何よりも苦しそうだった。振り上げた拳が砕けて血を垂らし、生々しい肉を見せても尚、その拳で殴り続けていた。
怒り───ではない。
もはや、それは悲しみだ。
仮面で隠されているから、誰もその痛みを知ることなどできない。誰も彼を止められない。その流れる血を慈しむことはできない。孤独。哀れなまでに孤独な強さ。
「おまえは、何のために、そこまで」
奏の声など耳に届いていない。彼に残された時間もごく僅か───アギトは右のサイドバックルを乱暴に叩いた。
賢者の石が銀の刃紋を滑らせる長剣を生成するとアギトはその身を火が灯るように赤く染めて、赤い鎧を纏った右手で剣を握り締めた。
「ハァァッ‼︎」
突破口を切り開き、その灼熱と化した身で疾走。
すれ違いざまにノイズを流れるように叩き斬る。
止まらない斬撃。
終わらない地獄。
終止符を打つべく。
アギトはその赤い瞳に討ち滅ぼすべき邪悪な意思を捉えた。
激しい火花を散らす
銅の
『o wOo……a aa AGITΩ……korosaneba korosaneba‼︎』
火のアギトは剣を構える。
赤い戦士の背中には、こいつらは俺の獲物だと強引に語りかけるような鋭い圧が籠もっていた。
翼はもどかしく混乱する。彼女の目からしても、明らかに今のアギトはとても戦えるような状態ではなかった。今も尚、彼の身体からポタポタと滴る血の滴は削がれた肉から溢れているのだろう。濃厚な死の匂いが漂っている。命の終わりが死神となってアギトの首に鎌を突き立てているようだ。
「そんな姿で戦えるわけ……!」
ない、と言う前に───既にアギトは二体の
異論は認めない───強い意志だ。
翼は目を滑らせて、何とか立ち上がろうと苦渋の表情を絶やさない天羽奏と未だ数を減らさないノイズの群れを見て、決断の時間は残されていないことを悟る。悔しいが、翼にはロードノイズ二体をまとめて相手取る実力はない。単体ならば───奏が大怪我を負ったあの日───翼は別の場所で、豹のロードノイズとの戦いで勝ち星を挙げていた。だが、今し方、二体の
彼女は二体のロードノイズを倒せない。
この地獄を終わらせられない。
風鳴翼に大切な人───天羽奏は守れない。
その現実は覆しようがなかった。
だが、この卓越した戦闘技術を持つ生命体ならば。
奏を救ってくれた
「二号……いや、アギト、先日の無礼を詫びます。許してほしいとは言いません。私を斬りたくば、斬ってもらって構いません。しかし、どうか、その前に、一つだけお願いがあります。───負けないでください」
翼は頭を下げた。地面と平に並ぶほどに深々と───異形の戦士へ頭を下げた。
剣を携えた少女の切なる願い。
アギトはほんの僅かに顔を向けて───何も言わずに己の敵へ向かい直した。それこそが彼の出来る精一杯の答えであるかのように、傷ついた身体で長剣を構える。
翼は踵を返し───アギトに背中を預けるように、ノイズの集団へと疾走する。自分が出来る精一杯を為すために。
「はぁぁぁぁッ‼︎」
「ハァァァァッ‼︎」
二人の剣士が戦場で吠える。
***
津上翔一は強かった。
彼がこの世界で目覚めた時───自分が異形の生命体へと変身できると知った時───彼は初めてノイズと
合理的な殺法とでも言うべき滑らかな戦闘を自分ではない何かが自分の身体を使って、見事なまでの殺戮に近い戦いを繰り広げている。そのような異質な感覚を手にした翔一は、すぐにそれこそが彼の失われた記憶なのだと察した。
津上翔一という仮初の名を語る人間ではなく、この肉体の奥深くに潜む魂の記憶が津上翔一の本能として戦わせているのだと気付いた。
彼は恐れた。
戦いが怖かったわけではない。戦えたことに恐れたわけでもない。
戦いを終えて、何の感情も抱かなかった自分に恐れた。
恐怖がなかったことに底知れぬ恐怖を覚えたのだ。
───俺は一体、何者なんだ。
彼は問うた、この肉体に宿った三つの使徒へ。
───俺は何だったんだ。
大天使は何も語らなかった。
冷たく突き放すように翔一を欺いた。
その代わり、大天使は彼に問うた。
───汝はこれから何者に成るつもりか。
言い淀んだ彼にこう言った。
───汝は何者にでも成れる。
だから、戦え。
お前はそうあるべきだ。
神が認めた男はそうであったのだから。
───変わればいい。汝のまま、変わればいい。
***
銀と銅の鎧を纏った
しかし、如何に歪な異形と言えど、
動揺はないが、焦りはする。
この硬度から分析して、恐らく
相手は、互いの背中ならぬ前を護り合える二体なのだから───。
間髪入れず銅のロードノイズが突進攻撃を仕掛ける。身を翻して回避───直後に銀色の
凄まじい火花が散らさせる。
手応えがある。
ならば、勝利への算段は整った。
超越した感覚が銅色の
───が、そこでアギトは動きを止める。
身体が言うことを聞かない。
脳の信号を受け付けない。
神経が働きを止めたのだ。
アギト───翔一は奥歯を食い縛って、銅色のロードノイズのコンクリートすら容易く砕く突進をまともに喰らう。頑丈な体躯に物を言わせた分厚い一撃。けたたましい衝撃。声にもならない激痛。腹部の傷が抉られる音がして、意識が───意識だけは留めんと抗うが、彼の肉体は宙へと吹き飛ばされ、叩きつけられるような落下の痛みが追い討ちとなって襲い掛かる。
