仮面ライダーだけど、俺は死ぬかもしれない。 作:下半身のセイバー(サイズ:アゾット剣)
それでは、最終回( )をどうぞ。
『
それは人間の器に収まる力ではなかった。
創造神によって生み出された七体の超越生命体───エルロード。
特撮ドラマ『仮面ライダーアギト』における最大の敵にして、最強と呼ぶに相応しい圧倒的な強さを誇る怪人。神に従え、天使を従え、人を憎み、人を虐殺し、アギトを殺さんとした───偉大なる天の遣い。それがエルロードである。
その力は計り知れない。
神という頂きに最も近い生命体の強さなど、誰にもわかるはずがない。知る機会もなければ、理解もできない未知の領域を───この世界で津上翔一と名乗った青年は利用した。
利用するしかなかった。神の力を───この身が滅びようと。
そうでもしなければ、彼は
津上翔一はアギトである。
しかし、それはエルロードあっての
彼の中に眠りし、神の化身たる三体のエルロードが内に秘めたる絶大な力のほんの一部を、
三つの
各性能を活かすも殺すも───アギトたる翔一に委ねられる。
戦況に応じて使い分けねばならなかった。すべての能力値に優れたものなどいないのだ。速度は防御を損わせ、強力なパワーは俊敏な動きを失わせる。長所と短所。万能はいない。全知全能など神と呼ばれたものしか存在しないのだから……。
そして、今───。
進化は促された。
超越進化の
地のエル。
火のエル。
風のエル。
謂わば、大天使らが有する莫大なる力を無理やり一つに合わせた───
遍く生命態を巻き込んだ巨大なヒエラルキーの頂点に座する七体の使徒───その内、三体もの
耐えられるはずがない。
耐えられるわけがない。
ただでさえ、三つの基本形態ですら、一騎当千の強靭な戦士へと変身できる彼が、その三つある
それに今の津上翔一は───仮面で隠されたその状態は───棺桶に半身を奪われたようなものだ。無謀にも程がある。無茶が過ぎる。来たる死を加速させているだけだ。……そうだとしても。たとえ、そうであろうとも。
この身が朽ちてしまおうと。
生命が灰となって燃え尽きようとも。
守らなくてはならないものは何一つとして変わらないのだから。
『
───見えているか、アギト。
火のエルが呟く。
───汝が倒すべき敵が。
翔一は答える。
───見えます。俺の守るべきものが。
美しき自然という名の神を抱いた戦士───仮面ライダーアギト
***
天羽奏の表情が驚愕に染まった。
それは得体の知れない凄まじき力を前にした畏怖であった。それは絶望の最中にもたらせる美しい輝きを目にした感動であった。果てなき希望の光───それは真の光への熱い感嘆。
光を見た。
涙するほど美しい光を見た。
暗黒を照らす正義の光が生まれる瞬間を目の当たりにした。
嵐のような烈風が吹き荒れ、空気を焦がすような炎が入り乱れる大自然の暴力の渦中にそれは凛として佇んでいた。
赤と青の
金色の輝きに包まれた気高き龍が目醒める。
赤の右腕───闇を断ち切る焔の剣。
青の左腕───悪を薙ぎ払う嵐の戦斧。
金色の肉体───闇を引き裂く崇高なる光の化身。
アギト───
「なんだよ、あれ」
信じられないようなものを見たように彼女は茫然たる想いを胸に、圧倒的な存在感を放つその居姿を目に焼き付けた。
体術の金。剣術の赤。槍術の青。
そして、今は───。
如何なる
戦えるわけがない。
剣と槍を携える者はおれど、それを同時に振るうものはいない。
戦えるわけがない。
深刻な外傷を負ったまま、巨大な二本の武器を扱うには、あまりに血を流し過ぎている。
戦えるわけがない。戦えるはずがない。
なのに、恐ろしいことに───
突然の静寂。ピタリと鳴り止んだ雑音。
死んだように動きを止めた世界災害。
それは神の誕生を畏れるようで───。
雑音の渦中で剣を振るっていた風鳴翼はその異変をより詳しく目にしていた。夢かと錯覚するほどに信じられぬ一端を垣間見た。
感情を有さないはずの
『aw☆+>ake⇔n▽€〒^^ing#°$a◇gi◎<▼t£o…』
神を畏れる祈り子のように後ずさる。
「これがアギトの……真の力なの?」
そして、翼もまた果てしない恐怖心を抱かずにはいられなかった。
息が詰まるような
自分より格段に強い戦士を前にした恐怖というより、抗えない自然の災厄に巻き込まれた失望に近い感覚を翼は持っていた。
実際、そうなのだろう。
彼はもう災厄だ。
アギトは美しき天災となったのだ。
止め処なく吹き荒ぶ嵐のような熱風が迸る火の粉を散らし、悪夢のような戦場を彼の黄金の音色で染め上げてしまった。誰も彼から目を離せない。目を離すことを許さない。それが災厄というものだ。
張り詰めた緊張の静寂を殺したのは
『bakana arienai!! sonoyouna tikara wa AGITΩ deare osaekirenuzo?!?!』
『gGuu……korosu koroshiteyaru……shinizokonai no AGITΩ me!!!!』
銅の
鉄盾のように硬い鰭状の両腕を交差させ、防御と思しき態勢で攻撃の準備を整えた。ドシン、と地面が沈没するような音を響かせ、踏み締めた脚部から爆発的な
投擲された鉄球のような殺意に満ちた激しい猛進だった。さながら、ニトロを積んだダンプカーとでも言うべき
『baka na !!??』
アギトはそれを受け止めた。
避けなかった。
避ける必要などなかった。
───〝9〟
完全な防御だった。
その黒き健脚はついに一ミリさえ退くことはない。
雑音たる亀の
赤い
銅の
───〝8〟
次の瞬間、雷鳴が
鋭い膝蹴りが銅の
弾けんばかりの威力に襲われ、天を仰ぐような無防備な前身を露わにする
───〝7〟
回し蹴り───舞い散る桜の華のように華麗な伸身がくるりと回って、得体の知れぬ爆発のような衝撃を重ねた強靭なる蹴りをロードノイズの隙だらけの腹部に捻じ込むように穿つ。
空間が割れるような音がして。
銅色の鎧が砕かれる。
そして、突然の浮遊感。
───〝6〟
疾走する
「ハァァぁぁぁッ‼︎」
アギトは既に駆け出していた。
彼我の距離は両者の間合いまで縮まっていた。たかが一秒にも満たない一瞬が
銅の
己の最高の盾たる甲羅でアギトの一撃を受け止めること。
風鳴翼の剣閃と
銅色の
駆ける三色の
風を切りながら、双刃に宿る烈しい炎の嵐が闇を斬り裂く───!
「ハァァ──────ッ‼︎」
【ファイヤーストームアタック】
───〝5〟
『──────⁉︎⁉︎⁉︎』
視界が反転していた。
肉体がずり落ちていく感覚と共にその死を理解する。
真っ二つだった。
下半身と上半身をバッサリと。
無敵を誇る盾の如き甲羅をまるでバターのように易々と引き裂いた炎を纏う剣と嵐を纏う矛。赤と青の双牙。火と風が螺旋を描くように渦巻きながら一つの光刃に合わさり、たった一筋の閃光たる斬撃を
すんなりと断ち斬られた。
滑らかな轟炎の剣閃たる軌跡が巨大な剣刃の波となって、銅鎧の
溢れるような爆散四散の応酬。
まさに天災。
破滅的な光景───暴風に煽られた煉獄の炎がアギトの影を蜃気楼のように揺らす。
上半身だけになった銅の
『AGITΩoωΩoO──────⁉︎‼︎‼︎』
爆散───爆炎が戦場を包む。
その理不尽と呼ぶに値する圧倒的な強さを前に、天羽奏と風鳴翼の両者は言葉を失った。
あんなもの
その強さの代償を目にする。
二人の目には、
傷口が塞がっていたわけではあるまい。痛みを感じないわけでもないだろう。災厄にまで至る極限の強さは、アギトの肉体を明らかに蝕んでいた。
「なんで」
奏にはわからなかった。
「どうして、おまえ」
その強さの理由が───。
「なんで、そこまでして戦ってんだよ」
その哀れみが彼には届かない。
憂いに暮れるような時間は残されていない。
ノイズはまだまだ狩り尽くせていない。面倒な
選択肢はない。
残り五秒で───全滅させる。
血に汚れたアギトは次なる攻撃を畳み掛けんと炎の剣と嵐の薙刀を再び強く握り締めた。炎の嵐を斬撃として巻き起こす【ファイヤーストームアタック】ならば、大量のノイズを一瞬の内に消し炭へと変えられる。天羽奏と風鳴翼、そして立花響をこの窮地から救うにはこれしかあるまい。
───〝4〟
(もってくれ、俺の
仮面の底で奥歯を噛み締めた。