その時、ブツンと嫌な音がした。
「ッ──────⁉︎」
また吐血。
腹部からも血。
「がぁッ」
立ち上がろうとした。
立ち上がれなかった。
(うごけない……)
底が見えた。
限界が目の前にあった。
終わりがここだった。
『aa AGITΩ buzama da』
銅の
『shinikake huuzen no tomoshibi』
銀の
それでも翔一は立てなかった。
もう立てなかった。
心臓の音が遠のいていく。熱い血が吐き出されて、肉体が急速に冷たくなる。自分の身体が自分のものではなくなる。ただの肉の塊となる瞬間を延々と見せつけられる。
その感覚は間違いなく死だった。
勝てない。
勝てるはずなのに、
負けてしまう。
負けられないはすなのに、
(俺はまだ‼︎ まだ戦える‼︎)
魂が叫ぶ。魂だけが叫んでいる。
まだ折れていないと。まだ生きていると。
仮面ライダーはここにいるのだと、魂が叫び続ける。
「■■■───‼︎ ■■■───ッ‼︎」
声が聞こえた。
耳が遠くて、誰の声かはわからない。
だが、確かにそれは聞こえたのだ。
不思議な話だった。たかが声の一つで、感覚も神経も死んでいるのに、もう死んでいれば楽なのに、こうも力強く立ち上がれるのだから───。
『mada tatiagaruka shinizokonai……⁉︎』
『AGITΩ no genkai wa kiteiruhazu‼︎』
勝てるか、こいつらに。
指一つ動かせないような状態で。
「………………」
……たった一つだけ思い当たる手段がある。
この地獄のような状況を覆せる力。このノイズ共を葬り去る力。
絶大なる力に───身に覚えがある。
ただし、その手段とすら言い憚かってしまいそうな傲慢が過ぎる力は、津上翔一の命───今にも消えてしまいそうな生命に明確な
もって十秒───それが命の時間。
許してくれるだろうか、あの天使たちは。
翔一はぼそりと呟いた。誰にも聞こえない虫の羽音のように小さな声で……。
「エルロードさん、今までお世話になりました」
自分の中に住み着いた大いなる大天使の三柱へ。
「ありがとうございます。でも、ここで終わっていいんです」
最後のお願いをするために。
「だから、最後に、俺に力を貸して下さい。ありったけの勇気を俺にください」
俺を本当の仮面ライダーにしてください。
彼は願う。
地に膝をついて、祈りを捧げるほどの余力は残されていなかった。頭を下げるほどの微力でさえ、瀕死の翔一には損なわれていた。
呆然と茜色の空を仰ぎ見るように、無限に等しいノイズに囲まれながら、静かに立ち尽くして、心の中で願うだけだった。
でも、きっと、彼らにとって、それすら不要な儀式に違いない。
───力を貸すなどと腑抜けたことを。それでも汝はアギトか。
地のエルが叱るように言う。
───元より我らは汝の力よ、好きに使うが
風のエルが呆れたように言う。
───ならば、迷いなきその覚悟、通してみせよ。それが汝の為すべきことだ。
火のエルが諫めるように言う。
そう言ってくれた。
誰も拒絶はしなかった。肯定もしなかった。
好きにすればいいと彼らの言葉は物語っていた。自分たちにできることは力を貸し与えるのみ。その絶大なる力を行使して、何を得ようとし、何を失おうと、それはお前が背負うべき業なのだ。
翔一はそう教えられてきた。
だから、彼らエルロードは津上翔一の我儘に付き合う───気前の良い大天使に過ぎないのだ。
「ありがとうございます」
そう小さく呟いて、アギトは
小さく呼吸。
翔一は目を閉じるように、その身を自然に委ねた。
深呼吸のように大気中に霧散している自然の遍くエネルギーを根刮ぎ吸収して、アギトの凄まじい力の源たるオルタフォースへと
茜さす陽の光が、傷だらけのアギトを孤独に照らした。
凍てついた空気が鼓動となって熱く燃え上がる。
世界が祝福するように、名もなき歌を口ずさむ。
そして、ゆっくりと、その手を前に突き出して。
───目覚めろ、その魂ッ‼︎
左右のサイドバックルを同時に叩き込んだ。
赤と青が交差する金色が瞬いた。
その瞬間、世界は真の光とは何かを知ることになる。
世界を覆う自然に
風が舞い、火が叫び、大地が歌い───自然が奏でる調律の唄。
暗黒の闇を引き裂く一筋の輝き。奏響くは黄金の光。
自然という神に祈る。
その魂に誓い、
祈れ。
炎───それは熱き感覚。
嵐───それは澄んだ精神。
地───それは美しき生命。
三つの光が重なり、一つの光となる。
魂の名の下に集う、三位一体の力。
やがて、龍が目を覚ます。
双つの瞳を携えて、闇を払う黄金の光と成って。
彼らは一つになる。
『
灼熱を司る赤い右腕と青嵐を体現する左腕に挟まれた大地を賛美する金色の胸筋。荒れ狂う莫大な量の金色と化したフォニックゲインが彼を中心に逆巻いている。それは世界からの祝福。天からの神託。進化という奇蹟の体現者。
それは謂わば、大自然の暴力である。
極めて理不尽な天災という名の執行者である。
赤き右手に剣を、青き左手に矛を携え、黄金の胸に決して挫けぬ魂を抱き───。
目覚めしアギトは光となる。
ト〜リ〜ニ〜ティ〜♪(オリ主への鎮魂歌)
これは祝わねばなるまい(黙祷)
次回、後編にてアギト編完結です。アギト編完結です(大事なry)
オリ主の死に様をご覧あれ(壮大なフラグ)