ピキリ───と軋む。
バキリ───と崩れる。
不愉快な音。
その瞬間───激痛が走った。
心臓が爆発したかと疑うほどの突拍子もない激痛は、やがて胎内の臓物が内側から破裂するような筆舌に尽くし難き苦痛へと伝播していく。ブチリと何か大切な糸が千切れてしまう感覚がアギトの動きを止めた。
生半可な意識では耐え切れない痛み。
全身から血を流し、挙句は腹に穴を開けた津上翔一にとって、
その代償は、彼の命でしか支払えず、一括払いなどできないのだ。
「ぁがッ、ぉ…………………」
鉄臭い血の味が口腔内に広がる。
カランカランと無機質な音が地に虚しく響いた。
全身の筋肉が解かれていく感覚───死の足音。
視界がぼやける。朧げな影が幾多にも重なって、何も見えなくしてしまう。
乱れた呼吸が徐々に遅くなっていく。空気が不味くて、酸素が取り込めない。
ピキリ、と鎧に亀裂が入った。
『AGITΩ! sono tikara yurusarenu!!』
銀色の
何も感知できなくなったアギトは自分が今、立っているかさえ判らない。見えない。聞こえない。何も感じられない。すべてが遠い。
死に瀕したアギトの不可解な静止を好機と見たのか、
『koko de kiero!!!!』
───〝3〟
アギト───津上翔一は仮面の下で目蓋を閉じた。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じられない。何も───ない。
どこまで続く闇の世界───死の時間。
凍てつくような静寂に包まれて、虚無の狭間を彷徨う。どこまでも闇。渇くような闇。永遠の闇。これが死。
俺は死ぬかもしれない。もう限界かもしれない。これで全部終わりかもしれない……。
───そう、悟ったのに。
闇の中で、燃えていた。
まだ熱く燃え滾っていた。
それは津上翔一の〝魂〟───燃え盛る決意。
彼が出会ってきた少女たちは間違いなく
どこにでもいる少女の笑顔だった。
そんな笑顔を守りたいと思ったちっぽけな心だった。
あの子たちの涙を見たくない。あの子たちの笑顔を奪わせたくない。我儘かもしれない。傲慢な偽善かもしれない。あるいは悪そのものかもしれない。断罪させるべき悪意なのかもしれない。
それでも間違いではない。決して間違いではないはずだ。
あの子たちの笑顔が、作り物ではない命ある温かな笑顔が、心が通った優しい笑顔が…………。
───間違いであってたまるかッ‼︎
津上翔一───アギトは目醒めた。
何も見えていなかった。何も聞こえていなかった。
だが、感じていた、熱い胸の鼓動を───!
止まっていたはずの
「ぁぁ……ぐッ、ゔぉぉオオオオオオオオオオオオオオ─────────ッ‼︎」
大気が震えるほどに叫んだ。
魂が導くままに、命の
喉がはち切れんばかりの怒涛たる咆哮を轟かせた。
俺は死ぬかもしれない。だが、俺が死んだとしても、決して奪わせない───罪なき少女の笑顔を貴様ら如きに奪わせはしない。
その覚悟がアギトの灼熱の双眸に揺るぎない闘志となって宿る。
───〝2〟
天に昇りし黄金の龍が華麗な演舞を踊るように赤と青の両腕が滑らかな弧を宙に描き、赤き右手を前に、青き左手を後ろに添えて、その力を静かに溜め込んでいく。
力───この世界に無限に溢れる光の束が一つの音色へと調律するように、
大地に浮かび上がりし龍の如き紋章が眩いばかりに輝き満ちる。
それはあまりに美しかった。
残酷なほどに美しい光景だった。
吹き荒ぶ黄金の嵐。乱れ舞う聖なる獄炎。大地が唄う───祈りの歌。
そして、
命も、痛みも、総てを振り切るように悪意に満ちた闇に向かって我武者羅に走る。
跳躍───茜色に染まる夕日へと舞うが如く跳び上がる。
回転───胎児のように丸まった黄金の体躯を大空で回転させる。
解放───闇を照らす黄金の光を宿したその両脚を解き放つ。
穿て、その悲劇を。
放て、その必殺技を。
叩きつけろ、悪を滅ぼす、誇り高き
───〝1〟
【ライダーシュート】
───〝0〟
パキン、と亀裂が入る音が鳴って───。
その瞬間、世界は光に包まれた。
***
「…………終わったのか」
世界を包み込んだ破滅的な閃光の終わりを待っていた天羽奏は咄嗟の判断で庇っていた立花響から身を退いて、その燃え盛る戦場の痕を確認した。
目の前に巨大なクレーターができていた。
凄惨な輝きを放つ神速のキックが銀色の
途轍もない一撃だった。
奏は反射的に意識を失っていた響を庇う形でその閃光から目を背けたが、凄まじい光の煽りを喰らってしまった風鳴翼はぐったりと意識を手離していた。
信じられないほどに綺麗で───恐ろしい飛び蹴りだった。
「あいつは、どこだ」
まるで、死を覚悟した闘士の雄叫びだった。
それは死に向かう者の声───。
頭の中に嫌な予感が過ぎり、奏はやっと動けるようになった身体を酷使して、その黒煙が昇るクレーターへと這いつくばりながら近づいた。
ライブ会場は原形を留めていなかった。まるで空から太陽が堕ちてきたかのように激しい赤熱が地面をごっそりと溶かして、至る場所に瓦礫と紅炎を燻らせている。この場所で、少し前に、十万人以上の観客を相手に唄を歌っていたなど、今ではとても考えられなかった。
悲劇だったのだろう。
少なくとも、犠牲者は出ている。
だが、天羽奏は生きている。生きていることが不思議で仕方ないぐらいに───彼女は自分の命が疑わしかった。まるで、ここで死ぬ
「──────っ!」
溶鉱炉のような大地の真ん中で───アギトは居た。
放心しているように茜色の空を仰いでいる。
赤と青の両腕はだらりとぶら下がり、両膝を焼けた土に染み込ませたまま微動だにしない。肩に呼吸の動きがなかった。時間が止まってしまったように指一つとして動かしていない。
様子が変だ。
嫌な予感がする。
焦燥に駆られて天羽奏は半ば折れかかった
「おい⁉︎ 大丈夫なのか、お前っ!」
返事はなく。
カラン、と───虚しく響き渡る。
「………………?」
何かが落ちた。
小さな赤い破片───砕け落ちていた。
仮面だった。まるで、涙を流すように紅の複眼が破片となって零れ落ちたのだ。
砕け散った破片は右目のものだった。赤い結晶がアギトの膝下に散らばっているが、彼はそれにすら頑なに反応を示さない。安らかな眠りに身を委ねているかのように何も感じていない。
呼吸すらない。静かな───
サッと血の気が引くように深い悲嘆の想いに支配された。
確かめないと───他でもないこの私が───。
奏は意を決して、ゆっくりと割れてしまったその仮面を覗き込んだ。
その仮面の奥に隠れた真実を確かめるように。
「……………………」
言葉など見当たらなかった。
声など出せるはずがなかった。
アギトは怪物である。アギトは人間ではない。
そう思い込んでいた。
しかし、そこにいるのは誰だ。
今そこで命を終えようとしている
「おまえは……津上翔一……」
あの時の青年───病院で偶然に出会った通りすがりの青年。
津上翔一。
たった数時間の出会い。
短い時間だった。なのに、それだけの時間で彼がどれほど優しい人間なのか、奏にはわかってしまった。
子供らの小さな歩幅を合わせて、低い目線に合わせて、その幼い心に寄り添って、柔らかな笑顔を絶やさずに優しく語りかけていた青年は───奏の目に憧憬を持つべき人格として記憶にしっかりと刻まれていた。
よりにもよって、この青年が。
正義など無いと断言した青年が。
誰よりも傷ついて、誰よりも戦って、誰よりも命を救って───誰よりも
皮肉なんてもんじゃない。こんなのは悲劇だ。
玉藻のように溢れた大粒の涙が奏の頬を流れ落ちた。枯れ果てた大地のように幾多の亀裂が走る鎧に覆われたその手に、壊れないようにそっと触れる。温もりなど───どこにもなかった。
「おまえ、なんで……なんで、おまえッ‼︎
アギト───津上翔一の肩を激しく揺さぶった。泣きながら叫んだ。返事を求めても、何も返ってこない。その目に光は宿っておらず、脈打つ心もなく、魂を手離した
「痛いなら痛いって言えばいいだろ⁉︎ 苦しいなら苦しいって言えよ‼︎ 自分だけ傷ついて、他のみんなが救われればいいとか思ってたのか───そんなの一番良くないだろッ‼︎」
この男なら、きっと臆面もなく、そう言い切るに違いない。
正義という大義名分に甘えなかった、この男ならば。
それはなんという悲しみか。
溢れて止まない雨粒が焼け焦げた地面へとぽつぽつと落ちいく。この青年が味わってきた苦しみが、わかるはずもないのに、同情などできるはずもないのに───痛くて、痛くて、どうしようもなくて───無我夢中で呼びかける奏は胸が締め付けるような苦しみを感じていた。
そして、
狂おしいほどに切ない現実だった。
「おまえ……ッ」
誰よりも戦った。
誰よりも傷ついた。
正義の味方───仮面ライダー。
何の起伏も滲ませない人形のような仮面がずっと隠してきたもの───それは笑顔が似合う青年の一筋の涙であった。
血だらけだった。傷だらけだった。砕かれた仮面はほんの一部で、垂れ下がった前髪に隠れた意思無き虚な右目が辛うじて見えるだけの割れ方をしていただけにもかかわらず───見えてしまった、その涙が。
肉が削がれ、血が真っ赤に滲み、目を伏せたくなるような痛々しい生傷に覆われた苦悶の表情に、たった一筋の涙を頬に
誰にも気づかれぬように泣いていた。
泣きながら、傷ついて。
泣きながら、戦っていた。
「おまえ、おまえ……ッ!」
痛かっただろう。
辛かっただろう。
苦しかっただろう。
「なんで、私たちを助けたんだよ……ッ!」
なのに、彼は───アギトを敵と
何の見返りもなく、何の拠り所もなく、想像を絶する苦痛を独りで耐え忍び、何度も何度も人々に救いの手を差し伸べてきた。自分に差し伸べられる手など、ありはしないのに───その手をひたすら守り続けた。
仮面ライダーとして───孤独に戦って。
どれだけの涙を押し殺して。
どれだけの癒えぬ傷痕を仮面で覆い隠して。
どれだけ平気な顔をして、笑っていたのだろうか───。
「泣いちゃ……ダメ、だよ、奏ちゃん……」
「───ッ」
突然のことだった。
焦点の合わない瞳がゆっくりと動いた。
しかし、それは言葉とすら認識できないほどの
少女の涙を拭ってやる力さえ、無くて。
声すら出せているのか、よく解らなくて。
消えゆく灯火を残香のように───虚しく奏の心に響く。
「奏ちゃんの歌は……人を元気する……太陽みたいな……すごい歌なんだから……」
きっと、それは本心で───理由だった。
「俺も……がんばろうって……元気づけられたから、さ……」
泣いている少女を優しく元気づけるように───最期の力を振り絞って。
仮面の奥───血塗れの顔。
傷ましいその表情が薄っすらと微笑んで。
笑って───穏やかに。
温かい笑顔で、終われるように。
「また、歌ってよ……いつもみたいに、楽しそうに……」
俺はもう聴けなくてもいいから。
君の声を頼りにしている人たちへ。
どうか、これからもその歌を届けてほしい。
人を笑顔にする歌声を───優しい歌を。
それが津上翔一の最期の願いなのだから。
「きみの、うたを…………うたっ、て…………………………」
まるで、深い海へ沈んでいくように。
安らかな眠りを誰にも邪魔されぬ海底へと落ちていくように。
緩やかな呼吸を止めて───心臓が動かなくなって。
その命を休ませて。錆びついた心を休ませて。
眠るように、終わるように。
ゆっくりと───死ぬ。
優しい微笑みが冷たいものへと変わる。
彼はもう何も語らなくなった。何も持たない死者のように空虚な肉体だけがそこにはあった。魂のない抜け殻が───置かれていた。
天羽奏は、津上翔一の命が尽きる瞬間を目撃した。
命が終わるその瞬間を───死の瞬間を見た。
「おい……死ぬな……死ぬなっ‼︎」
叫んで、泣いて、苦しくて。
彼女の声は届かない───それはただの死体であったから。
届くはずのない声が冷酷な現実を物語る。
「ふざけんなっ‼︎ 勝手に死ぬんじゃねぇ! まだお前には聴かせてやりたい歌があるんだ! 言いたいことだって、伝えてことだってッ‼︎」
まだまだ沢山ある。
まだまだ数え切れないぐらいに。
歌だって、まだちゃんと聴かせてやれていない。御礼だって、何一つとして言えちゃいない。何もできていない。何も伝えられていない。
なのに───彼女の願いは聞き入れられない。
ついに天羽奏は泣き崩れて、彼の亡骸へ懺悔するように嗚咽だけを繰り返す。
「だから、死ぬなよ……仮面ライダーなんだろ……あの時みたいに、また笑って私の歌を聴いてくれよ……ッ!」
屍に呼びかける。
声なき死者がまた笑ってくれると信じて、嗚咽混じりの声で懇願する。
「死なないでくれよ……頼むから……お願いだから……死なないでくれ、翔一……ッ!」
ぽつりと涙が跳ねて、夕暮れの影法師が二人に重なった。
嘆き悲しみに暮れた戦姫の涙が大地を潤すように零れ落ちる。嗚咽は止まらなかった。哀しみは終わらなかった。
ただ、泣きじゃくることしかできなくて。
祈るようにして、信じてもいないはずの神様に両手を合わて、額を地面に擦り付けた。
「神さま、どうか、こいつを連れて行かないでやってくれ……! 頼むから、何でもするから……お願いだからッ!」
津上翔一を死なせないで───。
祈りは届かない。届くはずがない。神と呼ばれる存在など何処にもいないのだから───彼女の祈りを聞き届ける存在は地球というこの星には、もう存在していないはずなのだから……。
だから、それはとんでもない偶然なのだろう。
神ではなくとも、そこには神に最も近い天使がいたのだから。
───救いたいか。
その声を聞いて、思わず奏は赤く腫れた顔を上げた。
辺りに人などいなかった。
不格好に泣き喚く自分と死した仮面の戦士だけ。
真っ赤な夕日を背中にした津上翔一の亡骸だけがここにはあった。
───救いたいかと聞いている。
だが、確かに何者かの声は彼女の心へと届いていた。
「だ、誰だ……どこから見て」
いや、そんなことはどうだっていい。
「救いたい」
もう何だっていい。
「救いたいに決まっている!」
津上翔一は天羽奏を命を代償に救ったのだ。
天羽奏が津上翔一を救いたいと願わずして、誰が願うのだ。
彼女の真っ直ぐな覇気に声の主は少し満足そうにして───強く問いかける。
───ならば、もう一度だけ、神の槍たる破片を持つ乙女よ、汝に問おう。
聞くもの全てを萎縮させるような圧を放つ声だった。
まさに神託を受けているような感覚。
もしかしたら、私は神のようなものと対話しているのかもしれない。
鋭い脅迫のような口振りで───声の主は続けた。
───その男を救いたいか。
考えるまでもなく、天羽奏は力強く何度も頷いた。
「救いたい。救いたいッ! こいつを救えるなら、なんでも、なんだってするッ‼︎ 私にできることなら何でもしてやる! だから、こいつを助けてやってくれッ‼︎」
神でも悪魔でも何であっても構わない。
縋れるものなら、何だって縋る。
この現実を覆せるのならば、天羽奏は誰にでも魂を売り渡そう。
その決意を悟ったのか、神々しい声の主は柔らかな聖歌を奏でるような美しい音色を秘めた声で彼女に語りかけた。
───ならば、歌うがいい。
歌を歌え───と。
天使のような穏やかな声はそう言った。
───歌うのだ、想いを込めて。
───その者の為に、
歌を聴かせるのではなく、歌を届けるのだ。
想いを乗せて───歌うのだ。
───
茜色の空の下───。
血の通った歌が聞こえていました。
命を燃やすような歌が響いていました。
穏やかな歌声はどこか悲しくて───痛くて。
泣いているような歌でした。
ああ、でも……。
この歌はきっと、誰かの為に歌われるんだと思いました。
心の傷をそっと癒すように。
孤独な思いに寄り添うような。
優しい歌なんだろうな……。
届けばいいな。
届いていればいいな。
私もいつかはこんな優しい歌を歌えるようになれるかな。
ねぇ、その時はちゃんて聴いてね、翔一さん。
私はずっと待っているから───。
紛い物の仮面ライダーが本物を守ろうと必死に足掻いたお話。
【アギト-過労-編 〈完〉】
これでやっと休めるお・・・(˘ω˘)スヤァ
火のエル「おいおいおい」
風のエル「死んだわ、あいつ」
地のエル「ほら立て残業な」
オリ主「ウワアアアアアアアアアァァ(絶叫)」
Q.過労編が終わるとどうなるんです?
A.残業編が始まる
Q.原作が始まるとどうなるんです?
A.オリ主が死ぬ
Q.もしかしてシリアス続きます?
A.オリ主が物理的に引き継ぎます
QED.つまり、オリ主は死ぬ(ハイパー無慈悲)